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弁護士費用は相手方の負担にできないのか?(その2)
(日本の裁判費用と敗訴者負担の例外)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


〇(相談)
 私(甲)は、知人から紹介を受けた乙から、土地上の建物を取り壊す約束で土地を登記と引き換えに7,000万円で購入した。登記手続きはしたものの、約束の期限までに、乙が建物を取り壊さないうえ、土地を引き渡してくれないため、何度も請求したが全く約束を守らないので、弁護士に依頼して建物収去土地明渡請求の民事裁判をして、裁判所の強制執行により建物を壊してもらい、更地として引き渡してもらいました。その際に、弁護士費用として着手金200万円、報酬金300万円の合計500万円を支払ったので、その費用を乙の債務不履行による損害賠償として請求したいのですが、できるでしょうか?
  交通事故等の不法行為による損害賠償請求の際には、その損害の中に、弁護士費用も含まれると聞いたのですが、不法行為の損害賠償の場合と債務不履行の損害賠償の場合とで異なるのでしょうか。

〇(回答―その2)
  前回に引き続いて、裁判実務上、弁護士費用については「訴訟費用」ではなく敗訴者に負担をさせられないとしても、損害賠償請求の損害の一部として、勝訴者が得られる損害賠償額の中に入れ込んで、実質的に敗訴者に負担させることはできないか?という視点で、判例の見解を説明していきます。
1.判例の立場
(1)まず、最高裁昭和48年10月11日判決・判時723号44頁(以下「昭和48年判決」という。)をご紹介します。
➡ 事案は、手形金回収のために弁護士に依頼して取立訴訟をした事案ですが、最高裁は「金銭債務の不履行による損害賠償と弁護士費用等の取立費用については、民法419条によれば、金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額は、法律に別段の定めがある場合を除き、約定または法定の利率により、債務者はその損害の証明をする必要がないとされているが、その反面として、たとえそれ以上の損害が生じたことを立証しても、その賠償を請求することはできないものというべく、したがって、債権者は、金銭債務の不履行による損害賠償として、債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないと解するのが相当である。」と判断しており、金銭債務の債務不履行による損害賠償請求の損害には弁護士費用は含まれないとしています。
なお、この判例の前に、とても古い判例ですが、大審院大正4年5月19日判決民録21輯725頁(以下「大正4年判決」という。)において、「債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合に弁護士費用は損害とならない」と、⼀般論として判断したと理解されている判例もあったようです。
(2)次に、不法行為の損害賠償請求訴訟である最高裁昭和44年2月27日判決民集23巻2号441頁(以下「昭和44年判決」という。)を説明します。
  事案としては、「わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行うかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、⼀般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従って、相手方の故意又は過失によって自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、⼀般⼈は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費⽤は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法⾏為と相当因果関係に⽴つ損害というべきである。」
➡ この最高裁判例により、不法行為に基づく損害賠償請求権のうち一定の場合(加害行為と弁護士費用との間に相当因果関係がある場合)には、敗訴した当事者に対し、相当範囲内の弁護士費用の負担が認められることとなり、請求認容額の1割程度の範囲の金額を弁護士費用の損害として認定する手法が現在の裁判実務となっています。
(3)次に、最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁(以下「昭和63年判決」という。) 事案は、不当訴訟を提起されて弁護士を委任して勝訴した場合に、不当訴訟を提起してきた相手方に対してその弁護士費用を損害として賠償請求した事案です。最⾼裁判所は、事案としては不当訴訟とは認めないということで請求棄却しましたが、その判断の中で、不法⾏為類型のうち、訴えの提起自体が不法⾏為となる場合において、損害の1割限度ではなく、応訴に要する弁護士費用実額の賠償が認められる余地を認めました。
(4)更に、最高裁平成24年2月24日判決・判時2144号89頁(以下「平成24年判決」という。)
 事案は、就労中に事故に遭って負傷した労働者が、使用者である会社の安全配慮義務違反によって事故が発生したと主張して、会社に対して債務不履行等に基づく損害賠償を求める事案で、労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため、訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合に、その弁護士費用が安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害といえるか否かが争点となっていたものです。
 判例では、「労働者が、就労中の事故等につき、使用者に対し、その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様、その労働者において、具体的事案に応じ、損害の発生及びその額のみならず、使用者の安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和56年2月16日第二小法廷判決・民集35巻1号56頁参照)、労働者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は、労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。
 したがって、労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)」として、不法行為による損害賠償事案であった「昭和44年判決」を引用しています。
➡ この判例の射程距離分析としては、①債務不履行一般の損害賠償においても弁護士費用を一部損害として認める判断がされたという見解と、②不法行為を背景として考えられる債務不履行事案のみに限定して、弁護士費用を一部損害として認める判断をしただけであって、債務不履行一般の損害賠償においても、弁護士費用を一部損害として認める趣旨ではないとする見解に分かれていました。
➡ その結果、①の見解からすれば、ご相談の事案の場合でも、乙の債務不履行による損害賠償として、弁護士費用分の損害も請求できるということになりますが、②の見解からすれば、ご相談の事案の場合には、不法行為を背景とする面は無く純粋な不動産取引契約の債務不履行の場合ですから、上記(1)の「大正4年判決」「昭和48年判決」のように、債務不履行一般の場合であるとして、損害賠償においても弁護士費用を一部損害として認めることはできないという結論になります。
(5)最後に、最高裁令和3年1月22日判決―判例時報2496号3頁(以下「令和3年判決」という。)を紹介します。この判例の見解が、ご相談事例の回答事例になろうかと思います。
 事案は、土地の売買契約の買主が売買契約において、売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行叉は、保全命令もしくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合に、その弁護士費用を損害として損害賠償請求(相殺主張)をした事案です。 裁判所は、次のように判断して、債務不履行一般の場合であるとして、その損害賠償においては弁護士費用を損害賠償の損害として認めることはできないとしました。
ⅰ 「契約当事者の一方が他方に対して契約上の債務の履行を求めることは、不法行為に基づく損害賠償を請求するなどの場合とは異なり、侵害された権利利益の回復を求めるものではなく、契約の目的を実現して履行による利益を得ようとするものである。また、契約を締結しようとする者は、任意の履行がされない場合があることを考慮して、(契約する時点で)契約の内容を検討したり、契約を締結するかどうかを決定したりすることができる。加えて、土地の売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務は、同契約から一義的に確定するものであって、上記債務の履行を求める請求権は、上記契約の成立という客観的な事実によって基礎付けられるものである。」
ⅱ 「そうすると、土地の売買契約の買主は、上記債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行又は保全命令若しくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合であっても、売主に対し、これらの事務に係る弁護士報酬を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないというべきである。」
ⅲ 「(買主が、弁護士委任して訴訟等に付随する事務等を行ったとしても)それは買主自ら本件土地を確保し、利用するためのものにすぎないので、その事務の弁護士報酬についても、債務不履行に基づく損害賠償債権を有するということはできない(=損害とはならない。)」
➡ 従って、ご相談の最終回答としては、債務不履行一般の場合であるとして損害賠償においても弁護士費用を一部損害として認めることはできないし、損害賠償請求はできないという結論になります。

(参照した文献)
 ※ 判例時報2496号
 ※ 「自由と正義」2021年12月号48頁「蓑田昌義弁護士:弁護士費用賠償の法理」



以  上

弁護士費用は相手方の負担にできないのか?(その1)
(日本の裁判費用と敗訴者負担の例外)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


〇(相談)
 私(甲)は、知人から紹介を受けた乙から、土地上の建物を取り壊す約束で土地を登記と引き換えに7,000万円で購入した。登記手続きはしたものの、約束の期限までに、乙が建物を取り壊さないうえ、土地を引き渡してくれないため、何度も請求したが全く約束を守らないので、弁護士に依頼して建物収去土地明渡請求の民事裁判をして、裁判所の強制執行により建物を壊してもらい、更地として引き渡してもらいました。その際に、弁護士費用として着手金200万円、報酬金300万円の合計500万円を支払ったので、その費用を乙の債務不履行による損害賠償として請求したいのですが、できるでしょうか?
 交通事故等の不法行為による損害賠償請求の際には、その損害の中に、弁護士費用も含まれると聞いたのですが、不法行為の損害賠償の場合と債務不履行の損害賠償の場合とで異なるのでしょうか。
〇(回答―その1)
 弁護士である私が、依頼者から裁判受任の依頼を受けるときに、依頼者から「弁護士費用はこちらが勝てば、相手から取り戻せるのでしょうか?」と質問を受けることがあるのですが、地方自治体から裁判を受任する際にも、担当職員の方から同様の質問を受けることがよくありますので、今回は、その点を網羅的に説明しておきたいと思います。
1.債務不履行と不法行為
(1)民法第415条1項「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」、同第416条「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。同条第2項 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」、同第417条「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。」との債務不履行の場合の定めがあります。債務不履行とは、双方で契約をしながら、契約を守らずに契約内容を行ってくれない場合のことです。
(2)また、民法第709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」との不法行為の定めがあります。不法行為とは、契約関係等はない者の間で、犯罪などの不法な行為をして人に損害を与えた場合のことです。
(3)債務不履行の場合も不法行為の場合も、どちらも相当因果関係のある損害(通常損害及び予見可能な特別損害)について損害賠償義務を負う定めになりますが、この相当因果関係のある損害(通常損害及び予見可能な特別損害)に、責任追及のために裁判した際の「弁護士費用」が該当するかという問題があります。
2.裁判費用の敗訴者負担の原則と弁護士費用
(1)債務不履行による責任追及裁判や不法行為による責任追及裁判をした場合、裁判所に提出する申立費用や呼出費用、審理に必要な証人の旅費・日当費用などが発生する他に、自分の依頼した弁護士への着手金や報酬の支払いが発生します。
(2)民事訴訟法第61条「訴訟費用は、敗訴の当事者の負担とする。」、同第67条1項「裁判所は、事件を完結する裁判において、職権で、その審級における訴訟費用の全部について、その負担の裁判をしなければならない。」、同第71条「訴訟費用の負担の額は、その負担の裁判が執行力を生じた後に、申立てにより、第一審裁判所の裁判所書記官が定める。」との定めがあり、「訴訟費用」は裁判に負けたほうが全額負担しなければなりません。
(3)そうすると、ご相談の弁護士費用は、そもそも「訴訟費用」として、敗訴した相手方(乙)の負担になるのではないかという考え方になりますが、しかしながら、民事訴訟法第61条にいう「訴訟費用」には、弁護士費用は含まれないと扱われています(民事訴訟費用等に関する法律第2条)。これはなぜでしょうか?
 ① 実際の法制度としての取扱いから見ると、訴訟費用が敗訴者負担制度になっているからといって、弁護士報酬を訴訟費用として(もしくは訴訟費用と同様に)敗訴者に負担させるかどうかは政策の問題であるとされ、わが国では昭和46年に民事訴訟費用等に関する法律が制定され、訴訟費用について列挙主義がとられるようになり、弁護士報酬はそこから除外されています。これは、敗訴した場合に負担する金額があまりに過大になると訴訟に伴う費用負担のリスクが著しくなり、その結果、訴訟の利用を阻害することになることを懸念して除外されていると説明されています。
 ② 更に、わが国の民事訴訟の制度として、ドイツのような弁護士強制主義(民事訴訟を提起するときには、弁護士に必ず依頼しないといけないという制度)ではなく、本人訴訟主義(弁護士に依頼しなくても、本人だけで訴訟はできる)を採っている以上、弁護士への有償での依頼は、本人が自分の都合で依頼したものであり、民事訴訟に必ずしも必要な要請でもないので、弁護士費用は民事訴訟において必然的に生じる費用ではないと説明されています。 つまり、法により敗訴した当事者に弁護士費用を「訴訟費用」として、敗訴した相手方に負担させることができないのが原則です。
(4)それでも、実際には、民事裁判において、当事者本人訴訟が提起されるのは極わずかであり、大半の民事裁判は、弁護士に依頼(訴訟委任)して行われています。そこで、裁判実務上、弁護士費用については「訴訟費用」ではなく、実際に発生し、支払わざるを得なかった損害の一部として、勝訴者が得られる損害賠償額の中に入れ込んで、実質的に敗訴者が負担するほうが公平なのではないかという考え方が生まれてきました。 それについて、次回に裁判例で説明しましょう。
(次回へ続く)



以  上

証人尋問で弁護士が感情的になってはいけません!?(証人尋問の弁護士による質問が名誉棄損となる場合)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(事例)
1.太陽株式会社のA店舗に勤務する店長Bについて、太陽株式会社が、①店長Bが勤務時間中外出していたこと、②店長Bがまだ出社してなくても、自ら出社時にタイムカードを打刻せず、太陽株式会社の店舗の従業員に対し店長Bのタイムカードを打刻するよう指示していたこと、③店長Bは太陽株式会社の店舗での商品の代金を店長B名義の口座に振り込むよう指示していたこと等を理由に懲戒解雇したのに対し、店長Bは太陽株式会社を被告として解雇無効の裁判を提起した。
2.その裁判中に、被告太陽株式会社の証人申請で、店長BのA店舗従業員であったCが裁判の証人として尋問されることになった(尋問目的は①、②、③の事実があったかどうかの証言を求める趣旨で尋問となった)。その裁判上の証人尋問手続で、証人Cは、被告太陽株式会社の主張に沿った証言をした。
3.それに対して、店長Bの訴訟代理人であった甲弁護士は、証人Cの反対尋問の際に、証人Cは、太陽株式会社に就職する前に、鉄道会社駅長をしており、駅長時代に3,000万円の横領をしたために鉄道会社を辞め、3,000万円の返済をしなくてはならないために、太陽株式会社に就職させてもらった恩義があり、太陽株式会社のいうとおりの証言しかできない事情があるので、証人Cの太陽株式会社の主張に沿った証言は信用性がないので、証言として採用しないようにしたかった。
4.そこで、証人Cの証言を裁判所が採用しないようにするために、甲弁護士は、反対尋問の中で、勤務先である太陽株式会社に提出した証人Cの履歴書に、職歴として、鉄道会社の駅長をしていたことを記載していなかった理由について質問した上で、「あなたは、そこの△△駅の初代駅長をしてたときに、そこのお金を、3,000万円くらい横領したということで、辞めたということじゃないんですか。」という質問を始めた。太陽株式会社代理人弁護士乙の異議や裁判所からの制止があっても、「横領行為があって、首になって、そのことで仕事がなかった。それから、示談して、横領金額を払ってきているために、仕事がどうしても必要だったという事情があって、それで、太陽株式会社さんのほうに、就職させてくれるように頼んできたと、こういう経過があるんですね。ですから、このことは、非常に重要な事実だというふうに思ってます。」という尋問の必要性を強調するような同様の反対尋問を何度も続けた。
5.法廷での証人尋問が終わった後、証人Cは、「なぜ、法廷で過去のことを根掘り葉掘り聞かれて侮辱されなくてはならないのか!」と怒りが出て来て、後日、店長Bの訴訟代理人であった甲弁護士を相手にして、法廷での名誉棄損を理由に300万円の慰謝料請求の裁判を起こした。
甲弁護士は慰謝料を支払う責任があるでしょうか?

(解説)
1.民事裁判での審理は、事実を認識している証人の証言で勝負が決まる場合があり、肝心な証人が意識的に一方だけに有利になるように虚偽の証言をすることも想定され、そのような証人に対して虚偽の証言をする可能性がある背景や立場であることを尋問することを、裁判実務上で「弾劾尋問」又は「悪性立証尋問」と言っています。

  ※「弾劾(だんがい)」とは、罪状を調べる質問や調査によりあかるみに出すこと

 本件での甲弁護士の証人Cに対する「過去の職場での3,000万円の横領の犯罪」の事実に関する尋問は、その「弾劾尋問又は悪性立証尋問」として、許されるものであるかどうか(訴訟行為の正当な職務行為として違法性を阻却するものか、民事上の不法行為となるものかどうか)を検討することになります。
 一審の甲府地方裁判所平成30年5月15日判決(判例時報2424号78頁)は、証人Cが原告として訴えた慰謝料請求裁判は「不法行為としては認められない」として証人Cは敗訴していますが、二審の東京高等裁判所判決平成30年10月18日判決(判例時報2424号73頁)は、逆転判決となり、「甲弁護士の尋問は不法行為になる」として100万円の範囲での慰謝料を認めて、原告となって訴えた証人Cが勝訴しています。
 このように、裁判所が異なれば、判決も結論が異なっているという微妙な問題であることは、ご理解いただけると思います。
2.まず、証人Cの立場からこの問題を眺めてみますと、自分の勤める会社にたまたま解雇になった人(店長B)がいてその人(店長B)と会社との裁判で、公平な立場で証人になったのに、一方の弁護士(甲弁護士)から過去の自分の会社での出来事、しかも自分の恥になることを裁判傍聴者のたくさんいる前で何で質問されなくちゃいけないんだあ?今の会社の前に他の会社を解雇されたという自分個人の過去のことは、今の会社のことと全く関係ないだろ?と言いたくなるはずです。
 証人Cは、甲弁護士のそのような反対質問に対して、法廷の場で、「すみません、何が聞きたいんでしょうか。」「それを答えないといけないのですか。違います。」と反論しており、太陽株式会社の代理人弁護士乙からも、「裁判長、関連性がないと思いますが。証人の名誉を侵害するような甲弁護士の質問は、やめていただきたい、そんなことは、本件審理とは関係ない。」と異議が申し立てられています。
 他方、反対尋問をしている甲弁護士の立場から眺めてみますと、相手方当事者やその立場に立つ証人の悪性(信用性が無いこと)を強調するなどの方法により相手方の主張、供述の信用性を弾劾したり、相手方に不名誉な事実関係をあえて間接事実や補助事実として主張したりする主張立証活動は、事実関係に争いのある全ての民事訴訟において、その必要性は認められるものであり、虚偽証言は、そういう方法でしか排除できないので、証人Cは法廷に立つ以上は、個人的な不利益は我慢すべきであると思っているわけです。
  実際の法廷でも甲弁護士は「C証人は、太陽株式会社をここで首になったら困る、やはり、太陽株式会社のほうに対しては、自分の意思に反しても、太陽株式会社に有利な証言をしなきゃならない立場にある、そういう関連性ですよ。」と関連性について説明しています。
3.判決の分析
(1)一審の甲府地方裁判所は、訴訟代理人である弁護士の立場を重視し、「本件甲代理人弁護士の各発言について、甲弁護士には不当な目的は認められず、甲弁護士は、正当な訴訟活動であると認識・判断して本件各発言をしたものと認められるところ、関連性及び必要性についての甲弁護士の判断が明らかな誤りであるとはいえず、本件各発言が相当性を欠くとまではいえない。そうすると、本件各発言について、故意による不法行為の成立は認められず、過失による不法行為の成否についてみても、損害賠償責任を認めるほどの違法性があるとまではいえない。」として証人Cの敗訴としたわけです。
(2)二審の東京高等裁判所は、
① 「民事訴訟は、訴訟当事者間で争われている事実関係を明らかにし、明らかにされた事実を基礎として裁判所が法的判断を行う制度であるから、証人尋問では、争点に関する事実関係についての質問にとどまらず、事実関係を明らかにする目的で証言の信用性を弾劾するため、その信用性に関する事実を質問し、証人の信用性を争うために、証人の利害関係、偏見、予断のほか、性質・行状等に関する質問をする必要があり得る。そのような場面では、証人にとって不名誉な事実を質問する場合が存する。」としながらも、
② 「(証人Cの横領の事実の有無に関しては)甲弁護士が証人Cと対立関係にある店長Bから聴取した事実にすぎず、中立的な第三者から確認したり、客観的資料に当たったりした事実等は伺われず、横領行為を推認させる事実としては薄弱なものであるから、相応の根拠があったとはいえない。」とし、
③ さらに「甲弁護士の本件各発言は、太陽株式会社の訴訟代理人弁護士乙から質問の趣旨及び争点との関連性について複数回疑問を呈され、名誉毀損に該当するとの指摘を受けても質問を続け、裁判長から次の質問に行くよう言われても、さらに発言し続けたものであって、執拗なものであり、その態様は不適切であったといわざるを得ない。質問の態様も執拗不適切で、相当性を欠くものであり、これらを総合考慮すると、本件各発言について、正当な訴訟活動として違法性が阻却されると認めることはできないというべきである。」として、名誉棄損による不法行為を認め、証人Cの勝訴の逆転判決としたものです。
4.最後に
  本件裁判では、証人Cの横領の有無に関する甲弁護士の質問は、証人Cからも反論され、相手方弁護士乙からも異議が出て、裁判所からも注意をされているにも関わらず、同じ質問を続け証人Cの3,000万円の横領があったという印象を与えようと、感情的になって質問を続けている面が伺えます。関係傍聴人が多く傍聴している場合には、傍聴席向けに過度なパフォーマンスをする弁護士がいるのですが、甲弁護士は、労働解雇事件の裁判で労働組合の支援組合員の多数が傍聴席を埋めている雰囲気の中で、傍聴席向けに「あの弁護士は頑張っている!」という印象を与えたかったのかも知れません。
 弁護士は、「人権救済」の意識で熱いハートも必要でしょうが、「社会正義の実現」の観点からは、冷静な論理と合理的な頭脳的判断を失ってはならない、と私自身も肝に銘じなければならないと思う判例です。

 ※弁護士法第1条
  1 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
  2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。



以  上

俳句と著作権

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(例題)
 俳句が趣味であるA男は、NHK番組「NHK俳壇」に、冬井太郎氏(仮名)を選者に指定し作品Aを投稿したところ、俳句の学習雑誌である「NHK俳壇」(㈱日本放送出版協会)の入選欄に、選者の冬井太郎氏が作品Aを一部添削した作品A‘が入選作(A男作品)として登載され、㈱日本放送出版協会から雑誌「NHK俳壇」として出版及び販売された。
  それに対し、A男は、選者の冬井太郎氏が勝手に俳句の改変行為をしたこと、㈱日本放送出版協会が改変後の俳句を掲載した雑誌を販売する行為は、A男の作品Aに関する著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであるとして、選者の冬井太郎氏に対し600万円、㈱日本放送出版協会に対し200万円の慰謝料請求と、A男の入選作品が俳句作品Aであることを明示した上で謝罪広告することを要求し、裁判を訴えてきた。
  さて、俳句にも著作権は認められ、選者が勝手に添削することは許されないのでしょうか?

(解説)
  私の好きなテレビ番組にTBS系列MBS毎日放送「プレバト(芸能人才能査定ランキング)」という番組がありますが、その1コーナーとして、俳人夏井いつき先生が選者の「俳句才能査定ランキング」のコーナーもあります。8月の「炎帝戦」は、梅沢冨美男特別永世名人の1位で終わりましたが、その番組や他の俳句番組を観ていると、選者の俳句の先生は、人の投稿俳句を勝手に添削してもいいような、あるいは、投稿者は事前に投稿俳句が添削されたり勝手に点数を付けられることを了解して投稿していると思われたので、投稿俳句の添削は自由に行ってよいと思っておりました。 しかし、例題のような問題が裁判例になってみると、「俳句」と「著作権(著作者人格権)」とのいうものを、一度は考える必要があるように思います。
1.そもそも、著作権とか著作者人格権とは、どういう権利なのでしょうか?
(1)自分の考えや気持ちを作品として表現したものを「著作物」、著作物を創作した人を「著作者」、著作者に対して、法律によって与えられる権利のことを「著作権」と言います。著作権制度は、著作者の努力に報いることで文化が発展することを目的としています。
(2)著作権に関係するルールは、「著作権法」という法律で定められています。 まず、著作権法によると、著作物とは、「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」であるとされています(著作権法第2条1項)。
 また、著作権法は、著作権の内容を、大きく次の二つに分けて定めています。 その一つは、著作物を通して表現されている著作者の人格を守るための「著作者人格権」(著作権法第18条~20条)、そしてもう一つは、著作権者が著作物の利用を許可して、その使用料を受け取ることができる権利としての「著作権(財産権)」(著作権法第21条~28条)です。
  特に、著作物は、その著作者の考えや気持ちを表現したものですから、著作物を通して表現された著作者の人格を守るため、「著作者人格権」が定められています。「著作者人格権」としては、①「公表権」(著作者が著作物を公表するかどうか、公表する場合どのような方法で公表するかをきめる権利―著作権法第18条)、②「氏名表示権」(著作者が自分の著作物にその氏名を表示するかどうか、表示する場合本名にするか、ペンネームにするかをきめる権利―著作権法第19条)、③「同一性保持権」(著作者が自分の著作物のタイトルや内容を、ほかの誰かに勝手に変えられない権利―著作権法第20条)が定められています。
2.俳句という短い文章作品に「著作権」が認められるのでしょうか?
  ところで、俳句は「著作物」と言えるのでしょうか。
  著作物とは、「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」(著作権法第2条1項)に該当するでしょうか?
  俳句は、5・7・5の17文字(17音)で構成される日本固有の定型詩で、季語を使って季節の情景や人情を表わす文学になります。作者として、江戸時代の松尾芭蕉、明治時代の正岡子規が有名です。俳句は、前回このコーナーでご説明している現代のキャッチフレーズと同様に、短い文章で作成されることから、通常の言葉や単語の組み合わせという側面があり、著作物として認められるか疑問はあります。しかし、俳句は、単に言葉の組み合わせではなく、季語に内蔵された季節の情景や人情を言葉で描き出す文学であり、「思想または感情を創作的に表現」する文芸であると言えます。
  裁判例でも、本件事案を審理した、東京地裁平成9年8月29日(判例時報1616号148頁)、東京高裁平成10年8月4日(判例時報1667号131頁)では、俳句の添削による著作者人格権としての「同一性保持権」を審理している中で、いずれの判決においても、俳句の著作物性を否定するような判示は一切ありませんでしたし、むしろ、俳句に著作権が発生するということを前提として、裁判所は事件を判断していますので、俳句は、「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」に該当する著作物として、著作権が認められるものと判断されていることになります。
3.俳句の添削は、俳句作品の「同一性保持権」を侵害することになるのでしょうか?
  俳句に、著作物性が認められる場合には、俳句には著作者人格権としての「著作者が自分の著作物のタイトルや内容を、ほかの誰かに勝手に変えられない権利―著作権法第20条」としての同一性保持権も認められることになります。それに対して、俳句の添削は、文字を削除して置き換えたり、別の文字や文章を加えたりすることなので、元の俳句の同一性を変える行為になりますが、俳句の歴史的な学び方や修練方法として、俳句雑誌等での添削指導や投稿句の添削入選掲載が行われている実情については、法的にどのように考えればいいのでしょうか?
  著作権法第20条2項は、同一性保持権の例外として、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」等については、著作権法第1項の適用を受けない(同一性保持権の適用が無い。)としています。また、著作権法の権利は、権利者の権利ですから、権利者が承諾している範囲では不当な権利侵害にはならないということも権利の性質上(著作権法は強行規定ではなく、任意規定と解釈されている。)認められるところです。
(1)東京地裁平成9年8月29日(判例時報1616号148頁)
・ 「本件雑誌の入選句欄においては、たとえ応募要領中にその旨が明示されていなくとも、指導者たる選者の判断において、投句者の原句を添削したうえで入選句として掲載することがあり得ることを前提として、投稿句を募集していたものと推認され、また前記2(四)※認定の被告乙山(例題では「冬井太郎氏」)の選句態度によれば、被告乙山としては選句にあたり添削し得ることを前提としており、指導上の観点から添削を行っていたものと推認される。」
※ 被告乙山は、総合俳句詩「俳壇」の「選者にきく」の欄で、主宰誌の選句では、指導を主とするので、一字か二字を改めたり、語順を替えたりなどの添削を加え、作者の個性的な発想により近づけるための添削を心がけていること、マス・メディアの選句の場合は、作者の個性よりも作品本位で選句の幅を広くしていることを述べている。
・ 「右のような俳句界における添削指導の慣行、雑誌等の投句欄の入選句選定に際して添削が一般的である実情、本件雑誌及びその入選句欄の性格、本件各俳句の選者たる被告乙山の添削の目的などを総合すると、被告乙山による本件各俳句の改変は、俳句の学習用雑誌に投稿された俳句を、指定された選者において指導上の観点から俳句界の慣行に従って添削したものであって、そもそも実質的に違法性がないものと解される。また、本件雑誌の入選句欄は、選者の判断により、必要に応じて投稿句を添削したうえ入選句として掲載することがあり得ることを前提に投稿を募集していたものであり、俳句を学習する者として、前記のような俳句の添削指導の慣行や実情を容易に知りうる立場にあった原告としては、ことさら添削を拒絶する意思を明示することなく、被告乙山を選者と指定して、本件各俳句を投稿したことにより、原告は、被告乙山による本件各俳句の添削及び被告会社による添削後の俳句の本件雑誌への掲載について、少なくとも黙示的に承諾を与えていたものと推認するのが相当である。」
・ 「そうすると、被告乙山が本件各俳句を改変した行為は同一性保持権の侵害にあたらないし、被告会社が本件入選句を原告の俳句として本件雑誌に掲載し、本件雑誌を販売した行為も、原告の本件各俳句についての著作者人格権を侵害するものではなく、右侵害を理由とする損害賠償及び名誉回復措置の請求は、いずれも理由がない。」
 として、「黙示の同意があった」と認定して、選者側の冬井太郎氏(判例上の「被告乙山」)には、著作権の侵害はないとしています。
(2)東京高裁平成10年8月4日(判例時報1667号131頁)
・ 「本件各俳句の投稿当時、新聞、雑誌の投句欄に投稿された俳句の選及びその掲載に当たり、選者が必要と判断したときは添削をした上掲載することができるとのいわゆる事実たる慣習があったものと認めることができる。」
・ 「添削及び掲載についての事実たる慣習が存在したか否かは、控訴人がそのような事実たる慣習を現実に知っていたか否かとはかかわりのない客観的事実の問題である。そして、事実たる慣習が認められる場合には、当事者間において特にこれを排斥しあるいはこれに従わない旨の意思が表明されていない限り、慣習によるとの意思があったものとして法的に取り扱われることがあり得るのである(民法第92条)。また、著作権の同一性保持権を規定する著作権法第20条は、民法第92条にいう「公ノ秩序ニ関セサル規定」、すなわち任意規定であると解される。さらに、本件において控訴人が本件各俳句を投稿するに当たり、添削をした上で採用されることを拒む旨の意思を表明したとの事情はうかがわれないから、民法第92条にいう「当事者力之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」に当たると認められる。」
・ 「そうすると、本件各俳句を添削し改変した行為は、右のような俳句界における事実たる慣習に従ってたものであり、許容されるところであって、違法な無断改変と評価することはできないから、本訴請求のうち、本件各俳句の無断改変による著作者人格権侵害及び名誉毀損をいう損害賠償請求は、理由がない。」
  として、「明示の承諾もない」「黙示の承諾もない」けれども、俳句の添削は、選者が必要とした範囲で投稿者の承諾なく行うことができるという「事実たる慣習」により許容されているので、著作者人格権としての同一性保持権の違法な侵害にはならないとして、選者側の冬井太郎氏には著作権の違法な侵害はないとしています。
4.最後(まとめ)
  東京地裁判決と東京高裁判決は結論は同じですが、理由づけが「黙示の承諾があったので著作権侵害にはならない」という点と「黙示の承諾があったとは言えないが、事実たる慣習から著作権侵害にはならない。」という点で異なります。高裁判例の言う「事実たる慣習」とは、民法92条にも慣習の効力に関する定めがあり、任意法規(当事者が異なる特約を設定することが認められる規定をいう。)と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者が、この慣習による意思を有するものと認められる場合は、慣習による意思の方が優先して適用されるとする考え方です。
  いずれにしてもA男は、自分の俳句作品Aの改変を嫌っていた場合には、俳句投稿の際に、作品の添削は拒否しますという申出を行っていない限りは、俳句界の歴史的社会的慣例としての選者による添削を著作権侵害ということができないということになろうかと思います。
  テレビで観る俳句の添削や評価についても、楽しむだけでなく、法律上はこのような著作権上の問題もあるんだなあと思いながら楽しんでいただければよろしいかと思います。



以  上

キャッチコピーと著作権

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.キャッチコピーって何?
 キャッチコピーとは、キャッチフレーズと同じで、「広告宣伝に用いられる謳い文句」を言います。
 会社の100周年記念事業として、『次の100年もあなたとともに!』という標語を作って、会社の新商品販売コマーシャルやポスターに使用したりします。「お、ねだん以上!○○○」という言葉を使って、会社名・店舗名を印象付けるコマーシャルをしている例もあります。お菓子の「やめられないとまらない♪」や、物置の「100人乗っても大丈夫!」は誰でもご存知でしょう。このような標語や謳い文句を作成することを仕事にしている人もいます(糸井重里さん等)。キャッチコピーは、人に「なるほど!」と思わせる奇抜性があり、作成した人の創造性が発揮された言葉である一面もありますが、よくよく考えると、誰でも使っているありふれた言葉に過ぎない面もあります。

2.著作権って何?
  「著作権」とは、著作物に関する使用権・利用権等での財産的価値が保障され、著作物を通じた著作者の人格的価値も保護されるという権利です。簡単に言えば、自分の著作物を第三者に勝手に利用されたり、改変されたりすることを禁止する権利です。
  著作権が発生するためには、そのキャッチコピーが「著作物」でなければなりません。「著作物」とは、著作権法という法律で「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法第2条1号)と規定されています。
  まず、前記「やめられないとまらない♪」や、物置の「100人乗っても大丈夫!」等の標語の数々は、単に、宣伝事項や注目事項のようなものをありふれた言葉で表記しているに過ぎないので、作者の独創性のある思想や感情を表現したもの(個性のある表現)ではなく、著作物とはいえないでしょう。
  そもそも、俳句や短歌など文学性の高い場合を除き、キャッチコピーや本のタイトルなどの短い表現は、一般的には、ありふれた表現になりやすいといえます。
  そのため、ありふれた表現であれば、著作者の個性が現れているともいえず、創作性がないとして、やはり著作物ではないとされることが多いと思われます。なぜなら、例えば、「風の歌を聴け」という本のタイトルに著作権を認めてしまうと、他の作家さんが「風」「歌」「聴け」のような言葉を組み合わせた表現ができなくなり、後の時代の人たちの表現の選択の幅がかなり狭められてしまうでしょう。これは文芸、学術、美術又は音楽の活動にとって良いことではありません。
  短い表現は、以上のような理由で、著作物として認められるためにはハードルがかなり高いわけですが、個別的に検討する中では、「思想や感情の表現」「創作的な表現」として著作物性が認められることもあり得ます。商品に関するキャッチフレーズではありませんが、交通標語「ボク安心 ママの膝より チャイルドシート」という短いフレーズについて、創作性を認めた裁判例があります(東京地判平成13年5月30日:判例時報1752号141頁―但し、「ママの胸よりチャイルドシート」という標語が、交通標語「ボク安心 ママの膝より チャイルドシート」とは同一性はなく著作権は侵害していないとの結論になっています。)

3.裁判例
 商品キャッチコピーに関する実際の裁判例を見てみましょう。
(1)著作権については、被告(旧・エス株式会社)の商品である英会話教材「エブリデイイングリッシュ」のキャッチフレーズは、原告商品である英会話教材「スピードラーニング」のキャッチフレーズの著作権侵害であると原告(株式会社エスプリライン)が主張して、被告(旧・エス株式会社)に対して、差止めおよび損害賠償を求めて訴えた事件(スピードラーニング事件―東京地裁平成27年3月20日判決:判例秘書L07030164、知財高裁平成27年11月10日判決:判例秘書L07020454)があります。原告会社と被告会社のキャッチフレーズは次の内容です。ほぼ同一です。
  <原告のキャッチフレーズ>
  ① 音楽を聞くように英語を聞き流すだけ 英語がどんどん好きになる
  ② ある日突然、英語が口から飛び出した!
  ③ ある日突然、英語が口から飛び出した
  <被告のキャッチフレーズ>
  ① 音楽を聞くように英語を流して聞くだけ 英語がどんどん好きになる
  ② 音楽を聞くように英語を流して聞くことで上達 英語がどんどん好きになる
  ③ ある日突然、英語が口から飛び出した!
  ④ ある日、突然、口から英語が飛び出す!
(2)東京地裁判決は、「原告のキャッチフレーズは、17文字の第1文と12文字の第2文からなるものであるが、いずれもありふれた言葉の組合せであり、それぞれの文章を単独で見ても、2文の組合せとしてみても、平凡かつありふれた表現というほかなく、作成者の思想・感情を創作的に表現したものとは認められない」として創作性(著作物性)を否定しています。
  また、その控訴審である知財高裁判決は、同じく著作物性を否定しているのですが、
  ①「キャッチフレーズは、特定の商品や役務の宣伝・広告において、当該商品や役務を需要者に訴えかけるために用いられる比較的短い語句であるが、当該商品や役務の名称と一緒に表示され、その内容が、当該商品や役務の構造、用途や効果に関するものである場合は、当該商品や役務の説明を記述したものとして需要者に把握され、キャッチフレーズ自体には独自の自他識別機能又は出所表示機能を生じないのが、通常である。」
  ②「(広告におけるキャッチフレーズのように、商品や業務等を的確に宣伝することが大前提となっているので)アイデアや事実を保護する必要性がないことからすると、他の表現の選択肢が残されているからといって、常に創作性が肯定されるべきではない。すなわち、キャッチフレーズのような宣伝広告文言の著作物性の判断においては、個性の有無を問題にするとしても、他の表現の選択肢がそれほど多くなく、個性が表れる余地が小さい場合には、創作性が否定される場合があるというべきである。」としています。
 これは、あるアイデアを表現するために選択肢が多くないのであれば、そこでの選択は個性の表れとはいえないので、著作物性が否定される方向になること、すなわち、著作物性の判断要素である「創作性」というものは、表現の幅がある中で個性を発揮する必要があるという原則を述べているものと理解されます。



以  上

農地の差押えと農作物の帰趨

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


〇 農地所有者Aの農業を承継した息子(耕作者B)が、差押えした農地に稲を作付けしている場合に、差押えの効力は稲にも及ぶのでしょうか?(落札者Cの農地   所有権の及ぶ範囲について)
  (1)差押え時に田植えがなされていた場合
  (2)差押え後に田植えがなされていた場合
 に分けで教えてください。

<回答>
1 民法上の規定 不動産である農地に対して差押の効力が及ぶ対象の範囲については、法律上の明文の規定を欠いていますが、原則として、その不動産上の抵当権の効力が及ぶ範囲と同一であるとされており、次のとおり、抵当権の効力は、目的不動産とその付加一体物、従物、従たる権利に及ぶとされています。
 * 民法第370条(抵当権の効力の及ぶ範囲)
  抵当権は、抵当地の上に存する建物を除き、その目的である不動産(以下「抵当不動産」という。)に付加して一体となっている物に及ぶ。ただし、設定行為に別段の定めがある場合及び債務者の行為について第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合は、この限りでない。
 * 民法第87条(主物及び従物)
  物の所有者が、その物の常用に供するため、自己の所有に属する他の物をこれに附属させたときは、その附属させた物を従物とする。
   2 従物は、主物の処分に従う。
 * 民法第242条(不動産の付合)
   不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。(附合物には従物も含む)
2 息子の権限は?➡農地の使用貸借契約の効力は?
   「賃貸借を目的とした農地法3条の許可及び農業経営基盤強化促進法の利用権設定等で借り受けている農地」の場合には、利用権の解除権の行使等に制限もあって、対抗力も「引き渡し」でよいとされていますが、無償の使用貸借の場合は「引き渡し」があっても第三者対抗力は有しないとされています。
 しかしながら、
 (1)民法第242条但し書の「権原」は、賃貸借でも使用貸借でもよいし、対抗力を有しない土地譲受人が耕作して稲を生育させた場合でもよいとされています(大審院判例昭和17年2月24日)ので、対抗要件は不要という趣旨になろうかと思われます。ご質問の場合の耕作者Bは使用貸借権者として「権限のある者」であって、権限の無い者ではないということになります。
 (2)「物を附属させた他人の権利を妨げない」とは、他人にその物の所有権を認めるという意味になりますので、田植えされた苗や稲穂は植えた人の所有物のままになります。
3 法的検討
  構成物(土や草など土地と一体となる物)と従物(石灯籠や小さな農具入れ小屋など土地とは区別できるもの)の観点も含めて、以下のとおりの結論となるのが一般的な考え方になります。
 (1)差押え時に稲が穂をつけるなど収穫が予定される程度になっていた場合には、稲の所有権は耕作者Bにあり、それを妨げることはできないので、公売時に無収穫状態で農地に植わったまま定着していたとしても、落札者Cは稲を取得することはできない。(民法242条但書)
 (2)差押え時に稲が植え付けられたばかりの状態の場合は、稲は農地の構成物➡稲苗に独自の所有権は認定困難→稲苗の所有権は農地所有者Aに所属するので、公売時にその稲苗の状態のままであれば一緒に公売や競売できる。・・・ただし、稲苗を付合させた耕作者Bからの償金請求(不当利得返還請求)がなされる。(民法248条)
 (3)差押え時に稲が植え付けられたばかりの状態の場合は、稲は農地の構成物➡稲苗に独自の所有権は認定困難であるが、公売時や競売時に収穫できる程度になっていた場合には、独立の所有権を認めることのできる「従物」に転化するので、「物を附属させた他人の権利を妨げない」ということから、耕作者Bに稲の所有権があることになり、公売時に無収穫であったとしても落札者Cは稲を取得することはできない。(民法242条但書)
 (4)差押え後に耕作者Bが稲苗を植えた場合には、公売時や競売時に収穫できる程度になっていた場合には、差押えの及ばない独立の所有権を認めることのできる「従物」になるので、「物を附属させた他人の権利を妨げない」ということ以前に差押えが及んでいないので、耕作者Bに稲の所有権があることになり、公売時に無収穫であったとしても落札者Cは稲の所有権は取得できない。(民法242条但書)
 (5)差押え後に耕作者Bが稲苗を植えた場合には、公売時や競売時に稲苗状態のままであった場合には、稲が植え付けられたばかりの状態では稲は農地の構成物➡稲苗に独自の所有権は認定困難→稲苗の所有権は農地所有者Aに所属するので、その稲苗の状態のままであれば一緒に競売できる。・・・ただし、稲苗の付合させた耕作者Bからの償金請求(不当利得返還請求)がなされる。(民法248条)。
                 ↓↓
4 結論(まとめ)
  農地の差押えの効力は、農地の所有権移転等の処分禁止の効力があるだけで、農地の使用権や利用権による耕作を禁止するものではないので、息子(耕作者B)に正当な農地利用権がある以上、使用権に第三者対抗力がないとしても、その利用権の結果は保護されることになり、その作物植え付け等の使用行為が差押え前であろうと差押え後であろうと、作物に関する権利や利益は耕作者Bに認めることが原則になります。   但し、公売での落札者Cに、農地の所有権以外に作物の所有権も移転できるかという作物の所有権の問題を検討するならば、差押えの時点ではなく、公売の時点で
 (1)農地とは別の所有権対象となる「従物」=「実が附いた状態の稲」「収穫状態の稲」の時には、農地の公売で農作物の稲は落札者Cには所有権移転せず、農地の所有権だけが農地所有者Aから落札者Cに移転し、作物の稲は耕作者Bに残り、耕作者Bが収穫できることになります。
 (2)他方、農地とは別の所有権にならない「構成物」=「種を蒔いた状態」「田植えしたばかりの状態」のときは、種や苗の所有権(農地所有者Aの所有権)の中で一緒に公売で落札者Cに移転し、耕作者Bは種や苗の所有権は消失することになるのですが、その分の償金(不当利得金)を落札者C又は農地所有者Aに請求できる権利が残されます。この場合、落札者Cは耕作者Bに償金を払うくらいなら、公売後、耕作者Bに収穫時期まで有料で賃貸し収穫物から利益をもらう方法がよいと考えるなら、耕作者Bとのそのような新たな契約をすればそのような対応でも可能であるということになります。



以  上

妊娠・出産・中絶等の生殖補助医療における自己決定の権利について~ 男性に「子どもをもうけることの自己決定権」があるの? ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.今の日本社会では、精子や卵子の保存技術の発達により、必ずしも合意の性行為が必要なく、受精及び出産をすることが可能となったことから、男性との合意なく女性が当該男性の子どもをもうけることも事実上可能な時代になっています。
2.日本国憲法第13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めてあり、ここに定める「幸福追及に対する国民の権利」は、個人の人格的生存に不可欠な権利・自由を包括する「基幹的な人格的自立権」とされ、「幸福追求権」には、身体・精神・経済的自由のほか、(a) 人格価値そのものにまつわる権利(名誉権・プライバシー権・環境権など)、(b) (狭義の)人格的自律権(自己決定権)、(c) 適正な手続的処遇を受ける権利などが含まれ、特に、(b)の「自己決定権」に含まれるのは、① 自己の生命、身体の処分にかかわる事柄、② 家族の形成・維持にかかわる事柄、③ リプロダクション(=生殖)にかかわる事柄、④ その他の事柄(服装・身なり・外観、性的自由、喫煙、飲酒など)であるとされています。
3.今回は、自己決定権のひとつの場面である「リプロダクション(=生殖reproduction)にかかわる自己決定権」について検討してみましょう。
 日本での「生殖」に関する法的制度としての妊娠中絶や出生前検査に関する法的規制をみると、刑法が堕胎罪の規定を置く一方で、母体保護法14条1項がいわゆる「経済的理由」による中絶を認めていることから、ほとんどの中絶がこの経済的理由による中絶条項にもとづいて行われており、法令による行為として刑法の堕胎罪の違法性が阻却されています。一方で、胎児の障害を理由とする妊娠中絶を認める、いわゆる「胎児条項」は存在していません。
 しかしながら、中絶に関わる「自己決定権」は、先に述べたように憲法上の権利の原形(本源的権利・基幹的権利)であり、これを日本国憲法の規範体系の下に位置づけるとすれば、1人1人の人間を、個人は尊重すべきことをうたった日本国憲法第13条にその憲法上の根拠を求めることができるわけです。
 かかる観点からは、日本の法制度において「生殖」に関する権利を定める制度がないとしても、そもそも自己決定権の保障の中で、「人が安全で満足のいく性生活がもてること、子供を産む可能性をもつこと、さらに産むかどうか、産むならいつ何人産むかを決める自由が認められていることになります。「リプロダクション(=生殖)にかかわる自己決定権」として、妊娠・出産・中絶等の自己決定権が保障されているわけです。
 このような権利は、主に女性にとっての自由と考えられてきましたが、男性にとっても「子どもをもうけることの自己決定権」も認められた判例が現れました。<女性がその男性の子どもが欲しいと願っても、その男性の同意が必要になるか?>という問題になります。
 本来は、男性及び女性の合意と性行為がなされないと子供はもうけられないのですが、精子や卵子の保存技術の発達により、必ずしも合意の性行為が必要なく、受精及び出産をすることが可能となったことから、改めて、「子どもをもうけることの自己決定権」に基づく男女の「合意」が求められることになってきています。
4.判例上、男性の「子どもをもうけることの自己決定権」が認められた判例を紹介しましょう。大阪地裁令和2年3月12日判決―(判例時報2459―3)及び大阪高裁令和2年11月27日判決―(法学セミナー2021年12月号114頁)です。
 事案の内容は次のとおりです。
(1)原告Ⅹ(男性・夫)と被告Y(女性・妻)は平成22年7月に結婚し、平成25年頃からAクリニックで不妊治療をしていた。
(2)平成26年4月に原告Ⅹと被告Yは不仲となり別居生活となった。
(3)上記別居前に、Aクリニックの不妊治療のための再度の精子提供の要請に同意して、原告ⅩはAクリニックに精子提供をした。Aクリニックで、原告Ⅹの精子と被告Yの卵子の受精卵が培養され凍結保存されていた。
(4)平成27年4月、被告Yは子供をもうけたいという決心で、原告Ⅹの同意書を作成してAクリニックに提出して、Aクリニックから受精卵の移植手術を受けた。
(5)被告Yは妊娠して、子供を出産した。(子供はⅩYの推定嫡出子での届出)
(6)原告Ⅹと被告Yは、平成29年11月に正式に協議離婚した。
(7)原告Ⅹは、被告Yに対して、受精卵提供のⅩ名義の同意書を被告Yが偽造して妊娠したのは、原告Ⅹの「子をもうけることについての自己決定権」を侵害する不法行為であるとして、慰謝料2,000万円の損害賠償請求の裁判を提起した。
5.このような事案に関して、裁判所は、次のように判断しています。
 「個人は、人格権の一内容を構成するものとして、子をもうけるか否か、もうけるとしてもいつ、誰との間でもうけるかを自分で決めることのできる権利、すなわち、子をもうけることについての自己決定権を有する。」
 「原告Ⅹ(男性)は、本件移植が行われるまでの約1年間、Aに対し凍結保存受精卵(胚)を被告Y(女性)に移植しないように求めたことはないものの、それに関する問い合わせすらしていないのであるから、少なくとも、被告YやAに対して、当該凍結保存受精卵(胚)の移植について、積極的な同意を明示した事実があったとは認められない。」
  「夫婦の間においても、子をもうけるか否か、もうけるとしてもいつもうけるかは、各人のその後の人生に関わる重大事項であるから、夫婦の別居以降、子をもうけることについて原告Ⅹが積極的な態度を示していなかった経緯を踏まえると、本件移植を受けるに先立って、改めて原告Ⅹの同意を得る必要があったことは明らかであった。ところが、被告Yは、原告Ⅹの意思を確認することなく、無断で本件同意書に本件署名をしてAに提出し、本件移植を受けたのであるから、被告Yの一連の行為は、原告Ⅹの自己決定権を侵害する不法行為に当たる。」
  (判決結果)「被告Y(女性)は、原告Ⅹ(男性)に対して、慰謝料500万円とDNA鑑定費用等、合計約559万円の慰謝料等を支払え。」


以  上

地方公務員の兼業禁止規定と運用例~地方公務員法第38条と太陽光発電販売について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(相談事例)
 ○〇町の職員が、「親から相続した遊休地を利用して、太陽光発電施設を作り41kw程度の電気販売を行いたい。管理業務は親戚等に任せる。」との内容で、営利企業従事許可申請をしてきた。○○町としては、許可・不許可の判断をどのようにすればよいか。許可基準を定めた○○町の条例や規程はない。設備設置費用3,000万円は銀行融資を受ける予定とのことである。

≪回答≫
1.日本テレビ2023年1月期水曜ドラマ「リバーサルオーケストラ」という番組がありますが、その第1回放送で、~~主人公である谷岡 初音(門脇 麦)は市役所で働く地味な職員であるけれども、実は、少女時代から天才ヴァイオリニストであり、音楽の表舞台には出なくなっても、密かに自宅で音楽教室を開いて子供たちに教えながらヴァイオリン演奏や練習は続けていた。市の交響楽団のコンサートマスターに無理やりにでも迎えたい有名指揮者・常葉 朝陽(田中 圭)から、「これを受けてくれないと、あなたの地方公務員法第38条違反行為を市役所に言いますよ。いいんですか。」と言われて、谷岡 初音(門脇 麦)は「私は、音楽教室の生徒たちには無償で教えているだけですよ。」と切り返す~~という場面がありました。そこには、地方公務員法第38条の条文の字幕とセリフが出ていました。

2.地方公務員法第38条の規定は以下のとおりです。
「1 職員は、任命権者の許可を受けなければ、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下この項及び次条第1項において「営利企業」という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。ただし、非常勤職員(短時間勤務の職を占める職員及び第22条の2第1項第2号に掲げる職員を除く。)については、この限りでない。
 2 人事委員会は、人事委員会規則により前項の場合における任命権者の許可の基準を定めることができる。」
 この規定は、公務員の利益目的行為を業として行うこと(営利企業経営)は認めないことを原則としており、許可を受けることで例外的に認めるという内容ですが、許可の要件に該当すれば全て許可しなければならないという性質のものではありません。○○町の条例等でその許可基準がなくても、任命権者の裁量行為として許可することも許可しないことも可能ということになります。  原則は許可しない(禁止)であり、例外として許可するという制度であることから、許可しないことに一定の合理的理由がある場合又はどちらか判断が困難な場合には「許可しない」という取扱いでもよろしいかと思います。
 そもそも、公務員の兼業禁止・営利目的行為の禁止の趣旨は、公務員の信用失墜行為の禁止(国家公務員法第99条、地方公務員法第33条)、守秘義務の遵守(国家公務員法第100条、地方公務員法第34条)、職務専念義務(国家公務員法第101条、地方公務員法第35条)それぞれに抵触する危険性が生じることに基づくものです。かかる観点からの危険性があるということで、許可しない方向での合理的な理由は認められやすいでしょう。  その点、そのような許可されない方向での解釈に対して、ドラマ「リバーサルオーケストラ」の谷岡 初音(門脇 麦)は、音楽教室としての事業は行っているけれども、無償で行っているので、営利目的行為でもなく報酬も得ていないので地方公務員法第38条の兼業禁止規定には違反していないと積極的に反論しているわけですね。

3.太陽光発電施設による電気販売行為について
 ところで、営利が生じる兼業に関して、本件相談事例のような太陽光発電施設による電気販売行為について、国家公務員に関しては、人事院規則14-8で、営利企業の兼業規定により、10kw以上の太陽光発電販売は営利事業従事の許可を要するとしており(他に、賃貸業に関しても独立家屋5棟以上、アパート10室以上、賃貸料収入が年額500万円以上といった基準で営利事業としている)、更に、許可(承認)基準としては、職務との利害関係が生ずるおそれがないこと、電気販売の管理業務を事業者等に委ねて職員の職務遂行に支障が生じないことが明らかであること等が定められています。
 地方公務員の場合には、かかる基準を直接定める通達は見受けられませんが、令和2年1月10日付け総務省自治行政局公務員部公務員課長通知の中で、平成31年(2019年)4月26日付「『職員の兼業の許可について』に定める許可基準に関する事項について」(内閣官房内閣人事局参事官通知)等の既存の通知や国家公務員法、人事院規則等を踏まえ、各地方公共団体において詳細かつ具体的な許可基準を設定すべきである」としていますので、定めていない場合においては、国家公務員に準じて許可・不許可の判断をすればよいだろうと思われます。なお、上記通知によれば、都道府県及び市町村の約4割程度で兼業許可に関する基準を定めているという調査結果が示されています。
 本件相談事例の申請者職員は、管理業務は親戚等に任せると言っているようですが、親戚による事実上の管理では、一事業者としての管理を徹底してくれる必然性もなく、当該管理者に当該職員が全権一任するということにもならない可能性があり、申請者職員がかかる事業管理に関わっている間は公務遂行はできないわけなので、「職務遂行に支障が生じないことが明らかである」とまでは言えないのではないか、と判断できるのではないでしょうか。
 また、既に所有している遊休不動産を単に賃貸して賃料収入を得ている公務員や実家の農業を承継して農業所得を得ている公務員などが散見される実情があるとは思います。このように、既にある所有物を利用したり、既にある収益行為を引き継いだりする収益事業とは異なり、本件相談事例のように新たな設備を買い入れて電気販売を行うという形態の場合、その事業性及び営利性は高くなり、「公務に精励せずに金儲けばかりに奔走しているのではないか」という批判を浴び兼ねず、公務員の信用失墜の可能性も高くなるため、兼業禁止の原則にそぐわないだろうと思われますので、原則的には「不許可」とするのが妥当ではないかと思います。

4.公務員の兼業禁止を緩やかに(運用例と今後の方向性)
 本件と関連して、地方公務員の兼業禁止の運用に関しては、故安倍晋三氏の第3次・第4次安倍内閣で平成29年から施行された「働き方改革」の下で、労働貢献の範囲を拡大するメリットに注目して、兼業を幅広く認めていく運用が求められてきています。
 まず、国において平成29年3月の「働き方改革実行計画」を踏まえて、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が策定され、副業・兼業の普及促進が図られ、同年6月に内閣府の日本経済再生本部から出された「未来投資戦略2018」では、国家公務員の兼業に関し、円滑な制度運用を図るための環境整備を進めると示されたことにより、平成31年(2019年)3月28日付「『職員の兼業の許可について』に定める許可基準に関する事項について」(内閣官房内閣人事局参事官通知)により、国家公務員の兼業の許可基準が明確にされ、兼業が認められる方向性が示されつつあります。
 また、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の解釈例として、① 労務提供上の支障がある場合、② 企業秘密が漏洩する場合、③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合、④ 競業により、企業の利益を害する場合に該当しない場合には、民間企業従業員においては、株式・FX・仮想通貨などの投資は、自己資産形成の手段として行うものであるため、許可が必要な副業にはあたらないとする見解もあります。
 ただし、公務員の場合においては、「地方公務員として信用を失わない活動」又は「本業に支障をきたさない活動」という観点等から、投資関係に関わる時間や取引金額等を勘案して、条件付で許可が必要な場合があると思われます。
 地方自治体においては、神戸市は職員の副業解禁の先進事例自治体であり、職員の副業解禁を平成29年4月から実施しています。「地域貢献制度」と呼ばれ”営利企業への従事等のうち社会的・公益性の高い継続的な地域貢献活動に、報酬を得て従事する場合の取扱いを定めており、同様の制度を平成29年8月奈良県生駒市、平成30年10月宮崎県新富町などが定めています。宮崎県新富町の「地域貢献活動を行う職員の営利企業等の従事制限の運用について」の基本的基準としては、人口減少で深刻化している人手不足解消の対策として、在職6か月以上の一般職員(会計年度任用職員を除く)において、勤務時間外で地域に貢献する活動という基準を満たせば副収入を得ることを認めています。農家での就労、スポーツやお祭りなど地域行事の支援を想定しているようです(全国町村会平成31年1月14日付町村スポット記事があります)。それぞれに共通する要件としては「地域に貢献する活動であること」「公務勤務時間外の活動であること」「適正な報酬であること」があれば地方公務員の兼業としての副収入を認めていく方向の取り扱いをするものです。
 各業界の労働力不足が懸念されていく少子高齢化社会において、「地域貢献」「労働力活用」をキーワードに、地方公務員の兼業禁止規定も例外運用が拡大されていくのかもしれません。                                   



以  上

民法改正による契約不適合責任について(分譲地の売買と地盤改良が必要となった場合の負担責任)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


Ⅿ町から次のような法律相談がありました。
(例)平成○年Ⅿ町分譲地の地盤調査 … 地盤の弱いところがあり改良の必要性を指摘された。
令和△年 9月28日 本件宅地の分譲決定を買主甲に通知
※契約書等でも地盤が軟弱である可能性がある個所の存在は指摘していない。
令和△年10月 4日 買主甲が地盤調査
令和△年10月13日 分譲宅地売買契約の締結
令和△年10月29日 譲渡代金の支払い・受領(280万円程度)、移転登記申請
※買主甲は家を建築するために地盤改良が必要となり、費用123万2,000円を負担した。➡売主Ⅿ町が負担すべきか。(賠償すべきか)

(弁護士の回答)
 家を建築するために地盤改良が必要となるほどの地盤が軟弱であったことは、売買契約の目的物に、旧民法の「瑕疵」又は新民法(2020年4月施行後の民法)の「契約不適合」に該当すると考えます。以下、説明します。

1.民法改正
 民法改正により、「瑕疵担保責任」は、「契約不適合責任」に変わりました。瑕疵担保責任と契約不適合責任の違いをまとめると以下の通りです。
                                               
項 目 瑕疵担保責任 契約不適合責任
法的性質 法定責任 契約責任
要 件 隠れたる瑕疵 契約の内容に合致しない場合
買主が請求できる権利 1. 契約解除
2. 損害賠償請求
1. 追完請求(562条)
2. 代金減額請求(563条)
3. 催告解除(541条)
4. 無催告解除(542条)
5. 損害賠償請求(415条)
損害賠償責任 無過失責任 過失責任
損害の範囲 信頼利益 ※履行利益(信頼利益も含みます)
・瑕疵とは、「売買契約の目的物が通常有すべき品質・性能を欠くこと」
・隠れた瑕疵とは、買主が通常の注意を払ったにも関わらず発見できなかった瑕疵

2.契約不適合責任
 契約不適合責任は、「種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものがあるとき」に売主が責任を負い、買主が保護されるという制度を言いますが、宅地上に建物を建てる場合に、建物が建たない軟弱な地盤は、品質に関して不適合があることになります。
(1)売主Ⅿ町に過失がない場合
 まず、改正後の新民法の契約不適合責任においては、損害賠償請求は過失のある場合のみに認められることになりました(新民法第415条1項但書 売主に過失(責めに帰すべき事由)がある場合のみに認められます。)ので、売主Ⅿ町に過失がない場合には、買主甲は売主Ⅿ町に対して損害賠償請求はできませんが、以下の請求ができます。
<1>新民法第562条 「修補請求」は、軟弱地盤の強度補強工事を行うという意味での修補になりますが、買主甲において修補されているので、次の「売主が修補しない場合」に準ずる対応をすることになります。
<2>新民法第563条 「代金減額請求権」は、追完請求の修補請求をしても売主Ⅿ町が修補しないとき、あるいは修補が不能であるときについて認められる権利であるので、買主甲は、自分で修補した分だけ代金を減額請求できます。
 本件の場合の減額請求は、売主Ⅿ町が修補(地盤沈下調査及び改良工事)をした場合の費用分に相当することになりますが、買主甲の依頼した地盤改良工事代金(123万2,000円)が、相場の価格かどうか(100万円程度ではないかどうか等)を調査して判断することになるでしょう。その上で相場分の代金の一部を返還をすることになります。なお、上記<1>の修補請求を受けて売主Ⅿ町が自ら修補する場合には、地盤改良工事代金相場の価格(例えば100万円)で注文して修補するでしょうから、実際に買主甲の依頼した地盤改良工事代金(123万2,000円)を買主甲が負担したとしても、相場分(例えば100万円)に相当する代金の一部を返還をするだけになるわけです。
(2)売主Ⅿ町に過失がある場合
 売主Ⅿ町が、売買契約時に「宅地の一部分に軟弱箇所がある」ことを説明し、その点を契約書に記載し、買主甲も、その旨了解していた場合には、契約上の「不適合」とはならないのですが、それを知りながら、買主甲に軟弱地盤を説明していない場合には、信義則上の説明義務違反(過失=責めに帰すべき事由)があることとなります。
 この場合には、売主Ⅿ町に損害賠償責任が発生します。(新民法第415条)
 新民法の契約不適合責任における損害賠償請求の範囲には信頼利益のみならず履行利益も含みますので、実際に支出した地盤改良工事代金(123万2,000円)が損害額になります。この点、代金減額請求においては、地盤改良工事代金相場の価格(例えば100万円)を基準にする場合と異なることになりますが、この点は無過失責任と過失責任の違いということになろうかと思います。
(結論)
 本件相談事例では、売主Ⅿ町は地盤の弱いところがあり改良の必要性を指摘されながら、そのことを買主甲に何ら説明もしないで分譲売却していると思われます。なぜ、そのような分譲手続きになったのか、分譲代金は通常の取引より格安にしているのかどうか、土地改良工事代金の見積は適正か否か等の実態がよく分かりませんが、少なくとも、このような分譲の仕方では、「過失(=責めに帰すべき事由)」のある契約不適合責任を負うと判断されます。なお、売主Ⅿ町にこのような過失がある場合には、買主甲は、損害賠償請求ではなく、上記の代金減額請求による減額(一部代金返還)の方法で解決することも可能です。
 しかし、買主甲は、実際の地盤改良工事代金そのものを売主Ⅿ町に出して欲しいという場合には、代金減額請求ではなく、損害賠償請求として、地盤改良工事代金全額の支払いを求めることのほうが有利になろうかと思います。

3.本件問題の予防策
(1)本件のトラブルの原因は、地盤の弱いところがあり改良の必要性を指摘されながら、売主Ⅿ町担当者が分譲契約書等、目的物説明においても、地盤が軟弱である可能性がある点を明言しないで分譲売却していることにあります。人に商品としての不動産を売却するには、当該商品である不動産を通常の品質で売れる状態にしてから、分譲売買するべきです。その観点からの予防策としては、
 ○正常な状態の契約をするために売主M町が軟弱地盤の改良を行った上で、分譲売買手続きを行う方法にする。
をまずは考えることになります。
(2)売主Ⅿ町の経済・予算事情等その他の事情により、地盤の弱いところがあっても、格安で分譲することを優先したい政策であるような場合は、いわゆる契約不適合箇所があることを前提にしながら、新民法上の契約不適合責任は負わないという特約付きで分譲売買契約を行うことができるのでしょうか?その点については、新民法上の契約不適合責任規定が強行規定なのか、任意規定なのかで結論が異なりますが、新民法572条では「担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実及び自ら第三者のために設定し又は第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができない。」と定めていますので、地盤の弱いところがある旨の説明をした上で、買主甲の責任で調査及び改良工事を行う旨の契約をすることは許されるものと考えます。その観点からの予防策としては、
 ○軟弱地盤がある場合には、買主甲の責任で調査及び改良工事を行う(売主は契約不適合責任を負わない)旨を契約書に明記する。
という方法も考えることができます。



以  上

地方自治体事務での書類の送付方法について(なぜ、ハガキや普通郵便が多用されているか?)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<問題>
 地方税の督促状などの文書について、納税者からすると郵便ポストに知らないうちに郵送されており、他の郵便物と一緒に間違って破棄したりする危険性があるのですが、重要な書類を普通郵便で送付すること自体問題ではないでしょうか。
 仮に、納税関係の種類だけでなく、役所からの水道料や下水道使用料などの督促状なども普通郵便で送付されることがあるのでしょうか。

≪解説≫
1.地方自治体が納税者等に普通郵便で書類を送付した場合に、普通郵便では実際に宛名人へ到達したかどうかの記録は残りませんし、把握することもできません。そういう場合には、郵便を受けたとされた本人は、問題文のように自分で誤って破棄している場合でも、「自分はそのような郵便は受け取っていないし、そのような文書は見ていない。大事な文書であれば、書留郵便か配達証明郵便で送るべきだろう!」と抗議してくると思われます。
 ただ、実際には、本当に郵便が届いていない場合(郵便窃盗事故、郵便廃棄隠匿事故等)もあり得ますし、そもそも送っていないという可能性もあります。そういう争いを生じさせる書類郵送の方法はいかがなものか、と思われる一般市住民は多いだろうと思われます。

2.納税関係書類の送付が通常の取扱いによる郵便で行われた場合については、地方税法第20条第4項及び第5項の定めがあります。
 [地方税法第20条]
1 地方団体の徴収金の賦課徴収又は還付に関する書類は、郵便若しくは信書便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所、居所、事務所又は事業所に送達する。ただし、納税管理人があるときは、地方団体の徴収金の賦課徴収(滞納処分を除く。)又は還付に関する書類については、その住所、居所、事務所又は事業所に送達する。
2~3(省略)
4 通常の取扱いによる郵便又は信書便により第一項に規定する書類を発送した場合には、この法律に特別の定めがある場合を除き、その郵便物又は民間事業者による信書の送達に関する法律第二条第三項に規定する信書便物(第二十条の五の三及び第二十二条の五において「信書便物」という。)は、通常到達すべきであつた時に送達があつたものと推定する。
5 地方団体の長は、前項に規定する場合には、その書類の名称、その送達を受けるべき者の氏名、宛先及び発送の年月日を確認するに足りる記録を作成しておかなければならない。

   県税事務所の納税通知事務を例にあげて、簡単にこの条文の内容を説明しますと、
 「一般の郵便で税金に関する書類を送った場合は、『通常到達すべきであった時』にその書類が届いたと推定する。ただし、この規定を使うためには、県税事務所は税金に関する書類の名称・送付先の氏名・宛先・発送年月日を確認できる記録を作っておかなくてはならない」とされています。
 つまり、県税事務所が納税通知書や督促状の発送時に、送り先や発送日の記録を残しておけば、宛先である納税義務者に実際に届いているかどうかに係わらず「通常到達すべきであった時」、例えば普通郵便で発送し宛先が同じ県内なら(常識的に考えて)発送から2~3日程度後には発送先へ到着したとみなしてよく、だから、費用の安い普通郵便で送ってよい、という理解がなされています。
 そして、このような定めがある以上は、納税義務者が「いや、本当に届いていないんだ」と主張するためには、納税義務者の側が引越しや郵便事故等で届かなかったことを立証しなくてはいけないのです。
 このような法律の定めをした理由は、一つは、納税通知などの多数の者への通知について、行政上の手続きの軽減と費用負担軽減を図る趣旨があり、もう一つは、そもそも税を納めるのは国民・住民の義務であり、本来は通知がなくても国民のほうから納めるべきものであるという税に関する理念があるのだろうと思われます。

3.それでは、税関係書類ではなく、それ以外の公文書、公的な通知書の送付の場合にも、普通郵便やはがきによる送付で良いのでしょうか?
 私が行政の法律相談等の際に個人的に認識できた範囲では、水道料金や下水道料金の支払通知書は、「はがき」で行われているようですし、公営住宅の延滞家賃の督促も「普通郵便」で行われているのではないかと思います。行政処分通知書を普通郵便で送付している例もあったかと思います。
 実は、地方自治体の事務手続きとしての書類の送達については、地方自治法第231条の3第1項、第2項、第4項に次のような定めがあり、地方税の規定を準用しています。
 「1 分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の普通地方公共団体の歳入を納期限までに納付しない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。」
 「2 普通地方公共団体の長は、前項の歳入について同項の規定による督促をした場合には、条例で定めるところにより、手数料及び延滞金を徴収することができる。」
 「4 第一項の歳入並びに第二項の手数料及び延滞金の還付並びにこれらの徴収金の徴収又は還付に関する書類の送達及び公示送達については、地方税の例による。」

 この規定によれば、書類の送達に関する地方税法第20条第4項、第5項の適用があるのは「分担金、使用料、加入金、手数料、過料その他の普通地方公共団体の歳入」という「債権」の「徴収・還付」に限られるということになります。
(1)「分担金」とは、特定の事業により特定の利益を受ける受益者に経費の分担を求めるもので(地方自治法第224条)、下水道事業負担金(都市計画法第75条)などがあります。
(2)「使用料」とは、公の施設(地方自治法第244条)の利用の対価であり(地方自治法第225条)、下水道使用料(下水道法第20条)などがあります。
 なお、水道使用料は、水の売買代金としての私債権であり(東京高裁平成13年5月22日判決、最高裁平成15年10月10日判決)、使用料としての公債権ではないとされ、普通財産の使用(公営住宅の使用許可)の対価も契約による賃料債権(私債権)であり(最高裁昭和59年12月13日判決)、使用料としての公債権ではないとされています。
 公立病院の診療代金請求権も、同様に私債権であるということになります(最高裁平成17年11月21日判決)
(3)「加入金」とは、慣習により公有財産の使用権(入会権等)を有しており、新しく使用を許されたものに対して「特別の使用権付与の対価」として一時的に賦課するものを言います(地方自治法第226条、第238条の6第2項)。
(4)「手数料」とは、特定の者のためにする事務又は役務の提供の反対給付としての金銭であり(地方自治法第227条)、身分証明書や印鑑登録証明書の発行手数料等などがあります。
(5)「過料」とは、行政上の義務違反者に対して制裁として科せられる行政秩序維持のための制裁であり、地方自治法第14条第3項は、「普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる」と定めています。この規定は、平成11年の「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」によって加えられたものです。さらに、同法第228条は、「詐欺その他不正の行為により、分担金、使用料、加入金又は手数料の徴収を免れた者については、条例でその徴収を免れた金額の五倍に相当する金額(当該五倍に相当する金額が五万円を超えないときは、五万円とする。)以下の過料を科する規定を設けることができる」とし (第3項)、かつ、「分担金、使用料、加入金及び手数料の徴収に関しては、次項に定めるものを除くほか、条例で五万円以下の過料を科する規定を設けることができる」としています (第2項) 。(これらの規定は、いずれも過料を科すには、条例の定めを要するものとしていますが、以上のほかに、同法第15条第2項は「普通地方公共団体の長は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、普通地方公共団体の規則中に、規則に違反した者に対し、五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる」と定めていて、規則の制定は、首長の権限に属する事務であるので(同法第15条第1項)、その点において、条例に定める過料と規則に定める過料と所管の線引きがされることになりますが、過料の徴収等の手続きには差異はありません。)
(6)「普通地方公共団体の歳入」とは、「会計年度ごとの一切の収入」を意味し、地方税、分担金、使用料、加入金、手数料、過料、地方債、地方交付税、地方譲与税、国庫支出金、財産売払収入金、他会計からの繰入金」が含まれるとされています。  この解釈として、①普通地方公共団体の歳入となるものであれば、その債権は公法上の債権であろうが、私債権であろうが、その徴収手続には、到達推定規定(地方税法第20条第4項、第5項)の適用があるとする見解と、②到達推定が働くのは地方自治法第231条の3の公法上の債権の例に示されるものに限定され、私債権については到達推定は認められないので、私債権の送達には配達証明を付するなどが必要であるとする見解もあるのですが、私見としては、地方公共団体が一括送付を必要とする事情は、公法上の債権であろうが、私債権であろうが変わらないことから、前者の見解(私債権でも歳入として調定されれば到達推定が働く)でいいのではないかと考えます。
 しかし、歳入に全く関係しない「行政処分の通知」や「監査手続きでの監査請求人への通知」等については、その到達の有無について争いが生じた場合に、到達推定規定は全く働かないので、相手方住民に到達したということを行政側が立証しなければいけません。
 従って、このような書類の送付方法としては、その到達を直接立証できる、「配達証明郵便」又は「直接の交付」(受取書受領)によって行わなければならないだろうと考えています。

4.到達推定規定の適用に関する判例
 地方自治体の歳入債権の徴収文書を普通郵便で送付した場合には、規定上「到達の推定」があるだけであり、推定である以上は、納税義務者から、その推定を破る証拠が提出されると、「到達していない」と認定される場合もあるということになります。
 例えば、本人への未到着以外に、近隣全体に郵便物未到着例が多く発生していたとか担当郵便局員が未配達隠匿していたというような事実が立証される場合などが考えられます。
 そのような観点で、問題となった事例の判決がWeb上で二例紹介されていましたので、引用しておきます。
○東京地裁平成27年4月28日判決(判例集登載なし―(情報提供:株式会社ロータス21)
 非居住者である原告が指定した納税管理人の住所に納税通知書が到達しなかったことを理由に、原告がY区に対し納税通知書の送付が前提となる督促処分の取消しを求めた事案において「自己への書籍が配達されなかったという出来事の他に、自己の住所に郵便物などの不達(誤配など)が相当数発生していたと認めるに足りる証拠はなく、地方税法第20条第4項の推定を覆すに足りないので、送達があったものと判断する。」
○東京地裁平成27年4月23日判決(判例集登載なし―情報提供:株式会社ロータス21))
 納税通知書の不達で期限内納付ができず延滞税が発生したとして、原告がY市に対し延滞税の還付を請求した事案において、「地方税法第20条第4項の推定規定によれば、送達の立証義務は徴収者が負うものではなく、納税者である原告において、近年の郵便物の不配事件の発生の事情や納税通知書が送られていれば納税しない理由はないという事情は、本件納税通知書に関し郵便事故が発生したことを伺わせるほどのものとは言えないので、送達があったものと判断する。」

5.結論
 <問題>への回答としては、「重要な書類を普通郵便で送付すること自体問題ではないでしょうか。」については、問題がないとは言えませんが、郵便が着いたかどうかについては、地方自治体が法的に救済される場合があります。
 「仮に、納税関係の種類だけでなく、役所からの水道料や下水道使用料などの督促状なども普通郵便で送付されることがあるのでしょうか。」については、普通郵便でなされる例が多いと思います。その場合にも郵便が着いたかどうかについては、地方自治体が法的に救済される場合があります。
                                  



以  上

学校の先生は私生活上の不祥事を起こすと、厳しい処分を受けちゃうのですか?~学校教職員の不祥事とその責任の重さについて~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(問 題)
 学校の音楽の先生Xは音楽作成ソフトウエアを無断複製してインターネット上で販売したことから、警察が学校や自宅を捜索する事態となり、刑事問題になりました。
 先生Xは、先生を辞めなくてはいけなくなるのでしょうか?

(事案の概要)
①Y公立中学校の音楽教諭X(管理職ではない)が、
②生活費の不足を補うために、
③著作権法違反であることを認識しながら、市販の音楽作成ソフトウエアを無断で複製し、インタ―ネットオークションで複製品60本を販売し30万円の利益を得た。(本件非違行為)
              ↓↓
④その結果、警察によるX教諭宅、学校のX使用パソコン等の捜索が行われた。(この点は報道されていない)
⑤Xは著作権会社に謝罪し被害弁償の申出をした結果、示談金170万円(推定損害348万円)で和解した。
⑥著作権会社は、上記示談により、Xを宥恕する旨の上申書を検察庁に提出し、検察庁は著作権侵害罪につき、不起訴処分にした。(担当検事は不起訴処分とした際、Xに対して教員を続けることができるように勇気づける言葉を贈った)
⑦処分行政庁は、本件非違行為につき、Xを懲戒免職処分にし、処分行政庁によりXの懲戒免職処分が公表されたことで報道機関により報道された。

 理由
a 教職員は髙倫理と廉潔性が求められる。重大な非違行為である。
b 本件非違行為は他人の財産権を侵害する金銭窃盗と罪責が近似しているので、窃盗犯罪に準じて厳しい処分となる。
 *窃盗罪法定刑「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(刑法第235条)
 *著作権法違反「10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金又は併科」(著作権法第119条第1項)
⑧XはY人事委員会へ不服申立をし、Yの知事に対する審査請求を経て、懲戒免職処分取消訴訟を提起した。
(参照判例:札幌高裁判決平成28年11月18日-判例時報2332号-90頁、判例地方自治418号50頁)
○著作権法に違反するソフトウエアの無断複製及び販売行為を反復継続した公立学校教員に対する懲戒免職処分及び退職手当等の全部を支給しないこととする処分について、当該非違行為は極めて重大であるとまではいえず、その動機をもって極めて悪質であるともいえない等として、社会観念上著しく妥当性を欠き、処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱した違法なものとされた事例。

(解 説)
1.公務員の場合の解雇(免職)と労働契約法
 公務員も憲法上の労働者であるのですが、公務員の勤務関係(労働関係)は、「契約」ではなく「任用」関係であり、労働契約に関する労働契約法は適用されません(労働契約法第22条第1項)。

2.懲戒処分の位置づけ
(1)民間労働者に関しては、労働契約上の付随義務である企業秩序遵守義務があり、その違反になる労働者の行為等については、使用者は就業規則の定めるところにより、制裁としての懲戒処分をすることができるとされています。ただし、その懲戒処分も使用者が自由に行えるものではなく、懲戒処分が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、懲戒権を濫用しているものとして懲戒処分は無効となります(労働契約法第15条)。
(2)公務員の場合は、地方公務員法の定めがあり「公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するために課される制裁」として任命権者に懲戒権限が認められています(地方公務員法第29条、最高裁判例昭和52年12月20日)。ただし、その懲戒処分も任命権者が自由に行える(自由裁量)ものではなく、懲戒権の行使が「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合」に限り違法となるとされています。
  判例上、公務員に対する懲戒処分の適否については、「公務員の場合には,懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができるところ,職員が懲戒事由に該当する場合に,懲戒をするか否かの判断及び懲戒をするときはどのような処分を選択するかの判断は,内部の事情に精通し,平素から職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に委ねられていると解するのが相当であって,懲戒権者は,懲戒をするか否か及び懲戒をするときはどのような処分を選択するかを,懲戒事由に該当する行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該職員の上記行為の前後の態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の職員ないし社会に与える影響等の諸般の事情を総合的に考慮し,その裁量的判断によって決定することができるというべきである。したがって,懲戒権者がその裁量権を行使してした懲戒処分としての免職の処分の適否を裁判所が審査する場合,裁判所は、懲戒権者と同一の立場に立って,懲戒をすべきであったか否か及び懲戒をすべきであったときはどのような処分を選択すべきであったかについて判断した上,その結果と免職の処分とを比較して,その適否を論ずべきではないのであって,懲戒権者がその裁量権を行使してした免職の処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠き,懲戒権者が,その裁量権の範囲を逸脱し,又はそれを濫用してしたものであると認められる場合に限り,違法となるというべきである(最高裁判所昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1225頁、最高裁判所平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。」としています。

3.私生活上の非行を理由とする懲戒処分の可否について
 本件は,Xの職務外の私生活上の非行(音楽教育を離れて,私生活上の生活費不足を補うためにソフトウエアの違法複製を自宅パソコンを介してインターネットオークションで販売していた)が懲戒処分対象行為であるが、職務上の行為とは言えないことから、そもそも職務上で要求される義務違反(懲戒処分対象行為)になるのかどうかが問題となります。(なお、販売行為の違法性については、公務員においては、営利目的事業の兼業禁止の地方公務員法第38条違反も考えられますが、著作権侵害罪としての刑事処罰性に準じた違反のほうが強いので、後者のみの非行を問題にしているようです。) (1)民間労働者の場合には、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行とは直接関係のない私生活上で行なわれるものであった場合でも、これに対して会社の規制及び懲戒権を及ぼすことができます。ただし、その行為により「会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合」でなければならないとされています。
(2)公務員の場合には「公務の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されていることから,一般企業(民間企業)の従業員と比較して,より広くかつより厳しい規制が課されている」(最高裁判決昭和49年2月28日:国鉄中部支社事件判決)として、職務と関係のない純然たる私生活上の行為についても厳格な規制(懲戒処分対象性)が及ぶこととなっています。少なくとも、非違行為と職務や地位との関連性が強い事例では懲戒免職処分の有効性は認められる場合が多く、関連性が少ない事例の場合には、懲戒処分の程度は低くなるという関連性において、総合判断されるという立場になろうかと思われます。

4.本件判決の分析(札幌高裁判決平成28年11月18日-判例時報2332号-90頁)
 まず、本件一審の判決(札幌地裁平成28年6月14日判決)は、「本件免職処分及び本件退職手当支給制限処分は、いずれも処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してした違法なものではなく、適法な処分である。」としていますが、本件高裁判決(札幌高裁平成28年11月18日判決判例時報2332号-90頁)は、結論としては、「懲戒処分の裁量権の範囲を逸脱しており、懲戒免職処分は違法である」としています。その理由は次のとおりです。(なお、本高裁判決の上告審(最高裁判決平成29年6月13日)は上告を棄却しており、本高裁判決の結論が確定していますので。高裁判例を引用しておきます。)
(1)指針基準の尊重と公平性の観点
 懲戒処分として、戒告、減給、停職又は免職の処分のうち、免職を選択したことが、その裁量権を逸脱し、又はそれを濫用したものであるかについて検討するが、その判断は、処分行政庁が自ら定めている原判決別紙の懲戒処分の指針によることが、平等取扱いの原則(地方公務員法第13条)及び公正の原則(同法第27条第1項)に照らして相当である。
(2)著作権法違反(無断複製販売)と窃盗との対比(指針基準の準用の適否)
 懲戒処分の「指針」は、金銭事故(公金又は学校徴収金の横領・窃取)及び他人の財物の窃取の量定について免職を基本としているところ、処分行政庁は、本件非違行為が他人の財産権の侵害である金銭事故や窃盗に近似するとの評価のもとに、刑法等での量刑(*窃盗罪法定刑「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(刑法第235条)、*著作権法違反「10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金又は併科」)と比較するなどした上で、本件免職処分をしたものであり,適法である旨主張している。
 しかしながら、本件非違行為についての処分行政庁の上記評価は誤ったものである。窃盗は、行為の反道義性、反社会性が国民一般に認識されている最も典型的、古典的な自然犯であるのに対し、本件非違行為は、産業政策的な目的で保護されているソフトウエアに対する侵害行為であることからすると、その性質は大きく異なっている。(すなわち、ソフトウエア(プログラム)についての著作権法違反の罪は、いわゆる法定犯として、著作権法において、産業政策的な目的から、保護すべき著作権の内容や範囲及び著作権侵害となる行為が規定されており、著作権法の保護の対象となったのも昭和60年の改正法によってであり、その内容は今後も変更されることが予想されるものである。背景にはデジタル技術の発展による複製の容易化とインターネットの普及があるが、後者にはネットにおける自由を求める運動もある。また、ソフトウエアの使用は、通常、複製作業を伴うものであり、複製物の所有者は同法第47条の3の定める範囲で適法に複製することもできる。違法コピーの存在は、かねてからの社会問題であるが、ソフトウエアの提供者において、市場占有率の確保などのためにコピーを許容している場合もある。このような性質の違いから、一般に、行為者にとって、ソフトウエアの違法コピーは、窃盗とは罪悪感に質的相違があると考えられ、また、社会的非難の質と程度にも大きな相違がある。)
 そして、侵害に対する救済も民事的救済が中心であり(同法第112条以下)、刑罰は親告罪とされており(同法第123条第1項、第119条)、刑事裁判における著作権法違反の罪に対する実際の量刑も、窃盗のそれよりも相当軽いのであり、これは両者の罪質の違いに起因するものなのである。
 以上によれば、著作権法違反に該当する本件非違行為をした控訴人の懲戒処分をするにあたって、懲戒処分の指針における金銭事故及び窃盗の量定が免職処分を基本としていることを参考にするのは相当でないというべきである。
(3)本件行為の性質及び態様
 本件非違行為は、控訴人が適法に購入した本件ソフトウエアを自宅のパソコンで複製して販売したというものであって、その手口は稚拙なものであるということができる。また、本件非違行為は、被害者と直接相対せず、自宅で簡便に行うことができるものであることから、罪の意識が低くなりがちな性質を有するといえる。
 また、本件行為は、興味本位で、インターネットのオークションサイトに本件ソフトウエアを出品したところ、売買取引が成立したことから、本件非違行為を開始し、その後は、生活費の不足分等を稼ぐという目的から、本件非違行為を継続したものであり、営業目的や遊興費を稼ぐ目的等と比べると、その利欲目的は強固なものとはいえず、本件非違行為の動機をもって極めて悪質であるということはできない。従って、重大な非違行為であるとはいえるものの、極めて重大な非違行為であるとまではいえない。
(4)本件行為の結果ないし影響
① 著作権法違反の被害者であるB社との間で、B社に示談金として170万円を支払う旨の示談を成立させてこれを全て支払い、B社が明確に宥恕の意思を表明し、告訴しないことを明らかにした結果、犯罪として起訴されるには至らなかったことからすると、本件非違行為の結果を重大であるとまでいうことはできない。
② 教職員である控訴人が本件非違行為をしたことによって、被控訴人の地方教育行政に対する社会の信頼が低下したことは否定できない。
 しかしながら、控訴人は管理職ではない一般教員であり、本件非違行為については職務外の行為であり、控訴人は逮捕されておらず、処分行政庁が、本件免職処分をした後に、本件免職処分とその理由となった本件非違行為を公表したことを受け、北海道新聞ほかの新聞各紙が本件免職処分とその理由となった本件非違行為について報道するまでの間、報道機関によって報道されることはなく、広く一般に知られることはなかった。そして、本件免職処分後になされた報道も、処分行政庁が同時期にした他の懲戒処分と併せて報道するものであり、本件免職処分についての記載は簡略なものであった。また、控訴人は、本件免職処分がなされるまでの間、児童生徒に対する指導を継続したが、上記中学校で混乱が起きることはなく、その指導に特段の支障は生じなかった。
 したがって、中学校の教員である控訴人が本件非違行為をしたことによって、被控訴人の教育公務員が遂行する地方教育行政に係る職務に対し、児童生徒やその保護者、地域社会を初めとする社会全体が有する信頼が著しく低下したと認められない。したがって、本件非違行為の社会的影響が重大であるということはできない。
(5)結論
 以上の事情を併せ考慮すると、本件免職処分は、社会観念上著しく妥当性を欠き、処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱したものというべきである。
 したがって、本件免職処分は、違法であり、取り消すべきである。

5.まとめ
 一般的に、公務員の私生活上の犯罪行為は、民間会社の社員の場合よりも厳しく懲戒される場合がありますが、この判例のとおり、懲戒免職や懲戒解雇処分のように労働契約を一方的に終了させるような厳しい懲戒の場合には、犯罪行為の悪性の実態や社会への影響力等の具体的な事情を詳細に検討することが求められており、「私生活上の不祥事でも、学校の先生だから厳しく処分されて当然だ。」というように、単に公務員であるということをもって厳罰に処するという考え方は改める必要があると思われます。                                     



以  上

<お正月と法律>年末年始挨拶回りについて

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 官公庁や会社では、年末の御用納め(仕事納め)や新年の御用始め(仕事始め)に際し、挨拶回りをする恒例行事があります。盛装をして関係機関や取引先などに挨拶をして回るというものですが、私が大学を卒業して就職した昭和の時代には、御用納め日も御用始め日も「半日勤務体制」になっており、挨拶回りを終えた後に、昼食時から宴会的な雰囲気の中で更に年末年始の挨拶を受けた経験をしております。
 その後半世紀の時を経て、年末年始の挨拶回りについては、官公庁でも会社でも、お祝いの宴会気分の催しとして過ごすこともなく、通常の「平日勤務体制」が定着した様子が見受けられます。ある調査結果によると、昨今「働き方改革」が叫ばれる中、業務の効率性を重んじる傾向も高まっており、年末年始の挨拶回りを必要だと考えている人は全体の約22%にとどまっており、反対に不要だと考えている人は全体の約20%、あまり必要ではないと考える人も含めると約43%の人が必要性を感じていないという結果が出ているようです。

1.年末年始挨拶回りは「業務」か?
 年末年始の挨拶回りについて法律的に検討してみますと、それはそもそも業務なのか、業務を免除された個人的な行為なのか?業務ではないとしたら、年末年始の挨拶回りをすることは職務専念義務に反しないか?という問題があります。
 業務性の有無は、公務災害の対象になるかどうかという問題に影響します。また、職務専念義務違反としての懲戒対象になるかという問題も生じます。公務災害の点で、仮に、「年末年始の挨拶回り」を本来の公務と全く関係のない他業務に従事するために職務専念義務免除がなされていると考える場合は、年末年始の挨拶回りの際に当該公務員が事故に遭っても公務災害の対象にならないのではないかという疑問が生じます。
 「年末年始挨拶回り」をする場合には有休休暇を取るように指導していたような職場で、個人的に「年末年始挨拶回り」をしていた場合は、業務ではないという解釈になるでしょうが、「年末年始挨拶回り」が従来から恒例行事として行われている職場においては、「業務」(「業務としての外出行為」又は「業務に付随する行為」も含む)として黙認されているものと考えるべきだと思います。
 その意味では、「年末年始挨拶回り」を黙認している職場においては、「年末年始挨拶回り」は「業務」であり職務専念義務違反ではなく、もし職務専念義務違反免除であったとしても「業務に付随する行為」であるため、年末年始挨拶回りの際に事故に遭った場合は公務災害の対象になると考えます。

2.年末年始挨拶回りの公用車又は社用車運転手の待機時間は休憩時間になるか?
 上司が年末年始挨拶回りに公用車又は社用車を使用する場合、その車の運転手は、上司が挨拶回りを順次行っている間、1時間程度待機する場合もあるでしょうし、各訪問先で数10分程度ずつ待機する場合もあるでしょう。そのような場合の待機時間は、運転業務そのものを行っていないので、労働法上は、「休憩時間」ということになるのでしょうか、という問題もあります。
(1) 労働時間とは
 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことを指し(最高裁第1小法廷判決 平成12年3月9日)、例えば、待機時間(手待ち時間)のように、使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならず、そのような作業場の指揮監督下に置かれた時間は労働時間となります。
(2)待機時間は、労働時間か?
 労働時間として必要な「指揮命令下にあるか否か」は、主に「場所的な拘束性の有無」、「職務内容による拘束性の有無」で判断されますが、場所的な拘束性の点でみると、一定の駐車場内で1時間以上も待機している場合には、上司の挨拶回りの場所との拘束性もあまりなく、自動車に鍵をかけて自動車から離れて過ごすことも可能なことから、場所的拘束性はあまりないと判断されるでしょう。一方、挨拶回りの場所へ移動して待機する場合には、路上に駐車させて車の中にとどまっていなければならないという意味で場所的拘束性はあるということになるでしょうし、職務的拘束性の点からすれば、挨拶回りをしている上司の指示や乗車指示に応じて運転する態勢でいることが要求されていれば、職務内容による拘束性が認められることになるでしょう。
(3)類似判例―大分地裁判決 平成23年11月30日 労判1043号54頁
 この判例は、タクシー運転手がタクシーに乗車して客待ち待機をしている時間を労働時間と認定した判例です。上司の年末年始挨拶回りに公用車又は社用車を使用して運転手が上司の指示で挨拶回り先へ移動し待機している場合と同様の待機態勢と評価できる判例です。この判例は次のとおり判示しています。 (判旨)「労基法上の労働時間とは,労働者が使用者の明示または黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間をいい,原告X1ら(運転手)がタクシーに乗車して客待ち待機をしている時間は,これが30分を超えるものであっても,その時間は客待ち待機をしている時間であることに変わりはなく,被告Y社(タクシー会社)の具体的指揮命令があれば,直ちにX1らはその命令に従わなければならず,また,X1らは労働の提供ができる状態にあったのであるから,30分を超える客待ち待機をしている時間が,Y社の明示または黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であることは明らかであり,仮に,Y社が30分を超えるY社の指定場所以外での客待ち待機をしないように命令していたとしても,その命令に反した場合に,労基法上の労働時間でなくなるということはできない。」
3.最後に
 この拙稿を読んでいただく頃には、皆さんは年末年始の挨拶も終わられていることでしょう。新年を迎え、挨拶回りを終え、また新しい気分で仕事に邁進していきましょう。
 ちなみに我が事務所では、私が昭和時代の御用納め等を経験した関係上、仕事納め日は午前中の半日勤務として、昼食会終了後の帰宅は自由としており、正月1週間程度のお休みをいただいた上で、新年の仕事始め日は昼食会でスタートするという昭和の方式を採っております。
                                    



以  上

(論考)国際連合とロシア連邦のウクライナ軍事侵略について

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 12月を迎え、1年を終えようとしていますが、今年はコロナ禍の年であったという他、2月のロシア連邦のウクライナ(共和制国)軍事侵略を契機に、ウクライナ支援とプーチン大統領非難の1年になったように思います。
 今年の10月14日に講演をする機会があり、講演の冒頭の“掴み”として、「10月14日は何の日か知っていますか?」という問いから始め、次のような話をしました。
 「一般的には“鉄道の日”とも言われていて、今年は鉄道開通150周年ですかね。ウィキペディアで、「10月14日 何の日」で調べてみたら、こんな記載がありました。~~「10月14日は、グレゴリオ暦で年始から287日目(閏年では288日目)にあたり、年末まであと78日ある。」・・・・確かにそうですよね。正しすぎて何とも言えない気分になりました。
 その他に、1つ気になる記載がありました。~~「ソビエト連邦でフルシチョフが追放された日」なんだそうです。1964年(昭和39年)10月14日に、ニキータ・フルシチョフが、ソビエト連邦中央委員会第一書記を事実上追放されて失脚し、ブレジネフ、コスイギン体制になった日のようです。アメリカのケネディ大統領との間で核戦争のキューバ危機を生じさせたフルシチョフが追放され失脚した日なので、それと同じ日の今日、ウクライナ侵略での核戦争の危険を生じさせたウラジミール・プーチンが追放され、失脚するといいなあと個人的に考えたりしましたが、現段階ではそのようなニュースは残念ながら無いようですね。
 最近少しずつ寒くなってきていますが、寒くなるとスーツを着る時期がきているなあと思うわけで本日私もスーツを着ています。スーツの“裏地(うらじ)”をみると、なぜか、いつもわがままプーチン大統領のことを想像しちゃうんですよね。・・・裏地見る・・・ウラジミール・プーチンだから・・・。あ、ここも私なりのプーチン批判に同調してもらって、笑ってもらうところでした。」
 私の真意はプーチン大統領批判なので、笑おうにも笑えないような“掴みの話”になってしまいましたが、講演聴講者からは、かすかな笑い声をもらうことができました。
 そこで、批判をする以上は自分自身でも調べておこうと考え、プーチン大統領批判と同時に、国際連合の安全保障理事会常任理事国5か国の一つであるロシア連邦の軍事侵略を国際連合がなぜ防ぐことができなかったのかという点を調べてみました。
1 国際連合の結成の経緯
 連合国(the United Nations)は、第二次世界大戦からの米英を盟主とした戦勝国クラブ(会員制の集まり)であり、1945年(昭和20年)4月25日から6月26日にかけて、日本又はドイツ(ドイツは会議中の5月7日に降伏したが、日本は降伏前である。)に宣戦している連合国50か国の代表がサンフランシスコに集まり、国際連合設立のためのサンフランシスコ会議を開き、1945年(昭和20年)6月26日、50か国が国際連合憲章に署名して会議は終結しました。この50か国には、既に降伏したイタリアやドイツ、降伏前の日本は含まれていません。
 その後、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中華民国及びその他の署名国の過半数が批准した1945年10月24日に、国際連合(United Nations、第二次大戦の連合国(米英仏ソ中)が安全保障理事会の拒否権を有する常任理事国を構成する。)が正式に発足しました。
 従って、国際連合は、英語名が「United Nations」とされ、連合国の英語名「the United Nations」と全く同じ表記であることから分かるように、第二次世界大戦の連合国の団体であることを特徴としており、連合国による平和秩序維持を目的としている国際団体であることが分かります。
2.国際連合の敵国条項(Enemy Clauses)の問題点
(1)国連憲章第53条第1項前段では地域安全保障機構の強制行動・武力制裁に対し国際連合安全保障理事会(安保理)の許可を取り付けることが必要であるとしています。
 しかし、第53条第1項後段(安保理の許可の例外規定)は、「第二次世界大戦中に連合国の敵国だった国」が、戦争により確定した事項を無効に、又は排除した場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は安保理の許可がなくとも、当該国に対して軍事的制裁を課すことが容認され、この行為は制止できないとしています。
(2)この国連憲章第53条を形式的に解釈すると、現在、日本と中国との間には尖閣諸島をめぐる領土問題がありますが、仮に、日本の尖閣諸島の「実効支配」が「旧敵国による侵略政策の再現」とみなされるようなことになったら、中国は、国連の「敵国条項」(第53条1項後段)のもと、平和的解決も話し合いもせずに日本に対して軍事的制裁を下すことができるという条項になります。つまり「敵国条項」がある限り、尖閣諸島がどちらの領土なのかという議論も話し合いもせずに、日本に対して問答無用で武力攻撃できてしまう危険性をはらんでいるのです。
(3)日本政府の見解では、「敵国」は、第二次世界大戦中に国連憲章の署名国のいずれかの敵であった国(=第二次世界大戦で「連合国」と対峙した「枢軸国」とも呼ばれています。)とされており、日本、ドイツ、イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドがこれに該当すると例示しています。1995年(平成7年)の第50回国連総会にて、憲章特別委員会による「敵国条項」の改正削除が賛成155、反対0、棄権3で採択され、同条項の削除が正式に約束されましたが、未だに「敵国条項」は削除されていません。但し、「敵国」に該当する全ての国がその後国際連合に加盟しており、国連憲章制定時と状況が大きく変化したため、国連憲章第53条と第107条は事実上死文化した条項と考えられています。
(4)なお、「敵国条項」を実際に国連憲章から削除するには、「敵国」であるとされている7か国(日本・ドイツ・イタリア・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・フィンランド)以外の加盟国のうち3分の2の国が、国内で煩雑な手続きを進め、議会の承認を得る必要がありますが、該当7か国以外の国からすると、「すでに事実上死文化している条文を変更・削除したからといって何も変わらないだろう」という認識に過ぎず、削除しなくても国連活動には支障はないからという考え方で、それぞれの国で国内議会の議決手続きを積極的に取り上げていないため後回しになっている、というのが実情のようです。
(5)今回のロシアによるウクライナ侵略では、プーチン大統領から「ネオ・ナチズム勢力の排除」という言葉が出てきたりしています。これは、旧ドイツのヒトラーのナチズムに通じるということで、かかる勢力は、この「敵国条項」に該当するという解釈で、安保理の許可がなくとも、「ネオ・ナチズム」国(ウクライナ)に対して軍事的制裁を課すことが容認されこの行為は制止できない、と解釈しているのではないかと思ったりしています。しかし、戦後のウクライナ国がネオ・ナチズムの国家であるというような評価は、世界のどの国も世界の誰もがしていないことは明らかですので、プーチン大統領がこのような解釈をしているとすれば悪意の曲解と非難せざるを得ません。

3.安保理常任理事国5か国一致の原則と理事国排除の可否
 今回のロシア・プーチン大統領のウクライナ軍事侵略は、国連憲章第53条第1項前段違反の行為になります。地域安全保障機構の強制行動・武力制裁に対しては安保理の許可を取り付けることが必要であるとされているにも関わらず、安保理の許可を得ないままで行っているからです。
 このような国連憲章違反国に対する国連憲章上の排除措置というものがあるのでしょうか。この点については、ロシアが連合国の5大国として、拒否権を持つ安保理常任理事国であることから大きな制約があります。
(1)拒否権を持つ常任理事国に関する定めは、次のとおりの定めになっています。
                   記
〇憲章 第5章 安全保障理事会 第23条
「1 安全保障理事会は、15の国際連合加盟国で構成する。中華民国、フランス、ソヴィエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国は、安全保障理事会の常任理事国となる。総会は、第一に国際の平和及び安全の維持とこの機構のその他の目的とに対する国際連合加盟国の貢献に、更に衡平な地理的分配に特に妥当な考慮を払って、安全保障理事会の非常任理事国となる他の10の国際連合加盟国を選挙する。」
  〇憲章 第27条
   「1 安全保障理事会の各理事国は、1個の投票権を有する。
2 手続事項に関する安全保障理事会の決定は、9理事国の賛成投票によって行われる。
3 その他のすべての事項に関する安全保障理事会の決定は、常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票によって行われる。但し、第6章及び第52条3に基く決定については、紛争当事国は、投票を棄権しなければならない。」
〇憲章 第108条
「この憲章の改正は、総会の構成国の3分の2の多数で採択され、且つ、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の3分の2によって各自の憲法上の手続に従って批准された時に、すべての国際連合加盟国に対して効力を生ずる。」
〇憲章 第109条
「1 この憲章を再審議するための国際連合加盟国の全体会議は、総会の構成国の3分の2の多数及び安全保障理事会の9理事国の投票によって決定される日及び場所で開催することができる。各国際連合加盟国は、この会議において1個の投票権を有する。
2 全体会議の3分の2の多数によって勧告されるこの憲章の変更は、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の3分の2によって各自の憲法上の手続に従って批准された時に効力を生ずる。」
(2)拒否権を持つ安保理常任理事国の排除の限界(不可能)
 国連憲章第27条により、安保理常任理事国は手続事項を除く全ての事項に関する安保理の議案への拒否権を持ち、安保理常任理事国のうち1か国でも反対すれば、議案は成立しない仕組みになっています。また、国連憲章第108条により、安保理常任理事国は国連憲章の改正に対しても拒否権を持ちます。
 今回のロシアに対して、アメリカ、イギリスを中心とした自由主義陣営国家は、令和4年3月2日に「ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議」を国連総会で賛成多数(賛成141か国。反対はベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアの5か国、棄権は中国やインドなど35か国)で採択しました。3月24日に「ロシア軍のウクライナからの即時完全無条件撤退を求める決議」を国連総会で賛成多数(賛成140、反対5、棄権38、無投票1)で採択していますが、総会決議に法的拘束力はないため、ロシアは何ら従っていません。
 そこで、国際連合としては、安全保障理事会においてロシアに対する軍事手続等の決議を行うことも検討しますが、肝心なロシアが拒否権を行使できる仕組みのため功を奏しないことは明らかですし、安保理常任理事国を定める国連憲章からロシアを除く(除名又は権限停止等も含む)とする憲章改正や、拒否権を認める国連憲章を拒否権なしの制度にする改正を国連総会で3分の2の多数で採択しても、各国の批准手続きでは3分の2の多数国の中に安保理常任理事国を含む必要があり、ロシアが批准しなければその憲章改正総会決議は法的効果が生じません。そのため、国連多数国は個々の国の経済制裁的対応以外には具体的方策が取れず、ロシアのプーチン大統領の野蛮な軍事侵略を事実上許してしまっている状態になっています。

4.最後に
 このような、野蛮かつ横暴な軍事侵略を阻止できないような安保理常任理事国が拒否権を持つ仕組みは廃止されるべきではないか?という意見があります。
 しかし、この拒否権制度は、ある大国が世界各国から批判されている場合に、旧国際連盟のときのように当該大国が国際連合を脱退して戦争状態になることの反省から、常任理事国に拒否権を与えることで国際的協議機関でもある国際連合を脱退せずに、拒否の態度を示しながらも協議を続けてくれるという平和的解決状況を作ることができるという役割も果たしている面があります。
 国際法という法の世界は、そもそも法的強制力をもっておらず、多数国による政治的圧力・制裁以外には「戦争」という武力行使でしか解決できない限界があるなかでは、根気強く協議を続け説得をすることを最終解決とする手法であることは強く理解しておく必要があると思います。
                                    



以  上

「現金支払い」と「電子マネー(又はクレジットカード)による支払い」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 テレビコマーシャルで、オダギリジョーさんの八百屋さんが外国人客から「カード支払いOK?」と聞かれて、「NO、NO!(うちは現金のみだ)」と対応したところ、外国人客が「じゃあ~いいですう~~~。」と言って去っていくという、モバイル決済サービス「エアペイ(Air PAY)」のCMがありました。このCMの意味は、「そもそも、現金払いのみだけの店でも問題はないのだろうけど、これからの世の中は、キャッシュレス支払いが増大して、現金支払いだけだとお客は離れて行って、経営的には損をしますよ。モバイル決済サービス「エアペイ(Air PAY)」を取り入れましょうね。」ということを示しています。
 それでは、逆に、現金支払いは人手を経ていてコロナ禍の時代には感染防止の観点から望ましくないし、売上金を店舗内で保管する状態は店舗強盗等に対しての防備策も必要になるなどの理由で「店が『現金不可(電子マネーのみ)』という支払い条件を店頭に表示」して、現金支払いを拒否する方法を取った場合には、法律上何か問題があるでしょうか?

1.キャッシュレス支払いの急激な増大
 近年、世界のIT化の促進もあって、日本でも現金を使わないキャッシュレス化が進んでいます。キャッシュレス支払いは、店にとっては、釣り銭を準備する必要がなく、レジ打ち作業を省力化でき、売上額とレジ内の現金を照合する「レジ締め」も不要になることで、客へのサービスに専念できるという利点があり、顧客にとっては、クレジットカードでの支払いでポイント付与等のサービスがあるということで、多くの人たちが利用するようになってきています。
 また、2020東京オリンピックで来訪した外国人客への対応のため、政府が事業者店舗等へのキャッシュレスのレジ機器の導入を補助したことで、キャッシュレス支払いが可能な店舗が増え、更に、令和2年にパンデミックとなったコロナ禍対応策と相まって、人手を経た貨幣・金銭の授受による感染防止策としても有効な方策であるとされたことから、急激に増大してきています。
 「飲食代金は、現金払い」「持っている現金以上は飲まない。食べない」を鉄則としている齢70歳近くの私でさえ、最近は、電子マネーカードを1枚所持している状況です。

2.「完全キャッシュレス」店舗の出現
 貨幣が使えない機器が日本社会に出現した例としては、NTTから「テレホンカード専用」の公衆電話機器(MC-5APN公衆電話機、MC-5BPHN公衆電話機)が出現してきたときに「あれ?現金が駄目なの?」と思ったことがありました。最近では、京都大学吉田キャンパス(左京区)前に、令和3年6月にオープンした「PIZZA(ピッツァ)百万遍」(まき窯で焼き上げるナポリピザのテイクアウト専門店)で、「現金のお取り扱いはございません」と表示され、「完全キャッシュレス」として決済はクレジットカードのほか、JR西日本のICカード乗車券「ICOCA(イコカ)」、スマートフォン決済サービス「PayPay(ペイペイ)」など30種類が使用できるとの案内をしているニュースがありました。

3.「現金支払い拒否」の法的問題点
 「現金支払い拒否」の店舗については、キャッシュレスカードを持たない高齢者や、親の了解を得ないとキャッシュレスカードを作れない未成年者は、全く利用できないという事態が生じます。実際に、先のピザ専門店においても今まで時々利用していた高齢者や未成年者が利用できなくなったという意見が出たそうです。
 ところで、「現金のお取り扱いはございません」との表示を見て、それを承知の上で商品を購入した人に関しては、双方の合意の下で現金以外のキャッシュレスの方法で支払いをするとの契約をしたということで問題は生じないと思いますが、表示が不明瞭又は小さい表示で気づきにくい場合には、法的な問題が生じるのではないかと思います。
 ピザ専門店ではなく、食料品、医薬品などの生活必需品の取扱店が、「現金のお取り扱いはございません」との表示をした場合を想定してみてください。
 「現金のお取り扱いはございません」とのお店の表示について問題を分析してみます。

4.「現金支払い拒否」の法的問題点の分析
(1) 現金通貨の強制通用力について
 日本銀行法第46条では、日本銀行券が法貨として無制限に強制通用力を有することが定められ、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第7条では、貨幣については「額面価格の二十倍まで」に限り、法貨として強制通用力を有することが定められています。紙幣の場合には、千円札だけで何十万円もの買い物をして支払いができるのですが、貨幣の場合には、1種類の貨幣は20枚までしか受け取ってもらえないことがあるということです。この定めを「法貨(現金通貨)の強制通用力」と言います。
 強制通用力というのは、「金銭債務について債務を消滅させる効力(債務免責力)」と「債権者に受領させる効力(受領強制力)」を意味します。
 キャシュレス決済というのは、この現金通貨ではなく、預金通貨(口座振替、クレジットカード、ネットバンキング等により預金金額で支払うもの)と電子通貨(プリペイカード等による電子マネー金額で支払うもの)で行う支払いを言いますが、この預金通貨や電子マネーの支払いは、「貨幣」ではなく、「貨幣単位」を移転することによって一定額の給付を実現する履行手段にすぎず、強制通用力を認められている「法貨(現金通貨)」ではありませんので、双方で支払方法としての特約を結ぶか、又は最低限、債権者の同意を得る必要があります。
 預金通貨や電子マネーは、円で表示される金銭債務について「債務免責力」を有する点では現金通貨(法貨)と同じなのですが、「受領強制力」を有していない点で法貨である現金通貨とは異なり「自由通貨」の範疇に属するものなのです。
(2) アメリカ合衆国内での動き
 キャッシュレス払いが先行しているアメリカ合衆国において、2020年1月23日、「ニューヨーク市議会が、市内のレストランや小売店が現金での支払いを拒否し、クレジットカード払いなどに限ることを禁止する法案を、賛成43反対3の圧倒的賛成多数で可決した」というニュースがあります。ニューヨーク市の発表によると、全体の11%の世帯が銀行口座を持たず、21.8%の世帯は口座を持っていても小切手による支払いや銀行以外の金融サービスを利用しているとの統計結果から、全ての人に現金支払いの利便性を維持する必要があるということのようです。既にサンフランシスコ市とフィラデルフィア市が同様の法律を定めているようです。
(3) 日本の場合の現時点での結論
 日本では、法定通貨の現金を支払いの最終手段として常に通用するように国家が国民に強制できる「強制通用力」が法律で規定されているのですが、他方、アメリカ合衆国内の例のように「現金支払い拒否」を禁止する法律を定めているわけでもありません。
 そこで、「現金支払い拒否」に関する法的論点として整理すると、「強制通用力を有する現金通貨の支払いを債権者・債務者の双方の合意のもとで排除することは、契約自由の原則から許容されるものかどうか」という問題点に集約できるのではないかと思います。
 この点、契約自由の原則は、法律の強行法規に反しない限度で認められるにすぎませんので、現金通貨の強制通用力が法律で規定されている点を踏まえると、店舗が現金での代金受け取りを拒否することは違法であり、新たにキャッシュレス禁止法を成立させる必要はないようにも思えます。
 しかし、現金での代金受け取りを拒否するかどうかという問題は、契約当事者の債権者と債務者との双方が本来契約で自由に定めることのできる決済方法に関することにすぎないので、「契約締結の自由」が、現金の強制通用力に優先するとみなされるのではなかろうかと考えます。
 日本の民法第402条第1項で「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。ただし、特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは、この限りでない。」と定めており、支払いに関する現金通貨を選択できる約定が許されていることからすると、受領強制力を有する日本の現金通貨の使用を全面的に排除して預金貨幣や電子マネーを使用する特約も有効とされていることになるので、「店舗が「現金お断り」という貼り紙を店頭に掲げて、「現金支払い拒否」の意思表示をすること自体は何ら違法ではないということになります。
 ただし、そのことを前提にしても、契約自由の原則として「現金お断り」「現金支払い拒否」が相手方との合意があれば可能であるというだけですので、そのような表示を了解した上で顧客が商品を購入したり飲食したりすることが必要であり、当初述べたように、店舗の表示が不明瞭で又は小さい表示で気づきにくい場合には、表示に気づかなかった顧客が現金で支払いたいという申出に対しては現金支払いの強制通用力が適用され、店舗側は受取拒否ができないという結果になるという点だけは、留意しておくべきでしょう。
                                    



以  上

相続財産についての情報と個人情報保護

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


○ 田舎で長寿を全うした甲爺さんには、2人の子供(娘乙、息子丙)がいました。娘乙は甲爺さんの近くに住み甲爺さんの老後の面倒を看ていましたので、甲爺さんの年金預金(A銀行通帳)も甲爺さんの依頼で出し入れを手伝っていました。甲爺さんは自筆遺言証書で「預金の4分の3を娘乙が相続する。4分の1を息子丙が相続する。」と遺言していましたが、都会に住む息子丙は、遺言書は娘乙が偽造したものではないかと疑い、遺言書の印鑑とA銀行届出印鑑を比較しようと考え、甲爺さんの相続人として、A銀行に対して、甲爺さんの銀行取引印鑑届出書の情報開示請求をしたところ、A銀行は「死者の情報であり、請求者の相続人丙の個人情報ではないので開示できない。」と拒否しました。A銀行の取扱いは正しいのでしょうか。

○ 解 説
1.甲爺さんの遺言書の意味(なぜ、娘乙に預金を全部あげなかったの?)
 銀行預金だけが相続財産で、相続人が乙・丙の2人の場合には、法定相続は乙が2分の1、丙が2分の1となります。ところが、遺言書では乙が4分の3、丙が4分の1になっています。
 仮に「乙が預金を全部相続する」という遺言だったらどうなるでしょう?
 この場合、乙が預金全額を相続することは難しくなります。息子丙も相続人ですので、遺留分として一定の権利が認められています(改正民法第1042条)。息子丙は遺留分4分の1(法定相続分の2分の1)が認められますので、息子丙が娘乙に対して、遺言内容を知ったときから1年の間に遺留分侵害額を請求できることになっており(改正民法第1047条、第1048条)、結局は娘乙が4分の3、息子丙が4分の1を取得することになります。
 甲爺さんの自筆遺言は、息子丙の遺留分は保証してあげようという法的に公平な遺言なのだろうと思われます。

2.甲爺さんの銀行の印鑑届書は、死者の個人情報?相続人が相続で引き継いだ個人情報?
(1)情報公開法(情報公開条例)と個人情報保護法という法律があります。情報公開法(平成13年4月1日施行)又は条例は、国や地方自治体等の行政機関が保有する情報を開示する手続きを定める法律であり、個人情報保護法(平成17年4月1日全面施行)は、国・地方自治体以外の民間企業においても、その保有する個人情報は適式に取得・管理・利用されなければならないとする法律です。(但し、令和4年4月に国の行政機関の保有する個人情報保護法と一元化され、国の行政機関での個人情報についても規定されており、令和5年5月には地方自治体の個人情報保護条例とも一元化されることになっています。)
 この情報公開法と個人情報保護法の二つの法律では、「個人情報」は、行政機関においては公開・開示しなくても良いとされ(情報公開法第5条第1項第1号)、当該個人においては、自分の個人情報については開示請求権を持ち、管理している取扱事業者は個人情報開示義務を負うとされています(旧個人情報保護法第28条第1項、第2項)
(2)死者の個人情報について
 甲爺さんの銀行への印鑑届書は、甲爺さんが銀行預金取扱いに使う印鑑の印影や住所・氏名が載っている文書です。「個人情報」の定義としては、「氏名、性別、生年月日等個人を識別する情報に限られず、個人の身体、財産、職種、肩書等の属性に関して、事実、判断、評価を表すすべての情報であり、評価情報、公刊物等によって公にされている情報や、映像、音声による情報も含まれ、暗号化等によって秘匿化されているかどうかを問わない。」(個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン(PDF) p2)とされていますので、「甲爺さんの個人情報」であることは間違いありません。
 問題は、旧個人情報保護法第2条に「この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。」と「生存する個人に関する情報」に限定されている趣旨です。「死者の個人情報」については、個人情報保護法は適用されず、死者の遺族を含めて誰も開示請求できないということが前提になっている点です。
 他方、民法で相続制度を定めており、民法896条では「相続人は相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」としていますので、相続人は被相続人である死者の権利義務の一切を承継するのであるから、本来被相続人(甲爺さん)が有していた「自分(甲爺さん)の個人情報開示請求権」という権利も相続人(娘乙や息子丙)が承継しているということになるのではないかという疑問も生じます。
 この点は、民法第896条但書「ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。」と定めている点の適用の有無(甲爺さんの個人情報開示請求権は一身専属の権利なのかどうか)が検討される余地があります。

3.判例を紹介しましょう
 この事案に関する判決としては、第1審判決は、「甲の印鑑届書の情報は、請求者息子丙の個人情報ではない。」としてA銀行の勝訴、しかし、第2審判決は、「死者(甲)に関する情報と他の情報(丙の他の個人情報)を容易に照合することにより特定の丙個人として識別することができる場合には、当該情報は、当該個人(相続人丙)に関する情報ということができる」としてA銀行は敗訴しました。
 第1審判決と第2審判決が異なる中で、上告審の最高裁判決は「(息子丙が)相続人等として本件預金口座に係る預金契約上の地位を取得したからといって、(甲の)印影は、相続人丙とA銀行との銀行取引において使用されることとなるものではない。また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、相続人丙とA銀行との銀行取引に関するものとはいえない。甲の印鑑届書の情報は、請求者息子丙の個人情報ではない。」として第1審の結論を支持しました。
 各判例の詳細は以下のとおりです(第一法規判例データベース利用)
(1)岡山地方裁判所平成28年10月26日判決―金融法務事情2123号67頁
① 本件印鑑届書記載の情報は、本来、既に死亡したB(設例での甲爺さん)に関する情報であるところ、死者に関する情報であっても、それが同時に生存する個人に関する情報でもあると認められる場合には、法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たるといえる。そこで、どのような場合に死者に関する情報が同時に生存する個人に関する情報でもあるといえるかが問題となるところ、原告は、この点に関し、死者の財産に関する情報であれば、当該財産を相続した相続人の情報にも該当する旨主張する。
 しかし、法は、個人情報取扱事業者が個人情報を取扱うことによる本人の権利利益の侵害の危険性や本人の不安等を取り除くことをその目的にしており、法の目的に照らせば、法が保護しようとする個人の権利利益とは本人の人格権的権利に由来するものと解され、本人の財産権行使等の便宜を図ることはその本来の目的ではないと解するのが相当である。
 したがって、生存する個人が、現に自己に帰属する財産権の行使のために必要ないし有用な情報であれば、それが本来は死者である被相続人に由来する情報であっても、直ちに生存する個人(相続人)に関する情報に当たると解するのは相当でない。そして、法の目的からすれば、生存する個人に関する情報といえるためには、当該情報の取扱いによって個人の権利利益を侵害する可能性がある情報、すなわち、当該情報によって生存する個人それ自体を識別することができる情報である必要があると解すべきである。
② 本件印鑑届書には、Bの住所、氏名、生年月日、連絡先電話番号、開設日の年月日及びBの印鑑が表示されているところ、これらの情報からBを識別することはできるものの、これはB個人にかかる情報であって、これから原告を識別することはおよそ不可能であるといえる。原告は、戸籍等の資料を合わせれば、本件印鑑届書記載の情報をもって、原告を識別することが可能である旨主張するが、戸籍等の資料を合わせても、本件印鑑届書が原告の相続した預金債権に係るものであることが認識できるにすぎず、本件印鑑届書記載の情報それ自体から、直ちに原告個人(設例の息子丙)が識別できるとはいえない。
 したがって、本件印鑑届書記載の情報は、法2条1項に定める「生存する個人に関する情報」に当たらないというべきである。
③ 以上によれば、本件印鑑届書記載の情報は、個人データ、ひいては保有個人データに当たらず、原告(設例の息子丙)の法25条1項に基づく開示請求(本件印鑑届書の写しの交付請求)は理由がない。

(2)広島高等裁判所岡山支部平成29年8月17日判決―金融法務事情2123号65
① 死者に関する情報であっても、当該情報が、死者が死亡時に有していた財産に関する情報である場合には、当該財産が相続人や受遺者に移転することにより、当該情報も相続人や受遺者に帰属することになり、これを相続人や受遺者に関する情報ということを妨げる理由はない。また、当該情報に死者の氏名等が明示されていることにより、その氏名等と夫婦や親子という身分関係に関する情報や遺言に含まれる相続人や受遺者の情報とは容易に照合することができるから、それにより特定の相続人や受遺者を識別することができることも明らかである。のみならず、前記のような死者に関する情報が不適切に管理されて、無用の情報が流出すること、又は、必要な情報が提供されないことは、死者に関する情報と他の情報を容易に照合することにより識別することができる特定の生存する個人の権利利益が適正に保護されないことを招き、このような結果は、法の目的に反するものといわなければならない。
  そうすると、死者に関する情報は、同時に、当該死者に関する情報から識別することができる特定の生存する個人にとって、法にいう個人情報として、法による保護の対象となるべき情報であると解するべきである。
  このように解することは、平成15年5月21日の参議院の個人情報の保護に関する特別委員会での附帯決議6項(死者に関する個人情報の保護の在り方等について交わされた論議等これまでの国会における論議を踏まえ、全面施行後3年を目途として、本法の施行状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずること)の趣旨にも適うものである。
  以上のとおりであって、法の文理解釈からしても、また、死者が死亡時に有していた財産に関する情報が、相続人や受遺者にとって適正に管理されるべき情報であって、法による保護の対象になるべき情報であると解するべき目的解釈からしても、当該情報は、法にいう個人情報(生存する個人である相続人や受遺者に関する情報であって、当該情報に含まれる被相続人の氏名等と他の情報と容易に照合することができ、それにより相続人や受遺者を識別することができることとなるもの)と認められる。これは、当該情報が相続人や受遺者において具体的に有用か否かによって左右されるものではない。
② 被控訴人は、死者に関する情報が、生存する個人に関する情報に当たるのは、当該情報によって当該相続人を識別することができる場合に限ると主張する。
  しかし、既に説示したとおり、法のいう個人情報は、他の情報と容易に照合することにより特定の個人を識別することができることとなるものを含むのであるから、死者に関する情報に相続人や受遺者の氏名等が明示されている場合のみのならず、死者に関する情報と他の情報を容易に照合することにより識別することができる特定の個人がある場合には、当該情報は、当該個人に関する情報ということができる上、当該死者に関する情報は当該生存する個人にとっても適正に管理されるべき情報といえるのであるから、法の文理解釈からしても、目的解釈からしても、法のいう個人情報の「個人」を、当該情報に氏名等が示された個人に限定する理由はないというべきである。
  したがって、被控訴人の主張は採用できない。
③ 前記①のとおり、死者の財産に関する情報は、生存する相続人や受遺者に関する情報でもある。よって、本件印鑑届出書に記載されている情報は、死亡したBの本件預金口座に関する情報であり、控訴人はその受遺者であるから、控訴人に関する情報として、法2条1項の「生存する個人に関する情報」に当たると認められる。
  以上のとおり、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これと異なり、控訴人の請求を棄却した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。よって、原判決を取り消して、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

(3)最高裁判所平成31年3月18日第一小法廷判決―判例時報2422-31 ① 法は、個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み、個人情報の適正な取扱いに関し、個人情報取扱事業者の遵守すべき義務等を定めること等により、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするものである。法が、保有個人データの開示、訂正及び利用停止等を個人情報取扱事業者に対して請求することができる旨を定めているのも、個人情報取扱事業者による個人情報の適正な取扱いを確保し、上記目的を達成しようとした趣旨と解される。このような法の趣旨目的に照らせば、ある情報が特定の個人に関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるか否かは、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである。
  したがって、相続財産についての情報が被相続人(死者)に関するものとしてその生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人(生存者)等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。
② 本件印鑑届書にある銀行印の印影は、亡母が上告人との銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、被上告人が亡母の相続人等として本件預金口座に係 る預金契約上の地位を取得したからといって、上記印影は、被上告人と上告人との銀行取引において使用されることとなるものではない。また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、被上告人と上告人との銀行取引に関するものとはいえない。その他、本件印鑑届書の情報の内容が被上告人に関するものであるというべき事情はうかがわれないから、上記情報が被上告人に関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるということはできない。
③ 以上と異なる原審(第2審:広島高裁岡山支部)の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

4.私の見解をまとめてみますね
 それでは、以上の判例の見解を参考にして、預金等の財産について相続が発生した場合に、被相続人である死者の個人情報が、相続人から開示請求できるか?という点をまとめてみましょう。
(1)まず、旧個人情報保護法第2条第1項で個人情報を「生存する個人に関する情報」と限定しているので、死者に関する情報は個人情報として遺族を含め誰にも開示請求されないことが想定されています。(例外として、地方公共団体で定められてきている個人情報保護条例では、「死者に関する情報」も個人情報保護の対象にする例もありますが、改正個人情報保護法第167 条第1項で「地方公共団体の長は、この法律の規定に基づき個人情報の保護に関する条例を定めたときは、遅滞なく、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、その旨及びその内容を委員会に届け出なければならない。」と定められており、法律と異なる定めが許されるかという点から、条例の定めが制限される可能性があります。)
(2)次に、法律の立場からの解釈に立った場合、死者の個人情報であっても、相続等によって死者の財産上の権利義務一切を取得した相続人の個人情報でもある場合には、相続人が自己の個人情報として開示請求できると考えます。
  個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン(PDF) p2において、行政解釈として、「死者に関する情報が、同時に、遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には、当該生存する個人に関する情報となる。相続人本人として情報開示できる。」との解釈が示されています。
(3)問題は、死者の個人情報であっても、相続等によって死者の財産上の権利義務一切を取得したことの一事をもって「相続人の個人情報」になるということにはならないという点です。そもそも相続の対象は、相続開始時に被相続人(甲爺さん)に属した一切の権利義務であって(民法第896条)、個人情報あるいは個人情報開示請求権そのものが相続されるわけではないと考えられるからです。死者の個人情報は、生存中においても法定相続人からすれば他人の個人情報であってアクセスできなかった性質のものでから、民法第896条但書で「被相続人の一身に専属したもの」として、相続対象にはならないと解すべきでしょう。
(4)それでは、どのような場合が死者に関する情報が生存する相続人個人の個人情報に当たると考えることになるのでしょうか。
  最高裁判例では「当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである。」としています。その具体的判断基準として「当該相続人自身の自己情報コントロール権の行使の必要があると認められる場合」あるいは「相続財産に“関する”情報と言える場合」という基準が示されています。(京都大学大学院法学研究科教授 曾我部真裕氏の意見書)
  問題の相続財産である「預金債権」について検討すると、預金番号、預金種類、口座番号、預金額、預金の契約上の地位を示す契約書類、取引記録は「相続財産に“関する”情報」と言えると思いますが、それ以外に、銀行において専ら銀行口座を管理し、預金契約に基づく取引を効率的かつ安全確実に行うために作成する印鑑届書や住所変更届書類などのいわゆる口座管理書類は、相続人自身の個人情報になるものではないと思われます。
  なぜなら、銀行実務において、印鑑届は、預金払戻請求等が出された場合に、書類に押印されている印影と印鑑届書の届出印の印影を照合し本人確認をするために利用するものであり、本人死亡後には届けられた印章が銀行との関係で使用されることはなく、相続が生じたとしても、相続人の印章の使用がなされるだけで、相続人が相続した預金債権の行使に使用されることは一切なくなります。
  従って、被相続人の印鑑届は、専ら生前の本人との関係で使用される典型的な口座管理書類であって、相続人自身の相続した預金債権に“関する”情報とは言えないし、相続人自身の個人情報になるとも言えないと判断されることになります。
                                    



以  上

情報公開条例による開示請求と権利濫用不開示(却下)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 地方自治体においては、その保有する文書等を開示することで情報を公開できるとする情報公開条例を定めています。これらの条例においては、住民等に情報開示請求をする権利を認めているものの、情報開示請求が権利濫用された場合の定めについては、総務省の平成21年調査では、都道府県レベルでは10都道府県で定めがあり、他の府県では定めはないと報告されています。権利濫用審査基準として「行政機関の事務を混乱又は停滞させることを目的とする開示請求」について例示している例が多いようです。
 また、権利濫用禁止の条項を定めていなくても、ほとんどの都道府県の条例では、「開示請求者による適正な開示請求」「開示請求者による情報の適正な使用」の規定を定めたり、情報公開条例に関する解釈及び運用の基準において、開示請求権の濫用と認められる場合についての具体例を例示していたりして、適正でない開示請求に対しては、何らかの対応ができるとする趣旨が盛り込まれています。

1.権利濫用の法理
 情報公開法においては、開示請求が権利の濫用と認められる場合についての明文化された規定はないので、権利の濫用と認められる場合かどうかについては、一般法理により判断することになります。情報公開条例で権利濫用禁止の条項を定めていない場合でも同様です。
 なお、総務省で定める「行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づく処分に係る審査基準」(総務省訓令第 126 号)においては、開示請求が権利の濫用に当たる場合には、開示しない旨の決定をすることとされています。
 この中で、権利の濫用に当たるか否かの判断は、「開示請求の態様、 開示請求に応じた場合の行政機関の業務への支障及び国民一般の被る不利益等を勘案し、社会通念上妥当と認められる範囲を超えるものであるか否かを個別に判断して行う」こととされ、「行政機関の事務を混乱又は停滞させることを目的とする等開示請求権の本来の目的を著しく逸脱する 開示請求は、権利の濫用に当たる」としています。
 他方、地方自治体では情報公開条例を定めており、その中で「何人も、実施機関に対し、当該実施機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。」とした上で、更に「何人も、この条例に基づく行政文書の開示を請求する権利を濫用してはならない。」と定めている例もあり、権利の濫用に当たる請求があったときは、当該請求を拒否する(不開示決定又は却下)ことができますし、総務省が定めるように、条例で明確な権利濫用禁止の定めがない場合でも、一般法理として「権利濫用法理」により開示請求を認めない旨の決定(非開示決定又は却下決定)をすることは可能とされています。
 そもそも開示請求は、条例に基づき住民の知る権利を尊重し、行政文書の開示を請求する権利を保障するとともに、自治体の説明責任を果たし、住民と協働することにより、公正で開かれた政治の推進を図るためのものです。
 一方、開示請求者には、条例の目的に即した請求を行う権利の適正な行使及び得た情報の適正な使用が求められます。
 実施機関は、条例に基づく開示請求の趣旨に反するような請求については、権利の濫用として開示請求を拒否することができるとされている場合でも、その適用に当たっては慎重な運用が求められます。

2.権利の濫用の適用について
 そもそも現行の情報公開請求制度は、基本的に国民ないし市民が情報公開請求を適切に行う局面を念頭に置いており、情報公開請求権が濫用された場合についての対処はもとより、そもそも情報公開請求権が濫用されること自体を想定していないものと考えざるを得ないでしょう。この点は情報公開制度自体の欠陥であると言え、一般法理から補う必要があります。
 一般法理としての権利の濫用の適用に当たっては、開示請求の回数、対象文書の量、請求者の言動、請求の内容・方法など、当該開示請求による実施機関の業務遂行の停滞その他様々な事情を総合的に勘案し、開示請求者の被る不利益等考慮すべき要素等に照らして慎重に判断することが求められます。
 判例は、単に大量の文書資料の開示請求であることだけで権利の濫用は認めていませんので、いやがらせを意図とする大量開示請求だとして安易に不開示の決定をするような運用は慎まなくてはいけません。

3.権利の濫用が疑われる場合の事務処理の流れ
 情報公開請求制度は、それに関する多くの論稿や論評も含めて、基本的に国民ないし市民が情報公開請求を適切に行う局面を念頭に置いて定めていることから、一般法理から情報開示制度の例外として開示請求が権利の濫用だと疑われる場合には、厳格に対処する必要があり、且つ、例外ゆえに開示請求が権利の濫用だと疑われる場合でも、不開示決定が安易に行われないように適正且つ慎重な判断手続きがなされるべきであることは当然要求されるものであり、以下の手順例で判断されるのが正当であろうと考えられます。
 ①開示請求を受理し、濫用の疑いがある場合、まずは主管課において不開示指針等に沿って判断する。
 ②主管課において濫用にあたると判断した場合、総務課と協議する。
 ③総務課において濫用にあたると判断した場合、その判断に従って主管課が不開示決定書を申請者に送る。

4.権利の濫用の適用に当たって考慮すべき要素
(1)裁判例:東京地裁平成 15 年 10 月 31 日判決―判例秘書 L05834552
  情報公開法に基づく自動車検査証の記載事項(検査登録事務所で行われ、車体の形状が『教習車』で登録された時の車両に関する申請書類の一切等)に係る開示請求をしたのに対して、行政庁が、「本件開示請求に対応するためには、仮に職員1名を専従作業員とし、1日8時間全く休憩なしで、同じ作業効率で作業を進めたとしても、9か月以上かかることとなり、業務に著しい支障を来すのみならず、他の情報公開請求に対応する余裕がなくなり、かえって法の立法趣旨が没却されることから、本件開示請求は権利の濫用と認められるべきであり、不開示処分とすることが適当であると主張したのですが、裁判所は次のように判断して、権利濫用による不開示決定は取り消されました。

<裁判所の判断>
 1 「情報公開法においては、著しく大量の文書の開示請求であっても、そのことのみを理由として、不開示とする旨の規定を置いておらず、また、開示期限の延長を行うことで、通常業務と並行的に順次開示手続きを進行させていくことが想定されている。
 したがって、開示請求文書の開示に相当な時間を要することが明らかである場合であっても、そのことのみを理由として、開示請求権の濫用として、開示請求を拒むことは原則としてできない。 開示請求に係る行政文書が著しく大量である場合又は対象文書の検索に相当な手数を要する場合に、これを権利濫用として不開示とすることができるのは、請求を受けた行政機関が、平素から適正な文書管理に意を用いていて、その分類、保存、管理に問題がないにもかかわらず、その開示に至るまで相当な手数を要し、その処理を行うことにより当該機関の通常業務に著しい支障を生じさせる場合であって、開示請求者が、専らそのような支障を生じさせることを目的として開示請求をするときや、より迅速・合理的な開示請求の方法があるにもかかわらず、そのような請求方法によることを拒否し、あえて迂遠な請求を行うことにより、当該行政機関に著しい負担を生じさせるようなごく例外的なときに限定される。」
 2 「本件では本件開示請求を濫用したと認めるに足りる事情は認められない。行政機関においては、開示請求者に対して、差し当たり開示請求文書を半年分や一年度分に限定することや、まずその程度の開示を行ってそれ以外の分はその後に順次開示すること等の了解を得ることも可能であったと解される。」

(2)このように、具体的に権利の濫用にあたるかどうかの判断基準としては、単に大量文書の開示請求であるというだけでは足りず(平成19年8月31日高松高裁判決―判例秘書L066220712、平成19年10月31日さいたま地裁判決―判例秘書L06250518も同旨)、例えば以下のような事情が加わる必要がありますし、以下のような事情がある場合には、大量文書の開示でなくとも権利の濫用とされます。
● 実施機関の業務遂行の停滞を目的としていると認められるとき
 (例) 正当な理由がないにもかかわらず、過去に開示請求を行った同一の行政文書について、開示請求を繰り返すとき
●開示請求を行い、決定されたにもかかわらず、正当な理由がなく閲覧等を行わないことを繰り返し、開示を受ける意思がないと認められるとき
(例) 複数回の閲覧期日の通知をしても、閲覧日に来訪しない事を繰り返しているとき
●特定の部、課、係等への集中又は連続した大量の開示請求であって、言動等により実施機関の特定の部署又は特定の職員への威圧、攻撃などを目的としている又は業務遂行を停滞させる害意が認められるとき
 (例) 開示請求者において特定の職員を誹謗、中傷又は威圧するなどの言動があるとき
●特定の職員が関与する行政文書についての集中又は連続した開示請求であって、言動等により威圧などの害意が認められるとき又は他に業務遂行を停滞させる害意が認められるとき
●大量請求
 (例) 「○○課の全ての文書」など大量の請求であり、開示請求の内容が具体的でなく、補正を求めても応じないとき

 なお、開示請求に対して権利濫用を認めた判例として次の判例がありますので、ご紹介しておきます。
 ・名古屋地裁平成25年3月28日判決―判例秘書 L06851154
(開示請求書提出数は、平成17年度が7件、平成18年度が22件、平成19年度が217件、平成20年度が88件、平成21年度が413件、平成22年度が575件と全体開示請求件数の10%から82%を占める多数及び大量の開示請求を行った上、文書特定の補正拒否と開示前の取り下げ又は開示閲覧しない等の繰り返し、職員に対し写真撮影に応じるよう求めたり、自分を委員に選任せよとの不当要求を繰り返し、応じなければ大量の文書開示請求をするという形態であった。)

                                    



以  上

地方自治体作成の「初盆名簿」と個人情報保護(政教分離の検討も含めて)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


○N町においては、死亡届受付の際に「初盆名簿」登載用に故人・喪主・公民館名・小組名を記載してもらって、毎年8月初旬に「初盆名簿」冊子を町内全体で回覧しているが、個人情報保護の観点から何か問題になるでしょうか?
「初盆名簿」を不要とする町民の意見では、個人情報保護の観点以外に、政教分離の観点から問題があるとする意見も出ているのですが、かかる観点から「初盆名簿」の作成回覧は、違法となるのでしょうか?

1.個人情報の取得について
 個人情報を取得する場合には、「取得前」に利用目的を本人に明示する必要があります。個人情報を取得した場合、あらかじめ本人に告げた利用目的の達成に必要な範囲でしか利用できません。
 従って、「初盆名簿登載用」と使用目的を明示した取得であれば(提出用紙に「初盆名簿に登載させていただきます。」と使用目的が記載してあれば)、個人情報保護上の問題は生じません。
 しかしながら、かかる取得手続きを経ないで、公務員が死亡届出から「初盆名簿登載用」として故人・喪主・公民館名・小組名を名簿用紙に転記する方法の場合には、死亡届出の使用目的(戸籍住民票上の処理目的)を逸脱する取得となるか、目的外使用となるので、個人情報保護条例に違反する取得又は使用になる可能性があります。

2.個人情報の配布(初盆名簿の作成及び配布)について
(1)上記のとおり、個人情報取得時に「初盆名簿登載用と使用目的を明示した取得」であれば、初盆名簿の作成及び配布は、個人情報保護条例違反とはなりません。
(2)取得時にかかる使用目的を明示していない場合には、初盆名簿回覧(配布)は個人情報保護条例違反となる可能性があります。

3.初盆名簿の作成及び配布と政教分離について
(1)「政教分離の原則」とは、国家と宗教は切り離して考えるべきであるとする原則のことをいいます。政治と宗教が結びついた場合、国が特定の宗教に有利となるよう国政を行うことになるため、特定の宗教以外の宗教は、排除されていくおそれがあることから、信教の自由を保障するためにこの原則があります。
 国家の行為が政教分離違反であるか否かを判断する際に採用される基準として、目的と効果の2つに着目し政教分離に反するか否かを判断します。これを「目的効果基準」と言い、①その行為の目的が宗教的意義を持ち、かつ、②その行為の効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為であるかどうかで判断することになります。そもそも、宗教的意義を有さない行事は「習俗」とされ「宗教儀式」ではないとされます。

(2)「習俗」といえば、一般に節分、七五三、雛(ひな)祭り、端午(たんご)の節句、各種の村祭り、死者の葬りの際の北枕とか副葬品、そして正月の門松などがそれに該当するでしょう。
 日本の「初盆」は、日本国内においては、仏教行事なのでしょうか、神道行事なのでしょうか、儒教行事なのでしょうか、それとも習俗にすぎないのでしょうか?
 初盆は、先祖の供養であり、供養の方式が仏教上も神道上も宗教的儀式で執り行われる限りでは、供養儀式自体は「①その行為の目的が宗教的意義を持つ」ということになり、単なる「習俗」とはならないでしょう。しかし、お盆の行事全体そのものが宗教行為かと言えば、その点は「習俗」という面が強く表れているのではないかとも考えられます。そこで、問題は「②その行為の効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為であるかどうか」ですが、初盆や先祖供養は本来の釈迦仏教の考えではなく、日本の古来の先祖霊崇拝の文化土壌に日本仏教や神道や儒教の考えが融合したものと評される面もあり、特定の宗教としての行事ではないことから、日本人一般の社会的通念からすれば、初盆の行事自体が「その行為の効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」ではないと解釈される余地があります。
 そもそも、N町における初盆名簿の作成及び配布は、その効果としては、宗教的行事を促す契機になるという意味で、宗教的行事に間接的に資する側面があるとしても、それ自体は「①宗教的儀式」そのものでもなく、かつ「②一定の宗教を援助、助長をする」効果についても、宗教とは無関係な広報としての行政サービスとしての目的による間接的かつ付随的なものにとどまっており、これが「宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるようなものである」とは到底認められないものであり、政教分離の原則に反するものではないと考えます。

(3)類似事案の判例として、東京地裁令和3年2月18日判決(判例地方自治No483-43)があります。
 これは、警察署長が宗教法人のお寺が主催する節分会に参加して護摩祈祷と豆まきをした上、警察署警察官複数が雑踏警備に配置されていたという事案で、市民から、それらの参加行為や警備協力は政教分離の原則に違反する行為であるとして、その時間相当分の警察署長及び配置警察官への給与支出と出張交通費等の支払いが違法な財務会計上の行為であるので不当利得返還をすべきであるとして住民訴訟を提起された事案です。
 裁判所の判断は、
 「本件の警察署長等の護摩祈祷と豆まき参加行為は、宗教との関わり合いの程度が我が国の社会的文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度根本的目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に違反するものでない。雑踏警備の実施について、結果として本件宗教儀式の実施に資する面があったとしても、その効果は、宗教とは無関係な市民の安全という目的の実現に伴う間接的付随的なものにとどまっており、特定の宗教を援助、助長、促進し又は圧迫、干渉等を加えるようなものとは認められないというべきであるから、信教の自由の確保という制度根本的目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法第20条3項の宗教活動にあたるとは言えず、憲法第89条の政教分離原則に違反するものとは言えない。」としています。

(4)このような判例からみても、N町における初盆名簿の作成及び配布は、宗教行為そのものでもありませんので、信教の自由の確保という制度根本的目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法第20条第3項の宗教活動にあたるとは言えず、憲法第89条の政教分離原則に違反するものではないと考えられます。
                                    



以  上

民事訴訟におけるDNA情報(DNA鑑定書)の取扱い

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 前回、刑事捜査手続き上の「DNA情報」の取扱いを説明しましたので、それに続き、民事訴訟上での「DNA情報」の取扱いについて基本的な点をお話しておこうと思います。

1.DNAとは?
 DNA(デオキシリボ核酸)は、生物の細胞の核内に存在し、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の部品でできていて、終生不変であり、私たちの「体を作る設計図」とも言われています。すべての人は指紋のように個々の特異的なDNA領域を持っているため、その特異的な領域を分析すること(鑑定)で個人の識別が可能になるとされています。

2.民事訴訟とDNA鑑定について
 民事訴訟においては、DNA鑑定が問題となる典型的なものとしては、親子関係の存否がほとんどのようですが、不法行為訴訟や保険金請求訴訟などで加害者や被害者を特定するためにDNA鑑定が用いられている例もあるようです。DNA鑑定が民事訴訟の場に用いられる方法としては、多くは当事者が依頼した専門家の鑑定意見書(書証)として提出される場合(民事訴訟法第219条以下)ですが、裁判所において証拠調べとしての鑑定(民事訴訟法第212条以下)手続きで鑑定人が行った鑑定書が作成される場合もあります。前者の場合を私的鑑定(書)、後者の場合を公的鑑定(書)と呼ぶ例もあります。

3.DNA鑑定の留意点
 DNA鑑定の検体としては、「毛髪」「口腔内の細胞」が一般的ですが、吸い殻 / 歯ブラシ / ヒゲ剃り / ガム / コップ・ペットボトル・缶 / ストロー / おしゃぶり / 血痕・血液 / 精液・体液・尿 / 毛髪・爪 / 生理用品 / 病理試料 / 血清 / 臓器・骨・歯 / 臍帯・胎盤 などでも可能とされています。私的鑑定、公的鑑定いずれの場合でも、鑑定実施の前提として、鑑定対象物(鑑定資料又は検体と呼ばれています。)が、DNA鑑定の対象となる特定人から適切に採取されたものであることが最も重要になります。
 鑑定の結果としては、鑑定対象から採取された検体であることまで保証できるものではありませんので、民事訴訟において、DNA鑑定を証拠として採用して真否の判断に用いる場合には、鑑定結果とは別に、「鑑定された検体が、鑑定の対象となる特定人から適切に採取され、且つ採取時又はその後に汚染されないようにされたものであること」を証拠付ける必要があります。採取時の方法を画像撮影するか、第三者の立ち合いを求めた形で行うかという対応を取っておく必要があります。

4.DNA鑑定の拒否とそれに対する訴訟的対応について
 民事訴訟でDNA鑑定が必要と判断されたが、当事者の一方がDNA鑑定の検体提供を拒否した場合は、どのような取扱いになるのでしょうか。
 刑事訴訟においては、強制処分としての一定の令状に基づいて強制的に検体を獲得する方法が定められています。具体的には、被疑者からの鑑定資料の採取は、任意処分の場合は、口腔内粘膜等の任意提出(刑事訴訟法第221条)によりますが、強制処分の場合は、鑑定処分許可状と身体検査令状の併用(刑事訴訟法第218条、第225条)により被疑者の身体に対して直接強制力をもって行われています。
 しかしながら、民事訴訟においては、そのような直接的な強制処分としての規定はありません。
 民事訴訟法上の手続き規定を見てみますと、裁判所において当事者に対し証拠提出を求める方法としては、同法第223条で文書提出命令の定めがあり、第234条では、当事者が文書提出命令に従わないとき(他の証拠での立証が著しく困難となる場合も含む)は、裁判所は、当該文書の記載に関する「相手方の主張を真実と認めることができる」と定められており、検証手続きを定める第232条第1項で「第219条、第223条、第224条、第226条及び第227条の規定は、検証の目的の提示又は送付について準用する。」と規定しています。
 これらの規定により、裁判所はDNA鑑定のために血液等の採取・提供を命ずることができ、当事者は、検証協力義務としての検証受忍義務(血液採取受忍義務)及び検証物提示義務(血液提供義務)があり、正当な理由のないかぎりこれを拒否できないという一般的な義務があることになります。
 それでも、一方当事者が検証協力義務としての検証受忍義務(血液採取受忍義務)及び検証物提示義務(血液提供義務)に従わない場合には、間接的な強制方法として「不利益認定」として、他方当事者の主張する事実を真実と認められてしまうようになっています。例えば、不法行為訴訟で原告から「加害者は被告である」と主張されたのに対し「加害者は自分ではない」と主張して争っている被告が必要な加害者のDNA鑑定手続きとして被告自身のDNA検体を提出を正当な理由なく拒否してDNA鑑定ができなかった場合には、原告の「加害者は被告である」との主張を認めることができる(民事訴訟法第224条第3項)という結果になってしまうわけです。
 これは、いわば「証明妨害」として捉えて制裁する方法になりますが、証拠に基づく真実発見よりも、民事訴訟上の信義則としての手続的正義を重視するという立場になります。

5.DNA鑑定の拒否と人事訴訟について(親子関係の存否に関する裁判等の場合)
 民事訴訟の特別法として人事訴訟法があります。人事訴訟法の審理対象は「人事訴訟」(=離婚の訴え、嫡出否認等その他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え)になります(第2条)。
 この人事訴訟法第19条第1項は、民事訴訟法第224条等の規定(不利益認定規定)や自白規定の適用を明文で除外しています。このことにより、親子関係存否確認等の人事訴訟においては、親子間のDNA鑑定を拒否した場合には、拒否した当事者に必ずしも不利益に判断されるということにはなっていません。これは親子関係という身分に関する事項については、証拠に基づいて客観的に真実かどうかを見極めることを重視し、手続上の信義則違反に基づいて簡単に真実とすることはできないというものになりますので、一般的な民事訴訟としての判断方法は取らないということになります。このことはDNA鑑定の拒否に対しての民事訴訟と人事訴訟との大きな違いであることが認識されておくべきです。
 但し、人事訴訟であっても、DNA鑑定を拒否したことに何ら合理性がない場合には、そのことを親子関係の存在を推認させる間接証拠として他の関連証拠と合わせて考慮すれば、親子関係の存在を認めることができるという認定をすることは実務上の事実認定方法としては許されているようです(東京地裁平成29年2月15日判決参照)ので、総合的判断をする裁判所においては、不当な結論になることはないようです。
                                    



以  上

警察取り調べでの「被疑者DNA型記録」等の採取の法的根拠を学ぼう!!

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


〇Aは、痴漢行為の迷惑防止条例違反と強制わいせつ嫌疑で現行犯逮捕され、処分保留となったが、逮捕された際の警察の捜査上で、Aの被疑者DNA記録(口内唾液の任意提出、指紋掌紋記録、写真記録(以下「3記録」という。)が作成されていた。
 これは、憲法第13条で保障されているプライバシーの権利及び「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」又は「個人に関する情報をみだりに整理保管及び内部利用されない自由」を侵害するものだから、Aの人格権及び人格的利益に基づく妨害排除請求としての各記録(国に対して3記録、地方公共団体に対して指紋掌紋記録のみ)の抹消を求めたいが、抹消できるでしょうか。

1.DNAとは?
 DNAは、デオキシリボ核酸の通称ですが、ヒトの細胞では核の中の染色体にあり、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の部品でできています。DNAは、はしごをひねったような形をしていて、核の中の染色体の中に折りたたまれて入っており、私たちの「体を作る設計図」とも言われています。すべての人は指紋のように個々の特異的なDNA領域を持っているため、個人の識別が可能になるとされています。裁判上は、家庭裁判所での親子関係の判断や刑事裁判等での犯罪者の特定に利用されています。犯罪の被疑者として逮捕された際には、警察の捜査上で、写真記録や指紋記録以外にも、被疑者として「口内唾液の任意提出」がなされるなどしてDNA記録が作成されています。
2.ところで、法令上は末尾に示す3つの規則で定められていますが、「3記録」の抹消事由は、「本人が死亡したとき」、「記録を保管する必要がなくなったとき」とだけ定めてあり(DNA型記録取扱規則第7条、指掌紋取扱規則第5条、被疑者写真の管理及び運用に関する規則第5条)、相談事例では、Aは、被疑事件が処分保留となったとしても、無罪又は処分なしとはなっていないことから、「記録を保管する必要がなくなったとき」に該当しません。
 また、「記録を保管する必要がなくなったとき」とは、「被疑事件捜査・司法手続上の必要性」ではなく、「記録を保管する必要性」であるので、「捜査が終わったから必要がなくなった」ということにはならず、捜査終了後も「将来の捜査」のために記録として保管し続ける必要性がある場合には、「記録を保管する必要性がある」ということになります。
 従って、現在の法令や規則からすると、各記録のAの個人情報の抹消請求をしても認められないことになります。
3.現在の検察での被疑者取り調べでは、「3記録」が採取されているようです。警察は、十分な説明もしないまま、「任意捜査」として、「被疑者から承諾を得た」として写真撮影をし、指紋やDNAを採取していますが、「DNA採取月間」というのがあるようで、ノルマ達成のために、軽微な事件においてDNAを採取されている可能性があります。
 このような、被疑者証拠の採取の実態と現在の法令や規則からすると、結局、一度警察から嫌疑を受けて「3記録」を採取されると、その証拠は「本人が死亡」するまで警察庁で管理されることになってしまいます。
4.そこで、そもそもそのような「3記録」の警察採取制度は、憲法第13条で保障されているプライバシーの権利及び「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」又は「個人に関する情報をみだりに整理保管及び内部利用されない自由」を侵害するものであるから、Aの人格権及び人格的利益に基づく妨害排除請求としての各記録(Aの個人情報)の抹消請求により抹消されるべきであるという考え方が出てくるわけです。
 個人を特定する科学的証拠に基づいて個人が罪を犯した場合の犯罪捜査と刑事司法判断を容易にする必要性はあるものの、個人を特定する科学的証拠は、犯罪に関係しない日常生活の場においても国家が国民を監視するという「監視社会」を作り出す危険があります。少なくとも、被疑者特定証拠(3記録)は、「記録を保管する必要性」ではなく、「被疑事件捜査・司法手続上の必要性」が消滅した場合には、個人情報の抹消請求により抹消されるべきであるという規定が定められるべきではないかと考える余地が出てきます。しかし、判例は、次に述べるように現制度の規則規定のままでの運用を肯定しています。
5.この事例に関しては、東京地方裁判所平成31年2月28日判決(判例地方自治464-96頁)で「被疑者DNA型記録については、犯罪捜査に資するためという目的外での収集や利用が制限され、その漏えい、滅失又は毀損を防止するために必要な措置を講じるものとされ、更に濫用的利用等については刑罰が科されることとされており、警察において、被疑者DNA型記録が目的外に使用されたり、第三者に漏えい等されたりするなどといった具体的な危険が生じているとも認めることはできない。」とされており、指紋や顔写真についても同様に制度上濫用や漏えいについては罰則等があり得ること等から、「3記録」の抹消請求を否定しています。

<参照条文>
 刑事訴訟法第218条 警察法第5条 第38条 第81条
 警察法施行令第13条  警察庁組織令
 DNA型記録取扱規則
 指掌紋取扱規則
 被疑者写真の管理及び運用に関する規則(写真規則)


〇 法的根拠条文
  刑事訴訟法
第218条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。
2 差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であって、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができる。
3 身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、第一項の令状によることを要しない。

警察法
 (任務と及び所掌事務)
第5条 国家公安委員会は、国の公安に係る警察運営をつかさどり、警察教養、警察通信、情報技術の解析、犯罪鑑識、犯罪統計及び警察装備に関する事項を統轄し、並びに警察行政に関する調整を行うことにより、個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持することを任務とする。
2、3 略
4 国家公安委員会は、第一項の任務を達成するため、次に掲げる事務について、警察庁を管理する。
  一   警察に関する制度の企画及び立案に関すること。
  二から二十五 略
  二十六 前各号に掲げるもののほか、他の法律(これに基づく命令を含む。)の規定に基づき警察庁の権限に属させられた事務
5 前項に定めるもののほか、国家公安委員会は、第一項の任務を達成するため、法律(法律に基づく命令を含む。)の規定に基づきその権限に属させられた事務をつかさどる。
6、7 略

 (組織及び権限)
第38条
1~3 略
4 第五条第五項の規定は、都道府県公安委員会の事務について準用する。
5 都道府県公安委員会は、その権限に属する事務に関し、法令又は条例の特別の委任に基いて、都道府県公安委員会規則を制定することができる。
6 略

  (政令への委任)
第81条 この法律に特別の定がある場合を除く外、この法律の実施のため必要な事項は、政令で定める。

警察法施行令
 (国家公安委員会規則等への委任)
第13条 国家公安委員会が法第五条第四項の規定による管理に係る事務又は同条第五項若しくは第六項の事務を行うために必要な手続その他の事項については、国家公安委員会規則で定める。
2 都道府県公安委員会が法第三十八条第三項の規定による管理に係る事務又は同条第四項において準用する法第五条第五項の事務を行うために必要な手続その他の事項については、都道府県公安委員会規則で定める。

  警察庁組織令
  (刑事企画課)
第22条 刑事企画課においては、次の事務をつかさどる。
 一~四 略
 五 刑事資料の調査、収集及び管理に関すること。
 六 略

警察法施行規則
 (刑事指導室)
第23条 刑事局刑事企画課に、刑事指導室を置く。
2 刑事指導室においては、令第二十二条第二号及び第四号に掲げる事務並びにこれらの事務に関し必要な刑事資料の調査、収集及び管理に関する事務並びに同条第六号に掲げる事務のうち日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十五条の規定による合同委員会との連絡に関する事務をつかさどる。
3、4 略

DNA型記録取扱規則
 (作成等)
第3条 警察庁刑事局犯罪鑑識官(以下「犯罪鑑識官」という。)は、警視庁、道府県警察本部若しくは方面本部の犯罪捜査を担当する課(課に準ずるものを含む。)の長又は警察署長(以下「警察署長等」という。)から嘱託を受けて被疑者資料のDNA型鑑定を行い、その特定DNA型が判明したときは、当該被疑者資料の特定DNA型その他の警察庁長官が定める事項の記録を作成しなければならない。
2 略

 (整理保管)
第6条 犯罪鑑識官は、第三条第一項の規定により被疑者DNA型記録を作成したとき又は同条第二項若しくは第三項(第四条第二項の規定により準用する場合を含む。)の規定による被疑者DNA型記録、遺留DNA型記録若しくは変死者等DNA型記録の送信を受けたときは、これを整理保管しなければならない。
2 犯罪鑑識官は、被疑者DNA型記録、遺留DNA型記録及び変死者等DNA型記録の保管に当たっては、これらに記録された情報の漏えい、滅失又はき損の防止を図るため必要かつ適切な措置を講じなければならない。

 (抹消)
第7条 犯罪鑑識官は、その保管する被疑者DNA型記録が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該被疑者DNA型記録を抹消しなければならない。
 一 被疑者DNA型記録に係る者が死亡したとき。
 二 前号に掲げるもののほか、被疑者DNA型記録を保管する必要がなくなったとき。
2、3 略

指掌紋規則(指掌紋取扱規則)
  (指掌紋記録等の作成)
第3条 警視庁、道府県警察本部若しくは方面本部の犯罪捜査を担当する課(隊その他課に準ずるものを含む。)の長又は警察署長(以下「警察署長等」という。)は、所属の警察官が被疑者を逮捕したとき又は被疑者の引渡しを受けたときは、指紋記録等及び掌紋記録等(以下「指掌紋記録等」という。)を作成しなければならない。
2 警察署長等は、身体の拘束を受けていない被疑者について必要があると認めるときは、その承諾を得て指掌紋記録等を作成するものとする。

  (処分結果記録の作成等)
第5条 警察署長等は、第三条の規定により指掌紋記録等を作成した場合において、警察庁長官が定める事由に該当するに至ったときは、速やかに処分結果記録を作成し、これを警察庁犯罪鑑識官及び府県鑑識課長に電磁的方法により送らなければならない。
2 警察庁犯罪鑑識官又は府県鑑識課長は、前項の処分結果記録の送信を受けたときは、当該処分結果記録を整理保管し、又は当該処分結果記録に係る処分結果資料を作成し、これを整理保管しなければならない。
3 警察庁犯罪鑑識官又は府県鑑識課長は、その保管する指掌紋記録等が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該指掌紋記録等及び当該指掌紋記録等に係る処分結果記録又は処分結果資料を抹消し、又は廃棄しなければならない。
 一 指掌紋記録等に係る者が死亡したとき。
 二 前号に掲げるもののほか、指掌紋記録等を保管する必要がなくなったとき。

写真規則(被疑者写真の管理及び運用に関する規則)
 (被疑者写真記録の作成)
第2条 警視庁、道府県警察本部若しくは方面本部の犯罪捜査を担当する課(これに準ずるものを含む。)の長又は警察署長(以下「警察署長等」という。)は、所属の警察官が被疑者を逮捕し、又はその引渡しを受けたときは、画像を電磁的方法により記録することにより当該被疑者の写真(以下「被疑者写真」という。)を撮影し、当該被疑者写真及び当該被疑者の氏名、生年月日その他当該被疑者を識別するために必要な事項を電磁的方法により記録したもの(以下「被疑者写真記録」という。)を作成しなければならない。ただし、当該被疑者を他の警察署長等に引き渡す場合には、被疑者写真記録の作成を省略することができる。
2 警察署長等は、身体の拘束を受けていない被疑者について必要があると認めるときは、その承諾を得て被疑者写真を撮影し、被疑者写真記録を作成するものとする。

 (被疑者写真記録の抹消)
第5条 警察庁犯罪鑑識官は、その保管する被疑者写真記録が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該被疑者写真記録を抹消しなければならない。
 一 被疑者写真記録に係る者が死亡したとき。
 二 前号に掲げるもののほか、被疑者写真記録を保管する必要がなくなったとき。

   (被疑者写真の閲覧)
第7条  警察署長等は、被疑者の特定その他犯罪捜査のため特に必要があると認めるときは、必要な限度において、被害者その他必要と認める者に対して被疑者写真を閲覧させることができる。
                                    



以  上

騙された公務員も損害賠償責任があるの?~印鑑登録の変更(廃止と申請)手続きに際して~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<質問> ○○市の市民課に勤めている地方公務員Yです。Aという人物が、市民Xさんの運転免許証を偽造(氏名はXさんで写真はAに変造)した免許証を示して、Xと称して、従来のXさんの印鑑登録の廃止届と新たな印鑑登録申請をしてきました。免許証の氏名と住所確認をして写真とAの顔を確認したので、印鑑登録の手続きを進めたのですが、まず、運転免許証を免許証識別装置(EXC-2500ZR2は約3秒で真贋判定を行う事ができる)に挿入したら「不可」の判定が出ました。免許証の裏に色々とシールなどが貼ってあり、厚さが異なっているので「不可」の反応が出たのだろうと考え、Aに対して「免許証に加工などはしていませんよね。」と聞いたところ、Aが「何もしていない。」と答えたので、手続きを進めました。印鑑登録申請書の「住所」の一部が運転免許証に書いてある住所と異なっていましたが、申請書の住所の方が書き間違いだと思って、その部分を私のほうで事実上訂正して手続を完了し、新たなX名義の印鑑登録証明書をXさんだと信じていたAに交付してしまいました。
 その結果、悪人Aは、司法書士と通じてXさんの不動産(時価1億円)を売却してその代金をだまし取って逃げたようです。市民Xさんは、弁護士に依頼して、不動産登記の取戻裁判をして不動産を取り戻せたようですが、裁判にかかった弁護士費用500万円と慰謝料200万円を私に請求してきました。
 一番悪いのはAであり、Aに騙されただけの安月給の一公務員である私が、このような損害賠償を払う責任があるのでしょうか。

<回答>
1.このような悪い奴が仕組んだ犯罪の場合には、一番悪いA(悪人A)が全部の責任を負わなくてはならないはずです。この場合、「被害者」は市民Xさんであり、土地を買ったのに取り戻された売買相手の方や売買登記に関与した司法書士、そして騙されて印鑑証明書を作らされ交付したYさんでしょう。
 しかし、悪人Aが逃げてしまっている場合には、その被害者間で損害賠償請求が起こってしまいます。悪意がなくても誰かに過失があれば、その人が「不法行為責任」を負うという解決の仕方が民法などの法律に規定されているからです。
 公務員の場合には、国家賠償法第1条第1項に「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」との定めがありますので、公務員Yさんに過失があれば、薄給のYさんではなく、Yさんが勤めている地方公共団体である○○市が賠償責任を負わされることになります。Yさん個人は原則として賠償責任を負いませんので安心してください。
 でも、公務員はミスしても個人で賠償しなくていいなどと安易には考えないでください。同法第1条第2項に「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」との定めがあります。ひどいミスの時は、この規定により○○市から賠償分を個人で負担せよという取り扱いがなされますので、日頃からの慎重な事務処理を心がけてください。

2.それでは、本件の場合、Yさんの印鑑登録業務の処理について国家賠償法第1条第1項の「故意又は過失によって違法」であったのでしょうか。悪人Aに騙されたことが「過失で違法」なのでしょうか。Yさんが悪かったのでしょうか。それを検討しましょう。
 まず、過失責任とは、本来注意しながら仕事をすべき立場にある人が、相手方に不当な損害等の結果が生じることが気を配れば分かったのに、そのような注意や気配りをしなかったから、不当な結果が生じたという場合の法的責任を言いますので、その人に「注意義務」があり、「不当な結果の予見ができたこと又は予見可能性があったこと」が過失責任の要件になります。公務員は本来市民に対して法律に従って適正な処理をする立場にありますので、ご相談の事例の場合には、Yさんにおいて、市民課窓口に来ている悪人Aが市民Xでなく、運転免許証は偽造されているのではないかと気づく機会があったかどうか(不当な結果又は不当な結果の回避について予見又は予見可能性があったかどうか)がYさんの「過失責任」の有無の大前提になります。
(1)この点、運転免許証識別装置で「不可」と出たことは「予見可能性」があったことを意味します。仮に、運転免許証の裏にシールなどを貼った場合等に本物でも「不可」と出る経験をしていたとしても、特に真正なものであることの積極的な理由がないかぎり、「不可」の検査結果を「真正」と判断するのには合理性は無いように思います。
(2)次に、免許証の住所と印鑑登録申請書の住所の一部が違っていた点です。A本人が正確な住所を書けなかったということですから、窓口に来ている人物が市民Xでないかと疑うことが可能になります。
(3)Yさんとしては、以上の点を疑った結果、Aに対して「免許証に加工などはしていませんよね。」と聞いて、Aが「何もしてない。」と答えただけで手続きを進めていますが、運転免許証の確認や本人確認としては、生年月日、干支、家族構成などを尋ねてみることも容易であるし、家族への連絡をしてみるという方法もあり得ますので、確認方法としては不十分だった(すなわち、注意義務を十分に果たしていない)と言われる可能性があります。
(4)このような事例が問題となった、さいたま地裁平成30年9月28日判決(判例時報2410-63)は、次のように判断しています。

(判旨)
 「本件についてみると、原告を名乗る申請者Aは、本人確認書類として原告名義の運転免許証(本件免許証)を提示したこと、本件免許証には申請者である原告の住所として「Y市I区L(以下略)」と記載されていたこと、埼玉県公安委員会が発行する運転免許証の住所表示は「Y市L町○丁目○番○号」と記載されること、原告を名乗る申請者Aが作成した申請書には「Y市I区N(以下略)」と記載されていたこと、上記のとおり本件免許証には町名が「L」と記載され、照合による情報においても町名は「L」であったこと、本件識別装置に本件免許証を挿入したところ「不可」と表示されたこと、Y市の担当職員はAを窓口に呼んで運転免許証を加工しているかを尋ねたところ、加工していないと回答したこと、担当職員は運転免許証の厚さによっては「不可」と表示されるため、今回も偽造によるものではないと判断したこと、そして、申請書の「N」を「L」と訂正し、申請者Aが原告本人であると判断して、所定の印鑑登録手続をしたことは上記認定のとおりである。
 印鑑登録申請を担当した部署において、埼玉県公安委員会の発行する運転免許証の住所表示が「○丁目○番○号」であり、申請者により提示された運転免許証が上記表示となっているかを審査して運転免許証の偽造の有無を確認することが規定されているのでなければ、担当職員がその知識や経験のみで運転免許証の住所表示から偽造の有無を審査して判断することは容易でないといえる。
 しかしながら、これに加えて本件では、申請書に記載された住所と運転免許証に記載された住所、照合した登録票の住所が異なっており、原告の年齢を考慮しても、住所の町名の記載を誤ることは多くないと考えられ、担当職員は申請者Aが原告本人であるかを疑う機会があったというべきである。しかも、運転免許証の偽造を検知する本件識別装置では本件免許証が不可と判定されており、本件免許証が偽造された可能性があることを疑うことができる状況にあった。
 ところが担当職員は、申請者が住所の記載を誤ることがあるとの理由で申請書の住所を誤記として訂正してしまった。申請者が住所の記載を誤ることがあるにしても、本人が誤ったと判断する根拠があるのでなければ、申請書に住所を記載させて本人の同一性を確認する意味はなくなってしまうものというほかない。
 また、担当職員の質問に対して申請者Aが加工していないと回答し、運転免許証の厚さによっては本件識別装置が不可と表示することがあったとしても、本件免許証が偽造されたものでないと判断できるだけの十分な根拠があったものではない。
 そして、申請者Aが原告本人であるか、提示された運転免許証が偽造されたものではないかという疑問が生じたときは、担当職員としてさらに本人であるかどうかの審査をすることができた。例えば、担当職員は、生年月日、干支を質問したり、住民票を確認できるのであれば、家族構成、転居日等を質問したりすることができる。このような質問でも疑義が解消されないときは、申請者の了解を得て、家族に連絡を取るなどの方法もあり得るところである。本件の申請者Aは、申請書の住所の記載を誤っており、申請書の記載事項以外の質問をすることによって申請者Aが原告本人でないことが判明した可能性が高いといえる。
 以上のとおり、Y市の担当職員は、印鑑登録の申請者Aが原告本人であるかどうかを確認する職務上の義務を負っていたところ、申請書記載の住所が本件免許証および照合した情報の住所と異なり、運転免許証の偽造の有無を判定する本件識別装置でも不可と表示され、申請者Aが原告本人ではないと疑うに足りる状況にありながら、運転免許証に加工していないかと質問したほかに本人であるかどうかの審査をせず、本人であれば容易に回答することができる質問によっても申請者Aが原告本人でないことが判明した可能性が高いといえるのであるから、Y市の担当職員は職務上の注意義務を尽くしたものとはいえず、本人と判断して所定の印鑑登録をした手続は違法なものと解することが相当である。」

 この判例の結果は、公務員Yさんにおいては、「私は騙された被害者なのに、なぜ法的責任を負わされるのか?」という思いになるでしょう。
 そこで、被害者の立場になる者同士の損害賠償の問題のときには、最終的な被害者である市民Xさんにも何らかの過失があったのではないかという「過失相殺」(民法第722条第2項)の処理がなされて損害賠償額が減額される場合が多々あります。相談事例では市民Xさんに、免許証を悪人Aに改ざんされるような免許証の保管が不十分であったとか、その他Xさんにおいて悪人Aの行為を予見できた事情等がある場合には、被害者Xさんの過失責任も当然に考慮されることになりますので、被害者相互間においても公平的な解決が図られる制度にはなっています。



以  上

住民基本台帳事務処理とDV被害者の支援措置②~DV加害者の代理人弁護士からの戸籍附票写しの交付申請があった場合の対応~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(前号から続く)
1.具体的事案におけるY市長の処理
 DV加害者(A男)の代理人弁護士Xが、和解離婚後のDV被害者(B女)の仏壇や衣類・タンス等の引渡し協議のために、B女の戸籍附票(住所が記載されている)の写しの交付申請をしたという前回の具体的事案において、申請を受けたY市長はどのように対応したでしょうか。
 Y市長は、既にB女に対するDV被害者支援措置を開始していたこと、申請者弁護士Xからは申出書に記載された「離婚訴訟代理業務」「離婚裁判の後処理のためにB女と連絡を取る必要があるがB女が所在不明となった」という内容以外にはXからの詳細な説明はなく、またXに対して説明を求めることもなく、XがA男の離婚訴訟事件の代理人として本件交付申請を行っていることから、戸籍附票の写しを交付した場合、A男に対してB女の住所を伝えるおそれが大きい者による申請である(加害者からの申請があった場合と同様である)と判断して、住民基本台帳法第20条第4項で規定されている「当該申出を相当と認めるとき」に該当しないとして戸籍附票の写しを交付しないとする処分(交付拒否処分)をしました。
 なお、この際、Y市長はXに対して、B女につきDV被害者支援措置が開始されているという事実は説明しないままでの交付拒否処分をしていました。
 弁護士Xは、Y市を相手に、本件交付拒否処分は裁量権の逸脱・濫用であり違法であるとして、交付拒否処分の取り消しを求める行政訴訟を提起しました。

2.結論の分かれた判例
 さて、Y市長がDV加害者(A男)の代理人弁護士Xの戸籍附票の写しの交付申請を、A男の交付申請と同じであるとして、住民基本台帳事務処理要領の定める取り扱いに基づき交付拒否したことは、違法なのでしょうか。自治体の現場としては、戸籍附票の写しについて権利行使や義務履行のために弁護士が職務上請求をしてきた場合の有用利用の趣旨とDV被害者の安全の保護の趣旨との対立している状況において、その交付の可否についての判断は難しいものがあると思います。
 この事案では、裁判所の結論も分かれています。一審地裁判決は、「交付拒否処分は違法であり、交付すべきであった」としていますが、二審高裁判決は、「交付拒否処分は適法であり、交付しない取扱いでよい」としています。あなたは、どちらの見解を支持されますか?

(1) 和歌山地裁平成29年6月30日(判例時報2375・2376号189頁)
 一審地裁判決の要旨は次のとおりです。
 ①(違法判断基準)市町村長は、DV加害者からDV被害者の戸籍附票写し交付申出がされた場合でも、戸籍附票の写しを交付する必要性が高く、かつ被害者の保護の見地を含む諸事情を総合考慮した上で交付することに相当性が認められる場合に、支援措置を講ずることとした者(被害者)に係る戸籍の附票の写しの交付申出に対し、利用目的を適切に審査することなく、加害者による申出(又は依頼者が加害者である申出)であることのみを理由に戸籍の附票の写しの交付を安易に拒絶することは、住民基本台帳法の解釈として許される裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとして違法となる。
 ②(比較考量事情)A男は、離婚和解条項で定められた仏壇・タンス等の引取りが実現する前に、B女が代理人弁護士との委任関係を終了したことからB女への連絡手段を失っており、代理人弁護士Xが戸籍の附票の写しを取得することによりB女の住所を知る以外にB女と仏壇等の引渡しの協議をし又は提訴する方法はないことから、Xが戸籍の附票の写しを取得する必要性は高い。
 他方、B女は、離婚和解において仏壇等の授受についてA男と協議する旨合意しているから、A男又はその代理人と協議できる状況を整える信義則上の義務があるのに、自分の代理人弁護士を解任して以降、A男側と連絡を絶って、協議することを拒絶している。(B女の保護性は弱いと判断している?)
 従って、A男は住民基本台帳法第20条第3項第1号の「自己の義務を履行するために戸籍の附票の記載事項を確認する必要がある者」に該当し、その代理人であるXにおいて戸籍の附票の写しの交付を受ける必要性が高く、交付することに相当性が認められる。
 ③(行政裁量行為での調査不足)Xは弁護士であり、基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする法律専門職であることからすれば、加害者の親族等などの弁護士以外の代理人からの場合と異なり、Y市長は、Xに対して、B女が支援措置の対象者であることを伝えた上で、B女の戸籍の附票の写しをA男に交付しないという方法やB女の住所をA男に伝えないように誓約してもらう等の方法により、被害者の保護に支障が生じないようにして戸籍の附票の写しの交付申出の目的を達することも可能であったにもかかわらず、Xに有用使用の目的等につき何ら質問や調査もせずに、本件処分(交付拒否)をしているのであるから、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとして違法というほかない。
 なお、本件では、申出書に「離婚訴訟代理業務」「離婚裁判の後処理のためにB女と連絡を取る必要があるがB女が所在不明となった」と記載されているのであるから、事務処理要領第6の10コ(イ)の「申出に特別の必要が認められる場合」にあたる事情が存する可能性について容易に予測できたのであるから事実確認をする必要性が高かったと言える。

(2) 大阪高裁平成30年1月26日(判例時報2375・2376号182頁)
 一審地裁判決に対して、住民基本台帳事務処理要領による取扱いを重視し、DV加害者の代理人弁護士による戸籍附票の写しの交付申請もDV加害者本人による申請に準じて取り扱うという解釈をして、DV被害者としての支援対象者に支援措置の必要性があるので、交付拒否は適法であるとしています。二審高裁判決の要旨は次のとおりです。
 ①(事務取扱要領の法的拘束性)住民基本台帳法第3条では「市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と定められており、住民に関する記録の適正な管理を図り、住民のプライバシー保護に配慮することは、市町村長の基本的な責務であり、市町村長はその責務を果たすため必要な措置を講ずるように努めなければならないのであり、他方、同法第31条第1項で「国は都道府県及び市町村に対し、都道府県は市町村に対し、この法律の目的を達成するため、この法律の規定により都道府県又は市町村が処理する事務について、必要な指導を行うものとする。」と定められていることから、DV被害者等への支援措置の運用に関しては、国より事務処理要領が定められているのであるから、各市町村長は、その定めが明らかに法令の解釈を誤っているなどの特段の事情がない限り、これにより事務処理を行うことが法律上求められているといえる。
 事務処理要領第6の10によれば、市町村長はDV被害者等の保護を目的として、住民基本台帳法第20条第4項等に基づき支援措置を講ずるものとされ、加害者とされている者からの戸籍附票の写しの交付申出については、原則として同条第3項各号に掲げる者に該当しないとして同法に基づきこれを拒むとするものであり(平成16年5月31日総行市第218号質疑応答)、これは、住民のプライバシー保護に配慮する住基法の目的に合致すると共に、DV被害者の適切な保護を図る責務を果たすという配偶者暴力防止法第2条、第9条の観点からも合理性を有するものであるから、事務処理要領第6の10は住基法の解釈を誤ったものということはできない。従って、市町村長はDV被害者等に係る戸籍の附票の写しの交付については、事務処理要領第6の10に従って運用し、裁量権を行使すべきこととなる。
 ②(裁量判断~比較考量~)加害者から依頼を受けたことが明らかな代理人弁護士からの戸籍の附票の写しの交付申出は、加害者本人からの申出がなされた場合に準じて扱われるべきであり、支援措置としての戸籍附票の写しの交付誓約は、支援対象者(被害者)について支援措置の必要性がある場合に、戸籍の附票の写しの記載が加害者に知られることにより、支援対象者の生命又は身体に危険が及ぶ可能性をできる限り排除しようとするためのものであり、目的達成の手段として不相応な制約ということはできない。
 本件申出書に記載された利用目的は、訴訟事件の事後処理のためにB女と連絡を取る必要がある(仏壇等の引取りの協議をするための連絡)というにすぎず、本件申出以後の確認では、B女はA男の代理人弁護士Xから連絡を受けることすら拒否しており、その結果、代理人弁護士に対して戸籍の附票の写しを交付することは相当でないとして、交付拒否した本件処分は、Y市長の裁量権を逸脱し、濫用したものということはできない。
 ③(結論)原判決は相当でないから、本件控訴に基づき原判決を取消し、A男代理人弁護士Xの請求を棄却する。

3.地方自治体担当者の苦悩と基本的な対応について
 地方自治体の業務には、市民の紛争当事者の一方と他方から挟み撃ちの状態になる業務が多くあります。本件のように、事後的に判断できる裁判においてさえ、考え方や結論が異なる事案を、地方自治体の担当者は的確に判断して戸籍付票の写しの交付をするか拒否をするかを決める立場に立ちます。判断に困る場合には、基本的には立ち止まる形での処理(本件では拒否しておく)でいいのではないかと思います。
 そのことで、後に裁判で拒否したことが違法であると判断されたとしても、それは担当者個人の責任ではないと考えられます。その判断は法的にも難しい場合には、仮に拒否処分が違法だと判断されたとしても、判例上は、当該公務員には不法行為としての故意又は過失がないという認定がなされ、結局国家賠償法による賠償請求は認められないことが多くあるからです。



以  上

住民基本台帳事務処理とDV被害者の支援措置①~DV加害者の代理人弁護士からの戸籍附票写しの交付申請があった場合の対応~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.住民基本台帳法による戸籍附票交付請求制度
 戸籍附票には、戸籍記載者の住所履歴や現在の住所が記載されていますが、誰でも自由に戸籍附票の写しの交付を受けられるわけではありません。住民基本台帳法第20条では、「戸籍の附票に記録されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属」(同条第1項)の他、「戸籍の附票の記載事項を利用する正当な理由がある者」(同条第3項第3号)、「特定事務受任者(弁護士・弁護士法人・司法書士等)から、受任している事件又は事務の依頼者が前項各号に掲げる者に該当することを理由として、戸籍の附票の写しが必要である旨の申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、当該特定事務受任者に当該戸籍の附票の写しを交付することができる。」(同条第4項、第12条の3第3項)とあり、弁護士も依頼者から具体的事件の受任している場合で必要性がある場合には、市町村長に対して、第三者の戸籍附票の写しの交付申請をして、第三者の居住先等を知ることができる仕組みになっています。

2.具体的事案
 次のような場合には、市町村長は、代理人弁護士による戸籍附票写しの交付請求に応じることができるのでしょうか。それとも交付拒否をすべきでしょうか。
(1)A男とB女は夫婦であり、A男のB女に対する暴力による夫婦不和により、B女の避難別居(居所を明らかにしない)状態での離婚訴訟の末、離婚和解が成立した。
(2)和解条項で「A男は和解成立後、A男宅にあるB女先祖の仏壇や衣類・タンス等をB女が引き取ることを認め、引取り日時・場所等は別途協議して定める」とあったので、B女との協議を試みたが、和解離婚時のB女の代理人弁護士から「訴訟終了によりB女との委任関係はなくなるので、今後はB女と直接連絡して協議して欲しい」と言われていたことから、B女の弁護士を通じて協議ができなくなり、B女の住所を調査する必要があった。
(3)A男は、離婚訴訟の代理人であったX弁護士に、B女の住所調査を依頼し、X弁護士は、請求者をXとする交付請求書(「離婚訴訟代理業務)依頼者A男)によりB女にかかる戸籍附票の写しの交付請求をした。
(4)B女は、離婚訴訟前からY市に対しDV被害者としての支援措置の実施を求める申出をし、Y市長は警察署等の第三者機関から意見を聴取し、B女に対しDV被害者としての支援措置を開始していた。B女は訴訟後も支援措置ないしその延長を受けたい旨を申し出ると共に、A男の代理人弁護士からの連絡を受けることも拒否する旨の連絡をしている。また、B女は裁判所の離婚和解時において、仏壇等の引取り協議はしないままでよいとの意向を示している。

3.DV被害者に対する支援措置とは?
 配偶者でなくなった者の戸籍附票の写し交付申請要件の「正当な理由」や職務上の請求要件の「相当と認めるとき」の解釈に影響を与えるものとして、平成16年5月31日「住民基本台帳事務処理要領の一部改正について(通知)」(法務省民一第1581号)による「ドメスティック・バイオレンス及びストーカー行為等の被害者を保護するための支援措置」制度があります(いわゆる「DV被害者等支援措置」)。
 これは、配偶者等から暴力等を受けて、警察等の第三者機関により警告や保護命令等が実施されている被害者に支援措置申出があった場合に、市町村長が住民票や戸籍附票写し等の本人以外からの交付申請に対して、市町村長が、その使用目的等の厳格な審査を行って交付するか否かを検討し交付拒否する場合があるという制度です。その結果、DV等の被害防止のために、DV加害者等に対しては交付申請要件の「正当な理由」や職務上の請求要件の「相当と認めるとき」に該当しないとして、戸籍附票の写しの交付を拒否し、被害者の現在の住所・居所等を知らせないという運用がなされることになります。

4.問題点
 このような「支援措置」を行っているB女に対して、DV加害者であるA男の代理人弁護士(Ⅹ)から、B女がどこに住んでいるかの判明する戸籍附票の写しの交付申請があった場合、市町村の担当者は、どう対応すべきなのでしょう。
 住民基本台帳事務処理要領の第六の10にその支援措置に関する以下のような規定があります。
支援措置
(ア) 住民基本台帳の一部の写しの閲覧の申出に係る支援措置
A 市町村長は、支援対象者に係る住民基本台帳の一部の写しの閲覧について、以下のように取り扱う。
  (A) 加害者が判明しており、加害者から申出がなされる場合(閲覧者、閲覧事項取扱者の中に、加害者が含まれている場合を含む。)
   法第11条の2第1項各号に掲げる活動に該当しないとして申出を拒否する。
  (B) 支援対象者本人から申出がなされた場合
  支援対象者本人からの閲覧の申出については、対象となる住民が氏名等により特定されているものであるため、閲覧制度ではなく、住民票の写しの交付制度により対応することが適当である。
  (C) その他の第三者から申出がなされた場合
  加害者が第三者になりすまして行う申出に対し閲覧させることがないよう、十分留意して厳格に本人確認を行うことが適当である。
  また、加害者の依頼を受けた第三者からの閲覧に対し閲覧させることがないよう、利用の目的等について十分留意して厳格な審査を行うことが適当である。
  なお、加害者が国又は地方公共団体の機関の職員になりすまして閲覧を請求することも考えられるため、法第11条に基づく請求であっても、閲覧者については、十分留意して厳格に本人確認を行うことが適当である。
B 市町村長は、その判断により、閲覧申出において特別の申出がない場合には、支援対象者を除く申出であるとみなし、支援対象者に係る部分を除外又は抹消した住民基本台帳の一部の写しを閲覧に供することとして差し支えない。なお、この場合、市町村長は、閲覧申出用紙に明記する等により、あらかじめその旨を申出者に明らかにする。
  ただし、このような取扱いをする場合にでも、国又は地方公共団体の機関による請求の場合及びその他の者による支援対象者に係る閲覧を求める特別の申出の場合には、Aの例により取り扱う。
(イ) 住民票の写し等及び戸籍の附票の写しの交付又は申出に係る支援措置
 市町村長は、支援対象者に係る住民票(世帯を単位とする住民票を作成している場合にあっては、支援対象者に係る部分。また、消除された住民票及び改製前の住民票を含む)の写し等及び戸籍の附票(支援対象者に係る部分。また、消除された戸籍の附票及び改製前の戸籍の附票を含む )の写しの交付について、以下のように取り扱う。
(A) 加害者が判明しており、加害者から請求又は申出がなされた場合
  不当な目的があるものとして請求を拒否し、又は法第12条の3第1項各号に掲げる者に該当しないとして申出を拒否する。
  ただし、(ア)-A-(C)に準じて請求事由又は利用目的をより厳格に審査した結果、請求又は申出に特別の必要があると認められる場合には、交付する必要がある機関等から交付請求を受ける、加害者の了解を得て交付する必要がある機関等に市町村長が交付する、又は支援対象者から交付請求を受けるなどの方法により、加害者に交付せず目的を達成することが望ましい。
(B) 支援対象者本人から請求がなされた場合
  加害者が支援対象者本人になりすまして行う請求に対する交付を防ぐため、代理人若しくは使者又は郵便等による請求を認めないこととする。ただし、特別の必要がある場合には、あらかじめ代理人又は使者を支援対象者と取り決める、支援対象者に確認をとるなどの措置を講じた上で、請求を認めることとする。
  また、第2-4-(1)-①-ア-(イ)に準じて本人確認をより厳格に行う。
  ただし、市町村長が当該措置を不要と認める者については、この限りでない。
(C) その他の第三者から申出がなされた場合
  加害者が第三者になりすまして行う請求に対する交付を防ぐため、第2-4-(1)-①-ア-(イ)に準じて本人確認をより厳格に行う。また、加害者の依頼を受けた第三者からの請求に対する交付を防ぐため 、(ア)―A―(C)に準じて利用目的についてもより厳格な審査を行う。
  ただし、市町村長がこれらの措置を不要と認める者については、この限りでない。

5.この事務処理要領によれば、本件具体的事案の場合には、A男や弁護士Xにおいては提出先のある事案ではないので、(イ)-(A)のただし書きの「請求事由をより厳格に審査した結果、請求に特別の必要があると認められる場合でも、加害者に交付せず目的を達成することが望ましい。」との原則からすれば、加害者代理人弁護士(X)にも交付しないか、または、代理人弁護士(X)のみの範囲で使用し、加害者A男には知らせないという制限付きで交付するということを検討することになるでしょう。
 次回、実際の裁判ではどういう結論になったかを論じていきます(次号に続く)



以  上



公務災害補償における通勤災害の「逸脱・中断」の例外とは?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<事例>
 Aさんは、普通自動二輪車での通勤途上、通勤道路沿線にあるコンビニエンスストアに立ち寄り当日の昼食を購入し、同店舗の駐車場から通勤道路に入ろうとした際に、駐車場内で自動車と衝突し、普通自動二輪車ごと転倒し左膝関節骨折等の怪我を負った。通勤災害として治療費・休業損害の補償を受けられるか。

1.お正月も終わり、御用始め・仕事始めと共に通勤生活が始まりましたが、朝方の通勤時には多くの通勤者がコーヒーや軽食を求めてコンビニエンスストアに立ち寄る姿を見かけます。
 今回は、公務員の公務災害補償制度における通勤災害について学んでおきましょう。
(1)地方公務員災害補償法で、次のような定めがあります。
第1条「地方公務員等の公務上の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう。以下同じ。)又は通勤による災害に対する補償(以下「補償」という。)の迅速かつ公正な実施を確保する」(一部省略)
第2条第2項「この法律で「通勤」とは、職員が、勤務のため、次に掲げる移動(代表的なものとして「一 住居と勤務場所との間の往復」が挙げられている)を、合理的な経路及び方法により行うことをいう」(一部省略)
同条第3項「職員が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合には、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、同項の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて総務省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。」
(2)これを分かりやすくまとめると、次のようになります。
 ① 通勤災害と認められるためには、公務員が勤務の為、住居と勤務場所との間を合理的な経路及び方法により往復することにより当該災害(事故等)が発生したものでなければなりません。
 ② 合理的な往復の経路であっても、「逸脱」又は「中断」した場合には、逸脱又は中断した間はもちろん、その後通常の往復経路に戻った場合でも通勤災害にはなりません。
 ③ しかし、経路からの「逸脱又は中断」が「日常生活上必要な行為であって、やむを得ない事由により行うための必要最小限度のものである場合(地方公務員災害補償法施行規則第1条の5「日用品の購入その他これに準ずる行為」等)には、当該逸脱又は中断の間を除いて、通勤災害と認められます。
(3)さらに解釈を細かく検討してみましょう。
 ① 「逸脱」とは、通勤とは関係のない目的で合理的な経路から逸れることをいい、「中断」とは、合理的な経路上において、通勤目的から離れた行為を行うことをいいます。したがって、通勤の途中で劇場に寄って映画を見たり、酒屋で一杯飲みをしたりする場合は、逸脱又は中断に該当し、当該逸脱又は中断後は通勤とはみなされません。
 ② 地方公務員災害補償法施行規則の「日用品の購入その他これに準ずる行為」とは、飲食料品、衣料品、家庭用燃料品など、職員又はその家族が日常生活の用に充てるものであって、日常しばしば購入するものを購入する行為、又は家庭生活上必要な行為であり、かつ、日常行われ、所要時間も短時間であるなど、前記日用品の購入と同程度に評価できる行為をいいます。したがって、日用品の購入のほか、独身職員が通勤途中で食事をする場合、理髪店、美容院へ行く場合などがこれに該当するとされる余地もあります。

2.本件事案の検討
(1)本件事案では、Aさんは、当日の昼食を購入するためにコンビニエンスストアに立ち寄っていますので、通勤とは関係のない目的で合理的な経路から逸れており、「逸脱」「中断」に該当しますので、本来は通勤災害にはなりません。
(2)次に、例外の「日常生活上必要な行為であって総務省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合」「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当しないでしょうか。
  公務災害補償基金本部裁決例では、「例えば、通勤途上で尿意をもよおしたためにトイレを借用する目的でコンビニエンスストアに立ち寄ったり、喉の渇きを癒すために水分を補給する目的で立ち寄ったりした場合には、人の生理的な理由があり、必要最小限度の「ささいな行為」と言えるものであり「通勤に伴う合理的必要行為」と認められるが、本件の場合には、早朝の通勤途上で当日の昼食を購入する目的でコンビニエンスストアに立ち寄ったものであり、生理的な理由とは異なり、「通勤に伴う合理的必要行為」でもなく「ささいな行為」でもない。」と判断しているものがあります(災害補償2021年10月No.570―33頁)
  しかし、Aさんの当日の昼食の購入は、上記の例で示したように、地方公務員災害補償法施行規則で示される「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当している点で、通勤災害の適用はあると解釈すべきでしょう。しかしながら、次の点を更に検討しなければなりませんので、まだ通勤災害の適用があるとは断定できません。
(3)通勤災害として適用されるために検討しなければならないのが、災害を受けた場所です。「逸脱」「中断」の場合、通勤災害として適用されるのは、その後通常の経路に戻り、その経路上で災害を受けた場合に限定されています(法第2条第3項は「当該逸脱又は中断の間を除き」としています。)。本件の場合、災害を受けた場所は駐車場内であり、通常の経路に戻っていないため、まだ「当該逸脱又は中断の間」の災害ということになります。そのため、本件事例の場合には、災害時と災害場所の関係で、通勤災害にはならないことになります。
(4)結論:Aさんは、通勤災害としての補償を受けることはできません。



以  上

<お正月と法律>年賀状を見て思ったこと~文書の訂正 印影の訂正~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(相談)
 あけましておめでとうございます。年賀状もパソコン等でにぎやかに作成されたものが多くなり、毛筆やペン字での手書きのものはすっかり少なくなりました。手書きのため文字を訂正した年賀状も昔は何通かもらったものです。今年の年賀状を見て思ったのですが、パソコン利用で文章の書き直しは何度でも自由にできるので、訂正のある書面は一般的な書面としても全く見かけないようになりましたね。
 ところで、パソコン利用の文書でも、書き直しせずに訂正して契約書などとして官公庁に提出したり、法律的な文書で手書きが求められている書面で訂正したりする場合もあるやに聞いています。契約書の記名の訂正、押印の訂正について、正しい訂正方法があれば、教示されたい。

(回答)
 「文書の訂正」ということで、最初に法律上のことで申し上げておきたいことは、年賀状はパソコンを利用して作成してもいいのですが、遺言状は「自筆(手書き)」でないといけないということです。自筆遺言状(正式には「自筆証書遺言」といいます)をパソコンで書き、無効な遺言状となった例(判例:東京高裁平成13年11月28日判決―判例時報1780号104頁)もあります。
 自筆遺言状の字句の訂正方法については、民法第968条第3項に「自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」とありますが、この規定の他に文書や印影の過誤訂正方法を定めた法律や通達等はないようです。
 そもそも、押印制度は、中国・日本などの一部の慣行として維持されてきているもので、印鑑登録制度以外に法的に定められたものはないようです。
 従って、一般的な文書や契約書等の押印の訂正方法について法的に正しい方法というものはないと言わざるを得ません。
 但し、社会慣例として、公文書においても私文書においても、文書の過誤はそれぞれの分野での慣例に従った方法で行われていますので、慣例上求められる方式はあります。
 一般的には、上記の遺言状の過誤訂正(加除)の方法に準じて、「二重線で消したその上部に正しい文字や数字を書き加える。訂正部分の近くの欄外あるいはページの上段の欄外に訂正した行、削除した字数と書き加えた字数を「○行目、○字削除、○字加筆」のようにして記載する。その後に記載した削除、加筆の字数の横または下に契約当事者双方が署名、押印で使用した印鑑と同じもので訂正印を押印する。」というのが最も厳格な方法であろうと思われます。記名部分の訂正はこの方法となるでしょう。
 契約者双方が作成したものとなる契約書では、双方が同じ契約書を所持するので、抹消した人の印鑑だけで訂正してもいいのですが、後の争いが無いようにするには、契約者双方の押印をしておくべきでしょう。
 「印影」の訂正方法としても、上記の文書の訂正方法に準じて、訂正したい「印影」の上に二重線を引き、余白に「印影を削除した」と記載して、契約者の正しい印影(契約書の場合には契約者双方の印影)を押印する、という方法になるでしょう。
 そうなると、昨今のコロナ禍のリモートワークの影響で打ち出された「官公署届出等での押印廃止」(令和2年7月7日付総務省自治行政局長通知「地方公共団体における書面規制、押印、対面規制の見直しについて」等)が問題になります。文書に印鑑・印影が不要であれば、文書の訂正として「印影」が押印できないし、押印しても全く意味がなくなるからです。
 しかし、私は、この点は特に影響しないのではないかと思います。文書の訂正方法としては、契約書の場合には、契約者同士が「訂正していること」を承知していれば良いのであって、双方が合意した訂正方法(例えば、訂正したい印影に×印を付けるとか、×印を付けた印影は削除したものであるとの付記をするだけ)であれば、問題はありませんし、敢えて印鑑や印影を必要とするものではないからです。
 もっとも、文書による契約書において将来の争いが全く生じないようにしたい場合には、「文書や印影の訂正」ではなく、「新たに別個の文書を作成し直す」ということが求められます。
 公文書の場合も、基本的には、文書決裁後の訂正は認めない(修正のための決裁文書を起案する)との内閣府大臣官房公文書管理課長通達(平成30年8月 10 日 府公第172号)がありますので、文書は「訂正」ではなく、「作成し直す」ことを基本にすればいいわけです。
 お正月は、「年を改める」こと。新しい1年を作っていくのですから、「旧年を訂正」する方法(=コロナ禍の収束)ではなく、「新年を作成」する方法(=コロナ禍の終息)で良い年が迎えられるといいですね。   



以  上

遺産となる預金を勝手に使った者が得をする?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<事例>
 被相続人甲には、長男Aと長女Bの2人の子供がいました。Aは結婚して被相続人の隣に住んでおり、Bは嫁いだので、親である甲の元気な姿を見るために時々甲宅を訪問し話し相手になっていました。甲が死亡した際に、BはAから「甲の遺産として預金通帳にも何も残されておらず、分けるものがない。」と言われましたが、通帳取引経歴を調べてみると、甲が死亡する1年前に400万円がAの銀行口座に振り込まれており、その後半年間で、更に合計500万円が引き出されていました。1年前の400万円は子供の大学進学費用として甲がAに贈与したものであり、その後の合計500万円について、Aは「自分は引き出していないし使っていない。」と主張していましたが、裁判の結果、1年前の贈与400万円は有効と認められ、その後の使途不明金500万円についてはAが勝手に取得したものとして、その500万円分のうちBの法定相続分はAの不当利得になるとして、250万円をBに支払うこととなり、Bが勝訴しました。
 しかし、本来なら使途不明金500万円の預金が残っていたことになり、遺産分割協議を行えば、Aには1年前の400万円贈与という「特別受益」があるので、Bの取り分が250万円より多くなるのですが、250万円より多くもらうことができるでしょうか?

<解 説>
1.検討課題の説明
 今回は、お金の計算のクイズみたいな事例です。
 甲には、死亡1年前の時点で900万円の預金があったわけですが、そのうち、Aに400万円贈与し、更にAが500万円を勝手に引き出して使い、甲の死亡時点では、何の遺産も残っていなかったという事例になります。
 本来は、甲の遺産としては900万円あったので、それが死亡時まで残されていれば、Aが450万円、Bが450万円の遺産を取得することになるものです。(なお、遺留分としても各自225万円の権利を有しています。)
 しかしながら、死亡前にAへの生前贈与400万円、Aの使途不明不当利得500万円があったことから、Bの相続の権利(相続分450万円、遺留分225万円)は変わらずに確保されるものなのかを検討していきたいと思います。

2.400万円の贈与による不平等の修正
 相続人(子の相続)の均等相続の原則(民法第900条第4号)から、他方の子供に生前贈与がなされている場合に、死亡時に実際の遺産が残っていれば、遺産分割協議がなされ、その分割計算方法として、「特別受益」が問題になります。特別受益とは、相続人が被相続人から生前に贈与を受けていたり、相続開始後に遺贈を受けていたり、被相続人から特別に利益を受けていることを言います。特別受益を受けたものが共同相続人の中にいる場合に法定相続分通りに相続分を計算すると、不公平な相続になってしまいます。このような不公平な状態を是正するため民法第903条で特別受益がある場合の相続分の計算が規定されています。Aへの400万円贈与は「特別受益」になります。民法第903条によって、特別受益分400万円は遺産に算入され、本件の場合には、400万円が遺産分割対象となり、Bは法定相続分1/2の200万円を取得し、使途不明金返還分250万円と合わせれば本来の相続分450万円が取得できることになります。
 しかしながら、この点については、相続時に「現実の遺産」が残っていなかった場合に、そもそも遺産分割手続きができるか?という大前提の問題があります。遺産分割手続きは死亡時に存在する相続人の相続「共有」状態の遺産を分割する手続きだからです。

3.使途不明金に関する遺産性
 Bの立場から、「現実の遺産」としては使途不明金分の金銭が残っていたはずであるという主張が考えられますが、使途不明金の問題は、そもそも遺産としてはどういう性格のものになるのでしょうか?
 この点については、現実の預金として残っていない以上は、「預金」としての遺産とは言えません。「預金」としての遺産分割手続きはできません。
 使途不明金の問題は、そもそもAが甲の生存中に、甲に無断で甲の預金からお金を引き出し使ったという横領又は窃盗等の犯罪行為に類するものであり、甲はに対して、民法上の不法行為としての損害賠償請求権(民法第709条)又は不当利得返還請求権(民法第703条)という「債権」を有している状態であり、「甲のAに対する金銭債権」という「債権」の遺産ということになります。
 そうであれば、「債権」としての遺産分割手続きができるのではないかということになりますが、これについては、最高裁昭和29年4月8日判決-判例タイムズ40-20等で「相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する。」とされ、「損害賠償請求等の金銭債権は可分債権であり、各相続人の分割単独債権となり共有関係には立つものではない。」とされており(なお、この分割債権性は、預金の共有関係を認めた最高裁平成28年12月19日大法廷決定―判例時報2333-68においても変更されていない)、その結果、使途不明金の不法行為損害賠償請求権又は不当利得返還請求権の可分債権は、相続と同時にすでに分割済みであり、遺産分割の対象にはならないということが確定しています。ただし、相続人全員の同意があれば、遺産分割手続きの対象とすることができるという裁判所の運用例があります。(最高裁昭和54年2月22日判決等)
 従って、Bとしては、使途不明金に関する遺産分割は、Aの同意がない以上は遺産分割手続きをすることができませんので、Aの特別受益を考慮した平等な分配を求めることができないという状態になります。

4.遺留分減殺の方法からの検討
 Bは、遺産分割すべき遺産が無いという状態なのであれば、相続すべき遺産がなく、自分の遺留分が侵害されたのではないかということから、遺留分侵害分の返還(又は損害賠償)をAに求めることを検討することになります(民法第1046条)。
 遺留分とは、「相続人が一定の割合の受け取りを法律上で保証されている相続財産の取り分」のことですが、民法第1042条により、Bは生前贈与及び使途不明金等を相続財産とした900万円全体について法定相続分(1/2)の更に1/2の遺留分権を有しています。それを金額に換算すれば、900万円×1/2×1/2=225万円になります。
 問題は、Bにおいて遺留分額225万円が侵害されているかどうかですが、Bは使途不明金の裁判で250万円勝訴していますので、遺留分225万円以上の相続財産を取得できていることとなり、遺留分は侵害されていないことになりますので、残念ながら、遺留分を加えて、250万円以上を請求できる根拠にはなりません。

5.結論
 以上の検討の結果、本来の900万円の遺産が残っていれば、Aが450万円、Bも450万円の平等分割できたものが、Aへの生前贈与と、使途不明引き出しというAの行為により、最終的には、Aが400+250=650万円、B使途不明金返還分250万円のみという不平等な結果が生じてしまうことになります。
 それで、表題を「遺産となる預金を勝手に使った者が得をする?」としたのですが、この不平等な結果の原因は、相続人全員が使途不明金を遺産分割の対象とすることに合意しないと、原則として遺産分割事件において解決をすることができないという手続き上の制約に基づくものであり、これをやむを得ないと考えるのか、遺産分割手続きの対象範囲を広げる法改正を図るべきと考えるか、あなたはどちらでしょうか?
(なお、民法改正により民法第906条の2により「遺産分割前の遺産処分」に関する「みなし遺産」規定が設けられていますが、これは「遺産相続後の遺産分割前の遺産処分」の意味に限定され、遺産相続前の遺産処分の場合には適用がないと解釈されていますので、この問題はまだ解決されていません。)
 以上の経過からして、遺産となる預金を勝手に使ったAのほうが得をするということになりそうですが、Aは、「500万円を勝手に引き出している」ということになると、遺産分割上は有利になっても、刑事上の問題としては、「勝手に引き出して取得したもの」として、窃盗罪又は横領罪の刑事犯罪になり、懲役等の刑事上の処罰を受けて、その結果、損害を受けた者(甲又はB)に対する損害賠償義務を負いますので、結局は、刑事上の処罰を受ける分、非常に「損をする」という結論になります。
 



以  上

田舎の土地の登記手続を放置していてもよいか?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(相談内容)
 私は宮崎県内の片田舎のN町で農家の長男として生まれ育ちましたが、公務員となって家庭も持ち東京で生活しています。N町に住んでいた両親が亡くなり、私が成人したとき(昭和60年)に生前贈与を受けて私の所有名義に移転登記した家・屋敷(不動産所在地はN町、所有者である私の登記上の住所は、学生時代のF市ののまま)の不動産と、父が平成30年に死亡した際の相続財産である農地と駐車場になっている雑種地(不動産所在地N町)がありますが、兄弟姉妹が多いのですが、誰も「田舎(N町) の土地は要らない」と言っていて、父や母からの相続登記をしていないままです。不動産登記はこのまま放置していても構わないでしょうか?
(ご回答)
 1 わが国においては、すでに少子高齢社会が始まっていますが、全体的な人口減少により、田舎では誰も住んでいない「限界集落」地域が発生していくと言われています。誰も住まないのであれば田舎の土地は無用の長物となり、かつては相続財産としてプラス財産の中でも最も価値のあった不動産ですが、これからは、固定資産税や賦課金等の負担や管理費用だけが生じるマイナス財産(負債)になっていくのではないかと思われる状況が発生しています。ご相談者のように、相続財産として誰も田舎の土地は要らないと言っている状況は、そのことを示しています。

 2 不動産の登記制度は、本来は価値ある不動産の所有者を明記することにより第三者に対する公示力及び対抗力(民法第177条等)によって権利者を保護することを目的とする制度であります。また、建物の新築時に行う『建物表題登記』、建物を取り壊した際に行う『滅失登記』及び土地の地目が変わった場合の『地目変更登記』などのいわゆる「表示に関する登記(表示登記)」に関しては過料制裁による登記義務が定められていますが(不動産登記法第164条)、所有権移転登記(相続登記も含む)、住所変更登記、所有権保存登記などの「権利に関する登記(権利登記)」については、不動産権利者(所有者等)の権利であり不動産権利者(所有者等)の義務ではありませんので登記しなくても過料制裁はありません。
 今般、民法や不動産登記法等の改正法律が成立(令和3年4月21日)しました。改正前の不動産登記法上は、相続登記も住所変更登記も「権利登記」ですから、そのまま放置していても構わなかったのですが、今後は「権利の登記」の放置は過料制裁の問題になります。

 3 この不動産登記法の改正により、「相続登記」と「登記名義人の住所変更登記」は義務化されましたので、登記手続きを放置していると、「相続登記」の場合には10万円以下の過料制裁、「住所変更登記」の場合には、5万円以下の過料制裁を受けることになりますので、放置したままではいけないことになります。

 なぜ、これらの登記手続きだけを義務化したのかと言いますと、昨今、不動産登記簿を見ただけでは所有者が直ちに判明できないような土地や、所有者が判明しても住所地に所有者が所在せず所在不明で連絡できないような土地(これを「所有者不明土地」と言います。)が、全国土の22%にまで及んでいて(平成29年国交省調査)、公共事業用地買収等の手続きが円滑に進まない状況や、土地管理が全くなされず荒れ地となって近隣や地域に悪影響を与えるなどの社会問題が生じていることから、登記に関する法制度を整備する必要があったからです。
 そこで、過料制裁を加えるという形で、「不動産を取得した者は、取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をする」(改正不動産登記法第76条の2)、「氏名や住所等に変更があったときは、登記名義人は変更した日から2年以内に変更登記の申請をする」(同法第76条の5)という定めに改正されました。
 相続登記義務化は令和6年4月までに施行され、住所等変更登記義務化は令和8年4月までに施行される予定ですので、まだ3年程先の話ですが、対応の準備をしておく必要があります。
 ご相談への回答としては、「田舎の土地や建物の登記手続は放置しないで確実に手続きをしましょう。」ということになります。

4 相続土地国庫帰属制度の導入について
 最後に、相続した土地について誰も不要だとして所有者が決まらない場合の対処方法として「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(相続土地国庫帰属法)が制定されたことをお話しておきます。
 ご相談者の場合のように、相続登記がなされず放置されている土地が増加している原因の一つとして、相続人各自が相続した土地の利用を希望しないケースが増えています。現在の法制度としては不動産の所有権放棄は原則として認められていないことから、結果として土地の所有権等の権利が残りながら権利者が不在のままで登記も管理も放置されていくわけです。
 そこで、相続又は遺贈により取得した土地の所有権を持ちたくない場合には、国庫(国の所有)に帰属させるという制度を創設しました。しかし、これには次の要件が必要で、どんな土地であっても国が引き取ってあげるという制度ではありません。
  ①土地所有権の管理を阻害するような要素や争いのある土地や管理に過分の費用や労力を要しない土地であること
  ②10年分の土地管理相当額の負担金を納めること
 この要件は、国はまっさらの土地で、かつ買い取ってくれるのではなく、国庫納入負担金10年分を払ってもらえば土地を国が引き取ってあげます、という制度ですから、冒頭に申し上げた、相続する田舎の無用な土地は、相続土地国庫帰属制度を利用したとしても負担だけ負うマイナス財産になるわけです。なお、相続土地国庫帰属制度は令和5年までには施行される予定です。
 



以  上

法定外公共物の管理に関する考え方(ある法律相談から)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(相談)
 法定外公共物である水路(その形状が消失している)を挟んだ両側の土地(不動産登記法第14条第1項の地図上の水路の西側土地がA氏所有地、水路の東側土地がB氏所有地)の各所有者A氏とB氏とが境界争いをしており、境界の基準となる水路の位置を現地で確定するように〇〇市に強く要求している。〇〇市としては、水路を示す資料がないことから、A氏、B氏それぞれに境界確定訴訟を提起してもらって解決するしかないと訴え提起を指導しているが、どちらも自分に費用がかかる手続きはしたくないと訴え提起をせずに、〇〇市が測量等をして相手方に水路を明確に示して解決しろと要求を続けている。〇〇市としてはどういう対応をすればよいか。

(説明と回答)
1 法定外公共物とは
 道路や身の回りにある用排水路、湖沼、池沼などの公共物のうち、道路法、下水道法などの特別法によって管理の方法等が決められているものを法定公共物といいます。これに対して、道路法や河川法などが適用されないものを法定外公共物といいます。代表的なものに、里道(赤道)、水路(青道)があります。

2 法定外公共物の管理について
 法定外公共物は、すべて慣習法に基づいて管理が行われ、今日に至っていると言われています。法定外公共物でも、国が公共の用に供するものとして「国民に使用を許可しているもの」であり、国民は「使用料支払義務」の代替として「公共物を保全管理する義務」を有するとされています。公共物を保全管理するとは、公共物内に私権を設定せずに、形状や位置の変更を加えずに利用又は使用することであり、その使用の範囲を管理する(すなわち、官民境界を明示する)義務を有しているとされています。
 「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(平成11年7月16日法律第87号。以下「地方分権一括法」という。)により、法定外公共物を市町村へ譲与することになりましたが、そもそも、国有財産法第18条第1項・第6項の規定によれば、公共物は受益者(国民)が、道路は道路として、水路は水路としての使用目的を果たすことを条件として法制上無償使用が許可されているものであり、その反対給付として受益者に保全管理する義務が生じると解釈されてきたのです。
 地方分権一括法は、法制上、公共物の使用許可者が国から市町村に変更されたにすぎず、受益者の保全管理義務は変更ないので、市町村は、受益者に保全管理義務があることを指導する立場にあり、決して管理義務を負うものではないことに特徴があります。
 使用許可を受けたり使用を認められている受益者は、その使用している公共物と自己の所有地との法定境界(地租改正処分確定境界)を不動産登記法第14条第1項に基づく地図及び旧土地台帳付属地図(公図)に基づいて明示する義務を有しているとされてきたことから、決して、公共物管理権限(使用許諾権限)を有する市町村側で、「境界を示す義務」があるわけではありません。

3 本件の回答における基本的考え方(法定外公共物に関する通達等について)
 以上の見解を明示する通達や法令はないようですが、従来からそのように解釈されてきていることから、本件では、A氏及びB氏に対して、水路位置の現地での明示を〇○市がしなければならい義務はないと言えます。受益者兼隣接地所有者であるA氏とB氏が境界確定訴訟等で私権行使をすれば足りる話だと考えられます。

4 境界確定訴訟について
 なお、境界確定訴訟は、形式的形成訴訟という性質の裁判になるのですが、形式的形成訴訟は、当事者の提出する証拠に基づいて当事者の主張で求められた範囲内で裁判する通常の民事裁判(給付裁判、実質的形成裁判)とは異なり、当事者の主張や証拠を検討し参考にはしますが、それらに何ら拘束されることなく、最終的には、裁判官の合理的判断で境界線を定めることができますので、境界の基準となる水路(法定外公共物)に関する資料や証拠もなく何ら証言できないとしても、裁判所は判決で境界線を定めることはできます。
 「水路を示す資料がないことから、A氏、B氏それぞれに境界確定訴訟を提起してもらって解決するしかないと訴え提起を指導している」というご対応でよろしいかと思います。

 出典 塚田利和「法定外公共物の成立と境界確定の実務」新日本法規(2000年)
 



以  上

「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」って、誰のことをいうのか?(その③)
 (付録)配偶者の生計維持要件について

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.問題点
 今までの2回は、「配偶者」の範囲について説明してきましたが、我が国の社会福祉生活の救済又は向上を図るための給付行政関連法令では、次の条文に示すように、「配偶者」等の給付を受けられる身分的地位以外に、「生計を維持した者」といういわゆる生計維持要件を求める規定があります。
 そこで、最後に付録として、その生計維持要件について説明いたします。
○厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)
 (未支給の保険給付)
第37条 保険給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかつたものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹又はこれらの者以外の三親等内の親族であつて、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の保険給付の支給を請求することができる。」
 (遺族)
第59条 遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者又は被保険者であつた者の配偶者、子、父母、孫又は祖父母(以下単に「配偶者」、「子」、「父母」、「孫」又は「祖父母」という。)であつて、被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時(失踪の宣告を受けた被保険者であつた者にあつては、行方不明となつた当時。以下この条において同じ。)その者によつて生計を維持したものとする。
4 第1項の規定の適用上、被保険者又は被保険者であつた者によつて生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は、政令で定める。
○同施行令
 (遺族厚生年金の生計維持の認定)
第3条の10 法第59条第1項に規定する被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によつて生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母は、当該被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であつて厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたつて有すると認められる者以外のものその他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする。

2.生計維持要件とは?
 厚年法の「生計を維持していたこと」(生計維持要件)は、施行令により「被保険者であつた者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた」という生計同一要件とされており、更に、その生計同一要件については、厚生労働省年金局長通知(平成23年3月23日「生計維持関係認定基準等取扱通知」)により次のように定められています。
(1) 次のいずれかに該当する場合
   ①「住民票上同一世帯に属しているとき」
   ②「住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき」(内縁関係を想定)
   ③「住所が住民票上異なっているが、現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき」
(2) 上記の①、②、③に該当しない場合においても、
  単身赴任、就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、
   A「生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること」
   B「定期的に音信、訪問が行われていること」
   ➡「その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められること」
(3) 上記(1)(2)の基準で生計維持関係の認定を行うことが実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、上記(1)、(2)の基準によらずに認定することができる。

3.事案の検討と判例の見解
 生計維持要件・生計同一要件について具体的な例で考えてみましょう。
○具体例
 夫婦間で、妻が夫の暴力(DV行為)から逃れるために、約30年の夫婦生活の後、約13年間別居し、住民票上の妻の住所も移転していた場合に、遺族厚生年金を受給できる「配偶者で、かつ、死亡の当時その者と生計を同じくしていた者」に該当するでしょうか。
 このような事案について、上記の生計同一要件を認定基準に従って詳細に検討した判例があります。以下、東京地方裁判所の令和元年12月19日判決を紹介します。
 この判例は、認定基準の上記2の(2)「単身赴任、就学又は病気療養等のやむを得ない事情により別居している」が、「その事情が消滅したときには、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められること」を該当性の一つとして判断しているようにも思えますが、認定基準2の(3)の「上記(1)、(2)の基準で生計維持関係の認定を行うことが実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、上記(1)、(2)の基準によらずに認定することができる。」場合の一つの例として判断したものだと解することができます。

○判例(東京地裁令和元年12月19日判決-判例秘書)
(事案の概要)
 ①原告は、昭和44年10月13日、Aと婚姻し、その後、平成15年5月15日に別居するまでの約33年間にわたり、同人と同居していた。
 ②昭和45年11月10日、双子である長男及び長女が出生したが、Aは、その頃から、原告に対してたびたび暴力を振るうようになった。
 ③Aは、平成2年頃から、原告や長女に対して頻繁に暴力を振るうようになった。(長女の右耳の鼓膜に傷害を負わせるなどしたため、長女は同年9月より家を出て一人暮らし)
 ④原告は、Aによる暴力をその後も繰り返し受け、平成11年1月21日には、Aにより顔面を殴打され、全治1か月を要する鼻骨骨折の傷害を負った。Aの暴力により身の危険を感じたとき、原告は、一時的な避難のために家を出て、長女や親戚の家に身を寄せるなどし、このような家出は複数回に上った。(家出の際、自己が管理していたAの銀行等口座から預貯金を引き出し、当面の生活費として使用したほか、いざというときのために現金で貯蓄していた)
 ⑤原告は、平成15年5月14日、Aから激しい暴力を受けた上、「明日はバットを持ってきてたたき殺すから、がん首洗って待っておけ。」と言われ、生命の危険を感じ、翌15日にAが外出している隙に長女に迎えに来てもらい、Aとの別居生活を開始した。(別居を開始する際、Aが自宅の金庫内で保管していた現金200万円(長女の婚姻時の結納金100万円、Aの母の遺産分配金100万円)を持ち出したほか、平成15年5月16日、Aの銀行口座から合計170万円を引き出したりしたが、Aは、「お金がなくなれば戻ってくれば良い」などと言うのみで、原告に対して返金を求めたことはなかった。)
 ⑥Aは、別居開始以降、原告の居場所を探して、原告の実家や熊本市内の親戚の家を訪ね、「これからも叩く。俺の言うことをきかないなら叩く。」などと言い、原告に対する暴力を反省する態度は全く見せなかった。
 ⑦原告は、Aが退職後国民健康保険にも入らず、原告も加入できていないことから、健康保険への加入の必要性を強く感じたことから、同年4月4日、自らの住民票上の住所を東京都足立区の長男の住所へ移し、さらに、長男が平成24年7月24日に千葉県鎌ケ谷市に転居した際にも、住民票上の住所を長男の転居後の住所へ移した。
 ⑧Aは、第三者への暴行・傷害2件で約3年間の懲役刑で服役し、大分刑務所を出所後、平成28年8月21日頃から同月31日頃までの間に自宅で死亡した。(Aの死亡は同年9月6日に発見され、死亡の届出は原告が行った)
 ⑨平成28年11月30日「被保険者の死亡の当時、その者によって生計を維持したもの」には該当しないという理由で、原告に対して遺族厚生年金を支給しない旨の決定がなされた。

(争点)
 本件の争点は、本件不支給処分の適法性であり、具体的には、原告が厚年法第59条第1項にいう「被保険者の死亡の当時、その者によって生計を維持したもの」(生計維持要件)に該当するかであり、さらにいえば、厚年法施行令第3条の10にいう「被保険者の死亡の当時、その者と生計を同じくしていた者」(生計同一要件)に該当するかどうかですが、遺族年金不支給という結果が、最終的には「その認定が、実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ社会通念上妥当性を欠くこととなる場合」にならないかという観点からの判断も必要になります。
 裁判所の判断(判例の内容)は次のとおりです。

(判決の骨子)
1. 厚年法59条1項が、遺族厚生年金を受けることができる遺族について、被保険者等の死亡当時、その者によって生計を維持したものであることを要する(生計維持要件)としているのは、被保険者等の死亡によって生計の途を失う者は生活保障の必要性が高いため、これを遺族厚生年金の支給対象として保護しようとするものと解される。

2. 認定基準では、「単身赴任、就学又は病気療養等のやむを得ない事情により別居しているが、生活費、療養費等の経済的な援助が行われていることや、定期的に音信、訪問が行われていることといった事実が認められ、その事情が消滅したときには、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められるとき」であれば生計同一要件を満たすものと認定し得ることとしているが、これは、当該配偶者が被保険者等と別居し、住民票上の世帯及び住所も別にしているが生計同一要件を満たすと評価できる典型的な場合について定めたものというべきであり、夫婦の在り方にも様々なものがあり得ることに照らせば、生計同一要件を満たすと評価される場合を認定基準に定める場合に限定するのは相当ではない。
 この点、認定基準総論ただし書において、認定基準の定めに従うことにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、認定基準の定めによらずに認定すべきものとしているのは、以上に説示したところと同旨をいうものとして正当というべきである。

3. 本件において、原告は、被保険者であるAの死亡当時、同人と住民票上の世帯又は住所を同一にしておらず、起居を共にしていたとも認められないため、それでもなお生計同一要件を満たすと評価できる事情があるといえるか否か(が問題である。)

4. 長男及び長女が出生した昭和45年頃から始まったAによる暴力が、次第にその頻度及び程度を増し、一時的な避難のための家出を繰り返しても事態は改善しないどころか、生命の危険を感じる事態となったことから、原告は、平成15年5月にAとの別居を開始するに至ったものであり、別居はやむを得ない事情によるものということができる。
 また、(経済面でも)別居中の原告の生計を維持するには、原告の年金収入及び長男や長女等による経済的援助だけでは足りず、同居中の夫婦財産である金銭を生活費に充てるために原告が別居時に持ち出すなどしたことについては、Aも黙認していたり、また、長期間に及ぶ別居にもかかわらず、原告又はAのいずれからも離婚に向けた働きかけがされたことはなく、原告とAとの婚姻が形骸化し、婚姻が解消されたのと同様の状態にあったとは評価することができない(状況であった)。

5. 被告は、本件が、認定基準の「生活費、療養費等の経済的な援助が行われている」場合や「定期的に音信、訪問が行われている」場合に当たらない旨を主張するが、当該認定基準は、当該配偶者が被保険者等と別居し、住民票上の世帯及び住所も別にしているが生計同一要件を満たすと評価できる典型的な場合について定めたものであり、生計同一要件を満たすと評価される場合をこれに限定するのが相当でないことを示しており、また、原告がAと長期間にわたり別居したのはAの暴力から逃れるためであるから、Aの原告に対する積極的な経済的援助や定期的な音信、訪問等が期待し得る状況になかったことは明らかであり、本件の事情の下において、これらの経済的援助や音信等がないからといって生計同一要件を認めないとすることは、厚年法施行令3条の10の解釈適用を誤るものといわざるを得ない。本件は、認定基準総論ただし書により、認定基準の定めに従うことにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しくかけ離れたものとなり社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、認定基準の定めによらずに認定すべきものとしている(場合に相当するものとして、)原告については、厚年法施行令3条の10に定める生計同一要件及び収入要件のいずれも満たすものと認められ、したがって、厚年法59条1項にいう生計維持要件を満たすものと認められるから、同項に定める遺族厚生年金を受けることができる遺族に該当する。
 そうすると、原告がこれに該当しないことを理由として遺族厚生年金を支給しないものとした本件不支給処分は違法であり、取り消されるべきである。  



以  上

「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」って、誰のことをいうのか?(その②)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 前回(1)(2)(3)に続き、今回は、我が国の給付行政関連法令での給付を受けられる地位としての「配偶者」には「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者も含む」とされているが、その範囲に同性間の婚姻(同性婚)をしている場合も含まれるのかという問題を検討していきたいと思います。

(4)同性間の婚姻(同性婚)の場合、婚姻届書が提出できなくても当該地方自治体からのパートナーシップ証明書の交付を受ける場合がありますが、この場合には、諸給付を受けられる「配偶者」ということになるのでしょうか。

 地方自治体からのパートナーシップ証明書の交付を受けている場合、同性婚夫婦の相互の権利が法的保護の対象になるかという点については、女性同士の同性婚をして地方自治体からパートナーシップ証明書の交付を受け、円満な共同生活を続けていたX子とA子に対して、男性BがA子と男女関係を結び、X子とA子との同性婚共同生活が破綻したという事案において、X子から男性Bに対して(不貞行為)慰謝料請求を認めた判例(東京高裁令和2年3月4日判決(原審:宇都宮地裁真岡支部令和元年9月18日判決)があり、同性婚も一定の法的保護を受けられるという傾向にあります。
 しかしながら、公的給付制度における「配偶者」性による受給権まで保障されるかどうかについては、次に示すように肯定説、否定説の両説がありますが、最高裁の判例はなく、現時点では名古屋地裁判例に示されるように、「我が国において同性間の共同生活関係を婚姻関係と同視し得るとの社会通念が形成されていたということはできない。」ことを理由に、「同性の犯罪被害者と共同生活関係にあった者が、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)第5第条1項第1号にいう『事実上婚姻関係と同様の事情にあった者』に該当するとまではいえない。」として、同性者の内縁関係又は同性婚の関係にある者については、公的給付を受けられる「配偶者」性は否定されています。

【1】 論説(参考)
*肯定説
 内縁法理は、単に経済的弱者を保護するための制度と捉えられるべきものではなく、広く、種々の理由から法律上の要件を満たさないために婚姻の届出をすることができない者に対して及ぼし得るものとされている。すなわち、〈ア〉婚姻適齢に達していない場合、〈イ〉再婚禁止期間中である場合といった、時の経過によって婚姻障害事由が消滅する場面において、内縁法理による保護が及ぶのはもとより、〈ウ〉重婚の禁止や〈エ〉近親婚の禁止にそれぞれ抵触する場合など、公序良俗との抵触や倫理性の点に疑義がある場合においてすら、少なくとも一定の事例では内縁法理による保護が及ぶことは判例上確立した法解釈である。このように、公序良俗との抵触や倫理性の点に疑義がある場合についてすら、内縁関係としての保護が及ぼされている状況に照らせば、同性間の共同生活関係についても、公序良俗との抵触や倫理性の点に疑義がない以上、内縁関係として保護されるべきであることは当然である。
 なお、内縁関係の定義において「夫婦」という用語が用いられることがあるが、これは、同性婚〔同性間の婚姻〕が想定されていなかった時代の名残であり、また、これまで同性間の共同生活関係が内縁関係に該当するか否かが争われた事例がなかったからにすぎず、同性間の共同生活関係を除外する趣旨ではないとみるべきである。

*否定説
 「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」とは、いわゆる内縁関係にあった者をいい、具体的には、当事者間に社会通念上夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意があり、かつ、当事者間に社会通念上夫婦の共同生活と認められるような事実関係が存在する必要がある。
① 民法においては、婚姻により配偶者の関係にあるものは「夫婦」とされており、同法第739条、第750条等によれば、「夫婦」とは、夫と妻という両性の関係を前提とする概念であると理解されるのであって、現に同法第731条においても「男」、「女」という表現が用いられている。
② 戸籍法第74条に基づく婚姻の届出の様式(戸籍法施行規則第59条、附録第12号様式)においても「夫になる人」、「妻になる人」の記載が必要とされている。
③ これらのことからすると、現行法上、婚姻は異性間で行われることが前提となっているものと解され、犯給法にこれと異なる趣旨の規定は存しない。そうすると、「事実上婚姻関係と同様の事情」として位置付けられる内縁関係も、当然に異性間の関係であることが前提となるから、同性間の関係がこれに包含されることはあり得ず、これに反する立論は、いかに国民の意識等を背景としているとしても、立法政策論の域を出ないというべきである。現在、種々の形で同性パートナーが異性の場合と同様に保護されている旨を指摘するが、原告が指摘する制度は、同性間の共同生活関係を婚姻関係と同様に扱うというものではなく、事実上の配慮として同性間の共同生活関係について一定の利益を付与するものにすぎないから、同性間の共同生活関係において婚姻の意思や婚姻としての実態が認められるという社会通念が形成されているとはいえない。

【2】判例
 〇名古屋地裁令和2年6月4日判決―判例時報2466-13(控訴中)
(事案の概要)
(1)原告(男性)と本件被害者(男性)は、平成6年頃に知り合って交際するようになり、その頃から約20年間同居して生活していた。
(2)(本件殺害行為)原告と交際していた本件加害者は、平成26年▲月▲日、原告と本件被害者との関係が継続しているために原告を独り占めすることができないなどと考えて、本件被害者に対して殺意を抱き、原告及び本件被害者の居宅において、本件被害者の左胸部を持っていた洋出刃包丁で1回突き刺すなどし、本件被害者を出血性ショックにより死亡させた。
(3)原告は、平成28年12月12日、愛知県公安委員会に対し、「犯罪被害者の配偶者」(犯給法第5条第1項第1号)に当たるとして、犯給法第4条第1号所定の遺族給付金の支給の裁定を申請したが、愛知県公安委員会は、平成29年12月22日付けで、本件申請につき、遺族給付金を支給しない旨の裁定をした。

(判決骨子)
(1)同性の犯罪被害者と共同生活関係にあった者が犯給法5条1項1号の「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し得るか否かについて

ア 犯給法は、犯罪行為により死亡した者の遺族又は重傷病を負い若しくは障害が残った者(遺族等)の犯罪被害等を早期に軽減するとともに、これらの者が再び平穏な生活を営むことができるようにするため、犯罪被害等を受けた者に犯罪被害者等給付金を支給するものであり(1条、3条)、重大な経済的又は精神的な被害を受けた遺族等が発生した場合には当該遺族等を救済すべきとする社会一般の意識が生じ、他方で実際上不法行為制度の下での損害賠償等により救済を受けられない場合が多い中で、その状況を放置した場合には法秩序に対する国民の不信感が生ずることから、社会連帯共助の精神に基づき、租税を財源として遺族等に一定の給付金を支給し、遺族等の経済的又は精神的な被害を緩和するとともに、国の法制度全般に対する国民の信頼を確保することを目的とするものと解される。
 
イ(ア) 犯給法5条1項は、遺族に支給される遺族給付金の支給範囲を、犯罪被害者の配偶者とした上、その配偶者に「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」を含むものとしている。このような犯給法5条1項の規定内容からすると、犯給法は、民法上は法律婚主義が採用されていることから(739条1項)、一次的には死亡した犯罪被害者と法律上の婚姻関係にあった配偶者が遺族給付金の受給権者とされるべきであるものの、前記のような犯給法の目的に鑑み、死亡した犯罪被害者との間において法律上の婚姻関係と同視し得る関係を有しながら婚姻の届出がない者をも保護しようとするものであると解される。そして、①前記のとおり、犯給法の目的が、社会連帯共助の精神に基づいて、租税を財源として遺族等に一定の給付金を支給し、国の法制度全般に対する国民の信頼を確保することにあることに鑑みると、犯給法による保護の範囲は社会通念により決するのが合理的であること、②犯給法5条1項2号、3号に掲げられた親子、祖父母、孫や兄弟姉妹といった親族は、社会通念上、犯罪被害者と親密なつながりを有するものとして犯罪被害者の死亡によって重大な経済的又は精神的な被害を受けることが想定される者であり、これらと並んで同項1号に掲げられている「配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)」に該当する者についても、同様の者が想定されていると考えられることからすると、同性の犯罪被害者と共同生活関係にあった者が犯給法5条1項1号の「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当するためには、同性間の共同生活関係が婚姻関係と同視し得るものであるとの社会通念が形成されていることを要するというべきである。

 (イ) この点につき、原告は、重婚的内縁や近親婚的内縁といった、法律上婚姻が認められていない類型における内縁関係にあった者についても「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し得ることは解釈として確立していることを指摘し、そうである以上、特に法律上禁止されていない同性間の共同生活関係は、当然に内縁関係として保護されるべきであり、同性同士で共同生活関係にあった者は「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し得るという趣旨を主張する。
 確かに、①重婚的内縁の場合、戸籍上届出のある配偶者との婚姻が事実上の離婚状態にあるとき、②近親婚的内縁の場合、近親者間における婚姻を禁止すべき公益的要請よりも犯給法の目的を優先させるべき特段の事情が認められるときには、そのような関係にあった者は、それぞれ「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当する余地があるものと解される(①につき、最高裁昭和54年(行ツ)第109号同58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照、②につき、最高裁平成17年(行ヒ)第354号同19年3月8日第一小法廷判決・民集61巻2号518頁参照)。しかしながら、重婚や近親婚は、婚姻に該当することを前提とした上で、これを認める弊害に鑑み、政策的に法律婚としては一律に禁じられているものである。それゆえ、個別具体的な事情の下で婚姻を禁ずる理由となっている弊害が顕在化することがないと認められる場合には、法律婚に準ずる内縁関係としての要保護性まで否定する理由はないとの判断が働き、そのような場合の内縁関係は法律婚に準ずるものとして保護されるものと解される。これに対し、同性間の共同生活関係については、政策的に婚姻が禁じられているというのではなく、そもそも民法における婚姻の定義上、婚姻に該当する余地がないのであるから(なお、この解釈自体については、原告も争うところではない。)、重婚や近親婚の場合とは自ずから局面を異にしているといわざるを得ない。
 したがって、重婚的内縁や近親婚的内縁が一定の場合に内縁関係として保護されるからといって、同性間の共同生活関係が内縁関係に含まれる理由となるとは解されない。

ウ 同性間の共同生活関係に関する理解が社会一般に相当程度浸透し、差別や偏見の解消に向けた動きが進んでいるとは評価できるものの、同性間の共同生活関係を我が国における婚姻の在り方との関係でどのように位置付けるかについては、同性パートナーシップに関する公的認証制度を設ける地方公共団体は多数に上るものの、その契機となった渋谷区条例が制定されてから本件処分当時までは約2年が経過していたにとどまり、現在においても依然として、相当数の地方公共団体においては同性パートナーシップに関する公的認証制度は設けられておらず、また、地方公共団体や民間企業における人事関連制度や民間企業における各種サービスの下で同性間の共同生活関係を異性間のものと同様に扱う取組も依然として地方公共団体や民間企業に広く浸透しているとはいい難く、いまだ社会的な議論の途上にあり、本件処分当時の我が国において同性間の共同生活関係を婚姻関係と同視し得るとの社会通念が形成されていたということはできない。

エ 結論
 本件処分当時の我が国において、同性の犯罪被害者と共同生活関係にあった者が、犯給法5条1項1号にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当するとまではいえない。

(5)最後に
 このように名古屋地裁判決では、「本件処分当時の我が国において同性間の共同生活関係を婚姻関係と同視し得るとの社会通念が形成されていたということはできない。」として、同性者の内縁関係又は同性婚の関係にある者については、公的給付を受けられる「配偶者」性は否定しているのですが、控訴中であり、上級審がどのように判断されるか注目されるところです。我が国の社会通念が、同性間での夫婦としての関係を認める方向へ進んでいく中においては、男女夫婦、女性間夫婦、男性間夫婦であろうが、一律に公的給付を受けられる「配偶者」性が認められる時代になるであろうと想定されます。
 



以  上

「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」って、誰のことをいうのか?(その①)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.問題点
  我が国の社会福祉生活の救済又は向上を図るための給付行政関連法令では、次の条文に示すように、行政分野の給付を受けられる地位としての「配偶者」には「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者も含む」との法律の規定がなされており、この「配偶者」「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」の意義及び範囲をめぐって、同性婚の許容の問題を含めて、それに該当するか否かの判断が難しい例が多くあるようです。これらの問題に関して判例の見解が示されてきています。今回は、その点を3回に分けて検討してみたいと思います。
  ・第1回(①)「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」には、いわゆる重婚的内縁も含まれるのか。
  ・第2回(②)「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」には、同性婚の内縁関係も含まれるのか。
  ・第3回(③)「(付録)配偶者の生計維持要件について」
 まず、法律の規定例を冒頭に示しておきます。
 ○厚生年金保険法第3条第2項
 この法律において、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。
 ○同法第37条第1項(未支給の保険給付)
 保険給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかつたものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹又はこれらの者以外の三親等内の親族であつて、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の保険給付の支給を請求することができる。
 〇犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(犯給法)第5条(遺族の範囲及び順位)
 遺族給付金の支給を受けることができる遺族は、犯罪被害者の死亡の時において、次の各号のいずれかに該当する者とする。
  一 犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)
  二 犯罪被害者の収入によつて生計を維持していた犯罪被害者の子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹
  三 前号に該当しない犯罪被害者の子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹

2.配偶者の定義と範囲
 配偶者の意義ですが、わが国は法律婚主義を取っています(民法第739条・戸籍上の届出)ので、「法律上の婚姻関係(戸籍上の婚姻関係)にある者」を言います。
 婚姻は、「夫婦生活の実態があること」と「法律上の届出(婚姻意思)があること」の二つの要件が必要とされていますので、その二つの要件が備わっていない次の場合には、有効な婚姻関係とは認められない場合があります。
 その一つは、民法第742条第1号の場合です。婚姻届出があっても、当事者間に婚姻する意思が無い場合には婚姻は無効となり、婚姻している配偶者とは認められないことになります。
 二つ目は、民法第742条第2号の婚姻届出自体がない場合です。夫婦生活の実態がない場合には、婚姻は無効であり婚姻している配偶者とは認められません。但し、夫婦生活の実態がある場合には、「内縁関係」として、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として保護される場合があります。
 三つ目は、有効に婚姻したが、夫婦の実態が解消され離婚も合意しているが離婚届出をしていないので戸籍上は婚姻関係が残っている場合には「外縁関係」(「内縁関係」の反対の状態なので「外縁関係」と呼ばれる)として、婚姻している配偶者になるのかどうかが問題となる場合があります。
 最後に、「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に、同性婚又は同性の内縁関係も含まれるのか否かが昨今問題になっています。

3.判例による具体的判断
 それでは、裁判で争われた例で、それぞれの問題点を考えていきましょう。
(1)一旦婚姻する意思で婚姻したが、当事者双方離婚する意思で夫婦生活を解消したものの離婚届出だけを提出していない場合、これを「外縁関係」という場合がありますが、この場合には、諸給付を受けられる「配偶者」ということになるでしょうか。
 次の判例は、事実上離婚状態にあるいわゆる外縁関係になる場合には、「婚姻している配偶者」には該当しないとした判例です。
 但し、この判例では、他方の「内縁の妻」の「配偶者」性を認める旨の判示はしていません。この点は、後記の(3)の最高裁平成17年4月21日判決―判例時報1895-50で、重婚関係の内縁の妻を「配偶者」として認めることができるかという観点で争いになっています。

 〇最高裁判例昭和58年4月14日判決―判例時報1124-181
 (事案の概要)
  法律上の配偶者Bが、被保険者(夫A)死亡後の遺族年金支給を求めた事案である。当該の被保険者には、その当時、10年以上同居していた内縁の妻Xがいた。

 (判決骨子)
 「(遺族年金給付資格のある)配偶者の概念は、必ずしも民法上の配偶者概念と同一のものとみなさなければならないものではなく、…遺族給付は,組合員…が死亡した場合に家族の生活を保障する目的で給付されるものであって…戸籍上届出のある配偶者(B)であっても、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのないとき、すなわち事実上の離婚状態にある場合には、もはや右遺族給付を受けるべき配偶者には該当しないというべきである。」

(2)民法第734条第1項により婚姻が禁止された近親者同士の内縁関係あった者については、諸給付を受けられる「配偶者」又は「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」ということができるでしょうか。
  当初、最高裁判例(昭和60年2月14日訟月31巻9号2204頁)では、姻族一親等にあたる事実婚配偶者(近親婚違反の夫婦)の遺族年金支給裁定が問題となった事件で、判決では、「(近親婚禁止の規定により)将来においても法律上有効な婚姻関係に入りうる余地のない内縁関係を反倫理的でないと解することはできず、公的給付を受けるにはそれにふさわしい者を給付対象とすべきものと解され、将来において法律上有効な婚姻関係に入りうるかなどの点について、重婚的内縁の場合とは事情を異にしており、反倫理的関係に立つ者に受給資格を認めることはできない」としていました。
  しかし、次に示す最高裁判例では、近親婚の程度が姻族一親等夫婦事案ではなく、三親等の傍系血族間夫婦事案であったことから、反倫理性は弱いこと等を理由に、遺族厚生年金の支給を受けることができる「配偶者(内縁関係の配偶者)」として認めています。

 〇最高裁平成19年3月8日判決―判例時報1967-86
 (事案の概要)
  厚生年金保険の被保険者であったA(Xの父の弟)との間で内縁関係にあったXが、Aの死亡後、厚生年金保険法第3条第2項にいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として同法第59条第1項本文所定の被保険者であった者の配偶者に当たり、Aの死亡当時、同人によって生計を維持していたと主張して、Y(社会保険庁長官)に対し、Aの配偶者としての遺族厚生年金の支給裁定を請求したところ、Yから、上記内縁関係は、民法第734条第1項により婚姻が禁止される近親者との間の内縁関係に当たり、Xは厚生年金保険法第59条第1項本文所定の配偶者とは認められず、遺族ではないとして、遺族年金を支給しない旨の裁定を受けたことから、その取消しを求めた事件である。
  第一審は、Xの請求を認めたが、控訴審は反対に Xの請求を退けた。

 (判決骨子)
 「厚生年金保険制度が政府の管掌する公的年金保険制度であり…婚姻法秩序に反するような内縁関係にある者まで、一般的に遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者にあたると解することはできない。…(本件の)三親等の傍系血族間の内縁関係も、このような反倫理性、反公益性という観点からみれば、基本的にはこれと変わりがない…。」
 「(本件)内縁関係については、それが形成されるに至った経緯、周囲や地域社会の受け止め方、共同生活期間の長短、子の有無、夫婦生活の安定性等に照らし、反倫理性、反公益性が婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いと認められる場合には、…禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的を優先させるべき特段の事情があるというべきで…(本件)内縁関係については、上記の特段の事情が認められ、Xは、厚生年金保険法第3条第2項にいう『事実上婚姻関係と同様の事情にある者』に該当し、同法第59条第1項本文により遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たるものというべきである。」

(3)法律上の配偶者と事実上の配偶者とが並存していた場合において、いずれが遺族年金受給資格者たる「配偶者」又は「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」になるのでしょうか。
   重複結婚は禁止されていますので、重複婚状態になる内縁関係の法律上の保護は受けないのではないかという問題があり、前述の最高裁判例昭和58年4月14日判決―判例時報1124-181では、「法律上の妻(B)」の外縁関係での「配偶者」性は否定していましたが、「事実上の配偶者(X)」の内縁関係による「配偶者」性は判断していませんでした。
   しかし、次の最高裁判例では、「法律上の妻(B)」の外縁関係での「配偶者」性は否定していましたが、「事実上の配偶者(X)」の内縁関係による「配偶者」性を認めています。

 〇最高裁平成17年4月21日判決―判例時報1895-50
 (事案の概要)
 ①A夫とB(戸籍上の妻・法律上の配偶者)は、法律上、正当な婚姻手続を経た夫婦である。両者はAが勤務していた国立大学の宿舎で同居していたが、昭和53年ないし55年ころからAが宿舎を出て別居して生活するようになり、Aが死亡した平成13年1月12日まで20年以上の長期にわたり別居を続けた。    その間、両者の間に交渉はなく、Aが宿舎料を負担していたほかはBの生活費を負担することもなかった。AとBは、両者の婚姻関係を修復しようとする努力はせず、昭和57年以降は会うこともなかった。
 ②X(内縁の妻・事実上の配偶者)は、A夫がBとの別居後に親密な関係になり、昭和59年ころからAと同居して夫婦同然の生活をするようになり、その生計はAの収入によって維持されていた。Aが死亡した際も、Xが最期まで看護をした。
 ③Aの死亡後、X(事実上の配偶者)がY(保険者たる日本私立学校振興・共済事業団)に対して、遺族年金の給付請求をしたところ、YはBが存在することを理由にXへの支給をしない旨の裁定をしたため、Xが、上記裁定の取消を求めて訴えを提起した事案である。
 ④私立学校教職員共済法第25条は国家公務員共済組合法を準用し、同法第2条には「(遺族とは)組合員または組合員であった者の配偶者…で、組合員…の死亡の当時(失踪の宣言を…同じ。)その者によって生計を維持していたものをいう」旨の規定があり(同条第1項第3号)、さらに配偶者については「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。」と、厚生年金保険法と同様の規定がある(同条第4項)。

 (判決骨子)
 「AとB(戸籍上の配偶者)は、「20年以上もの長い期間にわたって別居しており、AとBは、別居を開始する以前に離婚の話し合いを行っており、…Bがこれを拒絶し、ついには2人の間で話し合い自体ができない状態になったまま、別居に至ったということができる」、「AとBは、…夫婦としての感情の交流を窺わせるような手紙のやり取りはない」、「また、Aは…Bに対して相応の生活費を送金して…いないこと、他方において、BもAに対して長い間生活費の負担を求めることはなく…BとAとの経済的な依存関係についてもこれを認めることはできない」。
  このような事実関係の下では、AB 間の「婚姻関係は実体を失って形骸化している上、そのような状態が固定化していて、その関係が近い将来に修復される見込みはなかった」というべきであり、他方、X(事実上の配偶者)は、Aとの間で事実上の婚姻関係にある者というべきであるから、B(戸籍上の配偶者)は私立学校教職員共済法第25条において準用する国家公務員共済組合法第2条第1項第3号所定の遺族として遺族共済年金の支給を受けるべき「配偶者」に当たらず、X(事実上の配偶者)がこれ(「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」)に当たる。

 最後の、「同性婚又は同性の内縁関係も含まれるのか」という昨今の問題については、次回詳細に検討してみたいと思います。(次回に続く)
   



以  上

宮崎県下の全市町村へのお願い~犯罪被害者等支援条例の制定を!!~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.犯罪被害者の実情と法律
  私たちは、社会の中で多くの人と共に生きており、自ら安全・安心な生活をしていても、いつ、どこで他者から理不尽な犯罪による被害を受けるかもしれません。そして、ひとたび犯罪被害に遭い身体的にも精神的にも大きなダメージを受けようとも、これからも今まで住んできた「地域(市町村)」で生きて行かねばなりません。我が国でも、多くの方々が思いもよらず、犯罪被害者やその家族・遺族となり、犯罪による直接的な被害を受けるだけでなく、それに伴い生じる精神的なショックや再度の被害への不安、周囲の無理解や心無い言動など、二次被害にも苦しみ、社会から孤立する状況も見られるところです。
  このような状況に置かれた犯罪被害者やその家族・遺族(以下「犯罪被害者等」といいます。)には、犯罪者としての嫌疑を受けている刑事被疑者・被告人の憲法上の権利以前に、私たちの社会に生きる一人一人としての個人の尊厳にふさわしい処遇がなされることが憲法上の人権として保障されている(憲法第11条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。」・憲法第13条「すべて国民は、個人として尊重される。」)ものであり、犯罪被害者あるいはその遺族として地域社会から孤立することのないよう、国や地方公共団体・地域の人々が犯罪被害者等に対して、早期に被害から回復し平穏な日常生活を取り戻すことができるよう、手を差し伸べ、寄り添い、支え合っていける社会であって欲しいという願いは、法的制度としても実現されなければなりません。
  このような問題意識を受けて、国は、平成16年12月1日、犯罪被害者等基本法(以下「基本法」といいます。)を制定しました。この基本法は、犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的として、そのための施策に関する基本理念を定め、国および地方公共団体の責務を明らかにしています。犯罪被害者等は被害を受けた後にも従来の「地域」で生活していかなければならないことから、「地域住民」の生活に関する権限と責務を有する地方公共団体においては、犯罪被害者等に対する支援の責務を負う(基本法第5条)とされているのです。

2.犯罪被害者等支援活動について
  犯罪被害者支援の基本は、警察や弁護士などが刑事裁判業務の中だけで行うものではなく、「地域」の中での生活再生の支援なのです。
  例えば、宮崎県内で平成15年に設立(平成16年4月法人化)された「公益社団法人みやざき被害者支援センター」のボランティア支援員が地域の被害者の方への支援に入ろうとしても、被害者自身は、見知らぬ支援員には不安感や遠慮を感じるでしょう。信頼できる親戚や近所の知人に頼ります。また、どこかに相談する場合、一番身近な役場や市役所や地域の民生委員に相談するでしょう。福祉の手続きをするための相談になるでしょう。そのような犯罪被害者の「地域性」からして、地方公共団体がいち早く取り上げて寄り添ってあげるということが必要なのです。
  被害者が希望する行政による具体的な施策例としては、
   1 犯罪被害者給付金支給法では支給外となる事例への給付金制度による経済援助
   2 地域での生活環境に関する援助としてボランティア支援員の派遣及びボランティア支援員や支援団体の育成
   3 犯罪被害者支援に関する総合的な相談窓口の創設
   4 地域警察や公益社団法人みやざき被害者支援センターとの連携と地域支援ネットワークの構築
  等が挙げられます。

(1)宮崎県内の被害者支援活動の先駆性
  これらの施策を、「犯罪被害者支援条例」として制定することは、国の施策や指示を待たなくても可能です。実は、これらの実践面では、宮崎県及び県内市町村は全国の先端を行っていました。犯罪被害者等基本法ができたのは、平成16年12月ですが、それ以前の平成15年11月に社団法人 宮崎犯罪被害者支援センターが設立され、平成16年4月から活動を始めています。そして、同時期から宮崎県は犯罪被害者支援事業も開始しており、支援事業委託に伴い、当時の社団法人 宮崎犯罪被害者支援センターの財政基盤になるものとして、宮崎県と全市町村から委託費と負担金(一人当たり3円)を拠出していただいているのです。
  宮崎県内の犯罪被害者支援活動は、法律ができる前から、県下全市町村の行政が、全国に先んじて、関係機関の連携と具体的体制の下で、実践的な段階を進んできているのであり、そのことは行政を担当されている皆さんが大いに自負できることだと思います。

(2)宮崎県下での犯罪被害者等支援条例の制定の動き
  ただ、宮崎県で遅れている点もあります。宮崎日日新聞(令和2年5月18日付)や読売新聞(令和2年5月25日付)にも書かれていましたが、令和2年5月時点では、県内の地方公共団体の中で「犯罪被害者支援条例」を制定している市町村が一つもなく、県も条例をもっていなかったという点です。(但し、その時点においても、宮崎県と木城町が条例制定に向けて準備をしておりました。)
  全国的な被害者支援条例の制定状況を見てみますと、都道府県レベルでは、宮城県が平成15年12月に「宮城県犯罪被害者支援条例」を全国で初めて公布・制定しています。
  市町村レベルでは、宮城県条例よりも先に、埼玉県嵐山町が平成11年に条例を制定したのを皮切りに、滋賀県守山市や東京都日野市などが条例を定めています。令和に入ってからは、各都道府県で「犯罪被害者支援条例」が制定され(但し、令和3年4月時点で長野、広島、鹿児島、宮崎が未制定)、大分県では、県をはじめ県内全市町村で犯罪被害者支援条例が制定されるなど、地方行政が積極的に犯罪被害者支援のできる体制作りをしてきています。
  宮崎県では、令和2年12月から令和3年1月にかけて、「宮崎県犯罪被害者等支援条例(仮称)骨子案」を公表して意見募集(パブリックコメント)手続きを進めてきており、令和3年6月の宮崎県議会において「宮崎県犯罪被害者等支援条例」を審議し、公布されれば令和3年7月から施行する予定であります。
  「宮崎県犯罪被害者支援条例」が施行されるとなれば、宮崎県が、充実した安全・安心な地域を目指す宮崎県政の政策のひとつが実現されるものと大いに評価するものです。さらには、この県の条例が道標となり、地域として最も犯罪被害者等に寄り添うべき市町村において「犯罪被害者等に対する支援条例」が定められることによって、県と連携した手厚く具体的な犯罪被害者支援策を実現することが可能となります。
  また、条例の制定は、市町村職員はもとより地域住民である私たちにとっても、犯罪被害者等に対する支援の具体的な行動の道標にもなります。
  県内の市町村では、木城町において令和3年4月に「木城町犯罪被害者等支援条例」が公布・施行されました。その他の市町村においても条例制定へ向けた動きが見られます。犯罪被害者等支援条例を定めている国内の市町村においては、専門的な職員を配置した総合支援窓口の設置、既存の住民サービスの犯罪被害者等支援への活用、犯罪被害者等を対象とした新たなサービスの整備、簡易かつ迅速な手続による見舞金や生活費の支給等の支援が設けられています。
  このような犯罪被害者支援が、住んでいる地域の被害者等支援条例の有無によって受けられたり受けられなかったりすることは、望ましいことではありません。そのようなことがないように、宮崎県内の全ての市町村で犯罪被害者等を支援するための条例が制定されなければなりません。
  私は、宮崎県弁護士会の犯罪被害者支援委員会委員、公益社団法人みやざき被害者支援センター役員、宮崎県町村会顧問をしている立場ではありますが、犯罪被害者支援活動を担う宮崎県民の一人として、宮崎県及び県内の全市町村で犯罪被害者等支援条例の制定がなされることを期待し願っている次第です。  



以  上

20歳・19歳・18歳の同時成人式?~令和4年4月1日施行の民法の改正~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(相談)相談日:令和3年4月1日
 私には、平成14年3月15日生まれの長男(19歳)と平成16年1月30日生まれの次男(17歳)がいますが、民法改正法(成人年齢改正)が令和4年4月1日に施行され、長男は20歳のままの成人なのですが、次男も18歳で成人になりますので、令和5年1月の成人式は長男20歳、次男18歳で合同の成人祝いの宴会を親戚家族で企画したいと思います。何か注意する点があるでしょうか?

(解説)
1 民法改正と18歳成人
 2018 年(平成30年) 6月13日、成人(成年)年齢の引き下げを主な内容とする「民法の一部を改正する法律(以下、改正法)」が成立しています。この法律の施行日は、2022年(令和4年)4月1日となっており、この日まで18歳になっている国民は、令和4年4月1日から成人扱いになります。法律制定から法律施行まで4年間の猶予期間をもうけたのは、消費者被害への対策や他の年齢基準の法律の改正検討をすることと、18歳成人の法制度を国民に周知させる必要があったからとされています。

2 令和4年4月1日施行日に想定される状況について
 今回の改正法の施行により、成人となる時点が20歳から18歳に前倒しになります。この成人年齢の引き下げは、1876 年太政官布告以来継続してきた成人の定義である「成人=20歳以上」が約150年を経て変わるという画期的な意義があるのですが、今回の改正法は、成人年齢の引き下げに際した経過措置も規定しており、施行日時点の年齢ごとの成人年齢の区別は図表のとおりになります。

施行日:2022 年(令和4年)4月1日時点の年齢 成人年齢
① 18歳未満 18歳に達したときに成人する
② 18歳以上20歳未満 施行日に成人したことにする
③ 20歳以上 20歳に達したときに成人したことにする

 この結果、令和4年4月1日には、ご相談のように18歳、19歳、20歳の年齢の異なる子供たちが「同時に成人になる」という状況が発生することになります。そこで、各市町村においては「成人式」をどのような方法で行うのかを検討しているようです(新聞報道によれば、従来どおり20歳のみの成人式・二十歳祝賀式を行う方針の市町村が多いようです)が、それぞれの家族・親族間でも「兄弟合同成人祝い」があることも想像できます。
 しかしながら、次にご説明しますが、20歳成人の長男と18歳成人の次男とは、法律上、異なった取り扱いを要求されている場合がありますので、その点を注意する必要があります。

3 その他の改正内容
(1) 民法自体の改正の内容を整理すると、改正内容は,上記の①「成人年齢の18歳への引き下げ」以外に、②「婚姻適齢の 18歳への統一」、③「養親年齢の20歳維持」の3つがあります。
  「婚姻適齢の18歳統一」については、婚姻が可能になる年齢が、旧法では「男性 18 歳・女性16歳」でしたが、改正法では
「男女ともに18 歳」に定められました。また、旧法の「未成年者が結婚した場合には成人とみなす」という成年擬制は廃止されました。成人年齢と婚姻可能年齢が「18歳」として一緒になり、「未成年が結婚する」という場面がなくなるからです。
  「養親年齢の20歳維持」は、旧法では、養親となるための要件を「成年に達した」と規定していましたが、これをそのまま定めておくと、18歳で養子をもらって親になることができるということになってしまうのですが、他の法律がまだ「20 歳に達した者」にしか権利や能力を与えていない場合も多くあることから、養子をもらって親になれる年齢は、従来どおり「20歳以上」としておくほうがよいとの考えで、改正法は、養親となるための要件を「成年に達した」との表現から「20歳に達した」と改正しています。

(2) 民法の成人年齢改正に関連して、他の法律の年齢基準についても改正されたものが多くあり、改正により年齢要件の基準を新たに18 歳と改正したものと、従来どおり20 歳の要件を維持したものがありますので、それぞれの法律を確認する必要があります。
  選挙権が18歳から認められるとした、公職選挙法改正は皆さんご存じでしょうが、国籍法や旅券法などの戸籍に関連する法律も18歳へ改正となっています。
  しかし、健康面や健全育成面で未成年者を保護しようという目的の法律は、ほぼ「20歳」のままの規定を維持しています。例えば、未成年者に射幸性の影響を与えないように、競馬法、自転車競技法、小型自動車競走法、モーターボート競走法などは、20歳未満の者に対する公営ギャンブルの禁止規定を維持していますし、未成年者喫煙禁止法、未成年者飲酒禁止法も、20歳未満の者に対する喫煙、飲酒の禁止を継続しています。(但し、未成年者飲酒禁止法は「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」に改名され、対象も第1条第2項と第3条第2項を除き全て「満二十年ニ至ラサル者」から「二十歳未満ノ者」に改正されるだけで、未成年者の親権者や監督義務者が科料に罰せられる法第1条2項や第3条2項は改正されていませんので、親が18歳や19歳に親が飲ませたとしても、成人者に対しては親権者としての監督義務はありませんから、科料に処せられることはないという解釈になるものと思われます。)

4 ご注意点
 そういうことですので、20歳成人の長男と18歳成人の次男の合同成人お祝い会を催されるのは良いとして、お祝い会で18歳の次男が飲酒することは厳禁ですので、その点は十分に留意していただく必要があります。
 



以  上

親族間の交通事故損害と保険金請求

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(事例1)
 A男とB女は夫婦であり、A男運転の自動車にB女が同乗して出かけたところ、A男のよそ見運転で自損事故を起こし、B女が重傷を負って長期間の入院治療をした場合、A男の搭乗者保険によってB女は損害賠償保険金を受け取ることができるか。
 搭乗者保険特約がない場合に、A男の対人賠償保険によってB女は損害賠償保険金を受け取ることができるか。
(事例2)
 A男とB女は夫婦であり、長男甲と長女乙の子供がいる。長男甲の運転の自動車に長女乙が同乗して出かけたところ、長男甲がよそ見運転をし、高速道路で自損事故を起こし、長男甲も長女乙も死亡した。長男甲の自動車保険は搭乗者保険特約がなく一般的な対人賠償保険のみであった。子供たちの相続人は、A男B女夫婦だけである。
 長男甲から支払われるべき長女乙の死亡損害金を自動車保険(対人賠償保険)から受け取ることができるか。

解説
1 まず、車の同乗者が自動車事故で負傷又は死亡した場合の損害賠償に関しては、搭乗者保険による保険金支給が考えられます。搭乗者傷害保険とは、車に乗っている人(運転手を含む)が交通事故で怪我又は死亡してしまったときの損害を補償する保険です。例えば、A男が保険会社と契約する自動車保険のひとつで、A男の車での交通事故で運転手や自分の車の同乗者が怪我をしてしまった場合に、怪我による治療や入院などの損害費用を補償してもらえる保険になります。搭乗者とは、補償の対象となる車に搭乗している「運転者以外の人」のことを指します。同乗者には、配偶者、子どもといった家族のほかに、知人・友人といった他人も含まれます。また、搭乗者傷害保険は、搭乗中の者が死傷した場合に定額を補償する傷害保険であり、賠償責任保険ではないことから、相続関係者の相続による賠償債権・債務の混同の問題は、搭乗者保険からの保険金支払いには影響は与えませんので、搭乗者保険による保険金は受け取ることができます。
 なお、搭乗者保険で死亡保険金の受領者は約款上「法定相続人」と定められている場合が多いと思われますが、死亡保険金が相続財産になるのか、相続財産ではなく法定相続人となるべき者の固有取得財産なのかの争いがありますが、判例(大阪地裁平成16年12月9日判決)は、相続財産ではなく法定相続人となるべき者の固有取得財産としています。受取相続人は死亡同乗者の相続を放棄しても、搭乗者保険からの死亡保険金を受け取ることができることになります。

2 次に、搭乗者保険特約がない場合、自動車保険の対人賠償保険からの賠償保険金は支払われることになるでしょうか。
 対人賠償保険は、例えば、A男が自分の車を運転中に交通事故を起こし、運転者以外の第三者(相手車の運転手や搭乗者、歩行者)が怪我又は死亡してしまったときの人的損害について、A男の保険でその損害分を支払うという賠償責任保険です。保険金の支払いの前提として、当事者間での「損害賠償債権債務関係の存在」と「損害賠償金の支払」が必要になります。そこで、親族間で損害賠償を請求したり、損害賠償を払ったりする関係が実際にあり得るのか、加害者と被害者の両方が死亡した場合に、その相続人は相互に損害賠償請求をするのかという請求権行使の現実性の有無と保険金支払いによる利得性が問題になります。
 この点を、事例に即して説明していきましょう。

(1)事例1の場合
 夫の過失で妻が負傷した場合、法的には、妻は夫の不法行為に基づき損害を受けたのですから、夫に対して入院費用や休業損害等を請求できることになるのですが、現実的には夫婦は経済的一体性がありますので、夫婦生活の費用負担面からしても相互に損害賠償請求はしないというのが実態だと思います。
 搭乗者保険が無い場合に、妻が被害者として夫が契約している対人賠償保険(自賠責保険)から被害者として損害賠償請求して賠償保険金をもらうことはできるのでしょうか。
 そもそも、対人賠償保険(自賠責保険)の基礎になる妻から夫への損害賠償請求については、円満な家庭生活を営んでいる夫婦間においては、損害賠償請求権が行使されない場合が多く、通常は、愛情に基づき自発的に、あるいは、協力扶助義務の履行として損害の填補がなされ、もしくは、被害をうけた配偶者が宥恕の意思を表示することがあることから、一般的に、夫婦間における不法行為に基づく損害賠償義務が自然債務に属する(裁判による強制請求はできない)とか、損害賠償請求権の行使が夫婦間の情誼・倫理等に反して許されない、と考える余地があります。
 それにもかかわらず、保険金がもらえるという仕組みがあることを利用して、賠償保険金をもらうということは、法的にも許されるのでしょうか。
 この点を問題とした裁判例があり、最高裁昭和47年5月30日判決(判例時報667号3頁)は、次のように述べて、妻からの保険金支払請求(被害者請求)を認めました。
 「損害賠償請求権の行使が夫婦の生活共同体を破壊するような場合等には権利の濫用としてその行使が許されないことがあるにすぎない」、「自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項による被害者の直接請求権に基づき、保険者に対し、損害賠償額の支払を請求する場合には、加害者たる配偶者の損害賠償責任は、右の直接請求権の前提にすぎず、この直接請求権が行使されることで夫婦の生活共同体が破壊されるおそれはなく、他方、被害者たる配偶者に損害の生じているかぎり、自賠責保険によってこの損害の填補を認めることは、加害者たる配偶者、あるいは、その夫婦を不当に利得せしめるものとはいえない。」としています。

(2)事例2の場合
 交通事故により加害者も被害者も死亡した場合、それぞれの相続人が被害者死亡という損害発生につき、その損害賠償債権と損害賠償債務を相続により各自の相続人が承継することになります。(民法第896条は「相続人は相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。)
 事例2の場合、加害者長男甲の損害賠償債務は、相続人である父親A男と母親B女に相続される可能性があります。被害者長女乙の損害賠償債権(長男甲に対する賠償請求権)も、相続人である父親A男と母親B女に相続される可能性があります。なお、相続に関しては、民法第915条で相続開始を知ったときから3箇月以内に相続放棄することで権利義務を承継しないこともできます。民法第921条第2号で、相続放棄しなかった場合には相続を単純承認したこととなり、確定的に債権債務を承継取得したことになります。

 ① それでは、相続人であるA男B女夫婦が、長男甲の相続も長女乙の相続も単純相続した場合には、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができるでしょうか。
 この点は、最高裁平成元年4月20日判決・判例時報1314号54頁により、相続により賠償義務者と賠償債権者が相続により同一人に帰属したことにより賠償債権債務関係が混同で消滅する(民法第520条)ので、乙の相続人による保険金請求権は消滅し、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができないとされています。
 判例要旨は以下のとおりです。
 「自賠法三条の損害賠償債権についても民法五二〇条本文が適用されるから、右債権及び債務が同一人に帰したときには、混同により右債権は消滅することとなるが、一方、自動車損害賠償責任保険は、保有者が被害者に対して損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補することを目的とする責任保険であるところ、被害者及び保有者双方の利便のための補助的手段として、自賠法一六条一項に基づき、被害者は保険会社に対して直接損害賠償額の支払を請求し得るものとしているのであつて、その趣旨にかんがみると、この直接請求権の成立には、自賠法三条による被害者の保有者に対する損害賠償債権が成立していることが要件となっており、また、右損害賠償債権が消滅すれば、右直接請求権も消滅するものと解するのが相当である」

 ② 相続人であるA男B女夫婦が、賠償義務のある長男甲の相続は放棄し、賠償請求権のある長女乙の相続だけを単純相続した場合には、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができるでしょうか。
 これは、賠償義務者も賠償債権者も双方相続すると権利が消滅するので、賠償義務の相続は放棄し、賠償債権者のみを相続しようという方法です。
 結論としては、賠償債権者(被害者としての賠償請求)は承継されているわけですから、乙の相続人による保険金請求権は消滅していないので、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができるという解釈をする立場と、反対に、本来権利義務のいずれも承継できるのを権利のみ承継して利得することは信義則上許されないとして、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができないという解釈をする立場の2つがあるように思います。
 この点、判例(大阪地裁平成3年9月20日判決)は、後者の立場から、「被害者及び加害者の債権債務関係は、本来、交通事故という1つの不法行為から発生した1つの権利義務関係として同一人格に帰属しており、表裏一体かつ密接不可分の関係にあると考えられるから、加害者の被害者に対する債務が相続放棄された後も、被害者の加害者に対する債権のみが債務と別個独立に分離して存続するものとするのは権利義務関係の一体性から妥当ではない。」として、長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることはできないとしました。

 ③ 相続人であるA男B女夫婦が、父親A男は長男甲の相続をし、長女乙の相続は放棄し、母親B女は長男甲の相続を放棄し、長女乙の相続をした場合(賠償義務者は甲の相続人父親A男、賠償権利者は乙の相続人母親B女となった場合)には、母親B女は長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができるでしょうか。
 この方法は、更に、賠償債務の相続と賠償債権の相続を工夫して、相続後も賠償債務承継者と賠償債権承継者が別々に存在する形を作り出すという方法です。法律上の技巧的な方法ですが、「経済的一体性をもつ一つの夫婦において、結果的に、本件交通事故によって発生した権利義務のうち、保険金請求という権利のみを確保し、同交通事故による実質的義務を免れる」という方法として保険制度の悪用・乱用と見る見解もあるのでしょうが、判例(福岡高裁平成14年3月28日判決)は、次のように判示して、母親B女は長女乙の死亡損害金を自動車保険から受け取ることができるとしています。
 「夫婦共同体として経済的に一体のものであるということに着目すれば、当該夫婦は、結果的に、本件交通事故によって発生した権利義務のうち、保険金請求という権利のみを確保し、同交通事故による実質的義務を免れることになるが、夫婦においては、本件保険契約の存在が前提になっているからこそ妻は夫に対する損害賠償債権を確定する必要を生じたのであり、そのことから妻の請求権の行使を仮装ということはできないし、保険会社としても、本来は加害者の損害賠償義務を負うべき契約上の地位にあったのだから、単に混同の利益を受けられなかったにすぎないのであり、このことをもって、妻の請求権行使を権利濫用又は信義則違反とすることは認められない。」

(3)最後に
 上記(2)③のような保険金取得のための知識や方法は、弁護士の知恵によるものです。何か複雑になりそうな法律問題が起きた場合には、早期に弁護士に相談されることで良い解決方法が見つかる場合もあります。弁護士による相談をお勧めします。
 



以  上

印鑑と指印、花押

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


前回に引き続き「押印」シリーズとして、判例で問題となった押印に関する法的問題「印鑑の代わりに指印を押した自筆遺言書、花押を使用した自筆遺言書の有効性」についてお話したいと思います。

1 自筆遺言書と「押印」
 民法第968条は、第1項で「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」第3項で「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」と定めており、遺言者が自らの手で各自筆遺言書を書くには、「印を押さなければならない。」としています。
 遺言書に、自筆署名以外に「押印」を求める趣旨は、「遺言の全文等の自書とあいまつて遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによつて文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある」とされています(最高裁平成元年2月16日判決)。
 ここでいう「印を押す」というのは、日本で慣行として行われている「印章」「印顆(いんか)」を朱肉又は墨・インク等を付けて印影を残すことを意味することになります。
 「印章」とは、木、竹、石、角、象牙、金属、合成樹脂などを素材として、その一面に文字やシンボルを彫刻し、個人・官職・団体のしるしとして、公私の文書に押して特有の痕跡(印影・印痕)を残すことにより、その責任や権威を証明するものを言いますが、「印顆」も同意義の言葉であり、世間一般では、正式には印章と呼ばれるもののことを、ハンコ、印鑑(いんかん)と呼んでいます。「印影」は、その印章で押された痕跡のことを言います。
2 印章(印鑑)の種類について
 印章(印鑑)について、現代日本で生活・実用品として用いられる印章は、市町村に登録した「実印」、金融機関に登録された「銀行印」、届け出を必要としない「認印」の3種類に大別されますが、押印の種類についても、署名印以外に、契約印、契印、割印、訂正印、捨印、止印、消印、封印と呼ばれる使い方があります。
3 印鑑に関する日本の法律の定めについて
 自筆遺言書の作成の場合の「押印」(印を押す)の印鑑(印章)は、本来「その責任や権威を示す」ものであるとされているわけですが、どのような文字が刻まれているとか、どのような形の印章かという点は、実は法律では全く定めていません。本人が本人のものとして使う意思があり、又は使っていた行為があれば、「名字だけの印章」でも「名前だけの印章」でも、更に言えば、「名字名前と合わない文字の印章」であっても構わないことになります。
4 「指印」「拇印」は「押印」として有効か。
 印鑑(印章)の定義がないのであれば、木、竹、石、角、象牙、金属、合成樹脂などを素材として使っている「印章」ではなく、「押印」として直接本人の「指印」「拇印」を押した場合、遺言書は有効なのでしょうか?
 この点については、最高裁平成元年2月16日判決は、次のような理由を述べて、有効と判断しています。
 「(民法第968条の自筆遺言書の)押印としては、遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨、朱肉等をつけて押捺すること(以下「指印」という。)をもつて足りるものと解するのが相当である。けだし、同条項が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまつて遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによつて文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ、右押印について指印をもつて足りると解したとしても、遺言者が遺言の全文、日附、氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし、いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については、通常、文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと、文書の完成を担保する機能においても欠けるところがないばかりでなく、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえつて遺言者の真意の実現を阻害するおそれがあるものというべきだからである。」
5 「花押(かおう)」は「押印」として有効か。
 それでは、次に、自筆遺言書を、印鑑や「指印」の代わりに「花押」でした場合には、その遺言書は有効なのでしょうか?
(1)「花押」について
 「花押」って何でしょう? 日本には古来より、署名の代わりに名前の下に個人独自の一筆書きを記す「花押」というものが公家社会と武家社会にはありました。「花押(華押)」は、署名の代わりに使用される記号・符号をいうのですが、元々は、文書へ自らの名を普通に自署していたものが、署名者本人と他者とを明確に区別するため、次第に自署が図案化・文様化していき、特殊な形状を持つ花押が生まれたようです。
 「花押」が利用された武家社会では、家督を継いだ子が、父の花押を引き継ぐ例も多くあり、花押が自署という役割だけでなく、特定の地位を象徴する役割も担い始めていたと考えられていますが、江戸期にはさらに「花押型(花押を判にしたもの)」が普及し花押が印章と同じように用いられ始め、花押の印章化という現象が生じました。
 ところが、明治維新により、明治6年に、実印のない証書は裁判上の証拠にならない旨の太政官布告が発せられたことから、花押が禁止されたわけではないのですが、花押はほぼ姿を消し、印鑑が取って代わることとなっていきました。
 日本国政府の閣議における閣僚署名は、明治以降現在も花押で行うことが慣習となっているようです。多くの閣僚は閣議における署名以外では花押を使うことが少ないため、閣僚就任とともに花押を用意するケースが多いようです。下記の写真例は、ウキペディア等を参照して引用したものです。個人的に思うのですが、「花押」は、個性を持った「サインの古風版」とも言えるのではないでしょうか。
   (豊臣秀吉の花押)      (徳川家康の花押)       (伊藤博文の花押)
 
(2)裁判例
 問題は、民法第968条の自筆遺言書の押印として、遺言者が印章に代えて、この「花押」を使用した場合の遺言書は有効となるのかという点です。
 最高裁判所(最高裁平成28年6月3日判決)は、次の理由で「花押による自筆遺言書は無効である」としました。
 「花押を書くことは、印章による押印とは異なるから、民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。そして、民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書のほかに、押印をも要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照)、我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。 以上によれば、花押を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。」としています。
 (なお,この判例の前審である福岡高等裁判所那覇支部(平成26年10月23日判決―判例秘書登載)は、「花押でも自筆遺言書は有効である」としていたようです。)
6 結論
 判例の結論は、「指印」「拇印」による自筆遺言書は有効であるが、「花押」による自筆遺言書は無効となるという結論になります。「指印」「拇印」は社会内で「押印」と同等に扱う慣例がありますが、「花押」はそのような慣例がないので認められないという理由で,結論の違いが出たようです。
 そうであれば、今後、仮に、多くの人が自分の「花押」を作り出して使うことが頻繁になれば、「花押」も「押印」又は「個性的なサイン」として認められるようになるのかも知れませんね。例えば、「押印」廃止の流れの中で、印鑑が不要になった手続の書面に、個性的なサインとして「花押」を付け加えたりしたら、書類を受け取った側はどう反応されるでしょうかね。
 



以  上

法律からみた押印制度改革

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1 2020年(令和2年)のコロナ禍での自宅勤務・リモートワークの問題として指摘された決裁制度での「押印」制度について、最近の報道によると、国や官庁では「ハンコの廃止」「押印要否の見直し」を進めるようです。
 具体的には、令和2年(2020年)7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」では、「書面・押印・対面主義からの脱却等として、実際に仕事場や役所に足を運ばなくても手続きができる「リモート社会」の実現に向けて、全ての行政手続きについて、原則として書面・押印・対面を不要としてデジタルで完結できるように見直しを行うこと、更に、民民間の商慣行についても官民一体となって改革を推進することが示されています。
 それ以前に、民民間の商慣行に関しても、国と経済団体による共同宣言(令和2年7月8日付け「書面・押印・対面」を原則とした制度・慣行・意識の抜本的見直しに向けた共同宣言)において、書面・押印・対面が商慣行や社内手続きとして定着しているものであっても、取引先等との協調又は、経営者のリーダーシップに基づき、押印廃止や書面の電子化を推進するものとされています。

*リモートワーク・リモート社会とは、リモート(remote)の意味が「離れた、遠隔の、隔たりのある、かけ離れた、間接的な」などの意味を持つ英単語ですので、ITの分野では、離れた場所にある二者(人や機器など)が通信回線やネットワークなどを通じて結ばれていることを表すことになりますので「通信回線やネットワークなどを通じて働くこと、そのような働き方をする社会」という意味になります。


2 押印制度と印鑑登録制度
(1) 日本の法律には、以上の印章(印鑑)の定義や使用義務を定めた法律はありませんが、他方、印鑑による押印の法的効果を規定する法律の定めがあります。
① まず、民法第968条が「遺言」に関して、第1項で「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」第3項で「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」と定めてあり、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第228条第4項では「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」との定めもあります。
  これらは、遺言の真正又は有効性を認める要件であり、それ以外の一般文書においても、「押印」があれば文書の名義の真正(その文書が作成名義人によって実際に作成された)という「成立の真正」を推定することを意味し、私文書にある印影が本人または代理人の印章によって押された場合には、反証なき限り、その印影は本人または代理人の意思に基づいて押されたと推定され、その結果、同項の要件が満たされるため、文書全体が真正に成立した(遺言書の場合は有効に成立した遺言書であること)と推定されます。
  民事裁判においても、契約書に署名又は押印のある契約は成立が推定され、契約書の内容どおりに約束されたことが認められることが多くなります。なお、当事者又はその代理人が故意又は重大な過失により真実に反して文書の成立の真正を争ったときは、民訴法第230条で「裁判所は、決定で10万円以下の過料に処する。」と定めています。
 ② 次に、刑法第167条では、「行使の目的で、他人の印章又は署名を偽造した者は、3年以下の懲役に処する。」規定があり、印章等の社会的信用を保護する定めがなされています。

(2) 日本では、法律には義務制度としては明記されていませんが、印鑑登録の制度があります。
 ① まず、個人の印鑑登録については、個人が自己の居住地の市町村に印鑑を登録しその旨の照明をしてもらう制度ですが、あえて法律上の根拠を求めれば、個人の印鑑登録は「市町村の自治事務」であり、地方自治法第2条第2項、第8項の「地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のもの」を根拠とする制度と言えます。自治事務は、地域において住民福祉の向上を目的として処理する事務を広く含むものであり、その取り扱いは各自治体の印鑑登録条例によることになります。
  また、個人の印鑑登録に関しては、“印鑑登録証明事務処理要領通知 (昭和49年2月1日自治省通知、―平成16年3月2日総務省通知)があり、各市町村は、この通知に倣って取り扱っています。
  次に、会社の設立等に当たって登記を申請する際の法人印鑑登録については、商業登記法第20条「登記の申請書に押印すべき者は、あらかじめ、その印鑑を登記所に提出しなければならない。」との規定が法的根拠となります。
 ② この印鑑登録制度の信用性を基に、不動産登記手続きや商慣行上の重要な取引契約をする場合には、自らが書面を作成したことなどの証明のために、登録印鑑による押印と登録証明書を提出することを求める取り扱いが日本では定着しているということになります。

(3) 行政手続き上の「押印」
  行政手続き上の書面に関しては、個々の行政法令が「押印」の定めをしていることが多くあります(例えば、行政不服審査法施行令第4条第2項「審査請求書には、審査請求人(審査請求人が法人その他の社団又は財団である場合・・・以下省略)が押印しなければならない。」と定めています。民間から行政への手続きの中で押印を求めている行政手続きが添付書類を含めておよそ1万5000種類あるといわれています。)。
  これについて、菅内閣の河野太郎行政改革担当相は令和2年11月13日の閣議後の記者会見で、行政手続きで印鑑証明が必要なもの、あるいは登記、登録、銀行への届け印を除き、本人確認、本人認証にならない認印は全て廃止すると発表し、内閣府は全府省に行政手続きで求める押印の原則廃止を要請したという報道がされていました。

3 今後の方向性について
  行政手続きでの「押印」制度は、本人確認という程度の「認印」による簡易な押印制度ですので、廃止方向で実現していくだろうと思われますが、各市町村の自治事務として確立運用されてきて、不動産取引及びその登記手続や銀行取引等の重要な取引契約で実用化されてきた印鑑登録制度は、その社会的意義は大きいものがあり、法令改正をするだけで解消できるわけでもないことから、実印(登録印鑑)による押印制度が直ちに廃止される方向にはならないだろうと考えられます。
  最後に、押印制度の背景にある印鑑製造や刻印の技術は、単に生活実用品製造としての職業面がある以外に芸術文化の面も有しており、その技術や文化が衰退することはあってはならないという思いも残ります。明治時代には、欧米にならってハンコをやめて署名に統一すべきだとの意見も出たようですが、日本のハンコ文化は現在まで生き残ってきています。

(次回は、「押印」シリーズ(その2)として、「印鑑と花押について」掲載する予定です。)
 



以  上

お正月と法律  ~届かないおせち料理~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1 おせち料理の事前予約販売
 おせち料理は、五節句の料理の1つで、平安時代に宮中で行われた「お節供」の行事に由来します。江戸時代後期に江戸の庶民がこの行事を生活に取り入れ、全国におせち料理が広まり、節句の中でも一番目の正月にふるまうご馳走だけが「おせち料理」と呼ばれるようになったようです。おせち料理は、従来は、年末に食材を買い込んで女性方が自宅で作り上げるという縁起物料理でしたが、昨今は、有名デパートや有名料理店からの宅配予約が人気になっているようです。ふるさと納税のお礼品にもおせち料理がある時代になっています。

2 おせち料理の配達
 おせち料理は元旦の縁起物料理ですから、事前予約販売のほとんどが、「おせち料理の事前予約販売」は、元旦前日までに届けられるか、引き取りを求められるものです。ある有名デパートの場合には、おせち料理のお届け期日について、例えば、「冷凍のものは2020年12月30日、冷蔵のものは2020年12月31日にお届けします。時間指定はできません。」などとしております。

3 届かないおせち料理
 ところで、おせち料理を12月31日までの必着で予約したにもかかわらず、翌日元旦になっても届かない場合はどういう法律問題になるかを考えてみましょう。
 例えば、テレビ番組の「行列のできる法律相談所」の相談テーマで、次のようなドラマシーンがありました。それを台本風に再現してみます。
   (年末大晦日の会話)
   母「おかしいわね。今日の午前中に到着するはずだったのに…。」
    ・・・夜になっても「おせち」は一向に届く気配がない・・・
       そこで、業者に問い合わせてみると・・・
   業者「申し訳ございません…。何かの手違いでお届け出来なくなりました。」
   母 「はぁ? 何ですって!?」
   業者「もちろん、代金は全額お返し致しますので。」
    ・・・業者はミスを認め、おせちの代金3万円は全額返金するという。
    ・・・しかし!
   怒った母「こんな田舎で今さら代わりの物なんて用意できるわけがないじゃない!」
   ・・・近所のお店はすでに正月休み。今からおせちを用意するのは不可能。
   怒った母「あなた方の無責任さのせいで、めでたいお正月が台無しよ!
        慰謝料払ってもらいますから! 」
   果たしておせちが予定通り届かなかった場合慰謝料は取れるのか?

4 おせち料理が元旦までに届かない場合の損害賠償請求の有無について
 (1)改正民法第415条では、債務不履行の場合には損害賠償ができる旨の定めがあります。問題はどのような「損害」がおせち料理の注文者に生じているか?です。
 改正民法第415条第2項の「履行に代わる損害賠償」とは、代金相当額の損害でしょうから、契約解除により代金を返還してもらえれば、損害はないことになります。返金分に代金支払日から実際の返金日までの遅延損害金(年3分の割合)を要求することが具体的な損害賠償請求ということになるでしょう。
 (2)もうひとつの損害は、「行列のできる法律相談所」の相談テーマのように「精神的慰謝料」というものの請求が認められるかという点です。
 「慰謝料」は、民法条文上は不法行為規定である民法第710条に規定する「財産以外の損害」ということになるのですが、契約関係の債務不履行責任の条文規定では使われていない文言です。
 ⅰ>その規定の違いから債務不履行責任(契約責任)の損害については「財産以外の損害」としての精神的慰謝料は発生しないという見解もあります。—この見解に従えば、テレビ番組の例では、お母さんは「めでたいお正月が台無しにしたおせち料理の未到着」についても「慰謝料」は請求できないことになります。
 ⅱ>他方、一般的にも「損害」の中には、財産的損害だけでなく精神的損害(慰謝料)も含まれるのが通例であり、条文の規定の差異は、民法710条は不法行為責任に関して注意的に規定しているだけであるとして、債務不履行責任の損害賠償の中には「財産以外の損害」としての精神的慰謝料も含まれるとする見解があります。—この見解に従えば、テレビ番組の例では、お母さんは「めでたいお正月が台無しにしたおせち料理の未到着」について「慰謝料」を請求することができることになります。3万円程度のおせち料理を注文してそれが駄目だった場合の精神的損害としては、正月気分を害されたとしても、代金以上の精神的損害ということは通常考えられないので、代金の1割~2割程度の慰謝料が認められるのではないかと思われます。
 この点を考慮してか、おせち料理販売業者の広告には、「天候・交通などの事情により、商品入荷の遅延・不能の場合もございます。あらかじめご了承ください。やむを得ず商品をお届けできない場合には、ご返金にてご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。」と配送上の留意点を告知している例もあります。

5 最後に
 今年のお正月は皆さん、いかがお過ごしでしたでしょうか。
 コロナ禍のお正月であっても、我が家や親しい親戚の家で、温かいお酒と共におせち料理を堪能されたのであればよろしいかと思います。奥さん方をはじめ「おせち料理」を準備していただいた方や配送をしていただいた方など全ての方々に、感謝しましょう。
 



以  上

育児休業取得後の解雇は許されるか?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


○A子は、Y会社の従業員であったが、感情が不安定で強迫観念が強く、よく上司に反抗的で攻撃的な言動を行うことが何度もあったことから、「上司の命令・指導に従わない」「職場での協調性がない」との人事評価を受けていた。
 A子は入社5年後に産休・育休を取って復職し、その4年後(入社9年後)に二度目の産休・育休を取って、その育休後に復職の申し入れをしたが、Y会社は、A子の休業中職場の雰囲気が良い感じになり、問題行動の多いA子の復職で職場の雰囲気がまた悪くなることを危惧して、この機会にA子に対して退職勧奨を行ったが、拒否されたので、勤務態度が悪く職場秩序を乱すことを理由に解雇した。
 この解雇は許されるでしょうか。 (解説)
 12月は、クリスマス気分や年末のあわただしい雰囲気の中で、子供たちや女性が笑顔で楽しく過ごしている時季です。日本の社会で女性が生き生きと働くためには子育ての環境が整う必要がありますが、法律制度として産前産後休暇制度や育児休業制度が定められても、実社会での運用が充実していかないと女性の働きやすい環境が整っていることにはなりません。そこで、今回は、女性の働き方と会社の対応が問題になった上記の例を検討してみましょう。
1 解雇に関する法律の規定について
 まず、本件に関する解雇の有効性判断に必要な法律の規定としては、次の3つの法律があります。
① 労働契約法 第16条 (解雇) 
 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
② 男女雇用機会均等法(以下「均等法」という。) 第9条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
 1 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
 2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
 3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
 4 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
③ 育児・介護休業法(以下「育休法」という。) 第10条(不利益取扱いの禁止)
 事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
 このように、均等法第9条第3項は妊娠・出産・産休を「理由として」解雇してはならないと定めており、育休法第10条も育児休業をしたことを「理由として」解雇してはならないと定めていますから、本件解雇理由が「勤務態度が悪く職場秩序を乱すこと」を理由としている普通解雇であることから、形式的には均等法第9条第3項や育休法第10条に直接違反しているということにはならないだろうと思われます。しかし、実際はそのこと(育児休暇を取得したこと)を契機にA子を解雇したのではないか、という疑いは拭えません。
2 本件解雇の有効性の判断について
(1)本件解雇が形式的に「勤務態度が悪く職場秩序を乱すこと」を理由に解雇している以上は、まずは、労働契約法第16条の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」であるか否かを検討することになるでしょう。
 解雇の合理的理由としては、それぞれの就業規則には「業務能力の欠如又は劣悪」とか「適格性がない」、「上司の業務命令に従わない」、「遅刻欠勤が多い」、「勤務態度が悪く協調性がない」などが列挙されていますが、判例上で解雇が認められるのは、「労働者側に改善の余地がないほどの責任がある場合」などのごく限られた場合に限定されています。
(2)本件のA子の場合には、上司などへの攻撃的態度などの問題行動については、その都度注意指導をして段階的に軽い懲戒処分等で対応し、それでも懲戒処分が重なるだけでA子の問題行動が改まらない場合に、初めて「改善の余地のないほどの問題行動が続いている」として解雇するという手順を踏むべきだろうと思われます。
 従って、復職希望者を、即座に解雇をすることには、「合理的な理由」もなく「社会通念上相当である」と認められるものではなく、本件解雇は無効と判断されます。
3 判例の見解(東京地裁平成29年7月3日判決―労経判69-4:シュプリンガージャパン事件)
 判例は、同様の事案について、次のとおり、均等法第9条第3項や育休法第10条に違反する無効な解雇となるとしています。
(1)「事業主が解雇をするに際し、形式上、妊娠等以外の理由を示しさえすれば、均等法及び育休法の保護がおよばないとしたのでは、当該規定の実質的な意義は大きくそがれることになる。もちろん、均等法及び育休法違反とされずとも、労働契約法第16条違反と判断されれば解雇の効力は否定され、結果として労働者の救済は図られるにせよ、均等法及び育休法の各規定をもってしても、妊娠等を実質的な、あるいは、隠れた理由とする解雇に対して何らの歯止めにもならないとすれば、労働者はそうした解雇を争わざるを得ないことなどにより大きな負担を強いられることは避けられないからである。
 このようにみてくると、事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法第9条第3項及び育休法第10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。」
(2)「本件解雇は妊娠等に近接して行われており(被告が復職の申出に応じず、退職の合意が不成立となった挙句、解雇したという経緯からすれば、育休終了後8か月が経過していても時間的に近接しているとの評価を妨げない。)、かつ、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当であるとは認められないことを、少なくとも当然に認識するべきであったとみることができるから、前記(1)で判断したところによれば、均等法第9条第3項及び育休法第10条に違反し、少なくともその趣旨に反したものであって、この意味からも本件解雇は無効というべきである。」
4 まとめ
 実際の裁判では、「上司への反抗的な態度、攻撃的な言動」が具体的にはどのような内容であり、どの程度のものであるかが、いつ、どこで、誰と、どういう内容で、どういう理由で、どうなったかという詳細な事実関係が調べられることになります。職場での「客観的に理由のある部下の主張」が、上司からみれば「攻撃的な言動、反抗的な態度」と受け取られてしまっている場合もありますので、その差異を区別認識するためにも、具体的な事実関係の証拠調べを行うことになります。
 仮に、上司からだけでなく一般社員からみても「上司への反抗的な態度、攻撃的な言動」と評価される場合であったとしても、更に、そのような出来事が「継続して複数回生じていて」、「改善の余地のないほどの問題行動が続いている」と評価できるものであるかどうかで、解雇理由があるかどうかが判断されますので、日本の労働関係においては単発的な反抗態度のみで労働者を解雇処分にすることは難しいと考えておく必要があるでしょう。
 



以  上

企業(実業団)スポーツ選手と法律~企業の一般社員の労働(雇用)契約とは異なるのか?~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1 企業スポーツ選手の定義
(1) 企業スポーツ選手とは、企業に所属するアマチュアの社会人スポーツのことを言います。企業は、その選手の所属するスポーツ競技活動を援助し、広告宣伝効果又は社員の士気高揚などのメリットを得ます。令和元年のラグビーワールドカップ日本大会の宣伝番組となったTBS日曜劇場番組「ノーサイド・ゲーム」の「ときわ自動車のアストロズ」の選手などがそうです。宮崎県内で言えば、旭化成のスポーツ選手など2020東京オリンピック(開催が2021年へ延期)への出場に全精力を傾けている日本のスポーツ選手のほとんどが、この企業スポーツ選手だろうと思います。
(2) 日本の企業スポーツ選手の活動の変遷は、企業の一般社員と同じく勤務した後、退社後の夕方夜に練習するという実態から始まり、サッカーやバレーボール競技の人気上昇等の環境変化から各競技スポーツの日本リーグが発足した。競技技術の世界レベル化・ハイレベル化が要求されると、従来の連取形態では追いつけずに、徐々に企業スポーツ選手も社員でありながらスポーツ練習と試合活動を本業とするという方向に発展し、現段階では、企業と個人がプロ契約(期間を限定し、選手活動のみを行って報酬を得る契約)をする選手も出てきている状況に至っています。
 また、バスケットボールなど競技の人気を高める手段としてプロ契約していくということもあるようです。
(3) 純粋なプロ契約ではなく、一応社員の身分を有しながらスポーツ競技活動を委嘱又は要求される契約をしている場合の選手を、仮に「企業スポーツ選手」と呼ぶこととします。その選手の企業での身分関係や法律関係は、入社契約や雇用契約という契約で細かな内容が定めてあるわけではないので、企業内での活動実態に即して判断されることになります。
 企業スポーツ選手の型としては「準社員型」と「準プロ型」分けられます。例えば、午前中だけでも会社の職場での仕事をして午後から練習や試合活動を行う場合は「準社員型」(職場での業務従事性が強い)、会社の職場にはほとんど出社せずに机すらなく練習や試合活動を行う場合は「準プロ型」(職場での業務従事性が弱い)という区分になるでしょう。
 また、いずれも雇用契約を基本としていると思われますので、入社契約において期間の定めがない場合又は雇用期間が1年間以内で更新が予定されている場合には、「準社員型」になります。労働契約としての労働期間は3年又は5年を超えることを禁止していますので(労働基準法第13条・第14条)、3年又は5年以上の期間を契約する場合は、「準プロ型」選手の場合が多いようです。また、「準プロ選手型」の場合には、給料面においても一般社員と異なる給与査定基準が定められ、試合での成績により高額なボーナスが支給されるシステムになっている場合が多いようです。
2 「準プロ型」選手としての入社契約の場合の法律上の身分関係
 「準プロ型」の入社契約については、その契約の本質が「雇用契約(民法第623条)」なのか、「請負又は委任契約(民法第632条、第644条)」なのかを考える必要があります。前者は、企業による職務への従属性が求められ、後者では企業による職務への従属性はなく受諾者(選手)の独立性による職務遂行が求められるものであり、その区別がなされているからです。
 「準プロ型」の入社契約は、プロ契約と同様に「請負又は委任契約」と位置付けられることが多いと思います。請負契約又は委任契約であれば、企業は選手との契約をいつでも解除できることになります(民法第641条、第651条第1項)。企業がチームの解散を決めるなどした場合には「準プロ型」契約選手は契約が解約され、他の企業への転籍又は引退を考えることになります。そういう意味では、法律上の身分関係は保証されないことになります。但し、企業も無条件に選手を解除できるわけではなく、期間を定めていた場合などはその期間分の報酬等を損害として支払う必要があります(民法第642条、第651条第2項)。
3 「準社員型」選手としての入社契約の場合の法律上の身分関係
(1)「準社員型」入社契約についても、その契約の本質が「雇用契約(民法第623条)」なのか、「請負又は委任契約(民法第632条、第644条)」なのかを考える必要がありますが、統計調査によると、正規社員として一般業務に従事しておりその従事時間も、シーズン中は1日約3時間30分、オフでは1日約5時間20分で、それ以外の時間は練習時間に当てられているという調査結果があるようです。給与も一般従業員と全く同様かスポーツ手当が付加される程度ということのようです。
この場合には、企業による職場での業務従事性があり企業への従属が強いので、「雇用契約」になるものと思われます。
(2)また、「準社員型」選手に対して労働法の適用があるかどうかについては、労働基準法の「労働者」、労働契約法の「労働者」に該当するかどうかを検討する必要があります。労働基準法第9条では、労働者は「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」とされ、労働契約法第2条第1項では、労働者は「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」と定義されており、いずれも「使用される者」として使用者に指揮命令の下で労働すること(使用従属関係があること)が本質になっていますので、その点を判例の判断基準にしたがって詳細に検討してみましょう。
① 業務従事の指示に対する諾否の自由が無いこと
 準社員型選手は、一般業務に関しては指示された職場で指示された業務を遂行しており、スポーツに関しても、指示された時間に練習し、指示された競技会への出場も従うことになりますので、諾否の自由は認められていません。
② 業務遂行上の指揮監督があること
 スポーツの練習においても練習メニュー等が監督から指示され、競技会での戦略の具体的指示がなされるシステムで行われており、指揮監督がなされているでしょう。
③ 勤務場所・時間指定等の拘束性があること
 スポーツ業務の練習場所や活動場所・練習時間等が管理され、選手はそれに拘束されています。
④ 代替性があること
 スポーツ業務について選手の代わりに一般業務の誰々さんが出場することは考えられないので代替性はないが、一般業務については、競技期間中、代わりの職員が行う形であり代替性はあることになります。
⑤ 報酬の労働対価性
 一般従業員と異なり「スポーツ手当」が付加されると、それはスポーツ業務に関する対価性を有するものであり、給与全体につき一般業務とスポーツ業務を行っていることに対する対価性は認められるでしょう。
 従って、「準社員型」選手は、個別的労働法上の「労働者」に該当し、労働基準法や労働契約法の適用がある「雇用契約(労働契約)」を締結しているものと解釈できます。
(3)「準社員型」選手の労働法上の身分と権利
  ① 一般業務に関する教育訓練・研修
  企業においては良質な労働力を得るために社員への教育訓練・指導助言・研修等を行うことになりますが、企業スポーツ選手の場合には、一般従業員と異なり、研修などの教育訓練の場に常時出席することは困難になります。スポーツ業務の練習や競技会出場などをしながら一般業務に関するスキル向上を求めるのには、一定の配慮が必要になり、仮に、十分な教育訓練の機会を与えないまま、実際の人事評価において一般業務のみの低い能力評価をして給与査定や昇進査定を行うことは人事権の濫用(労働契約法第3条第5項)になるでしょう。
  ② パワハラ・セクハラからの保護
  一時期、スポーツ団体内でのパワハラ・セクハラ問題がテレビで放映されていましたが、企業内でのパワハラ・セクハラ問題も労働法制下での大きな問題になります。パワハラ問題については明確な法律上の定めはありませんでしたが、労働施策総合推進法第30条の2に定められました(セクハラについては、従来から男女雇用機会均等法第11条第1項に定めがあります)。
  一般業務に関してのパワハラ・セクハラだけでなく、スポーツ業務に関しての練習等でのパワハラ・セクハラも当然に対象になります。ただし、「スポーツの練習時の監督の厳しい指導がパワハラに該当するのか?」という根本的な問題は、個々の事情を総合的に勘案して判断するしか方法がないと思われます。監督と選手の間に信頼関係が持てない場合には、選手からパワハラ問題として提起される可能性が出てくるでしょう。
  ③ 企業チームの解散・廃部と選手の解雇
  企業チームが解散又は廃部になった場合には、「準プロ型」選手は、契約解除(解雇)されることになるとしても、「準社員型」選手については、労働法の適用がある以上は、労働法上の解雇制限規定及び解雇制限法理があり(労働契約法第16条、第19条)企業者は自由に解雇できるというものではありません。解雇をするには「客観的合理的な理由」があり「社会通念上相当である」との要件を満たす必要があります。この点で、スポーツ業務がなくなったとしても、一般業務は残っているわけで、また他の部署に配転して一般業務を行うことができるような場合には、解雇の合理性や相当性はないとされています。
  また、そういう観点から、「準社員型」選手の入社契約においては、選手活動終了時には一般社員に復帰できる又は他の職種に変更するなどの取り決めをしている例もあるようです。
  このような観点からして、「準社員型」選手については、一般の従業員と同様に、解雇制限法理より、一般業務に対する労働能力を発揮できる可能性がある限り、従業員としての地位・身分は保証されるということになります。
 



以  上

高齢者死亡に関する親族の不協力への対応(その2)~死後事務委任契約の法的問題点~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(ご相談)
 過疎化している○○町の町立病院では高齢者の方々の入院が多く、入院者のAさんは、遠方に住む息子さんBさんとも疎遠になっており、近所で付き合いの深かったお坊さんCさんに「自分が死んだら葬式から何から何まで全部処理して欲しい。そのお礼として300万円の報酬を事前に払う。」という約束をして、地元の司法書士さんに死後事務委任契約書を作ってもらいました。
 その契約書には「寺院墓地にお墓を建立するので、葬儀及び供養をして欲しい。預金の中から病院費用や葬儀代も支払って欲しい。」と、自分の写真と300万円をCさんに渡していた。Aさんの死後、相続人の息子Bさんから、「死後事務を委任する契約は、A死亡時に終了するので無効であり、300万円を返還して欲しい。」と言ってきた。
 お坊さんCは、どうすればいいのでしょうか。

1 民法第873条の2創設(平成28年改正)
 平成28年の民法一部改正において創設された民法873条の2は以下のとおり定めています。
第873条の2 (成年被後見人の死亡後の成年後見人の権限)
 「成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、次に掲げる行為をすることができる。ただし、第三号に掲げる行為をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。
  一 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為
  二 相続財産に属する債務(弁済期が到来しているものに限る。)の弁済
  三 その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為(前二号に掲げる行為を除く。)
 この規定は、成年後見人は、後見する被後見人(認知症等の判断不充分者)が死亡した場合には、成年後見は当然に終了し、成年後見人は原則として法定代理権等の権限を喪失しますので(民法第111条第1項第1号、第653条第1号)、死後の病院代の未払分の支払いや葬儀等の支払いも成年後見人としてはできませんので、支払いを止めたままで相続人に管理して貯金・現金等の財産を引き渡して未払債務の説明をして引き継ぐという必要がありました。死後早々に必要な火葬手続きや葬儀などの依頼も本来は行う権限はなく、後見終了時の応急処分(民法第874条、第654条等)として許される場合があるというのが従来の法的取り扱いでした。
 しかし、成年後見人は、相続人への引継ぎに一定の時間と事務量が必要であることから、相続人が早々に対応しない場合には、成年被後見人死亡後には、死後事務を行う必要があり、また社会通念上これを拒むことは困難でした。そこで、成年後見人制度の範囲で成年後見人の終了事務が迅速かつ適法に行えるために、第873条の2が創設されたわけです。

2 一般的な知人・友人による死後事務の場合
(1)それでは、法定後見人や任意後見人でもない一般的な知人に、自分の死後の葬儀や供養の手続き等の死後事務を頼むことは無理なのでしょうか?
 民法第653条第1号(委任の終了事由)によれば、委任契約は、委任者又は受任者のどちらかが死亡すれば終了する定めになっています。 そこで、Aさんの相続人の息子Bさんから、「死後事務を委任する契約は委任者であるA死亡時に契約も終了するので、無効である。」という主張も一理あることになります。
 法律上の解釈論争として「委任者の死亡を委任契約の終了事由とする民法第653条第1号の規定は強行法規か否か」という争いがありました。
 しかし、この点は最高裁平成4年9月22日判決により、「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が成立している場合、死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨であり、民法第653条の法意がかかる合意の効力を否定する趣旨ではない。」として強行法規ではなく、任意規定だとしています。この最高裁の判例以降は、実務上、死後事務委任契約は有効なものとして締結されています(東京高裁平成11年12月21日判決、東京地裁平成28年7月29日判決等)。
(2)次に、死後事務委託契約は、委任者死亡後に、相続人が気に入らない委任契約として、相続人からすぐに解除されてしまうのではないでしょうか?
 民法第651条第1項は「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」と定めていますので、委任契約が委任者Aさんの死後にも有効であったとしても、契約の地位の承継をした相続人(委任者)からいつでも解除されてしまい、AさんとCさんの委任契約は無かったことにすることは、法律上は可能です。
 このような事態を回避するために、Aさんは生前の委任契約の際に、「死後事務委任に関しては委任者からの解除権は放棄する。」という条項を定め、民法第651条第1項の適用を排除しておく必要があります。但し、このような民法の規定の排除を定めた契約条項が有効かどうか、争われた事案があります。
 東京高裁平成11年12月21日判決では「委任者の死後における事務処理を依頼する旨の契約においては、委任者は、自己の死亡後に契約に従って事務が履行されることを想定して契約を締結しているのであるから、その契約内容が、不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であることなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨と解することが相当である。」と判示して、無理由解除権放棄の特約が有効となることを認めました。

3 ご相談の結論
 以上により、お坊さんのCさんは、相続人Bさんに対して、死後事務委任契約の有効性を主張して300万円を返還しなくても構いませんが、相続人の相続財産が全くない場合、300万円はAさんの唯一の財産だったということになるので、遺留分(相続財産の1/2)を相続人が有することを勘案して、法的争いを防ぐ意味で、半額150万円程度を返還するという和解的な解決をすることも良いかも知れません。
 



以  上

高齢者死亡に関する親族の不協力への対応

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(ご相談)
ある自治体からのご相談です。
「ある過疎の町立病院で高齢者の方々の入院が多く、入院中、意思疎通ができなくなる患者さんもいらっしゃいます。そのような患者Aさんの場合に、遠方に住む息子B男さんが、入院契約・身元引受人誓約書も提出しています(入院費用は介護施設入院中のAさんの妻(痴呆症状態)の預金口座から自動引き落としで未払いはない)が、B男さんは病院の治療同意や協力要請には何ら対応しないままでした。Aさんが死亡された際にも、B男さんは病院の電話やFAX連絡に何ら返事もしてこず、遺体の引き取りをしてくれません。他に協力できる親族も見当たらない場合、Aさんのご遺体について、どのように手続きをすればよいでしょうか。」


(回答)
1 コロナ禍の中の日本のお盆の時期も終わりましたが、お盆時期になると人の生死の話を考えてしまいますね。
 今の日本は、少子超高齢化社会へ突入しており、多くの方が子供たちに看取られることもなく、介護施設、福祉施設又は病院で死亡されることが多くなっているようです。そして、その相続人である子供たちは、費用のかかる葬儀などは省略することはいいとしても、遺体の引き取りや遺骨の引き取りを堂々と拒否する人が多くなっているようです。特に、勝手に出奔して家庭を捨て長く音信不通となったままでその親が亡くなったというのであれば、実の子であっても、遠路を厭わず死亡地に赴き遺体の引取り葬儀を行う気持ちになれない場合もあるでしょうが、そういう事情もないにも関わらず、費用の工面や手続きの面倒さだけから、遺体の引き取り拒否をするというご相談の事例も、今は突拍子もない話ではないようです。
2 日本人の精神風土としては、家族の一員が死亡すれば、遺体を引取り、葬儀をした上で、火葬をし、ご先祖の祭られているお墓に納骨するというのが一般的な慣習です。
 では、法律上はどのようになっているのでしょうか。問題は、遺体の引き取り、火葬に付す義務のある者は誰か、という点ですが、実はこれを定める法律は見当たりません。「墓地、埋葬等に関する法律」では、「死体の埋葬又は火葬(以下2者一括して「埋葬」と言う。)を行う者がないとき又は判明しないときは、死亡地の市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)がこれを行わなければならいない。」とし、市町村長の最終的な埋葬義務を定めているのですが、誰が本来の埋葬義務者なのかについては全く触れていません。この点は「慣習」に委ねているのだろうと思いますが、慣習違反には何ら法律上の罰則等はありません。慣習違反に何か制裁があるとすれば、親族や近しい人たちから「義理も人情もない」、「親不孝者」、「無責任者」と陰口をたたかれるというだけのことでしょう。
3 もうひとつの法律である戸籍法を見てみますと、戸籍法第87条は、人が死亡した場合、「同居の親族」、「その他の同居者」、「家主等」の順序で、死亡届出をする義務を課しています。これを手掛かりに、誰が遺体の引取り義務があるかということを考えてみますと、死亡届義務がある以上は、少なくとも、同居者が同居場所等において遺体を受取る立場になるということで、同居の親族には遺体の引取り義務と埋葬する義務があると解釈することも可能だと思われますが、その場合でも、引取義務違反に対しては、引取りを強制する方法がありません(強制不能)ので、埋葬法の本則に立ち返り、結局「埋葬を行う者がいないとき」として市町村長が行うこととなります。
 そういう法律の定め方からしますと、この息子B男さんは、まず「同居の親族」には該当しませんので、法律上、父親の遺体の引取り義務も埋葬をする義務もないことになります。
 もし、この場合に、誰も引き取らず(身元判明者であれ身元不明者であれ)葬儀など埋葬・火葬執行者がいない場合は、厚労省管轄の福祉政策の一環として「行旅病人」及び「行旅死亡人」として市町村の長がこれを行うと定めていますので、死亡地の市町村長が火葬にして、一定期間、遺骨を保管し、その期間内に親族から遺骨の引取り申出でがあればその人に渡します(条例で定める保管料の支払を求められます)が、期間内に申出がなければ提携の寺院又は公共埋葬施設に埋葬されることになります。
 その場合、市町村(病院)としては具体的にどのような手配をすればいいのでしょうか。
 正解があるわけではないのですが、市町村の手続でも病院に長い間ご遺体を置いたままにはできないでしょうから、取扱例のひとつとしては、病院では患者が亡くなった場合に遺体の搬送をよくお願いしている葬儀業者があるはずなので、そういった業者を聞いて、まずはその葬儀業者に搬送を依頼し、近くの斎場等の安置所にしばらく安置されている状態にして、市町村で火葬手続きを進めていくという取扱例があるとのことです。
 これが、ご相談に対する回答ということになります。
4 それでは、親族でもない友人が、遺体を引取って火葬・埋葬することができるのでしょうか。
 ご遺体を引き取り埋葬、火葬するためには、「墓地、埋葬等に関する法律」第5条1項の規定により、まず市町村長の許可を受けなければならないと定めています。
 市町村長の許可を受けるために、同法「施行規則」第1条には①死亡者の本籍、住所、氏名 ②死亡者の性別 ③死亡者の出生年月日 ④死因 ⑤死亡年月日 ⑥死亡場所 ⑦埋葬又は火葬場所 ⑧申請者の住所、氏名及び死亡者との続柄を記載した申請書を、死亡地の市町村に提出しなければならないと定めています。そこでは、申請者と死亡者の「続柄」の記載を求めていますが、親族でないといけないと定めてはいません。従って、遺族親族でなければご遺体の引き取りができないということはありません。友人の方でも、市町村に備え付けの申請用紙に必要事項を記入し提出、市町村長が許可すれば、引き取り葬儀・火葬が可能です。
5 参考までに
 孤独で亡くなり引き取り手のいない人に対する無縁仏としての手続は、年間3万2000体以上になるようですが、そのほとんどが、身元が判明して家族がいるのに引き取られない場合で、引き取り拒否が近年急増しているとのデーターもあるようです。「関わりたくない」とか、「縁は切れている」、「もうしばらく会っていない」といったことが引き取り拒否の主な理由なのだそうですが、市町村としては、このように、引取拒否された遺骨を市町村の無縁墓地や受け入れお寺に埋葬する手続きが市町村の業務として急増することは覚悟しておいたほうがよいでしょう。
 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その12

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第14章 殿ちゃま、男になる!(理事長実績編“弁護士の灯火論”)


 九弁連結成50周年を終え、殿ちゃまは、九弁連51年目の理事長に就任し、理事長方針としては、「九弁連100周年に向けた新たな1年目のスタートの年」として、“九弁連はひとつ”“九州は一体”との九弁連活動をどのようにして具体化していくのかという視点から運営方針を提示された。
 その運営方針は、筑紫の国福岡県弁護士会の理事に賛同されて、九弁連各県の理事たちの協力のもと、“50年後から100年に向けての着実な第一歩”としての実績を理事長として残されたと評価されている。吉野正九弁連副理事長(福岡県弁護士会会長)の言によれば、「殿所理事長は男になった!」ということである。
その業績は、簡単に挙げても形になったものが多くある。
 ①ブロック・サミットの提唱・開催―日弁連、各県弁護士会の制度以外に、各地域弁護士会連合会(ブロック)が独自の運動・活動を活発化させるための全国レベルの協議連絡機構となろうとする構想の確立
 ②法律相談センターの全国3番目(五島)、4番目(石垣)の設置開設―弁護士過疎地域の法的サービス組織のスタート
 ③九弁連組織の充実―各理事の委員会担当制度の実施、予算基準の明確化、事務局長の相談員機構(旧事務局長の支援)の発足
 ④司法修習短縮改変に伴う弁護士会事前研修の確立・実施
 これらは、殿所哲理事長時代の形成財産として、九弁連活動の貴重な活動組織として、九弁連に半永久的に残るものだろうと思われる。


 平成11年3月、 殿ちゃまは、九弁連理事長としての退任挨拶を次のように締め括っている。
 「この年度の、各弁護士会を代表される理事の方々で構成される九弁連は、意見の違いや立場を乗り越えて、他の人々の話しを聞き取ることへの高い能力を持ちあわせた集団でありました。理事集団の意見の収斂の仕方等、心技とも極めて高度でこのうえなく怜質であり、私の最も尊敬できる集団でありました。九弁連結成51年目を迎えた年であり、50年前の九弁連の姿から見れば、今日の九弁連の発展充実は夢のように写ったかも知れません。第3回国連総会(1948年、昭和23年)で、世界人権宣言が採択されてから、今年は丁度50周年…その間の人権の容貌も多様な価値観に突き押されながら、大きく変革せざるを得ませんでした。歴史の重たい流れの中での1コマの今日、私たちが、今後の50年先を、その時代の九弁連の姿を、形のある映像として思い描くことは困難でありましょう。しかし、私どもは、時の流れと共に、より良きものを求めて、毎日毎日1枚1枚紙をめくるようにして連続した日常的行動の中から、時宜に適した展望を見出して行かなければなりません。九弁連が今日まで50年を要して達成した現在の姿でも、時代の変革について行けない不足部分はありますように、いつの時代でも完成と未完成とが同居するのが常であります。今後の50年先の時代でも変革と日常性的安定の葛藤は普遍的な事象だろうと考えます。それを承知の上で、今年のなにほどかの前進と残された不足部分を次期の理事長・理事各位に引き継ぎたいと思います。今年のなにほどかの前進が、今後の時代の流れに沿って、原型を失って変革されようと私たちは一向に構いません。しかし、私たちが、弁護士としての信義・正義と真実追求という心の灯火(ともしび)そのものは燃やし続けなければならないと思います。」
 この挨拶は、殿所哲弁護士の“弁護士の灯火(ともしび)論”として後世に残る挨拶となりました。まこち、いい挨拶じゃったねぇ~。パチパチパチ(拍手)。


(法律解説)
 このシリーズの第1章の法律解説で、九州弁護士会連合会の説明をしており、宮崎県弁護士会から初めてその九州弁護士会連合会の理事長に就任されたのが、殿所哲弁護士(殿ちゃま)であることを紹介しております。私と共に宮崎県町村会の顧問弁護士であることから、このコーナーにこのシリーズ「殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)」を載せていただいております。
 殿所弁護士の理事長退任のご挨拶は、「弁護士の灯火(ともしび)論」と呼ばれているものでした。
 弁護士の使命は弁護士法第1条に高らかに謳われております。私を含め、すべての弁護士が、法的紛争に巻き込まれ悩む人々、法的被害を受けている人々、安心した暮らしができない人々の明日を、かすかにでも明るくする「灯火(ともしび)」であるように努めてもらいたいと思っております。

1 弁護士の使命
 「社会正義の実現」と「人権擁護」、これは私たち弁護士が生業の中で常に意識しなければならない弁護士の使命です。
 弁護士法第1条は、弁護士の使命として次のように定めています。
 「1 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
  2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」
 弁護士は、同じ法曹の裁判官や検察官のように国からの給与等は無く、自分で事務所経営を行い依頼者からいただく報酬で生活していますので、その使命は「依頼者の権利及び利益の擁護」とみられてしまう面もあるのですが、本質的な使命は、「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」です。その使命を達成するために、弁護士には職務の自由と独立が要請され、高度の自治が保障されています。私たち弁護士は、その使命を自覚し、自らの行動を規律する社会的責任を負っているのです。また、依頼者に良質なリーガルサービスを提供するため、常に教養を深め、法令及び法律事務に精通するべく日々研鑽に努めていかなければなりません。
 私も、弁護士会会長(平成23年)や弁護士会常議員会議長(令和元年)として弁護士会で新年の挨拶や企画活動の挨拶等をする際には、「会員弁護士の皆様が、社会正義の実現と人権擁護の弁護士の使命の下で、益々ご活躍されるよう期待しております。」などと、弁護士の使命については常に触れるようにしていました。

2 社会正義とは?
 それでは「社会正義」とは何をいうのでしょうか?
 社会正義は、「社会的公正」「配分的正義」とも呼ばれ、欧州の騎士道、日本の武士道にも通じるものがあると言う人もいます。勧善懲悪の思想や天道思想も同じ考えでしょうか。簡単に言えば「社会生活を行う上で必要な正しい道理」ということでしょう。現代思想としては、具体的には、人権や平等主義(公平)、累進課税などを通した収入や財産の富の再分配などが社会正義の要素として挙げられます。
 民主主義は、理性のある国民一人一人の自由な判断に基づく国家の意思決定方式であり最も「正しい」方法だとされていますが、理性に基づかない多数決方式は衆愚政治を導いてしまいますし、国民一人一人の「理性」こそ、社会正義の基本です。私たちの「理性」は、自分の立場で考える理性をいうのではなく、相手や他者の立場に立って考える「理性」であることを忘れてはなりません。私は「社会正義」とは、「他者の立場に立って考えたことを基本に判断をしていくことで実現できる社会実相のこと」をいうのではないかと考えています。
 そこには、個々人が個々の自分の能力を身に付けることも含まれますし(能力主義)、勉学や労働の機会均等も含まれますし、社会的弱者への時の配分(格差是正)や社会保障思想も含まれてきます。それは、抽象的な私たち国民というよりも、人間一人一人が、時代の発展・変容という時間の流れのなかで、その都度その都度、学び続け志向されて行かなければならないものです。
 小学校の恩師山下フミ先生から小学校卒業時に戴いた言葉は「学ぶべし、怠るべからず、人の一生は勉強の連続である」という言葉でした。
 また、大学時代の恩師である九州大学名誉教授三島淑臣先生(法哲学・法思想史)から教えていた導歌に「辿りゆく麓の道は多けれど、同じ高嶺の月を見るかな」というのがあります。誰しもが、そういう社会正義の月を見られるように常に勉強し学びながら麓から高嶺へと登りゆくわけです。
 そして、殿所哲先生が“弁護士の灯火論”の挨拶で言及されているように、「私どもは、時の流れと共に、より良きものを求めて、毎日毎日1枚1枚紙をめくるようにして連続した日常的行動の中から、時宜に適した展望を見出して行かなければなりません。」ということが、まさに弁護士の「社会正義の実現」という歩みなのだろうと思います。
 これでこのシリーズ「殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)」は終了となります。お読みいただき、ありがとうございました。
( なお、「最終章 そして、桜の咲く頃に~女房に感謝を込めて~」は、殿ちゃま・近ちゃまから妻たちへの個人的な感謝の言葉を書き綴った文章にすぎず法律解説ができませんので、“割愛”させていただきます。 m(__)m )
 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その11

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第13章 あと一年、ご苦労さん! あれ~?双子?


平成11年3月末。
 お正月もとっくに過ぎ去り、いよいよ、九州弁護士会連合会の会務も最後の理事会を迎え、最終理事会の前に、平成11年度の次期理事候補を集め、九弁連次期理事予定者会議を実施することになっている。
 話は変わるが、九弁連会務は筑紫の国の福岡県弁護士会が理事6名を擁し、そこに活動の中心メンバーが揃う。近ちゃまの九州大学法学部同期のT辺M彦・T辺N克の兄弟(いずれも福岡県弁護士会の弁護士だからすごいよねぇ。)の兄T辺M彦氏も理事として活躍していた。理事は任期1年であるから、次期予定者会議には、平成10年度の現理事が参加することはない。
 平成11年度次期予定者会議には、予定者以外に、平成10年度役員中、現理事長殿ちゃま・事務局長古賀ちゃま・事務局次長近ちゃまが参加するのみである。
予定者会議直前、各県から次期理事予定者が次々と弁護士会館の会議室に入ってくる。
 福岡弁護士会の理事も全員新顔である。しかし、T辺理事の顔も見える。
殿 「やあ、T辺先生、継続でもう一年ですか、ご苦労さん!来年度も頑張ってください!」
と、殿ちゃまが、T辺理事の肩を叩いて、親しそうに挨拶!
T辺N克 「え?はい?あの~」
T辺N克 「あの~、私は、こういうもので(名刺を出す)、殿所理事長とは初めてお会いするんですが…。」
殿 「え?あれ?ん?」
T辺N克 「兄が平成10年度の現理事で、私は、双子の弟のほうになるんですが。」
あ~あ、殿ちゃま、またまた、ちょんぼ!
廊下で次期理事予定者の方々の受付をしながら全員が揃うのを待っていた近ちゃまのところまで、殿ちゃまが、トコトコやって来て、
殿 「おい! ! また、失敗、失敗。福岡のT辺弁護士は、双子か!現理事のT辺M彦先生とばかり思って、“また、もう1年頑張ってください。”と言って肩をポンと叩いたら、“私は弟です!”と言われてしまったよ!」
近 「あ!そうでした。彼らは、私と九州大学の同級で双子なんですよ~。」
殿 「何で、それを先に教えんのか!」
近 「・・・・・・」
・・・どうして、近ちゃまがお叱りを受けるのだろう?


(法律解説)
 この章では、「人間違い」の場合の法律関係を説明するしかないかと思います。
1 刑事裁判での人間違いについて

(1)誤認逮捕
 誤認逮捕(ごにんたいほ)とは、警察などの捜査機関がある人物を被疑者として逮捕したものの実際にはその人物は無実であったことが判明した場合の逮捕行為を言います。そもそも法律上許される逮捕は、ある人物に対して犯罪の嫌疑を持った場合に必要性があればなしうるものであり、刑事訴訟法第199条において「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。」と定めています。捜査機関は逮捕を行うことで犯人の逃亡や証拠隠滅を防止し、起訴をして有罪判決を得られるだけの証拠を集めるための捜査を行います。この「嫌疑」はその時点の証拠関係から判明した相当程度のものでよいとされるので、逮捕後に十分な捜査をした結果、逮捕した者が実は罪を犯していなかったと判明すること(「嫌疑が晴れる」ということ)は、制度上起こり得ることです。
 しかし、誤認逮捕されたほうは、たまったものではありません。逮捕されると日本のマスコミは犯罪者であるという前提での報道をしますので、社会的名誉や仕事を失うことが必ずあります。そのような場合、国家は逮捕された人に補償をしなければならないということになります。
 日本国憲法では「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる」(憲法第40条)と規定しています。刑事補償法第4条第1項で、抑留又は拘禁による補償については、1日あたり1000円以上12500円以下の割合による補償金の交付を受けられる旨を規定しています。
 しかし、刑事補償法の対象となるのは、起訴されて無罪判決を得た人が、逮捕・勾留されていた場合だけで、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合については、刑事補償法の対象にはなりません。逮捕後、起訴される前に容疑が晴れ釈放された場合の手当は「被疑者補償規程」に拠ります。第2条は「検察官は、被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき、公訴を提起しない処分があった場合において、その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは、抑留又は拘禁による補償をするものとする。」と定めていますが、被疑者補償規程は、法務省訓令という行政機関の内部規程に過ぎず、誤認逮捕された者に補償を請求する権利を与えたものではないので、補償されるか否かは、全て検察官の裁量次第とされていますので、補償されない場合には、誤認逮捕が違法であるとして、国家賠償請求をする方法が残っていますが、今の法律解釈では、誤認逮捕されたことが必ずしも国家賠償法にいう「違法」とはされないという問題が残っています。

(2)殺人行為での人間違いについて
① ある犯人が、Aを殺そうとしてAに向かってピストルを撃ったが、Aには当たらず、隣のBに当って、Bが死亡しました。犯人には誰に対する何罪が成立するでしょうか?
② 同じく暗闇での人影がAだと思ってピストルで撃ってその人に当ったが、人影はBであり、Bが死亡し、Aはその場にはいなかった場合、犯人には誰に対する何罪が成立するのでしょうか。
〇このような問題が刑法の試験で出されます。刑法における「事実の錯誤」という論点の理解を求める問題です。
 「事実の錯誤」とは、犯罪構成要件事実に対して錯誤があった場合のことを言います。上記の例では同じ「人違い」であるのですが、①の場合は「方法の錯誤」、②の場合には「客体の錯誤」と呼ばれています。この区別は、犯人の目の前に現実に認識したAがいるかいないかで区別されていますが、(毒薬入りジュースを送り付けた場合のように目の前にAがいないことを前提としてA宛に郵送した場合のような離隔犯の場合には、この区別は難しくなります。
 この問題を解決する刑法学説には色々な見解がありますが、基本的な考え方によれば、どちらの場合でも、実際に亡くなったBへの殺人既遂罪を認め、①の場合にはAへの殺人未遂が加わりますが、②の場合にはAへの危険性すら生じていないのでAへの殺人未遂罪は成立しないと解釈されています。


2 民事裁判での人間違いについて

(1)契約する相手を間違えた場合
 契約は、契約する人と契約する対象物と契約する内容の意思表示で成立するとされています。その契約の三要素の一つを間違った場合には、契約という意思表示を間違ってしたことになりますので、意思表示の錯誤が生じていることになります。民法第95条には「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」と定めてありますので、契約相手の人違いについては、「法律行為の要素」に関する錯誤と言えますので、その契約は無効にすることができるとなりそうですが、一般には契約の対象物が重視される契約において、人違いは錯誤とならない(大判大8.12.16)とする判例もありますが、契約相手の個性に着目する無償契約では、要素の錯誤が認められ無効となると解釈されています。
 「結婚も」二人の合意による身分契約とされています。この場合の人間違いは相手の個性に着目する場合ですから、相手と違い人との婚姻届けが出されている場合には、婚姻意思がなかったものとして婚姻は無効になります(民法第742条に「婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。」と定めてあります。)
 なお、格言に「結婚は男と女が互いに錯誤することで成立する。」という種類のものがありますが、これは法律的なことを言っているのではなく、男と女とはお互いに理解し難い間柄であり、間違った認識をしたから初めて結婚することになるのだ。」というエスプリであります。(エスプリとはフランス風ジョークとでも言えましょうかね。)

(2)裁判で訴える人を間違えた場合
 民事裁判で、原告がAさんを訴えようとしたのに、訴状の被告名としてBさんと書いた場合に、裁判の被告として裁判に出てこないといけない人は誰でしょうか、という問題があります。
 ① 訴状が被告Bさんに送られる前に、原告が間違いに気づいた場合には、訴状の訂正をしてAさんへ送ってもらえばそれで解決します。
 ② 訴状の被告Bと書かれたまま、Bさんに訴状が送られた場合にはどうでしょうか。この場合には、訴状はBさんに届きますので、Bさんが被告となって訴訟の当事者とならざるを得ません。但し、その後に、原告がBさんではなくAさんを訴えたのだとして「表示の訂正」としてAさんを当事者とする方法を取ってきた場合に、「表示の訂正」によって、再度、Aさんに訴状送付をして裁判を続けられるかは問題です。Bさんが全く無駄をふまされただけで終わるからです。Bさんが同意しなければ「表示の訂正」はできないでしょう。原告はBさんへの訴えを取り下げて、新たにAさんを訴え直す必要があります。
 ③ Bさんを表示した訴状がBさんに送られたのに、Aさんがその裁判の相手は自分のことだろうと考えて、第1回口頭弁論の裁判からAさんがBさんとして出頭して訴訟を行ってきていたが、判決を行う段階で、Bさんの名前でAさんが訴訟をしていて、原告も訴訟行為をしているAさんを訴える意思で訴訟行為をしてきた場合も「人違い」というより、その訴訟の当事者被告として誰を確定するべきかという問題になります。この場合、行動説、意思説、表示説の立場があるようですが、実際に訴訟行為をした者(Aさん)が判決を受けるべきであり、表示がBさんであっても、判決はAさんの表示に変更訂正してAさんに対して行うべきであるという見解が妥当です。

 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その10

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第12章 日本の南端の島で~「あれ?これ、どこから覗くんですか?」~
(後編:竹富島-西表島-由布島の三島巡り)

 早朝の沖縄石垣の空は、快晴!!!
 石垣法律相談センター開設の九弁連会務も昨夜の地元懇親会で終わり、今日は、殿ちゃまと観光予定の一日である。
 近ちゃまは、早く起きて石垣の空を見上げて快晴を確認すると、ホテルの電話で殿ちゃまを無理やり起こす。
近「もしもし、先生、起きられました? 天気は晴れです。今日予定していた石垣島一周案はやめます。今日は、もうひとつの案の、竹富島-西表島-由布島の三島巡りにします。船に乗りますので、早くでかけましょ。石垣に来て西表島に行かなかったら、後でみんなから馬鹿にされるそうですよ。」
 と、殿ちゃまを説得。
 早速、二人でホテルのレストランの朝食を取りながら、
 殿「夕べは、石垣の弁護士の件はおどろいたなぁ。病気の弁護士が来ているとは誰も思わんわなぁ。」
 近「沖縄弁護士会の会長も、理事長のお話をしたら、ええっ~!って、びっくりしていましたから。それより、早く食べて出かけますよ。」
 ゆっくりと朝食を取りたがる殿ちゃまを急かしてあたふたと朝食を済ませ、石垣港から船旅の写真撮影旅行へ、しゅっぱ~つ!
近ちゃまは、買ったばかりの「写し絵覗箱」(一眼レフカメラのこと)を担いで、殿ちゃまもでっかい一眼レフカメラを担いでの旅である。
殿「どらどら、いいカメラを買ったねぇ。初心者用だが機能がいっぱい付いていていいよ。しかしねぇ、その機能を君は使えるかなぁ?その機能を使えんようじゃなぁ~。」
近「いいんです。自動になっていますので、シャッターだけ押せれば写るんです。先生がカメラを買え!って僕に言われたんですよ。」(第6章参照)
殿「う、うん。そうか・・・。」


竹富島は、琉球王朝時代の琉球瓦屋根と珊瑚積みの塀の街並みがそのまま残った生活様式が見られ、星の砂の砂浜「コンドイ浜」もある。竹富島には交通信号機はない。竹富島から出る海中観光船から見る珊瑚礁と魚の群れはほんとに綺麗である。その美しさと静けさに、南の国ののんびりとした生活感を感じ取ることができる島である。
西表島は、熱帯・亜熱帯系植物の原生林の島で、天然記念物のイリオモテヤマネコ、カンムリワシが生息する。川の両側に広がるマングローブの景色は、原始時代を想像させるような異景である。西表島には交通信号機が小学生の勉強用に一ヶ所だけある。若い運転手が奇妙な敬語を使って案内するバスで西表島回りの観光案内をしてくれた。南の国のジャングルという雰囲気の島である。
由布島は、水牛の島である。遠浅の海を西表島から、の~んびりと水牛車に揺られて渡る。南の国の離れ小島という感じの島である。島全体が観光園となっている感じであった。


 昼食は、八重山「長命定食(長寿定食)」という名の、地元八重山の食べ物ばかりの定食である。食べる人の長寿を願って地元の長寿者の食事を定食化したもののようである。
殿ちゃまが長命定食を強く希望されて、近ちゃまも仕方なく同じ注文をした。
殿「おい。これ、おいしいねぇ。何だろうか?」
近「それが、ミ・ミ・ガー・で・す。」
殿「ありゃあ~。ブタの耳か!」
(ゲテモノ嫌いで、沖縄の牧志公設市場でも買おうとしやらんかったミミガーを何と、殿ちゃまは、おいしそうに食べやったげな。)

殿ちゃまは、でっかい一眼レフカメラの他に、デジタルカメラを持って来ていて観光用スナップ写真を撮っている。
殿「おい。これでちょっと俺を写してくれ。」
と、デジタルカメラを差し出す。
近ちゃまは、デジタルカメラを受け取り、ポーズを取り始めている殿ちゃまから少しずつ離れて行きながら、
近「はい!いいですよ。写しますよ~。」
近「あれ?これ、どこから覗くんですかぁ~???」
殿「え?お前、どこから覗く?!…」
と言ったきり、・・・・殿ちゃまは、腹を抱え、顔を真っ赤にして、クックックと笑いを押さえるのに必死で、しばらく声も出ない。
ひとしきり笑った後、
殿「どこから覗くったって、デジタルカメラは、液晶に画面が出るから覗くところは無いがね。覗く必要はないがね。・・・。このことは誰にも話さんでおいてやるわな。ふっふっふ。」
近「・・・(心の中で・・・きっと誰かに話すに決まっている・・・)」

 西表島のマングローブ原生林の川を観光用ボートで上がっていく。ジャングル探検の雰囲気である。
このオプション選択は、殿ちゃまも気に入ってくれた。昨日まで「オプションのパックツアーは自分の時間がゆっくりないから嫌だ。」と不平を言っていた殿ちゃまの顔つきが、いつのまにかにこにこ顔に変わっていた。
・・・そりゃそうだろう。近ちゃまはホテルのツアーデスクで「の~んびり三島巡り」といって“の~んびり”がわざわざ付いているオプションツアーを選んであげたんだから・・・・・。
殿「おい!カンムリワシがいるぞ。」
とカメラを覗いて激写体勢。カシャカシャカシャと高額カメラのシャッター音がマングローブの森に聞こえている。カンムリワシは逃げないで悠々と木々に止まってマングローブの森を見渡している。
「カンムリワシ」は、国の天然記念物であり、プロボクサー世界チャンピオンの具志堅用高のリングネームやガウン背中の刺繍で有名である。そのカンムリワシも間近に観られたし、その雄姿を写真に写せたし、何より広い青空を見上げられる、南の島の天気は快晴であった。
近ちゃまは、“近ちゃんの企画はすばらしい!”と殿ちゃまから誉めてもらいたかったそうじゃ。

宿泊は、高級リゾートホテル日航八重山である。近ちゃまも高級ホテルには泊まり慣れてしまい、な~んの失敗もない。
しかし、殿ちゃまは聞く、
殿「おい。このホテルの部屋の電灯の消し方は分かったか~?(にかッ)」
 と、ホテル事件(第3章)を思い出して殿ちゃまが一人笑っている。

2日目の夜は、次期九弁連事務局長と合流して「居酒屋“栄”」で盛り上がる!地元取れの名前の分からない名前の魚を食べたり、チャンプルーを食べたり…。
殿ちゃまは珍しく泡盛をクイクイッと飲んで上機嫌である。殿ちゃが担当された昔の面白い事件の話が延々と続く。暴力団から人質の女性を助け出した事件(「ダンスしながら耳元で」事件)、強姦事件で「いや」と「いや~ん」の違いを争った事件、不倫石積み暗号事件などなど・・・・。
男三人での事件話が延々と続きながら、南の島の夜が更けていった。

翌日3日目、殿ちゃまも近ちゃまも、少々二日酔いであったものの満足できた心持ちになりながら、JTAのジェット機の窓から、カンムリワシになった気分で八重山諸島の島々、珊瑚礁を下に見ている。「日本の南端への旅」からの帰路に着いた。
沖縄のお土産に、殿ちゃまは、なぜか、精力増進・元気回復のハブ酒を買っていた。2万円!
沖縄のお土産に、近ちゃまは、なぜか、豚の耳(ミミガー)と豚の顔(ツラガー)を買っていた。2,000円。
殿ちゃまと近ちゃまの珍道中は、とうとう、日本の南端まで及んだのであり、二人はそれぞれのお小遣いの経済格差(約10倍)を維持しながら、九州を北から東・西へと、そして南まで行ってしまったわけじゃなぁ。

(法律解説)
1 イリオモテヤマネコ・カンムリワシ訴訟
(1)沖縄県・西表島でユニマット不動産(本社東京)が進めているリゾートホテル建設計画に反対し、全国環境保護連盟(東京)などのメンバー10人が29日、国の特別天然記念物イリオモテヤマネコやカンムリワシなど22種の動物を原告として開発の中止を求める訴えを東京地方裁判所に起こしたという裁判事例(平成14年10月,東京地方裁判所平成14年(ワ)第23454号リゾート開発差止請求事件)があります。
その訴訟では、原告らは「開発予定地は絶滅の恐れがある生き物が多く生息しており、コンクリート護岸化などにより生存権が侵害される」と主張していましたが、平成15年2月26日判決で「原告適格がない」として却下されています。同様に動物を原告にした訴訟は鹿児島県・奄美大島のアマミノクロウサギ訴訟などがありますが、その訴訟においても、「原告適格がない」として却下されています(鹿児島地裁平成13年1月22日判決)。
(2)東京地裁平成15年2月26日判決(上記事件)の内容は次のとおりでした。
① 本件訴えは、沖縄県八重山郡a町付近に生息するなどする前記22種の動物(イリオモテヤマネコ等)を原告として提起されたものである。
② しかしながら、当事者能力については、民事訴訟法第28条が、当事者能力は、同法に特別の定めがある場合を除き、民法その他の法令に従う旨規定するところ、民事訴訟法及び民法その他の法令上、自然物たる動物に当事者能力を肯定することのできる根拠を見いだすことはできず、したがって、自然物たる動物である原告らに当事者能力を認めることはできないといわざるを得ない。
③ よって、本件訴えは、当事者能力を有しない者を原告とする不適法なものであり、その不備を補正することができないから、民事訴訟法第140条に基づき、口頭弁論を経ないで本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第61条、第65条第1項本文を適用して、主文のとおり(原告の訴えを却下する)判決する。

2 野生生物の保護と法律
 動物を原告とした訴訟は、自然の権利訴訟と言われ、野生生物や自然界と人間が共存する権利、野生生物の権利というものの保護を意図したものです。
 そこで、そもそも、日本の法令では野生生物は保護されているか、を見てみましょう 。
法令としては、①鳥獣保護法(1918年制定)、②種の保存法(1992年制定)、③文化財保護法(1950年制定)、 ④外来生物法(2004年制定)、⑤カルタヘナ法(2003年制定)や⑥各地方公共団体の条例等を挙げることができます(長岡大学吉盛一郎論文「自然の権利訴訟」参照)。
① 鳥獣保護法(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)では、鳥獣を保護し増やすために鳥獣保護区が設けられ、鳥獣保護区では狩猟が規制されます。
② 種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)では、野生動植物が生態系の重要な構成要素であり、自然環境の重要な一部として人類の豊かな生活に欠かすことのでき ないものである(第1条)として「希少野生動植物種」を保護するとしています。
③ 文化財保護法(旧史蹟名勝天然記念物保存法を引き継いでいる)は、天然記念物に指定されるものは、わが国にとって学術上価値が高い動物、植物および地質鉱物であるが、動物が天然記念物に指定されると捕獲が禁止されます。イリオモテヤマネコやアマミノクロウサギなどが指定されています。
④ 外来生物法(特定外来生物被害防止法)は、外来生物を廃除・駆除することによって従来種の生態系への被害を防止するとしています。
⑤ カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)は、コロンビアの都市カルタヘナでの国際会議で採択された遺伝子に関する議定書の趣旨に沿ったものであるが、遺伝子組換え生物等による生態系や健康への影響を防止するため輸入や使用などを規制するものです。
 このような生物保護関連法律や条例に、『自然享有権』や、市民や環境NGOに『自然の権利』を代弁する原告適格規定を設けられていないことから、野生生物が消滅する具体的な危険性が発生した場合の個々の保護、救済手段となる訴訟活動が封じられている状況になっています。

3 デジタルカメラとアナログカメラ
 デジタルカメラとアナログカメラの違いはほとんどなく、唯一の違いはフィルムを使用しているかCCD(画素)を使用しているかの違いですが、技術的にアナログカメラで撮影したものをデジタル化することが出来るようですから、更に違いはなくなってきています。
 写真を得意な趣味とされている方は、アナログカメラ(フィルムカメラ)にこだわりがある方が多く、フィルムカメラの方が、細かい線もしっかり撮影することができ、絵を撮影した場合には色の変化がくっきりと写ると説明されています。特に、引き伸ばし拡大してもきれいに見ることができるために、大きな写真画像を作る際には、フィルムカメラの方がよいとされています。

4 新型コロナ・ウイルス感染拡大と観光事業
 沖縄も宮崎も南国風土を生かした観光事業が行われている地域ですが、中国武漢市から始まったとされる令和2年3月頃からの新型コロナ・ウイルス感染のパンデミック(世界的大流行)は、日本政府の「緊急事態宣言」により人と人との接触をしないことを防止策としたために多くの事業閉鎖となり、観光・飲食店事業においても、外国からの航空便の減便、クルーズ船の寄港の減少等による観光客の減少、さらには、国による小中高校等に対する休校要請や修学旅行等の予定していたイベントの中止・延期要請等により、人々の行き来が無くなり全く事業として成り立たない時期を過ごしてきています。
 沖縄県は、コロナ・ウイルス感染防止対策として、観光での来訪を自粛してもらう呼びかけをしています。その内容は次のとおりでした。
 「今、首里城や美ら海水族館等、主要な観光施設は軒並み閉鎖しており、沖縄観光を楽しむことはできません。そして、多くの県民が活動自粛している中、沖縄最大の魅力である人の温かさに触れることもできません。また、島しょ県である沖縄県は、医療体制が脆弱です。新型コロナ以外も含めて、病院に入院する必要が生じた場合、病院での受け入れが難しくなることが危惧されます。
 県外在住の沖縄ファンの皆さま、愛する沖縄を守るため、そしてご自身を守るため、どうか今は来沖や県内離島への渡航を我慢してください。終息後には「うとぅいむち(おもてなし)」の心で皆様を歓迎いたしますので、今は一番安全な場所である皆さまの「家」でお過ごしください。」
 観光事業が成り立たなくなった損失に関する法律問題として、事業者の損失を誰の責任とするのか、事業が成り立たなくなったための従業員の休業状態に対する給与は支払義務があるのかどうか、事業が遂行できないことを理由に従業員を整理解雇できるのか、などの様々な問題が発生します。
基本的には事業閉鎖について日本の制度としては「強制」ではなく「協力要請」をしているにすぎない建前ですから、国への補償請求が当然に認められるわけではなく、又、事業者が国の協力要請で事業閉鎖している以上は、従業員への休業や解雇は「会社の都合による休業又は事業閉鎖」としての面がありますので、従業員は給与の支払いを受け、解雇事由はないとされる可能性があります。
 このような事業者にとっての不合理な結果に対しては、現在、国や地方自治体が行おうとしているように特別補助金・支援金として事業損失を補償する制度を創設していく必要があるように思います。
 本珍道中記は、そのような感染症パンデミックの無かった「平成の時代」の「のん気な雰囲気での旅行」が楽しめた時代の話であることをお許し願いたく思います。
以上

 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その10

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第12章 日本の南端の島で~「あれ?これ、どこから覗くんですか?」~
(前編:「私は元気であります~。」

 平成の御世(平成10年)の殿ちゃまと近ちゃまの九州国珍道中の旅も、11月、12月となると、九州弁護士会連合会の殿ちゃま理事長の任期終了が近づき、九弁連会務の仕上げの時期となり、激務の程度も少しずつ軽くなっていく感じじゃった。
 これまで数々の珍事件に遭遇した殿ちゃまは、この頃には近ちゃまの少々のミスは慣れっこになったようで、大目にみてくれるようになり、理事長職としての業務の仕上げにと総括準備に入っておりゃったげな。


1) 平成11年3月。
 殿ちゃまと近ちゃまは、沖縄・石垣島に旅をしやった。日本弁護士連合会と九州弁護士会連合会が共同して、那覇地裁石垣支部管内に「石垣法律相談センター」を設立し、その開所式と開設記念レセプションに出席するためじゃったげな。
 九弁連会務で殿ちゃま理事長が最も力を入れたのが、弁護士0-1(ゼロワン)地域の弁護士会法律相談センター構想の実現である。簡単に言えば、裁判所はあるのに弁護士がいないといういわゆる「弁護士過疎地域」に弁護士による法律相談組織を作っていこうとするものである。
 殿ちゃまの九弁連理事長時代の1年間に、なんと!殿ちゃまは、全国3番目に長崎・五島に「五島法律相談センター」を設立し、全国4番目に、南端の島、沖縄・石垣島に「石垣法律相談センター」を開設しゃったわけじゃ。
 九州国は離島が多い地域じゃから、全国に先駆けてわずか1年間に2つも「法律相談センター」を開設させたことは、誰が見てん、すごい業績じゃということになるげななあ。
 この石垣島への旅は、宮崎-沖縄那覇市(県知事訪問)-石垣市(市長訪問・開設式)-ホテル日航八重山に宿泊という流れで、宮崎―那覇-石垣-那覇-宮崎を2泊3日で観光する余裕のある旅であった。

 宮崎空港から那覇空港へ向かう飛行機の中で、
 近「先生、今回は今年最後の旅ですから、お互い失敗無しということで慎重に行きましょう。」
 殿「君こそ、また、何か失敗するんじゃなかろうなあ?」
 近「ところで、石垣は2人の弁護士登録があるのに、何故、弁護士0-1(ゼロワン)地域なんですか?」
 殿「沖縄弁護士会の会長の話だと、1人の弁護士は高齢で、病気で倒れていて実働はないということだったなあ。」
 近「そうですか、それで、九弁連理事長として働きかけられて、日弁連の0-1地域法律相談センター構想の対象になったわけですね。」
 殿「ま、そういうこっちゃ。ところで、那覇空港に着いたら、那覇から石垣町への飛行機は、今度はプロペラ機かな?」
 近「えー? 違いますよ。ちゃんとしたジェット機ですよ。40分くらいかかるらしいですから、宮崎-福岡間と同じくらいの距離があるんですよ。しかも、もう間違ってますよ。石垣は町ではなく、石垣市ですよ。」
 殿「そうか。田舎じゃろうと思たけどなあ。」
石垣市の人が聞いたら怒りそうな、殿ちゃまのつぶやきである。

 那覇市で沖縄県の与那嶺知事(かりゆしのシャツを着ておられました)への挨拶訪問を済ませて、すぐ石垣島へJTA(日本トランスオーシャン航空)の「ジェット機」で移動する。天気は生憎の雨模様・・・・飛行機に搭乗後すぐに、機内アナウンスが「石垣に着陸できない場合は引き返すこともございます。」と告げていた。着陸予定時間が過ぎても、飛行機はなかなか着陸しない・・・石垣上空を40分ほど飛行機は旋回している。
殿ちゃまは、かつての韓国旅行帰路の飛行機引き返し事件を思い出し(*第10章を参照)、“着陸できなかったら、相談センター開設記念式典はどうすればいいか”と心配でたまらんがったげな。しかし、その殿ちゃまの横で、隣座席に座っている近ちゃまは、いびきをグーグーかきながらあんのんと眠っていたげなよ。
 ドスンと飛行機が着陸。すぐ急逆噴射。ゴーッと逆噴射音。
 体がぐーっと前に引き出される感じになり、飛行機のシートベルトが役立つことが始めて体験できる。

 近「あ!やっと着きましたねえ。あーあ、ずいぶん遅れちゃいましたねえ。長く旋回していましたねえ。」
 と、冷静に時計を見るふりをして、近ちゃまが一言。
 殿「おお、そうじゃったねえ。少し疲れたわ。君は大丈夫か。」
 近「はい。寝ないで心配してました。」
 しかし、殿ちゃまは、近ちゃまが、着陸の逆噴射のショックで初めて目を覚ましただけで、それまでの40分間の旋回を全く知らず、開設式典に遅れる心配どころか、グーグー寝ていたことは先刻承知の介であった。
 石垣空港は滑走路が短く大型機が利用できないために、空港新設計画(白保海上案)があるが、きれいな珊瑚礁を死滅させるとの反対運動が起こり、長い滑走路を想定した空港新設計画は実現していない。そのため、ジェット機のパイロットは、今の短い滑走路に着陸と同時に急逆噴射措置を取らねばならないという極めて技術の要する空港の1つになっているらしい。

2) 石垣島では、医者の資格を持つ石垣市長に挨拶訪問をした後、江戸からきた日弁連会長と日向の国からきた殿ちゃま九弁連理事長が記者会見。近ちゃまも、殿ちゃまの後ろに座って、チャッカリ、瓦版の写し絵(新聞用写真のこと・八重山日報)に写っちょりゃったげな。
 開設記念式典レセプションでの殿ちゃまの挨拶は非常に簡明で上手であった。なぜ石垣島が弁護士0-1地域なのかの説明(1人の弁護士が病気で実働していないことまで詳しく解説)まで言及されたものだった。
 理事長挨拶と乾杯を終えた殿ちゃまは、その場に石垣から1人だけ出席していた弁護士のテーブルまで挨拶に行き、
 殿「やあ、ご苦労さまです。大変でしょうが、法律相談センターもできましたので、今後とも頑張ってください。」
 弁「はい。どうも。」
 殿「ところで、先生はおいくつになられますか?」
 弁「78歳ですわ。」
 殿「お元気ですなあ。もう1人の方は、御病気で寝ておられるんでしたねえ。」
 弁「いや、いや。もう1人は私より若くてバリバリやっていますよ。」
 殿「あ?」 「いやあ?」 「は?」
(ありゃ?こりゃ、まずい!病気の方のほうが開設式典に出てきているようだと、殿ちゃまはすぐ感づいた!!)
 殿ちゃまは、ソソクサとその席を離れ、末端テーブルで、普段食べなれない豪華食事をムシャムシャ食べては、沖縄オリオンビールをガブガブ呑んでいた近ちゃまに近づき、
 殿「おい。石垣の弁護士は1人病気で倒れているという話じゃったがね。」
 近「はい。そうですよ。(ムシャムシャ)」
 殿「ところが、今日はその病気の弁護士のほうが開設式典に参加していて、今その人に、“1人は病気で倒れていて実働されていないんですよねえ”、と言ってしまったぞ。」
 近「働いていないほうの弁護士が出席されているんですか?」
 殿「沖縄弁護士会の会長の話と違うぞ。さっき挨拶で、1人は働いていないから0-1地域になると説明したばっかりじゃ。本人は怒っちょりゃせんじゃろうかなあ。本人は、面と向かって“あんたは働いとらんじゃろ”と言われたようなもんじゃわなあ。」
 近「そうなりますねえ。ま。いいじゃないですか。飲みましょ。後で沖縄の会長に話しておきます。」
 殿ちゃまの冷や汗もんのお話じゃった。
 このお話には、おまけがある。
 なんと!石垣のその弁護士先生は、最後に歓迎のスピーチをして、
 「先ほどの挨拶の中にも、石垣の1人の弁護士は病気で倒れているとの説明があったが、あれは、多分私のことだろうと思うが、確かに、もう民事の仕事はしてない!しかし、私は、元気であります!………。」と、のたもうた。
 殿「ありゃ~。やっぱり、怒っちょった~。」
 近「そうみたい・で・す・ね。」

(法律解説)
1、日弁連の「0-1(ゼロワン)地域の弁護士会法律相談センター構想
  日本弁護士連合会は、平成時代に入って、「市民にとって利用しやすい、開かれた司法」、「いつでも、どこでも、だれでも良質な司法サービスを受けられる社会」の実現を目指し、司法サービスの全国地域への展開に取り組んできており、特に弁護士過疎・偏在の解消に関しては、1999年(平成11年)の「日弁連ひまわり基金」の設置と全会員からの特別会費の徴収によって、全国に数多くの法律相談センターとひまわり基金法律事務所が開設・運営されるようになりました。国の費用ではなく、弁護士全員が個々人の費用負担で過疎地域への弁護士相談派遣費用や法律相談センターの設置費用を賄うという弁護士たちだけの活動でした。その対象地域は「地方裁判所各支部管内(後に簡易裁判所管内にも適用拡大)の行政区内に弁護士が不在か弁護士1名しかいない場合という0-1(ゼロワン)地域」でした。当時、全国で74か所が対象地域になりました。宮崎では、日南・串間市、日向市、西都市、小林・えびの市が対象とされました。
  宮崎県内の0-1(ゼロワン)地域解消事業としては、2002年(平成14年)8月に日南ひまわり基金法律事務所開設、2006年(平成18年)8月に日向入郷地区ひまわり法律事務所開設、2008年(平成20年)10月に小林ひまわり基金法律事務所開設、2010年(平成22年)6月に西都ひまわり基金法律事務所開設を終え、全国的には、2011年(平成23年)12月には全国の地方裁判所支部管内における弁護士ゼロワン地域が一旦解消されるところとなり、当連合会管内においては、現在も弁護士ゼロワン地域の解消状態が維持できています。
  ちなみに、殿所弁護士が理事長に就任された九州弁護士会連合会としては、2000年(平成12年)4月のひまわり基金・九弁連対馬弁護士センターの開設に始まり、九州各県の弁護士過疎地域に、ひまわり基金法律事務所の設置を積極的に進め、29か所の公設事務所を設置してきたという実績がありますが、それ以前の1998年(平成10年)の長崎五島福江法律相談センター(全国3番目)と沖縄石垣法律相談センター(全国4番目)の設置は、日弁連費用での設置を九州弁護士会連合会が働きかけたというものです。
2、新石垣空港の開港
  石垣空港の新空港建設計画は、その後計画場所の変更(カラ岳陸上案)がなされ、2006年(平成18年)10月20日には起工式が行われ建設工事が始まり、2013年(平成25年)3月7日に新石垣空港が開港し、滑走路が旧石垣空港より500 m長い2,000 mとなったことで、ボーイング777-200・767-300・787-8クラスの中型ジェット旅客機も離着陸可能となり首都圏への直行便も運航可能になったということです。新石垣空港の愛称は「南ぬ島 石垣空港」(ぱいぬしま  いしがきくうこう)であり、航空定期便が発着する空港では日本最南端に位置するとのことです。(ウィキペディア(Wikipedia)参照)
 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その9

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第11章 殿ちゃまを一人にできない!

 殿ちゃまと近ちゃまの九州国珍道中はいつも二人一緒というわけでもない。九弁連理事長という要職にある殿ちゃまだけが一人で旅をする場合もある。殿ちゃまの孤独な旅である。
殿「この前、ブロックサミットに一人で行ったけど、宮崎空港で搭乗手続きを済ませた後、12時50分出発と思ってゆっくり昼食をとって、のんびりとロビーまで行ったら、40分出発だったらしく、 ロビー案内嬢が“殿ちゃま様、殿ちゃま様はいらっしゃいませんか!”“殿ちゃま様はいらっしゃいませんか!”“殿ちゃま様、出発のお時間がきております!”と大声でロビー内を走り回って捜していたんだよ。飛行機の出発を遅らせてしまったよ。やぁ、近ちゃまのことは(第4章を参照)、笑えんなぁ。」
近「な、な、な~んと。飛行機の出発を遅らせたなんて!私は、そこまではしていませんよ。」
殿「君に話したら、それ見よとばかりに笑うだろうなぁ、とその時思ったよ。」
近「そりゃそうですよ。」
殿「やはり、君がおらんといかん。」
やはり、殿ちゃまを一人にしてはおけない、と近ちゃまは思った。
しかし、本来は慎重である殿ちゃまが、そそっかしい近ちゃまの性格に馴染んでしまい、近ちゃま的性格が伝染してしまったのだろうというのが、大方の見方であった。
 殿ちゃま68歳、近ちゃま44歳の、もういい年の中年男子であった。


(法律解説)
1,おひとりさまを取り巻く「法的トラブル」
 「おひとりさま」という言葉には、独身者の気楽な生活イメージがある反面、身の回りのすべてのことを自分一人でやらなくてはならないシングル生活、又は独居高齢者のイメージもありますが、「法律、制度、お金の三つの知識を強い味方にすれば、たったひとりでも老後は安心!」というスタンスで、「おひとりさまの法律とお金」という本を出している弁護士もおられます。 その本では、夫婦の一方が死亡、又は離婚したりして「おひとりさま」になった場合の法的トラブル、おひとりさまの労働契約の解雇や住宅退去のトラブル、おひとりさま高齢者の振り込め詐欺トラブルなど、多くの孤独な戦いをしなくてはならないための法律知識が助言、解説してあるようです。
(1)おひとりさまになる場合のトラブル
 ① 配偶者の死亡によって一人になる場合
 この場合、法的には「相続(財産の分け方の問題)」や「祭祀承継(さいししょうけい)」(お墓やお骨の管理の問題)のトラブルが生じます。相続で多くトラブルが生じる場合が、第2順位相続の場合と第3順位相続の場合です。 この場合の法定相続人は、配偶者である自分と死亡した配偶者側の血族(父母・兄弟姉妹)であり、残されたひとりぼっち配偶者が他の血族相続人とうまく協議してもらえない状況に追い込まれ相続トラブルになります。 多勢に無勢の場合には、弁護士への早期相談又は家庭裁判所での遺産分割調停などの法的な手続きに則り正当な解決を図る勇気が必要になります。
 ② 配偶者との離婚によって一人になる場合
 この場合、夫婦間において離婚協議がスムーズに行えれば問題は少ないのですが、その場合でも慰謝料の他に財産分与などのお金の問題でなかなか合意できないことが多いようです。離婚は結婚のときよりも何倍ものエネルギーが必要だと言われています。 夫婦で住宅ローンを利用してマンションを購入している場合に、「マンションは自分がもらい、ローンは浮気して離婚の原因となった相手方に払ってもらう」という希望が多く出ますが、浮気の慰謝料と財産分与としてのローン負担は全く別個の法律問題ですので、なかなかうまく協議になりませんし、 他方、「マンションは自分がもらうから、ローンも相手方名義であるが自分の方で払っていく」という場合でも、ローンの債務者名義を簡単に変えることができません(一度ローン残額全額を借り換えれば別ですが)ので、ローン名義だけが残る相手方がなかなか承諾してくれないという問題が生じます。
結局、ローンを返済するためにマンションを売却する方法しか残らず、離婚すれば、従来住んでいたマンションに一人で住むということはあきらめざるを得なくなります。
(2)高齢者社会と高齢者独居生活のトラブル
 ① わが国の高齢化率は、2019年9月時点で28.4%、4人に1人以上が65歳以上の高齢者となっており、また、少子化等も影響して日本の人口は今後も減少傾向にあることから、高齢者だけの世帯や高齢者の独居暮らしが多くなっています。
 ある統計では、高齢者独居の世帯は、平成27年には240万1千世帯、全世帯数の5%程度に上ります。65歳以上の人口に占める割合をみると、男性の13.3%、女性の21.1%が一人暮らしをしているとのデータがあります。
 ② 独居高齢者の消費者被害による国民消費生活センターへの相談件数は年々増加しており(平成27年度には18万3千件の相談)、そのトラブルの内容については、高齢者宅に直接電話してサービス勧誘する「電話勧誘販売」、訪問してサービス販売する「訪問販売」、 インターネットサービスによる「インターネット通販」が多く、その極めつけが、電話での「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」による被害であり、全国で総額何兆円もの被害が出ています。
 ③ 認知症高齢者の場合には、徘徊による近所間トラブル、財産管理懈怠又は財産紛失トラブルなどが介護者や介護施設又は近隣者、親族間で起きたりしています。 この点は、介護保険制度と同時に平成12年4月から開始された成年後見制度の利用を積極的に行ってもらう必要がありますが、同制度を利用せずに、親族又は知人の一人が事実上の介護や財産管理をしていることからトラブルになっています。

2,弁護士同士の関係について
(1)法曹界とは
 裁判官、検察官、弁護士、法律学者、法務局・刑務所等の法務関係者の法務・司法など法律関係の仕事に携わる職業の業界関係を「法曹界」と言っています。特に、裁判官、検察官、弁護士を指すことがあり、「法曹三者」とも言われています。 平成28年度で裁判官2,755名、検察官1,930名、弁護士3万7,680名という4万人を超える業界になります。「法曹」という言葉は、もともとは「下級の監獄官吏」の意味で、それが転じて「法を司る官僚」という意味になり、裁判官と検察官を指す言葉として用いられたようです。
(2)弁護士の呼び方について
 ① 法曹三者で最も多いのが弁護士ですが、弁護士は、他の二者とは異なり公務員ではなく自営業者になります。そこで、弁護士は自分で法律事務所を経営するか、大きな法律事務所に雇用されるか、大きな会社の法務担当者として雇用されるか、国や地方公共団体の職員(期限付き)として採用されるか、という方法で弁護士業務を行うということになります。 もっとも、弁護士資格(法曹資格)を持ちながら、弁護士登録をせずに会社や地方自治体に一般職員として採用される方法もありますが、その場合には弁護士業務を行うことはできないし、行った場合は弁護士法違反となります。
 ② 法曹界内部の呼び方になりますが、弁護士業務の仕方のうち、最初から法律事務所を経営する場合を「即独弁護士」、雇用される場合を「居候弁護士(イソ弁)」、雇用されないが先輩事務所の一部屋に間借りして仕事をもらう場合を「軒下弁護士(ノキ弁)、企業等に雇用される場合を「組織内弁護士(インハウスローヤーの略で「インハウス」)などと呼んでいます。 一旦検察官となった後に弁護士になった場合を「辞め検弁護士(ヤメケン)」と呼んだりしていますが、他の業界では通用しない呼び方ですし、好意的な呼び方とも言えませんので、品位をモットーとする法曹界にあっては、徐々に呼び名としては消えていくのではないかと思います。
 ③ なお、殿ちゃまも即独弁護士であり、近ちゃまも最初から即独弁護士です。近ちゃまは、殿ちゃまの事務所の「イソ弁」だったという噂がありますが間違いです。 ただ、殿ちゃまは、近ちゃまが即独弁護士一年目から法律相談客や事件紹介をいただき、大きな案件での共同受任もさせていただきながら弁護士業務を基本から指導していただいた大恩人であります。
 今、この文章を書いている令和の時代で、殿ちゃまは90歳の「卒寿」を迎えられ、近ちゃまも66歳の「緑々寿」を迎え、高齢者の部類に元気に突入しております(笑)。
 



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その8

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第10章 こんなに疲れる韓国旅行って、な~んだコリア(Korea)?
(お詫び:第8章「シーガイアであたふた、あたふた。(九弁連宮崎大会)」及び第9章 「僕は浮気防止役?(摩女梨花での夜)」は、私の勝手な都合により割愛させていただきます。)

1,平成の御代の10年目の6月は雨の多い梅雨であった。
 九弁連では年1回の大きなイベントとして、海外視察交流旅行がある。その九弁連海外視察で、「今年は、ハワイか!」という近ちゃまの大きな期待に反し(?)、韓国のプサンとソウルの各弁護士会との交流及び研修を行うことが九弁連国際委員会で決定されちゃったのであり、事務次長の近ちゃまの権限なんて何一つもないみたい・・・・。  近ちゃまは、梅雨の雨空を見上げ、韓国も雨なのかなぁ、ハワイは晴れているだろうなぁ・・・と諦めが悪い。
 韓国の英名は「Korea(コリア)」である。韓国は、日本と共通する箸と米食の文化を持ち、長い歴史的交流のある隣国であり、同じ民主主義国家としての経済面、政治面でも相互友好関係の国である。人々の交流が盛んとなり、裁判や弁護士の世界でもその法律家の交流が重要さが増しちょったから、いい研修旅行になるじゃろうと企画されたげな。
 研修旅行先が決まり、九弁連理事長の殿ちゃまは旅行団団長、近ちゃまはその随行秘書役となった。
 日向の国の宮崎県弁護士会においては、「宮崎の弁護士が誰も参加せず、殿ちゃま先生の団長一人だけで韓国に行かせるわけにはいかない!」という近ちゃまの悲痛な呼びかけに、松ちゃん(松岡茂行弁護士)、谷ちゃん(谷口悟弁護士)たちも交流旅行に参加してくれたげな。近ちゃまのこの言葉に、何かイメージしませんか?
そう、近ちゃまのこのときの言葉は、数年後にイギリスのロンドンで開かれた五大陸優秀選手運動大会(「ロンドンオリンピック」とも言う。)の際に、日向の国出身の水泳メダリストの松田丈志選手が、同競技の北島康介選手が個人種目メダル無しに終わると、「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない!」と話して結束し、メドレーリレーで銀メダルを獲得したという歴史的な言葉の原点となったんじゃろなぁ。
 実際に、韓国視察の準備を始めると、殿ちゃまは、団長としての会議等における挨拶が待っており、韓国との歴史的背景をもとに国際交流上の配慮事項を調査したり、近ちゃまは、団長挨拶にシーガイア九弁連宮崎大会へのご招待や韓国交流実績のある南郷村(現美郷町)「百済の里」の紹介の文言を入れるということで、それらの資料と挨拶文起案にバタバタ、あたふた。
 そして、近ちゃまは、こんにちは=アンニョンハシムニカ、ありがとう=カムサムニダなど挨拶に使える韓国語は~何がいいかと考えながら、ハングル語の本を買って来ては、付け焼刃のハングル語の挨拶に挑戦してみたりし、とにかく自分の旅行準備よりも韓国での会議準備の方が大変だったのじゃ。
 殿ちゃまは、韓国視察の出発直前にも、筑紫国福岡で日本法律家協会の会合に出席したり、福岡高等裁判所長官や福岡高等検察庁検事長が参加する九州法曹会議に九弁連理事長として参加したりと、筑紫国福岡に滞在し、日向の国宮崎には帰れぬまま韓国に出発するという強行スケジュールである。
2,いよいよ、韓国に到着する。
 韓国は、銀行倒産等の大不況(IMF支援)の時期で、経済的にも街並みの雰囲気も活気が無い。空港に降り立つ前に飛行機の窓から見えた韓国は、赤茶けた山が印象的で、ほこりっぽい感じがする。気分的にはキムチの匂いがするような異国の雰囲気があり、旅行のワクワク感が十分に感じられたようじゃ。
 ところで、韓国の赤茶けた山の風景は、韓国の日本軍占領下で日本軍が大量の樹木を伐採したからであるという説もあるが、韓国焼き物とオンドル暖房という伝統的文化のため大量の樹木が伐採され続けた結果だという説明のほうが正しいようである。
 殿ちゃまは、韓国でもプサン-慶州-ソウルと移動する旅程の中で、団長としてそれぞれの都市に行くたびに大忙し・・・・近ちゃまの起案したハングル混じりの読みにくい原稿で挨拶をしたり、通訳を通じて言葉をかけながら韓国側のそれぞれの弁護士に握手をしたりと外交官並みの立ち振る舞いをしなくてはならない。 韓国側の弁護士は、韓国語で話をされるのだが、実は英語以外に日本語も話せる人が多い。日本側の弁護士は、韓国語がほとんど分からない。語学教育の差だろうか?
 近ちゃまは、九州各県弁護士の皆さんに頼られたかどうかは別にして、旅行代理店の随行者みたいな役回りとなり、各訪問先の入場料や食事代の支払いなどの会計担当である。 参加者からの預り金の入ったリュックをいつもスーツの上に背負ったままアタフタと動きまわっていたげな。松ちゃんも谷ちゃんも、換金の計算に戸惑っている近ちゃまをテキパキと手伝ってあげてたげな。カムサムニダ~。
 観光客のようにのんびりと飲み食いして楽しめる企画や予定もなく、ガイド付きの真面目な史跡観光の他は、韓国プサン弁護士会、韓国ソウル弁護士会での交流会、弁護士会館見学、国会見学、憲法裁判所見学、地方裁判所見学と、研修見学行事や意見交換会議ばかりで、観光旅行気分で参加していた松ちゃんと谷ちゃんは、だんだんと不機嫌(!)になり始める。
 しかし、二人は、各自の自由時間も殿ちゃまと近ちゃまに合わせて一緒に行動してくりゃって、近ちゃまはありがたかったげな。カムサムニダ~。
 近ちゃまの「殿ちゃまを一人にするわけにはいかん!」という松田丈志的な一言の下で、松ちゃんも谷ちゃんも自由行動を控えてくれたのである。
 しかし、最後のソウルの最後の夜は、ちゃっかり殿ちゃまをホテルの部屋に置いたまま、三人でそ~っと抜け出してソウルの夜の街へ・・・(実際は、ソウルの飲み屋街の屋台で通りを歩いている韓国美人を眺めながら、大いに飲み食いしただけで終わってしまったが)。
 韓国ならではの経験といえば、殿ちゃまと近ちゃまたち三人は、公式行事を終えた夕方の自由時間に「カジノ」に行ったことじゃねぇ。ホテルの中に外国人専用の「カジノ」が入っているのである。 殿ちゃまの「みんな、1万円ずつで終わっちょけよ。」という厳しいお達しに従い、1万円限定のカジノ遊び(ルーレットゲーム)じゃったげな。肝心な殿ちゃまは、すぐに1万円負けてさっさとホテルの部屋に戻ってしまった! 松ちゃんは、1万円で3時間も粘っていた。 流れをつかんだ人の懸けたところに自分も懸けるというせこい勝負方法ではあったが、流れをつかんだ人が誰かを見極められるというのはすごい才能であると感心した次第である。 近ちゃまも1万円を限度にカジノゲームをしたが、殿ちゃまの次に早く負け、松ちゃんのカジノの風を読む風情を3時間も眺めておりゃったらしい。谷ちゃんは、最後のスロットルで「中当たり」程度のコインをジャラジャラと出していて損はしなかったようであった。強運の谷ちゃんである。
3,九弁連韓国視察の帰路は、ソウループサンー福岡-宮崎へと一日をかけての飛行移動である。
 問題が発生したのは、入国後の最後の旅程の福岡空港でのことである。福岡発-宮崎行の飛行便の案内でがっくり。福岡に着き、更には結構長い入国手続きでも疲れ果てていたのであるが、「宮崎は天候不良!」との情報が飛び込む。詳細に情報を確認すると、午後4時発の福岡-宮崎便は飛ぶ、次の午後5時発の便は飛ぶか飛ばないか検討中とのこと。 殿ちゃまは、松ちゃん、谷ちゃんや他の参加者と一緒の4時の便、近ちゃま一人だけが5時の便である。何の手違いだったんじゃろかい?
 殿ちゃまは「じゃ、先に帰るからね。」と冷たいお言葉を残し、他の参加者と一緒に4時の便に搭乗して行きゃった。・・・ 残された近ちゃまは、天候回復を祈りながら、人の少なくなった福岡空港で一人疲れ果てて待つのであった。
 ところが、空港場内案内で「宮崎行き4時発の便は天候不良のため、折り返しになりました。5時発の便も欠航となります。」とアナウンス。近ちゃまは自分の便の欠航の残念さよりも、前の便が戻ってくるということに大喜び!
「みんなも帰って来る!」
と元気な気持ちになっていた。
 近ちゃまは、福岡空港の到着ロビーで殿ちゃまたちが重い荷物を抱えて出てくるのをニコニコ顔で「お帰りなさい。」と出迎えてあげた。 心の中で、「万歳、万歳」と近ちゃまは叫んでいたが、みんな宮崎上空で40分も旋回飛行に揺られていたらしく、憮然として、かつ、疲労困ぱいの表情・・・今回の韓国視察は、最後まで疲れに疲れる旅行であったという結末を象徴するトラブルであった。
 谷ちゃんは、「もう頭にきた!今日は博多に泊まる!」と言ってぷりぷり怒って福岡空港から出て行き、博多の街へ消えて行きゃった。 他には、ゴルフバッグを抱えて次の便で無理に飛んで行って鹿児島空港に向かわされ(着陸地変更)、鹿児島から更に高速バスで帰らされたという参加者もおりゃった。
 殿ちゃまと近ちゃまは、最後に、夕食も取る暇もないまま、天神バスセンターへ急遽移動し、高速バス・フェニックス号の指定席を手に入れることができ、二人で宮崎までの帰路に着く。殿ちゃまは高速バスの席に深く沈むよう疲れて眠っておりゃった。暗い高速バスのガラス窓に映る殿ちゃまのその横顔には疲れが出ており、68歳の老いが覗いていた。 近ちゃまは、小さくつぶやいたげな。「殿ちゃま、本当にお疲れ様でした。」
 宮崎到着は夜10時半、ソウルを出発して17時間の長旅の一日であった。
 参加した日向の国の宮崎県弁護士会の全員がとてもとても疲れた、「なんだコリア?!」とダジャレでも通じないくらい疲れた初めての韓国旅行じゃったげな。ひんだれたねえ~。
 ところで、韓国は、観光目的でゆっくりのんびり食べて飲んで楽しめる外国です。ご飯やみそ汁、魚料理を箸で食べるという日本式で通用する部分もあり、それに加えてチヂミ、トッポギ、おでん、なべ料理など韓国独特の料理も存分に味わえるようですし、気楽で楽しい外国旅行が経験できる良い国ですよ。
皆さん、韓国旅行は、最初から観光旅行を企画した方が絶対に楽しいと思います。「コリア(こりゃ)また、行こう!」ということになりますよ~。

(法律解説)
1,九弁連海外視察
 九弁連には、20の連絡協議会(委員会)が設置されており、その中の国際委員会により毎年、韓国・台湾・ハワイ・シンガポール・オーストラリア等の海外弁護士会との交流を兼ねて海外視察旅行が企画されます。参加者は自費ですが事務所経費として認められるところにメリットがあります。 これは、現代の法律・裁判関係において国際的な枠組みでの対応(外国人との離婚、外国との契約トラブル等)が必要となったことに関して、外国弁護士会と交流を持ち、手続き対応、資料提供、相互研究をしていく必要が生じていることから、各単位会だけでなく、九弁連全体で活動しようという意図で行われてきているものです。  九弁連理事長が旅行団の団長となり訪問先の多くの弁護士たちの前で挨拶をします。当然、通訳が付いた会議になるのですが、渉外事務所で働く弁護士ならともかく、外国人と馴染みのない国内生活を送っている多くの弁護士にとっては、語学下手が多く、国際交流は、言葉が通じない点でとても重荷に感じます。
2,アジア通貨危機
(1)平成9年7月よりタイを中心に、インドネシア・韓国と広がったアジア各国の急激な通貨下落(減価)現象を「アジア通貨危機」と呼んでいます。 韓国では、起亜自動車の倒産を皮切りに、経済状態が悪化。国際通貨基金(IMF)の援助を要請する事態となり、現代グループなどに対して財閥解体が行われたりして「IMF危機」と呼ばれていました。
(2)その不況の冷めやらない平成10年に九弁連韓国視察を行ったのですが、韓国の街にも活気がなく、宴会も自粛ムードで静かな雰囲気で過ごしたという印象でした。
(3)この韓国IMF危機について、後日、金大中政権が開催した「IMF危機事態の責任」を問う国会聴聞会で、前政権担当者が、「日本系の金融機関が、日本国内の予想外の金融事情から短期債権の満期延長を拒否し、1997年11月~12月に急に70億ドルを回収していったのが金融危機をもたらした原因だ。」 との発言に対して、金大中政権は、「欧米系金融機関が資金を引き揚げたのに対し、日本系金融機関は、最後まで韓国金融機関への協調融資に応じていた。」と事実関係を明らかにし、日本の非難に終始した前政権を激しく非難して、日本を擁護したということがあるようです(「Wikipedia」による)。
(4)日本の通貨「円」と韓国の通貨「ウォン」は、1:10の価値比率となるようなので(1円が10ウォン)、韓国で買い物をする際に「10,000」という値札を見ると、一瞬“高いなあ”と思いますが、すぐに換算すると“あ!千円かあ。安いんだぁ。”と思い直しながら、買い物をしました。
 その後、日本国内の何かの行事で賞金を渡すときに、「2万・・・・」という段階で一旦息を止めると、みんなが「うぉ~」とびっくりして、その後おもむろに「ウォン、を贈呈します。」と続けると、みんなが「な~んだ、2万ウォンかあ。2千円じゃが(笑)」となっていくウケ狙いで使わせてもらったことがあります。
3,カジノについて
 我が国でも、2016年(平成28年)12月15日の衆議院本会議で「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(IR推進法)が成立し、カジノの法制度化への道が開かれることになりました。 しかし、2020年(令和2年)1月6日、カジノを含む統合型リゾート(IR)事業をめぐり、現職の国会議員が収賄容疑で逮捕された汚職事件で、贈賄側とされる中国企業が国会議員5人に現金を配ったと供述するなど、政治的な利権も絡む問題が露見しています。
 カジノ導入により、外国観光客の大量来日、カジノ税収入の増大とそれによる国家や自治体の財政健全化というメリットが挙げられますが、国民のギャンブル依存性の問題や治安の悪化、犯罪組織の関与等の大きな弊害も指摘されています。
 そもそも、「カジノ」は、イタリアでの音楽、ダンスの集会所に起源をもち、19世紀後半からゲーム、賭博の場となったもので、賭け事を主とする遊興施設を意味しており、モナコ、マカオ、ラスベガスなどが有名ですが、イギリス、フランス、ドイツ、ボルトガル、ギリシャのヨーロッパ各国にもあるようです。
 韓国では昭和50年頃にカジノが解禁され、現在では15箇所以上もあり、韓国の夜を盛り上げています。韓国のカジノは、外国籍で19歳以上の方であれば入場が認められており、韓国籍の方はカジノで遊べないことになっていましたが、平成12年以降は韓国人も利用できるカジノが認められています。
 入場料は無料ですが、入場にはパスポートが必要となります。18歳未満の未成年者・幼児は付き添いの成人が同伴しても入場できないようです。
4,再度の韓国旅行(済州島での国際会議)
 近ちゃまコト私は、この韓国視察後の十数年後にあたる平成23年9月23日~25日に再度、韓国を訪問しています。日韓の弁護士トップ層が合同会議を行う「日韓バーリーダース定期会議」へ日弁連理事としての参加でした。 場所は、韓国のハワイと称される「済州島(チェジュ島)でした。高級海浜リゾート地、テレビドラマの撮影地として美しい景色が人気の場所です。 会議後のパーティーの御馳走や「城山日出峰(ソンサンイルチュルボン、2007年にユネスコ世界自然遺産に登録された火山)」の朝焼けの風景、日の出撮影、強い風の中のミニ観光など、僅か3日間でしたが韓国の観光を満足しました。「コリア(こりゃ)また、行こう!」という気持ちになりました。
 済州島の特徴を言い表すのに、「三麗」と「三多」、および「三無」という言葉があるそうです。
 三麗とは、「美しい心」「素晴らしい自然」「美味しい果物」といった島民の心や景観の美しさ、特産物を意味します。
 三多とは、「石と風と女の3つが多い」という意味。火山島であるため、火山の噴火により流出した火山岩が多く、台風が度々通過する上、季節風の吹く地域であるということです。
 三無とは、「泥棒がいない」「乞食がいない」「外部からの(泥棒と乞食の)侵入を防ぐ門が無い(必要無い)」という意味だそうです。 かつての済州島は、厳しい自然環境を克服するため協同精神が発達しており、そのこともこの3つが無かった(あるいは必要とされなかった)とされてきた所以であると言われています。アジアの良い精神風土が育っているようでいいですよね。



以  上

恋愛か?わいせつか?(中学校の教師と生徒)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1,青少年育成保護条例(通称「淫行禁止条例」は、都道府県ごとに規定されており、その条例のほとんどが、基本的には「18才未満の者と淫らな性行為をすることを禁ずる」と定めています。 民法等の改正により成人年齢を20歳から18歳に下げても、この基準は変わらないだろうと言われていますが、そもそも、女性が16才で婚姻できる(民法第731条)にも関わらず、18歳以下の女性と性交渉を持ってはいけないという矛盾点は、なかなか説明しづらいものがあります。
 矛盾点の解消としては、「淫行」の定義及び解釈で行なわれています。 「淫行」とは、簡単に言えば「性欲を満たすために青少年とセックスおよびそれに類した性行為を行うこと」とされ、恋愛感情を伴う婚姻目的の真剣交際は「淫行」にあたらないとの解釈です(昭和60年10月23日最高裁大法廷判決―福岡県青少年育成保護条例事件)。 ここで言う「真剣交際」とは、誘惑、威嚇など相手を困惑させる手段を伴わず、性欲を満たすためだけの性行為ではない場合を指すようです。

2,事例で考えてみましょう。 大学卒業後にアルバイトの塾講師を辞め、中学教師となる予定だったA男(以下「A男」という。)と15歳の女子中学生B子(以下「B子」という。)」の交際についての判例があります。 2人の交際は、A男が大学生時代に塾講師のアルバイト先の教室で、同塾に通っていた当時中学3年生のB子と平成27年2月頃に携帯電話のラインの交換を始めたことが契機となり、B子がA男に交際を申し出たことから始まっています。 これに対して、A男は2度交際を断りましたが、3度目(平成27年3月末)にはB子の想いが真剣なものであることを理解し交際を始めたようです。この時点において、A男は学習塾の「講師が生徒と連絡先を交換することは禁止する」との契約に違反していますが、大学卒業と同時に塾講師を辞める時期でもあったことから契約違反の認識は薄かったようです。 問題は、交際開始直後の平成27年4月からA男が公立中学校(B子の通った中学校とは別の中学校)の教員として採用されたことから、B子との交際をB子の保護者(両親)に報告したいと相談したところ、B子が「親は許してくれないし、理解を得ることはできない。」と拒否したこと、そして、B子から「休日の部活動(顧問)に行っている間にA男のアパートに赴いて昼食を作って一緒に食べたい。」と申し出られ、A男が合鍵を渡したこと、交際が発覚するまでの5か月間に10回程度アパートに出入りがあったということです。 アパートや外出先でのデート内容は後述のとおりです。 この交際が発覚(B子の母親が娘の携帯電話の着信履歴を確認し、A男との交際を知る)後、教育委員会が地方公務員法第29条第1項第1号(地公法第33条信用失墜行為、服務規定違反)及び第3号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合)の規定により「懲戒免職」とする処分を行ったが、A男は「懲戒免職処分になるほどの悪いことではないのではないか。」として、処分取消の訴訟を起こし、一審のさいたま地方裁判所(平成29年11月24日判決)は、A男の言い分(真剣な交際だった)を取り入れ処分を取消したのですが、二審の東京高等裁判所(平成30年9月20日判決確定)では、「本件交際は非違行為であり正当化することはできない。」として懲戒免職処分を有効としました。

交際内容 一審裁判所の評価 二審裁判所の評価
交際開始後の平成27年5月上旬に東京スカイツリーでデートし、キスをした。キス姿のプリクラも撮影した。 交際は女子中学生B子が積極的に望んだもので、将来を見据えて真剣に交際していたもの。
         
A男の性的欲求を満たすために行った非違行為とは認めらない。
         
青少年健全育成条例違反に問われていない。
B子は当時15歳の高校生で未成熟であり十分な判断能力があったとは言えず、また適齢期にも達していないことからB子の同意があっても正当化されるものではない。
         
キスや抱擁は、性的行為であり性的羞恥心の対象となるものでありわいせつ行為である。
         
7月 江の島・お台場でデートし、B子がA男の背後から抱きつき夜景を見たりし、その日はA男アパートに宿泊、一緒のベッドで就寝した(性行為やこれに準ずる行為はしていない)。 アパートに宿泊することを許した点は、B子の保護者の監護権等を侵害し公務員としての信頼を得る立場の意識や責任感に欠ける。
         
アパートの宿泊は一度だけであり、キスや抱擁以上の性的行為には及んでいない。
B子は当時15歳の高校生で未成熟であり十分な判断能力があったとは言えず、また適齢期にも達していないことからB子の同意があっても正当化されるものではない。
         
外形的に見ると15歳の未熟なB子と性的関係を持ったものと受け取られかねないものであり、その程度としても深刻且つ重大であるというべきである。
         
アパートの合鍵を渡し、交際期間中にアパートで抱きしめキスをする行為(お互いに立ったままでのキス)を合計10回程度した。(午後6時にはB子を帰宅させていた) 鍵を与えアパートへの自由な出入りを許したことは公務員としての信頼を得る立場の意識や責任感に欠ける。
         
キスの程度や体勢から、わいせつ性の程度は低い。
B子は当時15歳の高校生で未成熟であり十分な判断能力があったとは言えず、また適齢期にも達していないことからB子の同意があっても、正当化されるものではない。
         
キスや抱擁は、性的行為であり、性的羞恥心の対象となりわいせつ行為にあたる。
         
外形的に見ると15歳の未熟なB子と性的関係を持ったものと受け取られかねないものであり、その程度としても深刻且つ重大であるというべきである。
         
7月頃には相互に一生一緒に居たい旨伝え合った。交際発覚後もB子の保護者にはA男もB子も「互いに一生一緒にいるつもりで交際していたと述べた」。 (そのまま認定) B子は当時15歳の高校生で未成熟であり十分な判断能力があったとは言えず、また適齢期にも達していない状況において、A男はB子の保護者に一切話をしないまま非違行為に至っており、「将来を見据えて真剣に交際していた」と軽々しく評価できない。
         
B子の両親に発覚する8月末まで、B子の保護者への交際報告や許可を得ることをしなかった。 B子の保護者の監護権等を侵害したことは公務員としての信頼を得る立場の意識や責任感に欠ける。
         
B子が保護者への報告を拒否したのでありA男の責任性は減弱される。また発覚後A男はB子の保護者に謝罪している。
         
B子の保護者の意向に応じてB子とは一切会っていない。
B子は当時15歳の高校生で未成熟であり十分な判断能力があったとは言えず、また適齢期にも達していないことから、交際中の非違行為を正当化することはできない。
         
謝罪したとしてもB子の保護者からの宥恕は受けていない。
         
交際全般への評価 自身の勤務先の生徒とほとんど年齢の変わらない婚姻適齢期にも達していない女子生徒を恋愛対象としたことが、保護者において「我が子の未成熟さに乗じて性的行為したと不信感を抱いてもやむを得ないものであり(教育の現場から退かせることをB子の保護者は希望している)、中学校の教職、公教育全体への信頼を損なう行為で、「職の信用を傷つけ、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」として懲戒事由に該当する。
         
ただし、結果としてB子の健全な育成が妨げられるような心身の傷を受けたものではなく、学校やB男への非難苦情も1件のみで他の生徒や学校・社会に与えた影響が重大であったとまでは言えず、処分選択につき、職を失う免職処分は重すぎるため違法である。
勤務先以外の中学校の生徒との交際でも自校の生徒と交際するのと同視すべきである。
         
B子は不祥事として両親や世間に知られ、A男が懲戒処分を受け責任を感じておりその心身に少なからず悪影響を与えている。中学校の生徒・学校や社会にも疑念や不安・不信を呼び起こしたことが想像できる。
         
本件処分において停職より重い処分である免職が選択されたことが不合理であるとは到底言えず、処分権者の裁量の範囲内の処分量定であり、適法である。
         

3,そもそも、恋愛による交際は何歳くらいから認められるのでしょうか。また、学校の先生は自分の生徒との恋愛や交際はなぜ許されないと考えられているのでしょうか。

 有村架純主演のTBSのドラマ「中学聖日記」においても(この場合は、判例の事案と異なり女性が高校教師で男子生徒からの恋心を受けるかどうかに悩み尽くすというドラまであった)「愛は時に暴走する。人は時に間違う。だけど、決して勘違いしてはいけない。自分たち以外の誰かを傷つけてまで許される恋などないのだと。世の中には踏み越えてはならない法的なルールと心の掟があるのだ。」という良心的な結末(スキャンダラスな性的関係に発展しないままで新しく歩みだすという結末)で終わりました。 教育の関係は、先生が生徒を保護し育成していくものであり、生徒から何かを得たり生徒の未成熟さによる判断や想いに乗じたりすることは当然許されるものではありません。 生徒と恋愛するというのは、生徒の未成熟さによる判断や想いを利用することになり、教育者としてあるまじき行為です。周りの生徒やその保護者だけでなく同じ教員仲間たちからも非難の目を向けられることになります。
 また、先生と生徒の恋愛がダメな一番の理由は、それが法に触れることだからです。 児童福祉法第34条第1項第6号「児童に淫行をさせる行為をしてはならない」に違反し、各都道府県で定める青少年健全育成条例の18歳未満の未成年者との淫行・性交類似行為禁止規定にも違反することになります。大人は18歳未満の子どもと恋愛関係になってはいけないことになっています。 普通の恋愛をすると、親しくなるうちにスキンシップや性的行為をするようになります。しかし、恋人同士の仲睦まじいキスやハグであっても、それが先生と生徒という関係である以上、「淫行」「性交類似行為」へと解釈され問題になってしまうのです。 児童福祉法は子どもを守るための法律なので、たとえ生徒から迫ったことだったとしても、処罰対象は先生のみです。先生は生徒との交際が判明した時点で法律違反を犯したとされるのです。そして懲戒免職という厳しい処分で仕事も失うことになります。
 今回のA男とB子の恋愛の結末は、A男が教師職を失い、B子と会わないことを承諾して、二人それぞれの生活が始まっていますが、一審どおりにA男が失職しなかったとしてもその後もA男は学校の教師を続けていけたでしょうか。 ただ、教師を続け、B子が成人する時期に結婚まで至ったのであれば、元教え子と卒業後に結婚する例は多い(社会的に許されている)ようですから、教師生活を続けていけたのではないかと思ったりします。皆さんは、A男さんの人生を考えた場合、一審判決を支持しますか、二審判決を支持しますか?



以  上

お正月と法律(その⑥)~~お年玉~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 1,お年玉の由来
 お年玉とは、お正月に子供たちに渡す小遣い銭・金員を言いますが、由来としては、子供たちに与えていた「餅」だったようです。そもそも一連のお正月行事というのは、新年の神様である「年神様」を家に迎え、もてなし・見送るための行事として伝えられてきています。 年神様は、新しい年の幸福や恵みとともに、私たちに魂を分けてくださるものと考えられてきました。鏡餅は、年神様の依り代であり、餅玉には年神様の「御魂」(みたま)が宿ります。この年神様の御魂が宿った餅玉が、その年の魂となる「年魂」です。 そして、年魂をあらわす餅玉を、家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉の由来のようです。この餅玉を食べるための料理が「お雑煮」で、餅を食べることで体に魂を取り込みます。お年玉の「玉」には「魂」という意味があるわけです。 江戸時代には、お餅だけではなく品物やお金を渡すこともあり、こうした年始の贈り物を「お年玉」と称するようになり、お年玉の風習は明治、大正、昭和と受け継がれ、昭和30年代後半の高度経済成長期ごろから都市部を中心にお金が主流となり、今やお年玉袋にお金を入れて子供たちに渡すのが「お年玉」という風習になっています。

 2,お年玉は、法律的には、「金銭の贈与契約」
 お正月に「お年玉」としてお金を子供たち渡すという行為は、法律的には「金銭の贈与契約」ということになります。贈与の場合、贈与税がかかるかどうかの問題があります。
(1)どのような贈与に贈与税がかかるのか?
 贈与税は、その年の1月1日から12月31日までに贈与された財産の価額を合計し、その合計金額から基礎控除額110万円を差し引いた課税価格に対して、税率を乗じて計算します。 (相続税法第21条の5 贈与税の基礎控除として、「贈与税については、課税価格から60万円を控除する。」との定めになっていますが、租税特別措置法第70条の2の4 贈与税の基礎控除の特例として「平成13年1月1日以後に贈与により財産を取得した者に係る贈与税については、相続税法第21条の5の規定にかかわらず、課税価格から110万円を控除する。」と定められています。)
 この場合の税率は、累進税率といって、基礎控除を行った後の課税価格に応じて定められており、金額が高くなるほど、税率が高くなる仕組みになっています。
 贈与税の申告と納税は、贈与があった翌年の2月1日から3月15日までにすることになっています。
 さて、一般的には、子供たちはいくらくらいのお年玉をもらうのでしょうね。合計110万円ももらう子供はいないでしょうね。合計何万円単位が常識の線でしょう。そのため、「お年玉には税金はかからない。」「申告する必要もない。」と覚えていていいのでしょうね。
(2)誰が払うの?
 それでも、大金持ちの人たちは、成人した子供たちにも、お正月に、お年玉として110万円以上のお金を「高額福袋を買ったりして自由に使いなさい。」とあげる家庭もあるかも知れません(うらやましい限りですが・・)。そのような場合の贈与税は誰が払うのでしょうか?
 相続税法第1条の4(贈与税の納税義務者)第1項により「 贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの」すなわち、貰う側が納税義務を負うとされており、更に、相続税法第34条(連帯納付の義務)第4項により渡す側にも連帯納付義務を課しています。もらった子供かあげた親のどちらかが贈与税を払うことになります。
(3)複数の人から贈与を受けた場合と基礎控除110万円との関係は?
 相続税法第21条の2で「贈与により財産を取得した者がその年中における贈与による財産の取得について第1条の4第1項第1号又は第2号の規定に該当する者である場合においては、その者については、その年中において贈与により取得した財産の価額の合計額をもつて、贈与税の課税価格とする。」と定めていますので、贈与税は、その人が一年間に贈与された財産の総額に対してかかるという点です。 贈った回数、贈った人ごとに基礎控除の枠が別々に設けられるわけではありません。従って、例えば、父から控除額限度内として100万円を贈与されたが、更に同一年内に祖父からも100万円の贈与を受けた場合には、取得した側としては、合計200万円の贈与を受けた結果になりますので、110万円を超える贈与となり、贈与税がかかります。

3,お年玉と贈与税
(1)お正月に複数の人からお年玉をもらい、合計で120万円となった場合
 例えば、田舎に親戚が多く、何十人という親族から数千円ずつもらったお年玉が110万円を超えた場合にはどうなるでしょうか?
 「お年玉」は「個人から受ける香典、年末年始の贈答・祝物などのための金品で社会通念上相当と認められるもの(相続税法第21条の3-9 昭50直資2-257改正、平15課資2-1改正)」になるのであれば、結果として110万円を超えても「非課税」となると思われます。
(2)少数の人から高額お年玉をもらった場合
 例えば、お年玉として父から100万円、祖父から100万円をもらった場合はどうでしょうか?
 相続税法第21条の3第1項第2号において「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうちの通常必要と認められるもの」は、非課税となると規定してありますが、お年玉の額としては100万円ずつというのはそれぞれ高額であり、社会通念上相当と認めにくい額をもらっていることになりますので、贈与税課税のリスクが生じます。 しかし、世の中には経済的格差というものもあり、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められるか否かが判断されますので、高額所得者層の「お年玉」としては相当と認められる場合もあるのかも知れませんが、高額所得者層をそこまで優遇する必要はないでしょうねぇ。



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その7

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第7章   沖縄のステーキは大きいなあ(おっきなわ)!

 昔、「北海道はでっかいどう!」というテレビコマーシャルがあった。それと反対の南にある沖縄でも「沖縄は大きいなあ(おっきなわあ)!」という体験をした。
 殿ちゃまと近ちゃまは、琉球国沖縄にも2回ほど旅に出ている。琉球国沖縄は、日向の国宮崎に比べ観光客がたくさん訪れており活気のある雰囲気に満ちていた。空も抜けるような青さ、海もきれいなマリンブルーが遠くまで広がり、そこに住む人々の情も温かい。
 平成の時代になってようやく復元し終えた朱の漆で彩られた“首里城”・・・琉球王国の歴史的遺産であるが、殿ちゃまと近ちゃまは、その首里城観光も行ってきている。
 令和の時代に一夜にして火災で焼失するという出来事が待っているということなど知らない、修学旅行生やハネムーンの新婚さん等でにぎわっていた時代のことである。
 殿ちゃまと近ちゃまは、沖縄弁護士会での弁護士会会務を終えて、那覇空港から日向の国まで帰る夕方の飛行機まで時間がある。観光客であふれる国際通りをぶらぶら歩いており、殿ちゃまの提案で昼食を国際通りのど真ん中にある「牧志公設市場」でしようということになった。牧志公設市場へ行くと、一階の市場フロアには、肉・海鮮類が豊富に並ぶ。 近ちゃまは殿ちゃまにブタの顔の皮丸ごと(チラガー・面の皮の意味)、ブタの耳(ミミガー)、豚足(アシテビチ)を、「これ珍しいですよね。これいいですね」などと声をかけて、殿ちゃまに買わせようとするが、殿ちゃまは買おうとしない。
 “殿ちゃま先生は「ゲテモノ」(安くて美味しい食べ物)はお嫌いか…?!”
 貝類も多いが、人の顔より大きな夜光貝には驚きしかない。魚はアオブダイというマリンブルー色の魚が中心で、他にも熱帯魚みたいな赤、青、黄色の色とりどりのものが並んでいる。 さすがの近ちゃまも故郷である南郷(目井津)のカツオやマグロを食べて育ったので、正当派魚通(さかなつう)としては、なかなか食べようという気になれない。
 殿ちゃまが言う、
殿「一階で牛ステーキ肉を買って、二階で調理してもらってステーキを食おう!」
近「そんなことができるんですか?」
殿「できる!そうしよう!わしに任せとけって。」
殿ちゃまは、誠実そうな若夫婦のやっている肉屋を選んで、
 「一番高い肉をステーキ二枚分切ってちょうだい。」
と頼んで、厚さも「もっと厚く厚く。」「そこの脂肪は切り落として」と細かい指示をしている。
とてつもなく大きなステーキ肉となってしまった。
それを若夫婦が二階の食堂に持ち込んでくれて、一枚500円の料理手間賃で豪華なステーキ料理にしてくれた。野菜もポテトもつけてくれた。焼いても、やはりとてつもなくでっかいステーキである。 運ばれてきたときに、「沖縄のステーキは大きなわあ!」と近ちゃまがダジャレを言ったのだが、殿ちゃはスルーした。
殿ちゃま、近ちゃまは、ほふほふ、ムシャムシャと食べ始めるがなかなか食べ終わらない。
殿「おい。帰りの飛行機の時間がないぞ。」
近「まだ、一切れ分。もう入りませんね。食べ残して行くしかないですねえ。」
殿「ちょっと、大きすぎたか。あっはっは。」
近「私、こんな・・(モグモグ)でっかいステーキ・・・(ムシャムシャ)・・・初めてですよ。沖縄のステーキは大きなわあ!」
殿「・・・・。行くぞ。」
帰りは、タクシーの運ちゃんが裏道ばかりを走ってくれて、沖縄ラッシュにかからずに飛行機の時間に滑り込みセーフで間に合わせてくれた。
近ちゃまは、飛行機に乗った途端、“あ~ぁ!”とため息をついた。食べ残したステーキの一切れに未練が残っていた。
そのとき、殿ちゃま曰く、
殿「おい。残したステーキ肉に未練を残すなよ。」
近ちゃまは、思った。・・・・・・“なんでわかるんだろ?”と。

(法律解説)
1,世界遺産と“首里城”
(1)近ちゃまは、沖縄には、九弁連会務以外に個人的に沖縄返還直後の大学生時代に父親の戦友探し(沖縄本部町や伊江島等を訪問)や、裁判所書記官時代の出張、弁護士になってからの事務所旅行、家族旅行、長男央国・彩夫婦の結婚式などで訪問しています。 首里城にも復元されている時期に数回訪れています。2000年(平成12年)12月、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。(登録は「首里城跡(石垣など)」であり、復元された建物や城壁は世界遺産に含まれていない)。 守礼の門を絵柄にした「2000円札」も発行され、私も1枚大切に所持しています。
 2019年(令和元年)10月31日未明に火災が発生、正殿と北殿、南殿が全焼したことは、テレビニュースの火災映像が日本全国民の目に焼き付いて記憶されていくことだろうと思います。首里城歴史での5度目の焼失らしいのですが、何度でも復元への道を歩み始めていくしかありませんね。
(2)世界遺産の登録手続きについて(Wikipediaを参照)
国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational,Scientific and Cultural Organization:ユネスコ)の世界遺産の登録決定は次の手順で行われます。
1.各国政府は暫定リストの中から条件の整った物件をユネスコ世界遺産センターに推薦(自薦)
 推薦は2019年推薦分から1国あたり1年につき1件まで
2.推薦物件につき、ユネスコの諮問機関が現地調査
3.文化遺産については ICOMOS(国際記念物遺跡会議)、自然遺産についてはIUCN (国際自然保護連合)に依頼
4.諮問機関は現地調査に基づき評価結果を勧告する(勧告は「記載」「情報照会」「記載延期」「不記載」の4段階)
5.ユネスコ世界遺産委員会(年1回開催)で、諮問機関の勧告を基に審議し、記載(登録)の可否を決定

また、世界遺産登録の前提条件として、
①国が世界遺産条約を締結していること。
②登録をめざす物件は「土地や土地と一体になった物件(不動産)」であること。
③登録をめざす物件は国の法律で確実に保護されていること。
例えば日本の場合には、文化遺産は文化財保護法によって国宝、重要文化財、史跡、名勝、重要文化的景観などに指定されていること。自然遺産は自然環境保全法によって国立公園や都道府県が指定する自然環境保全地区などに含まれていることが必要になります。
2,食材持ち込みの食堂での飲食と契約の種類
 沖縄の公設市場である牧志市場二階の食堂街で行なっている「食材持ち込みの食事」(料理代金500円)の契約は何の契約と言えばいいのでしょうか。普通の食堂の場合には、メニュー食品提供契約であるが、食材持ち込みの場合には店の品物を提供するわけでもなく、調理という労力を手持ちの調味料を負担して提供しているだけであるので、調理という業務委託契約か調理請負契約とでもいうべきものでしょうか。 普通の食堂では料理品という物を有償で提供するので「物の売買契約」に近い契約ですが、食材持ち込みの場合には、「物」はこちらの所有物なので、物の売買契約という側面はなく、物を加工する労力を提供してくれている「雇用契約又は請負契約」に近い契約ということになります。そうすると、食材持ち込みの場合の調理代金500円は、料理人の手間賃ということになり、物を売った代金ではないため、仮にそもそも持ち込んだ食材が傷んでいてお腹を壊したという場合には、お店は傷んだものを売ったわけではないので、その責任を取る必要はないことになります。 ただし、料理器具等にばい菌が付着していてそれが調理の過程で食材に感染した結果の食中毒であれば、調理方法に問題があったことになりますので、その場合にはお店に責任を取る義務が生じます。
(なお、通常の食堂での料理提供契約の場合には、食材の傷みであろうが調理過程でのばい菌感染であろうが、食中毒の責任を全面的に負うことになります。)
3,沖縄の公設市場(牧志市場)について
 沖縄の公設市場(牧志市場)は、令和元年6月から建替え工事が始まり、令和4年4月からの新市場開場予定で、その間は、仮設市場での営業になるようです。
【市場閉場、移転・仮施設準備期間】
 2019年6月17日(月)~2019年6月30日(日)
【仮設市場開業期間】
 2019年7月1日(月)~2022年3月31日(木)
 沖縄那覇市の中心街である国際通りに隣接する公設市場(牧志市場)は、戦後のヤミ市から続いており、市場内は新鮮で色鮮やかな魚や、豚の足(テビチ)、バラ肉(三枚肉)、豚の顔の皮(チラガー)まで売られています。 その他ゴーヤーや島らっきょ、ヘチマなど沖縄の食文化に欠かせない食材がずらりと売られています。二階には数店舗の食堂があり、市場で買った食材を有料で調理してくれますし、新鮮な食材で作った沖縄料理を食べることもできますので、殿ちゃまと近ちゃまは、この方法で「でっかい沖縄ステーキ」を食べさせていただいたわけです。



以  上

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その6

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第6章   菊池“温泉”じゃなかったの?

 肥後熊本の旅(熊本県弁護士会訪問の旅)は、殿ちゃまの超高級車トヨタクラウン・マジェスタで行くことになった。カーナビ付きである(平成4年にトヨタ車にカーナビが搭載され始めたばかりである)。 運転は当然近ちゃまの役目と思いきや「お前は運転が下手みたいだ。高速道路以外の難しい通常の道は自分で運転する。」と殿ちゃまが一言。
 出発一週間前、殿ちゃまいわく、
 「今度の熊本は車で行くから、会務が終わったら菊池へ回ってゆっくりしようかねえ。」
 近ちゃまは、“菊池”“ゆっくりする”この二言で「やったーぁ!菊池温泉だ。」と、ニンマリして「いいですねえ!」と返事をした。
 出発当日、殿ちゃまの超高級車に乗ったとき、近ちゃまは、ふと、車の後部座席に“帽子”と“ウォーキングシューズ”が載せてあるのが目に留まったが、「休みの日にどこかの運動公園まで行かれて、ウォーキングコースでも歩かれたのかなぁ。」と思った程度で、別段気に留めることもなかった。

 肥後熊本での会務を終え、高級ホテルにて食事を終えて就寝する際、
殿ちゃまいわく、
殿「明日は朝4時起床で、菊池渓谷に写真撮りに行くぞ!」
近「え?菊池渓谷?菊池・温・泉・じゃ・な・か・っ・た・ん・ですね。」
殿「早朝の菊池渓谷はいいぞ~!朝陽が木々の間からパァーッと差し込んでねぇ~。」
近「はい~?!」
 翌朝、早い目覚めの移ろいの中で、薄暗い山道を殿ちゃまの運転で超高級車が進んでいく。
 菊池渓谷入り口に到着するや否や、殿ちゃまは、撮影用チョッキを着て、ウォーキングシューズに履き替えて、帽子を被って、完全なイデタチ。
近ちゃまは、背広スーツの上着だけを脱いで白のビジネスワイシャツにビジネス革靴のままである。
 殿ちゃまの超高級車の後ろのトランクを開けてみると、そこにはカメラ機材がびっしり!
近ちゃまは、殿ちゃまのカメラ三脚を運ぶ役である。渓谷の山道をとぼとぼと運ぶには運んでいたが、運び慣れていないのと生来貧乏だがおぼっちゃま育ちのためすぐ肩が痛くなり、それを見るに見かねた殿ちゃまが、カメラ三脚と弁当の入った袋とを交換してくれる。 「殿ちゃまって、やさしい!」と思いながら、弁当の入った袋だけを大事に持って菊池渓谷を歩く近ちゃまでありました。
 菊池渓谷の奥に入って、清々しい朝の光を浴びたせせらぎの中で、写真の光の取り方、自然の色・陰影の見方を近ちゃまは初めて教わり、殿ちゃんのカメラでシャッターも切らせてもらった。半日をかけての写真の勉強であった。
 持参したお弁当は、大自然の中で食べるわけだから、美味しかったなあ。
しかし!近ちゃまは、最後まで思っていた!
~~「“菊池でゆっくり”というのは、なんで菊池温泉じゃないんだあー!」と。

(法律解説)
1,旅行契約と行先の間違い(意思表示の錯誤)
 実際にはあまりないのでしょうが、旅行会社と個別的に「菊池温泉宿泊1泊旅行」契約をしたところ、実際に企画された旅行先が「菊池渓谷日帰り旅行」だった場合に、そもそも「菊池渓谷日帰り旅行」に行かなければならないことになるのでしょうか?
(1)この殿ちゃまと近ちゃまとの「菊池」への旅行の約束においても、「菊池」という言葉に対して、殿ちゃまは「菊池渓谷写真撮影の旅」の意味で言われている一方で、近ちゃまは「菊池温泉一泊ごちそうの旅」の意味で理解しており、二人の解釈の食い違いが生じています。
 このように、表現した言葉と思っていた言葉の意味が違う場合を、法律上は「錯誤」(さくご)と言います。
(2)契約などの法律行為を有効とするか無効とするかを定める民法では、人が契約しようとする意思(真意)に基づいて法律の効果を認めようとしています。 これを「意思主義」と言います。逆に、契約しようとして言った言葉に基づいて法律の効果を認めようとすることを「表示主義」と言います。
 意思主義の下では、例えば、殿ちゃま側で言いますと、“菊池渓谷に行って写真を撮ろう。近ちゃまに菊池渓谷に行こうと言おう”という内部意思(真意)があり、その真意どおりに言葉にしようという表示意思もあって「菊池へ回ってゆっくりしようか」と表示されて、菊池渓谷へ行くことになったので、殿ちゃま側には、何の錯誤も生じていません。
 それに対して、近ちゃま側は、まず、内心の意思を決める動機としては、“菊池温泉でゆっくりできて豪華料理を食べられるのだなあ。”という内容になります。 そして内心の意思としては、その動機に基づき“行きたいなあ。”と思って、“行きたい”と言おうという表示意思もあって、「いいですねえ。」と同意しています。 その結果、実際には、“菊池温泉で豪華食事だ”という動機とは異なり、“菊池渓谷に行く”という別な結果になっていますので、本当の意思とは違う結果になっており「錯誤」が生じています。しかもその錯誤は「動機」と「表示した結果」との間で生じています。これを「動機の錯誤」と言います。
(3)現民法第95条では「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。 ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。」と定めていて、錯誤の意思表示は無効となるとしています。
改正民法(2020年施行)第95条では
1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
と定めています。
 ところで、意思主義の下でも、なぜそのような意思表示をしたのか?という部分の「動機」は、契約上は取り上げられません。例えば、リンゴを売ってくださいと果物屋さんに申し出た人に、果物屋さんは「なぜ買うのですか?」という動機は問いません。 動機には「そのリンゴが美味しそうだから」とか「子供に食べさせたいから」とか「スケッチの題材にしたいから」とか人様々な動機があり、それをいちいち確認しないと売れないというと、すごく取引が煩雑になってしまうからです。 ですから、「美味しいだろう」と思って買ったら「美味しくなかった」という錯誤を理由にリンゴの売買契約を無効にすることはできません。現民法の規定では「動機の錯誤」の取り扱いは明記されていませんでしたが、改正民法では、上述のとおり改正民法第95条第1項第二号により動機の錯誤が明記され「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」取り消され無効となることが認められています。
 なお、現民法下でも解釈上「動機の錯誤は、その動機が表示された限りで意思表示の要素の錯誤となり無効とすることができる」とされていましたので、全く動機の錯誤を取り上げないというわけではありませんでした。
(4)そこで、近ちゃまは、殿ちゃまが「菊池に回ろうか」と言われたときに、近ちゃまが心の中で思ったまま、言葉に出して「菊池温泉ですね。豪華料理を食べるんですね。」と言っておけば、動機の錯誤を主張して、無効だから「菊池渓谷には行かない。」と言えたのですが、菊池温泉と豪華料理の話は一言も言葉に表示していませんので、近ちゃまの同意は、法律上の錯誤とはならず有効なものとなり、菊池渓谷へお供しないといけないことになる次第です。
2,弁当に関する契約は?
 菊池渓谷で食べた美味しいお弁当は、殿ちゃまに買っていただきました。弁当の「贈与契約」が有効に成立した次第です。でも、「勤労の対価」としての弁当であったのであれば、無償の贈与契約ではなく、雇用契約や委任契約が有効に成立したということにもなります。



以  上

犯罪被害者の実名報道について(実名報道反対の立場から)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(冒頭)今月は、シリーズ連載を中断して、喫緊の時事問題を取り上げさせていただきます。
皆さんもまた地方自治体の公務員の方々も考えてもらえないでしょうか。

 京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」放火殺人事件(令和元年7月18日発生)で社員など35名が亡くなった被害者遺族に関する京都府警の記者発表とマスコミ報道について、法的な観点から問題点を検討してみたいと思います。
1,京都府警は、事件後40日を過ぎる令和元年8月27日に、身元が公表されていなかった死亡被害者のうちの25名の実名を公表し、新聞テレビのマスコミは一斉にその被害者または遺族についての「実名報道」をしているようです。 宮崎の地方紙でも過去の取材写真を使用して死亡した被害者の写真を載せて「被害者の実名報道」をしていました。
 京都府警によると、今回公表された25名のうち20人のご遺族が実名公表に難色を示したり、拒否したにも関わらず「事件の重大性に加え、社会的関心が非常に高く、公益性があるため公表した方がいいと判断した」との理由で公表しています。 宮崎の地方紙は、被害者実名報道に関する「おことわり」として「事件・事故の被害者については、その現実を的確に伝え社会全体の教訓とするため原則実名で報じており・・・事件を風化させないためにも多くのファンを持つ作品に関与した一人一人を実名で報じる必要があると判断しました。 社会的影響が大きい重大事件であることも考慮しました。」と併記してありました。
2,平成28年4月1日から「犯罪被害者等基本法」が施行されています。この法律の立法趣旨として「犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。 国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。」と冒頭附則で定められています。 同法第5条では「(地方公共団体の責務)地方公共団体は、基本理念にのっとり、犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」と定め、 同法第6条では「(国民の責務)国民は、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに、国及び地方公共団体が実施する犯罪被害者等のための施策に協力するよう努めなければならない。」と定められており、 各地方自治体には被害者支援施策の実施義務があり、マスコミ各社は国民の一人として「犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないように行動する義務」があるとされています。
 犯罪被害者が、法律制度の中で一人間として人権保障されるようになり始めたのは、ここ十数年のことです。それまでの犯罪被害者やご遺族は、日本の社会の中で何ら声も出せないまま、その機会も手段も与えられないゆえ、刑事裁判では証拠として扱われ、報道の世界からは、社会への警鐘のために勝手に報道される対象に過ぎませんでした。 そのことは、同法の冒頭附則の「近年、様々な犯罪等が跡を絶たず、それらに巻き込まれた犯罪被害者等の多くは、これまでその権利が尊重されてきたとは言い難いばかりか、十分な支援を受けられず、社会において孤立することを余儀なくされてきた。さらに、犯罪等による直接的な被害にとどまらず、その後も副次的な被害に苦しめられることも少なくなかった。」と表現されています。
3,私は、このコーナーで「犯罪被害者と犯罪報道①②③」を寄稿していますが、その中で、『犯罪被害者の人権保護は、国家がその人権保障・手続保障・制度保障をしていないという意味で、昨今、新しく問題とされた人権問題であり、犯罪被害者に関しては、マスコミも放置し、あるいは逆に報道被害を与え続けてきた分野であります。 (ちなみに、犯罪被害者によるアンケート結果では、犯罪被害者の実名報道の禁止についての意見としては、まず、マスコミでの犯罪被害者の実名報道に何らかの問題があると考えている人は68.8%の多数である。) また、犯罪被害者の人権を考える場合、犯罪被害者は犯罪被害後も、その「地域」で生きていくという事実の直視が重要であります。マスコミ報道による「地域での影響」「地域からの被害者への目」「地域での被害者の立場・環境」を考えれば、「被害者実名報道」はほとんど意味を持たないだろうと思われます。 なぜなら、現在のマスコミの犯罪被害者実名報道の意義は、地域において被害者だと知らなかった人に「この人が被害者だ」と教えるだけの「被害者実名報道」なのであり、地域での弊害を増やすだけのことしかできておらず、そこに、報道としての高貴な配慮・真実を伝えるという高貴な職業性は全くないことになっています。 市民側に立った「個々の市民の権利」を保障できる社会的存在としてのマスコミ・報道機関の役割からすれば、犯罪被害者の報道に関しては、「匿名」報道の原則が導き出されるだろうと考えます。犯罪被害者が「被害者実名報道」を望んでいない場合に、「犯罪被害者の実名報道」をする必要性と価値がどこにあるのか?・・・・考えてみてください。 「犯罪被害者の実名報道」の問題は、新しい人権問題として、犯罪被害者救済・犯罪被害者支援という新しい視点をもって、マスコミ報道各社全体で考えて改変していくことが必要な問題なのです。』『被害者報道は、警察の実名発表、報道機関は匿名報道であるべきである。』と指摘させていただきました。
 また、神奈川県弁護士会は、平成29年11月17日に『(神奈川県座間市9名殺人事件に関して)警察が報道機関に被害者氏名等を発表する際、ご遺族が顔写真の公表や実名報道をやめてほしいと申し入れていても、未だにそのような報道は行われている状況です。報道する側にも理由があるのでしょう。 犠牲者の痛みを共有するためとか、社会全体で事件について考えるために、実名であることが必要だと言う方もいます。私たちとしても、「報道の自由」や「取材の自由」の重要性を否定しているわけではありません。 しかし、そこには、犯罪被害者、遺族のプライバシーがなぜ暴力的に奪われるのか、なぜ本人や遺族の同意なしに生活状況を書き立てられ、勝手に写真を使われるのか、なぜ自宅を報道陣に囲まれて帰宅できないような生活を強いられるのかについての答えはありません。プライバシーの権利とは、自分についての情報を適切にコントロールする権利と理解されています。 「知られたくないことは知られない権利」「放っておかれる権利」ともいえます。犯罪被害者には、遺族には、プライバシーはないのですか。報道の正義のために、社会全体の理解のために、犯罪被害者、遺族のプライバシーが損なわれることが許されるのでしょうか。』という弁護士会会長談話を出しています。
4,今回の京都アニメーション放火殺人事件の被害者実名報道の理由も「社会的影響が大きい重大事件であるから」「事件を風化させてはいけないから」という理由ですが、そのことで、なぜ「報道されたくない」という被害者やご遺族のプライバシーの権利や心理的負担という犠牲が強いられてよいのか、それについての法的根拠は何ら示されていません。 このように、犯罪被害者やそのご遺族に関する実名報道と取材行為が全国的に旧態依然に行なわれている報道の視点は犯罪被害者支援・被害者の人権保障という新しい視点は学び取れていないように思います。
 犯罪被害者等基本法の根本理念は「犯罪被害者等の権利利益の保護が図られる社会の実現」(冒頭附則)」なのです。この基本理念からすると、犯罪被害者等から「実名報道されてもよい」という同意を得られない以上は、マスコミは匿名報道をすべきなのです。
 マスコミは警察機関のように権力機関ではありません。国民側に寄り添う「国民」の一人です。国民の一人としてマスコミ機関が「犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに、国及び地方公共団体が実施する犯罪被害者等のための施策に協力するよう努めなければならない。」(基本法第6条)と定められてことを厳守されるように要望する次第です。



以  上

    

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その5

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第5章 汽車の旅でのコーヒー事件

1,グリーン指定席事件
 陸の孤島日向の国から豊後の国大分に行くには、飛行路線はない。電気で走る列車で行くことになる。まだまだ映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future)のタイムマシン列車や銀河鉄道のように宇宙を走る列車999(スリーナイン)のように、列車が空を飛ぶ時代でもなかった。 更に昔は石炭で走る蒸気機関車(汽車)というものや重油で走るディーゼル機関車で陸上の鉄の線路を走る形式で豊後の国に行っていた。 日本国有鉄道と呼ばれていた時代(平成の御代の前の昭和時代)もあったが、この頃は、分割民営化により「JR九州」と呼ばれる株式会社の列車になっていた。 特急列車の座席には、自由席、指定席、グリーン指定席の種類があり、グリーン指定席は金額も高く、えらいお金持ちの社長さんか芸能人などのハイクラスの人たちしか乗らない。
 日向の国と豊後の国を通る日豊本線では、にちりん特急シーガイア号も走っていて、それにはツバメレディというきれいな「おなごし」が乗務していたげな。  なぜ「ツバメレディ」というのかというと、JR九州の主要本線は、筑紫の国から薩摩までの鹿児島本線である「特急ツバメ号」が走っており、その特急ツバメ号の女性乗務員を「ツバメレディ」というのだが、日豊本線(日向国と豊後国間)を走るにちりん特急シーガイア号は、その特急ツバメ号の車種を転用していたからじゃげな。
① 近「大分弁護士会訪問は何で行きましょうか?JR列車だとしたら、殿ちゃまはグリーン車でしょうか。」
と、近ちゃまが、殿ちゃまの事務所秘書(光ちゃま)に聞いていた。秘書光ちゃまは、お客様の伝言をそのままを一字一句間違わずに殿ちゃまに伝えられる几帳面かつ有能な秘書(ただし年齢不詳、しかし若い)である。  それをそのまま聞いた殿ちゃまは、
殿「また、近ちゃまが変なことをわざわざ聞いてきたねえ。何を考えているんだろ?JR列車のときはグリーン車で行かんで、何で行くつもりやろか?」
と不思議がっていた。
 そう。弁護士は弁護士報酬規定で、旅費は最高額(グリーン料金を含む。)を請求できるという規定があるので、列車出張の際はグリーン車を利用するハイクラス階級なのである。しかし、薄給公務員を長く経験した近ちゃまは貧乏根性が染み付いていて、まだ一度も特急グリーン車を利用したことがなかったのである。

 いよいよ、近ちゃまにとってグリーン車初搭乗の日。
 殿ちゃまと隣同士の席である。ゆったりした大きめの席。スリッパまである。しかも、グリーン車料金なんて高くはないのだ!普通特急料金より1,000円高いだけである。近ちゃまは、「な~んだ。」と頭の中でつぶやきながら、今までえれ~高いはずだと思ってグリーン車を利用しなかったことを後悔する。
 ツバメレディがいる!うん、美人の部類である。
 その美人ツバメレディーが「コーヒー、お茶はいかかですか?」とやってくる。
近「いくらですか?」と聞く。
隣に座っていた殿ちゃまが、その途端にあわてて、近ちゃまの横腹をつついて
殿「こら、こら、グリーン車は、コーヒー、お茶は無料なんだよ。」
と小さな声でささやく。
近ちゃまは、大きな声で
近「えー!タダー?!ほんとですか!」
近ちゃまは、早速ツバメレディに
近「コーヒーもお茶も、どちらもください!」
殿「どっちか、ひとつだけやがね~。」
近「え?そうなんですか。」
美人ツバメレディ「うふふふ。」

② 殿ちゃまと近ちゃまは、長崎(幕府天領)-佐賀(肥前国)、佐賀(肥前国)-福岡(筑紫国)と西九州を横断する旅に出た。この旅もJR列車利用である。グリーン車の味をしめた近ちゃまは、佐賀-福岡もグリーン車利用と思い込み、肥前の国佐賀駅で「緑の窓口」(JA列車の切符を買うところ)へサッサと歩く。
殿「おいおい。どこへ行く?」
近「え。グリーン車の切符を買いに。」
殿「福岡まで30分もかからんのだぞ。」
近「え?グリーン車じゃないんですか?」
殿「…………」
 殿ちゃまは、近ちゃまが、わざと緑の窓口に行くふりをしたように思ったのだが、近ちゃまは本気でグリーン車に乗りたかったんだそうな。

③ 殿ちゃま、近ちゃまは、大分(豊後国)には二回旅に出た。大分から宮崎への帰りは、グリーン車が満席で予約ができなかった。殿ちゃまも仕方なく空席が多かったので一般自由席に座って帰ることになった。 席を並べて、車窓を眺めながら、訴訟の話、特に訴訟で問題となった男女関係、日本の古の男女関係の話、三行半とは?妾(めかけ)とは?などの話であるが、二人で話が盛り上がる。
 そこに、車内販売が「お茶、コーヒーはいかがですか、ジュース、週刊誌はいかがですか」とやってきた。
 殿ちゃまは、近ちゃまに話しを続けながら
殿「コーヒー頂戴」
と注文する。コーヒーが殿ちゃまの席のテーブルに置かれ、殿ちゃまがゆっくりとコーヒーを飲む。
しばし、話も休止。
 車内販売の女の子は、黙って、そこに立ったままでいる………?。
 そう。殿ちゃまが代金を払おうとしないのである。
 長い、なが~い、殿ちゃまと販売員の子だけの、停止画像状態であった。
 それに気づいた近ちゃまが言う
近「先生、ここはグリーン車じゃないんですよ。お支払は?」
殿「あ!あ!そうか。グリーンじゃなかったんだ。コーヒーいくら?」
女の子「(ほっとした顔で)300円でございます。」


(法律解説)
1,国鉄分割民営化と裁判
 国鉄分割民営化とは、自民党中曽根康弘内閣が実施した昭和末期の行政改革を言います。日本国有鉄道改革法(昭和61年12月4日法律第87号)に基づいて民営化方策が取られました。 日本国有鉄道(国鉄)を「JR(ジェーアール):Japan Railwaysの略。」として、6つの地域別の「旅客鉄道会社」と1つの「貨物鉄道会社」などに分割し、民営化するものである。北海道旅客鉄道(JR北海道)、東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)、四国旅客鉄道(JR四国)、九州旅客鉄道(JR九州)の各旅客鉄道会社6社と、日本貨物鉄道(JR貨物)1社の計7社が、1987年(昭和62年)4月1日に発足しました。
(1)国鉄分割民営化は、国鉄時代の巨額赤字負債を解消する方策であり、国鉄分割民営化の時点で、累積赤字は37兆1,000億円に達していた。このうち、25兆5,000億円を日本国有鉄道清算事業団が返済し、残る11兆6,000億円を、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR貨物、新幹線鉄道保有機構(1991年解散)が返済することになりました。 経営難の予想されたJR北海道、JR四国、JR九州は、返済を免除されましたが、ローカル線の多い各社は、民営化後もローカル線廃止が必要になるなどの赤字運営対策が余儀なくされている面があります。(ウィキペディアより抜粋引用)
(2)他方、この法律に基づき実行された昭和62年(1987年)4月1日の国鉄分割民営化により、約27万7,000人の国鉄職員のうち、JR各社に再就職できたのは約20万人で、結果として約7万7,000人の再就職未定者が発生し、最終的に1,047人がJR以外の再就職を拒否し解雇された結果となりました。 この解雇者は、国鉄当時の労働組合員が多く、「JRが社員採用時に所属組合による差別という不当労働行為を行った。」として、昭和62年(1987年)に相次いで全国の地方労働委員会に救済を申し立てました。各地方労働委員会や中央労働委員会(中労委)は、対象者全員を分割民営化当日にさかのぼって採用する旨の救済命令を出したのですが、JR各社はこれを不服として東京地方裁判所に中労委命令の取消を求めて行政訴訟を起こし、東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所はすべてJR各社勝訴の判決(不当労働行為に関する使用者責任は、JR各社が承継しているのではなく、国鉄清算事業団が承継しているので、JR各社には責任がないとの趣旨の判決)を出し、平成16年(2004年)11月11日、国労が最後に残った事件の上告を取り下げ、JR各社の完全勝訴が確定したという裁判での争いが生じました。(ウィキペディアより抜粋引用)
(その後、元原告ら(解雇された労働者)は、上記最高裁の判決に基づき、国鉄清算事業団の業務を引き継いだ独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構を相手取って解雇無効と慰謝料を求めた裁判を起こし、平成17年(2005年)9月15日に、東京地方裁判所は慰謝料請求について原告側勝訴の判決を出しました。)

2,JR各社と企業イメージカラー
 JR各社について、分割民営発足時にイメージカラーが発表されています。
(1)北海道旅客鉄道 - ライトグリーン(萌黄色)。真白な雪の大地から一斉に芽生え、やがて野山を彩る柔らかな色。新会社のさわやかで伸びやかなイメージを表現した。
(2)東日本旅客鉄道 - グリーン(緑色)。東北・信越・関東の豊かな緑色で、力強く発展していく新会社の未来を象徴させる。また、東北・上越新幹線のカラーでもある。
(3)東海旅客鉄道 - オレンジ(橙色)。限りなく広がる東海の海と空の彼方を染める夜明けの色。新鮮ではつらつとしたオレンジのように、フレッシュな新会社を表す。また、この地域を走る湘南色の電車にあやかっている。
(4)西日本旅客鉄道 - ブルー(青色)。日本の文化と歴史に彩られた地域にふさわしい色とされ、地域に密着した会社を表している。また、山陽新幹線のカラーでもあり、豊かな海と湖を象徴するカラーでもある。
(5)四国旅客鉄道 - ライトブルー(水色)。太平洋の青さより、さらに鮮やかなブルーであり、「青い国・四国」で知られる澄みきった空のブルーとして、新会社のフレッシュさを表現している。
(6)九州旅客鉄道 - レッド(赤色)。南の明るい太陽の国には、燃える熱意の色「赤」がふさわしいとされた。全力で明るくスタートダッシュを切る新会社の意欲的な姿勢を表現している。
(7)日本貨物鉄道 - コンテナブルー(青22号色)。新会社のフレッシュさと信頼感を演出するカラー。国鉄末期にコンテナ色として使用されてきていた。
それぞれのJR列車に乗ったときに、車掌さんの帽子や制服のポイントにどんな色が使われているか見てみると楽しくなるかも知れませんよ。

3,食堂車と社内販売
(1)食堂車
 日本の鉄道における食堂車は1899(明治32)年、山陽鉄道(現在のJR山陽本線)を走る列車に「食堂付1等車」が連結されたのが始まりとされています。その後、第二次世界大戦をはさみ、鉄道の発展とともに食堂車を連結する列車も増えていきました。昭和の高度成長期における鉄道の豪華発展時代が、食堂車が最も盛んに利用された時期でしょう。駅弁好きの私も一度だけ食堂車を利用したことがあります。 やはり贅沢な感じがして気後れしたことを覚えています。その後、新幹線が超高速化し乗車時間が短くなれば、到着先で食事を取ることができることから利用者が少なくなり、平成12年頃に新幹線等の一般車両からも食堂車は廃止されました。
 しかし、近年において「食堂車」は一般的な列車のものではなく、JR九州の「ななつ星in九州」といった豪華クルーズトレインなど観光列車に食堂車が連結される形になってきました。
(2)車内販売
 列車等の車内において、ワゴン車やカゴに物品(飲食品や雑誌など)を並べて、車内を巡回して販売するサービスのことです。日本では1934年(昭和9年)、食堂車が連結されていない列車で弁当類販売の要望があったため、鉄道省が試験的に販売したところ好評であったことから、 1935年(昭和10年)11月より列車内乗込販売手続を制定して開始されたようです。 現代では、駅構内の売店や「駅ナカ」と呼ばれる商業施設、駅周辺のコンビニエンスストア・ファーストフード店など、駅内外の飲食店や小売店が充実してきていることからあらかじめ乗車前に購入する客が増えてきており、車内販売は縮小ないし廃止傾向にあります。 社内販売を担当するものは、JR社員の専門部門が行っていた時代もあるようですが、車内販売のある列車を運行するJR各社は車内販売専門の子会社を持っていたり、他の販売会社に業務委託したりするので、子会社や委託会社の従業員が担当しているのが通常であり、また、正規従業員ではなく派遣・契約やアルバイトといった非正規雇用で採用しているケースも少なくないようです。
(ご注意!)なお、後日の私の体験からすると、グリーン車両のお客様にコーヒー等の無料サービスをしていたのはJR九州だけのようで、JR九州もそのサービスを平成22年3月に取り止めており、現在はグリーン車での車内販売でも有料となりますのでご注意ください。



次号に続く

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その4

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第4章 安価で飛行機の旅を楽しむ方法?(ヒコーキドタバタ搭乗珍事件)

 昔、日向の国宮崎は、“陸の孤島”と呼ばれていて交通の便は不便じゃった。筑紫の国、博多の九弁連会務に旅するのも、九州国を巡回する旅も「ヒコーキ」という「空飛ぶ鉄の固まりの乗り物」で移動しなければならなかった。
 殿ちゃま、近ちゃまも「ヒコーキ」を利用することが多くなり、JASの会員になり、平成10年当時の航空路線過当競争時代にあった数々の割引制度や格安制度を研究しながら「ヒコーキ」を利用しちょりゃったげな。格安航空券を利用する際の条件として、「ヒコーキ」便の変更はできないか、または変更すると元の料金との差額負担(追加料金)が求められるというものもあったげな。 殿ちゃまは「ぶげんしゃ」じゃったから、あんまり割引航空券や格安航空券は気にしやらんがったけど、近ちゃまは貧乏弁護士じゃったし、近ちゃまのえれ~きれいなカミサンの秀(ひで)ちゃまが、節約が好きな人じゃったかい、格安航空券を見つけてきて出張時に近ちゃまにその航空券を渡すときに「ヒコーキ便の変更すると高くなりますからね。予定どおり行動してくださいね。」と厳しく(?)近ちゃまに言いつけちょりゃったげな。

① 筑紫の国での九弁連会務が早く終わった日の筑紫国空港行き地下鉄電車の中で~~
殿「会務が早く終わったから、飛行機を一便早くして午後2時の便で宮崎に帰ろうかねえ。」
近「え?あの~、私の航空券は変更できないやつで、午後5時の便なんですが…」
殿「変更できない?君は、どんな航空券を買っているんじゃ?」
近「早割航空券ですよ。カミサンが買ってくれたんです。」
殿「あんたんところの奥さんは偉いねえ~。」
近「先生だけ先にお帰りください。」
殿「4時間も空港で何をしとくの?試しに変更したら何円くらい追加料金が必要なのか、聞いてみたら?」
近「そうですねえ。ひょっとしたら追加料金なしにしてくれるかも知れませんし。」
殿「それは無いよ。しかし、弁護士たるものが追加料金の額を聞いて“じゃ、変更しません”というのも恥ずかしいな。」
近「そうですねえ。」
殿「しかし、知識としての勉強にはなるわな。やってみたら?」
近「はい。そうですねえ。」
 近ちゃまは、地下鉄空港駅に着いて、福岡空港のJAS搭乗受付カウンターにおもむろに近づき受付嬢に
近「この券、次の便に変更できますぅ?」
嬢「これは早割券でございますので、追加金が必要になりますが…」
近ちゃまは、「やっぱりそうか。」「どうしようか。」と思案し、後ろにいてくれたものと思っていた殿ちゃまを見たが、後ろには誰もいない!
 …殿ちゃんを捜すと、ずーっと端のカウンターで、一人離れて搭乗手続きをしてござる。俺は知らんよという様子で。
近ちゃまは、寂しそうに
近「じゃ、5時のままで結構ですから、5時の便の搭乗手続きとJASマイルカードの手続きをお願いします。」
 と、JASカードを受付嬢に差し出すと、
嬢「カードをお持ちですか、ちょっとお待ちください。」
 と言って、受付嬢が部屋に下がって、そして出てきていわく、
嬢「2時の便は空席が多ございますので、搭乗していただいても結構ですが。」 と!
 そのころ、ようやく殿ちゃまがおもむろに私に近づいてきて、
殿「どうやったか。」
近「ただで、いいそうです。」
殿「えー!そうか!よく変更してくれたね。」
近「私がハンサムだからでしょう。しかし、先生は何であんな遠いところで搭乗手続きをしていたんですか?すぐ隣のカウンターも空いていたですよ。」
殿「いやいや、アハハ。アハハ。タダで良かったがね。」
殿「ところでさ、君は航空券の回数券は知らんのかね。僕は回数券にしているんだが、変更も利くからいいよ。何でそれにしないの?」
近「そんなのもあるんですか、カミさんと相談して、これからはそうします。」

② 近ちゃまは、その後、カミサン秀ちゃまにその話をして、次の出張からは、航空券回数券を購入してもらい、これで殿ちゃまと対等に飛行機に乗れるぞ~と自信満々で筑紫の国の九弁連会務のため殿ちゃまに同行した。
 その帰りの福岡空港での話である。
近「先生、私も今回は回数券ですからどれに変更してもいいですよ。」
殿「そうか、奥さんが買ってくれたか。しかし、今回は変更なしじゃ。予定どおり午後5時の便で帰ろう。」
殿ちゃまと近ちゃまが空港の搭乗受付カウンターで搭乗手続きをすると、受付嬢が、近ちゃまにやさしくのたまう。
嬢「お客様、回数券のホルダーもお願いします。」
近「え?ホルダー?なに?それ?」
嬢「回数券の一番上の部分になりますが…。」
近「なーんだ。それなら、宮崎の僕の自宅に置いてあるよ。」
嬢「はい?は??・・・回数券の場合はホルダーをご持参いただかないと困りますが・・・」
近ちゃまは意味が分からない。
殿ちゃまが、「また何かしたのか?」と、心配顔で後ろから顔を出す。
近「いいえ。回数券のホルダーが無いと言われちょるだけです。」
殿「何処に忘れたんだ?」
近「忘れたんじゃありません。自宅にちゃんと置いてあるんです。」
殿「馬鹿なこつ!回数券はホルダーと一緒に持ってこんこつ。」
近「しかし、宮崎空港ではホルダーがないまま乗れたじゃないですか。」
殿「回数券はホルダーと一緒に提示してくださいと書いてあったどが。ホルダーが無いとヒコーキに乗れんがね。」
近「え?そうなんですか?」
 このやりとりを笑えみながら聞いていたカウンター嬢が、近ちゃまにやさしく、
嬢「お客様、この次からは、ホルダーをご持参ください。今回は、どうぞご搭乗ください。」とおっしゃる。
近「いや~。あんたはいい人じゃね~。」と、近ちゃまは、満面の笑み。
近ちゃまは、無謀にもまた易々とヒコーキに乗れることになった。
後で、殿ちゃまいわく、
殿「今の受付嬢は、“この二人はきっと田舎もんで、何も知らんようだから、説明してもわからんであろう。”と思って、半ばあきれ果てて乗せてくれることにしたんだろうなあ。宮崎弁で二人ともしゃべっとったからわからんじゃったろな。」と。

③ 殿ちゃまと近ちゃまは、九弁連の沖縄弁護士会訪問で琉球(沖縄)に行くことになった。日向(宮崎)~琉球(沖縄)間のヒコーキ機便は1日一往復便しかなく遅れることはできない。しかも、日向~琉球便は、観光ルートで旅行会社がツアーで航空券を買い占めているのでなかなか予約ができなかったが、近ちゃまの秘書の努力で「指定席指定済みの航空券」を手に入れることができた。その券は、既に座席指定が書き込まれているので、空港カウンターでの搭乗手続きは終わっているようなイメージになるので、空港でよく「〇〇様、お手持ちの航空券は受付け手続きが必要ですので、受付けまでお起こしください。」と呼び出される間が抜けた感じの人もチラホラ見ていた経験があった。
“今日は、沖縄まで行かなくちゃならない。遅れると後の便はない。”と、近ちゃまは、日向の国・宮崎の飛行場近くの南バイパス道路を、高級車でない中級クラスの中古トヨタ・クレスタで走りながら、気が急いでいた。
 飛行機の出発15分前には空港に着けるだろうか?
 今朝は飛行機の出発時間を20分後と勘違いしていてのんびり朝食を済ませていたが、カミサンの秀ちゃまが航空券を最終確認していたら、時間が違うということになり、サザエさんのドラ猫がお魚食わえて走るように、沢庵をパリパリ食べながら、あわてて自宅を飛び出し、カミサンの運転で車を走らせて来たのである。
 一方、殿ちゃまは、出発30分前に宮崎空港に着いて、近ちゃまが来るのを待っていたが、なかなか顔を現さない。
 出発15分前から、空港ビル内放送で「近ちゃま様、お手持ちの搭乗券は搭乗受付が必要です。搭乗受付カウンターまでお越しください。」と名指しで呼び出しを始めた。殿ちゃまは、「また、何かシデカシタな。」と気が気ではない。
 近ちゃまは、出発10分前に受付カウンターに、ぜいぜい言いながら息を切らして到着。
 その時、空港ビル内放送で「近ちゃま様、お手持ちの搭乗券は受付手続きが必要です…………」と放送中。
 それを聞いた近ちゃまは、受付嬢に
近「ちゃんとここに来ているでしょ。まるで私が搭乗手続きを知らない人間みたいな放送になっているじゃないの。ちゃんと訂正放送してよ。」と訳の分からない抗議をしていた。要は、急げ!なのである。近ちゃまが殿ちゃまを見つけて近寄ると、
殿「また、何をしたんだ。さっきから君の名前が呼び出されていたぞ!」
近「座席指定搭乗券なので、私が搭乗手続きをしないでいいと思っているのではないかと搭乗受付嬢が誤解して呼び出しをしていたようで、けしからんです。私はちゃんと座席指定券でも搭乗手続きが必要なことは知っていたんですから。」
殿「それで、時間もないのに文句言っていたのか?」
近「はい。ちゃんと受付嬢に搭乗手続きをしなくちゃならないことは知っていたと説明しておきました。」
殿「遅れてきて、また無駄な時間を費やして~。呼び出しは、ただ、時間内に搭乗手続きをしなかったからだろ? …しかし、あれだけ呼び出されれば、これで君の名前も少しは有名になったかなあ。アハハ・・・。」


(法律解説)
1、「ぶげんしゃ」の意味と「分限」制度
(1) 文中にある「ぶげんしゃ」は、鹿児島及び宮崎西南部地区の方言(又は古い言葉の残り)で、「金持ち物持ちの人、経済力のある人、裕福な身分の人」を指す言葉です。単なる方言ではないということについては、江戸時代において金持ちを表す言葉には、「長者」と「分限者」があったそうで、江戸語辞典(東京堂出版;新装普及版)によれば、「長者」は「金持ち」と載っており、「分限者」は「ものもち、富豪」となっていて、「ぶげんしゃ」の漢字表記は、この「分限者(ぶげんしゃ、ぶんげんしゃ)」であるとされています。そして「分限」は、元は「身分」という意味であって、ここから「富んだ身分」「経済力」を表すようになっただろうされています。
また、日本大百科全書でも「物事の程度や分量、物事を行う能力や限度、あるいは身分の程度や分際をいう。「ぶげん」とも読み、分限者などと使う。また、その置かれた立場の様子や経済状態もいい、とくに江戸時代には、財産・資産の程度をいい、その財産や資産を多く有している人、すなわち富豪や資産家をさしていうことばとして用いられる。さらにこの上をゆく富豪を長者と称してこれを区別している。」されています。
(2) 法律の中で「分限」という言葉を探すと、「公務員の分限制度、分限手続き」が思い浮かびます。法律上で分限とは、「公務員の地位」を指します。
① 分限処分については国家公務員法または地方公務員法に定められていますが(国家公務員法第74条、78条、79条等、地方公務員法第27条、28条等)、公務員の地位に不利益な影響を与える行為を「分限処分(ぶんげんしょぶん)」といい、非行などを理由に公務員の道義的責任を追及する「懲戒処分」を除いたものを総称する身分に関する処分ということになります。
② 分限処分をなし得る事由は、分限処分の目的が広くは公務能率の維持および適正な運営を目的とするものですから、「勤務実績がよくない場合」、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えない場合」、「その他官職に必要な適格性を欠く場合」という職員側の事由(国家公務員法第78条、地方公務員法第28条)が抽象的に定められている他、いわゆる人員整理も認められていますが、具体的には様々な事案が考えられます。分限処分の種類には免職、降任、休職、降給の4種があります。
③ 公務員の身分保障と分限処分の濫用の禁止分限処制度の前提として、公務員には身分保障があります。公務員の身分保障は、公務員職員は、法律又は人事院規則に定める場合(勤務実績不良、心身故障による職務遂行困難等)でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはないという定めを置いて(国家公務員法第75条1項、地方公務員法第27条)、公務員職員が恣意的にその職を奪われることのないように身分を保障しているものです。法はこのことにより、公務の中立性・公正性を確保しようとしているわけです。従って、公務員職員の分限処分においては、恣意的な濫用は許されないのは当然です。最高裁判例(昭和48年9月14日判決)は「分限処分については、任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の…目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法のものであることを免れないというべきである。」として分限処分の濫用は許されないとしています。

2、格安航空券の解約手数料(違約金)は高すぎる?
(1)ある裁判で、片道4万3,800円の航空券を割引運賃1万3,290円という約70%割引格安航空券を購入したのであるが、搭乗62日前にキャンセル事情が発生したのでキャンセルしたところ、8,190円の取り消し手数料がかかったという例があり、購入者が「少なくとも60日も前であれば代わりの乗客を確保することができ、航空会社に損害は生じないし、「そもそも購入代金1万3,290円の約61%もの手数料率は絶対的に高すぎる。消費者契約法に違反している」と主張している例があります。
(2)消費者契約法第9条第1項第1号において以下のとおり定められています。
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
1 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分」
 つまり、キャンセルをしたときの違約金・手数料は、キャンセルの理由や、時期などに応じ、キャンセルに伴う事業者に生ずべき平均的な損害の額以下でなくてはならず、それを超えるキャンセルをしたときの違約金・手数料は無効となるという規定です。
(3)格安航空券のキャンセルで航空会社にどれだけの損失が発生するか、その判断は難しいところがありますが、割引運賃ではなく普通運賃(4万3,800円)と比較すれば、8,190円は20%程度の金額にすぎず、キャンセル料としては高額とはいえないという反論や旅割系のチケットを購入する際には、取消手数料が高額であることがきちんと表示されており、利用者はそれを認識したうえで購入しているのだから、航空会社の定める違約金や解約手数料に不当性はないという反論もあり得るでしょう。
みなさんは、どう考えられますか?



次号に続く

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その3

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第3章  え?こんなに高いお宿に泊まるの?

今は令和。昔々の平成の御代の頃は、お宿は、カプセルホテル、ビジネスホテル、シティホテル等の大衆ホテル(料金1万円以下)以外に、高級有名ホテルがあり、トランプ米国大統領が宿泊したプラザホテル、帝国ホテル、ホテルオークラ、ホテルニューオータニが最高級ホテル(料金2万円以上)と言われていた時代じゃった。 最高級ホテルは、江戸時代の大名が泊まる「大本陣」というようなものじゃろう。 殿ちゃま、近ちゃまの場合、旅に出て行く先々でのお宿の手配は原則として秘書役(カバン持ち)の近ちゃまの仕事ということになっちょった。

 宿泊出張が盛んになる4月下旬の頃、
近「先生、出張のお宿はいかがいたしやしょう?」
殿「福岡は、ホテルニューオータニにしよう。僕は会員だから、君もニューオータニ会員になれ。あそこの朝食はビュフェ形式でおいしくていいよ~。卵料理も選べるし、野菜サラダもあるしね。」
近「え!そんな高いとこ、あっしゃ~、一度も泊まったことないザンス!」
殿「いいじゃないか。泊り方教えてやるから。」
近「泊まり方?…」
 近ちゃまも、殿ちゃまが会員入会の保証人となってくれたので、めでたくニューオータニ会員となって、初めてゴールド色の会員カードを所持することを自慢するかのように、最高級ホテルに宿泊することになった。
 福岡での九弁連会務を終えて、食事を済ませてホテルニューオータニ福岡へ。近ちゃまは、広いロビーの高い天井をキョロキョロと見上げながら、殿ちゃまの後を付いていく。部屋はそれぞれ別個に取ってある。
 すごい部屋である。とてつもなく広~いツインの部屋を一人で使う。今では当たり前かも知れないが、歯ブラシ・石鹸・シャンプー以外にヘアーブラシもミニ化粧品まで備え付けてあり、室内の白いスリッパは持ち帰ってもいいという具合である。
 そういう部屋で、近ちゃまは、殿ちゃまと同じような「殿様」になった気分でゆったり過ごして、さぁ寝る時間である。ツインベッドのどちらに寝たらいいのか迷ったが、朝の陽射しで目覚めるように入り口から遠い窓際のほうを選んだ。そして、ベッド上部にあるベッド灯を消そうとしたが、
 ON/OFFのスイッチが見当たらない。花の飾りはついているけど…。
近「あれ?」
 OFFにするつまみスイッチか紐かがあるはずだが…ない。フロントに聞くのも恥ずかしいし…。
近「よし!入り口のルームキーボックスのキーを抜けば消える。しかし、部屋全体が消えて真っ暗になるだろうし、部屋が広いからキーボックスのところからベッドまで遠いな。真っ暗になるとベッドまで行けない。あらかじめベッドの位置の見当をつけて、キーを抜くなりベッドに飛び込めばいい。よし!」
 と、近ちゃまはキーを抜くなり入り口から遠いベッドに走り飛び込む。
 成功!
近「あれ?電気が消えないじゃないか。」
 と、ベッドの上で近ちゃまがつぶやいていると・・・  徐々に明りが暗くなっていく。
近「あ!ちゃんとベッドに行けるようにしばらくは点いているんだ。すごい!
 明日の朝、殿ちゃまにも教えてあげよう!」
 と、大感激の夜であった・・・・zzzzzzzzzzz。
 翌朝、朝食ビュッフェで、殿ちゃまと朝の挨拶をして、野菜サラダを取りながら
近「先生!すごい発見したんですよ!あのですね、ベッドの灯りの消し方が分からなかったのですが・・」
殿「は?ちゃんと灯りの所に飾りボタンのつまみがあるだろうが。」
近「あれ~、あの飾りがスイッチですかあ。」
殿「じゃ、夕べはどうやって寝たんだ?電気をつけっぱなしで寝たのか?」
近「いいえ。つけっぱなしじゃ僕は眠れない気質(タチ)なので、入り口のキーボックスからキーを引き抜いて寝ました。」
殿「え?え!え!え?それじゃ、夜トイレに行くときは真っ暗じゃがね。」
近「はい。でも、キーを抜いてもすぐ消えずにジワーッと消えるんですよ!知ってました?? キーを抜くなりベッドに飛び込んだのですが、ゆっくりベッドまで行けるようになっているんですよ!」
殿「そうじゃなくて、ベッドの灯りのつまみを回せばいいだけじゃがね。」
近「あぁ、あの飾りは、単なる飾りじゃなかったんですねぇ~。」
殿「田舎もんは、電灯を消すには紐があるはずじゃと思っちょるわなあ。」
*徐々に消えていくライトを「フェードアウトライト(FOライト)」と言うようです。

 ところで、大分にはニューオータニはない。次の大分出張では近ちゃまにホテルの選択とその予約一切を殿ちゃまが任せてくれた。近ちゃまの慣れ親しんだ大分市内の某ビジネスホテルに宿泊(料金6000円で安い!)。 ツインのシングルユースだともったいないから殿ちゃまもシングルームを予約してあげた。(後で「なんで、ツインのシングルユースにしなかったんだぁ?」と殿ちゃまに不満を言われたが・・・。)
 受付フロントで、フロント係が「歯ブラシ、髭剃りはお入用ですか?」と聞いてきた。殿ちゃまは「え?」と言って理解できないようである。このホテルは、資源節約のため、歯ブラシ・髭剃りは持参していないお客だけにフロント係がそれを渡す方式で、部屋には備え付けていないのである。
殿「なんで、部屋に置かないのかな?」と不思議な経験をされたようである。 部屋に着くと、殿ちゃまは「狭いなあ」「ベッド灯は紐じゃね。(笑)」「ベッドから足が出やせんか。」と少しだけうるさい。最後には「部屋じゃ狭くてゆっくりできんから、明日は起きたらすぐ出発しよう。」とわがままなことをおっしゃる。
 しかし近ちゃまは、その夜は紐を引いて消灯もできゆっくり眠れたげな。
 話は、またホテルニューオータニに戻るが、ニューオータニ会員には宿泊料金が会員料金になる以外に、宿泊の度に10パーセントの割引券が交付されるようであるが、航空機JASマイルカードのマイル獲得ホテルでもある。
 既に2~3回の宿泊を経験して、ホテルニューオータニの宿泊通になったつもりの近ちゃまは、事前にニューオータニでJASマイルカードが使えることを調査し、殿ちゃまに先んじて殿ちゃまに善いことを教えてあげたいと思って、ニューオータニ福岡のフロントで、10パーセント割引券とJASカードを出して格好良くチェックイン手続きをしていた。
 それを見ていた殿ちゃまが、
殿「そのJASカードは何だ?」
近「先生、知らなかったんですか、このホテルではJASマイルがもらえるんですよ。」
殿「へえ~、そうかい。」
近「先生もJASカードを出されたらいいですよ。エヘン。」
 ところが、見目麗しいフロントのお嬢さんいわく、
女「お客さま、大変申し訳ございません。割引券ご使用の場合には、マイルは付かないことになっております。」
近「え?、あ?」と、近ちゃまの面目はつぶれ、立ち往生?!?。
 殿ちゃまは、その場に腹を抱えて、クックックと笑いを必死で押さえていたのでありました。


(法律解説)
1、JASマイルカードによるマイル取得と公務員の公務出張に関する問題点
(1)「JAS」とは、株式会社日本エアシステム( JAPAN AIR SYSTEM CO. LTD)の英語略語である。1971年(昭和46年)から2004年(平成16年)まで存在した日本の航空会社です。それ以前は、東亜国内航空(TDA)であった。 福岡と宮崎間の飛行機は、この航空会社の便が多く運行されていました。
 マイルカードとは、マイレージカードであり、マイレージ(マイル)とは、各航空会社が提供するポイントサービスのこと。主に飛行機への搭乗で貯まるもので、貯まったマイルは各航会社の無料航空券に交換することができるサービスとなっています。
(2)ところで、官庁や会社等の公的出張で航空マイルを個人が取得することについて、法的な問題が生じています。
 そもそも、航空マイルは、法人向けカードがなく、会社がマイルを取得して法人として使用することを想定しておらず、マイルは飛行機搭乗者個人がマイル取得登録をした上で、飛行機に登録者個人が搭乗しなければ付与されないため、航空券の購入のみでは発生しません。したがって、マイルは実際に飛行機に搭乗した搭乗者個人を対象として付与されているとする立場があります。それに対して、会社経費や公費で搭乗券を購入して搭乗しているのだから、マイルの経済的価値は会社経費や公費から発生したものであり、会社や官公庁のものになるという立場があるわけです。
 中央官庁におけるマイルの取り扱い例がありますが、各省庁は、当初は、公費により購入した航空券での搭乗によって得られたマイルは、個人のマイレージカードに登録しないように求めていました。
 ただし、中央官庁の現時点での取り扱いは分かりませんが、地方自治体や民間団体等では、そのままではマイルが誰のものにもならず無駄になってしまうことから、定期的に出張をする必要がある職員などには、公用マイレージカードの作成を促している取り扱いも認めているようです。その場合には、マイレージクラブの仕組み上、カード自体は個人名義のままですが、プライベート用のカードとは使い分けをして、公用マイレージカードに出張の分のマイルが蓄積され、官公庁の出張時の航空券をそのマイレージで無料で取得できるという取り扱い例になっているようです。
(3)個人的見解
私は、個人的には、マイレージ取得に関するルールを会社や団体が決めていない場合には、会社等はそのマイレージの権利を放棄している又は取得意思はないものとして、また、マイレージクラブの仕組み上、カード自体は個人名義のままで個人の搭乗者の搭乗を根拠に付与されているもの以上は、公費・私費の区別はマイレージ制度には何ら関係の無い問題であり、公費出張による搭乗であっても、マイレージの権利は個人のものになると考えます。

2、「朝の陽射しで目覚める」ことの意味
体内時計を御存じでしょうか?「生物の体内にあるとされる、時間を計る仕組み」を言うのですが、生物の活動性が光や温度などの外界条件に影響されると同時に、その外界条件が変化しない環境においても、その活動性が日周期性を示す(例えば、意識しなくても日昼はカラダと心が活動状態に、夜間は休息状態に切り替わる)ということから、生物の中には独自の活動周期性(時計的なリズム)があるとされています。 ヒトの体内時計は、隔離環境では約25時間の周期で刻まれており、1日24時間周期の昼夜のリズムとはズレが生じるため、起床後、太陽の光を浴びることにより毎日このズレを修正しています。ヒトの体内時計は、脳の一部である視床下部の視交叉上核にあり、網膜からの光信号を受けて松果体からの「メラトニン」というホルモンの分泌をコントロールしています。 「メラトニン」は睡眠を誘うホルモンですが、人間の体は、朝に光を浴びると脳にある体内時計の針が進み、体内時計がリセットされて活動状態に導かれ、その体内時計からの信号でメラトニンの分泌が止まるため体が目覚めて活動的になれるのです。 朝の目覚めは、太陽の陽射しを受けることで、正確な一日の始まりとなるのです。
日本の法律(民法)では、民法第139条で「時間によって期間を定めたときは、その期間は、即時から起算する。」民法第140条で「日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。」と定めて、私たちが時間や期間に正確に従って生活するという前提での規定を設けています。この時間や期間に合わせる私たち人間の社会生活の基本は、人間の体の周期的な目覚めや睡眠を前提にしていることを改めて自覚する次第です。
 



次号に続く

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)その2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


第2章  記者会見するの?しないの?~(日向の国の瓦版)

 4月初め、筑紫の国での役員就任の挨拶回り、記者会見を終えて筑紫の国から日向の国に戻ると、日向の国の地方瓦版の記者会見もしなくちゃならないということになる。
 日向の国にも3つの電子台局(テレビ局のこと)と5社の瓦版屋(新聞社のこと)があり、殿ちゃまが日向の国から初めて九弁連理事長に就任したことはビッグニュースであるから、当然、日向の国でも記者会見しなければならないはずである。

近「先生、地元でも、理事長就任記者会見をしていただいたほうがよろしいかと思いますが、会見設定、会見内容、理事長プロフィール等は私の方で準備しますし、記者の質問に2~3答えてもらえればいいのですが。いかがしましょうか。」
 と、近ちゃまが提案する。
 殿ちゃまは、
殿「地元での記者会見はもういいんじゃないか。僕はあんまりマスコミには 出たくないんだ。」と拒否される。
近「前年の佐賀の葉隠れの理事長は、地元佐賀でも記者会見して、電子台(テレビ)でも放送されたようでござんす。」と、近ちゃまは粘る。
殿「佐賀は佐賀。私は私だ。あんまりマスコミには出たくない。」
近「ああ。そうですか。じゃ、記者会見は無しとします。」
と、近ちゃまはあっさりと断念したようであったが、内心は、殿ちゃまの記者会見があったら自分も脇役としてチョッとは電子台に映る可能性があったので、残念でならなかった。
 1週間後、日向の国の野崎弁護士が、殿ちゃま理事長の地元記者会見はないのか、と問い合わせてきた。
近「殿ちゃまがマスコミは嫌いだと言われるのでしません。」
 と回答したところ、
 野崎弁護士から話があるということで、事務所まで赴くと、なぜかお叱りを受ける。
野「殿ちゃまは絶対に地元での記者会見はしないと言われましたか?」
近「マスコミは嫌いだ。あまりマスコミには出たくない。と言われました。」
野「でしょう。“あまり“だったでしょ。それは記者会見するように、もう少し押さないといけないということなんです。3回断られるまで諦めない。偉い人は、自分が目立つようなことを一度頼まれただけではでハイと言う訳ないんです。」
近「え?そうなんですか。記者会見するか、しないかというだけですよ。一度で決断できるでしょ。」 野「近ちゃまは、殿ちゃまの性格をまだ押さえていませんねえ。」
近「いえ、確かに記者会見はもういいんじゃないか、と断られましたよ。」(憮然)
野「“もういい”ではなく、“もういいんじゃないか”でしょ。断定しておられないでしょ。」
近「確かに…。三顧の礼ってことで、3回頼んでみましょうかね。」

 それから、近ちゃまは毎週一回、殿ちゃまにお会いする度に「地元での記者会見をしましょうか。」と尋ねてみた。なんと!2週間後、殿ちゃまが地元記者会見に同意!!!?
 近ちゃまがバタバタと記者会見を設定し、めでたく記者会見終了。電子台のニュースで放送され、それを契機に殿ちゃまには祝電が次々に送られてきて、殿ちゃま事務所は就任お祝いのお花で満杯状態。事務員はお祝いの電話の対応にてんてこ舞いになったということである。
 瓦版の記事は間違っているわけではないが正確に記載されていない場合が多い。殿ちゃまの記者会見での理事長見解についても記事になってみると間違った表現をしている瓦版があり、殿ちゃま曰く、
殿「近ちゃまの押しに負けて地元記者会見をしたが、やはり不正確に伝わることが多いだろ?だから嫌じゃと言うたんじゃ。」
……人の上に立つ人の心持ち、謙譲、謙遜、遠慮、支えてくれる者の動きや行動した場合の結果の見通し、結果に対する評価や影響等いろいろと、偉い人の世界には難しい心の動きや強い影響があるもんじゃ……。
 しかし、近ちゃまも電子台のニュース画面にチョコット映って嬉しかったげな。

(法律解説)
1,公的機関の記者会見について  公的機関が報道機関に向けて行う記者会見は、法律に定めたものではなく、公的機関側は「行政等の説明義務、周知義務」として行うものであり、報道機関側は「憲法第21条の表現の自由・報道の自由・国民の知る権利」を支えるものとして行うというものであり、その方式は慣例として認められてきたものです。記者会見の主催が公的機関か報道機関かの争いはありますが、日本の記者会見において公的機関が報道機関向けに行う発表は、通常、記者クラブが主催しており、日本新聞協会は、その理由を、「情報開示に消極的な公的機関に対して、記者クラブという形で結集して公開を迫ってきた」と歴史的な経緯があること、逆に公的機関が主催する会見は一方的な運営がなされるとの疑念を抱いていることを説明しています。
 その場合、各記者クラブが主催する記者会見には、その記者クラブのメンバー以外は原則として参加できないという不都合が生じる場合もありますが、ただし、幹事社の事前承認があればメンバー以外の報道機関も参加できるという取り扱いもされています。

2,三顧の礼とは
 三顧の礼とは、「地位のある者や権力者が格下の者に何度も出向いて物事を頼むこと」であり、三国志の英雄である劉備が諸葛亮を臣下に加える際に彼の庵を三度訪れて礼を尽くしたということが由来となっています。近ちゃまの場合は、格上の殿ちゃまに三回頼みに行くという場面ですから、逆の関係になるので、厳密には「三顧の礼で迎える」という例ではありませんので、その点ご留意願います。

3,報道内容が事実と異なる場合の法的問題
 マスメディア等の報道により、事実と異なる報道がされ名誉権等の人格権を侵害された個人は、その報道内容に関し、「反論する権利ないし法的保護に値する利益」を持っているのではないか(いわゆる反論権、反論文掲載請求権の有無)が論じられてきています。
 しかし、最高裁判例昭和62年4月24日(サンケイ新聞事件)は、以下の通り述べて、不法行為として成立しない場合には反論権は認められないとしています。

(1)「この制度(反論権又は反論掲載請求権)が認められるときは、新聞を発行・販売する者にとつては、原記事が正しく、反論文は誤りであると確信している場合でも、あるいは反論文の内容がその編集方針によれば掲載すべきでないものであつても、その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであつて、これらの負担が、批判的記事、ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存するのである。このように、反論権の制度は、民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由に対し重大な影響を及ぼすものであつて、たとえ被上告人の発行するサンケイ新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として、反論権の制度について具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。」
(2)その結果現行法の下において、反論権が承認されるための条件について
「人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを請求することができる場合による。」ことは、当裁判所の判例(北方ジャーナル事件判決参照)に基づくところであるが、「右の名誉回復処分又は差止の請求権も、単に表現行為が名誉侵害を来しているというだけでは足りず、人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであつて、この前提なくして条理又は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。」
  



以 上

    

殿ちゃま・近ちゃま九州国珍道中記(法律解説編)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(巻頭言)
 平成22年4月から「何でも法律塾」コーナーを9年間担当させていただいておりますが、平成の時代をも終わり、今年5月から「令和」時代に入ります。 そこで、平成時代を振り返りつつ、面白い話を交えながら分かり易い法律の話をしてみたいと思っています。 この「珍道中記」の登場者「殿ちゃま」「近ちゃま」は、宮崎県町村会の顧問弁護士であり、この二人の実話を面白く脚色させていただきました。 このコーナーでは、時事の法律問題も時折入れることもあると思いますが、可能な範囲でこの「珍道中記(法律解説編)」を続けて掲載させていただきたいと思います。

1、珍道中期間・・平成10年4月1日~平成11年4月5日
2、主題・・九州弁護士会連合会の会務活動に関する理事長・事務局次長同道の旅での出来事、笑い話等を綴る傑作コメディー
     とその関連法律制度の解説。
3、登場人物
  ①殿ちゃま・・宮崎県弁護士会所属弁護士、弁護士会会長経験2回、宮崎県弁護士会の大御所的存在、訴訟以外に公的委員
  ・宮崎県等の地方自治体や大企業顧問などを兼任し社会的地位も確立している。平成10年度に宮崎県内初選出として九州弁
  護士会連合会理事長に就任し、九州の弁護士のトップの地位に立つ。後進の育成に熱心な人物で、経済的には無駄はしない
  が一流の物には金銭を出すのはいとわない性格、宿泊は一流ホテルのツインないしダブルの一人使用を好み、趣味はカメラ
  写真(写真展入選多数)。昭和5年3月3日生まれ(理事長就任当時68歳、現89歳)、小林市出身。妻・殿所F子様
  ②近ちゃま・・宮崎県弁護士会所属弁護士、平成5年登録の初心者弁護士、裁判所書記官(公務員)として14年間の公務員生
  活を送りながらの司法試験受験生活を経ての弁護士生活であり、殿ちゃまより弁護士生活に関する基本的指導を受ける。殿
  ちゃまが九州弁護士会連合会理事長就任と同時に殿ちゃまから九州弁護士会連合会事務局次長兼理事長秘書を委嘱される。
  受験生活が長かった割には、悪癖もなく、冗談好き。小さな事務所を独立経営し、財布の中身も公務員時代の貧乏生活感覚
  を維持している。宿泊は安いビジネスホテルのシングルを好み、趣味は特になし。昭和28年11月1日生まれ(次長就任当時44
  歳、現65歳)、南郷町出身。妻・近藤H子様
4、目次
   第1章   昔々、桜の咲く頃、(筑紫の国の舞鶴城址で)
   第2章   記者会見するの?しないの?(日向の国の瓦版)
   第3章   え?こんなに高いお宿に泊まるの?
   第4章   飛行機の旅を安くでする方法を知っています!なに、それ?
   第5章   汽車の旅で、コーヒーがタダ!
   第6章   菊池“温泉”じゃなかったの?
   第7章   沖縄(琉球国)のステーキはでっかいぞ!
   第8章   シーガイアであたふた、あたふた。(九弁連大会宮崎大会)
   第9章   僕は浮気防止役?(摩女梨花での夜)
   第10章  こんなに疲れる韓国旅行ってな~んだ?
   第11章  殿ちゃまを一人にできない。(殿ちゃまの失敗編)
   第12章  日本の最南端の島で~あれ?これ、どこから覗くんですか?~
   第13章  もう一年、ご苦労さん! あれ~?双子?
   第14章  殿ちゃま、男になる!(理事長実績編)
   終  章  そして、桜の咲く頃に(女房に感謝を込めて)

第1章 昔々、桜の咲く頃、~(筑紫の国の舞鶴城址で)
(はじめに)
 今は令和元年。今になっては、もう昔々の平成時代の話になるんじゃが、優しそうな顔立ちの平成天皇と見目麗しい美人で才女と誉れ高い美智子皇后がおられた平成の御代、それも戦争もない平和な時代の話じゃった。
 日の本(現在の日本国)の南にある九州国の日向の国の話じゃ。日向の国は太平洋という大海原に面していて、漁業と農業を中心に産業が興されている田舎で、蒸気機関車よりも速く走るという新幹線もまだ通っておらず、交通は不便なところじゃった。 しかし、日向の国の気候は、日照時間も日本一で、「日本のひなた」と呼ばれるように温暖で穏やかだったので、土地の人々は、「男はいもがらぼくと、女は日向かぼちゃの良か嫁女」ということで人柄も、の~んびりしていて、争いごともあんまりなかったそうじゃ。
 そんな日向の国の争いごとを一手に引き受けて解決してきた「殿ちゃま」という偉~い弁護士さんがいて、平成10年4月に九州国の一番偉~い「九州弁護士会連合会理事長」になりゃったげな。 理事長として、九州国全部を巡回して争いごとの解決の仕組みを広めるという大変な役目を担わなくてはならなくなったげな。 一人じゃ大変じゃということで、殿ちゃまは、自分の役目の手伝いをさせるために、もっと昔々の水戸黄門様のお話の格さん助さんみたいに細かいことをきちんとやれそうで、気の良さそうな若い弁護士「近ちゃま」を自分の秘書役(カバン持ち)にして、九州国を二人で巡る旅をしやったげな。 その旅の話をまあ聞いてみるとほんと面白いっちゃから、まあ、聞いちみてくだっさい。

(これから以下は、準・標準語に修正しています。)

(桜の咲く頃)
 九州弁護士会連合会の理事長・殿ちゃまと事務局次長・近ちゃまは、日向の国から筑紫国(福岡県福岡市)まで、月に最低2回程度出張せんといかんかった。 九州弁護士会連合会(以下、「九弁連」と略称する。)の事務局が筑紫国にあり、九弁連の会務の統括業務をしなければならないからである。
 九弁連事務局は舞鶴城址の筑紫国高等裁判所と同敷地内にある。敷地周囲は隣接している舞鶴城址公園と同様に「そめい吉野桜」で蔽われており、春には、咲く桜・散る桜でその風景全体が淡い桜色に染まる・・・。
 その桜の咲く頃に、近ちゃまが日向の国からの飛行機から慌てて筑紫国に降り立って、そのまま地下を走る電気式移動車(地下鉄)に飛び乗って、あわてふためきながら、桜咲く舞鶴城址に着くと、殿ちゃまが会務資料の入った大きなカバンを抱えながら、一人お堀の端にたたずんで城址のお堀一面に広がる桜の景色を見入っていた。

近「先生、遅れました。すみませ~ん。」
 と、その直前まで法曹関係者への理事長就任挨拶回りを殿ちゃま一人に任せてハワイ旅行に行っていた近ちゃまは、まだハワイでの南国的気楽さを残したまま、軽快なフットワークで、殿ちゃまに駆け寄る。
殿「おお、ようやく君の事務所の5周年記念事務所旅行のハワイから帰って来たか。昨日の理事長就任の挨拶回りは僕一人だけだったから大変だったよ。」
近「そうですかあ。お疲れ様でしたあ。」と気楽な答え。
殿「それにしても、この桜、見てごらん。光も向こうから来ている時間帯だから、いい写真が撮れる景色だよ。」
 と殿ちゃまが言う。
 殿ちゃまは、趣味の写真もしばらくあきらめて九弁連理事長会務に没頭しなければならないこれから一年のことを真剣に考えていた。 “もう自分も若くはないが、九弁連理事長としての激務でも無理をしなければ大丈夫だ。
この桜を、理事長を退任する一年後の春には、きっと清々しい気持ちで見れるはずだ。” ・・・殿ちゃまは、そんな自分の決意を今の桜景色に一年間預かってもらっておくのだという気持ちで桜を眺めていたのであった。
 そんなことも知らない呑気で気楽な近ちゃまは、
近「ほんとですね~。ここの桜景色を見ると、私が弁護士になる前の平成3年4月1日にこの筑紫国裁判所を退職したとき、花束を抱えて裁判所職員同僚・部下に玄関から見送られて、それも黒塗り高級公用車に乗せられて見送られたことが想い出されます。 その時も今の様に桜が満開でした。そのときは、すぐに100メートル先で公用車を降りて、バタバタと裁判所書記官室に舞い戻って、書き残していた裁判調書を書いたんだったなあ。 退職後も2、3日登庁して裁判記録の引継ぎ整理をしたんだったなあ。 あのときは、司法試験に合格した喜びと司法研修所への入所準備での期待感の反面、残務整理の時間が足りなくて寝る暇もなく、大変だったなあ~。」
 と、勝手に自分だけの回顧にふけっていた。
……実は、殿ちゃまの覚悟していたとおり、九弁連会務の「激務」がこれからスタートしようとしていた。

(法律解説)
1、そもそも「九州弁護士会連合会」とはどういう法的根拠で結成された連合会なのでしょう?
 弁護士の資格と弁護士の組織については、弁護士法という法律が定めています。 弁護士法では、第8条(弁護士の登録)「弁護士となるには、日本弁護士連合会に備えた弁護士名簿に登録されなければならない。」、 第9条(登録の請求)「弁護士となるには、入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録の請求をしなければならない。」、 第32条(弁護士会設立の基準となる区域)「弁護士会は、地方裁判所の管轄区域ごとに設立しなければならない。」、 第89条(同じ区域内の弁護士会の特例)「この法律施行の際現に同じ地方裁判所の管轄区域内に在る二箇以上の弁護士会は、第三十二条の規定にかかわらず、この法律施行後もなお存続させることができる。」 という定めに従い、単位弁護士会は、地方裁判所の管轄区域ごとに設立するのが原則で、45の府県庁所在地と札幌・函館・旭川・釧路の各地方裁判所に対応して設けられている。 東京だけ例外として、歴史的経緯から3つの弁護士会(東京弁護士会、第一東京弁護士会、および第二東京弁護士会)が存在する(法第89条第1項)ことから、日本全国では52の弁護士会が存在します。
 しかし、いわゆる高等裁判所を基本とした地区(九州・四国・近畿・関東など)に応じた弁護士会(例えば、九州弁護士会)の定めは弁護士法にもありません。 九州弁護士会連合会は、九州管内の各県単位会弁護士会の任意団体として結成されたものであり、法律に基づく正式な団体ではないのです。 名称も「弁護士連合会」ではなく、「弁護士会連合会」になっています。 任意団体とは言え、九州弁護士会連合会の理事長は九州内の当時は4,000名の弁護士のトップに立つことであり、1年に1回開催される九弁連大会(福岡高裁長官、福岡高検検事長、知事、市長等の来賓をお迎えした大会・参加弁護士数500人規模)を宮崎の地で計画実行するという大きな役目があります。 宮崎県弁護士会から初めてその九弁連理事長に就任されたのが、殿所哲弁護士(殿ちゃま)なのであります。

2、裁判所書記官とは、どういう立場の人でしょうか。
 近ちゃまは、弁護士になるまでは、裁判所で裁判所書記官として働いていました。 裁判所に勤務する人には、裁判官、裁判所書記官、裁判所速記官、裁判所事務官、家庭裁判所調査官、裁判所技官、執行官、廷吏という職種があり、すべて国家公務員になります。 裁判所書記官は、裁判所法第60条で「1 各裁判所に裁判所書記官を置く。 2 裁判所書記官は、裁判所の事件に関する記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。 3 裁判所書記官は、前項の事務を掌る外、裁判所の事件に関し、裁判官の命を受けて、裁判官の行なう法令及び判例の調査その他必要な事項の調査を補助する。 4 裁判所書記官は、その職務を行うについては、裁判官の命令に従う。  5 裁判所書記官は、口述の書取その他書類の作成又は変更に関して裁判官の命令を受けた場合において、その作成又は変更を正当でないと認めるときは、自己の意見を書き添えることができる。」 と定められている公務員です。 官職としては、書記官、主任書記官、次席書記官、首席書記官があり、最高位は、最高裁判所大法廷首席書記官になります。

3、司法試験制度について
 司法試験とは、裁判官、検察官または弁護士になるための国家資格、すなわち法曹資格を付与するための国家試験ですが、1923年(大正12年)以前は、判検弁統一の法曹資格試験は存在せず、裁判官と検察官の候補生である司法官試補(現行法における司法修習生に相当)の採用試験である判事検事登用試験と弁護士試験が別個に行われていたようです。 その後、高等文官試験司法科試験となり、戦後の昭和24年から司法試験法が制定され、裁判官、検察官又は弁護士になろうとする者に対して、それに必要な学識及び応用能力を問うことを目的とした国家試験(司法試験法第1条)となっていますが、直接的には、裁判所法第66条2項で定める司法修習生になるための採用試験であり、司法研修所を卒業する際の「司法修習生考試試験」(いわゆる二回試験)に合格して始めて裁判官、検察官又は弁護士になる資格を得ることになります(裁判所法第67条1項)。
 ただし、旧司法試験制度は、2002年(平成14年)の司法試験法改正により2011年(平成23年)の試験を最終として、新司法試験へ移行しました。 両試験の大きな違いとしては、(1)受験資格の点において、旧司法試験は受験資格制限がなく、中卒・高卒でも受験することができました(ただし、大学で一定の単位を取得していない人は教養試験に合格しなければなりません)。 が、新司法試験は法科大学院修了者のみを対象とした試験ですので、大学を卒業し法科大学院に入学、卒業した人しか受験することはできません(ただし予備試験に合格することで法科大学院を修了していない人も受験資格を獲得することができます。)。 (2)受験科目数や方式の改正により、新司法試験では、民事訴訟法・刑事訴訟法が両方試験対象科目に入っており、旧司法試験で行なわれた口述試験は廃止されています。 (3)合格者数については、旧司法試験が約400名から500名程度でありましたが、新司法試験では1,500人(多い時で3,000人)程度の合格者が発表されています。

           (第2章へ続きます)



以 上

「無実の人の『無知の暴露』」と「真犯人の『作出した虚構』」のどっち?(将来の裁判員になる方々へ)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



1、日本の刑事司法手続きにおいて、平成21年5月21日に一般市民が裁判員として重大刑罰の刑事裁判に関与する「裁判員裁判

制度」が始まって、10年を経過しようとしています。私は当初、この制度導入については消極的な立場でしたが、10年近く実施さ

れてきて裁判員に選任された方は大変な苦労をされながら裁判員裁判制度の意義を理解されているだろうと考えますと、この制

度を充実させていく方策を検討するということも法律家の役目なのだろうと思います。
2、判例時報2389号に立命館大学の浜田寿美男教授の刑事裁判上の「虚偽自白」についての論考「虚偽自白がどのようなものか

を知らずに虚偽自白を見抜くことができるのか」(以下、「論考」という。)があり、それを読んで非常に感銘を受け、このような判断

手法もあるということを裁判員の方々にも身に付けてもらいたいと思ったので、判例について私なりに理解した点をお話したいと

思います。
   ここで、あらかじめ申し上げますと、「虚偽自白」という言葉ですが、普通「自白」は「相手方の主張する自己に不利な事実、又は

検察官の主張する犯罪事実を認めること」を言いますので、自白は自ら不利を認める真実のものだと考えられるため、通常は自

白で虚偽のことを言うことは想定されません。

 しかし、自白の中に「自白した犯人が有利になるような虚偽の事実が入り込む」可能性はあります。例えば、他に共犯者はいな

いのに共犯者がいるという引き込み供述やもっと重い罪を隠すための、虚偽の事実の軽い罪についての自白などがそれです。

これを「真犯人の『作出した虚構』」と言います。

 さらに最も大きな問題になっているのが、「犯人でもないのに犯人であると犯罪事実を作り出して供述する」という「無実の

人の虚偽自白」というものがあり得るかという点です。一般的には真犯人をかばうために自己犠牲となる虚偽自白が考えられま

すが、「真犯人をかばう必要もない無実の人が虚偽の自白をする」ということは一般的に考えられないとされています。

しかし、浜田教授の論考は、そのような虚偽自白は冤罪事件において示されるように頻繁に起きてしまうということを分析されて

います。無実の人の自白が客観的証拠と合わなくなって虚偽であることが判明する場合を「無実の人の『無知の暴露』」と言いま

す。
3、平成30年8月3日東京高裁(刑事)判決での「栃木小1女児殺害事件」(事件発生:平成17年12月1日、栃木県今市市(現日光

市)で下校途中の小学1年女児A=当時(7歳)=が行方不明となり、翌2日、茨城県常陸大宮市の山林で遺体が発見された。

約8年半後の26年6月、栃木、茨城両県警がK被告を殺人容疑で逮捕した事件(なお、凶器のナイフは見つかっていない。K被告

は捜査段階で自白したが、公判では否認している。)の有罪判決を問題としています。
(1) まず、この東京高裁判決では、一審判決(宇都宮地裁判決―無期懲役)で認定した公訴事実が、被告人の捜査段階での自白

どおりに「被告人は、平成17年12月2日午前4時頃、茨城県常陸大宮市甲字乙丙番丁所在の山林西側林道において、A(当時

7歳。以下「被害者」という。)に対し、殺意をもって、ナイフでその胸部を多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を

心刺通(心臓損傷)により失血死させた」というものであるのを、東京高裁判決は、控訴審での審理を通じて検察官の訴因変更

による殺害の日時を『平成17年12月1日午後2時38分頃から同月2日午前4時頃までの間に』と、場所を『栃木県内、茨城県

内又はそれらの周辺において』とそれぞれ改めた犯罪事実を認定して、一審判決を破棄しながらも、K被告が犯人であることは

間違いないとして一審判決と同様に「無期懲役」の有罪実刑判決をしています。

 殺害時間については約13時間の幅が生じており、殺害場所も当初の茨城県常陸大宮市だけでなく、茨城県内どころか栃木県

内まで広げられた形の事実認定に変わっています。
(2) この点をわかりやすく説明するとすれば、控訴審判決は次のように言っている判決なのです。すなわち、刑事裁判では、本件

の場合、被害女児Aを「だれが、いつ、どこで、どのようにして」殺害したかという犯罪事実が認定される必要がある。第一審判決

はこの「誰が」という犯人性の部分は被告人が自白しているとおり正しく認定しているが、「いつ、どこで、どのようにして」という殺

害の日時、場所、態様については、被告人の自白を鵜呑みにしてこれを認定したために、本来なら「客観的に裏付ける証拠、そ

の信用性を支える事情の有無について検討すべき」ところを、それが不十分であり、犯人性の判断の中に埋没するようなことに

なって、結果的に殺害の日時、場所、態様に関して被告人が語った自白内容が客観的事実と矛盾することを見抜けなかったの

で、改めて、控訴審で客観的証拠の範囲内で殺害の日時、場所、態様に関して広い範囲での事実認定をして、有罪(無期懲役)

判決を維持したというわけです。
(3) このような控訴審の判断手法に対して、浜田教授は心理学的な視点から、また、自白調書を「証拠」として見るのではなく、取調

べの場における人間現象を記録した「データ」と見るという視点から、大きな疑問を呈しています。「裁判官たちは、無実の人が自

白に落ち、虚偽の自白を語っていく、語らざるを得なくなるその心理過程を正しく理解しているのだろうか。」という疑問です。

 そして、自白調書に犯行事実に関して客観的証拠と明らかに異なる虚偽の事実が入っている場合に、法律的には「真犯人が

『作出した虚構』」という方向へ評価されるのか、それとも無実の人が『作出せざるを得なかった虚構』(このことを浜田教授は「無

知の暴露」と呼ばれている)という方向へ評価されるのかの問題になります。
4、「殺害の日時、場所、態様」に関する自白と客観的証拠の不一致をどのように評価するかについて

(1)弁護人は「本件自白供述のうち殺害の日時、場所、態様等に関する部分が、遺体発見現場付近や遺体の客観的状況と矛

盾するのは、被告人が取調官の追及により実際には体験していないこと(知らないこと=無知)を誘導や想像で供述させら

れたからである。被告人が真犯人でないことを示している。」という評価をしています。

(2)これに対して、控訴審判決では「本件自白供述のうち、殺害犯人であることを自認する部分を超えて、本件殺人の一連の

経過や殺害の態様、場所、時間等に関する部分にまで信用性を認めた原判決の判断は是認することができない。」

 ただし、「本件自白供述における殺害の経緯及び態様は、通常想定されるものとはいえないし、遺体に認められる創傷か

らそのような犯行態様が推認されるものではなく、その他、本件の関係証拠の中にそのような経緯や殺害態様であったこと

を示すものがあるわけでもない。したがって、本件自白供述が取調官の誘導に基づくものとは考えられないし、そのような

状況をうかがわせる証拠もない。以上のとおり、被告人が供述しようとしても、犯行の体験がないために、具体的な供述が

できず、捜査官から与えられた情報に基づいて本件自白供述が構成されたというような状況は認められず、弁護人の所論

は、根拠を欠くものである。」とし、犯人性の認定には影響を与えないとした。他方、「状況証拠から認められる間接事実を

総合すれば、被告人が本件殺害犯人であることが合理的な疑いをさしはさむ余地なく認められる。」「原審判決は、(客観的

証拠との不一致の犯行日時・場所・態様等は)被告人の作出した虚構である可能性に思い至らなかった(にすぎない)」とし

ています。

(3)その点につき、浜田教授は、自白供述過程の心理学的視点から、無実の人は、取調官の誘導で事実を語るのではなく、自

分が犯行事実については「無知」であるからこそ、事実を想像して語るのであるということを指摘されています。

論考では「虚偽自白は、一般に取調官が把握した客観的事実から犯行筋書きを想定して、その想定に沿って無実の人を意

図的に誘導して出来上がるものだと考えられやすいが、実態はそういうものではない。むしろ、無実の人が自白に落ちてし

まった後は、自ら「犯人になり」「犯人を演ずる」形で、取調官の追及に沿いつつ、犯行の筋書きを自分から想像して語り出

していくほかない。」「そして、自白内容が後の捜査あるいは検証過程で客観的証拠と合致しないと判明したとき、それは無

実の人が想像で語ったためだという可能性が浮かび上がる。

 そのことを私は『無知の暴露』として犯行の非体験者の自白の証拠であると指摘してきている。」「無知の暴露は、被告人

のみの無知ではなく、被告人と取調官の両者の無知なのである。」と説明されています。
5、無実の人の犯人性の虚偽自白後の犯罪事実に関する自白供述過程について

犯罪事実は、犯人と被害者と神のみが知っている事実です。取調官も裁判官も証拠から犯人性を推認できるだけです。そこで、

真犯人以外の無実の人は本当は知らないのにどのような心理過程を経て自白調書ができ上がるのでしょうか。論考で説明され

ているその心理過程をまとめてみますと、
(1) 無実の人が取調べが苦しくなって「自分が犯人である」と自白した。
(2) 取調官は、犯人が「落ちた」ということで無実の人を犯人だと確信を強める。 そして、取調官は「犯行内容は犯人しか知ら

ないから、自白した者自身の口で語ってもらうしかない」と考える。
(3) 無実の人は、実際には犯行は体験していないのだから、取調官から質問されても「知らない」と答えるしかないが、犯人性を自

白した以上は、取調官は「分からない」では済ませないだろうと考えてしまう。そこで犯人になった場合を想像して考えていくこと

にする。
(4) 想像した話をしてみる。
(5) 取調官は客観的証拠に合致する話であれば調書へ記載する。合致しない話は再度質問を繰り返し、客観的証拠と反しない話

が出るまで取調べを続ける。取調官に客観的証拠が得られていない事実内容については、不自然なものでない限りそのまま無

実の者の供述が受け入れられていく。(無実の人と客観的証拠の無い取調官双方の「無知」)
(6) その繰り返しで、徐々におおよそ客観的証拠と矛盾しない自白調書全体が作られていく。
(7) 一旦、自白調書が出来上がった後に、事後の捜査や弁護人の反証によって、客観的事実と合致しない自白調書であることが判

明する(無知の暴露)場合が起こる。
(8)被疑者・被告人が全面自白した後に、真犯人がもはや嘘を言う理由もなく、記憶違いをする可能性もない部分について、客観的

証拠と決定的に食い違う自白が語られたとき、それは無実の人がその犯行を知らないこと(真犯人ではないこと)を示している。

とされています。このような「無実の人」が「真犯人を演じて」「犯罪事実を語る」という自白供述の心理過程は、裁判員の方々に

も基本的な知識として必要だろうと思います。
6、控訴審判決の手法への批判

栃木小1女児殺害事件控訴審判決は、「被告人の自白と客観的な事実との不一致が確認できた場合に、もっぱら有罪を前提

に、その不一致に関して真犯人である被告人の「作出した虚構」である可能性のみを考え、その不一致が「無実の人の虚偽自

白」であった可能性を検討すらしようとしていない」(浜田教授見解)と非難されているように、本来の刑事司法での「無罪推定の

原則」を理解しない不当な判決だと批判されてもやむを得ないものと思われます。





以 上

ゴミ袋のゴミの所有権は誰にあるの?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 「ゴミの所有権」って??
 そもそも、みんなが不用なものとして捨てる物、又は、ゴミ回収に出す物などに「所有権」という法律上の権利が問題になんかなるの?と思われるでしょうね。
 しかし、次のような法律相談を法律的にご回答する場合には、「ゴミの権利」「ゴミの所有権」から考えないと解決できないのです。
 〇(相談Ⅰ)市町村のゴミステーション(集積所)に廃棄排出されたゴミや、回収日に道路脇に出された資源ゴミが、廃品回収業者などに 勝手に持ち去られてしまいます。
勝手に持ち去る業者に刑事上の処罰を受けさせることはできないのでしょうか。
 ○(相談Ⅱ)市町村としては、ゴミステーションに出されたゴミ袋が廃棄区別をしていないものも多く、廃棄基準や選別基準に合っていないゴミは排出者に返還する対応をしたいが、市町村(担当職員・委託を受けた者)が排出者特定のためにゴミの中を勝手に調べてよいのでしょうか?
 ○(相談Ⅲ)市町村は警察が求めて来た1軒ごとに回収したゴミ袋を他のゴミ袋と混ざらないように回収して欲しいとの要請を受け、回収した特定の1軒のゴミ袋を警察が任意提出を求めてきたので提出したがそのゴミの付着物から刑事犯罪の犯人のDNAが検出された。警察へのゴミの任意提出及び領置は、本来、特定の1軒に存置する物(ゴミ)を捜索差押令状で取得すべきものであり、令状主義違反の手続きではないでしょうか? (参照条文:刑事訴訟法第221条:(領置)検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑 者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。)
(ご説明)
 この相談例を考える場合、冒頭に申しましたように、そもそもゴミステーションやゴミの回収場所に置かれたゴミについて、そのゴミの所有権は誰にあるのでしょうか、それとも捨てられた物「無主物」として、誰の所有権もないのでしょうか、ということを考える必要があります。
○≪回答≫
1、ゴミの所有権の帰属について―対外関係について
 物に対する所有権は、「所有権絶対の原則」から所有権放棄をすることもでき(無主物となる)、他に処分をする(所有権移転等)ことも所有者が自由にできるというのが原則です。しかし、ゴミについては、廃棄物の処理及び清掃に関する法律の第16条(投棄禁止)で「何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。」との法律による制限規定があるので、勝手に所有権放棄(廃棄)はできないことになっています。
 そうなると、条例の定めるゴミ出し日に、ゴミステーション等に出された(ゴミ出し者の)ゴミ袋、及びその中のゴミの所有権は、「所有権放棄ではなく、所有権が移転する」という形で出されていること」になります。
 この点、判例上は、ゴミステーションに出されたゴミ袋から目ぼしいものを勝手に持ち去った行為が遺失物横領罪又は窃盗罪になるかどうか、又は条例の罰則適用は合法かという観点で、ゴミの所有権の帰属を判断した例があります。以下のとおり、対外的な第三者に対する関係では、所有権放棄ではなく、地方公共団体か、ゴミ排出者のどちらかに所有権はあるとの判例上の判断が出ています(下記(1)(2)(3)の判例)。
 なお、ゴミステーションではなく、公道上の集積場所に置かれたゴミについては、下記(4)の判例があり、判例上は遺留物とされています。また、ゴミステーションのゴミは一般的には「無主物(所有権放棄された物)」とは言えないとしても、住居者が廃棄したという意思を明確に有する場合には、民法上は「無主物」とせざるを得ないとした判例(平成19年12月13日東京高裁判決)もあります。
(1)平成19年12月13日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)

区民が集積日に集積所へ排出した古紙や缶等の資源廃棄物については、区が回収することを前提に集積されるもので、区民

が集積所に排出したからといって所有の意思を放棄したものではなく、むしろほとんどの場合は、区によって回収されるまでは区

民によって所有・占有されており、区が回収することによってその所有権や占有権が区に移転、承継されるものと考えるのが相

当である。したがって、集積所の資源廃棄物は、一般的には無主物ではないというべきである。
(2)平成19年12月26日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)
   区民は、行政回収のために区に引き渡す意図で集積所に古紙等を置き、区側は、程なくこれを必ず回収することになるのである

から、古紙等が集積所に置かれることによって、民法第239条第1項の無主物の状態が出現するということ自体が、甚だ疑問で

あり、むしろ、行政回収システムに基づき集積所に置かれた古紙等は、民法の解釈としても、その置かれた時点から区の所有に

属することになり、

同項の定める所有者のない動産には当たらないと解するのが相当である。
(3)平成20年1月10日東京高裁判決(世田谷区清掃・リサイクル条例違反事件)
   区民が、古紙等の資源を収集日に資源・ごみ集積所に排出するのは、これを再生利用の目的となる有価物のものとして、

区の収集、回収によるリサイクル事業に委ねるためである

から、区又はその委託を受けた収集運搬業者が資源・ごみ集積所からこれを収集してその占有下に収めるまでは、一般に、

区民は、なお継続してこれを所有占有している

ものとみるべきである。
(4)平成20年4月15日最高裁判決
   公道上の集積場所に置かれたゴミの領置について「ゴミ処分者は、その占有を放棄していたものであり、排出されたゴミが通常

収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑事訴訟法第221条

によるこれを遺留物として領置することができる。
2、ゴミの所有権の帰属について―内部関係について
  しかし、ゴミステーションのゴミの所有権が、回収する市町村か、ゴミ排出者のどちらかにあるかという内部関係での所有権の帰属を直接判断した判例は見当たりません。
 ゴミ廃棄は、法律的には、ゴミ排出者とゴミを回収する市町村との間にゴミ廃棄委託契約があると思われますので、暗黙に、「①ゴミ排出基準に合ったゴミについては、ゴミの所有権は回収する市町村に所有権及び処分権を移転させ市町村が廃棄する。②ゴミ排出基準に合わないゴミについては、市町村は引き取らずに所有権も移転させない。」という合意のある制度になっていると解釈することが可能だと思います。
 また、ゴミ廃棄委託契約においては、黙示の契約として、「廃棄排出基準に合うかどうかの審査のために、回収する市町村はゴミ排出者の所有権の下にある間でも、ゴミステーションの置かれたゴミの検査・調査ができる権限を与えられている」と言える(合理的解釈)と思われますが、明確な口頭合意があるわけでもないし、個々の住民との間で委託契約書を取り交わすことも不可能ですので、市町村は条例でその旨(ゴミ所有権の移転時期の定めと、ゴミ所有権が移転しない場合でも排出基準検査のための検査権を有するとの定め等)を規定することが望ましいと考えます。
 そうすれば、市町村及び市町村から管理委託された自治会役員等が、違法なゴミ排出者特定のためにゴミの中を勝手に調べても、原則として、プライバシーの侵害等にはならないということになります。(注意:違法なゴミ排出者の特定又は基準違反かの判断に必要な範囲での調査が許されるだけで、そのような調査に不必要なゴミの内容・不必要な個人情報にまで調査してしまうと、プライバシーの侵害となるので、その点は注意する必要があります。)
3、(相談Ⅰ)の回答
 条例の定めるゴミ出し日にゴミステーション等に出された(ゴミ排出者の)ゴミ袋の所有権は、所有権放棄ではなく、回収側の市町村かその回収業務担当 者へ所有権が移転する形で出されていることになります。
 この点、判例上も、ゴミステーションに出されたゴミ袋から目ぼしいものを勝手に持ち去った行為が、遺失物横領罪又は窃盗罪になるとしていますので、勝手にゴミを取っていく行為は刑事上の処罰を受ける可能性があります。また、条例に定められた「持ち去り行為禁止違反」として処罰される場合もあります。
4、(相談Ⅱ)の回答
 市町村(担当職員・委託を受けた者)が排出者特定のためにゴミの中を調べることは、原則として許されます。しかし、調べる範囲は違法なゴミ排出者の特定又は基準違反かの判断に必要な範囲に限定されますし、それらに不必要なプライバシ―を侵害するような内容の調査や方法を採ると違法な行為となる場合がありますので、その点を留意して下さい。
5、(相談Ⅲ)の回答
 この相談事例は、東京高裁平成29年8月3日刑事判決で問題となった事案です。問題点としては、①警察がゴミ収集での協力を依頼してきたのは、1軒毎回収方式でまだ犯人の屋敷の中のゴミ回収場所に置いてあるゴミ袋についてのことであったこと(この時点で警察が領置するには捜索差押令状が必要になると思われる。)、②市町村はゴミ収集目的で各軒の屋敷に立入りゴミ袋を回収ができる契約(合意)になっていたことに基づき、ゴミ袋を回収した時点でゴミ所有者は市町村になるので、その時点で市町村からの任意提出を受け領置させるのは、市町村に立入許容範囲外の立入をさせており、市町村の屋敷立入行為の違法性があり違法なゴミ回収になるのではないか、という点です。
 東京高裁判決では「本件ゴミ袋は、被告人宅敷地内の木箱の中に置かれていたものであって、その時点においては、被告人に物理的な管理支配関係としての占有が残っており、刑訴法第221条にいう遺留物には当たらないと解される(領置はできない)」「しかしながら、本件ゴミ袋は、被告人宅敷地内の木箱の中に置かれた時点で、市のごみ収集担当職員に対しゴミとしての収集が委ねられたものであり、同職員としても通常業務の一環として本件ゴミ袋を被告人宅敷地内から収集したものであって、遅くとも同職員において敷地内から搬出した時点で本件ゴミ袋について正当に物理的な管理支配としての占有を有するに至ったというべきである。
その上で、その後、運搬先で警察官に本件ゴミを任意提出したものにすぎず、本件は住居侵入及び強盗強姦という重大事件の捜査に必要なものであり、高度の捜査の必要性が認められる(領置は違法ではない)」としています。
しかしながら、個人的見解ですが、この判例の結果には違和感があります。
犯罪捜査であるとしても、一般人を基準としたプライバシーの権利を不当に侵害するものであってはなりません。相談Ⅱで述べましたように、ゴミ収集委託についての常識的な解釈としては、一般人がゴミ袋に入れたゴミを収集担当職員に引き渡すのは、最終的な焼却・廃棄まで内容物が何人の目にも触れないで処理されるという合理的な期待をしていると解することになるのではないかと思います。このプライバシーの保護の観点から言えば、本件事案のように、ゴミ収集職員は収集後に警察がゴミの内容を捜査するということを事前に知りながらゴミ収集をしているのだとしたら、仮に「物理的な管理支配としての占有」を取得したとしても、他人に内容捜査をさせてもいいという意味での収集委託は受けていないと解釈できますので、市町村及びその担当者においては、警察捜査機関からの任意提出の求めに応じる権限まで有しないのではないでしょうか。
その意味で、任意提出権限のない市町村担当職員からの任意提出に基づく領置は、法的根拠を欠く違法な手続きとなる可能性があるようにも考えられます。この点は、警察の捜査手続きの違法性に結果的に関与してしまう可能性があるという意味で、市町村のゴミ収集業務としては、プライバシーの保護という観点は留意しておくとよいでしょう。






以 上

ジョギングも気をつけて走りましょう!(犬にぶつかりそうになって転倒)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 (問題)ある日の午前中、町内の公道を、Xはジョギングをしており、Yはミニチュアダックスフンド(犬)を散歩させていたところ、Yの飼い犬が他の犬に興奮して強く走り出してしまったためYは、リードから手を放してしまい、Yの飼い犬が勝手に前の通行人Aの後ろへ走り出してしまった。他方Xは、かまぼこ型に曲がっていた公道の反対側から時速約10km程度のスピードでジョギングしていたが、曲がり終わった地点で、通行人Aを急に発見する状態になって、Aとの距離約2m手前で衝突を避けるために右側にAを避けたところ、丁度その右側後方からYの犬が走ってきていたのでそれに驚き、その犬を更に避けようとして転倒してしまい、右手前腕の骨折、顔面挫創(入院9日・通院54日)のけがを負ってしまった。このけがについての法的責任(賠償責任)は誰が負うのでしょうか。
 逆に、この事案で、Xが対向歩行者のAにぶつかってしまい、Aが転倒してけがを負った場合は、誰がその責任を負うことになるでしょうか。
 
 (解説)健康志向の世の流れに沿って、日本のお家芸であったマラソン競技や駅伝競技がスポーツとして人気を得るばかりか、市民マラソンが隆盛となり、日常生活での趣味としてのマラソン、ジョギングが庶民の健康方法として定着しています。お正月も初走りということでジョギングを楽しんだ方も多いことでしょう。走ることに苦しみではなく、快感を覚えている人たちが多くなっているのでしょうね。ただし、公道をジョギングする場合には、自転車の速度に近い状態で走っているわけですから、通常の歩行とは異なり、その速度に伴う交通上の危険を内在していることを、ランナー(走者)の方々は認識しておく必要があります。本件は、その点を法律的に検討しようというものです。
1、賠償責任とは?
 賠償責任とは、民事上の責任であり、債務不履行(民法第415条)の場合の賠償責任と不法行為(民法第709条)の場合の賠償責任の二つがあります。本件では、けがをしたXと関係者のYやAとは契約関係はなく、債務不履行責任は問題になりませんので、不法行為責任としての賠償責任(民法第709条、民法第718条等)がAにあるのか、Yにあるのか、それともXの自己責任で終わってしまうのかが問題になります。(ちなみに、動物であるYの犬は「物」であり、権利主体又は責任主体となる「人」ではありませんので、犬自体に責任を負わせることはできません。犬の管理責任として飼い主のYが責任主体となるだけです。(民法第718条参照)賠償責任とは、民事上の責任であり、契約不履行(民法第415条)の場合の賠償責任と不法行為(民法第709条)の場合の賠償責任の二つがあります。本件では、けが怪我をしたXと関係者のYやAとは契約関係はなく、債務不履行責任は問題になりませんので、不法行為責任としての賠償責任(民法第709条、民法第719条等)がAにあるのか、Yにあるのか、それともXの事故責任で終わってしまうのかが問題になります。(ちなみに、動物であるYの犬は「物」であり、権利主体又は責任主体となる「人」ではありませんので、犬自体に責任を負わせることはできません。犬の管理責任として飼い主のYが責任主体となるだけです。(民法第718条参照)
2、不法行為責任の主体は?
 不法行為責任は、①損害を与えた人の行為に「故意又は過失」があること、②損害が生じたこと、③行為と損害発生との間に相当因果関係があることが必要とされています(民法第709条)
(1)本件では、②の損害(けが)がXに生じていますので、その原因と考えられる人の行為に「故意又は過失」があることが必要です。Xのけがの原因は誰の行為にあるでしょうか?
(2)故意とは、けがの発生を認識しながら、けがが生じても良いと認容したことです。過失はけがを予見しなければいけなかったのにそれを怠ってけがをさせた場合を言います。過失はそもそも予見できない場合には責任を認めることはできません。
 ア それでは、「Aさんが公道を歩いていたこと」が、故意又は過失になるでしょうか。
   Aさんの立場からは、公道を歩いていて、見えない曲面の先から結構早いスピードでジョギングをしてぶつかりそうになる人がい

   ることを予想できるでしょうか?あるいは予想しながら慎重に歩くことが求められるでしょうか?一般的には、故意又は過失は社

   会的に違法(法益侵害をする危険性のある行為)と思われる行為についての主観的要件として認められる場合が多いことからし

   ますと、そもそも公道を歩くことが違法又は危険な行為とは評価できないでしょうし、常に誰かが危険な行為をすることを予想し

   ながら歩かなければならないとすることは不可能を強いることになります。歩道を単に歩いているAさんには故意又は過失の責

   任を認めることはできません。
 イ それでは、Yさんはどうでしょうか?Yさんは、自分の飼っているミニチュアダックスフンド(犬)を散歩させていましたが、ここまで    

   は社会的に許される行為です。
   犬のリードから手を放してしまったという行為には、何か落ち度(過失)がありそうですが、その原因は、自分の飼い犬が他の犬

   を見て興奮して強く走り出したことが原因なのですが、そういう場合を想定して犬の急激な行動を制御するためのリードですか

   ら、強く走り出したことが原因なのですが、そういう場合を想定して犬の急激な行動を制御するためのリードですから、それを手

   放してしまったことは、犬が走り出して人に対して危険なことをする可能性を作り出してしまったことになり、管理ミス(管理過失)

   を認めざるを得ません(要件①)。
    しかし、その犬は、実際には、被害者のXに飛びかかったわけでもなく、咬んだわけでもなく、Xのけがとの間に相当因果関係

   はあるのでしょうか?(要件③)その検討が必要です。

 ウ 最後に被害者であるXの行為はどうでしょうか?ジョギングを公道で行なうことは社会的に許される行為でしょう。早いスピード

   でジョギングすることも本来は社会的にも許されている範囲でしょう。ただし、見通しの悪いかまぼこ型曲面の公道を走るという

   場合には、先方の見通しも悪く、対向歩行者の存在の可能性を予想することは必要でしょう。その意味では、公道上の対向者に

   ぶつからないように注意して走るという結果予見義務も回避義務もこのような場合には求められるだろうと思われます。Xは曲が

   り終わった時点ですでに対向歩行者のAとぶつかりそうになっていますので、その予見義務を怠ったと認められると考えます。そ

   れを避けるために右側に避けているのですが、その避けた先にYの飼い犬が足元近くまで走ってきていたので、それに驚いて転

   倒した。Xの転倒はXの不注意だけでなく、「Yの飼い犬が足元近くまで走ってきていた」ということも原因の一つになっている

   ようなので、Xの自己責任ということにもならなさそうです。
3、判例の見解(大阪地裁平成30年3月23日判決―判例時報2386-47)
 問題の事案について、大阪地裁判決は、「Yが特別な状況でもないにもかかわらず、突然、飼い犬が走り出したことにより手を放してしまい、飼い犬が単独で道路を進行したことにより、本件事故(Xのけが)が発生したものであって、事故の主たる原因は,Yが飼い犬を係留しない状態にしたことにある」として,Yの不法行為責任(民法第718条動物管理責任)及び相当因果関係を認めました。更に、被害者Xにおいても、「ジョギング中において前方確認や進行速度を適切に調整することにが不十分」であり、これが事故の発生に影響していることも否定できないので、一割の過失相殺を認めるとしています。
 この判決は、控訴されています。YはXの過失は3割を認めるべきであると主張していましたので、もう少しXの過失性が高いと判断される可能性が残っています。。

4、最後に、この事案で、Xが対向歩行者のAにぶつかってしまい、Aが転倒してけがを負った場合の責任問題についてはどうなるでしょうか。
 公道の利用方法としては、歩行者Aには何ら過失的要素はありませんし、逆に、結構速い速度で走って来ていたXには判例でも認められているように、「ジョギング中において前方確認や進行速度を適切に調整することにつき不十分である」という過失責任が認められ、その結果、歩行者Aがけが(損害)を負っていますので、相当因果関係も認められ、Xが不法行為としての損害賠償責任を負うことになります。
自分の健康管理のためであれ、ジョギングも人に迷惑をかけたりしないような配慮は必要です。ジョギングする人は、公道を利用する以上は車と同じような「前方確認や進行速度を適切に調整する義務」があることを十分に自覚されるほうがよろしいかと思います。気をつけて走りましょうね。






以 上

お正月と法律(その⑤)~天皇即位によるカレンダーと休日~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



あけましておめでとうございます。
新元号の年を迎えています。お正月になると、新しい年の「年神様」をお迎えし、全てが改まった新鮮な気分になります。その一つとして、暦やカレンダーが新しくなっていることに気を留めてみてはいかがでしょうか。

第一、今年のカレンダーの作製の苦労について
 今年(平成31年?)の新春のカレンダー作りは大変だったろうと思います。なぜなら、今上天皇(継宮明仁天皇・つぐのみやあきひと)陛下が退位されるので、元号の「平成」は30年で終わり、次の元号の発表に合わせて作製することが求められますし、新たな天皇(浩宮徳仁殿下・ひろのみやなるひと)の即位による国民の休日を定める予定があったからです。
1、新元号はいつから?
  一昨年(平成29年)退位期日の政令公布日の政府発表では、「天皇陛下の退位日を平成31年(2019年)4月30日とし、皇太子様は翌日5月1日に即位する」と決定されています。新元号は、今年(平成31年)5月1日から適用される予定です。
2、新元号の発表時期は?
 政府発表では、新元号の発表は、上記元号改元の1ケ月前の今年(平成31年)4月頃としてますが、平成31年2月24日に天皇陛下在位30年記念式典が実施される予定であり、それ以降の天皇陛下の公務に区切りがついた適切な時期に公表する方針であるとも言われています。
3、カレンダー製作時期と元号表示不能
 他方、新年のカレンダー作製は、前年の10月には始められますので、今年(2019年)のカレンダーは、その作製時期において「新元号」の表示はできないことになりましたし、元号を使うとしたら「平成31年」の表示、使わないとしたら西暦での表示のみがなされたカレンダーもあるようです。
4、休日の記載について
 問題は、新元号表示の問題だけではありません。天皇退位・天皇即位により、天皇誕生日等の「国民の休日」がどのように改正されるかの問題もありました。
 この点、昨年の内に安倍総理大臣が、「皇太子様が即位される2019年5月1日、即位を公に宣言する「即位礼正殿の儀」が行われる2019年10月22日を、1年限りの祝日とする検討を進めている。」と明らかにしましたが、天皇誕生日としての休日は、今年(2019年)は現行の12月23日の天皇誕生日には、今上天皇は天皇ではないので休日にならないでしょうし、新たな天皇(現皇太子)の誕生日の2月23日にはまだ天皇ではないので、2月23日を天皇誕生日にすることもできないという状況になりますので、今年(2019年)は「天皇誕生日」の休日はないということになります。
5、春の連休は10連休?
 ところで、今年(2019年)4月及び5月のゴールデンウィークは10連休になるという話はご存知だったでしょうか。そのことを「国民の祝日に関する法律」から説明しておきます。
 (1)第2条で「国民の祝日」として、4月29日(昭和の日)、5月3日(憲法記念日)、5月4日(みどりの日)、5月5日(こどもの日)が定めてあります。
 (2)第3条第2項で「「国民の祝日」が日曜日に当たるときは、その日後においてその日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日とする。」第3条第3項で「その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る )は、休日とする。」と定めています。
 (3)今年(2019年)は天皇の退位。新天皇の即位があるので、5月1日を1年限りの祝日とする法律(改正)がなされました。そこで今年のゴールデンウィークのカレンダーの一覧を作製してみますと、次のようになります。



 つまり、通常暦の5月1日の平日を「1年限りの休日」としたことにより、祝日で挟まれた平日の4月30日と5月2日が「休日」扱いになる(第3条第3項)ことから、10連休となるゴールデンウィークが生まれるわけです。

第二、正月休日で問題になる「期間の数え方」
 天皇の退位・即位と「休日」に関連して、特に正月休日で問題になる「期間の数え方」を話させていただきます。
 世の中の契約や約束などの法律行為では、「○○日までに支払います。」とか「一月後に支払います。」との期限(最終期日を定めた約束をする場合が多くあります。また法律の定め方でも、判決や行政処分などに対して「二週間(又は14日)以内に控訴申立てができる」「3ケ月以内に異議申立ができる。」等と定めている場合が多くあります。
1、この期間の数え方についても、民法という法律が次のとおり定めています。
 民法第138条(期間の計算の通則)
  期間の計算方法は、法令若しくは裁判上の命令に特別の定めがある場合又は法律行為に別段の定めがある場合を除き、この
  章の規定に従う。
  民法第139条(期間の起算)
  時間によって期間を定めたときは、その期間は、即時から起算する。
 民法第140条(暦法的計算による期間の起算日)
  日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、こ
  の限りでない。
 民法第141条(期間の満了)
  前条の場合には、期間は、その末日の終了をもって満了する。
 民法第142条(期間の満了の特例)
  期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるとき
  は、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。
 民法第143条(暦による期間の計算)

(1)週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。

(2)週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応

当する日の前日に満了する。

ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了

する。

2、休日と最終期限の確定
 例えば、平成30年12月15日(土)に敗訴判決書を郵便で受け取ったとして想定事例を考えてみます。民事裁判の判決に対しては、民事訴訟法の定めにより「判決を受領した日から2週間以内に控訴申立てができる」と定められていますので、2週間の最終期限日は、次のような計算をしていきます。
 (1)「判決を受領した日」は、平成30年12月15日(土)です。
 (2)それでは、「2週間」というのはどういう計算でするのでしょうか。
ⅰ>まず、民法第140条「日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。」(初日不算入の原則
  といいます)との定めがありますから、期間算定の初日は「12月16日(日)」になります。
ⅱ>次に、民法第143条1項で「暦に従って計算する」わけですが、これは、例えば、2ケ月という場合に、1ケ月31日の場合と
  1ケ月30日の場合と日数が異なることが考えられます。日数の多寡にかかわらず、月数で単純に計算するという意味で考え
  ていただければいいのですが、2週間の場合には、民法第143条第2項「週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、
  その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。」ということで、暦を見てみれば、
  起算日の12月16日(日曜日)の二週間後の応当日は「平成30年12月30日(日曜日)」であり、「前日」は「平成30年12月29
  日(土曜日)」になります。
ⅲ>そうすると、本来は、判決不服申立てとしての控訴申立ては「「平成30年12月29日(土曜日)」の24時になる前(民法第141
  条の「末日の終了」)まで可能ということになります。
ⅳ>しかしながら、この場合、12月29日は年末休日ではないかという問題がありますので、最後に、民法第142条「期間の末
  日が日曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日その他の休日に当たるとき
  は、その日に取引をしない慣習がある場合に限り、期間は、その翌日に満了する。」の定めがあり、この「平成30年12月29日(土
  曜日)」が、この「期間の末日が日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日その他の休日に当たる」のではないかと
  いうことを検討することになります。
 国民の祝日に関する法律には「12月29日、30日、31日」の年末休日の定めはありませんが、行政機関の休日に関する法律第1条第1項3号により「12月29日、30日、31日、1月2日、3日」を行政機関の休日としていますので、民法第142条の「その翌日」というのは、休日が1月3日まで続きますので、「平成31年1月4日」となり、控訴はその日まで可能であるという算定になります。
(3)なお、今年(2019年)4月及び5月のゴールデンウィークは10連休になるということを述べましたが、その場合にも、仮に、最終期限日が2019年(平成31年又は○○元年)4月27日(土曜日)」である事案であった場合には、その最終期限は、それから10日後の「5月7日(火曜日)」まで伸びる結果になります。
 期間の進行も、期限の最後の日については、「人の休みのときは、期間の進行も休んでいる」ということです。





以 上

遺言書の訂正・変更・撤回

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 私の叔母(夫死亡、子供はなく相続人は甥A・姪B・姪Cの三人だけ)の遺言書(叔母の自筆証書)が次のようになっていた場合、誰が財産を受け取ることができるでしょうか?
遺言書の内容は、最初は「私の全財産は、姪のCに全部贈与する。日付・自筆署名・押印」となっていました。
 ☆設例(1):遺言書の内容のうち、「姪のC」の部分が二本線が引かれて押印して消してあり、姪のBと横に書いてあって、遺言書の末尾に、「姪のCを姪のBに変更した。日付・自書署名・印」と書き加えられている場合。
 ☆設例(2):遺言書の内容のうち、「姪のC」の部分が二本線が引かれて消してあり(押印なし)、姪のBと横に書いてあったが、遺言書の末尾にも何も付記されていない場合。
 ☆設例(3):遺言書は1枚だけの用紙に書かれていたが、その一枚に赤色ボールペンで、左上から右下にかけて一本の線が引かれていて、末尾にも何も付記されていない場合。

<解 説>
高齢社会になると高齢者の多くが通帳に預金が残っていたり、つつましく老後を過ごされ蓄財された財産が残されていたりして、相続人間で遺産分割等の争いになる例も増えています。そのような争いを避けるために「遺言書」を作成されている高齢者の方々も多くなりつつありますが、遺言書自体が争われる場合もあり、人の紛争は絶えることがないのだろうかと考えたりします。そこで、今回は、その遺言書をめぐる解釈の争いの事案を説明していきます。
1、遺言書の訂正・変更については厳格な様式が定められています。
遺言書は、遺言者自らが自書する方法でも認められていて、自筆証書遺言又は自筆遺言書は、要式行為であり、民法第968条で、「1、自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。2、自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」と定められています。
 そこでは、自筆遺言書についての加除訂正や変更方法も様式が定められていますので、その様式に従わない場合には、加除訂正や変更の効力が認められないことになります。
 本件の相続は、いわゆる第三順位相続(兄弟・甥姪相続で遺留分はない:民法第1028条)ですので、遺言書で相続人や第三者の一人に全部相続又は遺贈させる旨の遺言がなされると、その相続人等の一人だけが遺産全部を取得することができますので、遺言書の解釈は大きな意味を持つことになります。
 さて、本件の当初の遺言書では、相続人姪Cが遺産全部を取得する内容でしたが、その後、訂正されて、相続人姪Bが遺産全部を取得する内容になっています。
 設例(1)の場合には、書き間違いであれば訂正、相続人自体を変えたのであれば変更になりますが、いずれにしても、民法第968条第2項の遺言書の訂正・変更の様式にしたがった変更がなされていますので、「姪のC」から「姪のB」への有効な変更がなされたことになりますので、設例(1)の場合には、相続人姪のBが遺産の全部を取得することになります。
  これは、被相続人の叔母が、自分の意思で法律上の様式を守って変更したという結果の表れであり、その変更した理由がわからなくても、変更は有効となります。
 それに対して、設例(2)の場合には、遺言書変更の様式を守っていませんので、誰が二本線を引いたのか(最初は、相続人姪Bと相続人姪Cの二人とも書いてあって、後で誰かが姪Cのみ二本線で消したのではないかも含む)も分かりません。したがって、被相続人の叔母が自分の意思で消したとの判断もできないことから、二本線の訂正・変更は民法第968条第2項により無効となります。
 この場合、「姪のB」が最初から書いてあったのか、最初は書かれておらず二本線の抹消時に書かれたものかを確定する必要があります。この判断は、書かれた位置(横の位置か、縦の位置か)や字体や使用した筆記用具の違いの有無等で判断されることになりますが、通常の経験則としては、横にはみ出して書いてある場合には、後に書かれた変更分とされて、加筆部分の「姪のB」は無効となり、遺産の相続対象者にはならないだろうと思われます。したがって、設例(2)の場合には、相続人姪Cが遺産の全部を取得することになります。

2、遺言書の撤回(破棄)は、どういう場合まで含めることができるのでしょうか。
 設例(3)の場合は、民法第968条第2項の、一本の赤線で抹消され加筆部分がないまま全部の訂正又は変更という形で検討するのか、又は民法第1024条「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。」との規定の「遺言書の破棄」として検討すべきかという問題になります。
 「訂正又は変更の問題」だとすれば、民法第968条第2項の様式に従っていないので、変更行為(一本の赤線で抹消行為)は無効となり、元の遺言内容(姪Cへの全部相続)が有効となり、他方「破棄の問題」だとすれば、元の遺言自体が撤回されて遺言がない状態となり、相続人甥A、姪B、姪Cが各自、法定相続分(各1/3)を相続する可能性が出てくるという違いが生じるのです。
(1)そもそも、民法第1024条の「遺言書の破棄」は書面の破棄と目的物の破棄という物理的破棄を想定しているかのような定めになっていることから、自筆証書遺言の全文に斜線を引く行為が「遺言書の破棄」に当たるかどうかが問題になります。
 学説上は、破り捨てるか燃やすなどの有形的破棄のみならず、遺言書自体は形として残っていても遺言書の内容を抹消して内容を識別できない程度にすることも含まれるとする通説と、同様に有形的破棄に限定しないが、元の文書が判読できる状態であっても、全体が塗抹されたり斜線で消されたりした遺言書はそれが遺言者のせいでなされた以上は加除変更の方式や撤回の方式に即していない場合でも破棄されたと認める少数説があります。

(2)判例
 ア、実際の裁判例では、最高裁平成27年11月20日(民集69-7-2021)は、少数説の立場での判断をしています。
事案は、医師である被相続人(遺言者)が医師しか開閉できない麻薬保管庫に遺言書を保管しており、他の誰にも遺言書の出し入れはできない状態だったという事案で「本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから、その行為の効力について一部抹消の場合と同様に判断することはできない。」としています。
 イ、しかしながら、上記最高裁判決事案の第一審、第二審判決(広島高裁判決平成26年4月25日金融判例1485号12頁)は、通説の立場を採用して「民法第968条第2項は、遺言の効力を維持することを前提に遺言書の一部を変更する場合を想定した規定であるから、遺言書の一部を抹消した後にもまだ元の文字が判読できる状態であれば、民法第968条第2項所定の方式を具備していない限り、末梢の効力を否定することとなり、本件遺言書は斜線が引かれた後も判読可能な状態であるから、民法第1024条前段の「故意に遺言書を破棄したとき」には該当しない。」としていました。
 ウ、このような判例の事案(単に自筆証書遺言に斜線が書かれているだけの事案)では、その斜線を誰が入れたかの確定が非常に困難な場合もあります。第三者でも入れられる可能性がある場合には、被相続人(遺言者)の意思は、元の文字には署名押印もあるので表れているが、斜線には表れていない可能性もあるので、元の文字の遺言書を有効にする解釈(下級審判例・通説)が妥当となることもあってよいと思います。本件事案は、その点、「遺言者(医師)しか開閉できない麻薬保管庫に遺言書を保管しており、他の誰にも遺言書の出し入れはできない状態だった」ことから、遺言者自身が斜線を入れたことは確定できる事案であったからこそ、遺言者の意思が「破棄」の意思だったと解釈できる事案だったという例外的な判例として位置づける方が妥当だろうと思います。





以 上

マンション管理組合の役員の選出と解任~~~マンションの管理組合理事長は大変なんだ(内部紛争)~~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 マンションを購入して生活している方も多いと思います。マンション生活では、マンション全体を管理する管理組合の理事の順番が回ってきたり、近所付き合いのトラブルから理事長・理事の内部紛争に発展してしまう場合もあるようです。誰も大変な管理組合理事長にはなりたくないのでしょうが、気に入らない人が理事長になっているので、自分が理事長になるという憤りで、理事長になる人もおられるでしょう。
 今回は、そのようなマンション内紛の問題を考えてみましょう。
1、SRマンションでは、毎年1回通常総会を開催し、理事及び監事を選任し、 理事長及び副理事長を理事の互選で決めています。理事の任期は1年です。平成27年度から連続して、X氏が理事長になっていました。しかし、平成30年度の理事長就任後、X氏の運営方法に疑問を呈する住民や理事グループが運営正常化を図るために、平成30年度の任期途中で理事会を開催し、マンション管理規約(以下、「管理規約」という。)第40条第3項の「理事長及び副理事長は理事の互選により選出する」との規定に基づき、「X氏の役職を理事長から理事に変更する」と共に、理事の一人であった「A氏を理事長に選出する」議案を理事会の過半数の賛成により決議しました。
 その後、SRマンションの管理組合の理事会は新理事長A氏の招集で開かれ、管理組合の業務も新理事長A氏の下で行われるようになりました。
 しかしながら、旧理事長のX氏は、管理規約第53条第13号「役員の選任及び解任については、総会の決議を経なければならない。」と定めてあり、理事会で理事長(建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)の「管理者」)の解任ができる旨の規定はないので、理事会で新理事長を選任したとしても、X氏の理事長職は解任されたことにはならない、と主張して、A氏理事長選任決議無効とX氏の理事長の地位にあることの確認を求める民事裁判を起こしてきました。
 なお、マンション管理を定める区分所有法第25条第1項では「区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によって、管理者を選任し、又は解任することができる。」と規定しており、管理規約第43条第2項には「理事長は、区分所有法に定める管理者とする。」との定めもありました。
 この場合の民事裁判の行方はどうなったでしょうか?
2、問題点の分析
 (1)まず、明確にしておく必要があるのは、理事会では新理事長A氏の選任決議だけをしており、X氏の職を理事長から理事に変更する決議はあったものの、X氏の解任決議そのものはしていません。X氏の旧理事長任期途中に、新しいA理事長を選任し理事長を変更する決議をすれば、それは当然、旧理事長X氏の理事長解任決議も含まれることになるのかの検討が必要になります。
 (2)次に、理事会での理事長解任権限の規定がないことが問題です。その場合には、他の規定での解任方法を検討する必要がありますが、本件の場合には、次の三つの解任に関する規定が考えられますので、その規定の適用の有無と優先関係が問題となります。 
①本マンション管理規約第53条第13号「役員の選任及び解任については総会の決議を経なければならない。」
②区分所有法第25条第1項では「区分所有者は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によって、管理者を選任し、又は解任することができる。」
③民法第651条「第1項、委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
第2項、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。」
法原則としての「特別法は一般法に優先する。」という原則がありますので、民法は一般法であり、区分所有法第25条の規定が民法第651条の特別規定だと理解すれば、民法第651条の委任の自由解約条文は排除され、区分所有法第25条により、規約で定めれば、規約の定める解任理由のみで解任でき、規約で定めていなければ、集会の決議で自由に解任できることになります。このような立場を、仮に「法形式説」と呼びましょうかね。
 他方、区分所有法で、区分所有者は集会の決議で自主的に管理者の選任及び解任する権限を有し、そのための自主的規範である規約を定めることができるという法の趣旨は、規約で「管理者」である理事長の選任について「理事の互選による」との規約の趣旨は、役員関係の確定手続きを理事の判断に委ねることができるという趣旨であり、理事長の選任規約には、それに相反する解任等の権限も含まれている趣旨になるという解釈の立場もあります。これを「意思解釈説」と呼びましょうか。
3、判例の解説
 本件事案の判例は次のとおり、一審及び二審は、法形式説の立場で、A新理事長の選任(理事長変更)決議は無効(旧理事長X勝訴)としましたが、上告審の最高裁判決は、意思解釈説の立場で、A新理事長選任決議はX理事長解任決議の趣旨も含まれた有効な決議である(旧理事長X敗訴)と判断しました。
①第一審:福岡地裁久留米支部平成28年3月29日判決
X氏は、新理事長Aが選任された理事会の時点では、理事長の任期中であったところ、マンションの理事長は、区分所有法に定める管理者であり(管理規約第43条第2項)、区分所有法に定める管理者の解任は、規約に別段の定めがない限り集会の決議によるべきものである(区分所有法第25条第1項)から、X氏が理事長を辞任する意向を示している場合は格別、そうでない限り、当該理事会の時点でX氏の理事長の地位を喪失させるには、規約に明確な根拠があることを要すると解されるが、管理規約第40条第1項には、理事長の選任の規定はあるが、解任についての規定ではないこと、他方、役員の解任は総会の議決事項とされており、理事会の議決事項には役員の解任については定めていないこと等に照らすと、任期中の理事長について、その意に反して理事の互選により理事長の地位を失わせることは許されない。」「区分所有法第25条は区分所有法の管理者である理事長については、民法第651条第1項の適用を否定する趣旨の規定と解すべきであるから、任期途中の自由解除は許されない。」
②第二審:福岡高裁平成28年10月4日判決
「当該マンションの役員の選任及び解任については、当該マンションの管理規約にしたがって行われるべきであり、管理規約の解釈にあたっては、各規定相互の整合性等を総合考慮して行うべきであることから、当該マンション規約の定めに照らせば、役員の選任と解任とは明確に区別されていることは明らかであり、管理規約上、一旦選任された役員を理事会決議で解任することは予定されていない。したがって、X氏の役職を理事長から単なる理事に変更することを内容とする理事会決議は無効であり、これと一体としてなされたA氏を新理事長に選任する旨の決議も無効と解するのが相当である。」
③上告審:最高裁平成29年12月18日(原審判決破棄差戻)
「区分所有法は、集会の決議以外の方法による管理者の解任を認めるか否か及びその方法については区分所有者の意思に基づく自治的規範である規約に委ねているものと解されるのであり、本件マンション管理規約は、理事長を区分所有法に定める管理者とし(第43条第2項)、役員である理事に理事長等を含むものとして、役員の選任及び解任について総会の決議を経なければならない(第53条第13号)とする一方で、理事は組合員のうちから総会で選任し(第40条第2項)、その互選により理事長を選任する(同条第3項)としていることは、理事長を理事や就任する役職の一つと位置付けた上、総会で選任された理事に対して原則としてその互選により理事長の職に就くものを定めることを委ねるものと解されるから、このような定めは、理事の互選により選任された理事長につき、管理規約第40条第3項に基づいて、理事の過半数の一致により理事長の職を解くことができると解する。」
「このような本件理事長の変更決議(X氏の職を理事長から理事に変更し、A氏を理事長に選出する決議)の内容が管理規約に違反するとは言えない。」として、破棄差戻とした。
4、今後の対応
 本件管理規約は、国土交通省作成の標準管理規約に準拠した内容のもので、理事会で理事長の選出をする規定は明確化されているものの、理事会で理事長を解任できるという趣旨の規定は明らかにされていない形式になっているようです。しかし、選出権限がある以上は、その逆の解任も当然含まれているという理解で、理事会の決議で理事長の解任をすることはできるという方向で多くの実例運用がなされていたのでないかということも主張されたようですが、規約上、明らかに定められていない場合には、このような争いが生じる危険性はありますので、「理事長及び副理事長は理事の互選により選出する。」との規定を「理事長及び副理事長は理事の互選により選出し、理事会の議決で解任又は変更することができる。」という内容の規定に修正しておく必要があるだろうと思います。




以 上

スポーツ界における「力の支配」と「法の支配」~スポーツ団体の不当支配に関する報道を見て~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、法の支配とは、力の支配とは。
 「法の支配」(英語: rule of law)とは、専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという英米法系の基本的原理で、専断的な国家権力の支配、すなわち人の支配(力の支配)を排し、全ての統治権力を法で拘束することによって、国民・人民の権利ないし自由を保障することを目的とする立憲主義に基づく原理であり、自由主義、民主主義の背景にある考え方です。
 法の支配は、分かりやすく言えば、権力を持つ者の支配(「人の支配」又は「力の支配」という。)とは異なり、当事者の紛争解決においては、双方が対等に主張し平等な手続きにおいて解決がなされることを本質としており、「人の支配」のように力のある者が独断的に解決していくことを排除する考え方をいいます。

2、スポーツ団体の不祥事報道と問題点(部分社会の法理・団体自治)
 今、我が国のスポーツ界では、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控えて、各スポーツ団体(日本大学アメフト部、日本ボクシング協会、日本体操協会等)での理事長専権支配への非難や内部告発ニュースが連日取り上げられるというスキャンダルな状態が続いています。このような問題が発生する遠因としては、次の二つの側面が考えられます。
 ひとつは、ガバナンス(統治・支配性)という観点から、スポーツの世界を眺めてみますと、我が国では、先輩・後輩の年長重視の精神風土(儒教精神)を基本とした、監督・コーチによる指導と支配性の強い縦社会の世界(強い者の支配)になっており、選手側から競技団体の規則や決定に対して、対等に争う姿勢を表明すること自体、困難であり、そのような状態が長く続いて競技力を向上させてきたことから、協議団体及びその役員による独善的なガバナンス(統治・統制)が助長されてきたと思われます。
 もうひとつは、法律理論という側面からスポーツ界のおきて・ルールの位置づけを考えてみますと、スポーツ団体は、憲法第21条の結社の自由の保障に基づき、団体の内部問題については団体自治が認められており、団体内の規約やルールを定めれば、その自主性は尊重され、外部の一般的な法律の規制は適用しないという「部分社会の法理」の中にあります。
 「部分社会」とは、日本国家を全体社会とした場合、日本国家の中には、更に小さな社会として、家族、親族、都道府県市町村のような地方公共団体、NPO法人、各種の会社(株式会社、有限会社など)、協同組合、法人ではない各種の団体(例:政党、学会、宗教団体、職業組合、労働組合など)であります。それらの社会では、組織内の法(「家族のルール」、「社内規則」や、「定款」など)という各々に固有の法の支配の下にあると考えることができます。「部分社会の法理」とは、全体社会としての日本国家の定める法律だけではなく、団体が自主的に定めた規則やルールにしたがった法の支配がなされるという考え方をいいます。この点で、団体のルール作りが独善的に運用されれば 不当な支配づくりが可能ということになります。

3、「法の支配」と団体の社会的責任
  (1)自主的団体の不正・不祥事に関しては、自主的内部規律によるルールを尊重するとしても、立憲主義・人権保障を侵害するような問題の場合には、国家の定めた法で判断して、国家が介入するという方法が残されています。しかし、このような対応を強めると、各団体の団体自治権を国家が侵害することにもなり、団体内の不正支配問題に対して、スポーツ庁が指導・監督にとどめているのもそのような観点があるからだろうと思います。
  (2)もうひとつの解決策は、団体自治の権利が保障される以上は、その団体自体が選手・構成員の基本的人権を保障する体質に変わることであり、そのために法の支配が要求する対等な主張と、開かれた平等の手続制度(不服申立窓口)を整備する方法があります。
 実は、スポーツと法の問題は、我が国だけの問題ではなく、国際的な対応を求められる問題でもあります。それはIOC(国際オリンピック委員会)やFIFA(国際サッカー連盟)のような大規模国際スポーツイベントを開催する団体が作る規則(ルールや制裁規定等)は、世界各国のスポーツ界の参加資格の有無まで決定づける国際法、又は、世界法としての意味をもっており、そのようなIOCやFIFAが、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011国連発表)にのっとり、スポーツイベントを開催する旨を表明していること(法学セミナー764号―21頁山崎卓也弁護士論文参照)からも明らかであり、「人権ポリシー」が要求されているのです。
 ①そこでは、かかる世界の人権保障の流れに応じて、団体自身の人権保障の面からの規則の整備と侵害の際の救済手続きが規則の中に盛り込まれる必要があります。そこには、規則を定める団体役員や団体構成員自身が「人権感覚」を養う必要がありますし、団体の長となる理事長や会長には、人権感覚を持っている人物が就任されることも大切ではないかと思います。人権感覚の乏しい、いわゆる「強いやり手」だけがトップを極めるという「力の支配」の時代は終わっているのです。
 ②次に、国際競技団体は、本来、統治機構である国家の場合には、行政・立法・司法の三権分立主義がとられ、一機関や一役員が絶対的な権力を持つ構造を回避していますが、スポーツ団体(国際競技団体等)においては、司法の役割(執行部役員の濫用チェック)を団体内部の紛争解決機関(国際スポーツ裁判所等)で行っているに過ぎないので、最近、我が国で多用されているような枠外の紛争解決機関としての第三者委員会等の部外機関を作って、独立的に苦情受付窓口や紛争解決の決定等を行わせる工夫があって良いように思います。
 スポーツの価値は、思想や考え方が違っている同士でも、スポーツルールで定められた手技・手法にしたがって、フェアプレイの精神と「One for all, All for one」の言葉に示されるようなチームワークの協調性によって、その違いを乗り越えて全ての人々をひとつにできるというところに本質的な価値があるとされているのですから、仮に違いに関して紛争が生じる場合には、誰にでも平等に適用される「法の支配」にしたがって解決されるべきなのです。
 





以 上

医師以外ができない「医行為」とは?~「入れ墨彫り師」の仕事は許されるのか? ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、医師以外の「医業」「医行為」の禁止
 人の体に物理的な力を加えて変容させるものとして、医者による治療行為としての 体の切断、切開、穿刺等の行為や美理容行為として髪の切除・加工や美容の脱毛処理などの行為がありますが、どのような行為に資格が必要で、どのような行為であれば資格なしで行なえるのかについての基準については、なかなか分かりづらいものがあります。
 医師法第17条では「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定められ、同法第31条第1項第1号で次の各号のいずれかに該当する者(第17条の規定に違反した者)は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定められています。
 そこで、「医業」とは何か。
医業とは、「医行為」を反復継続する意思をもって行うこととされ、その「医行為」とは、「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。
2、医療行為(医行為)と医療類似行為について
 (1)平成20年(2008年)9月10日東京地方裁判所判決では、「資格法が存在する「あん摩」「マッサージ」「指圧」「はり」「きゅう」「柔道整復」については、医行為ではなく、医業類似行為である。その、上訴審である平成21年(2009年)4月15日の東京高等裁判所判決は「柔道整復の施術は、一般的に医行為と比べて危険度の低い行為であるし、医師ではなく柔道整復師が施術をすることから、その業務の範囲や施術法について制限がある(柔道整復師は外科手術、薬品の投与等ができないし、医師の同意がなければ原則として脱臼又は骨折の患部に施術をすることができない(柔道整復師法第16条、第17条)。)のであるから、一般的に柔道整復師が医行為に当たるということはできない。」として、業として許される医療類似行為を認めています。
 (2)他方、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では、
①レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為(いわゆるレーザー脱毛)
② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)
③酸等の化学薬品を皮膚に塗布して、しわ、しみ等に対して表皮剥離を行う行為(若返り皮膚再生・ケミカルピーリング)は、「医行為」であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反する、とされています。また、ピアス装飾品を身に着けるための身体の部分を貫通する穴をあけることも「医行為」になります(但し、自分であけることは自傷行為ですので刑法等には触れません。)
3、単発の医行為は許されるのか?
 (1)医師以外の者に禁止されている「医業」は、「医行為」を業として行うことと解されています。すなわち、医療行為は「業として」行わなければ、これを全面的に禁止する法令はないので、医師以外の無資格者による「医行為」は禁止されていないかのように思われます。
 (2)しかしながら、そもそも、医療行為・医行為においては、体にメスを入れたり、注射針や点滴針を刺入したり、エックス線を照射したりするように、他者の身体を傷つけたり体内に接触したりするような医療侵襲行為であることから、例外的に犯罪(傷害罪)の違法性要件が阻却されるということになっているので、正当な医療行為とされる要件(①治療を目的としていること②承認された方法で行われていること③患者本人の承諾があること)を満たす違法性阻却事由が認められることが必要になります。
したがって、医師以外の無資格者であっても、医療行為の違法性阻却要件である①治療を目的としていること②承認された方法で行われていること③患者本人の承諾があることの条件を満たすなどの上で正当性があれば、初めて単発の「医行為」ができることになります。心肺蘇生法や自動体外式除細動器の使用などの応急処置を行うことができるのは、業として行うのではないと共に、違法性阻却事由としての承認された医療方法で行なわれ、医療を目的とした行為であることから、禁止されていることにはならないというわけです。
 しかし、単に、業としなければ医師以外の者による「医行為」が許されるということにはなりません。違法性阻却事由としての承認された医療方法で行なわれなければならないわけで、社会的・医学的に認められない方法での身体侵襲行為は、本人の承諾があったとしても、刑法上の傷害罪として処罰されることになります。
4、「入れ墨彫り師」の仕事は許されるのか?
 ところで、任侠映画や刑事ドラマなどで、腕や背中に入れ墨を入れている人物が描かれたりしていますが、入れ墨を入れる「彫り師」は仕事として許されるのでしょうか?
 (1)上述のとおり、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では「② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)」は「医行為」であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反するとしています。
 (2)そして、裁判上でも問題になりました。大阪地方裁判所平成29年9月27日判決は、彫り師である被告人が、平成26年頃から、タトゥーショップで3人の客に対して「入れ墨」を施術したことによる医師法違反刑事裁判で、「医師以外の医業を禁止する医師法第17条は憲法第13条の個人としての尊重、第21条第1項の表現の自由、第22条第1項の職業選択の自由等には違反しない」とした上で、「入れ墨を入れる行為は、被施術者に様々な皮膚障害等を引き起こす保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為であり、医学的知識と技能をもつ医師のみが行う必要のある医行為にあたり、複数反復したことによる業として行ったとして、医師法第17条違反で罰金15万円(求刑・罰金30万円)としました。
5、注意点
 最後に、このような彫り師による入れ墨ではなく、美容のひとつとしてのアートメイク方法の「色素吸入による眉やアイライン等を消えなくするメイク方法」は、まさに、平成13年11月8日付け厚生労働省医政局医事課長通達(医政医発第105号)では「② 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為(入れ墨)」に該当するので、医師が行うものであり、医師資格のない美容師等では行えないとされることになります。
 また、業とせず、個人的に頼まれて(その人の同意を得て)、単発で他人に入れ墨を施術した場合でも、前述したとおり、①治療を目的としていること、②承認された方法で行われていること、③患者本人の承諾があることの条件を満たすなどの上で正当性が認められないので、医師法違反にならなくとも、刑法上の犯罪となり傷害罪に問われることになります。





以 上

(夏休み特集)夏休み中の犯罪の危険~ 振り込め詐欺を無罪にするな!~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫





  子供たちにとっては、キラキラした夏休み。学校以外の場所で友人たちと様々な体験ができる良い機会ではあるものの、学校や勉強から解放されて、日常とは異なるアルバイトや遊びが中心になり、深夜出歩いたり、お酒やたばこに手を出したり、様々な不良行為の誘惑を受けたりする時期でもあります。
 最近では、中学生・高校生のほとんどが自分のスマートフォンや携帯電話を持つようになって、手軽にインターネットにアクセスできる中で、情報規制のないインターネット上の有害情報や危険なサイトに触れたことをきっかけとして、非行に走ったり、逆に犯罪被害に遭ったりするケースも起きています。振り込め詐欺などの「特殊詐欺」においては、インターネット情報や、友人の友人というような見知らぬ人物の情報を過信して、被害者から現金を受け取る役割の「受け子」となり、中学生や高校生を含む少年が加担し検挙される事件が起きています。遊ぶ金欲しさに安易な考えから知らないままに犯罪に加担してしまう危険は、今年の夏にも潜んでいます。そこで、今回は、特殊詐欺の「受け子」アルバイトなどの安易な犯罪加担に巻き込まれないように、振り込め詐欺などの特殊詐欺についてお話しましょう。
1、「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」「架空請求詐欺」「還付金詐欺」と色々な呼び名がありますが、今は統一して「特殊詐欺」(不特定の方に対して対面することなく、電話、FAX、メールを使って、預貯金口座への振込みや、その他の方法により、現金等をだまし取る詐欺のこと)として呼ばれています。  
2、この詐欺犯罪は、「預貯金口座への振込みや、その他の方法により、現金等をだまし取る」方法であることから、銀行等の預貯金口座取扱窓口等の職員が不審な現金引き出しや、送金に対して高齢者に声かけをして防いでもらうことも奨励され、新聞、テレビ報道で金融機関職員の方々が、警察から感謝状を贈呈されたりしているニュースを見かけます。
3、警察は、対面しないで詐欺を働く「見えない詐欺集団」を追いかけ続けています。 一般的には、仕組んでいる張本人である「社長」、だましの電話等を掛ける「掛け子」、お金を受け取りに行く「受け子」の3者で構成され、3者は同一集団と見なされがちなのですが、実際は、完全に独立した存在で、お互いに顔も知らなければ、名前も素性も知らず、やり取りは全て携帯電話を通じて行い、完全分業制で顔を合わせることは皆無であるというシステムで行われている場合が多いようです。1か所に集まって一緒に犯罪を共謀しているわけでもなく、知らない者同士でそれぞれの犯罪役割部分を分担しているので、警察が一人を逮捕しても、それ以外の者たちを次々に逮捕することができなくなっており、「詐欺集団」を一網打尽にすることはなかなか難しいようです。
  そういう中で、警察の特殊詐欺集団の壊滅作戦のひとつとして、「だまされたふり作戦」という手法があります。例えば次のような事例です。
(具体的事案)「社長」役A(以下「社長A」という。)は、被害者甲に宝くじが必ず当選する「特別抽選枠」に選ばれて当選金を受け取れるとの連絡を入れ、その後、社長Aと共謀した「掛け子」役B(以下「掛け子B」という。)が、被害者甲に「特別抽選枠獲得の連絡をされていないので、特別抽選はなくなり、違約金として188万円を支払ってもらう必要があります。当社の弁護士を入れて示談しますので半額の94万円を用意できますか。」などと嘘を言って、被害者甲を誤信させて、某所の空き部屋に現金94万円を配送させて、「受け子」役C(以下「受け子C」という。)がそれを受け取る方法で現金をだまし取ろうとしました。しかし、被害者甲が警察に相談したところ,警察が嘘を見破り、警察の指導で被害者甲は「現金が入っていない箱」を宅配で発送し(ここが「だまされたふり作戦」)、受け子Cがこの箱を某所で受け取った時点で、張り込んでいた警察捜査官が受け子Cを逮捕して、「詐欺未遂罪」で刑事起訴しました。
4、詐欺未遂罪の刑法上の条文をみてみます。
刑法246条「1、人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。2、前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」
刑法250条「この章の罪の未遂は、罰する。」と定められています。
 上記事案の受け子Cの罪は「詐欺未遂罪」(人を欺いて財物を交付させようとしたが、相手方から財物を交付させることができなかった(又は財物を交付させるまでに至らなかった)で刑事起訴されたのですが、特殊詐欺の場合には、「人をだます行為をする」人物と「人から財物交付を受ける」人物とが異なる点に特徴があります。そして、受け子Cは、仕組んでいる張本人である社長Aや、だましの電話等を掛ける、掛け子Bからは、被害者甲をだましているという事実は何ら告げられずに、「某場所に届いた宅配便を受け取って渡して欲しい。アルバイト料は払う。」と説明を受けて、宅配便を受け取る行為をしただけであり、詐欺罪の成立要件である「だます行為(欺罔ぎもう行為)」に関与しているわけでもなく、「だます行為」を社長A又は掛け子Bがしているという認識すらないという立場にあること、また、「だまされたふり作戦」の場合には、受け取る宅配便には、お金は全く入っていないことから、被害者の財物交付がなされていないことから、犯罪結果(現金の詐取)が生じる具体的な危険性もないのではないか?事情を全く知らない受け子Cには、詐欺未遂罪(共同正犯)は問えず無罪なのではないか?という疑問が生じます。
5、判例上の争い。
 (1)第1審裁判所の福岡地裁平成28年9月12日判決は、受け子Cを無罪としました。
その理由は「本件荷物は被害者甲が“だまされたふり作戦”として発送したものであるから、その受取行為自体が、欺罔ぎもう行為とは関係がなく詐欺の実行行為には該当せず、被告人受け子Cが、詐欺の結果発生の危険性に寄与したとは言えない。」という理由でした。
 (2)しかし、その上訴審である福岡高裁平成29年5月31日判決と、最高裁平成29年12月11日判決は、受け子Cを詐欺未遂罪の順次共同正犯として有罪としました。
その理由を、高裁判決では、①先行する詐欺の欺罔ぎもう行為に関与していなくても受領行為のみに関与した者にも詐欺罪の共同正犯が成立する(順次共謀肯定説、承継的共同正犯肯定説)。②だまされたふり作戦が実行された場合でも、受領行為(お金の入っていない箱の受領)には詐欺既遂に至る危険性が認められるので、詐欺未遂罪の共同正犯が成立する(不能犯論での具体的危険説の採用)の二つの理論が採用されましたが、最高裁判例では、①のみであり、②の理論の検討はしていません。
最高裁は次のとおりの判断をしています。「被告人受け子Cは、本件詐欺につき、共犯者(社長A、掛け子B)による本件、欺罔ぎもう 行為がなされた後、だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに、共犯者らと共謀の上、本件詐欺を完遂する上で、本件、欺罔ぎもう行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人受け子Cは、その加功(関与)前の欺罔ぎもう行為を含めた本件詐欺につき、詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。」
 警察が編み出し、被害者と協力した“だまされたふり作戦”が特殊詐欺集団を一網打尽にする突破口になるという妙案でありながら、判例上は、逆に、受け子Cを無罪にする危険性があったことが分かっていただけると思いますが、最高裁は「だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず」と表現して、“だまされたふり作戦”が特殊詐欺集団を一網打尽にする方法として認めていると評価することもできるでしょう。
 “振り込め詐欺を無罪にするな!”という被害者の声を聞き入れてくれたのでしょう。
れゆえに、子ども達が、見知らぬ人からの安易なアルバイト勧誘(「受け子」勧誘)には応じないように気をつけさせたいものです。
うまい話には裏があるのです。



以 上

(夏休み特集)漫画「ドラえもん」の「経済と政治」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫





 今回は、堅苦しい『法律』の話ではなく、夏休みの自由研究のつもりで、『経済と政治』について漫画「ドラえもん」風にお話してみましょう。(これは、平成24年4月に、NHKの「ハーバード大学マイケル・サンデル教授の白熱教室」での政治の在り方を、千葉大学教授、小林正弥氏が分かりやすく解説していたのを私が学習して工夫してみたものです。)



(1)政治の立場は、全体主義を排除した民主主義の立場の中でも、経済について「自由経 済(富の自由)か、公共経済(富の分配)か」の軸と、権利について「個人の権利か、共同体道徳か」の軸の双方で大きく区別されるとされています。
(2)4つの立場
 自由経済と個人の権利を尊重する立場を「リバタリアニズム(自由至上主義・libertarianism)、自由経済と共同体道徳を尊重する立場を「コンサバティズム(保守主義・conservatism)、公共経済と共同体道徳を尊重する立場を「コミュニタリアニズム(共同体主義・communitarianism )、公共経済と個人の権利を尊重する立場を「リベラリズム(自由主義・liberalism)と呼ぶことになります。
この4つの立場は、具体的にはどういう立場なんでしょうね。
これを分かり易く上記のように図式化した上で、漫画「ドラえもん」で説明してみますね。

①リバタリアニズム(自由至上主義・libertarianism)は、自由主義思想の中でも個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治的イデオロギーとされています。リバタリアニズムは他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだと考えます。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「ジャイアン」がこれに該当するだろうと思います。ジャイアンは、自由で自分の思いのまま利益を得ていいというわがまま人間なので、基本はリバタリアン(libertarian:自由とは他からの制約や束縛がないことをいうとする考え方・自由至上主義者)ということになるでしょう。
②コンサバティズム(保守主義・conservatism)は、一般的には、古くからの習慣・ 制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対する立場をいいます。伝統を尊重し、「伝統は祖先からの相続財産であるから、現在、生きている国民は相続した伝統を大切に維持し、子孫に相続させる義務がある」と考えます。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する傾向があります。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「スネ夫」がこれに該当するでしょう。スネ夫は、親の富や考え方の威光を受けて、その富を守り使用するだけで子供らしい新しい考え方はあまりないという意味で、この、保守主義者(Conservatism person)であると言えます。
③コミュニタリアニズム(共同体主義・communitarianism)は、自由主義(リベ ラリズム)に対抗する思想の一つですが、自由主義を根本から否定するものではなく、自由主義の中で共同体の価値・共同体の慣習を重んじる立場です。政治の政策レベルでは自由民主制に留まりつつも自由主義とは異なる側面(つまり共同体)の重要性を尊重する立場であるとされています。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授などはこの立場(コミュニタリアン (communitarian))です。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「しずかちゃん」がこれに該当するように思います。しずかちゃんは、みんなの立場を理解して“みんな仲良しになれる”ことを大切にしているので、このコミュニタリアン (communitarian・共同体主義者)にぴったりです。
④リベラリズム(自由主義・liberalism)は、人間は理性を持 ち従来の権威から自由であり、自己決定権を持つとの立場から、政治的には「政府からの自由」である自由権や個人主義を尊重し、経済的には私的所有権と自由市場による資本主義を尊重するという考え方ですが、その上で、貧富の格差を是正するために(社会的に公平になるために)、富の分配をする必要があるとする立場です。
⇒漫画「ドラえもん」の登場人物の性格に当てはめますと、「のび太」がこれに該当すると思います。のび太は自由(怠惰?)ではあるのですが、最後には独り占めするようなことはせず(最初は独り占めしようとするが)、最後はみんなで分けようとする性格ですから、のび太は、リベラリスト(自由主義者・liberalist)に分類してあげてもいいかなあと思います。

(3)あなたは?ドラえもんは?
 政治と経済の考え方が、ある程度イメージできたでしょうか?あなたは、どの立場が好きですか?
ところで、「ドラえもん」は、どの立場に立つのでしょうかね。ドラえもんは、猫型ロボットであり人間ではないので、政治的立場というものはないというのはかわいそうなので、いろいろ考えてみますと、ドラえもんは最終的には、自分の個人的能力(器具を使える能力?)を自由に使えるものの、自分やのび太だけのためでなく、最終的にはみんな仲良しになろうという考え方なので、「しずかちゃん」と同じコミュニタリアン (communitarian・共同体主義者)になるのではないかと私は思います。
 少々こじつけ気味のお話ですが、楽しんでいただき、笑って納めていただければ幸甚です。



以 上

「俳句・川柳と裁判」(その②)~~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、前回紹介した俳句「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」を覚えておられますか。
この俳句は、従来から続いているB公民館活動のA俳句会で創作され、「優秀句」に選ばれた俳句です。A俳句会での優秀句は、B公民館のサークル案内等の記事を掲載する「公民館たより」に掲載(過去3年8ケ月され、自治会で回覧されるとともに、地域の小学校等にも配布されていました。
 ところが、A俳句会から本件俳句の提出を受けた「公民館たより」の編集・発行業務を担当するB公民館の主幹が、この俳句を「公民館たより」に掲載するのは問題ではないかと考え、B公民館館長に問い合わせをしたところ、「不適当」と回答があったことから、掲載しないことについて拠点公民館の職員とも協議して「掲載しない」ことを決定し、その旨を、A俳句会関係者に伝え、掲載しなかったという事案が裁判になりました。
(さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決・九条俳句不掲載損害賠償等請求事件:判例地方自治426号―102))

2、裁判でのX創作者の請求内容は、公民館を管理運営しているY市に対し、A俳句会とB公民館は、A俳句会がB公民館に提出した俳句を「公民館たより」に掲載する合意をしたと主張し、同合意に基づき、X創作者が詠んだ俳句を同たよりに掲載することを求めるとともに、B公民館(その職員ら)が俳句を掲載しなかったことは、X創作者の思想や信条を理由として不公正な取り扱いをしたというべきであるから国家賠償法上違法であるとして、慰謝料200万円を求める内容でした。
 それに対して、Y市の反論は、まず、掲載する旨の合意はないということと、本件たよりは、B公民館の主催行事の案内等の広報をする刊行物であって、同公民館を使用する個々の団体の活動成果を発表する役割まで担っているものではないし、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことには、正当な理由があり、違法性はない。すなわち、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載することは、世論の一方の意見を取り上げ、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容すると解釈する立場に反対する者の立場に偏することとなり、中立性に反する。公民館の職員は公務を行う上で、公務員として中立性や公平性・公正性に配慮した姿勢を保たなければならず、本件たよりに掲載する記事の内容も中立性や公平性・公正性が保たれたものとしなければならないのであるから、掲載しないことがX創作者の権利を侵害したことにはならないと主張しました。

3、考えてみましょう。
 前号の人権制約二重の基準では、精神的自由権の制約には「厳格な基準」が適用されます。創作俳句に対して、その表現内容を公権力が事前に内容把握し公表すること自体を禁止することは許されるでしょうか。厳格な基準では「事前抑制禁止の理論」「検閲禁止の理論」があり、表現内容を事前にチェックして一切の公表を禁止することは憲法違反となります。
しかし、本件では、一切の公表を禁止する趣旨で「掲載しない」としていることになるでしょうか。そこに疑問が残ることになります。 次に、公民館たよりの不掲載が仮に違法・憲法違反だったとしても、「掲載請求権」まで認められるのでしょうか。実は、新聞や機関紙などを発行する立場にある人も、発行人としての「表現の自由」が保障されています。その意味では。Y市の公民館も、活動としての「表現の自由」が認められます。それは、「他の誰にも強制されないで発行できる(表現できる)」という意味での「表現の自由(編集の自由)」なのです。それに対して、俳句創作者からの掲載請求権を認めると、逆に、公民館たよりとしての表現の自由を侵害してしまうことになります。 結局は、掲載請求権は、掲載の契約(合意)があるか又は人権侵害として損害賠償では賄えないほどの人格権侵害状態になっているか等の別個の事情がない限り、認められないのではないでしょうか。

4、さいたま地方裁判所平成29年10月13日判決の内容
(1)さいたま地方裁判所の判決では、表現の自由の問題以外に「学習権」についての詳細な検討もしていますが、表現の自由の侵害の有無と不掲載がX創作者の人格権等の他の権利を侵害しているか否かを中心に紹介したいと思います。
(2)掲載合意について
 判決は、掲載する旨の合意があり、Y市B公民館は俳句を掲載する義務があるかどうかという点については、「3年8ケ月前に、公民館から本件A俳句会に公民館たよりに俳句を掲載してはどうかという提案があり、A俳句会が承諾し3年8ケ月間も掲載が続いており、掲載についての一定の合意があったと認められるが、その合意内容としては、本件句会の会員は、B公民館の主幹が、本件A俳句会から提出された俳句が、本件たよりの紙面を彩るのにふさわしいかどうかを検討して、掲載するかどうか決めることを了承していたものと認められる。そうすると、本件B公民館たよりの編集権限は、事実上、B公民館の主幹にあり、本件たよりに俳句を掲載するかどうかは、B公民館の主幹の判断に委ねられていたものというべきである。従って、本件合意の内容は、A俳句会が俳句の提供義務を負い、B公民館が本件俳句会から提出された秀句をそのまま本件たよりに掲載する義務を負うといったものではなく、本件A俳句会が俳句を提供し、本件たよりの事実上の編集権限を有するB公民館の主幹が、本件たよりの紙面を彩るために有効であるとして掲載することを決めた場合、俳句を掲載するというものにすぎなかったと解するのが相当である。」として、俳句掲載義務はないとして、原告(X創作者)の掲載請求については棄却しました。

(3)表現の自由・人格権等の侵害による損害賠償義務を負うか。
判例は、X創作者の表現の自由又は人格権侵害の点については
① 表現の自由については
 「原告は、本件たよりという特定の表現手段による表現を制限されたにすぎず、同人誌やインターネット等による表現が制限されたわけではない上、特定の表現手段による表現の制限が、表現者の表現の自由を侵害するものというためには、同人が、この表現手段の利用権を有することが必要と解される(ある者が国営の新聞社に対し、投書をしたところ、同社が同投書を投書欄に掲載しなかったからといって、これが、同人の表現の自由を侵害するということはできないことは明らかである。)から、本件においては、原告が、本件俳句を本件たよりに掲載することを求めることができる掲載請求権を有することが必要となるところ、上記のとおり、原告には、本件俳句の掲載請求権があるということはできない。(したがって、原告X創作者の表現の自由を侵害したとは言えない)。」と判断しています。
② 人格権等の侵害の有無と損害賠償については
ア 「憲法第9条が、集団的自衛権の行使を許容すると解釈すべきかどうかについて、賛否が分かれていたものの、賛成・反対いずれの立場も、憲法第9条を守ること自体については一致していたのであるから、本件俳句の「九条守れ」との文言が、直ちに世論を二分するものといえるかについても疑問を容れる余地があるところ、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、B公民館及び拠点公民館の職員らが、この点について検討した形跡はない。上記のとおり、B公民館及び拠点公民館の職員らは、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しないこととするに当たって、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、十分な検討を行っておらず、B公民館は、このような不十分な検討結果をもとに、本件書面1(X創作者に対するB館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載について」)記載の内容を根拠として、本件俳句を本件たよりに掲載しないこととし、その後、本件書面1記載の内容が不適切であったことを認めた上、本件俳句を本件たよりに掲載することができない理由について、本件書面2(B館長名義での回答文書「公民館たよりへの俳句不掲載についての訂正について」)記載の内容に変更するなど、場当たり的な説明をしていたものである。以上によれば、B公民館が本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことに、正当な理由があったということはできず、B公民館及び拠点公民館の職員らは、原告が、憲法第9条は集団的自衛権の行使を許容するものと解釈すべきではないという思想や信条を有しているものと認識し、これを理由として不公正な取扱いしたというべきである。」
イ 「B公民館及び職員らが、原告(X創作者)の思想や信条を理由として、本件俳句を本件たよりに掲載しないという不公正な取扱いをしたことにより、法律上保護される利益である本件俳句が掲載されるとの原告の期待が侵害されたということができるから、B公民館が、本件俳句を本件たよりに掲載しなかったことは、国家賠償法上、違法というべきである。」
ウ 「原告が本件俳句を不掲載にされたことによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては5万円が相当である。
(請求額は200万円)」と判断しています。

5、最後に
 結果としては、自治体側は、俳句作品の不掲載は、合理的な不掲載理由の検討や説明をしないまま、従前の取り扱いとは異なった処理をしていることから、国家賠償法上の違法な処理になるということで、損害賠償義務を負うことになりました。
 人の表現物を十分に理解しないまま不利に取り扱うことは、法律上問題があることに留意していただきたいと思います。民主主義は、自分の意見と違う意見があることを当然に前提とした思想なのです。私たちは「正しい意見」という判断ができるのではなく、「多数の人が正しいと思っているに過ぎない意見」を形成していくことしかできないのです。



以 上

「俳句・川柳と裁判」(その①)~「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」の俳句と表現の自由 ~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、俳句と川柳の違い
 川柳も俳句も同じ<五・七・五>の17音定型で表現する日本文学のジャンルであるのですが、私もその違いが十分には分からないので、調べてみました。どこで川柳と俳句の違いをみるのか、形式の違い、内容の違い、歴史上の違いの三点でみるのだそうです。

(1)<形式的違い>
 俳句には<季語>が必用ですが、川柳では季語にはこだわらないという違いと、俳句には<切れ字>が必用ですが、川柳ではその切れ字にも特にこだわらないという違いや、俳句は、主に<文語>表現を多く使い、川柳は<口語>表現を使うのが普通だという違いなどがあるようです。
(2)<内容的違い>
 俳句は、主に自然を対象に詠むことが中心ですが、川柳では、人事・世相・政治を対象に切り取ることが中心です。俳句では、詠嘆が作句のもとになり「俳句を詠む」といいますが、川柳では、詠ずるのではなく「川柳を吐く」といい、詠ずるものではないとされているようです。
(3)<歴史上の違い・俳諧からの分岐の違い>
 俳句も川柳も、同じ俳諧の中から生まれましたが、俳句は、俳諧の<発句ほっく>(さいしょの一句)が独立したもので、季語、切れ字等の発句にとっての約束事がそのまま引継がれ、川柳は、俳諧の<平句ひらく>が独立して文芸となったもので、発句として必用な約束事がありません。題材の制約はなく、人事や世相、人情までも扱われます。

2、俳句も川柳も表現方法のひとつである。
 俳句も川柳も日本文学のジャンルの一つですが、法律的には、学問の自由(憲法23条)、表現の自由(憲法21条)の「表現」方法になります。
 学問の自由には、研究成果の発表の自由も当然含まれるし、研究文ではなく創作文である自作俳句・自作川柳であっては、学問の自由に含まれない場合であっても、憲法21条の表現の自由により、公共の福祉に反しない限り(憲法13条)、自作俳句や自作川柳を発表することは憲法上保障されています。

3、表現の自由に関する裁判での審査方法について
(1)例えば、裁判で問題となった俳句の例で、「梅雨空に 九条守れの 女性デモ」という俳句を創作した方が、この俳句を、色々な場所で紹介(発表)することは、公共の福祉に反するかどうかという点から、問題になるでしょうか?
 昨今、憲法改正の議論でも取り上げられている憲法9条の「戦争の放棄」条項を改正するかどうかの争いがあります。
改正反対の人は、現代の政治問題を女性が平和を守る自然な姿を映し出している良い俳句だし、公共の福祉には当然反しないと考えるでしょう。改正賛成の人は、政治的な意図をもって憲法改正の手続きを邪魔するので、公共の福祉に沿うものではないと考える人もいるでしょう。特に、政治的中立であるべき公共団体がこの句を利用することや発表することは好ましくないと考える人もいるでしょう。
 このような、憲法の「公共の福祉」の観点から、憲法で保障されている表現の自由などの人権を侵害するかどうかを最終的に判断する役目であるのが、裁判所(最高裁判所)なのです。
 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めてあります。

(2)裁判の判断基準(二重の基準)
① 裁判所で、憲法で保障されている人権(営業の自由などの経済的自由権、表現の自 由などの精神的自由権等)が侵害されているかどうかの判断をする場合に、法理論上又は判例理論上、「二重の基準」というものが示されています。
② まず、憲法の人権(自由権、平等権)に関しては、私有財産制を基礎とした経済活 動の自由を意味する「経済的自由権」と私的自治の原則(意思自治の原則)を基礎とした政治手段の自由を意味する「精神的自由権」があるとされています。
 憲法22条の職業選択の自由や憲法29条の財産権の保障などは「経済的自由権」の範ちゅうとされ、憲法19条の思想及び良心の自由や憲法20条の信教の自由、そして憲法21条の表現の自由は「精神的自由権」の範ちゅうとされます。
③ 次に、判断基準として、精神的自由については、その制限の適否については「厳格な基準」が適用され、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられています。 「厳格な基準」では、精神的自由権は基本的には制約できず、制約できるとしても、その制約方法は「厳格な基準」要件を満たす場合に限って合憲となるという考え方で、
ア.事前抑制禁止の理論
イ.明確性の理論
ウ.「明白かつ現在の危険」の基準
エ.「より制限的でない他の選びうる手段」(LRAの基準)
等で判断されます。
 他方、「緩やかな基準」では、経済的自由権は、基本的には経済政策上の必要性・合理性があれば制約できるということになり、誰の目から見ても明らかに不合理という場合以外は、裁判所は、その制約について違憲という判断をしないという考え方です。
④ なぜ、精神的自由権と経済的自由権とで憲法判断基準がこのように違うのでしょうか?理由は2つあります。
 1つ目は、統治機構の基本をなす民主政の過程(権力を担うものを国民の表現である選挙で選ぶ)との関係からの違いです。
民主制の政治を支える精神的自由権は、これをむやみに制限されたら(誰も意見や発言できなくなったら)民主主義による決定ができなくなりますし、政治権力者の思いのままになってしまうからです。
 また、一旦制約されてしまうと、制約から回復できる手段(反対意見を言って改善する方法)も奪われており、人権回復はできなくなります。
 したがって精神的自由権は、政治権力者ではない公平な裁判所・裁判官がしっかりと守らなければならない権利とされているのです。
 他方、経済的自由権の不当な侵害については、表現の自由が保障されている限り、民主制の過程で(言葉で表現して多数派を形成できる可能性が残されているので)不当な侵害から修正回復できる手段が残されています。
 2つ目は、裁判所の審査能力との関係からの違いです。
 経済的自由の規制については、社会、経済政策の問題が関係することが多いので、専門知識を必要とします。裁判所は法理論による判断機能はありますが、そうした政策関係の専門知識があまりなく、審査能力が乏しいといえます。そこで、裁判所としては、特に明白に不合理であると認められない限り、立法府の種々の政策に基づいた法律制定の判断を尊重して違憲とはしないということになります。  
 その点、精神的自由の規制については、法理論以外の経済政策的な点は判断する必要はありませんので、裁判所が法理論的に純粋に判断できることになります。  
 以上の点から、精神的自由については「厳格な基準」、経済的自由権については「緩やかな基準」が用いられることになります。
(以下、次回に、俳句の公民館便りへの登載が拒否されたことに関する裁判事例を考えてみます。)




以 上

善意は損する?~金魚水槽の移動手伝いと労災補償~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、法律を適用するには、法律の定める要件(法律要件)を満たさないと法律の保護(法律効果)を受けられないという仕組みになっているのですが、普通の人は、自分が行動する際に、あるいは問題が起こりそうな場合に、その適用される法律の法律要件などを考えて行動するわけではありません。むしろ、単純に、他人のためにしようと考えたり、自分のためだけにしようと考えて行動しているだけです。
 ところで、自分のためにしようと考えている人は、結果として、法律要件に準じた行動を取る傾向がありますが、他人のためにしようと考えている人は、全く法律要件に合わない行動を取っていることが多いと思われます。なぜなら、実は法律そのものは、基本的には、自分の意思に従って自分のことを自分で決めるという原則(私的自治の原則、自己決定の原則)で作られていますので、他人のためにしようと考えている人の場合には、自分のためにするという部分がないために、最終的に「自己の利益」を保護するための法律要件に該当しない場合が多いからです。例えば、交通事故の被害者(Aの母親)が入院した際に、付添いが必要な状態でありながら、他人の職業付添よりも愛情をもった親族の自分が付き添ってあげたいと思って、娘Aが自分の仕事の合間に無理に時間を作ったり、勤務後に付き添った場合の付添看護料(1日約6,500円)は、職業付添人を雇った場合の付添看護料(職業付添人への支払額全額=最低1日約1万円)よりも損害認定額が少なくなったりします。親族の愛情分(善意分)は損害として算定されないのです。また、付き添いが不要な場合でも親族の愛情心から付添看護をした場合には、そもそも看護は必要じゃないのだから「損害対象にはならない行為」として、付添費用は損害と算定されません。

2、こういう事例があります。
 ある小さな金属加工業の甲会社(社長Bとその親族3名と他人のCの4名の従業員の会社)がありました。工場は、1階が会社工場兼事務所、2階が居宅形式の建物を利用した会社でしたが、社長Bは2階居宅部分には居住していませんでした。そこには、プライベート空間として、金魚水槽で趣味の金魚を飼ったり、そのための飼育本や水槽関連道具などを置いていた状態であり、それ以外の2階スペースは、一部屋だけ従業員の更衣室として使用しようと思えば使用できる状態になっていました。本件会社では、リーマンショックで受注が激減して、受注がなく仕事がないときは通常の出勤日でも、社長の指示で午後から休むとか、午前中からすぐに休みにするというような場合が多くあるようになりました。問題の事故が起こった10月15日も、甲会社には、朝から仕事がなく、午前10時頃には、社長から「今日は仕事がないので、終わりにする。また、明日の状況をみよう。」と終業命令が出たので、他の従業員は更衣室で帰る支度をして帰宅しました。しかし、社長Bと長年の友人関係であった従業員C(被災者)は、午前10時30分頃2階で、社長Bが金魚を飼っている大水槽の水を汲み出そうとしている姿を見て、制服をまだ着替えないままで、「何やってるの?Bちゃん。」と声をかけたところ、社長Bが「水を出して、金魚の水槽を室内に移動させようと思って。」と言いました。従業員Cが、「じゃあ、一緒に運んであげる。」と言ったところ、「いいよ。仕事は終わったんだから帰ってもらっていいよ。」と社長Bに言われたのですが、従業員Cは「手間が省けるだろうから、そのまま一緒に動かそう。」と言って、社長Bと従業員Cの二人で水槽の片方ずつを持ってタイミングを合わせて持ち上げようとしたところ、従業員Cが腰に激痛を感じて、その場に倒れ込んだんです。診断の結果、従業員Cは腰部神経根症と診断され、3か月の入院治療を要することとなりました(以下、「本件事故」という。)。

3、以上の事案で、従業員Cが労災申請(疾病が業務遂行中に生じ、業務に基づいて生じたことが法律要件として必要になります)をしたのですが、労働基準監督署の裁決や裁判(平成28年9月8日東京地裁判決)では、労災とは認めませんでした。なぜでしょう?その理由は次のとおりです。
(1)まず、労災認定のためには、「業務遂行性」の要件=業務時間に業務をしていた状態であることが必要なのですが、普通は午前10時30分頃は勤務時間ではあるものの、当日は、午前10時頃に社長Bが「今日は仕事がないので終わりにする。」と終業命令をし、他の従業員も帰宅しているので、本件事故は終業後に発生したものとなり、業務遂行中とは言えないという理由です。
(2)次に、終業後であっても、社長Bの頼み(業務命令になる)で協力したのだから、業務遂行性は満たすのではないかという主張もしましたが、この点については、金魚を飼育するための容器である本件容器を移動する行為それ自体は、本件会社の業務そのものではなく、従業員Cの金属部品加工職人としての関連業務でもなく、単に社長B個人の使用に属するものであり、それを行う社長Bに対して、従業員Cが自ら好意で(善意で)本件容器を運ぶことを手伝いすることを申し出たものであり、社長Bの業務上の指示を受け、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあったということはできないから、この点でも業務遂行性は認められないという理由です。

 何とも、冷たい結果ですよね。社長Bの命令に従った場合には労災補償をしてあげるが、従業員Cは、自分の善意で個人的な友人への思いとして手伝ってあげただけだから、労災という法律上の保護はありませんよ、という結果です。これでは、「業務命令が出ない以上は、自ら積極的な協力行為や協調行為はしないほうがいいんだよ。」と法律が言っているみたいですよね。「善意は損をする」という例です。
 しかし、その善意の方は「お金をもらおうと思ってしたことではないからね。損をしたわけじゃないよ。」というお気持ちであることだけが、わずかな救いとでもいうのでしょうか、そもそも「善意」とは「お金なんて考えない。」ということなのでしょうね。



以 上

本妻と内縁の妻のどちらが?~年金受給権者の裁定~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



地方自治体においても、死亡退職や扶養認定等の共済事業の支給関係で「内縁の妻」の認定が問題となる例があると思いますが、今回は、年金支給関係での事例を検討してみたいと思います。

(事案Ⅰ)
 A子さんは、元の会社を転職で退職した後に、会社の元上司(甲男)と親しくなり、「今、妻B女とは離婚協議中で、離婚したら結婚して欲しい。」との申し入れを受けて、同居するようになり、転職先も退職して甲男の生活を支えて15年ほどになりました。その間、妻B女との離婚協議は進まず、妻B女と一緒に生活していた子供が成人になってから12年間ほど生活費の送金もしないまま、離婚協議も絶え、交流が全くない状態が続きました。甲男は、ある日「僕も会社の定年が近くなる。君を籍に入れないといけないね。」と言ってやむなく離婚調停を申し立て、ようやく離婚調停が成立するという時期に、調停成立を待たないで甲男は急死しました。
 A子さんは甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、甲男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻B女(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(事案Ⅱ)
 C子さんは、元の会社を転職して働いていたが、会社の元上司(乙男)と親しくなり、乙男には妻D子と子供がいるのを知りながら、男女の関係の交際を20年続けていたが、乙男が「子供も独立したので、これからは、C子と一緒に住む。」と言ってくれたので、転職した会社を辞めて、乙男と一緒に生活(C子も乙男も同居先に住民票を移転して夫婦同様の生活)をした。乙男は、妻D子と別居するに際して、乙男名義の預金や金融証券等の一切を交付していて、C子と同居してから給与の定期的な送金はしていなかった。妻D子は乙男の別居とそれまでの不貞行為に対して、C子と乙男に慰謝料請求の裁判と乙男への夫婦関係調整の調停申し立てをしていたが、乙男がなかなか対応しくれないので、別居2年後に、やむなく離婚調停を申し立てて協議をしていたところ、乙男が急死しました。
 C子さんは乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるのでしょうか。それとも、乙男の相続人は、離婚までに至っていないので、妻D子(及び子供)が受け取るのでしょうか。

(解説)
第一、事案Ⅰの場合
1、結論から言えば、内縁の妻であるA子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになるだろうと考えます。

2、理由は以下のとおりです。
(1)厚生年金保険法の定めはどうなっているの?
①厚生年金保険法第59条第1項で、遺族厚生年金の受給権者(受け取れる人)は、被保険者(甲男)の「配偶者」と定めており、同法第3条第2項では、配偶者には「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」も含むと規定しています。
②これらの規定によれば、まず、配偶者は戸籍上の妻であるB女になり、また、内縁の妻としてA子さんも「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として、B女もA子さんも受給権者(受け取れる人)に該当することになってしまいます。

(2)重婚禁止に触れる内縁の妻(A子さん)は、法律に違反しているんじゃないの?
①民法第732条では「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。」として婚姻取消し事由になっています(民法第744条)ので、「婚姻関係と同様の事情」である内縁も重婚状態の内縁関係は許されないことになります。A子さんは、重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を本妻に優先して保護していいのか、疑問が生じます。
②厚生年金保険法と同様な規定を持っている国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、A子さんは、年金受給権者にはなれません。

(3)夫婦関係の実態のない妻B女は権利を保障されることにあるの?
 死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています。そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、さらに、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしており、平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通をあらわす音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)本事案の結論
①戸籍上の本妻B女は、離婚調停成立直前までいっており、12年間も経済的な繋がりも交流もなかったことから、「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」に該当するので、受給権者の「配偶者」から除外されます。(ただし、妻B女は、相続人として年金以外の甲男の相続財産を相続します。)
②妻B女が年金受給権者の「配偶者」に該当しないとすれば、重婚的非難を受ける筋合いはないので、A子さんは、厚生年金保険法第3条第2項の配偶者に含まれる「事実上婚姻関係と同様の事情になった者」に該当しますので、A子さんが甲男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができるということになります。(ただし、A子さんは戸籍上の妻ではなく単なる内縁関係にすぎないので相続権はありませんから、亡き甲男のその他の遺産は全くもらえません。)


第二、事案Ⅱの場合
1、この事例は、東京地裁平成28年2月26日判決(判例時報2306-48)の事案です。結論としては、事例Ⅰの場合とは異なり、妻D子さんが乙男の厚生年金の遺族年金を受け取ることができる(C子は乙男の遺族厚生年金はもらえない)ということになっています。

2、事例1の解説で述べたとおり、年金受給者の「配偶者」には、法律婚上の配偶者(本妻D子)も事実婚上の内縁の配偶者(内縁の妻C子)も含まれる余地があるのですが、C子さんは、不貞行為を20年も続け、違法な重婚状態で内縁関係に入っていますので、このような内縁の妻を戸籍上の本妻に優先して保護していいのか疑問が生じるのは当然ですし、その点、厚生年金保険法・国家公務員共済組合法に関して、内閣法制局昭和38年9月28日決裁例において「配偶者の判断基準について」示されており、「反倫理的な内縁関係にある者は、『配偶者』に含まれる『届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者』には該当しない。」としていますので、この立場からは、原則からしても、法律婚をしていないC子さんは、年金受給権者にはなれないことになります。

3、妻D子には、遺族厚生年金の受給の要件は備わっているでしょうか?
(1)死亡退職金や遺族厚生年金(公務員の場合の遺族共済年金)などは、そもそも、相続財産ではなく、収入の大黒柱を失った遺族の生活保障を目的とするものであり、法定相続人が遺族の場合でも「被保険者によって生計を維持していたもの」という要件が付加されています(厚生年金法第59条1項では、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母であって、被保険者の死亡の当時その者によって生計を維持したものとする旨の定めがあります)。

(2)そのような観点から、まず、昭和38年9月28日決裁例「配偶者の判断基準について」においては、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」ときには、例外的に重婚的内縁を認めるとしていますので、まず、本妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっているかどうか」を判断すしなければなりません。

(3)平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知(0323第1号)では、「届出による婚姻関係がその実態を失ったものになっている」という判断基準を次のように例示しています。
<例示>
①「当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが、戸籍上の届出をしていないとき」
②「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」
 なお、②の要件のうち、「夫婦としての共同生活が行われていない場合」の要件該当性の判断要素として、
 ⅰ)当事者が住居を異にすること
 ⅱ)当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
 ⅲ)当事者間の意思の疎通を表す音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと
の全てに該当することが必要であるとしています。

(4)妻D子の「配偶者」要件の具備
 妻D子の場合には、離婚調停は求めていますが、離婚の合意が正式に成立するまでに至っていませんし、夫婦としての共同生活が無くなった期間も2年程度であり、別居後の妻D子は、乙男が残していったD男名義の預金や金融証券等を取り崩して生活してきている面があり、定期的な生活費の仕送りがないとしても、「当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していない」とは言えない状況です。
 したがって、妻D子と被保険者の乙男の別居状態等が「婚姻関係が実態を失ったものになっている」とは言えませんので、妻D子においては、「配偶者」要件を満たしていますので、その点で、内縁の妻C子が年金受給者の「配偶者」として認定されることはありません。

(5)次に、配偶者要件が認められた者については、更に生計維持要件に該当することが求められています。生計維持要件の認定基準は政令に託されており、厚生年金保険法施行令第3条の10で、「厚生年金法第59条第1項 に規定する被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母は、当該被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者その他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする。」と定められ、生計同一要件の基準は、厚生労働大臣の定める「厚生労働省年金局長通知」がその認定基準を以下のとおり定めています(平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」)。
〇認定基準及び認定の扱い
ア 生計維持認定対象者
 遺族厚生年金の受給権者をはじめとする生計維持認定対象者に係る生計維持関係の認定については、イの生計維持関係等の認定日において、ウの生計同一要件及びエの収入要件を満たす場合に受給権者又は死亡した被保険者等と生計維持関係があるものと認定するものとする。ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。
イ 生計維持関係等の認定日
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計維持関係等の認定を行うに当たっては、受給権発生日をはじめとする生計維持関係等の認定を行う時点(以下「認定日」という。)を確認した上で、認定日において生計維持関係等の認定を行うものとする。
ウ生計同一に関する認定要件(以下「生計同一要件」という。)
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計同一関係の認定に当たっては、次に該当する者は生計を同じくしていた者又は生計を同じくする者に該当するものとする。
 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が死亡した者の父母、孫、祖父母、又は兄弟姉妹である場合
(ア) 住民票上同一世帯に属しているとき
(イ) 住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき
(ウ) 住所が住民票上異なっているが、次のいずれかに該当するとき
 a 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき
 b 生活費、療養費等について生計の基盤となる経済的な援助が行われていると認められるとき

以上の認定要件からすれば、事案Ⅱの妻D子の場合には、ウの生計同一要件を具備しないことになるのですが、アの「ただし、これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。 」という例外条項に該当すると判断できます。東京地裁判決もかかる判断をして、妻D子の遺族厚生年金の受給権を認めています。
(なお、判決の前提となった行政処分では、妻D子の遺族年金申請に対して、「生計維持要件を満たしていない」として不支給処分をしたのですが、この裁判でこの不支給処分は取り消され、「支給裁定をせよ」との義務付け判決がなされました。)



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その③~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回の「町の嘱託職員と退職金支給~その②~」で、福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)判決で「町の嘱託職員にも退職金支給ができる」旨の判決を紹介したところですが、当該事案の最高裁判決(最高裁平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)で、逆転判決(「町の嘱託職員には退職金支給ができない」という結論)となっていることが分かりましたので、改めて、条例制定主義による退職金の支給の限界について述べさせていただきます。

1.福岡高裁判決は、嘱託学校図書館司書である甲女の任用された職が地方公務員法第3条第2項所定の一般職に当たるとするとともに、甲女は本件職員退職手当に関する条例第2条第2項(「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務するとされている者」)の要件を満たしており、本件条例の規定は甲女にも適用されるなどとして、甲女の退職手当金請求を認容すべきものとしていました。私的意見としても、この判決は、公務員の場合でも、民間企業での終身雇用の正社員と有期雇用の非正規社員との差異を無くそうとしている労働法規制と共通する面があると評価しています。


2.しかしながら、最高裁判決(平成28年11月17日判決:判例地方自治403号33頁)は、以下のように述べています。

(1)○○町が市に編入される前は○○町教育委員会嘱託雇用職員、嘱託学校司書、○○町嘱託職員等の名称で任用され、また、上記編入後は市の規則において地方公務員法第3条第3項第3号所定の特別職の非常勤職員として設置する旨が定められていた○○教育センター嘱託員として任用されているのであるから、○○町及び市は、甲女が任用された職を同号所定の特別職として設置する意思を有し、かつ、甲女につき、それを前提とする人事上の取扱いをしていたものと認められる。

(2)そうすると、甲女の在任中の勤務日数及び勤務時間が常勤職員と同一であることや、甲女がその勤務する中学校の校長によって監督される立場にあったことなどを考慮しても、甲女の在任中の地位は同号所定の特別職の職員に当たるというべきである。

(3)平成4年の本件条例の改正において、本件条例の適用対象となる者に係る規定の文言が、それまで「一般職…の職員」とあったものを「職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律(昭和27年法律第289号)第3条第4号の職員及び単純な労務に雇用される一般職の職員を除く。)」と改められたものの、上記改正の際に市議会に提出された条例案には、国家公務員の退職手当支給率に準じるために所要の改正をすることが上記改正の理由である旨の記載がされているにとどまり、上記改正が地方公務員法第3条第3項所定の特別職の職員を本件条例の適用対象に加える趣旨によるものであったとの事情はうかがわれない。

(4)本件退職手当条例は同項第3号所定の特別職の職員には適用されないものと解すべきであり、嘱託職員及び特別職たる甲女は、本件退職手当条例に基づく退職手当の支払を請求することはできないというべきである。


3.結局、公務員の場合には、民間において有期雇用の連続性により正社員と同様の取り扱いがなされるという面には関係なく、有期雇用の連続性があったとしても、給与条例制定主義(地方自治法第204条の2、地方公務員法第25条)の立場から、地方公務員法に反しない範囲で、条例で明確に定めない限り、退職手当の支払いはできないとされてしまうようです。
 同じように、給与条例主義の観点から、地方公営企業(公営競艇場)職員の臨時従業員(ただし、業務であるボートレース開催時期には雇用を繰り返す)に対して、条例で退職金支給適用もなかったところ、市が臨時従業員の福利団体である共済会へ補助金を交付して、共済会から雇用継続の無い臨時従業員に対して「離職せん別金」名目で退職金を与えていた事例において、一審裁判所、控訴審裁判所も、当該寄付金は退職金として相当な離職せん別金として使用されていることから「公益性」があるとしたのですが、最高裁判所(最高裁判決昭和28年7月15日)は、以下のように判断して、逆転判決をしています。
①「本件補助金は、実質的には市が共済会を経由して臨時従業員に対して退職金を支給するために交付したものである。」
②「地方自治法は、普通地方公共団体は法律又はこれに基づく条例に基づかずにいかなる給与その他の給付も職員にすることができない旨を定めている。」
③「本件補助金交付当時、離職せん別金又は退職手当を支給する旨を定めた条例規定はなく、賃金規程にも臨時従業員の賃金種類に退職手当は含まれていなかった。また、臨時従業員は、給与条例の定める退職手当の支給要件を満たさない。」
④「したがって、本件補助金交付は、給与条例主義を潜脱するのであり、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したもので、違法である。」
として、条例に定めのない臨時従業員への退職金支払いはできないという立場を示しています。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その②~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



≪ 問題点 ≫
 単年度の任用が間断なく30年間継続した非常勤職員甲女(辞令では嘱託学校図書館司書)に対して、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職金手当の支給を受ける権利が発生するか?


 前回に引き続き、今回は、判例の見解を紹介します。判例としては、大分地裁中津支部平成25年3月15日判決とその控訴審福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の二つがあります。

1.大分地裁中津支部平成25年3月15日判決の内容
 第一審判決は次のように判示しています。

(1)昭和28年制定の退職手当条例では、支給対象者は一般職公務員以外に特別職公務員も含まれる(但し、常時勤務者)と解される余地もあるが、昭和31年に本条例とは別個に単独条例として特別職退職手当条例が制定されたことにより、非常勤の特別職の職員には退職手当が支給されていなかった実情に伴い、同条例が特別職の職員全体を対象としつつ、市長等の常勤の特別職の職員のみに退職手当を支給し、他方、非常勤の特別職の職員には退職手当を支給しないとすることも合理性があり、特別職退職手当条例は、特別職の職員全体に対する退職手当に関する条例として創設されたというべきであるから、同条例の成立により、特別職の職員に昭和28年制定の職員退職手当条例が適用される余地はなくなったと解すべきである。

(2)甲女が一般職の職員に当たるかどうかは、地方公務員法第3条第3項第3号の「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に該当するかどうかによって決まるが、同号の趣旨は、一定の学識、知識、経験、技能等に基づいて、随時、地方公共団体の業務に参画する者については、その特殊性にかんがみ、競争試験(同法第17条の2)や職階性(平成26年6月改正前同法第23条)などを定める地方公務員法の一般的規定の適用を受けない特別職として認容、処遇することを認めたものと解される。ある職員が同号に定める特別職に該当するかどうかは、その職務内容、任命権者の意思、勤務態様等を総合して判断すべきである。
 甲女に関しては、一般職の職員の任用として必要となる選考試験等が実施された事実はうかがわれない。また、勤務実態についてみれば、勤務日数及び勤務時間の点で他の常勤職員と同一であり、校長の監督を受ける立場にあり、勤務成績が良くない場合には町長(後の合併により市長)によって解任される場合があるとされているなど、一般職の職員と共通するところがあると認められるが、勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えないから、これらの事情によって直ちに甲女が一般職の職員と認められるものではない。
 以上の事情を総合的に考慮すると一般職の職員に該当するとは認められない。

(3)なお、原審(第一審)においては、条例第2条第2項の検討はしていません。

(4)この第一審判決は、有期雇用の連続性については、「勤務日数及び勤務時間の点で他 の常勤職員と同一である。」として認めながら、「勤務実態のみから、臨時又は非常勤の嘱託員として任用することが禁止されるとまでは言えない。」として、特段の評価はしていませんし、逆に一般職職員が、民間企業の従業員採用と異なり、地方公務員法で採用時点で競争試験や選考試験が課されている点を重視しているようです。公務員の地位は入口の問題がクリアーされないと、民間企業での労働法規制の考え方は適用されないのかも知れません。その意味で、条例第2条第2項の雇用の連続性の判断も連続性なしという判断だったのかもしれません。

2.福岡高裁平成25年12月12日判決(判例地方自治389-26)の内容
 しかしながら、その控訴審(第二審)判決は、次のとおり、逆な判断をしています。

(1)甲女は、以下のとおり「一般職の職員」に当たると言えるので、昭和28年制定の職員退職手当条例第1条の「職員」に特別職が含まれるかどうかについては判断する必要はない。

(2)ある職員が地方公務員法第3条第3項第3号に定める特別職に該当するか否かは専門性を有することは当然のこととして、その専門的な学識や知識等を、常時ではなく、臨時ないし随時業務に役立てる状況にあるかどうかが重視されなければならない。従って、勤務時間や勤務日数などの勤務条件や職務遂行に際して指揮命令関係があるかどうか、成績主義の適用があるか等が正規の職員と異なるかどうかで判断されるものである。
 本件においては、甲女は、中学校の学校図書館において、勤務日数や勤務時間の点で正規職員(一般職の職員)と異なることなく勤務しており、その勤務条件からすれば他職に就いて賃金を同時に得ることは不可能であり、校長による監督を受ける立場にあり、勤務成績が不良である場合には、町長(後の合併後市長)によって解任される場合があるとされていた。(そうであれば、甲女の立場は一般職の職員として採用されるべき勤務実態であった。)
 そうである以上は、任命権者である○○町教育員会が甲女の任用通知書等に「地方公務員法第3条第3項第3号の非常勤嘱託職員」と記載して、その意図が非常勤嘱託職員として甲女が図書館司書としての専門性に着目して任用したものであったとしても、地方公務員法の解釈を誤って任用したものであるから、そのことをもって甲女が特別職の職員であると認定することはできない。
 また、選考試験の実施の有無が定かではないが、選考試験を経てないとしても、そもそも、採用当時、図書館司書の資格を有する応募が予想される状況にあったかも疑問である。(選考試験の有無を重視すべきではない。)
 従って、甲女は一般職の職員に当たるというべきである。

(3)甲女が条例第2条第2項の「職員以外の者」に当たることは当事者間に争いはないので、仮に、甲女が一般職の職員に当たらないとしても、条例第2条第2項の要件を満たすかを判断しておく。
ア.甲女は正規の職員について定められている勤務時間と同一条件で勤務し、月内の勤務日数も正規の職員と同じであり、任期は会計年度ごとの1年間であったことから期間の満了をもって任期は終了していたが、期間満了後空白期間なく再び任用されていたのであるから、正規の職員について認められている勤務時間以上勤務した日が18日以上ある月が「12ケ月を越え、以後引き続き所定の勤務時間により勤務していた者」(条例第2条2項)に該当する。甲女のように、単年度の任用が間断なく継続した者についても条例第2条第2項の適用を排除すべきではない。
イ.従って、甲女は、本条例第2条第2項の要件を満たすものでもある。

3.この控訴審(第二審)判決では、甲女の勤務実態が一般職の職員と同様であること、1年期限雇用でも間断なく継続されてきていたことの実態を重視し、任用通知書での形式的内容には重きを置いていません。これは、民間企業を対象とする労働法規制の考え方と共通する面があります。  ちなみに、国家公務員の場合には、以下のような定めがあり、仮に有期雇用の期間満了で一旦退職したとしても、国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)で、退職日と次の勤務日が連続した場合は「引き続いて雇用している」こととみなしています。

○国家公務員退職手当法第2条第2項 (適用範囲)
 職員以外の者で、その勤務形態が職員に準ずるものは、政令で定めるところにより、職員とみなして、この法律の規定を適用する。(=退職手当を支給する)

○国家公務員退職手当法施行令第1条第1項第2号 (非常勤職員に対する退職手当)
 前号に掲げる者以外の常時勤務に服することを要しない者のうち、内閣総理大臣の定めるところにより、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令の規定により、勤務を要しないこととされ、又は休暇を与えられた日を含む。)が 引き続いて12月を超えるに至つたもので、その超えるに至つた日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているもの

○国家公務員退職手当法第7条 (勤続期間の計算)
第7条 退職手当の算定の基礎となる勤続期間の計算は、職員としての引き続いた在職期間による。
2 前項の規定による在職期間の計算は、職員となつた日の属する月から退職した日の属する月までの月数による。
職員が退職した場合(第12条第1項各号のいずれかに該当する場合を除く。)において、その者が退職の日又はその翌日に再び職員となつたときは、前2項の規定による在職期間の計算については、引き続いて在職したものとみなす。



以 上

町の嘱託職員と退職金支給 ~その①~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 新年明けましておめでとうございます。新年を迎えると、すぐに新卒採用、退職等の人事異動の春―3月がやってきます。公務員関係における労働法の適用解釈は私も悩むことが多い分野です。
 今回は、退職金支給面で、公務員の有期雇用職員・嘱託職員の立場を考えてみたいと思います。

( 問題点 )
 単年度の任用が間断なく30年継続した非常勤職員(辞令では嘱託学校図書館司書)には、地方公務員法上の一般職員と同様な勤務態様・勤務実績であったことを理由に、地方公共団体が条例で定める一般職の退職手当の支給を受ける権利が発生するのでしょうか。

( 解 説 )
1.地方公務員の種類
 雇用期間を1年間とする嘱託職員を採用する例は広く地方公共団体の職員採用においても行われています。地方公務員法(以下「地公法」という。)第3条は、地方公務員を一般職と特別職に分け、特別職を、就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職(第3項第1号:市町村長・議員・審議会委員等)や臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員・嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職(第3項第3号)などと規定し、地公法の規定(第28条の2、定年制の定め有り)は、一般職の公務員に適用し、特別職の公務員には適用しないとしています(同法第4条)。
 地方公共団体では、地公法第17条の2で定める競争試験を実施しないで、1年間を雇用期間とする臨時職員や嘱託職員を採用している例が多いようですが、そのような臨時職員の雇用期間を1年ごとに更新(1年ごとの辞令交付)をして、通常の一般職員と同様に定年まで雇用継続された場合でも、一般職の公務員とはならないのでしょうか。

2.民間企業での有期雇用の継続的更新の場合の問題点
(1)民間企業の場合にも、有期雇用労働者(雇用期間を6か月間又は1年間と限定)を多く採用する例が増えてきました。不況又は生産調整時の雇用調整として、短期間労働で雇用期間の満了と同時に辞めさせることができるパートやアルバイトなどが典型です。しかし、このような有期雇用労働者は、勤務時間も仕事内容も正社員と同じでありながら時間給で賞与無しという給与割安での採用方法に流用され、1年間の雇用も継続更新され長期間雇用されるという形になっているにもかかわらず、労働需要が低下した時期に突然雇い止め(期間満了・更新無し)されても法的な救済がされないという実態が生じていました。

(2)このような有期雇用の実態に対して、まず、最高裁判例(東芝柳町工場事件・昭和49年7月22日判決、日立メディコ柏工場事件・昭和61年12月4日判決)で
ⅰ)反復更新された常用的臨時工の労働契約関係は、「実質的に期間の定めのない契約と変わりがない」ので、更新拒絶の意思表示は「解雇」と実質的に同じであり、したがって解雇に関する法規制が類推適用される、という理論
ⅱ)有期契約が期間の定めのない労働契約と実質的に同視できない場合でも、「雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合」は、解雇権濫用法理を類推し、雇止めに合理的理由を求めるという理論
を構築し、雇い止めは自由にできないという制限法理を作りました。
 この理論は、解雇については、正社員の解雇の場合と同様に扱うということを意味し、平成26年4月1日改正施行の労働契約法で次のとおり条文化されました。

○労働契約法第19条(有期労働契約の更新等)
  有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

(3)労働基準法や労働契約法の直接適用が無いとされる公務員の場合にも、嘱託職員としての短期雇用期間を連続更新した場合には、一般職の公務員の権利と同等の権利を持つようになる可能性があるのではないかという点を検討する必要があります。例えば、退職金支給条例に次のような規定があった場合に、臨時職員・嘱託職員は支給対象者に含まれないでしょうか?

 実際に裁判になった事例で検討していきましょう。

<条例>○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)
第1条(目的)
 この条例は職員(地方公営企業等の労働関係に関する法律に定める職員を除く)の退職手当に関する事項を定めることを目的とする。
第2条(退職手当の支給)
1この条例の規定による退職手当は、前条に規定する職員のうち、常時勤務に服することを要するもの(地方公務員法第28条の4第1項、第28条の5第1項又は第28条の6第1項若しくは第2項の規定により採用された者を除く。以下「職員」という。)が退職した場合、その者(死亡による退職の場合にはその遺族)に支給する。
2職員以外の者のうち、職員について定められている勤務時間以上勤務した日(法令又は条例若しくはこれに基づく規則により、勤務を要しないこととされ又は休暇を与えられた日を含む。)が18日以上ある月が引き続いて12ケ月を超えるに至ったもので、その超えるに至った日以後引き続き当該勤務時間により勤務することとされているものは、職員とみなして、この条例の規定を適用する。

ア.この条例では、第1条で退職手当支給対象者から地方公営企業等の職員が除外され、次に第2条第1項で、定年退職後の再雇用職員が除外されていますが、「常時勤務に服することを要するもの」と定めるだけで、いわゆる一般職の公務員と特別職の公務員を区別していませんでした。
イ.次に、○○町では、昭和31年地方自治法改正(第204条の2「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員、第203条の2第1項の職員及び前条第1項の職員に支給することができない。」を追加改正)によって、特別職の職員の退職手当について、一般職の職員の退職手当とは別個に単独条例として制定することとし、昭和31年12月に、以下の特別職退職手当条例を制定しました。

<条例>○○町特別職の退職手当に関する条例
第1条この条例は○○町特別職の職員(以下「職員」という)の退職手当の支給に関し必要な事項を定めることを目的とする。
第2条この条例は次に掲げる職員が退職した場合にはその者(死亡したときはその遺族)に支給する。
   ①町長  ②助役  ③収入役
第3条(退職手当の額)
第4条この条例に規定するものの外退職手当の取扱いについては、○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)を準用する。

ウ.以上の条例の経過の中で、○○町は、甲女を昭和56年4月1日から1年間の任期で○○町の非常勤職員の学校図書館司書として任用しました。甲女は勤務時間も一般職公務員と同じであり、1年間の雇用期間が経過すると連続して翌年度の4月1日から1年間の辞令が発令され、平成24年3月31日に退職するまで毎年1年間の任期で再任用されました。
 甲女は定年まで働き終えたという気持ちで、一般職の公務員と同様に退職金の支給があるものと思っていましたが、○○町からは、「特別職の嘱託職員には退職金条例は定められていないので、甲女には退職金は支給できない」と説明されました。さあ、甲女としては納得がいきません。
 ○○町職員の退職手当に関する条例(昭和28年制定)第2条第2項の適用はないのでしょうか?この点�



以 上

本物の刑事捜査が録画で見れるの?~刑事取調べの可視化と取調べ方法の変化~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、テレビドラマのイメージ?
 刑事もののテレビドラマでは、視聴者に警察官や検察官の取調室の場面が、手に取って分かるように制作されます。昨今、「捜査の可視化(かしか)」という言葉が出てきていますが、その刑事ドラマのように、実際の警察などでの犯人の取調べ風景が録画されていると思っている方もおられるのではないでしょうか。
 
2、刑事訴訟法の改正と捜査の可視化
 平成28年5月の刑事訴訟法改正によって、刑事犯罪の捜査方法として被疑者を取り調べる場合には、その取調べ状況の録音・録画が捜査機関(警察官・検察官)に義務付けられ、平成30年6月に施行されることになっています。これは、裁判員裁判制度が始まり、素人の裁判員が、捜査段階の被疑者(犯人と疑われているだけで、まだ犯人と決まっているわけではありません。)の自白が捜査官の脅迫や押し付け又は誘導でなされたものではなく、被疑者の任意の判断でなされたかどうかについて、実際の取調べ状況を録画ビデオで見て、自白が有効か無効かの判断をしてもらうための制度です。その意味では、捜査段階での分かりやすい証拠として裁判員に全般的にビデオを見てもらって有罪か無罪かを決めてもらおうという積極的な証拠とするものではありません。
 公開される刑事公判手続で開示されますので裁判傍聴者は見れますが、基本的には、被疑者の捜査段階での自白が有効か無効かを判断する裁判官や裁判員が見るものですから、テレビドラマ風の録画ビデオとはイメージが異なります。

3、被疑者はまだ犯人と決まったわけではないという立場から見た従来までの取調べ環境について
(1)刑事裁判手続きで被疑者・被告人を弁護する弁護人の仕事をする私どもの立場は、犯罪における「犯人」という存在は、逮捕されたという警察の判断段階で決められるものではなく、裁判所による有罪判決が確定する段階までは「まだ犯人と決まったわけではない」という立場で考えており、法律の考え方も同じです。
(2)そういう立場で考えると、ある日突然に警察に逮捕された普通の人(出勤途中に痴漢冤罪で警察に引き渡されたサラリーマンを想定してみてください。)を、どのように警察や検察が調べていくのか、逮捕された普通の人には、誰かに助けや協力を求めることができる制度になっているか等を考えてみますと、今の刑事訴訟法や捜査実務においては、次のような非常識な問題点が浮かんできます。
①一旦逮捕されると、最大23日間身柄が拘束され、その期間取調べが続き、重大事件では1日10時間以上取調べが行われる。別件逮捕、再逮捕がなされるとその期間は二倍、三倍となっていく。
②逮捕段階では国選弁護人は選任されず、逮捕当初にパニック状態になっている被疑者に、最も必要な権利擁護の法的助言がなされないままで取調べが開始される。(国選弁護人が選任されるのは逮捕の2日後の勾留段階になってからである。)
③取調べは密室で行われ、取調べに立ち会うのは捜査官(警察官、検察官)であり、第三者が立ち会うことは原則としていない。弁護人の立会権も法律上認められていないので、被疑者は理解力のないまま一人で判断して供述しなければならない。
④取調べに際しては、捜査機関が収集した証拠や情報は、被疑者や弁護人には一切開示されない。
⑤逮捕前の任意の取調べ、参考人段階での取調べのときには、国選弁護人を選任することはできない。
⑥供述調書は、取調官の会話をそのまま書いてもらえるものではなく、捜査官が法律的に必要な範囲でまとめた文章を確認して、それに署名する方法で作成される形式となっており、捜査官の主観が入った内容となっている。
(3)以上のような捜査の仕組みでは、必要な証拠は捜査側に集中し、被疑者や弁護人の批判を浴びることもなく捜査側の証拠の解釈での犯行ストーリーが推測されてしまい、取調べは、結局、捜査側の推測した犯行ストーリーを被疑者に認めさせる手続きに陥ってしまう危険性が出てくるわけです。

4、取調べの可視化(録画化)による期待
 取調べの可視化(録画化)を定めた改正刑事訴訟法の施行はまだですが、検察庁では2006年(平成18年)から、警察では2008年(平成20年)から段階的に範囲を拡大して取調べの録画を始めており、裁判員裁判の刑事公判手続きでその録画ビデオが検証されたりしています。
 このことにより、今の刑事裁判手続きでは、捜査段階での被疑者の供述調書よりも法廷での被告人の公判供述が中心となり、供述調書の取調べは激減しています。そして、何よりも、密室での取調べが後日公に出る可能性があるという捜査官の心理的プレッシャーもあってか、録音・録画の下においては、非常識な言葉での攻撃による取調べや利益誘導の取調べなどはなくなりつつあるようです。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!③

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 私は、自宅の改築工事を計画しているのですが、私の敷地が狭く建築面積以外に余裕がないので、建築足場の組み立てや外壁工事の際の工事関係者の作業に必要な範囲で、隣地の境界付近の部分をその間利用させてもらえないかと考えています。実は、隣のご主人以外の人たちとはうまくお付き合いしているのですが、隣のご主人とはあまり仲が良いという関係ではないので、隣の土地利用について承諾してもらえるか不安です。どうすればいいでしょうか?

≪解説≫
1、所有権絶対の原則と例外
 前回の解説でも述べましたが、所有権絶対の原則(民法第206条)から他人の土地を勝手に使用することはできません。しかし、民法第207条(法律の制限内での効力)によれば、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 所有権絶対の原則とは言っても、隣同士のAさん、Bさんの場合に、Aさんの土地に所有権絶対の原則が適用あれば、他方のBさんにも土地所有権絶対の原則の適用があり、相互に排斥し合ってしまう関係にありながら、他方、土地というものは、事前的には連続して繋がっているものであり、相互に草も生え、虫も飛び交い、風も吹き、日の光も当たったり陰になったり、雨水も流れ込んだりして、人の力で個別的に「絶対」を実現できるものではありません。自然的に相互に作用し合う以上は、社会生活上の土地利用関係も相互に作用し合うことが想定され、相互の権利及び利用を調整する必要性があることから、民法は、「相隣関係」(民法第209条以下)を定めています。
 
2、隣地使用請求権
(1)民法第209条(隣地の使用請求)で「1 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。 2  前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。」と定めてあり、あなたには、「建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求する」権利が認められています。
(2)民法では「必要な範囲内での使用」が認められるのですが、具体的に隣地のどの部分のどの範囲の土地を使えるかは、工事の規模・方法や工事期間などを勘案して総合的な判断がなされることになります。建築工事専門業者が隣地に最小限の範囲でお願いし、了解された範囲であればよろしいかと思います。
(3)次に、民法上の規定では、当然に勝手に使用してよいということではなく、あくまでも「使用を請求する」ことができるだけですから、相手方にお願いすることが大前提になります。また、使用請求権があるからと言っても、これは相互の調整のための権利にすぎなく、お願いと承諾による相互の話合いによって解決することが最も良いのは当然です。また、同条第2項に、隣人の相手方には損害賠償請求権が認められていますので、これを補償するという意識は必要であり、損害が生じたかどうかに関係なく、お礼の意味で使用料の支払いも検討しておくことも必要です。
 話合いが終わったら、念のために簡単「合意書」(使用部分と期間、使用目的、お礼代金を記載)を作成しておいてもよいでしょう。

3、隣地所有者の承諾が得られなかった場合の方法
 話合いに応じてくれなかったり、話合いで物別れになった場合にはどうすればいいのでしょうか。
(1)隣地所有者間で任意に解決できない場合には、裁判により解決する方法があります。相手方の隣地に、承諾なく立ち入ると所有権侵害の不法行為(民法第709条)になりますので、相手方の「承諾」を裁判で得る方法です。
 具体的には、相手方を被告として「A土地について、平成〇年〇月〇日から同年〇月〇日まで、B土地上の建物工事に関わる足場設置又は作業出入りのための使用を承諾するとの裁判を求める。」という内容の裁判を申し立てればいいのです。
(2)その裁判で、承諾に代わる勝訴判決を得れば、具体的には隣人の承諾を得ずに立ち入っても使用してもよいことになります。
 また、裁判には隣人(隣地所有者)も呼び出されますから、裁判期日で、裁判官が和解を勧めて話し合いで解決する場面も設けられると思います。
(3)なお、裁判という強行的な方法ではなく、最初から裁判所での話し合いを求める「民事調停の申立て」をする方法もよろしいかと思います。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用し、さらに、家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていました。しかし、隣地所有者がその隣地にアパートを建築するということで、この通路を閉鎖したいと通知してきました。通路部分を外してアパートを建築することは十分可能だと思うのですが、もう、隣の土地を従来どおり通路として使わせてもらえないのでしょうか。

≪解説≫
1、今回は、前回の「囲繞地(いにょうち)」(=他の土地に囲まれて公道に通じない土地)ではなく、単に「家からその公道を通り商店街に出るのが近いので、通路として砂利を敷いて利用していた」ということですし、隣地所有者も、今までは空き地なので、他人の利用を黙認していたものの、新たにアパートを建築する計画ですから、当然に、隣地所有者は、民法第206条「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と法の定めに従い「自分の所有する土地を自分の自由意思で使う」(所有権絶対の原則)のですから、隣地所有者は、他人に通行させる(使わせる)ことを拒否することもできるのが原則です。
 
2、他人の土地を通行することは、民法上の囲繞地通行権(民法第210条~第213条)の定め以外には、契約による通行権(地役権)しか認められません。逆に言えば、囲繞地でなくとも、隣地者との契約(合意)があれば、契約自由の原則から、他人の土地を使用することも可能なわけです。
 しかしながら、今回の相談の場合には、「家からその公道を通り商店街が出るのに近いので、通路として砂利を敷いて利用し続けていた」というだけで、隣地者の承諾や通行権(地役権)設定契約などをしたという形跡はないようです。そうすると、契約をしていないのですから、隣の土地を勝手に使っていることは、違法な使用であり、今後の隣地通行権が認められることはなさそうですね。
 
3、さて、皆さんは、民法の規定では、物権と債権の区別をした規定になっていることを御存じですか?
 民法第二編が「物権」、民法第三編が「債権」となっています。物権とは、他人の行為を介することなく、物を直接的に支配し利益を受けることができる権利を言います。 物権のうちでも、所有権は典型的な物権と言えるでしょう。 債権とは、ある特定の人(債権者)が他の特定の人(債務者)に対し、一定の行為をすることを要求することができる権利を言います。物権には、所有権以外に、占有権・地上権・永小作権・地役権・質権・抵当権・留置権・先取特権が定められており、債権が契約相手にしか主張できないのに対して、物権は、誰にでも主張できる権利(排他性のある権利)であるとされています。
 ところで、民法第280条は「地役権者は、設定行為で定めた目的に従い、他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する。ただし、第三章第一節(所有権の限界)の規定(公の秩序に関するものに限る。)に違反しないものでなければならない。」と定めており、「他人の土地を自己の土地の便益に供する権利」としての「地役権」を物権として認めています。地役権の内容は、お互いの土地所有者間での設定行為=設定契約で決まることになりますが、便益の受ける方法として「通行」を盛り込めば、通行地役権を有することになります。
 
4、そして、この「通行地役権という物権」が民法上認められているということは、同じ物権としての所有権につき、所有権移転契約無しでも「時効取得」が認められているように、通行地役権にも、設定契約無しでも「時効取得」が認められるのではないかということが考えられます。民法第163条で「所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、(前条の区別に従い)20年又は10年を経過した後、その権利を取得する。」と定めているからです。
 そして、民法第283条で「地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。」と定められています。所有権の取得時効(民法第162条)には「平穏に、かつ、公然と他人の物を占有すること」が求められているのと同様に、地役権の時効取得には「継続的な行使」と「外形上認識することができること」が求められています。
 最高裁昭和30年12月26日判決(判例時報69号8頁)は「通行地役権の時効取得については、いわゆる「継続性」の要件として、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路の開設を要し、その開設は要役地所有者によってなされることを要する」としていますので、相談者が自ら砂利を敷いたりコンクリート打ちなどをしたりして、誰にでも通路だと分かる外形を作って使用している場合に、初めて、通行地役権設定契約無しでも、通行地役権の「時効取得」が認められることになります。

5、したがって、相談者が自ら砂利で通路部分作って、善意無過失で10年以上又は20年間通路として使用してきた場合には、例外的に、隣地所有者に対して通行地役権の時効取得の主張ができますので、今後も通路として使用することができます。
 しかしながら、このような場合には、隣地所有者としては、新たに通行地役権設定契約をして使用地代を払って欲しいということになろうかと思います。その場合には、使用地代を払ってきちんとした通行地役権を確立するか、このまま無償のままで勝手に通路部分使用を継続していくのかを今後の近所付き合いを考えて検討することが必要になると思われます。



以 上

隣の土地を使わせて欲しい!①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 公道に面している隣の空き地の下にガス管と水道管を埋設して自分の家に引き込んで利用したいのですが、隣地の所有者が承諾しない場合には、どうすればいいのでしょうか。

≪解説≫
1、そもそも、地中とはいえ、他人の土地を勝手に使用したり利用したりすることはできませんよね。なぜかって?それは、私たちが学校の社会科で教わった「私有財産制」「所有権絶対の原則」が日本の法律で決められているからです。どの法律に書いてあるのでしょう?それは、民法第206条と第207条です。民法第206条には「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」、民法第207条には「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」と書いてあるのです。土地の場合には、土地表面の使用以外に地下部分、空中部分にもその支配権が認められているんですね。だから、所有者が承諾すれば別ですが、地中であっても、人の土地の所有権は侵害されない(無断で使われない)ように定めてあるのです。
 
2、しかしながら、民法第207条をよく読んでみると、「法令の制限内において」とありますね。これは、例外的に、法令等で定めがある場合には、他人の土地を使用することもできることが民法上も想定されているということです。
 例えば、民法自体が例外を定めています。民法第209条以下の「相隣関係」の規定がそれであり、特に、民法第210条第1項では「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。」として囲繞地通行権(いにょうちつうこうけん)を認めており、下水道法第11条第1項は「前条第一項の規定により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとつて最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」として、排水設備に関する受忍義務(下水道事業者からみれば、排水施設権)を定めており、このような場合には、その所有者の承諾を得なくても、他人の所有地を使用したり利用したりすることができるようになっています。

3、水道やガスや電気などの配管・配線について
(1)しかしながら、水道やガスや電気などの配管・配線については、下水道法第11条第1項のような規定は見当たりません。ということは、基本的には水道やガスや電気などの配管・配線については、その所有者の承諾を得ないと他人の土地に埋設したりすることはできないと考えざるを得ないということになります。
(2)しかし、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合でも、その通路部分に水道やガスや電気などの配管・配線をすることはできないのでしょうか。
 公道への通行権を認めるのは、その人の社会的生活とその人の土地利用を十全ならしめようとするものであり、そのために他人は最小限の受忍をしなさいという趣旨ですから、今日、水道やガスや電気などは社会生活の基本要素であり、その利用も土地利用と同様に保障されるべき生活基盤と言えますよね。
 そこで、隣の土地との関係が、いわゆる囲繞地関係にあり、囲繞地通行権が民法上認められる場合には、民法第210条第1項の類推適用(るいすいてきよう)をして、法令内の制限規定があるものとして、その通路部分にその所有者の承諾なく水道やガスや電気などの配管・配線をすることは認められるべきであると考えます。
 同じように、判例(東京地裁平成4年4月28日判決―判例時報1455号―101頁)は、「袋地の所有者等は、相隣関係を規律する隣地使用権に関する民法第209条、囲繞地通行権に関する民法第210条、余水排泄権に関する民法第220条、他人の土地に排水設備を設置できる下水道法第11条を類推して、他人の土地を通してガス、上下水道、電気及び電話等の配管、配線を袋地に導入することが許される。その場合、右法規に準じて、配管、配線の場所及び方法は、囲繞地通行権を有する者のために必要にして、かつ、囲繞地のため損害の最も少ないものを選択する必要がある。」と判断しています。
 興味のある人は、判例検索して判例を読んでみてくださいね。



以 上

他人の飼い犬に咬まれたぁ!(損害賠償と過失相殺)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




≪説明≫
 口蹄疫問題が発生してから、各養豚農場経営者は養豚場への一般立入を禁止したりしているところが多くなりましたね。当然のことだと思います。
 Cの養豚場も防疫のため立入禁止(無断立入禁止の立看板を3か所設置し、電話連絡の旨を掲載しており、最終警告看板の場所には立入防止鉄線も張っていた。ただし、猛犬注意の表示はしていなかった。)対策を行っていた。そこに、B町の農業政策課の職員Aが、農業政策情報提供のために、電話連絡をしないまま養豚場に入って(3か所目の禁止鉄線を越えて侵入)しまったところ、養豚管理室出入り口付近に長めに係留されていた(通路部分にまで伸びる形で)Cの飼い犬に咬まれて怪我をしてしまいました。
 被害者の農業政策課職員Aは、初めてCの養豚場を訪問したのですが、B町の農業政策課の職員等は新参者の職員Aには何ら訪問方法を指導していなかったようです。
 職員AはCに対して怪我の治療代などの損害賠償を請求できるでしょうか。請求できる場合に、Cは職員Aの過失割合減額をどのくらい主張できますか。

≪回答≫
(1)まずは、職員Aと養豚農場経営者Cとどっちが悪いか?って考えてしまいますよね。Cは、無断立入禁止看板を立てて警告し、飼い犬も係留(紐で繋がれていた)していたのですから、やるべきことをやっていたんじゃないかなあ~って考えてしまいますよね。
 職員AがCに損害賠償を請求するには、飼い犬を管理していたCに犬の管理上の過失があるかどうかが問題となります。
 民法第718条第1項に、「動物の占有者等の責任」として「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。」との定めがあります。
 一般的に、犬の管理者は、犬が人に危害を加えないように飼育するか、少なくとも鎖等で繋いで、常に管理者の制止可能な管理状態におく義務を有するとされています。この点、本件Cの飼い犬は、養豚場敷地内に紐で繋がれて管理室までの通路部分にも出ることができる状態であり、出入者を襲う可能性があったことから、養豚場敷地自体が第三者の無連絡立入を禁止していたとしても、飼い犬の管理上の過失があったと評価できる余地があります。
 他人が立ち入って来ない敷地内の管理という前提であれば、「犬の係留が長めである」という点も管理ミスとは言えないと思われますが、第三者の直接来訪の可能性があることが予想される場合には、その点が管理ミスとして評価される余地はあろうかと思います。
 したがって、養豚農場経営者Cの飼い犬の管理方法としては、全く注意義務違反(管理過失・管理ミス)がなかったとまでは言えないであろうと考えます。
 
(2)問題は、Cに犬の管理過失があったとしても、被害者であるAにも過失があるのではないか、Aの使用者・指導監督者であるB町にも情報を十分に与えなかった過失があるのではないか、という点です。被害者Aにも過失があれば「過失相殺」されて、損害賠償額がその分減額されることになります。
 Aは、本件養豚場に関して、防疫上の要請からの3か所の立入禁止看板の警告にそれぞれ従っていませんし、3か所目の警告地点では、立入防止鉄線を乗り越えて訪問している点で、その行為は、故意による不法侵入(農業政策上の情報提供のためであり不法侵入の目的はないが、管理者の承諾なしの侵入は刑法の住居侵入罪・建造物侵入罪となる可能性もある。)であり、その過失割合は100%に近いものがあると考えます。100%とならないのは、当該立入禁止の趣旨が防疫上の要請であり、犬の危険警告ではないことから、防疫警告の趣旨を理解できない者の場合又は自分は防疫上問題ないと勝手な判断をするおそれが残る場合には、立て看板警告だけでは十分な禁止措置とは言えない面も考慮しなければならないと考えられるからです。
 実際、Cは、訪問者から電話を受け、第一警告看板の場所まで出て行って、来訪者と一緒に飼い犬が繋がれている管理棟出入り口まで同行する方法をとっていたようであり(Cが一緒であれば飼い犬が訪問者には飛びかからない)、係る情報は、Aの勤務先であるB町農業政策課の職員も心得ていたと思われます(3人くらい農業政策課の職員がその方法で訪問していた経緯がある)。
 また、A自身もB町内で町職員として生活をしていた以上は、口蹄疫被害と立入規制の意味を十分理解できる状況にありながら無断立入りしたことから、無断立入りをそもそも想定していないCがその前提で飼い犬の管理を緩やかにしていたことを強く非難できる立場ではないわけで、職員Aが被害を受ける本件事故が発生したとしても、職員Aのその過失は、自招行為と評価されるか、少なくとも重大な過失と評価されるべきものであり、種々の判例(東京地方裁判所平成2年6月25日判決等)の基準に照らし、被害者である職員Aの過失は、少なくとも7割以上はあるものと考えてよいと思われます。(最終的には被害者過失100%~90%としてもよいと考えることも可能でしょう。)

(3)過失相殺(民法第722条第2項「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」)において、被害者Aに仮に90%の過失割合が認められると、治療費等の損害が10万円発生したとしても、その内の9割(=9万円分)はA自身の過失によるものと計算されますので、請求額はわずか1万円ということになります。
 したがって、職員Aはあまり多額の損害賠償請求はできないと思われます。



以 上

情報公開「庁舎内に保管している他団体の文書に関する開示請求について」②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



「文書不存在」は、二つの意味(法的不存在と物理的不存在)を考えよう。

(相談)
 前回の(A町は公文書開示条例に定める)「実施機関でないので、文書不存在」という場合と、「実施機関の保管対象文書ではあるが文書自体がない場合の、文書不存在」という場合では、非開示決定通知書には、どのように書けばよいでしょうか。A町では、いずれの場合でも単に「文書不存在」と記載すれば足りると考えて処理しています。

(助言)
1、実施機関以外の組織等が保有する文書の開示請求があった場合の対応について
 前回も引用した東京地裁平成22年3月30日判例地方自治331号13頁の事案で述べていますが、実施機関以外の団体又は組織等が保有する文書の開示請求があった場合の対応については、
①実施機関の文書の開示請求ではなく条例の対象とならないとして却下通知(理由は「実施機関の保有する文書ではない。条例の定める公文書ではない。」等になる)を出す方法
②実施機関であるA町には、町外団体の書類は保管していないという面を捉えて「当該文書は存在していない。」として、「文書不存在による非開示決定通知」をする方法
の二つが考えられるわけですが、②の場合の非開示決定の理由記載は、どのような理由の記載が求められるかという問題があります。

2、非開示決定には理由記載が必要である。
 まずは、基本から押さえましょう。市町村は、公文書の開示請求制度については、各市町村の定める情報公開条例や公文書開示条例を定めて対応することとなっていますが(行政機関の保有する情報の公開に関する法律第25条)、ほとんどの条例が、情報公開請求に対して、全部非開示又は一部非開示する場合には、非開示とする理由を非開示決定通知書に記載することが要求されています。
 その理由は、非開示とする理由の有無について処分庁の判断を慎重にさせるためということと、その処分の公正性及び妥当性を担保するため(理由のない恣意的な処分を防止するため)ということの他に、処分に対しては不服申立てが認められており、非開示の理由を開示請求者に知らせることでその不服申立の便宜を与えるためとされています。その意味では、開示対象文書が実施機関にない場合には、他にもない場合であろうが他には在る場合であろうが(他に在るかどうかはほとんど掌握できないだろう)、最終的には「文書が不存在」という理由だけで十分であると思われます。
 しかしながら、判例では、これだけでは理由として不十分であるとされています。

3、東京地裁平成22年3月30日判決(判例地方自治331号13頁)
(1)事案は、庁舎内に別ロッカーで実施機関以外の団体が作成し、保管していた文書について、実施機関である市町村に対して、公文書開示請求があった場合に、実施機関が保有する文書ではないことから公文書に該当しないとして、「文書が存在しない。」とのみ記載した通知書で非開示決定を行ったという事案です。
(2)裁判所は次のとおり判示して、非開示決定を違法な処分として取消しました。
 「公開請求に係る文書を公開しない旨の決定の通知書に、その理由を付記すべきものとしているのは、渋谷区情報公開条例(以下「同条例」とする。)に基づく公文書の公開請求制度が、公正で開かれた区政の進展を図ることを目的とするものであって、実施機関においては、公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるように同条例を解釈し、運用しなければならないとされていること(同条例第1条、第3条)に鑑み、非公開とする理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解するのが相当である(最高裁平成4年12月10日第一小法廷判決参照)。
 そこで、本件条例に基づく文書の公開請求があった場合に、実施機関が、物理的に当該文書を所持していないこと(以下「物理的不存在」という。)を理由とするのではなく、本件のように、所要の調査等において、物理的には当該文書を所持しているとみられる場合であることが判明したものの、それが本件条例第2条第2号にいう公文書に当たらないこと(以下「法的不存在」という。)を理由として非公開決定をする場合における理由付記の程度について検討するに、
 本件条例が、非公開決定の理由付記において、公開しないこととする根拠規定及び当該規定を適用する根拠が、非公開決定の通知書面の記載自体から理解され得るものでなければならないことを明文で定めている(第9条の3第1項)以上、実施機関が、公開請求に係る文書は本件条例第2条第2号にいう公文書に当たらないとして非公開決定をするのであれば、その通知書に付記すべき理由としては、公開請求者において、当該文書が同号にいう公文書に当たらないとの理由で非公開とされたものであることをその根拠とともに了知し得るものでなければならないというべきであるところ、本件条例に基づく公文書の公開請求制度におけるその目的を踏まえた理由付記制度の趣旨のうち、
〈1〉不服申立ての便宜という観点からは、公開請求者において、処分行政庁が物理的不存在を理由とする場合にその事実の存否を争うのと、処分行政庁が法的不存在を理由とする場合にその法的判断の適否を争うのとでは、その不服申立ての在り方が大きく異なることが明らかであり、
〈2〉実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するという観点からも、処分行政庁において、当該文書が同号にいう公文書に当たらないと判断した理由として物理的不存在と法的不存在の区別及び後者とする根拠の記載をすることは、その事実認定及び法的判断の慎重と公正妥当を担保することに資するというべきであるから、
〔要旨〕法的不存在の場合の理由付記は、少なくとも、公開請求者において、処分行政庁が非公開決定の理由とする本件条例第2条第2号にいう公文書の不存在が物理的不存在ではなく法的不存在をいうものであることをその根拠とともに了知し得るものでなければならず、非公開決定の通知書に単に「不存在」等と付記するのみでは、本件条例第9条の3第1項の要求する理由付記として十分ではないといわなければならない。
 しかるに、本件非公開決定の通知書における理由の記載は、本件非公開決定が法的不存在を理由とするものであったにもかかわらず、単に「該当公文書が不存在のため」とのみ記載したものにとどまり、物理的不存在と法的不存在の区別及び後者とする根拠が何ら示されていなかったのであるから、本件条例第9条の3第1項の定める理由付記の要件を欠くものというほかなく、同項に違反する瑕疵があったものというべきであって、その内容・態様及び前記の理由付記制度の趣旨等に照らし、これは本件非公開決定の取り消されるべき瑕疵に当たるものといわざるを得ない。」

4、二つの「不存在」理由
 要は、実施機関以外の文書についての開示請求を受けた場合に、却下通知ではなく、非開示決定通知(文書不存在)の方法を採用する場合には、この場合の「法的不存在」と、他に文書自体がどこにも存在していないという意味の場合の「物理的不存在」の二つが考えられることになるので、文書不存在を理由とする非開示決定及び同通知書の非開示理由の記載としては、このいずれかの文書不存在かが分かるように理由を記載しなければならないということです。
 この点も、各市町村での情報公開条例上の取り扱いとしては明確には定めていないところですので、情報公開事務を担当する職員としては、十分に気をつけておかなければなりません。



以 上

情報公開「庁舎内に保管している他団体の文書に関する開示請求について」①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



庁舎内にある文書は、情報公開対象の「公文書」か?

(相談)
 A町は、各町内会から依頼されて、庁舎内にA町町内会連合会のロッカーを据え置いて、そのロッカーに重要書類綴りと会計帳簿を保管させているのですが、住民から、甲町内会の会計書類の公文書開示請求がなされました。A町担当者としては、どのように対処することになるでしょうか。

(助言)
1、市町村の公文書開示条例の骨子について
 市町村の文書に関する情報開示請求は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法42号)の適用ではなく、同法25条で求められる「地方公共団体の情報の公開に関しての必要な施策」としての情報公開条例や公文書開示条例に基づいた開示制度による請求の範囲で認められることになります。
 地方公共団体の開示条例はほぼ次のような内容が骨子となっています。
①実施機関を定め、公文書を開示する定めとなっている。
②「公文書」とは、「実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真及び電磁的記録であって、当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして、当該実施機関が保有しているもの」と定めている。
③開示することを原則としているが、例外的に非開示にできるものとして「個人情報(個人識別情報)」などを定めている。
④「公文書の存否を答えるだけで非開示情報を開示することとなる場合」には公文書の存否を明らかにしないままでの開示拒否ができる旨を定めている。
⑤他の法令又は条例により、公文書の閲覧若しくは縦覧又は謄本等の交付の手続きが定められている場合には、当該条例を適用しない旨を定めている。

2、実施機関でない場合の処理
(1)A町自体は、公文書開示条例に定める「実施機関」ですが、町内会や町内会連合会などの任意団体(法人格なき社団とも呼ばれる)は、公文書開示条例に定める「実施機関」ではありません。公文書開示条例は、「実施機関が保有する公文書」(上記②)を対象とする制度ですから、町内会の会計帳簿は、そもそも公文書開示条例の対象とはならない(公文書開示条例の対象となる「公文書」には当たらない)わけです。
(2)その場合には、開示請求が条例の要件に該当しないので、「却下する」ことになります。東京都の「情報公開事務の手引き」では、「開示請求が条例に規定する要件を満たさず、開示請求者が補正に応じない等の理由により開示請求を却下する場合は、開示請求却下通知書により通知する。」との取り扱いをしています。
 また、その場合には、実施機関であるA町は、「甲町内会の会計帳簿」は保管していないという面を捉えて「当該文書は存在していない。」として、「文書不存在による非開示決定通知」をする方法(東京都渋谷区条例での取扱い例)でも間違いではないと思います。

3、「A町が保有していない」と言えるかの検討
(1)町外団体の書類をA町が庁舎内に保管している状態がある場合に、簡単にA町が当該書類を保有していないと言えるのでしょうか。
 ある裁判では、開示を求める住民が、「甲町内会を含むA町町内会連合会の事務局では、A町の役場の住所が記載された封筒を使用しており、連合会の事務をA町職員が担当しているであろうから(なぜなら、A町の地域振興課の分掌事務に「町内会等に関すること」とあるから)、町内会連合会の文書は、A町が保有しているのであり、A町が保有している文書であれば、公文書に該当する。」と主張して、争いになりました。
 条例上、「公文書」としては、①「実施機関が職務上作成又は入手したもの」②「実施機関が組織的に供用しているもの」③「実施機関が組織的に管理保有しているもの」のいずれかであれば足り、本件は、最後の③「実施機関が組織的に管理保有しているもの」に該当する可能性があります。
(2)裁判の審理としては、「実施機関が組織的に管理保有しているものか否か」の判断のために、A町と町内会連合会との関連性が争点となり、①町内会連合会の事務は誰が行っているのか(公務員が担当しているか否か)、②町内会連合会の役員又は構成員は誰か(公務員が関わっているか否か)、③町内会連合会の書類をロッカーから出し入れしているのは誰か、④ロッカーの鍵を保管しているのは誰か等について審理が行われたようです。
 A町側は、A町が町内会連合会の運営や意思決定に関わることはないこと、A町の関わりは総会への来賓出席等の後方支援に関するものにすぎないこと、町内会連合会の事務を町職員が行うことはないこと等を主張したようです。
 その結果、裁判所は「A町は、町内会連合会や各町内会の文書について、自ら作成、保存、閲覧、提供、移管、廃棄等の権限を有しておらず、町内会連合会の文書を現実的に支配、管理していないから、町内会連合会の保管文書は、A町の保有文書としての公文書ではない。」と判断しました。(東京地裁平成22年3月30日判例地方自治331号13頁参照)

4、類似事案への対応
(1)各市町村においては、地域振興策として市町村が主体となって民間事業や地域産業を活性化させるために、町以外の任意団体や任意協議会(A町活性化協議会、○○地区生産物価格保証委員会等)を設けて、そこへ補助金や支援金を提供し、その補助金の有効な使途、事業遂行等について助言指導すると共に、当該活性化活動の事務局を役所内において、会議資料や会計帳簿を当該担当課が保管していく取り扱いをしている例を散見します。
(2)その場合の任意団体の書類については、町の担当者である職員が事務局を兼務し、書類保管の出し入れ等を自ら行っているような状態であった場合には、上記の判例基準からすれば、「実施機関が組織的に管理保有している文書」として町への開示対象文書である「公文書」となり得ますので、その点は、十分に留意するようにしてください。

*次号においても、「文書不存在」の理由記載方法に関する問題点を助言します。



以 上

地方議会の議員の議会での名誉棄損行為と国家賠償責任の有無

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



 テロ防止法関連法案、森友学園問題、加計学園問題などでの「忖度」が議論された国会も6月下旬に閉会しました。証人喚問手続の質疑や議会内での首相や閣僚批判の質疑に対して、名誉棄損云々の反論がなされたりしていましたが、実際、国会内での議員の質問や地方議会での議員の質問が、名誉棄損に問われることがあるのでしょうか。今回は次の事案を参考に検討してみたいと思います。

≪事例≫
 地方公共団体での地方議会で、選挙で選ばれた議員が、議会内での執行部への一般質問でA法人の業務委託内容や契約締結面の指導の責任を問う中で、A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない旨の指摘をした発言があったが、そのことに対して、A法人は、国家賠償法第1条に基づき、議員本人にではなく、地方公共団体に損害賠償請求又は名誉回復請求をできるでしょうか。

≪回答≫
1、国家賠償法第1条は「第1項 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。第2項 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」と定めています。
(1)まず、「公共団体の公権力の行使に当る公務員」に地方議会の議員が含まれるかが問題となります。
 地方議会の議員は、一般職公務員と異なり、地方公共団体からの任命や契約などでその公務を担当しているわけでなく、住民の選挙で選ばれた立場にあることから、その議員の不法行為責任まで、地方公共団体(代表者首長)が負わなければならないのかという疑問が生じる人もおられるかも知れません。
 しかし、日本国憲法第93条が「地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。」こととし、また、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」と定めていることから、地方議会の議員は、選挙という方法で議会の議決行為を担当する者として選出されるのであり、公務員の地位が任命や契約などの長の行為に基づくものであるとは限らないわけです。
 また、地方自治法第204条によると、常勤の職員には、労務への対価と共に、生活給の要素を含む「給与」を支給しなければならないのですが、地方自治法第203条第1項では、地方議会議員には、非常勤公務員と同様に「報酬を支給しなければならない」とされており、現行法上、当該公務に対して公費を払っている以上は、現在の地方議会議員の職務は、「非常勤の特別職公務員」という位置付けであると解釈されています。(なお、全国都道府県議会議長会は、第28次地方制度調査会に提出した資料の中で、「地方自治法第203条から『議会の議員』を削除し、新たに「公選職」に係る条項を設けるとともに、議会の議員に対する「報酬」を「歳費」に改めよ。」との改革案を提示しています。地方議会議員については、常勤・非常勤という職の区別とは別に、「公選職」という新たな概念を設けようという立場です。この立場になっても、地方議会議員が公務員であることは変わりません。)
(2)地方議会の議員が「非常勤の特別職公務員」とされる以上は、国家賠償法第1条は「公共団体の公権力の行使に当る公務員」を常勤や一般公務員に限定している文言はありませんし、議員も「公権力を行使」しますので、国家賠償法第1条の「公共団体の公権力の行使に当る公務員」には地方議会の議員も含まれるということになります。
 このような見解に立って、地方公共団体への賠償請求に対して判断している判例としては、浦和地方裁判所川越支部昭和63年9月29日判決(判例時報1304号106)、神戸地方裁判所平成5年3月17日判決(判例時報1489号137頁)、東京地方裁判所八王子支部判決平成12年12月25日(判例時報1747号110頁)があります。

2、議会での発言における違法性の判断について
(1)本件の場合、議会全体の行為(例えば、市議会議員に対する辞職勧告決議が議員の名誉を毀損したとして市の国家賠償責任を認めた事例など)ではなく、個別の議員の質問行為を対象とした行為の違法性が問題となります。この種の行為に関する国家賠償責任の範囲については、いくつかの名誉棄損事件等の例があります。
 すなわち、町議会における町長の発言が名誉毀損にあたるとして町の国家賠償責任を認めた事例、市議会特別委員会の報告書を市議会において公表・可決したこと等が名誉毀損にあたるとして市の国家賠償責任を認めた事例(上記東京地裁八王子支部判決)などです。これらを通覧しますと、特定の個人や集団を対象として権利侵害にあたる行為を議会や議員が行った場合、当該行為は、議会または議員に委ねられている裁量の範囲を逸脱した違法な行為であったとみなされており、その裁量の範囲が問題になります。
(2)議会または議員に委ねられている裁量の範囲については、そもそも、地方議会の議員は、国会議員の場合のように免責され(憲法第51条)、幅広い裁量権が認められているのではないか、という点が問題になります。
 この点については、最高裁判所昭和42年5月24日判決においても指摘されているように「地方議会の議員にあっては、憲法第51条が国会議員について認めていると同様の特権が憲法上保障されているわけではない。」とされていますので、地方議会の議員は、原則として、議会活動を行うにあたりその発言等により市民の権利、就中(なかんずく)、市民の名誉権や思想良心の自由を侵害することがないように注意すべき義務を負い、議会内での議員の[自由な発言等]の裁量性は、当該発言等の行為が違法であるか否かを決するに際して考慮すべき一事情であるに止まるものと解することになります。
(3)そうすると、地方議会・地方議員の行為については、国会の立法行為のような広範な裁量を認めることはできず、また、国会議員の免責特権のような不法行為責任の免除も認められませんので、当該議員の質問が市民であるA法人の権利を侵害しないように活動すべき義務に違背する行為であった場合には、当該行為は、原則として国家賠償法上の違法の評価を受けることになります。
 具体的に「A法人の業務内容や補助金申請や契約代金の決定等の手続きがずさん極まりない」という発言をしたことが、名誉棄損としての違法性阻却事由である「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったとき」(刑法第230条の2)に該当するかどうかで、違法性が判断されることになります。

3、結論
 具体的な判断は、A法人の業務内容や補助金制度の趣旨、契約代金の真偽等を確定しながら、「公共利害が事実か否か」「議員の発言が公共の利益を図る意図に基づくものであったか否か」「議員の発言した当該事実は証拠上真実を認められるものかどうか」を個別的に判断し、確定を行うことになりますが、仮に、違法であった(違法性阻却事由への該当性が認められなかった)場合には、地方議員は国家賠償法第1条の「公務員」に該当しますので、議員個人ではなく、その地方公共団体(代表者首長)が損害賠償責任を負うことになります。
 (ここで、個人的に腑に落ちないのは、仮に自治体執行部への反対派議員が敢えて執行部支持派のA法人を非難した質問を行った場合に国家賠償訴訟が提起された場合には、A法人は反対派の当該議員を訴えるのではなく、支持する自治体執行部の地方公共団体(代表者首長)を訴える形となってしまうことです。A法人は訴訟提起がやりにくいのではないでしょうか。)



以 上

未成年者の住所について(その②)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.前号でお話した「未成年者の住所」の定め方と届け出の仕方で議論がある中で、次のような事案が発生し、裁判所の判断が示されました。

 東京高裁平成26年11月20日判決(長野県白馬村事件)判例地方自治No397-10頁
 長野地裁松本支部平成26年3月31日判決:判例地方自治No397-10頁

(事案の概要)
① X1は、平成16年9月に親権者である母乙(訴外甲と平成16年に別居中)と共に東京都世田谷区の乙実家で生活し、平成19年4月に母乙と父甲との間で裁判離婚となり、親権者は母乙と定められた。

② X1は、父甲との面会交流により、平成21年3月から22年8月まで甲の自宅(長野県白馬村)での宿泊付き面会を複数回行った。

③ X1(平成11年生まれ、小学生)は、平成22年9月17日、母乙に無断で、父甲の下へ行く旨のメモを残して、東京都世田谷区の乙宅を出て、長野県白馬村の父甲宅で、甲と一緒に生活するようになった。そのため、甲は、同月9月19日に親権者変更の申立てを行った(最終的には、母乙から平成22年11月12日に子の引き渡し申立てがなされ、取り下げた)。

④ それに対して、母乙は、平成22年9月20日に、X1を迎えに甲宅まで行ったが、X1を連れ帰ることができなかった(その後、X1の引き渡し申立てを行った)。

⑤ X1を手元に置いていた父は、平成22年9月29日から平成23年8月までの間に、4回にわたり、X1の転入届(住所移動届)を提出したが、Y(白馬村)は本件転入届を受理しない処分(本件不受理処分)をした(平成23年3月31日付け)。 なお、白馬村教育委員会は、平成22年9月24日X1に対する小学校通学に関する実態調査を行い、Y(白馬村)はX1が父甲宅(白馬村)に居ることは認識していたが、東京都世田谷区の転出証明書の添付等の手続き調整を検討し、その間、父甲と母乙との間で子の引き渡し等の法的手続きが継続していることを把握した結果、Y(白馬村)担当者は不受理の方針を決め、平成23年3月31日、X1の親権者である母乙がX1の転出を認めていないこと、転出証明書が添付されていないため、転入届を受け付けると二重登録になること、子の引き渡し申立て事件等の法的手続きが係属して紛争中であることを理由として、本件不受理処分をした。

⑥ 平成23年10月19日に甲及び乙間の調停により、X1の親権者が母乙から父甲に変更され、平成23年11月28日に、X1の父甲の戸籍への入籍届けがなされた。しかし、転入届はY(白馬村)担当者が促すも、届け出しなかった。

⑦ Y(白馬村)は、平成24年1月23、職権により転入日を平成22年9月17日とする転入を住民票に記載した。

⑧ その後、X1及び甲は、X1の居住実態が白馬村内の甲宅にあるにもかかわらず、本件転入届を不受理とし、且平成24年1月21日に至るまで、職権によってX1を住民票に記載しなかったのは、住民基本台帳法等に違反したものであるから、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償請求の訴えを提起した。

2.裁判所の判断はどうだったのでしょうか?論点は、未成年一人の住所変更届(転入届)を約1年半(平成22年9月~平成24年1月まで)住民票に記載しなかったことが、国家賠償法上違法となるかどうかという点です。判例の骨子は以下のとおりです。

○判例骨子 ・・・ 未成年一人の住所変更届(転入届)を約1年半(平成22年9月~平成24年1月まで)住民票に記載しなかったことが、国家賠償法上違法となるかどうかについての判断部分

≪ 一審判決 ≫
(1)国家賠償法上の違法の判断基準
 市町村長が客観的に当該市町村内に住所を有する者につき、住所認定をせず、そのことが住民基本台帳法上違法であったとしても、そのことから直ちに国家賠償法第1条1項にいう「違法」があったという評価を受けるものではなく、市町村長が当会社につき一見明瞭に住所要件を満たしているにもかかわらず、敢えてその認定をしなかった場合など、その認定判断が著しく合理性を欠く場合に初めて国家賠償法上の違法の評価を受けるものとするのが相当である。

(2)「住所」の認定要素について
 住民基本台帳法にいう住所とは、各人の生活の本拠をいい(法4条、地方自治法10条1項、民法21条)、その認定に当たっては、客観的な居住の事実を基礎として、これに当該住居者の主観的な居住の医師を総合して決定すべきものとされる(住民基本台帳事務処理要領)。そこで、当該居住者が未成年の場合には、親権者が未成年者の居所指定券を有すること(民法821条)から、親権者の意思が介在することは否定できない(未成年者の住所が親権や居住指定権と無関係であるとする原告の主張は採用しない)。

(本件あてはめ)
① 主観的面からの分析
 本件では、親権者(母乙)は、当初未成年者X1の転出につき明確に反対の意向を示していたことが認められ、その上、未成年者X1は、当時11歳であったことから、それなりの意思や判断力を有していたと考えられるものの、その医師や判断力に未熟な部分があったことは否定できないから、直ちに未成年者X1の意思が親権者である乙の意思に優先するものとみることもできなかったということができる。また、未成年者X1が身を寄せている非親権者の父甲の影響を受けている可能性も十分に考えられるから、Y(白馬村)担当者が未成年者X1の真意を的確に把握するのも困難であったということができる。

②客観的面からの分析
 このように未成年者X1の真意が必ずしも明らかでなく、親権者である母乙が明確に反対の意向を表明している状況下においては、未成年者X1の住所があると判断するためには、単にX1が白馬村内に居住しているとの事実のみでは足りず、その場所が社会通念上生活の本拠であると認められる程度の継続的かつ安定的な居住関係を有するに至ったと認められることが必要であったというべきである。

(継続的かつ安定的な居住関係を有するに至ったと認める基準)
 どの程度の期間にわたって客観的な居住の事実を継続すれば社会通念上の生活の本拠と言えるだけの継続的かつ安定的な居住関係が成立したといえるのかについては明確な基準は存在しない(だから、Y(白馬村)は判断することが困難であった)。
 子の引き渡しの審判で「未成年者X1が父甲の下で生活することが親権者母乙の親権を妨害する」との司法判断が出ていた(平成22年12月27日)ので、近い将来において、未成年者X1の白馬村内での客観的な居住の事実が消滅する可能性が髙くなったことから、X1の白馬村内での過去の居住の事実・住所認定にも影響を及ぼすものであったということができる(将来取り消されて住所でなくなるような住所認定は控えておくこともやむを得ない)。

(3)あてはめの結論
 このような状況下においては、Y(白馬村)がX1の住所が白馬村内にあるとの判断を行うことは必ずしも容易ではなかったということができるから、X1が父甲の下に移り住んでから約1年が経過していたことを考慮しても、一見明瞭にX1の住所が現住所(白馬村村内)にあったということができず、Y(白馬村)においてX1の住所が現住所にあると判断しなかったことが著しく不合理であったまではいうことはできない。 そうすると、Y(白馬村)においてX1の住所が現住所にあると判断しなかったことが、国家賠償法上違法であったということはできないというべきである。

≪ 控訴審判決 ≫
(1)不作為の違法の有無については、原審判決引用
(2)平成24年1月23日までに職権により住民票に記載しなかったことが国家賠償法上の違法となるか否かについて

①(合理的裁量)
 職権で住民票に記載するについて、住民基本台帳法施行令12条1項所定の事実の確認のために、どの程度の期間内にどのような範囲、限度で調査を行うかは、当該事情の下における担当公民の合理的な裁量に委ねられると解される。

②(あてはめ判断)
 本件においては、未成年者X1は親権者母乙の承諾なしに単身家を出て、父甲と同居して生活を始めたものの、X1は当時まだ11歳で判断力も十分とはいえない年少者であったこと、親権者乙がすぐさま甲宅を訪問して連れ戻そうとしたこと、乙からはX1に関する転出及び転入届をする意思がないことを知らされていたこと、子供の引き渡し請求の審判手続きが係属したので、その手続きの推移を見ることにしたことなどの経緯に照らせば、事態の推移を見つつ調査を継続したことが不合理であるとはいえないから、この時期までにY(白馬村)担当者が職権による住民票の記載をしなかったことが違法であるということはできない。
 その余の事情を見ても、Y(白馬村)の担当者において職務上行うべき義務を怠ったということはできないから、国家賠償法1条1項にいう違法はないというべきである。

3.コメント
 裁判所でも、一審判決も控訴審判決も、最終的には、地方公共団体の住所認定・住民票に記載しなかった取り扱いが違法ではないとしていることは妥当だろうと思います。
 未成年者の住所の認定基準等については、何ら法的な規定はありませんので、基本的には、民法22条(生活の本拠)と民法821条(親権者の居所指定権)の趣旨から考えれば、一審判決(長野地裁松本支部)が示すように、「住所の認定に当たっては、客観的な居住の事実を基礎として、これに当該住居者の主観的な居住の医師を総合して決定すべきもの」とされます(住民基本台帳事務処理要領)。
 そこで、当該居住者が未成年の場合には、親権者が未成年者の居所指定権を有すること(民法821条)から、「親権者の意思が介在することは否定できない。」とするのが妥当であろうと考えます。本件のような親権者の反対意思が明確で子供の引き渡し紛争まで手続きが係属しているような場合には、仮に客観的には居住の事実が継続したとしても紛争中の暫定的な事実(不安定な事実)に過ぎないと言えますので、親権者の意思に反してまで、その暫定的な居住事実を基に「住所」として認定をしなければならないわけではないと思われます。

以 上

未成年者の住所について(その①)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 未成年者の住所移転(転入届の不受理)が問題となった判例があります。東京高裁平成26年11月20日判決(長野県白馬村事件―判例地方自治No397-10頁)です。そもそも未成年者の住所はどのように定まるのか、その手続きはどうするのか等を考えてみましょう。

1、未成年者の住所に関する民法の規定から
 民法22条(住所) は「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」と定め、 民法821条(居所の指定)は「子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。」と定めています。

(1) 「住所」とは、生活の本拠地、すなわち人の全面的生活関係の中心となっている場所であり、そこに居住していることを要素としているものです。
 「居所」とは、人が多少の期間継続して居住しているが、土地との密着度が生活の本拠(住所)といえる程度に達していない場所をいいますが、住民票を移した場合には、形式的には「住所」と呼ばれる場合もあります。民法23条1項は「住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。」と規定しているので、居所と住所の区別は相対的なものにすぎません。

(2) 民法821条により、未成年者は、自分の居所・住所は、親権者が決めることになっていますが、なぜでしょうか?
 親権者は、十分な判断能力を持っていない子供に対して、後見の観点から監護・教育する義務があり(民法820条「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」)、その監護・教育の実をあげるためには、子供が親の指定する場所に居所を定め、親の監督の目が届く必要があるからです。 親権者が子の居所を指定する権利を有するということは、子は指定された場所に居所を定めらなければならない義務を負っていることになります。子供は、勝手に自分の居所・住所を定めることはできないのです。
 それでは、子供が15歳くらいになって勝手に、他の家を借りて住み始めた場合のように、子供が親権者の居所指定に従わなかった場合には、どういう法的手段が取れるのでしょうか?・・・裁判を通じての直接強制もできるとの見解もあるのですが、多くの学説は、強制も・制裁も制度がないのでできないとしています。


2、未成年者は一人で住民票を移転できるか?
 このように、子供が15歳くらいになって勝手に、他の家を借りて住み始めた場合のように、子供が親権者の居所指定に従わなかった場合、子供は未成年者ですが、未成年者は一人で住民票を移転できるのでしょうか?
 そもそも、「住民票」とは、市町村長が、住民全体の住民票(個人を単位として作成)を世帯ごとに編成し作成する公簿である、住民基本台帳に編纂されている個人単位の票を言います(住民基本台帳法第6条1項)。 住民基本台帳法における解釈としては、

① 住所の認定基準としては、「住所の認定にあたっては、客観的居住の事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定する。」とされています。

② 「世帯」とは、「居住と生計をともにする社会生活上の単位」であり、「世帯主」は「世帯を構成する者のうちでその世帯を主宰する者、すなわち主として世帯の生計を維持する者であってその世帯を代表する者として社会通念上妥当と認められる者」をいい、世帯主の認定にあたっては、その者が主としてその世帯の生計を維持しているかどうか、及び社会通念上その世帯の代表者と認められるかどうかという客観的基準に当該世帯の構成員の主観をも総合して決定すべきであり、単なる収入の多少によって便宜的に変更するような取扱いは不適当であるとされています(昭42・10・4自治振第150号)。

③ 住民基本台帳は、住民に関する行政の基礎となるものであって、その記録のもととなる届出については、誤りを防止し正確性を確保するため、住民としての地位の変更に関する届出は、住民が市区町村に自ら出向き、書面によって行わなければならない(住民基本台帳法第21条)とされており、その届出義務者は、第一義的には、本人が届出義務者です。未成年者や成年後見人制度における被保佐人及び被補助人も、意思能力を有する限りは本人が届出をすべきであるのが原則です。しかし、住民基本台帳法には届出を行う者についての具体的な年齢制限の記述はなく、一般に、窓口業務で意思能力の有無を判断することは困難であるため、戸籍法、民法などを根拠に15歳未満の未成年者を意思能力なき者として取り扱い、このような者からの届出は受理しない取扱い、例えば、幼児等、単独で届出をするのに必要な能力すなわち意思能力を欠く者であるときは世帯主、親権者、成年後見人、未成年後見人が届出をしなければならないとの取り扱いが適当であるとされています。

④ また、そういう意思能力の有無にかかわらず、世帯主が世帯員に代わって、届出を出すことができる規定になっています(住民基本台帳26条) *住民基本台帳法(世帯主が届出を行う場合)第26条

 1 世帯主は、世帯員に代わって、この法律の規定による届出をすることができる。
 2 世帯員がこの法律の規定による届出をすることができないときは、世帯主が世帯員に代わって、その届出をしなければならない。

 従って、正式な回答としては、未成年者も意思能力を有する限り(15歳以上であれば問題なく)自分一人で、住民票を移転する届出をすることはできる、という結論になります。
 なお、15歳で単独申立てを許容している根拠は、戸籍法107条の2の「名の変更」が15歳以上は未成年者単独で裁判所の許可申立できるとされていることや、民法797条1項の反対解釈で「未成年者養子縁組の代諾は、15歳以上の未成年者の場合には不要」とされていることなどからです。
 (次回に、未成年者の住所移転(転入届の不受理)が問題となった判例を具体的に検討します。)

次回に続く

プロ野球中のファールボールによる観客の負傷事故と市町村の損害賠償責任の有無(二つの異なった判決)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 いよいよ大雨と酷暑の今年の夏も終わりそうですね。甲子園の高校野球も終わり、宮崎でキャンプをしているプロ野球球団のペナントレースも佳境に入ってきているようですね。
 そこで、今回は、野球の話をしてみます。

1.プロ野球観戦中の事故として、次のような二つの事故が起こったことがありました。
 

① X女は平成23年8月21日、札幌ドーム(札幌市所有)で開催された北海道日本 ハムファイターズの野球試合に子供ら三人を連れて1塁側内野席(10列目)で観戦していたが、3回裏の攻撃中のバッターのファールボールが飛来し、X女の顔面に当たり、救急車で病院に搬送されたが、右顔面骨骨折右眼球破裂の傷害を負い、右視力を失った(後遺障害8級) X女は、球団、札幌ドーム管理会社及び札幌市の工作物責任及び不法行為責任(市には営造物責任及び国家賠償責任)を求めて提訴した。


 ② Z男は、仙台市所在の野球場(現楽天スタジアム:以下「本件球場」という。)の 3塁側内野席でプロ野球の試合を観戦中、打者の打ったファールボールに直撃されたことにより右眼眼球破裂等の傷害を負った(後遺障害は視力低下)ことから、本件球場の所有者である仙台市及び同球場を管理・運営していた運営会社が適切にファールボール等から観客を守るネット等の安全装置を設置する義務を怠ったことなどを理由として、仙台市に対しては国家賠償法2条1項に基づき、運営会社に対しては民法717条1項、同709条に基づき、連帯して損害賠償を求めて提訴した。


2.地方公共団体がプロ野球が開催される野球場を所有管理している場合は多くあります。
 宮崎の場合も、毎年2月には5球団のプロ野球チームがキャンプインしており、紅白試合やオープン戦での観客のファールボールでの負傷事故は気になるところです。
 地方公共団体は、野球場の所有者としての営造物責任(国家賠償法2条)が生じる余地があるからです。

3.つい最近といいますか、平成27年3月26日に、札幌地方裁判所で「本件座席付近 (1塁側内野席10列目)で観戦していた観客に対する野球場の安全設備等は、通常有すべき安全性を欠いていた」として、地方公共団体の営造物責任を認めた判決が出ました(札幌地裁判決平成27年3月26日)。①の事例の判決なのですが、野球界は大慌ての対策や控訴審への対応を検討しているようです。
 
 日本ハムファイターズは、この裁判で、次のような安全対策を講じていると主張していました。
 
 (1)観客との間で適用される試合観戦約款には、観客はファールボール等の行方を 常に注視し、自らが損害を被ることのないように十分注意を払わなければならない旨規定しており、入場ゲート内側受付カウンターの横に約款で定められている旨の掲示があり、希望があれば警備担当者等により約款が交付されるようになっていた。
 
 (2)試合観戦チケットの裏面には「注意事項(必ずお読みください)」として、観客 がファールボール等により負傷した場合、応急処置はするが責任は負わないので、ボールの行方を十分注意するように求めている記載がある。
 
 (3)本件事故の当日にも、本件ドーム内の大型ビジョンで、試合開始前に、打球の 行方に注意することを求める内容の静止画を表示した時間があり、更に1回表終了後の攻守交替時には、ファールボールに注意するように求める動画が表示された。
 
 (4)本件事故の当日も、場内アナウンスによって、ライナー性の鋭い打球が飛んで くることがあるので、ボールから目を話さず打球の行方には十分注意するように求める放送をした。

4.しかし、札幌地裁は、「上記(1)ないし (4)の措置は、いずれも観客席にファ-ル ボールが飛来する危険性を観客に周知する措置ではあるが、観客席に飛来することを遮断する安全設備が存在しなかった(約5mの防球ネットを平成8年に撤去していた)ことを踏まえると、これらの措置では、観客の安全性を確保するのに十分であるとは言えず、具体的な回避方法(即座に上半身を伏せる等)までを意識付けさせる必要があったが、その点の周知が果たされていたとは言えない。」として、営造物責任を認めたのです。

5.しかし、同様に事例で全く異なった判断をしている判例もあります。②の事例での仙 台地裁判決平成23年2月24日です。
 この裁判では、被害者の原告側は「チケット裏面の注意文言の記載や、注意喚起を促す看板の設置、電光掲示板の画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動などの各措置は、抽象的にファールボールが観客席に飛んでくる危険性を告げ、ボールの行方に注意を促す程度のものにすぎず、観客に具体的な危険を告知するものではないことに加え、そもそも、観客がアナウンスや警笛などを聞いてから回避行動に出ても間に合うような危険であればともかく、そうではない危険については、バックネットや内野席フェンス等の安全設備によって本来的に回避されなければならない。したがって、チケット裏面の注意文言の記載や、注意喚起を促す看板、電光掲示板の画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動などの各措置が講じられていることを加味しても、本件球場が通常有すべき安全性を備えているとはいえない。」と主張していました。
 それに対して、裁判所(仙台地裁)は「対策の合理性について検討するに、試合競技続行中(イン・プレー)の状態では1つのボールしか使用されないのであるから、観客としては投球動作に入るごとにボールの行方に注意を向ければファールボールによる危険は回避し得るのが通常であり、また、観客は、上記(ア)ないし(エ)の対策(★札幌ドームの対策(1)~(4)とほぼ同一内容)によって、視覚及び聴覚によってファールボールの危険性を試合前及び試合中を通じて認識できるのであるから、上記(ア)ないし(エ)の対策は、本件球場における内野席フェンスによる安全対策を補うものとして有用で合理的な措置ということができる。さらに、プロ野球においては観客にとっての臨場感を確保するという要請も考慮する必要があるところ、本件球場では、バックネットや内野席フェンスにおいて、できる限り細いフェンスやネットを使用していたにもかかわらず、本件球場が開設された平成17年の4月から7月までの間に、内野席を中心として1日数件程度、視線障害についての苦情があり、また、同年のシーズンオフの年間購入席の契約更新時においても、視線障害を理由とした解約が14件、購入席の移動が39件あるなど、ネガティブな反響があったこと(乙A16)からすれば、これ以上、観客の安全性の確保を目的として、内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは、かえってプロ野球観戦の本質的要素である臨場感を損なうことにもなりかねない。以上の検討を総合的に勘案すると、本件球場において、内野席フェンスの構造、内容(本件事故を防ぐには、10cmあげればよい程度だった)は、本件球場で採られている安全対策と相まって、観客の安全性を確保するために相応の合理性があるといえるから、本件球場における内野席フェンスは、プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えているものと評価すべきである。」として、仙台市の営造物責任は認めませんでした(仙台高裁も同旨)。


6.両判決の違い
 両判決の違いは、仙台地裁事例が、一応内野席の防球フェンス・ネットがあったのに対して、札幌地裁事例は、内野席防球ネットがかつてあった状況から、はずされていた状況になっていたという点のみにあるように思われます。 各地方公共団体は野球場を管理している場合、その防球ネットの存否を再度確認しておくことが必要でしょう。

以上

空き家・廃屋の処理と法律の制定

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 前回の論考(空き家・廃屋の処理と条例制定、平成26年8月起稿)で「国会への対策法案(自民党議員法案:空き家を自主撤去した場合に土地の固定資産税を軽減することとして自主撤去を促す法案)の提出の動きもある」という形で指摘しておりましたが、平成26年11月19日、空き家等対策に関する特別措置法(以下「空き家対策法」といいます)が成立し、同月27日公布されました。施行は公布から3カ月以内になされる予定(立入調査等については、公布の日から6カ月以内に政令で定める日から施行)となっていましたので、平成27年5年26月に全面施行されました。
 この法律の目的は、適切な管理が行われていない空き家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民の生命、身体又は財産を保護するとともに、その生活環境の保全を図り、あわせて空き家等の活用を促進しようとするものです。
 この法律の概要を示しておきます。

1.市町村長の権限
法律は、市町村の権限として次のような規定を定めています。

(1)立入調査権(9条)

ア 町村長は、当該市町村の区域内にある空き家等の所在及び当該空き家等の所有者等を把握するための調査その他空き家等に関しこの法律の施行のために必要な調査を行うことができる。

イ 市町村長は、第14条第1項から第3項までの規定の施行に必要な限度において、当該職員又はその委任した者に、空き家等と認められる場所に立ち入って調査をさせることができる。

ウ 市町村長は、前項の規定により当該職員又はその委任した者を空き家等と認められる場所に立ち入らせようとするときは、その5日前までに、当該空き家等の所有者等にその旨を通知しなければならない。ただし、当該所有者等に対し通知することが困難であるときは、この限りでない。

エ 第2項の規定により空き家等と認められる場所に立ち入ろうとする者は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があったときは、これを提示しなければならない。

オ 第3項の規定による立入調査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

(2)家情報の利用権(10条)
ア 市町村長は、固定資産税の課税その他の事務のために利用する目的で保有する情報であって氏名その他の空き家等の所有者等に関するものについては、この法律の施行のために必要な限度において、その保有に当たって特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。

イ 都知事は、固定資産税の課税その他の事務で市町村が処理するものとされているもののうち特別区の存する区域においては都が処理するものとされているもののために利用する目的で都が保有する情報であって、特別区の区域内にある空き家等の所有者等に関するものについて、当該特別区の区長から提供を求められたときは、この法律の施行のために必要な限度において、速やかに当該情報の提供を行うものとする。

ウ 前項に定めるもののほか、市町村長は、この法律の施行のために必要があるときは、関係する地方公共団体の長その他の者に対して、空き家等の所有者等の把握に関し必要な情報の提供を求めることができる。

(3) 空き家の除却等(14条)
ア 市町村長は、特定空き家等の所有者等に対し、当該特定空き家等に関し、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置(そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態にない特定空き家等については、建築物の除却を除く。次項において同じ。)をとるよう助言又は指導をすることができる。

イ 市町村長は、前項の規定による助言又は指導をした場合において、なお当該特定空き家等の状態が改善されないと認めるときは、当該助言又は指導を受けた者に対し、相当の猶予期限を付けて、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置をとることを勧告することができる。

ウ 市町村長は、前項の規定による勧告を受けた者が正当な理由がなくてその勧告に係る措置をとらなかった場合において、特に必要があると認めるときは、その者に対し、相当の猶予期限を付けて、その勧告に係る措置をとることを命ずることができる。

エ 市町村長は、前項の措置を命じようとする場合においては、あらかじめ、その措置を命じようとする者に対し、その命じようとする措置及びその事由並びに意見書の提出先及び提出期限を記載した通知書を交付して、その措置を命じようとする者又はその代理人に意見書及び自己に有利な証拠を提出する機会を与えなければならない。

オ 前項の通知書の交付を受けた者は、その交付を受けた日から5日以内に、市町村長に対し、意見書の提出に代えて公開による意見の聴取を行うことを請求することができる。

カ 市町村長は、前項の規定による意見の聴取の請求があった場合においては、第3項の措置を命じようとする者又はその代理人の出頭を求めて、公開による意見の聴取を行わなければならない。

キ 市町村長は、前項の規定による意見の聴取を行う場合においては、第3項の規定によって命じようとする措置並びに意見の聴取の期日及び場所を、期日の3日前までに、前項に規定する者に通知するとともに、これを公告しなければならない。

ク 第6項に規定する者は、意見の聴取に際して、証人を出席させ、かつ、自己に有利な証拠を提出することができる。

ケ 市町村長は、第3項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、履行しても十分でないとき又は履行しても同項の期限までに完了する見込みがないときは、行政代執行法(昭和23年法律第43号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。

コ 第3項の規定により必要な措置を命じようとする場合において、過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができないとき(過失がなくて第1項の助言若しくは指導又は第2項の勧告が行われるべき者を確知することができないため第3項に定める手続により命令を行うことができないときを含む)は、市町村長は、その者の負担において、その措置を自ら行い、又はその命じた者若しくは委任した者に行わせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置を行うべき旨及びその期限までにその措置を行わないときは、市町村長又はその命じた者若しくは委任した者がその措置を行うべき旨をあらかじめ公告しなければならない。

サ 市町村長は、第3項の規定による命令をした場合においては、標識の設置その他国土交通省令・総務省令で定める方法により、その旨を公示しなければならない。

シ 前項の標識は、第3項の規定による命令に係る特定空き家等に設置することができる。この場合においては、当該特定空き家等の所有者等は、当該標識の設置を拒み、又は妨げてはならない。

ス 第3項の規定による命令については、行政手続法(平成5年法律第88号)第3章(第12条及び第14条を除く)の規定は適用しない。

セ 国土交通大臣及び総務大臣は、特定空き家等に対する措置に関し、その適切な実施を図るために必要な指針を定めることができる。

ソ 前各項に定めるもののほか、特定空き家等に対する措置に関し必要な事項は、国土交通省令・総務省令で定める。

2、国等の権限
財政上及び税制上の施策(15条)
ア 国及び都道府県は、市町村が行う空き家等対策計画に基づく空き家等に関する対策の適切かつ円滑な実施に資するため、空き家等に関する対策の実施に要する費用に対する補助、地方交付税制度の拡充その他の必要な財政上の措置を講ずるものとする。

イ 国及び地方公共団体は、前項に定めるもののほか、市町村が行う空き家等対策計画に基づく空き家等に関する対策の適切かつ円滑な実施に資するため、必要な税制上の措置その他の措置を講ずるものとする。

 このように、従来、地方自治法第2条2項で「普通地方公共団体は地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされているものを処理する。」としておりますが、市町村が私権(個人の所有権)を制限する際には当然に法令に根拠が必要であったにも関わらず、空き地や空き家・廃屋の不良状態について一般的に規制する法律や政令はなかったので、そもそも条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいのかが問題となる。とされていました。この点につき、今回「空き家対策法」を制定したことにより、国が一般的に規制する法律を作ったことになりますので、条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいということ以上に、市町村に直接その権限が法律により付与されたことになります。市町村長において「行政代執行法(昭和23年法律第43号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。」と明記されたことから、今後、危険な廃屋対策をは積極的に進めていく手段も得られたことになります。

以上

公園管理委託契約の継続の権利性

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(質問)
 A社は、20年前にビルを立てた際に、隣地に簡易な緑の公園を設置することとして、隣地所有者Xから20年間の土地賃貸借契約(期間満了時の20年間自動更新規定あり)を締結すると同時に、A社が設置する緑の公園の管理委託契約もXとの間で契約して、公園管理をXが20年間管理してきた。その後、20年経過前の平成24年3月頃にXとの間で土地賃貸借契約を更新したが(この時に、Xが10年分の賃料前払いを請求したがA社は5年分しか前払いできないとして5年分の賃料前払をしてしまった。)、平成24年7月18日にXが死亡したことから、その相続人(長男Y・公務員)から公園管理委託契約の継続の要請がなされたが、A社は、「Yが公務員をしている以上は、契約解除条項の公園管理業務の遂行が困難な場合にあたるので、管理契約を解消したい。経費削減のために公園設備は撤去してもよいと考えているし、撤去しない場合は公園をA社従業員で管理する方法を検討している。」との意向を伝えたら、Yは弁護士を立てて公園管理契約の維持のためにA社と交渉をしたいと言ってきている。
 A社はどのように対応したらいいか。 (参考:なお、借用土地については、X死亡直前の平成24年6月に生前贈与でX名義から長男Y名義に変更されている。但し、Xの相続人としては次男Zもいるが、行方不明の状態である。)  


(回答)
 本件事例は、「A社」を「A地方公共団体」と置き換えても同じ問題になりますので、Aの立場からも、Yの立場からも、地方自治体の職員の方に参考になると思います。

① まず、管理契約の問題から検討すると、管理契約は公園の管理事務を委託するものであるので、法的には民法656条の準委任契約であり、委任の規定である民法653条(受任者の死亡による契約終了)の準用があります。従って、管理契約は、民法653条により平成24年7月18日のX氏の死亡時点で終了していることになりますので、A社としては、管理契約の継続とか相続とかは全く関係がないことになります。仮に、Xの相続人長男Yと話合いをするとすれば、A社として新しい管理人を選ぶ必要があるかどうかを検討して、自社の職員で管理できるのであれば、経費削減の折から、Yと新しい管理契約をする必要は全くないので、相続人Yの要求は完全に拒否することができます。
 なお、X相続人Yは公務員であり、管理業務は勤務時間と競合するので公務員法による兼業禁止(国家公務員法第103条、104条、地方公務員法38条)に違反するので違法な契約をすることはA会社としてはできないとの説明も可能だろうと思います。

② 次に、管理契約を締結しない場合には、土地所有者長男Yとの間で、土地賃貸借契約が解消されないかの不安が生じます。長男Yが「公園管理料がもらえないなら、土地は貸さないことにする!」と感情的対応をしてくる可能性が高いからです。その場合でも、A会社として土地の利用(緑の庭園設置)が不要であれば、恐れることはありません。解除されて公園状態から更地状態にする撤去費用だけ覚悟してもらえば問題はありません。
 しかし、その場合でも、平成24年3月時点の「契約更新」について有利な検討をしておく必要があります。

ⅰ: 本件は期限前に当事者が話し合っているので、賃貸借契約に定める自動更新(期間20年)ではない。

ⅱ: 双方の合意更新であるとすれば、その場で更新後の期間の設定や契約条件を決めることが可能なので、実際に賃料の5年分の前払いの話がしてあるのは合意更新の証左であるので、
 まず、ア:期間が5年として定めた土地賃貸借契約になるので、5年間は土地は使用しますと主張できます。
 更に、イ:期間が特に定めないものとしたとも主張できるでしょう。この場合には、民法規定により1年の予告期間でいつでも契約解消できますので、契約解消をして、前払いの賃料の返還を求めることもできるでしょう。

 この理論構成で、相手の出方次第で一番有利な主張をしていくことになります。
 なお、土地賃貸契約を5年以内に解消する場合には、前払い分は返還請求できるのですが、これも相続により相続人YとZ2人の分割債務になるとされていますので、長男Yに対しては半額しか返還請求できない(行方不明のZからは回収困難)ことに留意しておく必要があります。Xが金員を返還しない可能性が高い場合には、賃貸借期間5年を主張するほうが得策かもしれません。

以上

心肺停止報道と死亡認定の有無

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(質問)
 先月(5月)末に、鹿児島の口永良部島の新岳の噴火が起こりましたが、死亡被害等が無くて良かったと思います。島民の皆様の一日も早い帰島をお祈り申し上げます。
 さて、災害発生時のマスコミ等の被害の報道では、「心肺停止者○○名の模様」とか「心肺停止者○名を新たに発見」との表現が取られていたのですが、「心肺停止」と「死亡」は違うのですか。死亡者として報道しないのはなぜですか。

(説明)
1.まず、死亡の定義については争いがあり、明確な定義が確立されているとは言えませんが、従来は「死とは、呼吸が停止し、心臓の鼓動が停止し、瞳孔が開くという肉体的変化があった場合(三徴候説)」が一般的な定義とされていましたが、「臓器移植」が認められる前提として「脳死」という概念が出てきたことから、死の判定をめぐっては様々な議論がなされてきております。

2.死亡の定義に基づき、「死亡」ということになりますと、死亡による法律効果が生じるようになっています。法律的にはさまざまな法律手続きなどがスタートすることになります。
 例えば、①遺産相続は死亡と同時に自動的にスタートします。仮に、医師が確認して死亡宣告をしなくても「心肺停止」=「死亡」であるとした場合には、心臓の手術などで人工心肺を使用して心臓と肺の機能を一時的に停止させることはよくある手術方法なのですが、この場合にも心肺停止状態になりますから、この時点で手術中の人は自動的に法的に死亡したことになってしまい、相続が開始するため、その人の財産はすべて子供や配偶者などの相続人のものとなり、無一文になってしまうという不合理な結果が起こることになります。また、②健康保険により治療代の一部を国が負担してくれる仕組みになっていますが、健康保険は死亡により自動的に停止する取り扱いですので、心肺停止状態を=死亡とすると、この人は健康保険のない状態になってしまい、それ以後の治療はすべて健康保険外の治療になってしまいます。また、③死亡により戸籍が抹消されるので戸籍もなくなりますし、選挙権も被選挙権もなくなってしまいます。

3.最も問題となるのが、心肺停止状態でも回復する可能性があるということです。医師が確認して死亡宣告をしなくても「心肺停止」=「死亡」であるとしてしまうと、事故などで心肺停止状態になると死亡したことになりますから、相続によりこの人の財産は相続人の財産となってこの人の財産は残っていないことになります。健康保険も停止します。心肺停止以後に行った人工呼吸や心臓マッサージは保険外の扱いになりますし、この人は心肺停止状態から蘇生して生き返っても、既に死亡して財産がゼロになっているので、その医療費も支払うことができません。結局、心肺停止状態になったら、蘇生の可能性があっても蘇生措置は行わないという方向になっていくのではないかと思われます。 従って、「心肺停止」は、単に心臓の鼓動や呼吸が停止している客観的状態を意味するもので、死亡とは限らない場合指しますが、「死亡」は、「法律的に認定された」「人の死」を意味するものであり、両者は同じではないとされています。 すなわち、「死亡」というのは、ただ単に「人が死んだ」というだけでなく、法律上の様々な手続きがスタートする要件の一つであるため、医師の宣告という手続きを法律(戸籍法第86条・医師法第19条)によって定めているものであります。

4.人の「死亡」の認定は、法律上医師によって認定される必要があります。その根拠は、次のような解釈によるものです。
(1) まず、戸籍法第86条では、「1 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知った日から3箇月以内)に、これをしなければならない。2 届書には、次の事項を記載し、診断書又は検案書を添附しなければならない。一 死亡の年月日時分及び場所 二 その他法務省令で定める事項  3 やむを得ない事由によって診断書又は検案書を得ることができないときは、死亡の事実を証すべき書面を以てこれに代えることができる。この場合には、この場合には、届書に診断書又は検案書を得ることができない事由を記載しなければならない」と定めてあります。

(2) 次に、医師法第19条では、「1 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。 2  診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会った医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。」定めてあります。

(3) この二つの条文から、 ①死亡を前提とした法律行為を行うには、死亡の事実を公的に証明しなければならない。 ②公的な証明を得る為には、戸籍を用いることができ且つ一般的である。 ③戸籍に死亡の記載をするためには、原則的に医師又は歯科医師による診断又は死体検案が必要となる。 ④医師又は歯科医師のみが死亡診断ができ、医師又は歯科医師は死亡診断書や検案書の交付を拒むことはできないことから、つまり、死亡の事実を確認する(できる)のは、医師(又は歯科医師)のみということになる。 という解釈をすることになりますので、人の「死亡」の認定は、法律上医師(又は歯科医師)によって認定される必要があるという結論になります。

以上

選挙権がある人、ない人(その1)~成年を何歳にするかの論争を含めて~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 今年4月は、統一地方選挙の時期です。地方公務員の皆さんは、選挙公示、投票・開票手続等の準備や立会で忙殺されることでしょけど、頑張ってください。
 そこで、今回は、選挙の話にしてみました。

1.普通選挙の選挙権
 憲法13条3項は「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」と規定し、民法4条は「年齢20歳をもって成年とする。」とあり、公職選挙法9条1項は「日本国民で年齢満20年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。」と定められていましたので、今までは、20歳以上の成人に選挙権が与えられていました。
 それに対して、憲法改正手続きの整備として2007年(平成19年)に公布された国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)第3条 で「 日本国民で年齢満十八年以上の者は、国民投票の投票権を有する。」と定めてしまいました。
 但し、投票権は18歳以上の者と規定されているものの、公職選挙法上の選挙権が改正されるまでは20歳以上の者しか投票できないこととなっています(附則3:国は、この法律の施行後速やかに、年齢満十八年以上満二十年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、国民投票の投票権を有する者の年齢と選挙権を有する者の年齢との均衡等を勘案し、公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする)。
 平成26年11月自民党・公明、民主、維新、次世代、みんな、生活の与野党7党は、選挙権を18歳以上とする公職選挙法改正案の国会提出を合意し、平成27年3月までに成立する予定になりました。


2.二種類の「成年」
 しかし、今回の公職選挙法改正(18歳以上選挙権付与)案には、民法改正(成年を18歳以上とすること)は伴っていません。この状態であると、成人者による選挙は18歳以上の者で行い、民法上の成年者は20歳以上の者ということになり、「成年」の定義として二種類が生じてしまう結果になります。
 この点については、仮に選挙権年齢を18歳以上に引き下げるならば、成年年齢も18歳以上に引き下げることが必要となるか否かに関する議論がありました。
 まず、政府は、選挙権年齢は主権者として代表者を適切に選挙できる公法上の年齢であるが、成年年齢は自分だけで適切に契約もできる私法上の年齢であり、両者は必ずしも一致しない旨を繰り返し述べています(法制審見解)。法制審議会民法成年年齢部会の中間報告書でも、全会一致の意見として、選挙権年齢と成年年齢は必ずしも一致しないと述べられています。
 これらの見解によれば、成年年齢は独自の基準で定まっているので、18歳以上に引き下げなくてよいことになります。 また、「選挙権を成年年齢に満たない若者に付与する場合、成年年齢は18歳以上に引き下げなくてよい。」とする論拠となり得る意見は他にもあります。
 日本弁護士連合会は、「「憲法15条3項」の成年者と「民法4条」の成年者とが一致するとしても、憲法は「成年者による普通選挙を保障」しており、これを「少なくとも成年者すべてによる普通選挙を保障」していると解釈すれば、成年年齢に満たない若者に選挙権を付与することを容認している」との意見を出していますし、佐藤 功 上智大学名誉教授、中村 睦男 北海道大学名誉教授、及び尾吹 善人 千葉大学名誉教授も、普通選挙の理念から、成年年齢に満たない若者に選挙権を付与することも可能であると述べています。
 このことから、私法上の成年は「20歳以上」、選挙権等の交付上の成年は「18歳以上」とする「二種類の成年制度」が我が国に成立することになりそうです。


3.選挙権が制限されている人についての法的問題点
 次に、公職選挙法第11条は、選挙権を有しない者を列挙して規定しています。
 平成25年5月までは、以下のような内容になっていました。

(選挙権及び被選挙権を有しない者) 
第11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一  成年被後見人
 二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
 三 (略)



 (1)一号の「成年被後見人」について
 成年被後見人とは、後見開始の審判を受けた者(民法8条)で、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況になる者」を指します(民法7条)。それ以前の「禁治産者」に置き換えられたものです。
 しかし、成年被後見人と言えども、税金を納め、経済的活動をし、生活をしてきている国民であり、選挙をする意思能力が備わっていないわけではありません。

ⅰ>これについては、まず裁判所が動きました。

 ○東京地裁平成25年3月14日判決・判例時報2178号―3頁

 「選挙権は、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであることから、憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障している。
 以上の憲法の趣旨にかんがみれば、自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記の「やむを得ない事由」があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するというべきである。」
 「法は、成年被後見人を、事理を弁識する能力を欠く者として位置付けてはおらず、むしろ、事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することがある者として制度を設けている。
 すなわち、成年後見制度について規定している民法は、成年被後見人となり得る者として「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条参照)と規定しているところ、「常況にある」とは、多くの時間はその状況にあるものの、そこから離脱することがある場合を意味するものであり、したがって「事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とは、事理を弁識する能力を欠く状態から離脱して、事理を弁識する能力を回復した状況になることがある者をも含むものである。
 そして、民法は、成年被後見人に該当する者も自ら後見開始の審判の申立てができるものとし(7条)、成年被後見人が行った法律行為は取り消されるまでは有効とし(9条本文)、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、成年被後見人自ら完全に有効な行為として行うことができ後見人といえども取り消せないものとしている(9条ただし書)。さらに、成年被後見人とされた者が行う身分行為についても、民法は、自ら有効に婚姻(738条)や協議離婚(764条)、そして認知(780条)をすることができるものとし、さらに、遺言についても、遺言をする際に、遺言するに足る能力さえあれば有効にこれを行うことができるとし、後見人といえどもこれを取り消すことはできないものとしている(962条、963条)。
 一般に、事理を弁識する能力を欠き意思無能力の状態で行った法律行為は無効とされることに照らせば、民法のこのような規定は、成年被後見者が事理を弁識する能力を欠く状態から離脱して事理を弁識する能力を回復することを想定して、様々な行為について有効に法律行為等を行えるとしたものであり、民法が、成年被後見人を「事理を弁識する能力を欠く者」とは異なる能力を有する存在であると位置付けていることは明らかである。
 そして、そもそも憲法は、主権者たる国民には能力や精神的肉体的状況等に様々な相違があることを当然の前提とした上で、原則として成年に達した国民全てに選挙権を保障し、それらの国民に自己統治をさせることで我が国の議会制民主主義の適正な遂行を確保しようとしたものであると解されるから、そのような我が国の憲法が、上記のように事理を弁識する能力を一時的にせよ回復し、一定の財産上あるいは身分上の法律行為についてその法律行為の意味や効果について理解して判断するだけの意思能力があるとされる成年被後見人について、自己統治をする主体である国民として選挙権を行使するに足る能力を欠くと宣明することはおよそ考え難い。
 そうすると、事理を弁識する能力が一時的にせよ回復することが想定される存在である成年被後見人について、そのような能力が回復した場合にも選挙権の行使を認めないとすることは、憲法の意図するところではないというべきである。
 また、成年後見制度は、精神上の障害により法律行為における意思決定が困難な者についてその能力を補うことによりその者の財産等の権利を擁護するための制度であると解されており、成年被後見人が、たとえば悪徳業者の甘言により重要な財産の売買契約をしてしまった場合に一方的に取り消せるなど、成年被後見人が法律行為をすることによって不利益を被ることがないようにし、また、後見人が、成年被後見人に代わって、その所有に係る財産等を適切に管理し処分する契約を行うことなどにより、成年被後見人が適正な利益を享受することができるように設けられた制度である。したがって、『事理を弁識する能力を欠く常況にある』として家庭裁判所が行う後見開始の審判(民法7条参照)も、自ずからそのような制度の目的に沿った審理判断がされることになるのであって、およそ家庭裁判所が、後見開始の審判をする際に、選挙権を行使するに相応しい判断能力を有するか否かという見地から審理をして後見開始の是非について判断するということは予定されていない。」
 「そもそも後見開始の審判を受け、成年被後見人になった者であっても、我が国の「国民」であることは当然のことである。憲法が、我が国民の選挙権を、国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹として位置付け、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として国民の固有の権利として保障しているのは、自らが自らを統治するという民主主義の根本理念を実現するために、様々な境遇にある国民が、高邁な政治理念に基づくことはなくとも、自らを統治する主権者として、この国がどんなふうになったらいいか、あるいはどんな施策がされたら自分たちは幸せかなどについての意見を持ち、それを選挙権行使を通じて国政に届けることこそが、議会制民主主義の根幹であり生命線であるからにほかならない。
 我が国の国民には、望まざるにも関わらず障害を持って生まれた者、不慮の事故や病によって障害を持つに至った者、老化という自然的な生理現象に伴って判断能力が低下している者など様々なハンディキャップを負う者が多数存在する。そのような国民も、本来、我が国の主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもないことであって、そのような国民から選挙権を奪うのは、まさに自己統治を行うべき民主主義国家におけるプレイヤーとして不適格であるとして、主権者たる地位を事実上剥奪することにほかならないのである。したがって、そのようなことが憲法上許されるのは、それをすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上不能ないし著しく困難であると認められる「やむを得ない事由」があるという極めて例外的な場合に限られると解すべきことは、国民主権や議会制民主主義の理念を標榜する我が憲法の解釈としてけだし当然のことであって、そのような『やむを得ない事由』がない限り、様々なハンディキャップを負った者の意見が、選挙権の行使を通じて国政に届けられることが憲法の要請するところである。」
 「成年被後見人に選挙権を付与することによって、選挙の公正を確保することが事実上不能ないし著しく困難である事態が生じると認めるべき証拠はない上、選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するという目的達成のためには、制度趣旨が異なる他の制度を借用せずに端的にそのような規定を設けて運用することも可能であると解されるから、選挙権を行使するに足る能力を欠く者を選挙から排除するために成年後見制度を借用し、主権者たる国民である成年被後見人から選挙権を一律に剥奪する規定を設けることをおよそ『やむを得ない』として許容することはできないといわざるを得ない。」



ⅱ>この判決を受けて、政府は、一旦は控訴しましたが、同時に、判決に沿う形での公職選挙法改正案を国会で審議し平成25年5月23日に下記改正法律を公布して、控訴を取り下げました。

○成年被後見人の選挙権回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律要綱(抜粋)
一 公職選挙法の一部改正(第 1 条関係)
 1 成年被後見人に係る選挙権及び被選挙権の欠格条項の削除
   成年被後見人は選挙権及び被選挙権を有しないものとする規定を削除すること。(公職選挙法第 11 条第 1 項第 1 号関係)

○公職選挙法第 11 条
 (選挙権及び被選挙権を有しない者)
第11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一  削除
 二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
 三 (略)
 四  公職にある間に犯した刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百九十七条 から第百九十七条の四 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律 (平成十二年法律第百三十号)第一条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者
 五  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者


 一号は削除されて立法的に解決されましたが、同じ条文の二号の「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」は選挙権を奪われたままでいいのでしょうか。次回検討しましょう。

選挙権がある人、ない人(その2)~刑務所内の受刑者について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 統一地方選挙も終わりましたね。無投票選挙の自治体もあったようですが、それは政治の安定さを示すものか、政治の衰退を示すものか、どちらなのでしょう。ともかく、法律は、選挙権を国民・市民の根幹的な権利として保障しようという立場に立っていますので、今回も、前回に引き続いて選挙権の話をします。

(2)公職選挙法第11条(選挙権及び被選挙権を有しない者)二号の「受刑者」について
 前回に説明した東京地裁判決(被後見人にも選挙権を認めた判決)のように、「選挙権は、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものである」「国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることが「やむを得ない」と認められる事由がなければならない」との位置付けがなされると、公職選挙法第11条二号の制約事由である「受刑者」についても疑問が生じます。 二号の「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」とは、「刑務所に服役している間の受刑者」を示すことになりますが、四号や五号が、公務員犯罪や選挙違反犯罪の者に限定されているのに比べ、無限定な犯罪全般の服役者には選挙権一切を認めていないという規定になります。


ⅰ>これも、裁判上は違憲であるという結論が高裁段階まで示されていますが、最高裁判例はありません。
 ○大阪高裁平成25年9月27日判決・判例時報2234号29頁
<公職選挙法11条1項2号(受刑者選挙権なし)は憲法違反!>

 「自ら選挙の公正を害する行為をした者、すなわち、選挙違反の罪を犯した者に限って一定の範囲で選挙権の制限を認めるほかは、〈1〉選挙権それ自体を制限する場合及び〈2〉選挙権の行使を制限する場合の双方について、いずれも「やむを得ない事由」の存在を要求する趣旨と解すべきである。」
「日本国憲法の改正手続に関する法律(平成19年5月18日法律第51号)は、憲法改正に関する国民投票について、3条で「日本国民で年齢満18年以上の者」に投票権を認めており、受刑者であることは欠格事由としていない。そうすると、受刑者は、憲法改正の国民投票の際には収容中の刑事施設内において投票権を行使できることとなる。
 また、公職選挙法48条の2第1項3号は、選挙の当日に刑事施設、労役場、留置場、少年院若しくは婦人補導院(以下「刑事施設等」という。)に収容されていると見込まれる投票人について期日前投票を行わせることができると定め、公職選挙法施行令50条は、上記不在者投票の方法に関する規定である同法49条1項の制度を利用して刑事施設等において投票をする場合の投票用紙及び投票用封筒の交付の請求方法等について具体的に定めている。これは、未決収容中の者については公職選挙法11条1項2号の適用がないことから、これらの被収容者の刑事施設等における選挙権行使の方法について規定したものであると解されるが、そうすると、現に刑事施設等に収容されている者であっても、不在者投票と同様の方法によって選挙権を行使することは可能であるということになる。
 受刑者の収容期間には無期懲役から禁錮15日までさまざまなケースがあり得るのであり、さらに、未決勾留日数の算入状況によっては非常に短期となる場合もありうる。これに対し、未決収容中の者には1年以上収容される者もいることからすれば、未決収容者よりも受刑者の収容期間が長いとすることはできず、選挙権の行使をさせる上での技術的問題について未決収容者と受刑者の間に有意な差があるとは認め難い。
 以上のとおり、未決収容者が現に不在者投票を行っており、また、憲法改正の国民投票については受刑者にも投票権があるとされていることからすれば、受刑者について不在者投票等の方法により選挙権を行使させることが技術的に困難であるということはできず、この点が選挙権を制限すべきやむを得ない事由に該当するということはできない。」
  「受刑者を刑事施設に収容するのは、犯した罪に対する応報として自由を剥奪するとの趣旨と、矯正処遇により改善更生を促し、再犯を防止するという目的に基づくものと考えられる。しかしながら、犯罪を犯して実刑に処せられたということにより、一律に公民権をも剥奪されなければならないとする合理的根拠はなく、平成17年最判が選挙権制限の例外を選挙犯罪の場合に限定した趣旨に照らしても、受刑者であることそれ自体により選挙権を制限することは許されないというべきである。公職選挙法11条1項2号が受刑者の選挙権を一律に制限していることについてやむを得ない事由があるということはできず、同号は、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない。」



ⅱ> この点についての法改正はなされていませんので、今回の統一地方選挙においても、「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」に該当する受刑者は投票できていないままでした。

4.選挙権の価値について
 選挙権の有無の問題を検討してきましたが、選挙権については選挙権の価値(一票の価値の平等)も裁判上問題となって居ます。国政選挙が終わる度に、弁護士から全国の高等裁判所に選挙無効訴訟が提起されるのをニュース等で見ることも多いと思います。判例は、選挙権の価値の平等を侵害する「違憲状態」「違憲(但し、無効ではない。)」としておりますが、最高裁は「選挙無効」は出しておりません(但し、広島高裁が違憲無効判決を出した例はあります)。選挙の意義を我々一人ひとりが考えていく必要があるように思います。  

以上

暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢について感じること(その1)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


1.今回は、国による暴力団等の規制への個人的な感想を書き留めておきたいと思います。
 暴力団等への国による規制としては、暴力団員の刑事犯罪を検挙して刑事裁判で通常より情状として重く処罰するという司法手続き対応が長年続いてきていますが、国の警察庁の努力により平成4年に暴対法(正式には「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定され、刑事犯罪に至らなくても、暴力団の「不当な行為」の禁止と措置に関する行政命令と罰則を設けて、ようやく国が暴力団規制に本腰を入れてきたという流れになってきています。

 他方、弁護士会の民暴委員弁護士は、民事上の暴力団追及ということで、平成4年当時の暴対法で定めてもらえなかった「組長の使用者責任」(※①)を民事裁判手続きで追及してきました。
 暴力団抗争で市民が流れ弾に当たったり、間違えて射撃されたりした場合、又は暴力団員の下っ端の暴行脅迫で市民が被害を受けた場合に、実際の下っ端の暴力団員への損害賠償ではお金を持っていない連中ですから意味がなく、組員を使用していた組長がお金を持っているわけですから、その暴力団の組長に対して損害賠償請求をする必要があり、その理論的構築が求められていました。その結果、会社の社長と同様に民法715条の使用者責任として損害賠償責任を負うとする法律上の理論(暴力団組長責任論)の構築を目指して、全国各地で民事訴訟を起こしてきました。

 この理論は、最判平成16年11月12日で肯定されましたが、この原審の大阪高裁の認容判決が出て最高裁でも認容判決が出るだろうという状況になってから、警察庁は平成16年4月に最高裁判決が出る前に、暴対法改正して抗争事案での使用者責任規定を定めました。
 この最高裁判決では、「階層的に構成されている暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している」とされたので、抗争事案だけでなく、みかじめ料(※②)など金品強要の資金獲得活動の場合でも組長の使用者責任を問えることも認めています。
 この点で、暴対法での暴力団組長使用者責任規定は、なぜもっと早く網羅的に法制化してくれなかったのか、若干、国の立法姿勢に不満が残りました。

 (※①)民法715条1項は、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」としている(使用者責任)。 そこで、暴力団の構成員が行った犯罪行為について、使用者責任の規定を利用して、階層的に構成される暴力団の上位者である組長等に損害賠償責任を負わせることができないかが問題となる。この点につき、暴力団という組織体の特殊性から,①公序良俗に反する違法な活動であっても民法715条の「事業」に含まれるか、②暴力団構成員のいかなる行為が暴力団組長の事業と関連性を有するのか,③暴力団の構成員とその上位者との間の指揮監督関係をどのような場合に認めるのか。上位者が構成員の所属していた下部組織の組長ではなく、その上部組織の組長であった場合にも指揮監督関係を認めてよいのか等の点が解明される必要がある。最高裁判所は、この点について、次のように判示して、上位組織の組長等に使用者責任を認めた
(最判平成16年11月12日民集58巻8号2078頁 判時1882号21頁)。「階層的に構成されている暴力団が、その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたなど判示の事情の下では、同暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している。」「階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は、同暴力団が、その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認し、その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたなど判示の事情の下では、民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」されたものに当たる。」

 (※②) 「みかじめ料」とは、暴力団の縄張り内で風俗営業等の営業を行なっている者等 に対して、その営業を認める対価として、又はその用心棒的な意味をもたせて、挨拶料、ショバ代、守料などの名目で金品を要求して、要求に応じた者から月々支払いをさせている金品をいう。暴力団の伝統的且つ重要な資金源である。「みかじめ」の語源は、毎月3日に支払わせるという説、3日以内に支払わせるという説、3日以内に支払わないとその店を締め上げるからという説がある。

2.そのような、暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢に関連して、まだ二点ほど、個人的に不満が残っています。1つは、裁判員裁判からの暴力団排除の問題、もう一つは、裁判所での民事競売手続からの暴力団排除の問題です。

(次回に続く)

暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢について感じること(その2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


2.(前回に続き)暴力団等に対する国(裁判所)の姿勢に関連して、私が疑問に思っている点、一つは、裁判員裁判からの暴力団排除の問題、もう一つは、裁判所での民事競売手続からの暴力団排除の問題を述べておきたいと思います。

(1)裁判員裁判と暴力団
 まず、裁判員裁判からの暴力団排除の問題では、二つの問題点があります。一つは、「暴力団が被告人の場合には裁判員裁判はしないようにしましょう。」という点です。これには、二つの異なった裁判例等があります。
 平成25年9月9日福岡地裁小倉支部では「建設接会社社長に対する殺人未遂罪で起訴された特定危険指定暴力団工藤会系組幹部2人の刑事公判手続を裁判員裁判の対象から除外する。」との決定をしました。その理由は「裁判員法3条に、裁判員に危害が及ぶ可能性があり裁判員の確保が難しい場合には裁判員裁判の対象から除外できる。と規定があり、本件は、「裁判員の生活の平穏が著しく侵害される具体的な恐れがある。」というものでした。
 他方、平成25年7月18日さいたま地裁では「埼玉県ふじみ野市で暴力団幹部を射殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人罪)と銃刀法違反に問われた指定暴力団山口組小西一家総長(66歳)の裁判員裁判事件」で検察官が「裁判員に危害が加えられる恐れがあるとして裁判官のみによる裁判審理を求めたが、地方裁判所は却下した。」というものです。
 今後、裁判員裁判法の改正問題の中で議論としてあげてもらえるようになりました。

 もう一つの大きな問題は、「裁く側の裁判員には暴力団員はなれないようにしましょう。」という点です。平成21年1月19日の朝日新聞に取り上げられました。
 裁判員法には、裁判員から暴力団員を除外する規定は定められませんでした。ただ、検察官や弁護人がそれぞれ4人までの不選任請求権をもっていますので、この制度を使用すれば暴力団員が裁判員となるのを排除できると裁判所は非公式に回答しているようですが、私が宮崎の裁判員制度に関する協議の場で確認した時点では「検察庁としては地元警察にいちいち暴力団員であるかどうかの照会手続きは取らない。」と言っていました。検察庁がどれだけの地元暴力団情報を持っていますでしょうか?禁錮前科のある場合には検察庁も把握しているでしょうが、前科のない暴力団周辺者もいます。ましてや裁判所では、暴力団情報は制度的には全く保有していません。それは、各都道府県の警察しか情報は持っていません。検察庁は、裁判員裁判から本当に暴力団を排除しようとしているのか、疑問に思った次第でした。

(2)民事競売手続と暴力団排除
 今、九州では、久留米、鹿児島での例がありますが、全国各地で、暴力団組事務所の撤去運動が展開されている中で、肝心な国の裁判所が暴力団に組事務所用の不動産を落札させているという状態があります。
 暴力団事務所を撤去させて町から出てもらったが、出て行った先の土地にまた事務所を作っている、その土地は、暴力団が裁判所の競売手続きで競落したので暴力団の所有になっていて、撤去要求も何もできなくなったという事例が出てきています。なぜ、国の裁判所は、暴力団に土地を競落させて暴力団に売ってしまうのでしょう?
 新聞記事資料で「大半の都道府県は暴力団排除条例で不動産取引を禁じているが、国の競売物件の場合の規制はない。」としていますが、もっと正確に表現しますと、暴力団排除条例は全都道府県において制定されましたし、地方公共団体での公売手続においても暴力団排除規定はありますので、地方公共団体の手続で暴力団は土地を取得することはありません。その規制がないのは、国の裁判所での競売手続だけです。地方には暴力団排除手続を整備させながら、国は自分たちは暴力団排除の制度を整備していないまま放置しているわけです。これは、国の法律である「民事執行法(いわゆる国の競売法)」を改正して暴力団排除規定を定めれば済む話なのです。なぜ、しないのでしょうか?

3.私ども在野の法曹である弁護士の目からみますと、各都道府県の警察の方々が暴力団排除に懸命になっておられ、地方公共団体である市町村も公営住宅からの暴力団員排除等何とか対応しようとしています。それに対して、強大な権限を持つ国と国の機関の暴力団排除努力はあまり目に見えてきません。日弁連からの国の各省庁の事業からの暴力団排除の連携呼び掛けにも、対応があったのは国土交通省だけだったようで、平成22年頃から国土交通省だけが地元弁護士会の私どもと連携させていただいています。法務省も関連官庁を集めて「協議会」をされていますが、それは、多分に人権擁護の観点からの「えせ同和等の対策」の視点での協議会であり、暴力団排除を全面に出した対策はまだ取っておられないように思います。国全体で暴排体制を構築して欲しいと切望しております。

以上

NHK放送受信料の受信契約について(水道供給申込拒否事例の場合も含めて)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(問題提起)
 放送法64条(受信契約及び受信料)は、「(日本放送)協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。」と定めていますが、受信設備設置者が契約を拒否した場合には、どのような法律関係になるのでしょうか?

(回答)
1.放送法64条の日本放送協会(NHK)の受信制度については、「事業に公共性を認められた協会(NHK)の財政的基礎を確保するための方法として、営業活動を認めず(放送法20条4項)に、広く国民に負担を求めることとし、協会(NHK)が受信者との間で受信契約を締結して、同契約に基づき受信料の納付を受けるという方法が採用された。」とされています。そうであれば、受信契約は、協会(NHK)と受信者との間の私法上の契約(民法上の契約)にすぎないものであり、契約の大原則である「契約は申込と承諾の合致により成立する。」ということになり、受信者が契約自由の原則(契約しない自由も含む)により受信契約を拒否すれば、受信契約は成立しないこととなり、協会(NHK)は受信料を徴収できないことになります。
 そこで、放送法64条1項本文で「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と定めて、受信者(正確には「受信設備設置者」)には、契約義務を課して、契約の自由を制限する定めを設けたわけです。

2.放送受信料については、契約拒否事例が発生し、多くの裁判所で受信料請求裁判が継続しているようです。契約相手方の明確な承諾が得られない場合に、契約を成立させるとするのか、法律義務違反として損害又は不当利得として受信料相当分を請求させるのかという法的理論の選択が裁判上問題となっています。

(1) 法的義務を課しても契約の承諾をしていない以上は、受信契約不成立として、「法律義務違反として損害又は不当利得として受信料相当分を請求する。」のがすっきりするのですが、裁判上は、受信契約を成立させる方向で議論されているようです。

(2) 受信契約を成立させる方向で議論する場合には、明確な契約相手方の承諾時期もないまま、いつの時点での契約成立とするのかが問題となります。 これには、大きくわけて、三つの立場があります。
ⅰ> 承諾の意思表示を求める裁判が必要で、その裁判が確定した時点で契約が成立するとの説
ⅱ> 承諾義務がある以上は、正当な理由なく拒否した場合には、契約申込時点で契約成立(承諾擬制)とする説
ⅲ> 承諾義務がある以上は、正当な理由なく拒否した場合には、契約申込から相当期間が経過した時点(二週間)で契約成立(承諾擬制)とする説

(3) この点については、事案は異なりますが、既に公務員の皆さんに関係する水道事業に関連した判決がありますので、ご紹介します。

 水道法15条1項に「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。」との定めがあります。問題は、正当な理由なく給水申込を拒否した場合に、私法上の契約である水道供給契約は、成立していないのか、成立しているのか、が争われた事例があります。
 東京地裁八王子支部昭和50年12月8日判例時報803号18頁(武蔵野市マンション建設指導要綱事件)は、マンション業者の水道供給申込みに対して、建設指導要綱に定めた寄付をしなかったことを理由に給水拒否をした事案ですが、「需要者の給水契約の申込みに対し水道事業者が全く正当な理由がないのにこれを拒んだ場合には、右申込みがなされた日に給水契約が成立したと認めるのが相当である。」としています。これは、上記のⅱ>の見解になります。

3.さて、NHKの受信料については、各裁判所の判断はまだ確定的なものは出ていないようですが、同事案での一審(地裁判決)と控訴審(高裁判決)が異なった理論構成を取った事例があります。
 まず、一審の横浜地裁相模原支部平成25年6月27日判決は、上記ⅰ>の説(承諾の意思表示判決必要説)を採用し、その控訴審である東京高裁平成25年10月30日判決―判例時報2203号34頁は、「意思表示判決必要説はその判決までの期間は受信契約が成立しないという不合理さが生じるので妥当ではなく、申込みから相当期間である二週間が経過した時点で契約を成立させるべきである。」ということで、ⅲ>説を採用しています。
 いわゆる法律上明確な規定のない「法の空白」部分をどういう理論構成で補うかという技術的な問題ですが、最終的には、水道料金請求権が私法上の債権で消滅時効は2年であるとされた(東京高等裁判所平成13年5月22日判決。最高裁判所平成15年10月10日上告不受理決定で確定)最高裁判決のように、最高裁の判決が出て定まる問題だろうと思います。


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その1~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その1)

 皆さんは、作家芥川龍之介は御存じでしょうが、芥川龍之介が「桃太郎」という小説を書いていることを御存じの方は少ないのではないかと思います。今回「御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ 」の続編として、“芥川龍之介の御伽噺「桃太郎」”を法律の話を交えながら、5回に分けて御紹介しようと思います。(以下、太字部分が芥川龍之介の小説部分です。)

1.「むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きな桃の木が一本あった。大きいというだけでは言い足りないかもしれない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及んでいた。何でも天地開闢の頃、伊邪那岐の尊(イザナギノミコト)は、黄最津平坂(ヨモツヒラサカ)に八つの雷(イカズチ)を退けるため、桃の実を礫に打ったという、―その神代の桃の実はこの木の枝になっていたのである。
 この木は世界の夜明け以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅の衣蓋(キヌガサ)に黄金の流蘇(フサ)を垂らしたようである。実は、また大きいのを待たない。それよりも不思議なのは、その実の核のあるところに美しい赤児を一人ずつおのずから孕んでいたことである。」
 「むかし、むかし、大むかし、この桃の木は山谷を蔽った枝に、累々と実を綴ったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は、一千年の間は地へ落ちない。しかし、ある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉(ヤタガラス)になり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした小さな実を一つ啄み落とした。実は雲霧の立ち昇る中に遥か下の谷川へ落ちた。谷川は峯々の間に白い水煙をなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。この赤児を孕んだ実は深い山の奥を離れた後、どういう人の手に拾われたか?それはいまさら話すまでもあるまい。谷川の末にはお婆さんが一人、芝刈りに行ったお爺さんの着物か何かを洗っていたのである。」 という文章で始まり、⇒そして、最後は、「人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように累々と無数の実をつけている。桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまってはいるが、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(ヤタガラス)は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を現わすであろう?ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている・・・・・。」
という文章で終わっています。

2.これは、桃太郎のお伽噺の始まりを、日本の始まりである「古事記」「日本書紀」の神話を引き合いにして、桃太郎の誕生を神代の時代に遡って話を構成しているわけですが、「伊邪那岐の尊(いざなぎのみこと)が、桃の実を三つ投げて黄泉の国の追っ手から逃げた」という桃の登場する神話の場面を桃太郎の御伽噺と融合させた芥川龍之介の手腕は天才的とでもいうべきでしょうね。
  ところで、桃の木という植物から人間の赤児が生まれるということを法律的に検討しますと、このような事象は、法律は全く想定していません。
 人間の出生については、民法3条に「私権の享有は出生に始まる」と定めてあり、出生の定義としては「胎児が生命あるものとして母体から全部露出すること」(全部露出説)として解釈されており、刑法上の胎児と人間の区別時期については「胎児が生命あるものとして母体から一部が露出」した時点であるとされており(一部露出説)、若干、民法的考えと刑法的考えが異なるものの、「(人間の)母体」から生まれることが前提となっており、人間は「植物」からは生まれないことは当然のことと考えられています。
 また、「(人間の)母体」から生まれる以上は、出生方法が自然分娩であろうが帝王切開等の人工分娩であろうかも問題ではないし、生殖行為についても人工授精であろうが問題はないとされています。
 日本神話での神々が生まれた事象も、「伊邪那岐の尊」が「是に左の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、天照大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、月読命。次に御鼻を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、建速須佐之男命」とあるように、目や鼻を洗ったときの水から神が成っている(※「生まれている」とは言っていない)ことから「出生」ではなく、結局、桃太郎も「出生」ではない形で、この世に成った(生まれたのではなく、植物みたいに成ったという意味)という風に理解せざるを得ないわけです。
 また、八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話において、神武東征の際に、高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラス(烏)で、一般的に3本足のカラスとして知られています(日本サッカー協会のシンボルマークや陸上自衛隊情報部隊マークとしても使用されています)。八咫烏は高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)の曾孫である賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身とされ、3本の3の数字は奇数(陽の数字)であることから太陽の化身ともされています。
 そこで、芥川龍之介の「桃太郎」での八咫烏の桃の実への関与は、生命の誕生の際の陽の役割(陰陽説でいう男の役割)を象徴しているとも考えることができるのかも知れません。なお、高皇産霊尊(たかみむすびのかみ)は植物の生成繁殖の力を持つ神とされていますので、芥川龍之介の「桃太郎」は、生命の起源を植物に求める思想を現わしているとも考えられます。(次回、その2に続く)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その2~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その2)

1.(原文から引用)「桃から生まれた桃太郎は鬼が島の征伐を思い立った。思い立った訳はなぜかというと、彼はおじいさんやお婆さんのように山だの川だのへ仕事に出るのが嫌だったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていたので、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には、これも桃太郎の註文通り、黍団子さえこしらえてやったのである。
 桃太郎は意気揚々と鬼が島征伐の途に上った。すると大きい野良犬が一匹、飢えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。“桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に下げたのは何でございます?”“これは日本一の黍団子だ。”桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも分からなかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の傍へ歩み寄った。“一つ下さい。お伴しましょう。”桃太郎は咄嗟に算盤を取った。“一つはやれぬ。半分やろう。”犬はしばらく強情に“一つ下さい”を繰り返し、桃太郎は何と言っても“半分やろう。”を撤回しない。こうなればあらゆる商売のように所詮持たぬ者は持った者の意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息しながら黍団子を半分貰う代わりに、桃太郎の伴をすることになった。
 桃太郎はその後、犬の他にも、やはり黍団子の半分を餌食に、猿や雉を家来にした。しかし、彼らは残念ながら、あまり仲の良い間柄ではない。丈夫な牙を持った犬は意気地のない猿を莫迦にする。黍団子の勘定に素早い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍い犬を莫迦にする。こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。その上、猿は腹が張るとたちまち不服を唱え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするも考え物だと言い出したのである。すると犬は吠え猛りながらいきなり猿を噛み殺そうとした。もし、雉がとめなかったとすれば、猿は蟹の仇討ちを待たず、この時もう死んでいたかもしれない。しかし、雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心させたのは確か桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇を使いわざと冷ややかに言い放した。“よしよし、では伴をするな。その代わり鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。”欲の深い猿は円い眼をした。“宝物?へええ、鬼が島には宝物があるのですか?”“あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出の小槌という宝物さへある。”“ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手に入る訳ですね。それは耳寄りな話です。どうか私も連れて行ってください。”桃太郎がもう一度彼等を伴に鬼が島征伐の途を急いだ。」


2.桃太郎が、犬、猿、雉をお伴にする場面ですが、「頭の鈍い犬」「意気地のない猿」「もっともらしい雉」という表現があり、あまり好意的には書いてありませんね。「地震学などにも通じた雉」との表現がありますが、昔から、雉は地震の直前に鳴き騒ぐことから、雉は人体で知覚できない地震の初期微動を知覚できるため、人間より数秒速く地震を察知することができると言われているそうですね。

 「桃太郎のお伴は、なぜ犬と猿と雉の3匹なのか?」という疑問に次のように答えていた論説があります。『桃太郎の家来は、桃太郎の“武器”の役割を果たしている。犬は「忠実・誠実」の象徴であり、猿は「知恵・才能」の象徴であり、雉は「勇気・実直」の象徴であり、悪人を征伐するには、この三つの要素を持ち続ければ勝てるということの教えである。桃太郎は、正義の者として、この三つの要素を手に入れていたのである。』というものです。これは丁度、民暴弁護士が暴力団と対峙する際の心構えと共通するものであり、私は勝手に「民暴弁護士には、暴力団で困って恐れおののいている市民を助けようと言う誠実さ、法的知識を駆使する知恵、暴力団と対峙する勇気があればよい。民暴弁護士はその意味では桃太郎と同じである。これを“民暴弁護士桃太郎理論”という。」とあちこちで話しまくっております。

 さて、芥川の桃太郎は黍団子は半分ずつしかあげなかったようですが、物をもらってお伴するという関係は、法律的には、お伴という労働力の提供に対して、その対価としての報酬(黍団子)をもらうのですから、労働契約(雇用契約)か請負契約かのいずれかになります。三匹は、桃太郎の支配下において桃太郎の指示命令で行動するということになるでしょうから、「労働契約(雇用契約)」になるだろうと思います。ちなみに請負契約は、誰の支配下にもいないで自分の自由な行為で約束の行為をしたり約束の物を完成させたりする場合です。

 労働契約の場合、労働基準法第24条により「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」として通貨払いの原則、直接払いの原則、全額支払いの原則が定められていますので、桃太郎はこの原則を守らないと30万円以下の罰金刑を受けます(労働基準法第120条第1項)。黍団子は通貨ではありませんので、黍団子だけを報酬とすると法律違反になりますが、他方「現物給付」は全く認められないのかという点が問題となるのですが、法令もしくは労働協約に現物給付の定めをしている場合には、例外として現物給付しても罰せられないので、これを検討する必要があります。例外を許す労働協約は労働組合との間でなされる必要がありますので、残るは法令で許される範囲内でということになります。しかしながら、厚生労働省令(法令)では、「確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合」 (労働基準法施行規則第7条の2)の規定しか定めがありませんし、その規則には「黍団子の支給」の定めがありませんので、「黍団子半分」での現物給付は許されないことになります。

 次に、労働契約の場合には、労働時間の制限があります。労働基準法32条では「使用者は、労働者に休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて労働させてはならない。 使用者は、一週間の各日については労働者に休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」 と定めていますので、「お伴」という労務は24時間全部の労働と解釈できますので、この規定に反するのではないか疑問が生じます。しかしながら、労働基準法第41条で労働時間等に関する規定の適用除外の規定を設けており、労働基準法第41条には「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。 一  別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者 二  事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者 三  監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの 」とあります。「別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業」とは農業、水産業等を指しますが、「お伴」はこれには該当しません。もうひとつは、三号の「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」への該当性ですが、該当するとしても「行政官庁の許可」が必要ですので、桃太郎は、3匹をお伴にする契約をする場合には、黍団子をケチるだけでなく、厚生労働省か「3匹を監督する行政官庁(農林水産省?)」の許可を取る必要があったと言えるでしょう。
 したがって、桃太郎と猿・雉・犬のお伴契約(労働契約)は、労働基準法違反の点が多くあることになります。
  (以下、次回のその3に続きます。)  


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その3~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その3)

1.(原文引用)「鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訳ではない。実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上がった種族らしい。
 瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山の酒顛童子や羅生門の茨木童子は稀代の悪人のように思われている。
 しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を現わしたのではないであろうか?酒顛童子も大江山の岩屋に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人を奪って云ったというのは ― 真偽はしばらく問わないにもしろ、女人自身の言う所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、― わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光や四天王はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家ではなかったであろうか?
 鬼は、熱帯的風景の中に琴を弾いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、すこぶる安穏に暮していた。そのまた鬼の妻や娘も機を織ったり、酒を醸したり、蘭の花束を拵えたり、我々人間の妻や娘と少しも変わらずに暮らしていた。殊にもう髪の白い牙の抜けた鬼の母はいつも孫の守りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。
 「お前たちも悪戯すると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え?人間というものかい?人間というものは角の生えない、生白い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女ときた日には、その生白い顔や手足へ一面の鉛の粉をなすっているのだよ。それだけならまだ好いのだがね。男でも女でも同じように、嘘はいうし、欲は深いし、自惚れは強いし、仲間同士殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない“けだもの”なのだよ・・・・」


2. まずは、酒顛童子と茨木童子という鬼の説明が必要でしょう。
 酒顛童子(酒呑童子)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人で、茨木童子はその酒顛童子の最も重要な家来の鬼であり、小説「羅生門」で女性に化けた鬼として出てくる。源頼光配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)から成敗されたとされています。
 ところで、鬼が島での鬼の生活は、南洋の楽園みたいな生活で、逆に人間を恐ろしいものとして考えているという位置付けになっています。人間は鬼を恐ろしいものとして差別し、逆に鬼も人間を恐ろしいものとして差別していることになります。法律的に考えますと、そもそも差別とは何でしょうか。その逆の「平等」とは何なのでしょうか?

 憲法14条は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」 と定めています。
 この「法の下での平等」は数学的・機械的な絶対的平等ではなく、現実に生活している人間は事実上の差異を有しているので「相対的平等」(事実上等しいものは法的にも等しく、事実上異なっているものは、その異なりの特質に従って法的に等しく(事実上区別されて)取り扱うべきであるとの考え)であるとして理解されています。合理的な差別(区別)は許されると解釈されているわけです。
 しかし、 仮に、人間か鬼かが人種の違いであれば、「人種が違う」ということだけで差別することは合理的ではありませんので、人間が鬼を差別し、鬼が人間も差別するというような相互の差別は憲法14条違反になります。差別という意識は、お互いが間違った情報の下で、他者を区別するだけでなく、恐怖・恨みという感情的な要素が根底にあるかのような意識で、相手の価値を認めないというものだろうと思います。お互いが間違った情報の下で意識しているからこそ、問題の根は深いのでしょうが、間違った情報を学習で修正していくことを基本に、差別は解消されていかなければなりません。
 鬼退治から連想される現実社会での問題として「暴力団に関する法的規制・社会的規制」を考えてみましょう。

 裁判になった事案ですが、広島市は公営住宅管理条例を改正して、暴力団員が市営住宅の入居を拒絶し使用許可を出さないという制度にしました。その結果、既に入居していた暴力団員の使用許可(継続使用許可)をせずに退去させたことから、暴力団員が「合理的理由に基づかない不当な差別であり憲法違反である。」として広島市を訴えました。皆さんはどう考えますか?
  平成21年5月29日広島高裁判決は、「暴力団構成員であることのみによって差別することは憲法14条に違反すると主張するが、暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって、憲法のいう“社会的身分”とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取り扱うことは許されるというべきである。合理的な差別にすぎないので憲法14条に反するとはいえない。」としています。いまや、全国都道府県すべてに「暴力団排除条例」が整備され(宮崎県は平成23年8月1日「宮崎県暴力団排除条例」を施行しています。)、暴力団排除への動きが高まってきている次第です。
 但し、芥川龍之介の「桃太郎」の場合、後で鬼征伐の理由についての問答が出てきますが、桃太郎側が暴力団なのか、鬼側が暴力団なのか、よくわからなくなってきます。 (以下、次回その4に続きます。)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その4~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その4)

1.(原文引用)桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒を忘れたなり“人間が来たぞ!”と叫びながら、亭々と聳えた椰子の間を右往左往に逃げ惑った。“進め!進め!鬼と言う鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!”桃太郎は桃の旗を片手に日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉の三匹に号令した。犬猿雉の三匹は仲の良い家来ではなかったかも知れない。が、餓えた動物ほど、忠勇無双の兵卒の資格を具えているものはないはずである。彼等は皆あらしのように、逃げ回る鬼を追い回した。犬はただ一噛みに鬼の芸者を噛み殺した。雉も鋭い嘴に鬼の子供を突き殺した。猿も―猿は我々人間と親類同志の間柄だけに鬼の娘を絞殺す前に、必ず凌辱を恣にした。
 あらゆる罪悪の行なわれた後、とうとう鬼の酋長は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参した。桃太郎の得意は思うべし。鬼が島はもう昨日のように極楽鳥の囀る楽土ではない。椰子の林は至るところに鬼の死骸を撒き散らしている。
 桃太郎はやはり旗を片手に、三匹の家来を従えたまま、平蜘蛛のようになった鬼の酋長へ厳かにこう言い渡した。「では格別の憐憫により、貴様たちの命は赦してやる。その代わりに鬼が島の宝物は一つ残らず献上するのだぞ。」「はい、献上いたします。」「なおその他に貴様の子供を人質のために差し出すのだぞ。」「それも承知しました。」鬼の酋長はもう一度額を土へするつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致しため、御征伐を受けたことと存じております。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお証し下さる訳には参りますまいか。」桃太郎は悠然と頷いた。「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」「ではそのお三方をお召し抱えなすったのはどういう訳でございますか?」「それはもとより鬼は島を征伐したいと志した故、黍団子をやって召し抱えたのだ。―どうだ?これでも分からぬといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」鬼の酋長は驚いたように。三尺ほど後ろへ飛び下ると、いよいよまた丁寧にお辞儀をした。


2.ここでは、桃太郎の鬼の征伐が、正義による征伐では全くなかったような描写がなされています。
 前回(その3)で解説したように、桃太郎側が違法な暴力団なのか、鬼側が違法な暴力団なのか、よくわからなくなってきます。戦争での人間の行為の残虐性を表したかったのでしょうか。
 財宝は、鬼が桃太郎に「献上した」形になっていますが、明らかに強奪しています。桃太郎は征伐の理由も何ら応えることができていません。ただ「征伐したいと志した」から征伐したと説明しているだけです。結局「征伐」は「侵略」「強奪」の犯罪行為にすぎなかったことになっています。
 世界の封建時代・植民地時代の西洋列国の新天地への進出や啓蒙行為は正にこのような理屈で行なわれてきたのでしょう。芥川龍之介は、これが人間社会の本性だと言いたいのかも知れません。

3.この場面を法律的に眺めてみても、犯罪行為の実態があるだけですが、ここでは、「犯罪行為の反対側に、犯罪被害者がいる」という視点でお話をしておきたいと思います。
 皆さんは、日本には10年前まで犯罪被害者を手続的に救済する仕組みも法律もなかったことを御存じでしょうか。平成8年の地下鉄サリン事件(オウム真理教事件)で多数の犠牲者(犯罪被害者)が出た時期に、一人の女性がある学会で「この国は犯罪者の人権を守る法律はあるが、犯罪被害者の人権を守る法律はない。犯罪被害者やその遺族はこの国から見捨てられている。」という趣旨の発言をして犯罪被害者救済の必要性を必死で訴えられました。確かに、その当時の刑事裁判では、犯人側には国の費用で弁護士が付く―犯罪被害者は刑事法廷で訴える機会も手続もされないままで弁護士も付けられないで何もできない―刑事法廷の傍聴席で被告人を非難する発言をすれば、裁判長から退廷命令を受ける。―そのような取扱いでした。

 刑事裁判は誰のためにあるのでしょう?警察や検察官は誰のために仕事をしているのでしょう?犯罪に遭った被害者を救済するためだと思われますか?実は違うのです。
 最高裁判所は平成2年2月20日判決において、「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである。」と判示しています。
 つまり、刑事司法は、公の利益を護るためのもので、個々の被害者の利益擁護や損害回復のためにあるのではない、と言い切っているのです。だから犯罪被害者に対して、捜査情報の提供も、起訴不起訴の通知も、公判期日の通知もせず、起訴状、判決の送達も不用だということにしてきていたのです。犯罪被害者は刑事裁判では犯罪立証の証拠として証人として扱われるだけでした。

 犯罪被害者を刑事裁判の証拠としか見ない~このような考え方は、平成8年2月の警察庁「被害者対策要綱」に「犯罪被害者救済問題は犯罪被害者の人権の問題である」と位置づけられた頃から、劇的に変わり始めました。
 平成12年5月12日成立し5月19日公布された犯罪被害者保護関連二法は、刑事裁判手続に関する被害者の関与を認め始めました(被害者の意見陳述権、優先公判傍聴権利等)。私も宮崎県弁護士会において平成14年4月に「犯罪被害者支援委員会」と「犯罪被害者支援弁護士制度」を立ち上げました(当時、新聞報道していただいております。)。そして、平成16年2月に 犯罪被害者等基本法が制定され(平成17年12月・犯罪被害者等基本計画案作成)平成19年6月29日に犯罪被害者等の権利利益を守るための刑事訴訟法等改正・刑事参加制度と賠償命令制度の創設、平成20年12月1日に刑事被害者参加制度等施行され(なお、平成21年5月21日に裁判員刑事裁判制度の施行)、犯罪被害者が主体的に刑事裁判に関与できるようになりました。
 しかし、まだ犯罪被害者は民事的には救済されていません。犯人への損害賠償については国は関与しません。被害者が自ら自前の費用で民事裁判又は賠償命令を申し立てて犯人から直接回収するしか方法がないのですが、ほとんどの犯人は全く資力はなく、被害者は泣き寝入りせざるを得ません。ただ、殺人罪などの重大犯罪の被害者には、犯罪被害者等給付金支給法により被害者本人には重傷病給付金や障害給付金、遺族には遺族給付金が支給されますが、これも賠償額全額には達していません。
 この国は、犯罪者を守るのか、犯罪被害者を守るのか・・・意識を明確にしていきたものです。 (次回最終回へ続く)


以上

~御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ (芥川龍之介篇)その5~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


芥川龍之介のお伽噺「桃太郎」(その5)

1.(原文引用)「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々と故郷へ凱旋した。―これだけはもう日本中の子供のとうに知っている話である。しかし、桃太郎は必ずしも幸福に一生を送った訳ではない。鬼の子供は一人前になると番人の雉を噛み殺した上でたちまち鬼が島へ逐電した。のみならず、鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、桃太郎の寝首をかこうとした。何でも猿が殺されたのは人違いだったらしいという噂である。桃太郎はこういう重ね重ねの不幸に嘆息を洩らさずにはいられなかった。“どうも鬼というものの執念の深いのには困ったものだ。”“やっと命を助けて戴いた御主人の大恩さえ忘れるとは怪しからぬ奴等でございます。”犬も桃太郎の渋面を見ると、口惜しそうにいつも唸ったものである。
 その間も寂しい鬼が島の磯には、美しい熱帯の月明かりを浴びた鬼の若者が五、六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕込んでいた。優しい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗ほどの眼の玉を輝かせながら・・・・。」
 「人間の知らない山の奥に雲霧を破った桃の木は今日もなお昔のように累々と無数の実をつけている。桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまってはいるが、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉(ヤタガラス)は今度はいつこの木の梢へもう一度姿を現わすであろう?ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている・・・・・。」



2.この結末はどう理解したらいいのでしょうか―結局、桃太郎の征伐の犠牲になった鬼たちは、その後は、鬼の若者たちは平和な世界で恋をすることもなく、新たな武器を作って桃太郎への逆襲や報復行為に出ようとしています。新たな戦い・戦争・テロ行為が続くのでしょう。それは、桃太郎という「天才」が巻き起こした争い事であると断言しているようであり、世界には、そのような争いごとの種となる人物がいつ出て来てもおかしくないというふうに結んでいるように思われます。芥川龍之介は御伽噺「桃太郎」の世界の中に描かれていない「桃太郎のその後」を書き表したかったのでしょうか。「桃太郎のその後」を現実的に考えた場合、桃太郎は正義により征伐したとしても、決してその後の生活は平穏な生活ではあり得なかったと考えるのでしょう。
 “不当な差別”が反撃闘争へ、政治革命へ、民族自決の独立闘争へ、戦争へと拡大化していくことは歴史的事実として繰り返し現れてきています。

 法律的に考えてみますと、「鬼が島の独立を計画するため」とありますので、このような問題は、国際法の分野になります。
 国際法とは、16世紀から17世紀のヨーロッパにおける宗教戦争の混乱を経て、オランダの法学者グローティウス等が創始した分野で、万民法(jus gentium)は慣習法として成立し、それが実定法として国際社会全体を拘束すると考えることを提唱し、条約等の手続を経験して、国家間の紛争、通商および外交関係を規律する法として成立・発展してきた分野です。
 国際法としての形式的法源は、条約、慣習国際法、法の一般原則が挙げられますが、国際司法裁判所規程38条1項は、「裁判所は、付託される紛争を国際法に従って裁判することを任務とし、次のものを適用する」として以下のものを列挙しています。
―(a)一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの、(b)法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習、(c)文明国が認めた法の一般原則、(d)法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説。
 また、国際法は、国連総会決議(2625 (XXV) 、1970年10月24日)に従えば、以下の原則が国際法の一般原則として確立しているといえます。

(1)国際関係における武力の威嚇と行使の禁止の原則(第一原則)
(2)国際紛争の平和的解決の義務の原則(第二原則)
(3)国内管轄事項への不干渉義務の原則(第三原則)
(4)国々が相互に協力する義務(第四原則)
(5)人民自決の原則(第五原則)
(6)国の主権平等の原則(第六原則)
(7)国連憲章の義務の誠実な履行の原則(第七原則)

 この原則に従えば、人間と鬼の民族性の違いで紛争が生じたのであれば、鬼は「民族自決の原則」「人民自決の原則」で紛争解決手段等について他者の干渉は受けませんが、「国際紛争の平和的解決の義務の原則」もありますので、結局、物理的・武力的解決ではなく、平和的解決を図ることが国際法の要請であるということになります。
 但し、国際法は、国内法のような立法・行政・司法の中央集権機関がなく、組織的な法の適用、執行の機構を欠いているため、従来から、国際法の法としての性格を否定する見解も多く、現実の国際社会においても、国際法違反行為に対する被害国による「対抗措置」報復(合法的な措置)といった形で制裁行為が取られることがありますが、違反国を従わせる強制的性質はありません。国連決議の北朝鮮制裁問題がその典型例でしょう。
 その意味では、国際社会が未成熟であることから国際法もまだまだ未成熟の分野であると思われます。

3.鬼の報復の問題を国内法的に検討しますと、鬼は正当防衛又は自力救済として反撃することができるか?鬼の反撃行為は刑事犯罪となるのか?という問題で考えてみることができます。
 正当防衛とは、刑法36条「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」とある場合の正当行為のことを言います。桃太郎が不正な宝物強奪をしてきたので、自分の命や財産を守るために桃太郎を襲うんだという場合に、この正当防衛となるのでしょうか。残念ながら、正当防衛のためには、「急迫不正の侵害に対して」との要件があり、緊急的な状態での反撃行為でないといけないことになります。しかし、桃太郎の事案では、桃太郎の不正な略奪行為は既に終わった状態になっていますので、このような相手方犯罪行為が終わった後は、「急迫不正の侵害に対して」との要件がないことになりますので、正当防衛にはなりません。

 自力救済(じりょくきゅうさい)は、民事法の概念で、何らかの権利を侵害された者が、司法手続によらず実力をもって権利回復をはたすことをいいます。刑事法の自救行為(じきゅうこうい)もこれに該当します。日本法の歴史では、古代から自力救済が行われていたと考えられ、飛鳥時代後期に整備された律令制においても、裁判制度が整備された後も一定の範疇で自力救済が行われていたと言われています。律令法には判決に関する強制執行の規定がなく、国家権力に関する救済は十分でなかったからだと思われます。しかし、法的に救済手段が整備された近代及び現代の法制度においては、そのような自力救済は原則として禁止されています。民法には、自力救済を規定した条文は存在しませんが、通説・判例は原則禁止の姿勢をとっていますし、最高裁判決(昭和40年12月7日)では、一般論として「私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」と述べていますので、緊急状態の例外的な場合を除いては、自力救済は認められません。刑法の自救行為も同様です。鬼が桃太郎から財宝を取り戻す行為や桃太郎を襲う行為は、法律上は許されないことになります。鬼は裁判手続きを通じて救済を求めることを考えなくてはいけないことになります。


 以上で今回が最終回になりますが、つくづく考えますと、芥川龍之介の桃太郎での鬼は法律では救われないのだろうなあという感じになりますが、芥川龍之介は、現実の犯罪からの救済の限界を認識した上で、それでも「復讐したいという人間の性(さが)」と「犯罪の不条理さ」を書きたかったのかも知れないと考えた次第です。


以上

~犯罪被害者と犯罪報道(その①)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その①)~

○ マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?


<私的論説>
1. はじめに
 今回から数回に分けて、「犯罪被害者と犯罪報道のあり方」について、弁護士としても犯罪被害者支援に携わっている立場から、色々な法的検討をしてみたいと思います。
 町村関係の皆様もご存じの方は多いと思いますが、「犯罪等による被害について第一義的責任を負うのは、加害者である。しかしながら、犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。」との理念のもとに、平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」には、「第五条(地方公共団体の責務) 地方公共団体は、基本理念にのっとり、犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」「第六条(国民の責務) 国民は、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに、国及び地方公共団体が実施する犯罪被害者等のための施策に協力するよう努めなければならない。」と定めてあります。
 宮崎県内では、平成16年から県内全市町村が公益社団法人みやざき被害者支援センターへ負担金を拠出して、地方公共団体の責務としての「地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し及び実施すること」の一部を果たしてきてもらっております。これは全国的には先進的なものです。ただ、立法理念の中の「犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。」との視点での対応や被害者擁護の政策等は全く不十分であり、特に、犯罪に関する警察の記者発表やマスコミの犯罪報道における犯罪被害者の擁護は、何ら法的規制も対策もなされていないことから、行政的立場からも犯罪被害者等の視点に立った施策を講じてもらうための、基礎的な考え方を述べさせてもらいたいと考えています。


2.具体的政策検討の出発点
(1)平成16年12月に成立した「犯罪被害者等基本法」に基づく内閣府犯罪被害者等施策推進会議(犯罪被害者等基本計画検討会)が平成17年10月に「犯罪被害者等基本計画案(骨子)」を発表していますが、その中で、基本法15条関係「安全の確保-今後講じていく施策(2)犯罪被害者等に関する情報の保護 エ項目」に、「警察による被害者の実名発表、匿名発表について、犯罪被害者等の匿名発表を望む意見と、マスコミによる報道の自由、国民の知る権利を理由とする実名発表に対する要望を踏まえ、プライバシーの保護、発表することの公益性等の事情を総合的に勘案しつつ、個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるように配慮していく(警察庁)」との案が示されていました。まさに、「犯罪被害者と犯罪報道」が全国的な議論となってきたことのはしりであり、今後、「具体的な犯罪被害者の意向と意向確認方法」を含めて議論が展開されることが期待されたものでした。

(2)しかし、それに対し、平成17年10月21日、社団法人日本新聞協会は、意見書を提出し、「事件や事故を正確に、客観的に取材、検証し、報道するために、被害者は実名で発表されなければならない。」「被害者の実名報道は、広く社会全体でその悲しみや怒りを共有し、社会が一体となって背景にある原因を考え、再発防止、根絶に向け取組むために必要なものだと信じる。」「われわれは、警察に限らず行政当局が国民にかかわる情報を、随意にコントロールする社会に不安を覚える。」「この際、基本計画からこの項目を削除することを求める。」旨発表していました。

(3)確かに、マスコミの報道の役割から、権力行政が匿名発表の決定権を持てば、匿名社会となって国民は何も知らされない社会になるとの危惧感があるのは理解できますが、従来、マスコミは、この平成17年意見書にも書いてあるのですが、「被害者の安全にかかわる場合はもちろん、プライバシー侵害や何らかの二次被害のおそれがある場合は、当然匿名で報道する。」という方針を打ち出していなかったのではないでしょうか、平成17年意見書でいう「被害者から要望があれば被害者と誠実に話合い、警察が被害者の声を仲介する場合は警察と真摯に協議する。」ということをして来なかったのではないか、という疑問がありましたし、その後、今までに10年の歳月を経て、マスコミ各社は、そのような被害者匿名報道へ受けた被害者の要望を汲み取るシステム構築への努力をしてきているのでしょうか。
 ただ、私の個人的立場としては、犯罪被害者の報道については、今後、上記の方針をマスコミ自身が更に深化させ「被害者の報道同意」「被害者の取材同意」を基本とした明確な基準化とシステム構築をしていくのであれば、私は、「警察実名発表」「マスコミ匿名報道」の形が最も理想的な犯罪報道(犯罪被害者報道)のあり方になるのではないだろうかと考えています。

(・・・その理由については、次回から二回に渡り説明していきます。)


~犯罪被害者と犯罪報道(その②)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その②)~

○マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?

<私的論説>

1、はじめに(前回)

2、具体的政策検討の出発点(前回)



3、報道(マスコミ)の役割と位置づけの基本
(1) 我が国おいては、国民は、憲法21条の表現の自由の内容として憲法上「知る権利」が保障されており、国民・市民の「知る権利」を保障する手段としての保障が報道・取材の自由であり、報道取材の自由も憲法上保障されています。
 憲法は、本来、国家から国民に対する人権侵害を防止するために、国民の基本的人権を保障し、基本的人権保障に基づいた国家政策を実施するというのが、近代憲法の理念であり、その意味では、「知る権利」「報道の自由」「取材の自由」は国家権力に対する自由権であり、主権者である「国民」に対する報道機関の自由権ではないとするのが原則であると言わざるを得ません。また、この「国民」はいわゆる「主権者」「理想的な意思判断者」という意味での抽象的概念であり、個々の市民一人一人を意味するものではないと言われております。
 そもそも、国民に「知る権利」が保障されているというのはなぜか、という点を考えますと、主権者である国民は、国家意思を決めるための「政治的表現の自由」を基本的人権として保有しており、政治的意思判断に必要な「政治的事実」を知ることが保障されないと、自由な判断ができなくなるからだと言われています。そうしますと、「国民の表現の自由」「国民の知る権利」から導かれる「報道の自由」「取材の自由」は、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に関する報道の自由・取材の自由であり、そもそも、「国民の個々のプライバシー的事実」に関する報道の自由や取材の自由ではありえないという理解にならざるを得ません。


4、マスコミの犯罪事実報道のあり方
(1) それでは「犯罪事実」は、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」であるのか、それとも「国民の個々のプライバシー的事実」であるのか、この点の検討が必要となります。
 両者の区別については、政治家や行政機関、公務員等の犯罪に関する場合には、「政治的事実」の要素が強くなるであろうし、一般社会内の個人的身体的精神的な個人性の高い法益を侵害する犯罪の場合には「国民の個々のプライバシー的事実」の要素が強くなるであろう、と考えます。(他方は、行為主体が公的立場のものか否かの要素であり、一方は犯罪被害の客体が個人的なものか否かであり、基準が一致しないことから、一般社会での個人的法益を侵害する犯罪の場合でも、犯罪者や被害者が公的立場の者である場合には、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」となるというふうに区別することになろうかと思います。)

(2) 国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に属する犯罪の場合には、国民の知る権利を保障するためには、事実が客観的事実であることが必要であり、何らマスコミは政治的判断を介入させた「色物事実」であってはならないことは当然です。マスコミによる世論統制もあってはならないことだからです。政治的意思の判断者は読者・受け手である国民一人一人であり、マスコミや報道機関がその判断者であってはならないのです。
 このような客観的報道の原則からすれば、政治家同士の名誉棄損行為とか政治的収賄公平を害する贈収賄行為などの「政治的事実」に属する犯罪報道では、被疑者も被害者も実名報道が原則であるということになってもやむを得ないものと思われます。

(3) しかし、国民の民主的意思表明に必要な「政治的事実」に属しない犯罪報道(例えば、個人間の暴行傷害行為、痴漢行為など)においては、「実名報道」が必要なのでしょうか?この場合に、マスコミが言う「国民の知る権利」は「何を」知る権利なのでしょうか?
 ① この点で、「被告人(逮捕段階の被疑者も含む)の実名報道」と「被害者の実名報 道」を分けて考える必要があるように思います。しかしながら、この区別は、マスコミでも国民の間でも従来からあまり意識されていません。昭和50年代(1980年代)ころには、「犯罪者の実名報道」について議論されてきた経緯がありますが(講談社文庫「犯罪報道の犯罪」-浅野健一共同通信記者)、その時点では、「犯罪被害者の実名報道の可否」については議論の対象にすらなっていないのです。この点は、犯罪被害者に関する人権問題が全く意識されていなかった時代であることの証左でもあるのです(そもそも、犯罪被害者支援が取り上げられるようになったのは、平成8年「被害者対策要綱」(警察庁次長通達)の制定の頃、平成11年10月の日弁連が「犯罪被害者に対する総合支援に関する提言」を行った頃からにすぎません。)。
 ② 犯罪報道での犯罪者実名報道に対しては、「匿名報道」を主張する考え方もあ るのですが、マスコミ全体では、犯罪者実名報道が大原則となっています。 これは、おそらく、実名報道こそがマスコミの判断を介入させていない客観的事実であること(「色物事実」ではないこと)、犯罪は社会全体の秩序に関する問題であり国民全体に客観的に報道する必要性が高いこと、犯罪報道は国民個々人への予防・警鐘となり犯罪抑止効果があること等の理由があるようです。また、犯罪に対する法的制裁以外に社会的制裁の機能を有すると明言する人もいて、裁判所の審理の中で裁判官が「被告人は既に本件犯行を報道され、職を辞しているなど、社会的制裁を受けているので、情状を勘案し・・・」と言及する実務例もあります。
 犯罪者は犯罪により他人の人権を侵害した者であるわけですから、誤報でないかぎり、「実名報道」をする理由はそれなりにあろうかと考えます。刑法230条の2第2項では「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなす」との規定もあることから、犯罪者自身は実名報道による名誉失墜の影響が出たとしても止むを得ないわけです。   しかし、「被害者の実名報道」の理由はどこにあるのでしょうか?
(この点は、次回に続きます。)

~犯罪被害者と犯罪報道(その③)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~犯罪被害者が被害者としての実名報道を望まない場合の報道のあり方(その③)~

○マスコミの犯罪報道では、犯罪者も犯罪被害者も実名で報道されるようですが、犯罪者はともかく被害者を実名報道する必要性はあるのでしょうか?犯罪被害者の場合には被害者のプライバシーの保護の観点から法律上は問題はないのでしょうか?

1 はじめに(前々回)

2 具体的政策検討の出発点(前々回)

3 報道(マスコミ)の役割と位置づけの基本(前回)

4 マスコミの犯罪事実報道のあり方(犯罪者に関する実名報道)(前回)



5 マスコミの犯罪事実報道のあり方(犯罪被害者に関する報道について)

 現実にマスコミ報道でなされている「被害者の実名報道」の理由はどこにあるのでしょうか?

(1)「被害者の実名報道」の理由
① まず、警察の犯罪に関する「記者発表」では「殺人のような重大犯罪の場合には、被害者(死亡者も含めて)も実名で発表することになる」と警察当局から説明を受けたことがあります。その根拠は「従来からのマスコミとの慣例による」ということのような回答でした。私が担当したある具体的事件に被害者支援を通じて経験した例でも、上記のような回答であり、その積極的な法的根拠は示してもらっていません。また、仮に「従来からのマスコミとの慣例」というのであれば、その慣例は、まだ犯罪被害者支援とか被害者の人権を警察もマスコミも全く意識できていなかった時代(平成8年くらいまでのことを言います。)の慣例にすぎないわけですから、平成8年頃から始まった犯罪被害者支援の流れと平成16年の犯罪被害者等基本法の理念が制定された以上、そのような慣例は、修正又は破棄されてもよいものではないかと考えます。
 この慣例修正には、マスコミが「被害者実名報道の積極的理由を構築しない限り」、警察の記者発表時点で犯罪被害者の人権保障の観点で、「犯罪被害者については、被害者の同意を得ない限り匿名発表とする」というふうに、警察の記者発表の取扱原則を変える意図を含ませています。 (但し、前述したように、警察は国家権力機関であり、匿名発表を許していくといかなる犯罪事実も匿名発表になり、強いては、政治的犯罪の場合にも実名発表を避けるという状況を生む危険性があることに留意する必要はあります。)

②次に、マスコミ・報道機関は、なぜ、犯罪被害者についても実名「報道」を原則としているのでしょうか?(但し、多くの報道各社は、例外として、性犯罪被害者は「魂の殺人」に遭った者であり、今後の人生での人権保障と擁護が必要であるとの観点から「被害者匿名」報道としていますので、この点は、犯罪被害者の擁護の精神は生かされています。)
 その理由としては、「殺人事件等の重大事件は被害者実名報道が大原則である。匿名を原則とすると警察等の国家権力側が事件発表自体を匿名とすることを容認することになり、匿名社会となって報道の意義がなくなる。」「事実の報道は実名報道こそ客観性をもっている」ということのようです。「死んだ者は人ではなくなっているので人権への配慮は低くなる。」と考えているのかも知れません。
 私個人の疑問点としては、死という被害、貞操侵奪という被害、傷害という被害、財産侵奪という被害において、なぜ、「貞操侵奪という被害」という点だけ被害者の擁護が必要で、他の被害者には擁護は必要ないのか、という点にあります。 その点の区別は、マスコミや報道機関の基準は明確な理由付けはできていないのではないでしょうか。「犯罪被害者の人権保障」「個人情報の保護」という観点から考えた場合には、それぞれの犯罪被害者にはそれぞれの被害感情と今後の不安があり、被害実態の種類からの差異はないのではないでしょうか。「死という被害」という殺人犯罪の場合には、むしろ、性被害よりも結果は重大であり、遺族という被害者に対して今後の擁護が必要ではないとまでは言えないでしょう。生きていく遺族の思いを重視すれば、生きていく被害者自身と同じように、実名報道を望まない遺族の場合にもその心情を尊重する必要はあると思います。
 報道マスコミが、「警察の記者発表においては、殺人事件等の重大事件は被害者実名報道が大原則である。匿名を原則とすると警察等の国家権力側が事件発表自体を匿名とすることを容認することになり、匿名社会となって報道の意義がなくなる。」というのであれば、それこそ、国家に対する「知る権利」を理由に被害者の実名「発表」を要求すればいいのであり、仮に、報道マスコミにおいて、警察の犯罪発表が被害者の実名「発表」だったから、報道も無批判に被害者の実名「報道」も許されるのだと即断するのであれば、それこそ権力からの情報の垂れ流しをしているにすぎず、マスコミの崇高な独自性を放棄していることに他ならないでしょう。
 マスコミ・報道機関は、犯罪被害者側から被害者匿名報道の要請があり、匿名報道の理由もあり、実名報道の弊害(*)の可能性がある場合には、被害者保護・個人情報保護の観点から、積極的に「犯罪被害者は匿名報道」との姿勢を構築すべきであると考えます。
(*従来、マスコミの取材・報道による人権侵害については、被疑者・被告人及びその家族を対象とした研究・対策の論文・見解等に重点が置かれ、犯罪被害者及び家族を対象とした研究等には重点が置かれていなかった。しかし、犯罪被害者やその家族こそ、保護対策や研究もなされないまま、犯罪者から犯罪に依り人権を侵害された上に、マスコミから取材を受け、住所・氏名だけでなく、事件とは関係のないプライバシーを実名報道されることにより、地域・職場の生活の場面で周囲の好奇の目に晒され、転居・失職するというような深刻な精神的被害や生活被害を受けている。その被害は、現代社会で大きな影響力を有するテレビ・新聞・雑誌などで知ることにより生じており、一旦報道被害を受けてしまうと、その被害回復は非常に困難となるのである。)


6 マスコミに要請される社会的状況の変化に伴う意識変革
(1)世界情勢として自由主義陣営と社会主義陣営の冷戦構造下での世界では、国家と市 民の二極概念での理解(自由主義社会では市民側がマスコミと通じて知る権利が保障されていたという社会であるとの理解)は明確であったし、マスコミが市民側の「知る権利」を支える重要な役割を担っていたことも明確でありました。
(2)しかし、世界の冷戦構造が崩れ、自由主義経済社会を中心に、市民は「大衆」から 「個々の利益主体者」としてアイデンティティを持ち始めていると言われています。国家はむしろ国民個人の利益を保護する政策を要求され、多方面での市民主体の制度変革(地方自治改革・裁判員制度等の司法制度改革・市民参加型の諸制度)が行われようとしています。
 他方、インターネットを中心としたIT社会化の中で、情報は多方面から享受できるようになり、マスコミ・報道機関の変容の状況も発生しており、「国民の知る権利」はマスコミ・報道のみが支えることができるという社会情勢ではなくなりつつあります。(アメリカでは、インターネット情報提供者(ブログ記者)もマスコミ記者か?という論点が議論されている状態でもあります。)
(3)そこで、今後のマスコミの意義付けは、国家から国民の知る権利を基に国家情報(犯 罪処罰情報や犯罪情報等も含む)を「市民全体」に提供するという役割を超えて、「個々の市民の権利」を社会全体の中で誰からも侵害されないように全般的に擁護し、社会的問題点を指摘して必要な国家政策等の方向付けをするような報道をし、市民側に立った「個々の市民の権利」を保障できる社会的機関(第4の権力でも第5の権力でも何でもいいが。)としての役割になるのではないでしょうか。
 犯罪被害者の人権保護は、国家がその人権保障・手続保障・制度保障をしていないという意味で、昨今、新しく問題とされた人権問題であり、犯罪被害者に関しては、マスコミも放置し、あるいは逆に報道被害を与え続けてきた分野であります。
(ちなみに、犯罪被害者によるアンケート結果では、犯罪被害者の実名報道の禁止についての意見としては、まず、マスコミでの犯罪被害者の実名報道に何らかの問題があると考えている人は68・8%の多数であるが、実名報道の禁止自体については、半数以上が「わからない」と答えているものの、30%が賛成意見を述べ、反対はわずか7%であったという調査結果もあり、犯罪被害者がマスコミ報道の自由も考えながら困惑している状況である。)
 また、犯罪被害者の人権を考える場合、犯罪被害者は犯罪被害後も、その「地域」で生きていくという事実の直視が重要であります。マスコミ報道による「地域での影響」「地域からの被害者への目」「地域での被害者の立場・環境」を考えれば、被害者「実名」報道はほとんど意味を持たないだろうと思われます。なぜなら、現在のマスコミの犯罪被害者実名報道の意義は、地域において被害者だと知らなかった人に「この人が被害者だ」と教えるだけの「被害者実名報道」なのであり、地域での弊害を増やすだけのことしかできておらず、そこに、報道としての高貴な配慮・真実を伝えるという高貴な職業性は全くないことになっています。市民側に立った「個々の市民の権利」を保障できる社会的存在としてのマスコミ・報道機関の役割からすれば、犯罪被害者の報道に関しては、「匿名」報道の原則が導き出されるだろうと考えます。
 犯罪被害者が被害者「実名」報道を望んでいない場合にまで、「犯罪被害者の実名報道」をする必要性と価値がどこにあるのか?・・・・考えてみてください。
 「犯罪被害者の実名報道」の問題は、新しい人権問題として、犯罪被害者救済・犯罪被害者支援という新しい視点をもって、マスコミ報道各社全体で考えて改変していくことが必要な問題なのです。

以上

~不在者に対する町営住宅の明渡手続について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


○町営住宅の居住者が家財道具を放置したまま所在不明となった場合、どのような方法で退去手続きを進めることができるか?

 (参考事例)

 契約者甲死亡で第三者Aが居住していたことから承継拒否・明渡請求をしていたところ、平成18年3月以降にAが所在不明となった例(Aの母親は町内に在住している)で、その後何らの手続きもされていないまま住宅管理が放置されていた。(居室のカギは、最近、町が取り換えた。契約者甲の家族全員が平成20年頃夜逃げ状態で、保証人(乙1、乙2)2名がいるが平成20年頃から保証人への請求手続きもしないまま手続きが放置されていた。)

 (回答)

(1) まず、町営住宅の管理権を町が有していたとしても、不正な住宅使用者(A)であっても、占有(住宅の使用)している事実が確立している場合には、自力救済行為(カギを取り換える等、事実上、町の管理に戻すような行為を勝手にすること)はできず、裁判等の法的手続をして立退き要求を実現することになります。
 そこで、町の担当者が居室のカギを取り換えたのは、不当な自力救済行為と評価される面もあります(その場合には、国家賠償法1条又は民法709条の不法行為として損害賠償責任が発生しますが、所在不明のAに損害が発生するか具体的には不明です。)が、仮に、住宅の管理上、錠(鍵)も壊れていて部屋に置きっぱなしの荷物の管理が充分ではない、誰かが勝手に出入りしたり、持ち出したりしているような状況があって、不在者Aのために、他人が自由に出入りできる状態を改善したものである場合には、民法697条の「事務管理」行為となり、違法(不法行為)とはならないので、損害賠償責任はありません。

(2) 次に、不在者Aの荷物が残置され、任意の明渡を受けていない場合には、不在者Aがその居室を占有している状態だとされますので、その明渡しをさせる手続が必要になります。Aの居室占有は、住宅使用許可や住宅賃貸借契約がないAの不法占拠状態であるので、 まず、ⅰ>裁判手続きと執行官明渡執行で対応するのが原則となります。この場合に、この裁判手続では弁護士費用と時間がかかるので、便法として、ⅱ>Aの母親にAの代理人(無権代理又は表見代理)として退去手続きを取ってもらうか、退去と荷物処分承諾書又は退去と荷物処分依頼書を書いてもらって、Aの母親の費用で(又は町の費用で)処理するか(母親の事務管理行為)、ⅲ>町が独自に業者への適正な見積と委託で処分するか(町の事務管理)という方法を取っても止むを得ないと考える立場もあろうかと思います。
 しかし、ⅱ>及びⅲ>の方法は、基本的には、住宅居室の占有者(荷物の所有者)である不在者Aに無断で、母親や町が手続を進めて荷物を処分するものですから、後日、不在者Aが戻ってきた場合に「人の荷物をどうして勝手に処分したのか!」と賠償請求をしてくる可能性が残り、後に説明する「事務管理」の要件を満たさない場合は、違法な行為となります(自力救済の禁止)ので、お勧めできる方法ではありません。
 仮に、やむを得ずこの方法を取るというのであれば、Aに対して、「不法行為ではない。事務管理の行為にすぎないので損害義務は負わない。」と反論できる要件を完全に備えて置く必要があります。民法697条は「1 義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。 2  管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。 」とされ、その結果、「不法行為にはならない(損害賠償は負わない)」とされています(民法698条)。従って、Aの母親も町も「その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務を管理する」ことが必要です。簡単に言えば、このままの状態で放置すれば、不在者Aにとって所有する家財が盗まれて無くなる不利益や居室使用料(不法使用の相当損害金)が嵩んで債務が増えるという不利益発生を防止するために、退去事務や財産処分(処分代金での管理)をしたというような理論構成が可能だろうと思いますが、事務管理として確実に認定されるかどうかは疑問が残ります。

(3) 解決方法としては、不在者Aに対する裁判(住宅明渡請求訴訟)及び住宅明渡強制執行手続が最も望ましい方法です。そのためには、まず、従来の居住者甲の相続人らとの間の住宅使用許可又は住宅賃貸借契約の解除が必要になると思われます。なぜなら、元の使用許可を得ていた甲の使用権を不在者Aが転借している可能性も疑われるからです(但し、この点については不要であるとの見解もあり得ます)。解除手続をする場合には、本来の契約者甲の相続人に対して行うことになりますが、相続人らが夜逃げ状態で居住先が不明であれば、意思表示の公示送達手続で行うことができます(民法98条)。保証人2名への解除通知は、原則としては不要です。
 その上で、現実の占有者のAに対する無権限占有(不法占有)を理由に、Aに対する住宅明渡し請求と判決後の執行官明渡執行手続をすることになります。この場合の裁判は、Aが行方不明ですので、今度は、民事訴訟手続上の公示送達の方法で(民事訴訟法110条以下)裁判をすることになります(この場合には、いわゆるAの欠席裁判ではなく、証拠調べを実施他した上での判決になります)。更に、この場合の裁判の工夫としては、住宅からの明渡請求だけでなく、必ず、不法使用期間の使用相当損害金(使用料相当金を基準に算定する)の請求も同時にしておくことが必要です。住宅明渡の勝訴判決を得て強制執行をする際に、室内に残置された動産(家財や荷物等)を使用相当損害金で差押え売却してもらえば、明渡執行後の不在者Aの家財や荷物を町が管理しなくて済む(執行官保管等の倉庫費用等を負担しなくて済む)からです。
 公的な立場で問題解決を図る場合には、費用と時間を惜しまずに、このような正式な法的手続で対応されることをお勧めいたします。


以上

図書館職員が掲示した張り紙~貸出し図書の返還要請の張り紙~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




1、町営図書館の図書の返却期限を守らない人への返却のお願いはどのような方法があるでしょうか。返さない人に対して、「約束どおりに返せない何か事情があったのかしら?」って思うか、「なんで約束通り返さないのよ!」って思うか、人それぞれでしょうし、借りた相手の日頃の態度でも異なるでしょうか。ともかく、日本も「情の社会」から「契約の社会」になってきていますので、「約束どおり返却してください。」というお願いをすることになります。「お願い」と言っても、法的には「返還請求」ということになります。
(1)まずは、借主の方(Aさん)に電話して「図書の返却期限が過ぎていますので、ご返却の手続きをお願いします。」と、お願いする方法を最初に採るでしょうね。電話に出ない場合には、留守電に伝言を残しておく方法になるでしょう。
(2)又は、ハガキ等の郵便で、「返却期限徒過による図書返還のお願い」をすることになるでしょう。
(3)問題は、この二つの方法を採っても返却されない場合(応答がない場合も含む)に、どういう方法を採るかです。
 ア.その場合に考えられるのは、借主宅に直接訪問する方法です。日中不在の場合が多いでしょうから夕方や土日に訪問することになるでしょうが、ここまではされないのではないでしょうか。
 イ.次に考えられるのが、①図書館に返却未了者の名前を掲示する方法、②借主宅を日中訪問して留守だった場合に、返却のお願いの張り紙を見えるところに貼っておく方法です。これらは、他人に見られる心理的負担を契機に図書返還に努めてもらおうという措置です。

2、〇▽町の図書館職員(Bさん)が、上記(3)イ.借主自宅を訪問し、不在だったため「貸出し図書を大至急返還されたい」旨のA3版の大きさの張り紙を玄関ドアに掲示しました。その結果は、どうなったでしょうか。
(1)借主のAさんが、その張り紙を見て怒り、名誉棄損とプライバシーの侵害の不法行為だとして、〇▽町と職員Bさんに対して国家賠償法に基づく損害賠償の裁判を起こしました。
(2)張り紙による請求行為は、サラ金業者の貸金返還請求方法として一時期蔓延しましたが、それに対しては、社会的な返済請求方法としては相当性がなく違法であるとする判例が多く出ていることは皆さんご存知かと思います。
 〇▽町も、裁判で訴えて図書の返還請求をする方法もある中で、あえて「他人に見られる心理的負担を契機に図書返還に努めてもらおうという方法(大衆に知られる張り紙)を取る場合は、法的危険性を十分に注意することが必要です。
 他人に暴力的に圧力をかけて回収を図る方法と心理的に圧力をかけて回収を図る方法との間に違法性の差異はないと考えておくべきでしょう。

3、ただし、実際の東京地方裁判所の判決では、例外的な救済判例ですが、Aさんからの損害賠償は認められませんでした(〇▽町と職員Bさんの勝訴)。
 その理由が、①本件図書が他の図書館からの協力貸出の図書であり、〇▽町の図書館は、協力図書館への早期の返還義務を負っていたので、早期の回収をする必要性が高かったこと、②図書館員Bは、借主A宅を何度も訪問して置手紙を入れていたにも関わらず、借主Aさんが何ら応答もなかったこと、③本件張り紙行為は、公共の利害に関する事実で公益を図る目的に出たものと評価でき、名誉棄損は成立しないこと、④プライバシーの侵害に関しては、Aの返還できない理由は仕事で忙しかったというだけで他に合理的な理由はなく、Aが自ら招いた状況であると言えるのでプライバシー侵害と評価できない、というものでした。(第一法規「自治体訴訟事件事例ハンドブック320頁参照」)
 この結論は、一般的に「未返還図書の返還請求方法として、張り紙等で名前等を公表してよい」というものではありませんので、十分に注意してくださいね。



以 上

お正月と法律(その③)~正月勤務と休日労働賃金について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫




 あけましておめでとうございます。
 今年の年賀状には、戌年の犬にちなんで「ワン●●ダフル(Wonderful)」の言葉が使いたくて、“ワンダフル 年の初めの 験し事(ためしごと)” という俳句を書いて賀状の挨拶としました。皆さんの一年が、不思議な良いことや素敵なことがたくさんある素晴らしい一年であるますようお祈り申し上げます。
 さて、安倍内閣では「働き方改革」「人づくり革命」を強力に推し進めてきていまして、今年の正月には、主だったサービス産業では、「正月営業休止」という流れが出てきているようです。「お正月は休みにしましょう。」という動きです。昭和40年代までは、正月2日が「初商い」で、正月元旦はサービス業関連の店舗は「正月休業」としてあらゆる所が休んでいました。昭和50年代からでしょうか、コンビニ店舗や量販店が進出してきた時代から、年末年始無休営業という流れが始まって今に続いているように記憶しています。
 しかし、今までのそういう流れの中にありつつも、逆に、この「働き方改革」の中で、働くもの全体が「正月くらいは休んでのんびり過ごしましょう。」という意識に戻るのも、人の健全な生活と命の安らぎを実現するためにはとても良いことだと考えています。
 それでは、正月勤務に関する法律上の取り扱いについて説明しましょう。

1、年末年始に休む場合
 ところで、年末年始は行政官庁が休日になっていますが、民間でも当然休みなのか、というと法律上はそうではありません。年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありませんし、会社や事業者は年末年始を休日にする義務もありません。他方、労働基準法上は、勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定はありますので、会社が就業規則で年末年始を休日とする規定を設けていない場合でも、労働者・従業員が有給休暇を使って年末休みや正月休みを取得すること自体には、法的には何ら問題がありません。
 しかしながら、普段から有給休暇が取りにくく、年末年始には会社事業がなくその年末年始期間のみ有給休暇をスムーズに取得できるような状況になっていたり、会社から積極的に「年末年始は有給休暇申請をして有給休暇を消費してくれ。」と指示されたりしている場合には、全く問題がないわけでもありません。
 有給休暇は原則として労働者・従業員が請求する時季(時期と同じ意味です)に取ることができる権利です。したがって、労働者・従業員が年末休みや正月休みを取る時季を決めるのではなく、会社側から取得の時季や期間を指定されて「有給休暇を取らされていた場合」には、会社のそのような行為は、労働者・従業員の有給休暇の時季指定権を侵害している可能性があり、逆に、会社側が年末年始に事業を行わないことが恒常化している場合には、会社都合による休業ということになり、有給休暇を使用しなくても、休むことができることになる場合も生じます。

2、正月勤務をした場合
 ところで、正月の営業休止がなく、年末年始に働いた場合には、労働基準法上の割増賃金はもらえないでしょうか。
 先に述べたように、労働基準法上での年末や正月については、まず、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありません。(労働基準法が定めているのは、労働時間が週40時間、休日が週1日、それに加えて勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定があるだけで、国民の祝日を休日にしなければならないという規定はありません。また、振替休日を設ける必要もありません)。12月29日から翌年の1月3日までの日(国民の祝日に関する法律に規定されている1月1日を除く。)は、行政機関等の休日として法律で決められているにすぎませんので、法律上は、民間には年末年始の休日はないことになっています。
 しかし、ほとんどの民間会社では、就業規則等で正月三が日を祝日又は休日と定めている場合が多く、その場合に、正月に出勤して働いた場合には、特別手当を支給する企業はあります(このような特別手当支給についても労働基準法には規定はありません)。ただ、特別手当の制度が無くても、出勤した正月が法定休日であれば、会社は3割5分以上の割増賃金を支払わなければなりませんし、22時から翌日5時までの間は深夜割増として、2割5分以上の割増賃金を必ず支払わなければなりません。正月は休日となっていても、法定休日でない場合(その週1日を与えている場合)には、法律上は割増賃金は発生しません(労働基準法第37条1項)が、就業規則上で休日割増賃金規定を定めている場合には、割増賃金を支払うことになります。

3、公務員の正月勤務の場合
 公務員の場合には、行政機関の休日と定められている年末12月29日から1月3日の間でも、消防・警察・検察・裁判などのように緊急事態へも対応できるようにするために、日直当番対応・夜間宿直当番対応が求められます。そこで、公務員の場合においても正月勤務が生じます。人事管理者は、休日に割り振られた勤務時間の全部について特に勤務することを命じることができ、その場合には、事前に当該休日後の勤務日等を代休日として指定することができます(代休日を指定するかどうかは職員の希望を尊重)。代休日を指定せずに当該休日の正規の勤務時間を勤務した場合は、法律の定めがあり、休日給(支給率135/100)が支給されますし、また、当該休日に正規の勤務時間を超えた時間外勤務をした場合には超過勤務手当や夜間勤務手当も支給されます。(一般職の職員の給与に関する法律第16条、第17条、第18条)。
 なお、地方公務員の場合には、各地方自治体の条例の定めによりますが、(地方自治法第204条第2項)国家公務員の場合と同様の規定が定められていることが多いようです。



以 上

~お正月と法律(その1)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


新年を迎え、心からお慶び申し上げます。 

今年も皆様にとって良い年でありますようお祈り申し上げます。

“年の初めの例(ためし)とて~~♪”の歌は、「お正月の歌」ではなく、「一月一日」という歌なのだそうですね。
ともあれ、“松たけを立てる”代わりに、「お正月」を法律的に考えてみました。

 


1.お正月はみんなお休みですか?

 お正月は一般に「正月三が日」と呼ばれて、休日扱いとするのが通例ですが、「国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)」では、「一月一日」だけが祝日(年のはじめを祝う)となっています。ただ、「行政機関の休日に関する法律(昭和63年法律第91号)」では、その第1条1項で「次の各号に掲げる日は、行政機関の休日とし、行政機関の執務は、原則として行わないものとする。
 1、日曜日及び土曜日
 2、国民の祝日に関する法律 (昭和23年法律第178号)に規定する休日
 3、12月29日から翌年の1月3日までの日(前号に掲げる日を除く。)
と定めているので、官公庁は、暮れの29日~元日を挟んで正月3日まで「6連休日」となります(同様に、「裁判所の休日に関する法律(昭和63年法律第93号)」でも、「国会に置かれる機関の休日に関する法律(昭和63年法律第105号)」でも同じ規定があります)。それで、行政機関である刑務所も執務状況について暮れ正月の特別扱いがあり、服役者は免業となり作業役務はなく、深夜まで紅白歌合戦の視聴も許されるようです。

2.お正月にも働いているの?

 労働基準法上での正月については、労働基準法には、年末年始の休暇に関する規定はありません。(労働基準法が定めているのは、労働時間が週40時間、休日が週1日、それに加えて勤続年数に応じて有給休暇を付与しなければならないという規定で、国民の祝日を休日にしなければならないという規定はありません。また、振替休日を設ける必要もありません)。しかし、就業規則等で正月三が日を祝日又は休日と定めている場合が多く、その場合に、正月に出勤して働いた場合や年末年始に出勤した場合には、特別手当を支給する企業はあります(これも労働基準法には規定はありません)。特別手当の制度が無くても、ただ、出勤した正月が法定休日であれば、企業は3割5分の割増賃金を支払わなければなりませんし、22時から翌日5時までの間は、深夜割増として、2割5分の割増賃金を必ず支払わなければなりません。正月は休日となっていても、法定休日でない場合(その週1日を与えている場合)には、法律上は割増賃金は発生しません(労働基準法第37条1項)が、就業規則上で、休日割増賃金規定を定めている場合には、割増賃金を支払うことになります。

3.お正月が来ると歳をひとつ取るのですか?

 お正月に年齢を一歳分増やすという「数え年(かぞえどし)」というものがあります。
 「数え年」というのは、生まれた時にまず、一歳となり、次の正月(元日)が来れば二歳と計算し、その後も元日が来る度に一歳ずつ年を取るという年齢計算方法です。これは長い間、日本の伝統的な年齢計算の方法でしたので、正月が来るとひとつ歳を取るという認識が浸透していました。しかし、「年齢計算ニ関スル法律(明治35年)」と「年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年)」の二つの法律によって、「国民は、年齢を数え年によって言い表わす従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは、月数)によってこれを言い表わすのを常とするように心がけなければならない。」「国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表わす場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によってこれを言い表わさなければならない。」と定められ、満年齢による年齢計算となりましたので、「数え年」の数え方は無くなりつつあります。

4.お正月から新しい書類や新しい番号で仕事を始めます!

 1月1日は、「司法年度」の初日に当たります。裁判所などの司法事務の取り扱いは、1月1日から12月31日までを1年度としています。事件番号も、1月1日に事件申立をすれば「平成26年度第1号事件」となります。この点、4月1日から翌年3月31日までを1年度とする「会計年度」とは異なります。司法年度は、新年1月の人事異動などもない中で、私達法曹家は、正月を迎えて、これからの仕事も新たな若い番号を付して新鮮な気持ちで取り組む契機(きっかけ)に なっています。


以上

お正月と法律(その2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


~ 福袋 ~

 新年明けましておめでとうございます。昨年のお正月に引き続き、正月明けの本塾のお話として、「正月と法律」という視点で「福袋」についての法律のお話をさせていただきます。
 古来、日本で言う福袋は、福(幸福、幸運)が入っている袋のことで、代表的なものは、福の神である大黒天が打出小槌(うちでのこづち)・米俵とともに携えている大きな布袋を言うようですが、現代においては、日本の商習慣の一つである正月初売りで、「年始(正月)用の割安な商品として企画販売される袋詰め商品(複数の異なる品が同封されている)」を言うようです。
 福袋の多くが中身は非公開ではありますが、中身に宝飾品(宝石など)・電気製品などが含まれる高額なものや衣料品の場合、購入前に中身の確認が許される、袋の素材が透明で中身が見える、あらかじめ内容が公表されている、指定された商品群からの選択性になっている、などといった方法が執られることがあります。



1.「福袋」を法律から眺めてみますと、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)の一般懸賞の限度額の問題と独禁法の不当廉売が考えられますが、福袋としての販売方式は、景品を付ける形ではなく、組み合わせた商品の合計価格以下で販売する形(値引)であれば、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」であるので景品表示法における景品類には該当しませんので、最高額および総額の規定(販売価格が5,000円未満の場合20倍まで、5,000円以上の場合10万円まで、総額は売上予定総額の2%まで)は適用されませんし、また、低価格が「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの」でもないので、独禁法の不当廉売でもないでしょう。



2.次に、実は化粧品(医薬部外品を含む)を中身の見えない福袋のような形式で販売することは、法律に違反してしまう可能性があります。
 薬事法という法律によって、化粧品が入っている容器には、使用しているすべての成分(医薬部外品の場合は有効成分のみ)や製造販売業者名などを表示することが義務付けられています(これを「法定表示」といいます。薬事法第61条)。さらに、その化粧品を不透明な箱に入れるなどして、直接の容器に表示された「法定表示」が外から見えなくなってしまう場合は、その外側の箱にも法定表示をする必要があります(薬事法第62条・51条)。つまり、化粧品は、「購入時に何が入っているか分からない」=「法定表示が見えない」状態で販売することは認められていないのです。そのため、化粧品を“不透明な袋”に包まれた「お楽しみ袋」や「福袋」で販売する場合、その袋にも法定表示をしなければなりません。人によっては特定の成分で肌にアレルギーなどの障害が起こる可能性もあり、そうしたことを防ぐ意味でも、表示が義務付けられているわけです。



3.最後に、福袋は多くが非公開の中身となっていますが、これを購入した人が、インターネットで中身の公開をして広めることは、何か法的問題となるでしょうか。
 福袋の販売は正当な業務であり、中身の公開はその福袋の販売力を低下させる可能性があります。そうなると、福袋の中身を公開する方法で人の業務を妨害したという威力又は偽計による方法での業務妨害罪(刑法233条・234条)になる可能性があります。(233条・業務妨害罪等「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」)
 しかしながら、自分の購入した福袋やその中身は購入した人の所有物ですし、自分の所有物をどのような方法で得たかも含めて公開することは、基本的には違法なことではありませんので、何ら犯罪にはならないと考えます。福袋を販売する商人としては、むしろ購入者が公開すれば、「良い品が入っている福袋だ」と宣伝になるような商品揃えにすればいいだけですし、それこそ、「福(幸福、幸運)が入っている袋」なのではないでしょうか。


以上

~空き家・廃屋の処理と条例制定~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<質問>
 少子高齢化社会の現象のひとつとして、独居高齢者が死亡後の地方の土地の管理放棄・家屋の管理放棄(空き家・廃屋)による環境上や防災上のトラブルが発生したりして問題となってきています(相続人の子らが都会で生活して帰省もしないままで全てを放置している例が多いようです)。土地は雑草が背の高さまで伸び、蚊や蝿などの発生地となっていたり、建物は今にも崩れそうな状態で台風がくれば瓦も屋根も近所に飛んで行ってしまうような危険な状態です。地方に現実に住んでいる人にとって、衛生面・安全面で迷惑を被っていることになるのですが、市民生活を守る地方行政として何らかの方策は取れないものでしょうか?

<回答>

  1.  まず、放置されていても、土地や建物は個人の所有物なので、それらの処分や管理権限はその所有者にあり、法律上は、市町村が行政として管理状況を変えたり、取り壊して処分したりすることは基本的にはできません。しかし、民法上の事務管理として第三者に迷惑や危険を及ぼして第三者への損害を発生させるような状況に対しては、所有者の利益になる方法であれば、「所有者のために」行政を含めた近隣住民が管理状況を変えたり、取り壊して処分したりすることができる場合もあります。(民法698条「管理者は本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるたに事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。」と定めていますので、人の物を勝手に処分しても不法行為責任を負わないとしていることになります。) 
  2.  次に、民法上の事務管理以外に、市町村は条例を制定して、このような物件に対して規制し、何らかの強制措置を取ることはできないのかを検討してみましょう。
     地方自治法第2条2項で「普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。」としており、市町村が私権(個人の所有権)を制限する際には当然に法令に根拠が必要であり、空き地や空き家・廃屋の不良状態について一般的に規制する法律や政令はないので、そもそも条例で空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制してもよいのかが問題となります。しかし、憲法29条2項で「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」とあるものの、法律で定めなくてはならないのは「財産権の内容」であり、「財産権の行使の制限」は、直接に法律によらなければならないとは規定していないことから、また、空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制は地方自治法第2条2項の「地域における事務」に該当するので、処理権限を与えられているので条例で定めることは可能と考えます。
     
  3.  実際に、空き地や空き家・廃屋の不良状態について規制については、多くの市町村で「空き家条例」「空き家空き地の適正管理に関する条例」等として空き家等の所有者に適正な維持管理を義務付けるとともに、自治体が立入調査権を有して、空き地等の所有者に必要な措置を勧告できることなどを規定しています。中には以下のように行政代執行まで規定している条例もあります。

       (行政代執行の条例規定例)
    第○条(命令)
     市長は、空き家等の所有者等が前条第2項の規定による勧告に応じないとき、又は空き家等が著しく管理不全な状態であると認めるときは、当該所有者等に対し、履行期限を定めて必要な措置を講ずるよう命ずることができる。
    第○○条(行政代執行)
     市長は第○条の規定による命令を受けた者がこれを履行しない場合において、他の手段によってその履行を確保することが困難であり、且つ不履行を放置することが著しく公共の利益に反すると認めるときは、行政代執行法(昭和23年法律第43号)に定めることにより、自ら必要な措置を行い、又は第三者にこれを行わせ、その費用を当該命令を受けた者から徴収することができる。

     この点、行政代執行の対象は、「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代ってなすことのできる行為に限る。)」との行政代執行法2条の規定から、個別の法律の委任に基づく条例についてのみ代執行が認められるようにも読めるのですが、しかし、個別的な法律の委任に限らず地方自治法第14条第1項の規定に基づき一般的に委任されていることでよく、個別的な法律の委任のない条例に基づく義務も代執行することができると解釈できるという立場での条例制定になります。 なお、平成25年11月17日付宮崎日日新聞記事(一面トップ記事)によると、宮崎県内の宮崎市・延岡市・都城市・日南市の4市では、国会への対策法案(自民党議員法案:空き家を自主撤去した場合に土地の固定資産税を軽減することとして自主撤去を促す法案)の提出の動きもあることから、その法案に合わせた条例制定を視野に検討を始めているとの報道がなされています。

以上

~司法修習生の給費制について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 宮崎県内においては、弁護士の員数は、一時期50名~80名程度で落ち着いていましたが、2010年(平成22年)には新入会員8名、2011年(平成23年)には新入会員15名、2012年(平成24年)には新入会員12名を迎えており、会員総数は121名を超える状態になっています。これは、2002年(平成14年)3月19日に閣議決定された「司法制度改革」での「司法制度を支える体制の充実強化(人的基盤の拡充)」という理念の下で法曹人口の拡大が図られた結果であるのですが、全国的には、既に法曹人口の拡大=弁護士人口のみの拡大になってしまっていることから、この弁護士急増現象に対して、弊害が生じています。弁護士新規登録者の就職困難問題、「ノキ弁」(法律事務所から給与をもらわずに事務所の使用を許されて弁護士活動を始める例・軒を借りるだけの弁護士の意味)や「即独弁」(法律事務所への就職をあきらめ、初心者ながら自分の事務所を経営する例)の問題などの弁護士過剰による悪影響として生活のなりたたない弁護士が出てきています。更に、法科大学院希望者や法曹を目指す者の減少化問題など法曹養成制度全体にまで影響が生じているのが現状です。

 また、2011年(平成23年)11月には、「司法制度改革」の一つとして、裁判所法改正に基づく司法修習「給費制」(司法修習生には公務員給与に準じた給与が支給されて最高裁判所職員として修習生活を送れる制度)が「貸与制」(司法修習生には給与は支給しない。修習生活は自己費用で賄うこと、自己費用はない場合には、貸付制度を利用させる制度)へと変更されて、法曹養成制度が法科大学院を中核とするいわゆる「ロースクール」化されたことから、弁護士、裁判官、検察官の法曹になるためには、大学4年間、法科大学院2~3年間、試験期間1年~5年間、司法修習期間1年間が必要であり、少なくとも、合計8年間~10年間の教育及び養成期間を要することとなり、その間の費用として1000万円を超える資金(又は奨学金ローンや借金)が必要となる制度になってしまっています。

 また、法科大学院卒業後は、7~8割の司法試験合格者が輩出される構想であったところ、2割~3割の合格率に低迷したままで法曹資格の取得も困難な状況になっており、しかも、仮に法曹資格を取得して弁護士になったとしても、前述したように法律事務所への就職すら困難な状況になっているのですから、そのことにより、資力のない家庭の子弟の場合は、いかに優秀な若者であっても、法曹の道を目指すことをあきらめてしまうという流れが生じています。

 ところで、2002年(平成14年)3月19日に閣議決定された司法制度改革推進計画では、「司法を担う法曹に必要な資質として、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的な法律知識、柔軟な思考力、説得・交渉の能力等に加えて、社会や人間関係に関する洞察力、人権感覚、先端的法分野や外国法の知見、国際的視野と語学力、職業倫理が広く求められる」としています。この法曹の資質向上の精神は、ノブレス・オブリージェ(仏: noblesse oblige-「高貴なる責任」「選ばれし者の高度な倫理観」)の考え方から来るものだと思われます。そこでは、一定の経済的安定(身分保障ないし生活保障)があることが前提とされてきたのですが、ここ数年来の司法制度改革の結果としての無計画な法曹人口拡大は、この法曹の資質及び役割(=人権救済の砦としての役割=社会における人権保障システムとしての人的基盤であること)の本質を見ずに、法曹の業務を単に「ひとつのサービス商品」として自由経済原理に復させようというシステムに変容させていくだけです。

 宮崎県弁護士会では、2010年5月から「司法修習給費制維持に関する運動本部」(正式には、「市民の権利の守り手となる法曹養成制度の維持を求める運動宮崎県本部」)を設置し、2011年7月13日には「司法修習給費制維持の街頭宣伝」を、同7月16日には、「司法修習給費制維持の市民集会~災害予防・復興から考える弁護士の公的役割~」を実施し、若手会員が数回に及ぶ地元選出国会議員への要請活動を継続的に取り組んでいます。

更に、2011年(平成23年)11月1日に「法曹人口問題政策検討本部」を設置し、政府の法曹養成フォーラムに向けての日弁連本部(法曹人口政策本部)の方針の検討又は意見集約と活動を行う体制を構築し、司法修習生に給与を支給する制度に戻すように、現在も活動を続けています。2010年(平成22年)9月16日の宮崎市議会での「司法修習生給費制存続を求める意見書」採択を始め、多くの地方議会で同様の採択もなされてきています。

 しかし、2013 年(平成25年)1 月30 日、内閣の「法曹養成制度関係閣僚会議」の下にある「法曹養成制度検討会議」は、司法修習の貸与制を前提とした上で、今後、司法修習生間の公平性を確保するために何らかの必要な措置が講じられないか検討すべきであるという方向性を打ち出しました。この方向性のうち、司法修習生に対して必要な措置を講じることを検討する姿勢は評価できますが、貸与制を前提としており、かつ、「司法修習生間の公平を是正するために必要な措置」は転居費等の手当を支給することを念頭においているようであり、依然として、司法修習生は借金せずして最低限の衣食住を確保することすらできない苦しい経済状況におかれ続けることに変わりはないような方向です。

 そこで、2013年(平成25年)8月2日には、元修習生(弁護士)約120人が「国が司法修習生の給費制を廃止したのは、給費を受けた過去の修習生との差別にあたり、法の下の平等を定めた憲法に違反する」「給費制を廃止しながら、公務員と同じような修習専念義務を残しアルバイトも禁止しているのは、不当な差別にあたる」などを理由に、国に1人あたり1万円の損害賠償を求める国賠訴訟を東京地裁に起こしました。名古屋、広島、福岡の各地裁でもこの日、元修習生(弁護士)が集団で同種の国賠訴訟を提起しています。

 皆さんも、この国の司法制度・司法修習制度がどうなっていくのか、どうなるほうがいいのか、注視していただければ幸甚です。

以上

~あるテレビ番組の話(旅館での忘れ物・高級時計)~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<法律相談>
 法律問題を取り上げて答えさせるテレビ番組がありますが、そこでの問題で、「旅館に宿泊している人が、宿泊料を支払わないで逃げた。しかし、その部屋に高級腕時計を置き忘れていたので、旅館としては、それを売却して宿泊料に当てたいのですが、勝手に売っても良いでしょうか?」という質問に対して、ある人は「 時計は、そのお客個人の所有物だから、勝手に売っては駄目。」という見解であり、ある人は「勝手に売っても良い。」あるいは「何か、特別な救済処置が有って、ちゃんとした法律に則ったルートなら売っても良い。」という見解もあったのですが、どうなんでしょうか? 旅館としては、無銭飲食された上、宿泊料も踏み倒されたら、踏んだり蹴ったりなので、勝手に売却してもよさそうに思うのですが、法律はきっと何か旅館を助けてくれる方法を定めていると思うので、分かりやすく教えてください。

≪回答≫
 最近は、テレビ番組でも法律相談番組なのか、クイズ番組なのか、はたまた、お笑い番組なのか、よく分からない番組が定着してきていますが、法律を分かりやすく広めてくれているという意味では評価していいのではないかと思います。ご相談内容も、結論は分かったのだが、理由がよくわからなかったということのようです。
 その番組は私も見ていないので、出演者や弁護士の回答内容はよく把握していませんが、旅館にお客様が忘れた高級腕時計についての話ですが・・・・・。
 まず、(1)旅館は、お客様の忘れ物については、一般的にどのように取り扱うことになるのか?その次に、(2)旅館がお客様に宿泊料などの未払請求権があった場合には、その忘れ物に対して何か権利行使ができるか?という順で、考える必要があろうかと思います。


(1)忘れ物についての処理
 宿泊客の忘れ物は、「他人の置き去った物」として遺失物法の対象になりますので、それを拾得した旅館経営者は「速やかに、拾得した物を遺失者に返還し、又は警察署長に届け出なければならない。」とされています(遺失物法4条2項、但し、特例施設占有者は手元保管で足りる。同法17条)。
 警察署長に届け出た場合には、公告手続を経て、3ケ月待てば、旅館経営者が忘れ物(高級腕時計)の所有権を取得することもできる可能性もあります(*①)が、しかし、遺失者(お客様)が現れた場合には、報労金(5~20%)の問題にしかなりませんので、旅館経営者としては、全額回収ができない場合も想定されます。
 そこで、旅館としては、遺失物法による「遺失者に返還する」方向での対応をした上で、他の権利行使ができないかと考えることになります。


 *① 民法第240条
 「遺失物は、遺失物法(平成18年法律第73号)の定めるところに従い公告をした後3箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。」 


(2)宿泊料請求権の特色(優先権-先取特権)
 宿泊料の未払いに関しては、民法311条・317条の「先取特権(さきどりとっけん)」という担保権の規定があります。民法311条に動産先取特権として「旅館の宿泊を原因に生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する」とあり、民法317条で「旅館の宿泊の先取特権は、宿泊者が負担すべき宿泊料及び飲食料に関し、その旅館に在るその宿泊客の手荷物について存在する。」と規定されています。
 「先取特権(さきどりとっけん)」には、抵当権の規定が準用されています(民法341条)ので、旅館経営者は、宿泊客の高級時計を(返還する方法として)管理しながら、裁判所に競売申立(時計提出)をして、売却(競売)してもらい、その競売代金から「先に」宿泊料分を「取って」いいことになります。先に取れるので「先取特権(さきどりとっけん)」というのだろうと思います。 裁判所の競売の場合には、そのような動産類の競売への入札参加者は、古物商・質屋業者がほとんどなので、質屋さんらが競落してくれることが多いだろうと思います。そういう意味では、旅館が質屋に売却したのと同じような結果が、裁判所の競売手続きを通じてされていることになります。

以上

~弁護士の職業意識について~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 いよいよ、夏も終わり二学期(?一学期後半というのが正確でしょうか)が始まりました。
 弁護士は裁判等の仕事以外に、講演を頼まれたりします。学校関係の講演もあります。ある高校で進路講演を依頼され、生徒の皆さんに「弁護士の仕事」の話をする機会がありました。そのときの話の概要をまとめると、次のような話をしています。
 具体的な訴訟や裁判の話もしていますが、ここでは割愛させていただきます。


1、法曹三者について
  法曹三者とは、裁判官、検察官、弁護士を言います。法曹の仕事・法律家の仕事は、裁判官も検察官も弁護士も、人を相手にする仕事です。しかも、人が争っているとか、人が犯罪を犯したとかいうような場合の、人の不幸な状態を問題にして、お金をもらい収入を得ています。世の中には、「人の不幸を仕事にして、収入を得る仕事が4つある」と、歴史的にいわれています。医者 ・ 弁護士 ・ お坊さん ・ 学校の先生 です。
 医者は、病気という人の不幸をみて、収入を得ています。弁護士は、人の争いや犯罪をみて、収入を得ています。お坊さんは、人の死という不幸をみて、収入を得ています。学校の先生は、人の無知・無教養をみて、教えることで収入を得ています。
 この4つの仕事は、常に人間の弱い場合を相手にして仕事をしているわけです。 それなのに、この職業の人たちは、歴史的には、高貴(けだかい)職業だと言われてきています。なぜでしょうか。
 フランス語で、「ノーブレス・オブリージュ」(Noblesse Obrige)・・・「高貴なる義務責任」という意味の言葉です。本来は、貴族などの地位の高い人にはそれなりの責任感、倫理観、世界観が求められるという意味の言葉でしたが、資格をもって権力的に仕事をする立場にある人が弱い人を相手にする場合には、常に強者となれるのですから、相手は誰も文句を言いません。誰も何も言わないからこそ、資格をもって仕事をする人は、自分自身で立派な倫理観を磨いていかないと、すぐ「悪徳」になってしまうのです。
 だから、このような職業についている人に、一般人と違う戒め・自戒を与えたのが、「ノーブレス・オブリージュ」(Noblesse Obrige)という言葉です。


2、弁護士の職務について
 弁護士も、そのような倫理観をもって仕事をするというのが、まず、第一です。弁護士法には、2条に「弁護士の高度な品位保持義務」が規定されています。(なお、裁判官も検察官も弁護士と同様ですが、いずれも公務員として位置づけられていますので、裁判官も検察官も公務員としての品位保持義務はあります。)
 弁護士のバッチは、ひまわりの形をして真ん中に秤(はかり)が描かれています。ひまわりは、常に太陽のほうを向かうということで正義を表しています。秤は公平を表しています。
 弁護士の使命は、弁護士法1条で「社会正義の実現」と「人権擁護」であると定めてあります。
 ついでに、他の法曹三者のバッチのお話をしておきますが、裁判官のバッチは三種の神器の「八咫(ヤタ)の鏡」の形をしています。 (三種の神器とは、八咫鏡(ヤタノカガミ)・草薙の剣(クサナギノツルギ)・八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ) )
 鏡は、真実を写すという意味があり、裁判官は清らかな姿勢で真実に基づいて紛争を解決するという使命を帯びています。
 検察官のバッチは「秋霜烈日」といって、霜の形に太陽が真ん中に描かれています。これは、霜の降りる寒い冬の日も太陽が照りつける夏の暑い日にも、地道に捜査をつづけ、犯罪者を見つけ、社会の安全のために厳しい職務を行っていくという意味が込められていると言われています。
 このような使命を帯びて、それぞれ、法曹三者は立場を違えて法律の仕事をしていくわけですが、法曹三者に共通する仕事の姿勢は、「紛争や犯罪」の中に、「真実を発見」していくということでは共通しています。「嘘やごまかし」は絶対に許さないという態度で仕事をします。
 そして、最終的には「社会の正義は、どうあるべきか」を常に考えていくことになります。「社会正義」とは、私は、「人間全員の幸福」であり、「人間それぞれが他人への思いやりをもって生きていけること」ではないかと思っています。


3、法律と子供の福祉
 法律は将来性のある子供の福祉や幸福を基本に、家庭や子供の問題を捉えています。 「子供の福祉」「子供の幸福」とは何でしょうか。
 これは、子供の身勝手や無責任な自由を認めるものではありません。子供の福祉とは、「人間同士の責任と義務を負いながら、人生を楽しみ、人生を生きていく力」を子供が持てることです。
 親は、子供に、「人と交わり、人から評価される力」を与えやらなくてはいけないのです。
 人の評価は、学校の成績や知識だけでは、不十分です。それが「生きていく力」に結びつかないと意味がありません。「生きていく力」とは、私が思うには「紛争解決能力」です。
 子供は、生きていく中で様々な困難にぶつかったり、紛争に巻き込まれたりします。それを「自分の力で解決していく解決能力」を身につけさせること、「解決できる手段を知っていること」が大切だと思います。その能力を身に着けるために、まずは「読み・書き・ソロバン(計算)」の勉強が必要なのです。その基本的な読み書きの勉強が、人から「いいもの」を学び取る力を作ってくれる力になるからです。そして、一番大切なことは、「いいもの」と「悪いもの」を見分ける力を与えてやることです。「いいもの」と「悪いもの」を見分けるために、親からの養育と教育(親の躾)が絶対に必要なのです。
 善悪の判断は、子供は、親の姿を見て、親の躾を受けて、身に着けていくのです。 ですから、親は、「正義」を子供に伝えてあげてください。そして、正義を親から伝えてもらった子供は、今度は親になって、自分の子供にその正義を伝えてあげてください。
 それが、弁護士として、相続などの親子紛争や少年犯罪に取組まなければならない、私からのお願いであります。

以上

~海遊びと法律~

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


(問)
 海に出かけると、所々で、「ウニやサザエを勝手に取ってはいけない」という看板が海岸にあるのを見かけます。これはどういうことなのでしょうか?


(解説)

 今年は猛暑、暑い真夏日が続きますね。こういう夏には家族で海に遊びに行きたくなるものですが、海に遊びに行ったときに、海で魚介類を自分で取得することって、誰でも普通にしてよいことって思っているのではないでしょうか。
 ところで、海で魚介類を取ること(例えば、潮干狩りで貝を採る、素潜りで貝を採る、竿で魚を釣るなど)で、なぜ採った魚介類はその人の物になるのでしょうか。
 民法第239条に「1 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。 2 所有者のない不動産は国庫に帰属する。」という規定があります。第2項は、土地(樹木も含む)や建物で所有者のいない場合には国のものとなりますが、動産(物品や生き物)は、先に自分の物として取得した人のものになるとされているわけです。(これを「無主物先占(むしゅぶつせんせん)」と言います。
 それであれば、「ウニやサザエを勝手に取ってはいけない」という看板は、この無主物先占を認めないということを誰かが勝手に言っているだけで、何の法的効果もないのでしょうか?

 私達は多くの法律で幅広く私達の生活を守ったり規制されたりしています。
 海は、管理や防災の仕方によって「港湾」、「漁港」、「一般海岸」などのようにいくつかに分けられ、それぞれの海域は異なる機関(役所)によって管理されています。 その管理はそれぞれに決められた法律によって行われます。
 港湾の場合は「港湾区域」として分けられ、「港湾法」という法律によって管理されます。
 漁港の場合は「漁港区域」として分けられ、「漁港法」という法律で管理されます。
 残りの「一般海岸」は、「海岸保全区域」として分けられ、「海岸法」という法律で管理されます。
 この中の「漁業法」では、漁業者や漁業従事者が漁業を営んでもよいとされる海面が決められています。この決められた海面で漁業を営む権利を「漁業権」(ぎょぎょうけん)といい、「定置漁業権」(ていちぎょぎょうけん)、「区画漁業権」(くかくぎょぎょうけん)、「共同漁業権」(きょうどうぎょぎょうけん)などがあります。
そして、各都道府県の漁業調整条例・規則(魚業法に基づく)で、許される漁法、許されない漁法、取得禁止の魚介類、取得禁止期間などの様々な規制がなされています。一般的にいうと、スクーバ(潜水具)での魚介類の取得はできませんが、素潜りによる魚介類の取得は許されています。竿による魚釣りは許されていますが、刺し網での漁法は許されません。
 また、伊勢海老・しゃこ貝などの保護魚介類やサンゴなどの採取や取得自体が禁止されている(許可を受ける必要がある)場合がほとんどです。
 
 日本では、江戸時代から「共同漁業権が設定されている漁村の地先水面(漁村の前の海)を「われわれの海」と呼んで、漁業協同組合がその地先水面の利用を管理調整する慣習(ならわし)があります。
 この慣習を、「地先権」(ちさきけん)といいます。ですから、「ウニやサザ工を勝手に取ってはいけない」という看板は、地元の人が「自分たちの海を守り、育てたい」、「よそ者に荒らされては困る」という意味で立てられているのです。
 そこで、「慣習」は「法律」と同じようなカをもっていますから、最近では、この「地先権」を理由に、マリン・スポーツによる「海」の利用を管理する運動が各地で起こっています。

 それに対して、スクーバ・ダイビングや釣りなどのマリン・スポーツのように、漁業以外で海面を利用することを管理する法律は、実はないのです。漁業を営むことが認められた海面以外での利用に関する法律はないので、「海産物(水産動植物)は自由に採れるじゃないか」、「ウニやサザ工を勝手にとってはいけない」という看板はおかしいんじゃないか」「漁業さえしなければ、海での遊び方を邪魔することはできないのではないか。」と思う人たちも多く見られます。
 なお、那覇地裁平良支部平成10年9月25日仮処分決定は、漁業者が一定の範囲の漁業権のある水域でのスクーバ・ダイビング禁止を求めた事案で、私人に海面の独占的排他的利用権(地先権)を慣習上の権利(漁業権の内容)として認めることはできないとした(漁業者敗訴)裁判です。しかし、これは、スクーバ・ダイビングでの漁行為(ウニやサザ工の捕獲等)を認めたものではなく、泳ぎ楽しむマリン・スポーツとしてのスクーバ・ダイビングを漁業者は排除できないとしたものです(伊良部町漁協がダイビング事業者らに対し、「漁業権」水域内でのダイビングを妨害排除請求権に基づき、ダイビングスポットの全面禁止を求めたものの、地裁、高裁ともダイバー側の勝訴となり、最高裁(平成14年2月22日判決上告棄却・平成15年10月23日判決上告棄却)において、ダイバー側勝訴が確定しました。

 エコツーリズム推進法(平成19年6月27日法律第105号)が制定され、各市町村長が特定自然観光資源の所在する区域への立入りを制限する条項が盛り込まれた(エコツーリズム推進法第10条)が、これに依拠して、慶良間諸島では、渡嘉敷、座間味の両村と事業者でつくるエコツーリズム推進協議会が、ダイバーの立ち入り制限の条例制定の計画を進めているとの報道もあり、最終決着には至っていないようです。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に」の付録②として

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


学校給食費の徴収手続(その2)

 前回に引き続き、学校給食費の管理方法と徴収手続きを説明しましょう。


4. 学校給食費を公会計として管理する方策


<克服すべき問題点>

 学校給食費を公会計で管理すると、収納事務・支払事務を地方自治法や地行法に則って実行しなければならないので、その手続きは複雑になり、その事務は予算の執行なので、基本的には校長にはこれらを扱う権限がないこととなります。

(1) 学校給食費は、「分担金(地方自治法224条)」ではない。(分担金は、一部の利害のある事件に関し特に利益を受けている者にから徴収するものであり、すべての小中学校の児童生徒が給付を受けられる性質の給食には適用できない。)

(2) 学校給食費は、「使用料(地方自治法228条)」ではない。(使用料であれば学校給食費の額を条例で定めないといけなくなる(地方自治法228条)。
 公の施設利用に関わる債権であっても、地方自治法上の使用料として扱われるとは限らない。(例:①公営住宅の使用料・最高裁判決昭和59年12月13日、②水道料債権・最高裁判決平成15年10月10日、③公立病院の診療債権・最高裁判決平成17年11月21日)



<学校給食費を公会計として管理する法律関係>

 学校給食費支払請求権は、地方公共団体(市町村)と保護者との間の契約により発生する私債権である。

(1) 学校給食費を徴収するための契約が必要です。 学校入学時に学校給食に関する説明文書を配布し、保護者から給食の申込書(支払約束書)の書面を徴収しておく必要があります。(但し「黙示の契約」成立の構成も可能ですが、書面で明らかにしておくことが望ましいと思われます。)

(2) 契約するには、契約締結権限が必要です。 本来は、契約締結権は市町村の首長にあるので、学校や教育委員会は契約当事者にはなれません。なぜなら、学校は教育員会監理下の単なる一組織一部署にすぎないし、教育委員会も地方公共団体の内部組織にすぎないからです。
 校長に、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります(規則若しくは規程を制定し教育委員会や校長等に包括委任し、あるいは補助執行させることもできると思われます。)

(3) 学校給食費の調定(額の決定)をするには、権限が必要です。 学校給食費の調定、納入通知は、徴収事務に属し予算の執行であるから、首長に権限があり(地方自治法180条の2第1項、149条第1項)、教育委員会や校長はその権限がありません。
 教育委員会や校長が学校給食費の調定、納入通知をするには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長からの委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要があります。また、学校給食費の調定(額の決定)した場合には収入管理者に通知する必要があります。

(4) 現金納付の場合には、出納員である必要があります。 現金の出納は会計管理者の権限とされている(地方自治法170条2項第1号)ので、教育委員会や校長は給食費を現金で受け入れることはできません。
 しかし、地方自治法171条2項で、「出納員その他の会計職員は、首長の補助機関である職員のうちから首長が任命する」ことになっており、同4項で「首長は会計管理者をしてその事務の一部を出納員に委任させることができる」ので、教育員会又は学校の職員を首長部局の職員に併任して出納員に命ずることとすれば、教育委員会でも学校でも給食費を現金で受け入れることができることとなります。

(5) 督促事務は、首長名義で公費負担で実施できることになります。



5. 学校給食費の徴収手続


(1) 学校給食費の徴収も予算の執行にあたるので、それを教育委員会若しくは学校長・学校職員が行うには、地方自治法180条の2に定めるところにより首長から契約締結事務についての委任を受けるか、補助執行の権限を取得する必要がありますが、裁判上の手続き(支払督促手続き・訴え提起)は、地方公共団体を代表して行う必要がありますので、首長の名義で行うこととなります。

(2) 裁判手続きの場合に裁判所に提出する必要のある書類等

  ① 地方公共団体と保護者との間での給食に関する契約関係書類 (入学時の給食説明書・保護者からの給食申込書)
② 納入通知関係書類 (納入通知書・督促書等、給食費の調定(額の確定)資料)
③ 教育委員会・学校長・給食施設長等が首長より権限又は出納員委任を受けている規定等
④ 首長からの訴訟委任状(弁護士を依頼する場合)又は指定代理人指定書(職員を訴訟代理人として使用する場合)



(3) 裁判手続きの種類

  ① 民事調停手続
 民事調停法に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に調停申出書を提出して、裁判所の調停期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、調停主任裁判官及び調停委員の仲介の元で、双方の話し合いで解決する方法です。請求額に制限はありません。
② 支払督促手続
 民事訴訟法382条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所(裁判所書記官)に支払督促申立書を提出して、書面で支払督促をしてもらう方法です。書面の送付だけでする手続きですので、滞納者も地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)も裁判所に出頭する必要はありません。これも請求額には制限はありません。但し、支払督促を受けた滞納者が異議申立をすると通常の裁判に移行します(民事訴訟法395条)ので、裁判手続をする予定で行う必要があります。
③ 少額訴訟手続
 民事訴訟法368条に基づき、滞納者の住所地を管轄する簡易裁判所に少額訴訟の訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものであり、通常の裁判手続きとは異なり、簡易な方式、一回だけの審理で判決が出されます。請求額は60万円以下の請求に制限されています。また、年間10回しか利用できません。
④ 通常訴訟手続(裁判)
 民事訴訟法に基づく本裁判手続です。140万円以下の請求額であれば簡易裁判所へ、140万円を超える場合は地方裁判所に訴状を提出して、裁判所の弁論期日に滞納者及び地方公共団体首長又は訴訟代理人(指定代理人も含む)が出頭して、裁判官の元で裁判手続きを行うものです。請求額に制限はありませんが、給食費等で140万円を超えるような請求はないと思われますので、ほぼ簡易裁判所への申立になるだろうと思います。


(註)指定代理人とは ― 地方公共団体の事務に関する訴訟については、当該地方公共団体又は行政庁が職員を指定代理人として選任することができます。この場合において、行政庁が長のときは地方自治法第153条第1項の規定が、教育委員会のときは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第26条第3項の規定が、地方公営企業管理者のときは地方公営企業法第13条第2項の規定がその根拠となります。また、選挙管理委員会(地方自治法第193条)や監査委員(同法第201条)は、同法第153条第1項の規定を準用するとされています。指定代理人は、個別の事件ごとに選任され、その事件についてしか権限を与えられていません。指定代理人を選任すれば、地方公共団体の首長が裁判に毎回出頭する必要はありません。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に 」の付録①として

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


学校給食費の徴収手続(その1)

 「地方自治体の債権管理(消滅時効を中心に)」に引き続いて、その付録として具体的徴収方法について「学校給食費の徴収手続き」というテーマで説明していきたいと思います。 まず、ここ数年の間で、学校給食費滞納問題が市町村・学校関係者の間で問題になっています。学校の先生や校長先生が滞納している家庭を訪問して支払を督促したり、最終的には法的手続に踏み切った地方自治体も多いようです。学校給食費を払わない親たちの言い分を聞けば、「学校は義務教育なのだから、給食費もタダでいいんじゃないの?」とか、あるいは居留守を使って支払を免れようとするとか、とにかく生活費の使い方の順番が、外食とか、遊興費というような浪費的な支払が優先されて子供の教育関係費用が後回しにされるという形で、給食費を支払わない親が増えていると聞きます。

1. 給食費に関する法律の規定
(1)学校給食費については「学校給食法」という法律に基づいて、以下のとおり、保護者が負担しなければならないことを定めています。
   (経費の負担)
 第11条1項「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」同条2項 「前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費(以下「学校給食費」という。)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第16条 に規定する保護者の負担とする。」

  つまり、学校給食にかかる設備やその他の経費に関しては学校や国・地方自治体が負担し、それ以外の経費は保護者が負担すべきもの、としているわけですが、この条文では「保護者の負担すべき」学校給食費の経費についての詳細の定めがありませんし、結局は、この条文は、「保護者の負担範囲」を決めただけで、具体的な法律上の負担義務を課した規定であるとは言えませんし(昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答)、その徴収方法についても全く規定はありません。

(2) そこで、地方公共団体では、学校給食費条例を制定して、条例に基づいて、保護者の給食費支払義務を定め、徴収手続きを定めている場合もあります。(平成22年横浜市学校給食費条例)


2. 給食費の法的性格と会計管理
(1) 学校給食費はどういうことを原因として誰との間で法律上の負担義務が保護者に生じることになるのでしょうか。保護者に対して、給食費滞納分の請求ができるのは誰なのでしょうか。校長先生でしょうか?PTAでしょうか?教育委員会でしょうか?あるいは市長村長なのでしょうか?

(2) この点を混乱させているものが、給食費管理に関する旧来の文部省通知又は回答です。
ⅰ:まず、昭和32.12.18文部省管理局長の福岡県教育委員会教育長あて回答によると、
 ① 学校給食の実施者は、その学校の設置者(市町村等)である。
 ② 保護者の負担する学校給食費を公会計上の歳入とする必要はない。
 ③ 校長が学校給食費を取り集め、これを管理すること(私会計)は差し支えない。

ⅱ:次に、昭和33年4月9日文部省監理局長から北海道教育委員会教育長あて回答によると、
  ① 学校給食法11条2項の規定は、保護者の負担の範囲を明らかにしたものであって、保護者に公法上の負担義務を課したものではない。
  ② 法11条の規定は、保護者の負担を軽減するために、設置者が学校給食費を予算に計上し保護者に補助することを禁止した趣旨のものではない。
  ③ 学校給食費の性格は、学校教育に必要な教科書代と同様なものであるので、学校給食費を地方公共団体の収入として取り扱う(公会計とする)必要はない。
とされている半面、

ⅲ:昭和39.4.9文部省体育局長から北海道教育委員会教育長あて回答では、
  「学校給食費を市町村予算に計上し、処理されることはさしつかえない」 とされており、公会計(総計予算主義・地方自治法210条)の管理をすることも、また、公会計以外の私会計(総計予算主義の例外)としての管理をすることも許してきたという従来からの現状があります。これらは、給食費の金額規模や実際の食材調達・契約業務などから、当該自治体が、その各々について、歳入歳出として取り扱うのか否かの選択を任されているものと解されます。


(3)現状の給食費徴収体制の例
 かかる経緯から、各学校で給食費の徴収形態としては様々な方法があるようです。
 ① 学校名及び校長先生名義の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
 ② PTA名義(代表者会長)の預金通帳への振込支払(口座引落し)。
 ③ 学級担任への手渡し又は学校事務職員への手渡し(学級袋方式)支払
 ④ PTA役員による集金方式 ⑤ 市町村指定口座への振込支払 などです。

3. 学校給食費を「私費」と扱うことの妥当性の検討
(1) 校長・共同調理場施設長・教育委員会・学校給食会又はPTAなどが給食費を私費扱いで管理している実態があります。

(2) そもそも、学校長等が学校給食費を管理していることは、全くの個人的関係ではなく、「校務」として学校給食費を徴収管理していると解すべきです。学校給食が市町村の営造物としての学校の教育活動の一環として行われているからです。(教科書代同視説)

(3) 学校長が保護者に学校給食費を請求できる法的根拠はどのような法律関係にあるのでしょうか。学校給食費を食材等の購入費と考える(民法555条:売買説)か、食材等の購入という委任事務処理に必要な費用と考える(民法649条・650条:委任説)かのいずれかということになります。いずれにしても、この場合には、学校給食費支払請求権は「契約により生ずる私債権」であり、法形式上は校長が個人として契約を締結していると解釈するしかありません。

(4) <問題点>
 ① 給食費未納者に対して「市町村の首長」名義での法的手続きが取れない。(学校給食費支払請求権は校長個人と保護者との契約によるものと考えられるから。)また、「学校及び学校長」名義での法的手続きも取れない。(学校や学校長は、行政機関の一部署にすぎなく法的主体性がないから。) ⇒給食費未納者に対しては、校長個人名義での請求(法的請求)しかできないことになります。
 ② 学校給食費会計の不足は、本来は公的予算から補填できない。 ⇔しかし、実際は補填していると思います。
 ③ 学校給食費の徴収費用・人件費用等は、本来は校長が私的に集めた給食費から支出しなければならない。 ⇔しかし、実際は公費から支出していると思います。
 ④ 債権の消滅時効は10年(民法)と長すぎる。(但し、民法173条1号生産者販売、又は同3号の食の代価として2年とする見解もあるでしょう。)

(5)以上の観点から、学校給食費を「私費」と扱うことは、妥当ではないように思われます。 (次回に、給食費の「公会計」としての管理方策と徴収手続きを具体的に説明します。)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑦ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


< 時効の中断について >

 地方自治体の金銭債権の消滅時効についての「時効中断」について説明します。

 地方公共団体の金銭債権を時効で消滅させないように管理することは公務員として当然の業務です。そのためには、「消滅時効を中断させて金銭債権を消滅させない工夫」が必要になります。公務員として、時効の中断に関する基礎的な理解をしておく必要があります。
 もう一度、地方自治法236条(地方自治体の金銭債権)の規定を見てみましょう。

【地方自治法第236条】
1 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、五年間これを行なわないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき法律の規定がないときは、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定を準用する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、民法第百五十三条 (前項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。


(1)時効の中断としての督促・請求通知

<1> 時効の中断については、民法上の原則としては、民法第147条、153条により、「請求・催促」だけでは、その後の6ケ月以内の裁判等の法的手続きを採らないと、時効の中断とならないとの規定があります。何度請求を繰り返していても、裁判の手続きをしないままその間に時効期間が経過すれば、消滅時効が成立してしまうという制度になっています。

【 民法153条 】
「催告は、6ヶ月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立、和解の申立、民事調停法若しくは家事審判法による調停申立、破産手続き参加、再生手続参加、更生手続き参加、差押、仮差押え、又は仮処分をしなければ時効の中断の効力を生じない。」


<2> しかし、地方公共団体の「公法上の債権」については、「請求・催促」自体に時効中断の効力を持たせる規定となっています(地方自治法236条3項、4項)。その上、地方自治法236条4項は、条文上、公法上の債権と私法上の債権を区別していない規定ですので(「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」の文言が無い。)、地方公共団体の「私法上の債権」についても、「請求・催促」自体に時効中断の効力を持たせる規定となっています。
 これは、まず、地方公共団体は、その歳入を収入するとき(徴収するとき)は、納入義務者に対し、納入の通知をしなければならず(地方自治法231条)、分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の歳入について納期限までに納付しない者に対しては、町はその督促をしなければならないとされている(地方自治法231条の3第1項)ことから、その結果、納入通知及び督促は、公法上の債権・私法上の債権の区別なく、裁判上の手続を採らなくても、その通知及び督促自体に時効中断の効力を認めたものであり、極めて強力な権限を地方公共団体に与えているわけです。 その趣旨は、地方公共団体での歳入確保の要請、納入通知及び督促は、行政機関が法に基づいて法の定める形式で行うために公的な権利の存在の確認がなされているとの信頼に基づくものであるとされています。


<3> 債権管理の基本⇒納入通知・督促手続の体制処理 従って、地方公共団体の債権管理の基本は、各地方公共団体において、消滅時効期間を完成させ債権回収ができなくなること、及び特定の者にのみ時効消滅の利益を与えることがないようにするために、財務規則で督促の時期や手続などを明確に規定し、早期且つ確実に督促等の手続を実施できるように体制作りと担当者の意識醸成を図る必要があります。



(2)時効中断の効果

【 民法157条 】
「1 中断した時効は、その中断の事由が終了したときから、新たにその進行を始める。2 裁判上の請求によって中断した時効は、裁判が確定したときから、新たにその進行を始める。」

 
 時効中断の効果は、民法157条により「新たにその時効を始める」ということですから、債権消滅対策としては、時効期間内での中断行為をするというのが、債権管理の重要な職務ということになります。中断行為の手順は以下のようにまとめることができます。

① 公法上の金銭債権も私法上の債権も、督促・請求通知を重視して、中断させることが基本である。

② 催促・請求通知後に時効が再度来る場合には、民法上の時効中断を考える。
 <民法上の時効中断事由>としては、民法147条 ①請求 ②差押、仮差押え又は仮処分 ③承認が定められています。
  二度目の時効中断を狙う、この「請求」は、裁判上の請求でないと確定的な時効中断にはならない(民法153条)ことに注意してください。

③最も効果的な時効中断の方法は「債務承認」である。
 「債務承認」の具体的な方法としては、債務者に、債務確認書、納税確約書、誓約書などの債務承認書面を提出させることです。
 この債務承認では、その書面には必ず債務金額が明示されていないと効力がないと言われていますので、その点は、留意してください。

 それでは、最後に、公法上の金銭債権の催促・請求通知に関する条文だけを最後に抑えておきましょう。


 【地方自治法第231条の3】
ⅰ) 分担金、使用料、加入金、手数料及び過料その他の普通地方公共団体の歳入につ いて納期限までに納付しない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。
ⅱ) 普通地方公共団体の長は、前項の歳入について同項の規定による督促をした場合 において、条例の定めるところにより、手数料及び延滞金を徴収することができる。
ⅲ) 普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、又は法律で定める使用料その他の普 通地方公共団体の歳入につき、第1項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該歳入並びに当該歳入に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。


 【地方自治法第240条】
ⅰ) この章において「債権」とは、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利をいう。
ⅱ) 普通地方公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その督促、強制執行その他その保全及び取り立てに関し必要な措置をとらなければならない。


 【地方自治法施行令第171条】
 普通地方公共団体の長は、債権(地方自治法第231条の3第1項に規定する歳入に係る債権を除く。)について、履行期限までに履行しない者があるときは、期限を指定してこれを督促しなければならない。


(まとめ)

 歳入債権は ⇒ 地方自治法第231条の3で督促規定(手数料付加)

 一般債権は ⇒ 地方自治法施行令第171条で督促規定(手数料付加はできない)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑥ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


 今回は、本来は行政実務としてはあってはならないことですが、今まで説明してきたそれぞれの債権の消滅時効期間が経過した場合の処理についてお話します。

<時効利益の援用(放棄は禁止、援用は不要)>

 地方自治法第236条第2項は、時効の援用に関しても画一処理・平等取扱の要請から「時効利益の放棄禁止」「時効援用の排除」を規定しています。

 ※地方自治法第236条第2項
「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」

まず、時効に関する原則をお話しますと、

(1)私法上の時効援用必要の原則

 民法の原則:民法は、時効によって利益を受ける者が時効の利益を受けようとする単独の意思表示(時効の援用)をしなければ、それは確定的な法的効力を生じないとする制度になっています(民法145条)。
 (趣旨)これは、時効の利益を受けることを潔しとしないで真実の権利関係を認めようとする者がいるときには、その者の意思を認めることが私的自治の原則に適うので、その私的自治の精神と時効制度の本質との調和を図ろうとしたものです。
これが、原則です。

(2)公法上の要請と時効援用不要(例外)

 しかしながら、地方公共団体が一方の当事者となる金銭債権については、地方公共団体の債権債務関係をいつまでも不確定のままにしておくことは適当でないこと(権利確定の早期確定の要請)、公金は担当者の恣意を排除して公正に管理されるべきであること(公平処理の要請)、国民や住民の負担に関することを個々の担当者毎の時効を援用するか否かの自由を認めると、公平処理のための画一的処理が困難となること(画一的処理の要請)から、時効の援用はなく、時効期間経過という客観的事実で時効が完成する(法的効果が確定する)こととしています。
 しかし、この例外法則は、地方自治法236条1項、2項が「公法上の金銭債権」に関しての規定であるということは条文上「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」の文言解釈として説明しましたので、公法上の金銭債権のみ地方自治法第236条第2項(時効援用排除)の適用があります。

(3)他方、地方公共団体の「私法上の金銭債権」には、地方自治法第236条第2項の 例外法則(時効援用排除)の適用はありません。民法の時効原則のとおり、「時効の援用が必要である」ということになります。 (最高裁判例昭和41.11.1、同昭和44.11.6)

☆最高裁判例昭和46.11.30は、
:「国又は公共団体が国家賠償法に基づき損害賠償責任を負う場合関係は、実質上、民法上の不法行為により損害を賠償すべき関係と性質を同じくするものであるから、国家賠償法に基づく普通地方公共団体に対する損害賠償請求権は、私法上の金銭債権であって、公法上の金銭債権ではないので、従って、その消滅時効については、地方自治法第236条2項にいう「法律に特別の定めがある場合」として、民法145条の規定が適用され、当事者が時効を援用しない限り、時効による消滅の判断をすることはできない。」としています。

以上の、理論から、
(4)時効期間経過後の債権管理(支払・受入の処理)を考えてみますと、
Ⅰ:(~時効期間完成後に債務者が地方公共団体に支払いをしてきた場合にどうするか?地方公共団体は時効期間完成後に支払いを受領することができるか?~地方公共団体が債権者である場合で受領する場合)

①公法上の金銭債権
⇒時効の援用を要しないで消滅時効が完成しているので、確定的に債権債務は消滅していることになり、支払いを受領すべきではない。
結論としては、受領しないで不納損金処理をすることになる。

②私法上の金銭債権
私法上の債権は、時効の援用をしないと債権債務は消滅していないので、理論的には、地方公共団体は、時効期間経過後でも、債権回収すべきであり、支払ってきた場合には正当な弁済として受領できる。
  しかし、相手方が時効援用の知識がない場合が多いので、画一処理の要請からして、請求は控えるべきでしょうし、時効援用できる旨を告知した上で、それでも「払うものは払う。」と言われた場合に支払いを受領すべきでしょう。
 この点は、特に、かつては、水道料金等は、公法上の債権としていましたので、時効完成分は控除して請求している行政実務が多いと思いますが、判例上は、水道料金は私法上の金銭債権とされましたので、時効期間経過した水道料金も相手方が時効を援用してこない限り請求できることになります。しかし、やはり、時効期間経過分は請求を控えておくというのがいいのではないかと思います。要は、時効期間を経過させないうちに、時効中断措置を取ることに熱心であるべきだと思います。

Ⅱ:(~時効期間完成後に地方公共団体が相手方に支払いをすることができるか?~地方公共団体が債務者である場合)

①公法上の金銭債権(債務)
 ⇒消滅時効が完全に成立しており、相手方の債権は時効完成で消滅しており、地方公共団体の時効完成後の地方公共団体の債務支払は、不当支出になります。相手方に支払うことはできなくなっています。

②私法上の金銭債権(債務)
 ⇒私法上の債権(債務)は、時効の援用をしないと債権債務は消滅していないので、理論的には、地方公共団体は、消滅時効の援用をしないで債務支払を実施することも、時効消滅を援用して債務支払いを免れることも可能であるということになります。
 公平処理の要請・画一処理の要請から考えれば、一律的に援用する場合(例えば、不法行為債権債務)と援用を控える場合(例えば、契約に基づく代金支払債権債務)の基準を作って時効援用に関する取扱を準則化しておく必要もあろうかと思います。
 また、予算処理上計上していなければ、時効援用をして支払わないことも検討することになるでしょう。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ⑤ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討 ③~>

6.体育館、文化センター(公立劇場)使用料金   ⇒   地方自治法適用(5年「使用許可」による公法上の債権

 公的施設の使用料金は、本質的には、民間会議場使用契約と同じ法律関係であると考えられます。私法上の契約では、一時賃貸借契約に準じた契約ということになりますので、民法167条で10年の消滅時効となり、更に、その中で、「旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場」に該当する場合だけ、民法174条4号により1年の消滅時効に掛かるという解釈になります。

 しかし、他方、公用財産の使用については、公法上の規定があり、地方自治法でも、238条の4で「行政財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできない。」とされ、238条の5で「普通財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできる。」としているものの、必要に応じていつでも解除できるとされていたり、第244条で「住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」第244条の2で「公の施設の設置・管理・廃止について条例で定めなければならない。」として私法上の自由契約とは異なる規定をしており、一概に私法上の債権と考えることは困難であるように思います。

 従って、公的設備(物的施設や用具等)を利用するもので、「私的契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式だから、公法上の債権であり、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解するべきであろうかと思います。

  ・民法167条(債権等の消滅時効) : 「債権は10年間行使しないときは消滅する。」

・民法174条(短期消滅時効) : 「次に掲げる債権は1年間行使しないときは消滅する。
  (1)~(3)は略
  (4)旅館、料理店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金にかかる債権

・地方自治法236条1項 : 「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、「5年間」これを行わないときは、時効により消滅する。」

7.公営住宅家賃(⇒5年)  ⇒  地方自治法適用(5年)「使用許可」による公法上の債権又は民法169条定期金(5年)

 公営住宅家賃も公的施設の使用対価という面を有しつつ、滞納問題もクローズアップされてきました。家賃滞納が多くなってきている現状にあります。

 これは、私法上の債権となると、民法167条で通常の私法上の債権として10年の消滅時効又は、民法169条定期金債権で5年時効のいずれかということになります。

 ここで、地方自治法236条1項の「他の法律に定める場合」の他の法律には民法も含まれるのかという頭書の命題の問題がありましたが、判例は、含まれるとしていますので、そうなると、5年時効を超えて民法上の10年時効も適用があるということになります。

 これを明確にした判例もあります。

   【 最高裁昭和41年11月1日判決(国の普通財産売払代金債権事件)
 「国の普通財産の売払は、国有財産法等の公法に従い行われるとしても、その法律関係は本質上私法関係というべきであり、その結果生じた代金債権も私法上の金銭債権であって、公法上の金銭債権ではないから、会計法30条(地方自治法236条と同一内容)の規定により5年の消滅時効期間の服すべきものではない。私法上の消滅時効期間(10年)に服するものである。」

 但し、私の個人的見解としては、公法上の債権に関し、財政の早期処理、画一的処理要請との観点から、地方自治法第236条が民事上の消滅時効10年よりも5年という短い時効期間を定めたという趣旨からすれば、私法上の関係であっても、時効期間は5年として判断すべきではないかと考えています。

 ましてや、公営住宅の使用家賃に関しては、民間住宅よりも低額家賃とし、住民の居住面での福祉政策という面があり、さらに、公用財産の使用については、公法上の規定があり、地方自治法でも、地方自治法238条の4で「行政財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできない。」とされ、地方自治法238条の5で「普通財産は、貸し付けたり処分したり等の私権設定はできる。」としているものの、必要に応じていつでも解除できるとされていたり、地方自治法第244条で「住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」、地方自治法第244条の2で「公の施設の設置・管理・廃止について条例で定めなければならない。」として私法上の契約自由の原則とは異なる規定をしており、一概に私法上の債権と考えることは困難であるように思います。

 従って、公営住宅の使用家賃は、公的設備(物的施設や用具等)を利用することを「私法上の契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式で認めるものなので、「公法上の債権」であり、地方自治法236条による「5年」の消滅時効にかかると解するべきであろうかと思います。

 仮に、公営住宅の使用家賃を、「私法上の契約による私法上の債権である」としても、公営住宅家賃は、売買契約の代金債権とは異なり、民法169条の定期給付債権とも評価されますので、時効期間はその意味でも「5年」になります。

   民法169条(定期給付債権の短期消滅時効)
  「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は5年間行使しないときは消滅する。」

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ④ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討 ②~>

4.保育園保育料  ⇔  幼稚園施設料とは異なる?   ⇒   地方自治法適用(5年)or 民法173条3号準用(2年)

 民主党政権の下で「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律」が成立し、2010年(平成22年)4月1日から公立高校の授業料はなくなり、もともと公立小中学校は義務教育ですから授業料徴収はありませんでした。しかし、公立幼稚園・保育園の保育料は地方自治体の金銭債権として問題となります。 特に、厚生労働省が初めて行った、2007年8月に発表した認可保育所の保育料滞納調査の結果内容は、朝日新聞の報道によりますと、「06年度の滞納者数は当初の発表より843人減の8万5120人で保護者全体に対する割合は4.3%、滞納額は6億円減の83億7000万円で保育料全体に対する割合は1.7%となった。」としています。その後公立小中学校の給食費と同様に昨今の未納滞納問題の横綱格になっています。
 この保育料については、教育という側面よりも幼稚園・保育園で、幼児を預かるという施設利用面が強いという特色がありますので、かつて高校の授業料について、【民法173条3号の「学芸又は技能の教育を行う者が、生徒の教育、衣食、又は寄宿舎の代価について有する債権」として、私立高校の授業料と同じように、公立高校の授業料も民法173条3号に該当して、2年の消滅時効にかかると考えるべきだろうとの考え方】と同じようなわけにはいかないのではないかと考えてもいいのかもしれません。
 つまり、公的設備(学校保育園施設や保母職員等の人的設備)を利用するもので、「私的契約」ではなく、「使用許可」という行政処分の形式だから、公法上の債権であり、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解釈する立場です。
また、児童福祉法56条3項で、「保育の実施に要する保育費用を支弁した市町村の長は、本人又はその扶養義務者から当該保育費用を徴収することができる」とありますので、公法上の債権であり、児童福祉法上、特別の定めがありませんので、地方自治法236条による5年の消滅時効にかかると解釈することもできます。更に、児童福祉法56条10項で「地方税の滞納処分の例により処分できる」ますので、強制徴収公債権ということもできます。
 しかし、他方、幼稚園施設料は私法上の債権、保育園の保育料は公法上の債権という区別をする見解(自治体のための債権管理マニュアル・ぎょうせい・東京弁護士会編)もあります。幼稚園の場合は児童福祉法の保育園の保育事業とは異なり、地方公共団体による公的幼稚園であろうと市立幼稚園であろうと、幼児に幼稚園の目的に適った教育を施すと共に幼児に施設を利用させる義務を負う入園・在園契約をしているもので幼稚園での費用は、その施設利用の対価としての金銭請求債権と見ることになるとの見解です。この場合には、民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』として2年の短期消滅時効にかかることとなります。
 また、保育園の場合でも、私的契約児童(受入余力のある場合の契約による保育児童の場合)など具体的事案となって裁判になった場合に、判例が、実質的な観点から、児童福祉法に基づくものでなく私法上の契約に基づく保育と考えられる場合として、民法173条3号準用の見解(2年説)に立つ可能性もありますので、保育園でも幼稚園でも、消滅時効に関する債権管理としては、2年管理を基準に考えておいたほうがいいのではないかと思います。


5.学校給食費   ⇒   地方自治法適用(5年)× 民法173条3号(2年)

 次に、保育料と同じように、マスコミで問題とされている「モンスターペアレント」とも言われる学校給食費は、未納問題がクローズアップされてきました。給食費は、公法上の債権でしょうか、私法上の債権でしょうか?
 学校給食法という法律があります。その3条で「学校給食とは、義務教育諸学校において、その児童又は生徒に対し実施される給食」とされ、日常生活での職習慣や栄養改善・健康増進の公的目的が設定された制度であります。更に、その6条で、施設及び設備に関する費用は学校設置者である地方公共団体等の負担とされていますが、第6条2項で「設備経費等以外の学校給食による経費(学校給食費)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法22条1項に規定する保護者の負担とする。」と定めてあります。
 これは、前述の下水道料金と同じように、私法上の契約というより、公法上の債権という方向へ解釈できます。
 従って、地方自治法236条の適用で消滅時効は5年と考えられます。公的施設利用としての公法上の債権ということになるという考え方です。
 ただ、ここでも判例の実質論の立場から、私法上の債権としての可能性があるかどうかを念のために検討しておきますが、民法上の債権としては、民法173条1号又は3号(2年)と民法174条4号(1年)が考えられます。

・ 民法173条1号『生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権』
・ 民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』
・ 民法174条4号『旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権』



 まず、民法174条4号は、一時的な宿泊や食堂利用を想定した規定であり、学校給食は継続的負担に特質がありますので、準用すべき根拠もないと思います。
 また、民法173条1号は、電気料や水道料という場面で準用されましたが、継続的給付の対価という面では学校給食費も同じ性質になります。そこで、学校給食費2年時効説が出てきても変ではないと思いますが、使用料に応じた対価というより平等提供による平等対価という限定があることから、当事者の自由な意思による契約内容・料金の変更要素・給食内容の選択要素も給食費の場合にはありませんので、契約による料理提供(食事提供) とは全く異質なものであると考えますので、民法173条1項の準用も考えられないと思います。
 しかし、民法173条3号『学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権』には該当するのではないかと思われます。判例の実質論を重視すれば、5年説は採らないほうがいいのではないかと思います。 私債権と解する場合には、学校給食法第6条1項2項は、給食関連費用の分担を区別しただけで、保護者に公的負担を定めたものではないと解釈することになります。
 なお、注意してほしいのは、現実的には、学校給食費は、多くの場合給食を実施する学校又は給食センター等の財団・公益法人が児童生徒の保護者から、事実上、学校給食費を集金し、それで食材等を購入しているので、市町村自体が児童生徒の給食費を請求する債権を有しているわけではないと思われますが、私債権としても公法上の債権としても、訴訟主体としては、市町村長が徴収権を持っているとされる場合が発生しています。学校給食法第6条1項で、「施設及び設備に関する費用は学校設置者である地方公共団体等の負担」とされている一方で、同上2項で「設備経費等以外の学校給食による経費(学校給食費)は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法22条1項に規定する保護者の負担とする。」と定めてあることから、入学時点で学校を通じて地方公共団体が学校給食費を保護者から預かり徴収するとの契約を締結しているとの解釈がなされているからです。

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ③ 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<公法上の債権か、私法上の債権か~判例の検討~>

 昨年末の総選挙により政府与党も交代して新たな体制でスタートすることになりますが、行政は行政として公平・中立の立場で、法に基づいて執務していくことを心がけていくことが大切だと思います。今年も「何でも法律塾」をよろしくお願いします。

 さて、昨年に引き続き、地方自治体の管理する金銭債権(債務)が公法上の債権か、私法上の債権かという観点から、実際の判例や行政解釈を検討してみましょう。

1.公立小学校の教職員の日直手当   ⇒   2年(労働基準法の賃金)

 今は、もう制度的にはなくなっていると思いますが、公立小学校の教職員には日直・宿直という制度がありました。この日直・宿直手当は、公法上の債権でしょうか?私法上の債権でしょうか?

仙台高裁判決昭和38.2.28、最高裁判決昭和41.12.8の事案があります。この判例では、「労働基準法も地方自治法第236条の「他の法律に定めがある場合に該当する。」とされています。すなわち、

 【仙台高裁判決昭和38.2.28】
 「一般職の地方公務員に支払われる宿日直手当は、いわゆる実費弁償ではなく、その額のいかんを問わず労働基準法にいう賃金であり、その請求権の時効は2年である。」
【最高裁判決昭和41.12.8】
 「一般職の属する地方公務員の日直手当請求権は公法上の債権であるが、労働基準法115条により、2年間の短期時効によって消滅すると解すべきである。」


と判断しています。
 これは、日直手当て債務(教職員の日直手当て債権)は、「公法上の債権」としながらも、「他の法律の定めがあるとして」私債権的に労働基準法115条を適用した。ということになります。
 通説の基準からすれば、公法上の債権であれば、地方自治法236条1項の5年を採用すべきであるのですが、この判例は、公法上の債権としながら、労働基準法115条を適用しています。敢えて、通説と調整するためには、「労働基準法」は、地方自治法236条1項の「他の法律の定めがある」という「他の法律」に含まれるという解釈になるということになります。公務員にも労働基準法の適用があるという前提に立つことになりますが、要は、その債権の公法上、私法上の性格よりも、実質的に公務員の日直手当てと民間企業の日直賃金との間で差異があるかという観点から実質的な差異は無いということで、判断しているものと思われます。

 次に、職務上管理すべき債権(地方自治体が貰い受ける側になる場合)についての判例を検討していきましょう。
 従来の地方自治体の債権管理体制を根本から覆す最高裁判例が、平成15年に出ています。この判例で、自治体での債権時効管理が再度意識されるようになりました。既にご存知の方も多いと思いますが、水道料金債権に関する判例です。


2.水道料金   ⇒   2年(民法第173条1号準用?)

 水道料金は、いわゆる公共料金として、公法上の債権ではないか、正確に言えば、水道法という公法で定められた利用関係であるから水道料金債権は、公法上の債権ではないかという観点から、従来の自治体は地方自治法236条により5年の時効として管理してきていたところですが(宮崎県内の町村でも水道料金は時効を5年とした前提で条例を定めていたようです。)、その行政実例とは異なり、「水道料金債権は私法上の債権として2年の短期消滅時効にかかる」という最高裁の判断が示されました。
 最高裁判決平成15.10.10ですが、これは、控訴審の判断をそのまま認容したもので、理論的には、控訴審の東京高裁の判例が詳しく論述しています。

 【東京高裁平成13年5月22日判決】
 「地方自治体が有する金銭債権であっても、私法上の金銭債権に当たるものについては、民法の消滅時効に関する規定が適用されるものと解されるところ(地方自治法236条1項は「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関して他の法律に定めのあるものを除く他、5年間これを行わないときは時効により消滅する。」と定めているが、同項にいう「他の法律」には民法も含まれるものと解される。そして、このように解したとしても、上記規定は、公法上の金銭債権について消滅時効期間を定めた規定として意味を有するのであって、無意味な規定となるものではない。)、水道供給事業者として控訴人(地方自治体)の地位は、一般私企業のそれと特に異なるものではないから、控訴人(自治体)と被控訴人(住民)との間の水道供給契約は私法上の契約であり、従って、被控訴人が有する水道料金債権は私法上の金銭債権であると解される。また、水道供給契約によって供給される水は、民法173条1号所定の「生産者、卸売商人及び小売商人が売却したる産物及び商品」に含まれるものというべきであるから、結局、本件水道料金債権についての消滅時効期間は、民法173条所定の2年間と解すべきこととなる。」


 この判例で、行政実務は混乱しました。次に述べる「下水道料金」との兼ね合いで、従来の時効5年の債権管理体制を改める動きをスムーズに浸透させることができなかったという実情にあります。実は、この判例理論には、前提となる判例が既に存在していまして、同じように「公共料金」として呼ばれている「電気料」についての判例が、昭和12年6月29日大審院判例で出ています。すなわち、「電気料金債権は、民法173条1号の『生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権』に準ずるものとして、2年の消滅時効にかかる。」と判断していました。 水道も、電気も、事業体である市町村、電力会社が「生産して商品として売っている」ということになるようです。
 それでは、水道料金と同じように管理されてきた下水道料金はどうなるのでしょう?


3.下水道料金   ⇒   地方自治法適用(5年)施設利用としての公法上の債権

 下水道とは:下水を排除するために設けられる排水管、排水渠その他の排水施設(かんがい排水施設を除く)、これに接続して下水を処理するために設けられる処理施設(し尿浄化槽を除く)又はこれらの施設を補完するために設けられるポンプ施設その他の施設の総体を言いますが、下水道料金は、その下水道施設の使用料金であり、水道料金のように水を売るというような物の販売性はありません。また、下水道利用開始の公示がなされた場合には、一定期間のうちに、個人負担での排水設備を設置することになっています。下水道法では、『遅滞なく排水設備を設置しなければならない。』と義務付けられています。下水道法によって供用開始の公示がなされたら、すみやかに排水設備の工事を行い公共下水道へ接続しなければなりません。そして一般排水としての下水道使用料金が発生します。 これは、私法上の契約というより、公法上の債権という面しかありません。
 従って、地方自治法236条の適用で消滅時効は5年と考えられます。公的施設利用としての公法上の債権ということになると思います。
 そうなると、ここでちょっと気をつけないといけない点があります。従来、下水道料金は、水道料金と同時に請求してきていたという地方自治体の実例が多いと思います。
 しかし、水道料金は時効2年、下水道料金は時効5年ですので、債権時効管理が異なりますので、その点に留意しておく必要があります。特に、時効債権を不納欠損処理することがある場合には、下水道料金はまだ不納欠損処理できない場面も出てきますので、すこし管理がややこしくなると思います。
(次回、他の債権についても具体的にみていきましょう。)

以上

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ② 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<地方自治法第236条と民法の関係>

 前回に引き続き、地方自治体の金銭債権の管理についての消滅時効の基本部分を説明していきます。

 (地方自治法第236条1項)
 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、「5年間」これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。


1.地方自治法第236条1項の「他の法律に定めがある場合」というのは、債権法の基本法律である民法や商法なども含まれるのか?という問題です。
 これは、実は、地方自治法236条1項の「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」は公法上の債権に限定されるか?私法上の債権も含まれるか?という問題として解決することになります。すなわち、債権の消滅時効は、債権法の基本法である民法では、10年としており、地方自治法は、それを5年原則に変えているのはなぜかという立法趣旨から解釈されることになります。
 「他の法律」に民法も含まれると単純に解釈してしまいますと、地方自治法第236条の5年の時効期間は全く意味のない規定になってしまいます。そこで、地方自治法の言う金銭債権と、民法の規定する金銭債権とは性質が異なるのではないかという考え方が出てくることになります。
 地方自治法236条1項の「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利」は公法上の債権に限定されるか?私法上の債権も含まれるか?という問題について、結論を先に言えば、私法上の債権は含まれないという結論になります。 (☆但し、後でお話しますが、判例は、地方自治法236条1項の「他の法律の定め」には、民法も含まれるとしています。除外規定の表現として「他に特別の法律がある場合」「他に特別の規定がある場合」とは表現しておらずに、「他の法律の定め」としているからです。これは、民法上の5年より短い短期時効規定が含まれるという趣旨にしか使っていないと考えることもできますが、地方自治法236条1項は、民法の特別規定と考えるのではなく、民法の補充規定として考え、民法の適用の無い場合に適用する、すなわち、公法上の債権の場合の規定だと理解することになるのだろうと思います(私見)。)

 そもそも、公法上の債権の消滅時効については、以下の通りの理由が考えられます。
① 時効制度の趣旨は、真実の法律関係がどうであろうと、永続した事実状態をそのまま尊重し、これを法律上保護することによって、その上に築かれた法律関係の安定を図ることを趣旨として、「権利の上に眠る者は法的には保護に値しない」こと、長期間の権利不行使によって権利の存在の証拠(立証)が困難となっていくことを理由とする。
② 元来、時効制度は、私法上の制度として発展してきたが、上記の趣旨は公法上の領域でも妥当するものであり、特に公法上の消滅時効に関しては、権利関係の早期確定の要請、財政画一主義の要請に基づき、大量且つ反復して賦課徴収されるものが多く存在するので、私法上の10年の消滅時効期間よりも短くして「5年間」とし、また、時効の援用に関しても画一処理・平等取扱の要請から「時効援用の排除」を規定したものである。
ということです。
 その結果、以下のとおり、形式的に3つのジャンルに分けて、消滅時効を考えるのが妥当ではないかとされています。すなわち、

(結 論)
(ⅰ) 私法上の債権(取引契約行為に基づいて発生する債権)・・・・土地建物売買代金、物品購入代金、工事請負代金等)は、⇒ 民法・商法等の消滅時効の適用となる(民法10年間原則・・・商法は5年)
(ⅱ) 公法上の債権で税等の公法上の法律の定めがある債権は、⇒各法律の規定による。
(ⅲ) 公法上の債権で、公法上の法律の定めがない債権は、⇒地方自治法236条の「5年間」の消滅時効の適用となる。(会計法同趣旨)

2.このような区別をすると、次に、「公法上の債権」と「私法上の債権」の区別は、具体的にはどのようにするのかという問題が生じます。例えば、水道料金債権は「公法上の債権」か?、「私法上の債権」か?というような問題です。
 一般的には、
 ☆ 「公法上の債権」とは、・・・国や地方公共団体が優越的意思主体として命令・強制することで法律関係が形成される場合の法律関係(権力関係)で発生する請求権
 ☆ 「私法上の債権」とは、・・・国や地方公共団体を含めて当事者が対等な意思主体として合意(契約)することで法律関係が形成される場合の法律関係で発生する請求権

という区別があるのですが、 実は、かかる定義でも、両者には、区別できそうで区別ができにくいという債権が多々あるのでやっかいなんです。例えば、国や地方公共団体が、公の施設や財産を管理し、事業を経営し公共的役務を提供し、国民・市民に給付・供給する「公共料金」と通称呼ばれている債権関係は、私法的側面がありながらも公共の福祉の見地からの公法的側面も有しているということが考えられるのです。「水道料金」債権はどうでしょうか?公共の水道施設の使用料として公法的側面を有しているようにも考えられます。「下水道料金」債権はどうでしょうか・・・。
 また、更にやっかいなのは、判例は、必ずしも通説の区別基準によらずに、実質的な債権の内容によって判断をしている傾向があり、理論的に明確にしにくいというのが現状なのです。
 そこで、次回に、判例事案を通じて、具体的な債権が「公法上の債権」か、「私法上の債権」かの視点で検討していきましょう。(新年へ続く)

地方自治体の金銭債権の管理 「時効管理と回収手続を中心に ① 」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<地方自治体の金銭債権債務の消滅時効の原則規定>


1.地方自治体の管理徴収する金銭債権は、税金を始め様々なものがあります。法令に定められたものも多数ありますが、ある地方自治体では、条例を制定して特殊な貸付制度を設けたりしているところもあります。給食費未納問題・奨学金未返納問題を目の当たりしますと、自治体がいかに多種多様な金銭債権の管理徴収をしていることは理解できると思います。
 問題は、そのような多種多様な金銭債権を、100%徴収・回収を目指して、消滅させずに、どのように管理し、どのような手段で徴収・回収していくかという方法論を身に付けなくてはならない時代になっているということです。(昨今、地方自治体の金銭債権の消滅時効について、その期間を知り、管理基準とする必要があるのではないかという問題意識が生じていますが、この点については、「しぶき297号の法律相談室コーナー」で殿所哲先生(弁護士)が「行政の現場における危機管理20」ということで、債権消滅時効に触れておられますので、参照していただければと思います。)
 各自治体・各団体共に、債権の時効管理については、各部署でそれぞれ法令に従って管理されているようですが、担当職員は3年から5年の間隔で各部署への移動がなされるようですので、各部署各部署での管理だけで十分だろうかいう疑念もありますので、一度、基本的な考え方を知っておくのも悪いことではないと思いますし、統一的な時効管理一覧表等の作成にも努めていただくとよろしいのではないかと思います。
 なお、平成20年7月に、東京弁護士会自治体債権管理問題検討チームが「自治体のための債権管理マニュアル」、平成22年11月に大阪弁護士会自治体債権管理研究会が「地方公務員のための債権管理・回収実務マニュアル」という本を出しております。それぞれ、自治体の複雑な債権関係を要領よくまとめた内容になっていますので、参考にされるとよろしいかと思います。

2.自治体の債権債務関係の消滅時効に関する基本条文
 まず、地方自治体の金銭債権に関する消滅時効の条文としては、地方自治法236条が基本になります。

【地方自治法】
第236条 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがある場合を除くほか、“5年間”これを行わないときは、時効により消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、“時効の援用を要せず”、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき規定がないときは、“民法の規定を準用する”。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、“民法第153条(前項において準用する場合を含む)の規定にかかわらず、時効の中断の効力を有する”。

 これは、地方公共団体の債権債務に関する規定ですが、国の金銭債権債務については、会計法第30条、31条に同趣旨の規定があります。 国や地方自治体の金銭債権・債務の消滅時効は「5年」であるということになります。

3.消滅時効(5年)の例外
地方自治法236条1項によれば、「他の法律に定めがある場合」は、その法律の定める時効期間となりますが、「他の法律に定めがある場合」というのが非常に多いということで、自治体現場では、全体的に整理しにくいという問題点があります。
他の法律の定めを何例かピックアップすると以下のような法律があります(分かりやすくするために省略や追記をした箇所があります)。

【地方税法】
 (地方税の消滅時効)
第18条 地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利(「地方税の徴収権」)は、法定納期限の翌日から起算して“5年間”行使しないことによって時効により消滅する。
2 前項の場合には時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができない。
 
 (時効の中断・停止)
第18条の2 地方税の徴収権の時効は、次の各号に掲げる処分に係る部分の地方団体の徴収金につき、その処分の効力が生じたときに中断し、当該各号に定める期間を経過した時から更に進行する。
(1)納付又は納入に関する告知-その告知に指定された納付又は納入に関する期限までの期間
(2)督促-督促状又は督促のための納付若しくは納入の催告書を発した日から起算して10日を経過した日までの期間
(3)交付要求-その交付要求がされている期間

 (還付金の消滅時効)
第18条の3 地方団体の徴収金の過誤納により生ずる地方団体に対する請求権及びこの法律の規定する還付金に係る地方団体に対する請求権(「還付金に係る債権」)は、その請求をすることができる日から“5年間”を経過したときは、時効により消滅する。

【国民健康保険法】
第110条 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、“2年”を経過したときは、時効によって消滅する。
2 保険料その他この法律の規定による徴収金の徴収の告知又は督促は、民法第153条の規定にかかわらず、時効の中断の効力を生ずる。

【土地改良法】
第39条7項 (土地改良区が賦課金、延滞金、過怠金の納入未払者分の徴収依頼を市町村にしてきた場合の、その徴収金の)その時効については、国税及び地方税の例による。(5年)

【道路法】
第73条5項 負担金等(この法律、この法律に基づく命令若しくは条例又は処分により納付すべき負担金、占用料、駐車料金、割増金又は料金)並びに手数料及び延滞金を徴収する権利は、“5年間”行わない場合においては、時効により消滅する。

  おおよそ例外規定としての特別法の規定は、消滅時効期間としては、2年か5年の定めをしているようです。

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ①」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 私どもが今後の訴訟社会(法的社会)で安全に生活していくための方法や具体例のお話しを、特に高齢者が遭遇し易い事例を中心に、数回に分けてしていきたいと思います。 市町村職員の皆さんも、自分の地域の高齢者が被害に遭わないように、高齢者被害防止策を心がけて欲しいものです。

【訴訟社会・法的社会とは】
 社会内のトラブルを裁判によって法的に解決しようとする傾向の強い社会、また、一般に訴訟が多く日常的である社会を指します。我が国が規制緩和政策を基本に自己決定・自己責任原理の社会を目指す方向になれば、トラブルは自分で解決しなければならなくなるので、訴訟社会へ移行していくことになります。

    

1. 高齢者を狙う詐欺的商法や振り込め詐欺(俺々詐欺)

(1)高齢者社会と高齢者の貯蓄資産

 今、日本は超高齢化社会と言われています。高齢化社会とは、総人口に対する65歳以上の老齢者人口が多数を占める社会をいうのですが、その割合が7%~14%だと高齢化社会、15%~20%だと高齢社会、そして21%以上だと超高齢社会といいます。日本は、昭和45年に高齢化社会、平成6年に高齢社会となり、つい最近の平成19年に超高齢社会となりました。今では、5人に一人以上が65歳以上であるという人口比率になっています。団塊の世代(1947~49 年生まれ)が65 歳に達する2012~14 年には国民の4人に1人が65 歳以上の高齢者となる見通しです。
 また、少し古いですが、私の手元にある「平成17(2005)年完全生命表」によると、平均寿命(0歳における平均余命)は、男78.56年、女85.52年となっており、年金生活が13年~20年くらい続けられる時代になっていますし、高齢者人口のうち、男性の8%、女性の18%が独居生活をしているとの統計結果(平成18年高齢者白書)もあります。
 そして、最も重大な要素は、高齢社会と同時に少子化社会(出生率の低い社会)になっていき、高齢者層の年金制度が維持されていくと、家計の貯蓄が高齢者に集中する構図が一段と進む見通しであるとされています。
 すべての団塊の世代が60歳となる09 年には、60 歳以上の世帯が保有する貯蓄額のシェアは60%程度まで上昇していき、高齢者ほどお金を持っているという社会になっていきます。
 高齢者がお金持ちになるというより、若い人の負担が大きくなり、若い層の人がお金が無いという状態になるので、高齢者層がよりお金をもっているように見えるということでしょう。


(2)高齢者をターゲットにした悪徳商法

 高齢者が多くなり、その高齢者がお金を持っているということになれば、市場原理として高齢者がビジネスや商売のターゲットとなるのは当然だということになります。高齢者の生活に必要な商品開発や商品販売が盛んになることは好ましいことですが、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」が横行しています。訪問販売などでの押売り商法などがその典型例ですが、二、三紹介しましよう。

①点検商法
 ある日、70歳一人暮らしの太郎さんの家に、リフォーム業者が訪ねてきて、「福岡からきた○○工務店です。うちはシロアリ防除資格がありまして、今回、九州一円の宣伝活動として、宮崎地区を担当して、無料で床下の点検サービスで近所を廻ってます。お宅の床下の点検も無料でしますので、いかがですか?」と宣伝して、床下に入って点検し、「シロアリに蝕まれていますね。」とポロライド写真を見せて、薬剤貼付と薬剤散布を20万円で勧められたので、現金で支払って工事してもらうことにした。薬剤は即日床下に散布された。後日、花子さん宅を立てた大工さんに話をしたところ、床下の点検をしてもらったが、シロアリ腐食箇所はまったく無かった。騙されたが、業者の連絡先もわからず、名刺や領収書の住所にはその会社は存在していなかった。

 これは、「点検商法」と言って、サービスで点検してあげますということで信用させ、点検して問題点を指摘して、自分の買わせたい修理商品や補正剤などを売り込むやり方です。特に地元業者を語らず都会の業者であるとすることが多く、その点で不審な点があるのですが、専門家による点検がサービスならば、誰でも受けたくなるという心理を利用しているものです。また、よその会社であることに疑問を持たれたら、その地元の有名業者を調べていて、「現在、宮崎地区の連携業者として、○○建設ともお話しをしている会社です。」と地元業者の名前を勝手に使って、その信用を利用することなどをしたりしています。
 この商法は、虚偽の事実を告げて契約させていますので、民法96条の詐欺として取り消し、又は特定商取引法に基づき契約日から8日以内にクーリングオフ(無理由解除)をして、代金額20万円を返してもらえるはずですが、業者名や担当者の所在が明らかでないとそのような請求すらできない状態になります。警察に詐欺被害として被害届をするだけで泣き寝入りになる可能性が高いです。

 (次回の「②見本商法と次々商法」へ続きます。)

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ②」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前号に引き続き、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。

②見本商法と次々商法(つぎつぎしょうほう)

 ある日、70歳一人暮らしの花子さんの家に、リフォーム業者が訪ねてきて、「屋根や壁などの細かな修理をしている会社で、この近所の家を見て廻っています。お宅の屋根をみましたら、そろそろ葺き替えなどのご注文はないかと思ってお立ち寄りしました。」と申し込んできました。断わったら、「じゃあ、うちの会社のパンフレットだけでもみてください。屋根や壁だけでなく、水周りの工事もしていますから。」と置いて行ったので、悪徳業者でもないみたいだと感じていました。
 一週間くらい経って、同じ業者が、若い従業員を同伴して「うちの若手従業員の研修として、サービスで水周りの点検作業をさせていただいております。お宅の水周りの点検を研修としてさせていただけませんでしょうか?」と依頼してきたので、花子さんも無料ならどうぞお願いします。」と承諾しました。点検の結果は、水漏れはないが、水道管と風呂の排水管が腐食しているので替え時だという結果であったが、お一人の判断では難しいでしょうから、今すぐに管の取替え工事をするというわけにもいかないので、工事される場合には、うちの会社に頼んでいただくとありがたいです。」と言って、素直に帰っていきました。
 その二日後に、電話連絡が入り、「お宅の水周りの件ですが、管の取替え工事をしないで、お風呂全体を取り替えてみませんか?丁度、明日からキャンペーンが始まり、お風呂のモニターとして、お風呂の宣伝写真を撮らせてもらったりして宣伝モデルになることを了解していただける契約をすれば、ものすごくいいお風呂が、格安で設置できますし、配管工事も無料ですし、サービスで水周りの管の取替えもできます。お伺いしてお話しを聞いてもらえませんか?」と申入れがあり、信用できる親切な業者さんとのイメージを持ち始めていたので、訪問してもらって、200万円の契約を150万円にしてもらい、業者の持参したローン契約書で契約して、風呂の改修工事をしてもらいました。
 その後、その担当者は、風呂の掃除をしてあげたりしながら、「風呂工事の際に床下点検をしましたが、耐震構造になっていないので、家が危険な状態です。あなたの身の安全のために、耐震構造の処置ができる友人を連れてきます。相談してみてください。」と言ってきて、翌日、その友人が「やはり危険な状態なので、床下工事したほうがいいですね。耐震部品を付ければ、30年くらいは地震にも問題ない構造になります。」と説明して、耐震部品の購入と付加工事をローン契約しました。
 その工事が済んだら、担当者が、お風呂のモニターの話をするとの口実で、工事の御礼やお土産のお菓子などを持ってきたりして頻繁に花子さんの話し相手になったりしていました。花子さんは、地震の心配をしてくれたり、お菓子を持ってきたりしてくれるので、すっかり信用するようになり、ある日、「おばあちゃんも、子供夫婦やお孫さんとなかなか会えないで、独り生活は寂しいですね。」と慰められて、その担当者が「やはり、家は屋根が命です。最初お知り合いになったのも、家の屋根が気になったからです。屋根の葺き替え工事をしましょう。床下の耐震だけでは、まだ不安が残りますので、独り暮らしのおばあちゃんのためには、万全を期したほうがいいですよね。」と屋根の改修工事を持ちかけてきて、ローン契約は二つもしているので、預金や蓄えから500万円ほど都合してもらえれば、家全体の悪いところの修繕もしますということで、屋根修理契約をして、預金から500万円を支払いました。
 しかし、工事内容は、屋根の葺き替えではなく、瓦の塗装を塗り替えるだけの杜撰な工事で終っていたこと、風呂の工事も、耐震床下工事も、通常の5倍~10倍の代金でのローンを組まされていること、業者の所在地には業者がいないことが消費相談で判明しました。

 これは、見本商法に始まり、一度の契約をすると短期間に次々に不要な契約をさせて商品や工事を購入させる「次々商法(つぎつぎしょうほう)」の例です。

 このような冷めた親子関係にある独居高齢者を悪徳商法のターゲットにするマニュアルがあるようです。それによれば、

 A まず、独り住まいの高齢者の家に上がり込む方法を考える。サービス・無料で信用させ、最初から無理強いはしない。

 B 家に上がり込むことができたとしても、自分からは話さず、高齢者の話相手になって話を聴いてあげる。

 C 子供さんの代わりに高齢者の生活を心配して、専門業者として助言しているように思わせる。

 D 危険を誇張して、早急に工事したりする必要があると思い込ませる。

 E 短期間に次々と契約をしておく。

 F 高齢者が信頼するポイントは、

  ⅰ>掃除をしてあげる。

  ⅱ>お土産を持参する。

  ⅲ>擬似親子関係をつくる(「実際の子供さんの代わりに」と説明する。)とされています。

 このマニュアルには、今の日本の独居高齢者の心の隙間を悪用する意図が表れています。
 他方高齢者のほうには、騙される寂しさがあり、騙された結果、実の子供に叱責される姿が想像されます。唯一の蓄えも使って、家を修繕したのは、実の子への相続財産の補完でもあったはずなのに、その子から怒られる。「自分の蓄えを自分の判断で使って何が悪い!」と内心で自分を慰める高齢者の心情も窺えます。
 最終的には、高齢者は、時間が過ぎていけば契約時のことを忘れてしまい、契約書自体も失くしたりしていて、面倒くさい解決手続も嫌う傾向にあります。そこで、泣き寝入りする場合が多くなります。ここに、悪徳業者が高齢者を狙う理由のひとつがあります。  (次号に続きます。)

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ③」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 悪徳商法への未然防止策としては、具体的な被害例を聞いておくことが有効ですので、前号・前々号に引き続き、高齢者の知識不足や判断不足につけ込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。
 今回は「利殖商法」の例です。

③利殖商法

  1.  高齢者は3つの大きな不安 = 「お金」の不安、「健康」の不安、「孤独」の不安を持っていると言われています。それゆえに、この3つの不安を解消してくれるような話(商法)には、関心を持ってしまい騙される傾向があります。
     「お金の不安」は、手軽にお金が増えるというようなマルチ商法や利殖商法に騙される素地を作っており、「健康の不安」が健康布団や健康薬品等の訪問販売に騙される素地を作っており、「孤独の不安」は、次々商法や催眠商法に騙される素地を作っています。

  2.  特に、老後の蓄えで生活している高齢者は、「お金の不安」から、まだ蓄えに余裕がある時期に蓄えを増やしておこうという投機的な利殖商法に騙される傾向があります。
     利殖商法は、昔から、天下一家の会のねずみ講事件に始まり、有名なのは、金のペーパー商法であった豊田商事事件、「円天」という独自紙幣を利用したL&G出資法違反事件、東南アジアでのエビの養殖事業投資を唄ったワールドオーシャンファーム事件など、高利回り・高配当の利殖投資に参加して、蓄えの全財産を取られた高齢者の人たちも多いことは、皆さんもテレビ・新聞のニュース等でご存知のことと思います。

    <利殖商法の具体例>

    「ねずみ講」 ⇒ 「商品の販売は目的としないで金銭の配当だけを目的とするもので、無限連鎖講防止法で禁止されている手法を言います。

    (例):「5万円で会員になってもらえば、その後、新たに会員を2名探して加入させると1万円の紹介報奨金が戻ってきますので、5人会員紹介で元が取れ、その後は会員1人につきお金が入るだけの状態となり儲かる制度です。5万円会員から5人紹介していただいた段階で、100万円会員コース、500万円会員コースに登録することが可能です。集まったお金で○○総裁が世界的に経営している10企業へ融資することで莫大な利益を生むことができるので、このような方法は、私どもだけ可能となっています。」として、最終的には500万円コースに案内し、会員費用500万円を受け取った時点で、会員紹介奨励金をなかなか支払わないようになり、そのうちに、組織が無くなった状態になり、500万円が全く回収できなくなった。

    「マルチ商法」 ⇒ 物品・商品の権利・サービスを組織の上位者から下位者に販売し、更に下位者を会員に入れることで販売利益を連鎖的に得ることができる組織的商法であるのですが、連鎖販売法という方法で、ねずみ講とは、商品が動く点で異なるだけです。特定商取引法により連鎖販売業として規制されていますが、ねずみ講とは異なり禁止まではされていません。

    (例):近所の保険外交員などをしているという女性から、「保険の話じゃないんだけど、いい話があるんですよ。月100万円くらいまで儲かる話があって、会員になると特別価格で健康食品が購入できて、それを知人や友人に勧めて売れたらバックマージン(手数料)がもらえて、知人や友人が会員になれば、紹介者として手数料比率が上がって、健康食品を買えば買うほど手数料がどんどん増えていくんですよ。」という話を真に受けて、貯金していた200万円を払って会員になったが、買ってくれる人を見つけられないまま、意味もない健康食品が大量に残り、他の会員を紹介することもできなかった。その女性も行方不明となり、200万円を取り戻すことはできなかった。

  3.  「うまい話にゃ、裏がある。」という話ですね。人間には限りなく欲というものがありますので、利得商法(もうけ話)には、特に気をつけなくてはいけないと思います。最初にお話しましたように、「不安」があるので、不安を解消し安心したいために、つい騙されてしまうということですから、悪徳商法にひっかからないためには、三つの不安の安全な解消法を探すことです。そもそも三つの不安を持たないのが一番いいのですが、それぞれが根本的な不安なので、宗教的に悟らない限り誰しもが不安を持たざるを得ません。このシリーズの後半で「未然防止策」を書く予定ですが、細々とした防止策よりも、まずは「高齢者は自分1人で判断しないこと」そして「高齢者を1人にしないこと(高齢者を孤独にしないこと)」が重要です。

以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ④」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 引き続き、高齢者の知識不足や判断不足に付け込んだ「悪徳商法」の例を検討していきましょう。
 東日本大震災が起こる前の平成22年暮れ頃から、「タイガーマスク」「伊達直人」などと名乗る人から、児童養護施設などに善意のプレゼント運動(タイガーマスク運動と呼ばれ始めました)が続いていますが、現実の社会の中では、そのような福祉への善意を逆手に取るような悪徳商法もあることを知っておきましょう。福祉を語るエセ福祉詐欺商法などです。その方法として、自宅に訪問してこないで、電話等で勧誘して契約させる悪徳商法が利用される場合があります。ひどい例では、電話もしないで、突然、高価な本や商品を送りつけてくる場合もあります。「送りつけ商法・ネガティブオプション」とも呼ばれています。今回は、その話をしましょう。

④電話等による「送りつけ商法」
(例) : ある日、70歳一人暮らしの次郎さんの家に、身に覚えのない会社から小包みが送られてきた。不審に思いながら、包みをあけてみると、「あなたの思いやりで、困っている人に盲導犬・介助犬をプレゼントしましょう。盲導犬・介助犬の飼育事業・訓練事業を立ちあげるために、同封のハンカチを購入していただける協力者を求めています。5000円で購入いただくことで、あなたの行為で、何人もの身体不自由な人が救われることになります。」と振込用紙が同封されていました。
 次郎さんは、不審に思いながらも、福祉事業への協力なら少ない生活費から無理してでも協力しようと5000円を送金しました。
 その後、すぐに、同じ会社から、北方領土返還運動の協賛事業であるとの説明書を同封した豪華本の小包みが送られてきて、「5万円の口座振込請求書」が同封されており、「福祉事業の多くの方々にもお買い上げいただいています。お読みになって不要な場合には、1週間以内にご返送ください。代金の支払いもなく且つ本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」との説明が書いてあった。
 次郎さんは、面倒くさいことは嫌なので、代金の支払をしようと思っています。


<対応の仕方>
① 相手側の仕組み
 この次郎さんの例の場合には、最初のハンカチの「送りつけ商法」は福祉事業団体を仮想した虚偽の説明をしているものだと思います。まともな福祉事業団体であれば、普通は、チラシ送付かダイレクトメールなどで購入案内をして、申し込んだ人に品物のハンカチの送付をするはずです。ハンカチを購入しない場合の返送文言もなく送りつけるだけの方法ですから本当は非常識なやり方ですが、逆にハンカチはプレゼントと思わせて、善意の寄付金を求めているような形式を取っています。
 また、送りつけ商法とまではいかない段階で、同封のハンカチをそのまま貰っている人のほうが多いかもしれませんが、これは、業者のほうでは多くが送りつけたままで終ることも覚悟した「駄目モト商法」というもので、払ってくれるものが一人でもいれば、それはそれで損はしないということを計算しているものです。
 そして、このハンカチ購入をした人(代金を振り込んだ人)に対して、その情報に基づいて、今度は本気で「送りつけ商法」を始めるのです。業者から見ると、ハンカチを購入した人は真面目でお金のある人なわけですから、社会福祉や国の政策への協力に嫌とは言えないやさしい人として見抜かれて、今度は、断れないような正義事業の名目で、高額な本の購入を求めるのです。後の「豪華本」は完全な「送りつけ商法」です。

② 対応方法とその基礎知識
 ここでの相手方の説明書には、法律上は完全に間違っていることが書かれてあります。「代金の支払いもなく且つ本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」との記載です。法律上は、勝手に送られてきた本を1週間以内に返送しなくても、買ったことにはなりません。
 物の売買契約は、売ろうとする「申込」に対して買おうとする人が「承諾」をすることで契約成立となります。業者が本を送りつけたことは、本の売買の申込であり、こちらはまだ「買う」という承諾をしていません。本の売買契約は成立しないままで、本がそこにあるというだけで、契約成立で発生する代金支払義務は全く発生していません。「本の返送がない場合には、お買い上げいただいたことになります。」という文言は全くの嘘です。次郎さんは、本の代金を払う必要は全くありません。
 じゃあ、手元にある本はどうすればいいのか? ということですが、本はまだ送り主である業者に所有権が残っていますので、次郎さんは勝手に処分できません。しかし、法律(特定商取引法)で、送付されてから14日経過した後(返還請求の連絡をした場合には、請求から7日が経過した後)には、こちらで勝手に処分できるとの規定がありますので、次郎さんは、その本を捨てて構いませんし、送り返さずに自分の手元にそのままにしておいても構いません。  なお、自分の手元に置いていたり、捨てたりするのは気持ちが悪いと思う人は、相手方の着払いでもこちら払いででも、相手方に返送すること自体は何ら問題ありませんので、送り返すことも当然できます。


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑤」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 高齢者をターゲットにした悪徳トラブルとして、日本の社会で大きな問題となっているのが「振り込め詐欺」(「オレオレ詐欺」とも言われていました)です。我が国に、そのような犯罪行為が蔓延してきた背景からお話しましょう。

⑤電話等を利用した詐欺(俺々詐欺)~駄目もと請求商法
 電話や郵便を利用した詐欺として、「駄目もと商法」というようなものがありました。 これは相手方の姿が全く見えないという特徴があります。(前話の「送りつけ商法」はある程度会社事務所は明らかにしている場合があります。売買契約をしているという口実で代金を請求しますので、犯罪にまで至る場合が少ないので、ある程度身元を明らかにしています。)
  「駄目もと商法」というのは、駄目でもともという意味で、次のような方法で詐欺をしてきます。

  1.  若い人をターゲットにして、「インターネットのサイト接続代金の債権を買い取りました。サイトに接続した利用代金がまだ未納のままです。明日までに、2万円を振り込んでください。振り込まない場合には、職場や自宅に直接に取り立てに伺います。」とか、「裁判で強制執行します。」などと架空の請求をはがき等でしてくるものです。
     インターネットを使用している人は、どこか変なサイトに間違って接続したかなあという思いとか、人には言えない恥ずかしいサイトに接続したことが公になるのは嫌だなあという思いから、2万円くらいならいいかと思って払ってしまいます。
     これは皆が皆払ってくるものではないんですね。インターネットに詳しい人は全くの虚偽の請求だと思いますし、インターネットを利用していない人は全く払うことは考えないでしょう。自分で思い当たるような人だけが払ってくるのですが、請求者は、それほど費用をかけないで請求しているのですから、払ってくれる人が多ければ多いだけ儲かるだけです(1枚のはがき代だけで2万円入るのですから)。はがきを送った人から全部振込がなくても、数人から振込があれば大儲けになるのです。必ずしも全員からもらう必要はなく、もともと駄目な人(詐欺にひっかからない人)もいることを予定していることから、「駄目もと商法」と言います。
     これは、詐欺の刑事犯罪ですから、電話をかけてきたり、メールや郵便を送りつけてきたりして、脅し文句をいうだけで、自分の素性は全く明らかにしないのです。これに払うと相手の素性も住所も分かりませんので、後で取り戻すことは全くできません。相手が誰か特定できないからです。幽霊みたいな輩たちです。

  2.  これと同じような高齢者をターゲットにしたのが、俺々詐欺に始まる「振り込め詐欺」です。
     ある日、突然電話で「もしもし、おばあちゃん。俺だけど。今、車で交通事故を起こして相手方が怪我していて、示談しないと警察に連れて行かれてしまう・・・。」と孫のふりをして、示談金を高齢者に振り込ませる詐欺のことです。
     数年前「よしもとお笑いExpoイン宮崎」の大阪吉本漫才を家族で観に行ったときに、東京ダイナマイトかアップダウンという漫才師が「俺々詐欺」のネタで漫才をやっていました。 ~~「オレオレ」っていう電話がかかってきたら、こちらも「オレオレ」って答えるんだって。普通は、電話先で「もしもし」で始まって、こちらも「もしもし」って答えるんだから、相手が「オレオレ」って言えば、こちらも「オレオレ」って答えるのが正しいとかなんとか言ってました。更に、「おじいちゃん?」って聞いてくれば、「森に芝刈りに」と答え、「おばあちゃん?」って相手が聞いてくれば、「川に洗濯に」って答えればいいそうですよ(笑い話として)。~~

  3. このような振込め詐欺は、様々なパターンがあります。   
    • * 交通事故・示談や裁判費用を装うパターン(孫・警察官・弁護士を語る)
    • * 定期交付金の振込み手続の代行を装うパターン(市役所職員を語る)
    • * 税金の還付手続を装うパターン(税務署職員を語る)
    • * 浮気の代償を装うパターン(相手方の男・暴力団・弁護士を語る)
    • * 借金の債権譲渡を装うパターン(債権回収会社・債権回収機構を語る)
    • * 借金返済の保証貸付けを装うパターン(金融会社や保証会社を語る)

 これらの詐欺集団は組織的に動いています。携帯電話を用意する人間、個人情報名簿を用意する人間、電話を担当して請求する人間、振り込まれたお金をすぐに引き出しに行く人間、他人名義の預金通帳を用意する人間などが、まるで正当な仕事をしているみたいな感覚で詐欺をしています。
 警察の捜査で何人かが捕まって刑事裁判になって、弁護人として弁護する場合もありますが、彼らは「騙すのが悪いというより、騙される人間がうじゃうじゃいることが途中で楽しくなる。」という異常な感覚でやっているのですから、弁護をしていて愕然とします。警察で逮捕してくれない限り、騙されて振込んだ大金は戻って来ないのがほとんどです。
 法律の方も、この様な犯罪を防止するために、自分の預金通帳を他人に貸したり売ったりする人も犯罪として処罰する法律(本人確認法、又は、犯罪による収益の移転防止に関する法律)を作りましたし、犯罪に使用されている預金口座を凍結する制度も作り、口座に残った被害金を被害者に分配する制度(犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律)も作りましたが、犯罪者側が、振り込ませたらすぐに引き出すということを組織的にしていますので、この制度でも、あまり返金されることはないようです。 (次号から:対策についてお話します。)  


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑥」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策>

 今回から、高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策について、お話していきましょう。

  1. 生活上の心構え
     「高齢者の生活の三大不安は、「お金」「健康」「孤独」であり、「お金の不安」は、手軽にお金が増えるというようなマルチ商法や利殖商法に騙される素地を作っており、「健康の不安」が健康布団や健康薬品等の訪問販売に騙される素地を作っており、「孤独の不安」は、次々商法や催眠商法に騙される素地を作っている」と、このシリーズでお話ししたことがあります。
     まずは、次のように考えましょう。「自分の不安は、自分だけの不安ではなく、他の人も同じ不安を持っています。自分だけで不安解消するのではなく、みんなの力で不安を解消していきましょう。遠慮は要らないのです。」・・・このことをしっかり認識しておく必要があります。その上で、一番大切なことは、高齢者が孤独にならないことです。誰か信頼できる近所の方や身内の方(当然、公的な立場にある民生委員の方々も)に、何でも気軽に話せるような生活環境を作っておくこと、高齢者の周りの人はそのような生活環境を作ってあげることが第一です。

  2. 「財布を守る」秘訣
     消費者生活センターで、悪徳商法から高齢者を守るキャッチフレーズが出されています。
      「さいふをまもる」という次のようなキャッチフレーズです。
    • 「さ」誘い文句にのせられない。
    • 「い」家の戸、財布にも鍵かけて
    • 「ふ」不審な人には戸を開けない。
    • 「を」お断りをいたしましょう。
    • 「ま」まずは、家族や消費者生活センターに相談し
    • 「も」もしもの時に備えて成年後見
    • 「る」留守番でも一人暮らしでも大丈夫。

     このキャッチフレーズを紙に書いて、玄関ドアやインターホン受話器前の壁などに、貼っておいて、常に意識する訓練をしておきましょう。

  3. もうひとつの対策の工夫
     悪徳商法をしてくる輩(やから)は、「悪人」であり、昔話の「桃太郎」で言えば「鬼」です。悪徳商法を撃退することは、ちょうど「桃太郎の鬼退治」みたいなものです。そこで、私なりに「桃太郎方式撃退理論」を考えてみました。
     悪徳商法の輩を退治するには、桃太郎と同じように三匹の味方、三匹の家来が必要だと思います。桃太郎は、犬、雉(キジ)、猿の三匹の家来を連れて鬼退治に行きました。ところで、なぜ、牛やクマやライオンではなくて、「犬、雉(キジ)、猿」の三匹だったのでしょう?
     実は、これには、中国儒教や風水学の考えが生かされているようで、「犬」は「仁」(おもいやり、誠実、)の意味があり、「雉(キジ)」は「勇」(勇気、正義)の意味があり、「猿」は「智」(知恵、知識)の意味があるとされ、悪を倒すには、「思いやり」と「勇気」と「知恵」があれば倒せるという教えを表しているという解釈があります。
     そこで、高齢者、特に一人暮らしの高齢者には、次のような意味での「犬、雉(キジ)、猿」の三匹の家来を持つことをお勧めします。
    (1)犬【忠誠・誠実】 ⇒ 日ごろから、近所の人や民生委員などお世話をしてくれる人と仲良くしておく。
    (2)雉(キジ)【勇気・正義】 ⇒ 悪い人には泣き寝入りしない。嫌なものははっきり断わる勇気を持つ。
    (3)猿【知恵・知識】 ⇒ 色々なことを知るように努めて知識を持ちましょう。弁護士 などの専門家へ相談する。
     これで、あなたも、立派な「桃太郎」になれるはずです。

 そこで、次回は、「桃太郎式撃退理論」の各論(具体的撃退方法)として、「猿(智恵)」のお供としての悪徳商法対策の具体的方法をお話していくことにしましょう。


以上

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑦」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<高齢者をターゲットにした悪徳商法に対する解決策や対策>

 今回は、先月の「桃太郎式撃退理論」の各論として、「猿(智恵)」としての悪徳商法対策の具体的方法をお話しましょう。

 基本的な対処方法としては、

 〈ⅰ〉予防方法(未然防禦 みぜんほうぎょ)~「契約をしない方法」と、

 〈ⅱ〉事後対処方法~契約をした場合の取り戻し方法」~がありますが、契約をした後の事後対処方法は、相手方の所在がわからないか、会社の実態が全く不明という場合がほとんどですので、被害金を取戻すには相当な困難が伴います。

 まずは、予防方法(未然防禦)~「契約をしない方法」を身に付けておいたほうがよいと思います。


1.自宅訪問販売に対する対処方法
 まず、高齢者の一人暮らしでの訪問販売への対応手段としては、鍵をかけて訪問販売を断わる・家に入れないということが第一なのですが、日常生活の中で全く第三者に対応しないというのも寂しい限りですから、つい対応してしまいます。
仮に、訪問販売者と対応しても、次のように意識しておく必要があります。


ⅰ>訪問販売者か否かの確認と判断基準
 特定商取引法3条に関する通達では、まず突然に居宅を訪問する場合には、「玄関口から」インターホン等で冒頭に「事業者名」「勧誘目的であること」「商品名」を告げなければならないことになっています。予め、電話で訪問の約束を取り付ける場合でも、電話口で「事業者名」「勧誘目的であること」「商品名」を告げなければならないことになっています。無関係な話題で居宅に入り込んで売り込みをした場合には、特定商取引法3条の明示義務違反となり、別途、住居侵入罪になる可能性もありますので、無関係な話で入り込んで、その後に、商品販売の話をした人には、「あなたは法律違反だ!」と告げることもできます。
 訪問販売者か否かの区別は、訪問者が名乗るかどうかで区別できる建前になっていますが、悪徳業者ほど名乗らずに、関係のない話で家に入り込んで、家に入ってから突然売りつけようとしますので、結局は、訪問販売だと告げない人も知らない他人は家には立ち入らせないということが一番賢明な方法だろうと思います。


ⅱ>訪問販売者と知らずに中に入れてしまった場合の対処方法
 こういう場面は、無関係な話で入り込んで、その後に、商品販売の話をしてきた場合ですから、まずは、「貴方のやり方は、法律違反ですね。」と強く言って、帰ってもらうこともできるでしょう。
 法律違反かどうかは、販売員も研修を受けたりして法律の聞きかじりをしていますので、それだけでは太刀打ちできないかもしれません。そういう場合には「息子に相談してからにします。」「相談にのってくれる友達に話してみてからにします。」「民生員の人に相談することになっていますので」と他人の意見を聞いてからでないと契約しないという態度を示すことがいいと思います。
 「印鑑がないので」という拒否の仕方では、クレジット契約などは三文判でも通用していますので、販売者側は「サインだけでもいいんですよ。印鑑は、私のほうで印鑑屋さんで買い求めて押しておきます。」な~んて言ってくるので、あまり有効ではありません。


ⅲ>契約をしたくない場合
 商品に興味があって家に入れてしまったが、値段や商品の種類が気に入らないので、断わってもしつこく勧めてくる場合が、対処が難しいと考えている方も多いと思いますが、相手方訪問販売者が、法律違反をしていないとしても、実は法律違反をしていることになります。
 特定商取引法6条3項で、契約を締結させるために人を威迫させたり困惑させてはならないとされています。また、省令7条1号では執拗に勧誘を継続する行為については「迷惑を覚えさせる行為」として違法としていますし、帰って欲しいと退去を求めたのに帰らない場合には刑法130条の不退去罪(懲役3年以下、罰金10万円以下)になりますので、「これ以上は、迷惑なので帰ってください。」とはっきり言えば、相手方販売者のしつこく勧めてくる行為は違法な行為になりますので、積極的にご自分の考えを声に出していくことが肝心なのです。更に、「これ以上は警察に連絡します。」「消費者センターに連絡します。」という言葉を言っても大丈夫です。
 要は、「猿」の知恵としても、「雉」の勇気を持って、「言うべきことは言う。」ことが撃退法になるわけです。


2.電話・ハガキでの振り込め詐欺に対する対処方法
 これらへの対処法は、「一人での対応・即断はしない。誰かに相談を!」に尽きます。
 振り込め詐欺の電話やハガキなどへの対策は、目の前に相手方がいる訳ではありませんので、本当は、時間的に余裕のある話なのですが、「今すぐでないと間に合わない。」、「公表されたり、裁判になったりして公になると今の段階で早い解決をするしかない。」という“急がせ文句”必ず付いてきます。自分にも余裕がないほど急がなくてはならないお金の支払いなんて、本当は全くないのです。仮にあるとしても、それはそもそも間に合わない問題にしかすぎません。
 そこで、「今すぐでないと間に合わないお金の支払いはしない!」と肝に銘じておく必要があります。
 そうしますと自ずから自分で考える時間ができるわけですから、信頼できる家族・知人・ヘルパーさんに話して相談する時間もあります。是非、自分以外の誰かに相談した上で、出すべきお金であれば出すという判断をすることを心がけておくべきです。
 相談相手がいないときは、民生委員さんでも、交番でも、相談電話かけていいんですよ。 誰かに相談すれば、「何か変だ。おかしい。」という返事をくれるはずです。一人では対応・即断しないことです。電話やハガキの場合でも、消費者センターの指導格言「さいふをまもる」は使えますので、紙に書いて電話などに貼っておいてください。


<さいふをまもる>

さ・・・誘い文句にのせられないで

い・・・家の戸、財布にしっかり鍵かけて

ふ・・・不審な人には注意して

を・・・お断り上手になりましょう

ま・・・まずは、家族や消費生活センターに相談

も・・・もしもの時に備えて、成年後見制度を利用

る・・・留守番、一人暮らしもこれで安心

 
次回は、事後対策・事後解決策を予定します。

高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑧」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<事後的対策と解決策について>

 高齢者が訪問販売や振り込め詐欺等の被害にあった場合、事後的に対応する方法もあります。今回は「被害に遭った場合の事後的対策と解決策」についてお話しましょう。


1.高齢者が訪問販売や振り込め詐欺等の被害にあった場合には、泣き寝入りはせずに、悪い人間は許さないという強い意思で法的手続をされることが必要だと思います。法的手続きになりますので、まずは、消費者(生活)センター・弁護士会・警察などへの相談窓口に相談してください。


*宮崎県弁護士会・☎0985-22-2466

*宮崎県消費生活センター   宮  崎 ☎0985-25-0999

        〃         延岡支所 ☎0982-31-0999

        〃         都城支所 ☎0986-24-0999

*宮崎県警 「悪質商法110番」相談窓口 ☎0985-22-8080


2.事後的対応方法の概要だけを簡単にお話ししておきます。 訪問販売で契約した場合には、


① まず、クーリング・オフで契約解消ができますので、この通知をしてください。クーリング・オフのクーリングはクール(Cool 頭を冷やす)の意味で、押しかけられて頭がパニック状態になって契約したものを、頭をクールにしてみたら、要らない商品だったので契約をオフにする(契約をやめる)という制度です。
 普通、契約を辞めたい場合には、正当な理由や相手方の解約理由が必要なのですが、このクーリング・オフは、8日間内の契約解除であればよいだけで、契約を辞める理由は全くいりません。ハガキや封書で、とにかく文書で相手方販売会社へ「契約は辞めます。」「クーリング・オフをします。」と書いて送ればいいだけです。典型書式を下に書いていますので、参考にしてください。
 しかし、大切なことは、その文書の控えをちゃんと残しておくか、又ははっきりした証拠として残すために、内容証明郵便か書留郵便にして通知することです。これは、後で争いになったときに、「8日以内の通知だったか」「本当に通知したのか」を証明する必要があるからです。



<クーリング・オフの通知文書の書き方の例> ※ハガキで出す場合(必ず簡易書留にして、コピーをとっておく)


あて先 〒○○○ 
  ▲県△市××××番地  
         有限会社○○○(××課)  行き
          

               契約の解除通知

 契 約 の日  平成○年○月○日

 買ったもの  ××××××××××××××


 この契約の申し込みを撤回します(契約を解除します)ので、通知します。   支払ったお金を返していただき、買った商品を引き取ってください。



                    平成○○年○○月○○日

                          住 所
                          氏 名            印


② それでは、8日以内に通知できなかった場合には泣き寝入りしないといけないのでしょうか?8日の起算日は有効な契約書が交付されたときからなのですが、その契約書を細かくチェックすると有効要件を具備していない無効な契約書であり、8日間の起算が始まっていない場合もあります。だから、まだ8日が経過していない事も多くあります。
 次に、法的な8日が経過した後でも、消費者契約法違反や民法の詐欺・脅迫で契約自体を取り消したり無効にする方法もあります。ですから、必ず弁護士や消費者生活センターに相談に行かれることをお勧めします。



③ 強引な訪問販売や悪質・高額な販売を受けたときには、刑事上の詐欺罪や脅迫罪になります。振り込め詐欺などは、警察に被害届出をしてください。警察が逮捕してくれれば、いくらか戻ってくる可能性もでてきます。



④ 最後は、行政相談として、その業者を県の消費者生活センターなどに訴え出て、行政処分をしてもらう方法もあります。

 
次回はこのシリーズの最終回の予定です。一人暮らしの高齢者が自分の財産を守る制度の利用をお話する予定です。   以上



高齢者と法律  「トラブル発生の未然防止策 ⑨」

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫


<トラブル発生の未然防止のための成年後見制度・弁護人顧問制度>


 今回は、このシリーズの最終回として、高齢者が、自分の情報不足や判断力不足を悪用されて被害に遭わないように、事前に、情報不足や判断力不足を補ってくれる制度のお話をしましょう。

  1. まず、独居高齢者だけでなく、同居生活を送っていても、日本の孤独化・家庭関係の希薄化の生活関係からして、様々な法的トラブルが当然起こる状況にあります。

     親のサラ金借金・学生である子供のサラ金借金・男女付き合いでの妊娠責任・パソコンサイト接続での出会い系料金・保険なし車の運転による交通事故・会社リストラの突然解雇など様々な法的トラブルが一般の日常的な家庭でも起こってきています。
     このような個別的トラブルが起きやすくなった背景には、平成4~5年までのバブル経済での新自由主義経済の流れと平成10年くらいからの小泉政権下での規制緩和政策・自己責任世界の実現という日本らしくない政策があります。要は、信用と基盤のある会社に許可を出して行政が規制しながら営業させていたものを、規制をはずしてどこの誰でもやっていいということにしてしまったわけです。
     どこの誰でもいいのであれば、どんな商品が売られるかも事前規制できず、どんな商売の仕方でなされるかも規制できず、要は、「国民(消費者個々人)が、自分の判断でいい商品・いい会社を判断しなさい。」という社会なんですね。そうすると、判断する情報や知識のない人は、言われたままの商品を買い、損をしてしまうのではないかという危険があるのですが、それは「自分が判断したんだから、自己責任です。」というわけです。
     老後の介護という視点だけを取って説明しますと、従来は、市町村が国のお金で(予算で)老人の介護施設を作って、介護・保護の必要な老人には、措置として、必要な施設への入所と費用負担をしてくれていました。それに対して、平成12年4月から導入された介護保険制度は、自分の介護は自分の介護保険に保険料として支払っておいて、自分の意思で自由に介護施設と介護契約して代金を払ってくださいという制度になり、自由に判断できない人、自由に契約できない人はどうするんだという問題になりました。この点でも、判断する情報や知識のない人は、言われたままの介護契約を結ぶか、介護を受けないままか、いずれにしても、損をしてしまうのではないかという危険があるわけです。 そこで、法律上、十分に判断できない高齢者のために、弁護士や親せきなどの判断能力の十分な人が補助するという後見人制度を充実させました。

  2. 成年後見人制度とは?

     判断能力(事理弁識能力)の不十分な者を保護するため一定の場合に本人の行為能力を制限すると共に本人のために法律行為をおこない、または本人による法律行為を助ける者を選任する制度です。ドイツでは “世話法” と呼ばれていますが、日本では、旧来の禁治産・準禁治産制度にかわって平成12年(2000年)4月から “成年後見人制度” が設けられました。
     簡単に言えば、高齢者となって、又は病気となって、判断力が落ちたので、親戚の人や弁護士や司法書士さんなどに、相談しながら決めたいときに、家庭裁判所に申し立てて、親戚の人や弁護士や司法書士さんなどを “後見人” (他に、保佐人、補助人も選べます)。に選任してもらうことができます。
     弁護士や司法書士の場合には、仕事としてやっていますので、有料(月3万円~5万円)になります。

  3. まだ健康なうちに、任意成年後見契約制度で弁護士利用を!

     家庭裁判所に申し立てる成年後見は “法定後見” と言って、自分が判断能力不十分とならないと認められないのですが、まだ、健康なうちでも、後見人を選んで後見して欲しいということもあると思います。その場合には、 “任意後見” 契約を公正人役場で公正証書で取り交わすことで、弁護士などを任意後見人とすることもできます。(かつて、私も86歳のおばあちゃんを任意後見して財産管理をさせてもらっていた時期がありました。)
     このような弁護士との任意後見契約は弁護士との契約以外に公証人役場での公正証書手続が必要ですが、これは、やはり弁護士でも悪いことをしてしまう者がいるので、任意後見契約は後見人登録をして公にしておいたほうがいいだろうという考えに基づくものです。そのための手続の負担に面倒な点(弁護士費用以外に公正証書作成費用がかかる、公証人役場に行かないといけない等)があります。

  4. まだ健康なうちに、弁護士顧問契約(ホームロイヤー)で弁護士利用を!

     信頼できる弁護士がいれば、財産管理は任せないでも、「必要なときに相談にのってくれたり、電話で助言してくれたりするだけでも十分だ。」と思う人は、その弁護士と “個人顧問弁護士契約” を結べばいいわけです。会社や事業ではなく、個人としての顧問弁護士契約は、日本ではあまり多く利用されていませんが、今後は増えていくだろうと思います。今のところ、事業をしていない個人の顧問契約の場合には、月5千円~2万円程度の顧問報酬で契約していますので、訪問販売や個人トラブル、諸手続で分からないことをいつでも聞ける個人顧問弁護士がいるということで、弁護士を利用していただくことが便利ではないかと思います。いつも行く病院のお医者さんや往診してくれるお医者さんを「ホームドクター」と言いますが、弁護士の場合も「ホームリーガル」「ホームロイヤー」として駆けつけてくれる、相談相手になってくれる弁護士をつける時代になっているのかも知れません。弁護士個人顧問契約をしておられると、将来の子供たちの財産争いを防止する意味での「遺言書」の作成相談や遺言書の保管もしてもらえるメリットもあります。
     私の事務所も、私以外に弁護士スタッフ1名、事務スタッフ3名がいますので、個人顧問弁護士契約はどしどし申し付けていただいても構いませんよという宣伝を最後にしておきましょう。

以上

「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(1)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 行政に対して、様々な苦情申出や署名簿提出を伴う要請などがなされますが、市町村レベルでは、首長の政治方針や行政方針が出された際に、政治的な反対派等の活動や住民活動として、行政に反対する署名簿が提出される場合も多いように思います。
 そこで、今回は、そのような反対署名簿が提出された場合に、行政が署名の真否確認調査をする必要があるのか、それはまた、どのような方法ですることが可能かという問題を二回に分けてお話してみたいと思います。

< 説 例 >

 次の説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。

  1.  A小学校を考える会とA小学校PTAは、S町長が構想していた町内のA小学校とB小学校の統廃合案(Aを廃校しBに吸収統合する案)に反対するために、反対署名活動を開始し、議員有志の守る会も、その署名活動に参加した。 本件署名活動は、考える会らの会員が戸別訪問を行い、署名書の住所・氏名欄に記載してもらう方法で行われ、年齢を問わず、家族の分全員分の署名を頼むなどして署名してもらっていた。

  2.  上記署名簿は、第1回目に3576名分、第2回目に1632名分が関ヶ原町S町長並びに教育員会宛て「要望書」と共に提出された。 提出された署名書には、「①子供の教育に関わることは、地域住民・保護者・先生の意見が重視されることを要望します。②B小学校の耐震対策の校舎建築が、統廃合問題を前提に遅れていくことに反対し、一刻も早い改築が行われることを要望します。③私たちはA小学校が廃校されることに反対です。」と記載されていて、これに加えて、「A小学校PTA会長○○」「A小学校PTAA小学校統廃合問題特別委員会委員長△△」とのみ記載されているものと、それに加えて「A小学校の統廃合を考える会○△」「A小学校を守る会×△、△○、××△」「賛同者・・・。・・・・。・・・・。」と記載されている署名書の二種類が混在していた。

  3.  本件署名簿には、一見して、同一人による同一筆跡と見える他人署名が多数存在し、同一住所及び同一姓での同一筆跡による同一世帯の者の署名によると推測できるもの以外に、異なる住所地や異なる姓でありながら同一筆跡のものや、関ヶ原町民以外の署名5筆分の重複、関ヶ原町民でも256名分の署名重複となっていた。

  4.  その後の関ヶ原町議会で、議員から「小学校統廃合案は反対による署名要望が3265名(後に5200名)集まっているので、同案への町民の理解は得られていないのではないか。」と質問し、S町長は「自分の考えは変わらない。町としては住民に小学校統合案を具体的にまだ説明していない段階であり、町民の理解が得られていないという判断は早計であり、署名簿に記載された署名には重複記載があり、要望意思がないのになされた署名が多数あると思われる。」と答弁した。

  5.  関ヶ原町は、A小学校管轄住民、B小学校管轄住民を対象に、19回の学校整備計画説明会(統廃合案を含む)を行った。

  6.  S町長は、上記統廃合案を含む学校整備計画案を6月議会(6月23日開催予定)に上程する予定で、6月13日の企画会議において、「6月23日までに反対署名簿に関する戸別訪問調査を実施する」ように町職員に命じた。
     なお、個別訪問調査は、下記の要領で行うように準備された。

     ① 次の8項目の質問をし、調査対象者から回答を拒否された場合には、回答を強要しない。

      *この署名はいつされましたか。

      *この署名はどこでされましたか。

      *この署名は誰が頼みに来られましたか。

      *この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。

      *ご署名は自分で書きましたか。

      *ご家族で署名されている場合、家族一人一人の意思の確認はされましたか。

      *町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。

      *(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。

      *(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。


     ② 訪問調査時には、調査員の身分及び調査趣旨(署名の意思確認)を説明する。 しかし、統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるようにS町長は指示をした。

     ③ さらに、B小学校校区での説明会では反対意見がほとんどなかったにも関わらず、署名者が多数いたことから、個別訪問調査はB小学校区から先に実施するようにS町長は指示した。

  7.  被告税務課課長補佐であったH野は、他の二人の職員と共に、原告の一人である○ 山宅に戸別訪問した際、○山は調査担当のH野らに、町村合併などへの意見を長々と述べたので、調査担当者であるH野らは、これを遮ることもなくただ黙って聞いていた。そして、H野らは、○山の話が終わった後に、上記8項目の質問をして調査を終了した。

     
  8.  関ヶ原町においては、AB小学校統廃合案が賛成5、反対4で可決された。議会で は本件戸別訪問調査結果は報告されなかった。

  9.  その後、反対署名活動をした特別委員会委員長△△、議員で且つ守る会会員▼川、特別委員会委員○山の三名が、本件戸別訪問は違法であり、精神的な犠牲を強いられたので、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円をそれぞれに支払えとの国家賠償請求の民事裁判を提起してきた。(岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119)

<問題点として考えられるもの>

 この説例で、問題点として考えられるものは、次のような事項です。

 ① 要望書の提出に対して、どのように取り扱うか。

 ② 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。

 ③ 上記6での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。

 ④ 質問事項の内容は適切か。

以下、順次解説していきましょう。

< 解 説 >

その1 本説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。


1、 署名簿付き要望書提出に関する処理方法について(請願法)


 要望書が議会に提出された場合と行政部に提出された場合と異なる手続きになる(議会に出されたものは議会が処理し、行政部に出されたものは行政執行部・行政担当部が処理することになっていると思います。)

・請願法5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」

・地方自治法124条「普通地方公共団体の議会に請願しようとする者は、議員の紹介により請願書を提出しなければならない。」

・同125条「普通地方公共団体の議会は、その採択した請願で当該普通地方公共団体の長、教育員会・・・・において措置することが適当と認めるものは、これらの者にこれを送付し、且つ、その請願の処理の経過及び結果の報告を請求することができる。」

・同109条(常任委員会審査等)3項「常任委員会は、その部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、議案、陳情等を審査する。」

 要望書を法的に捉えた場合に、法的権利として認められている「請願」かそれ以外の「要望」「陳情」「意見」に過ぎないのかの判断があります。本件の場合には、町長と教育委員会への「要望書」と署名簿提出という形であり、請願か陳情かの区別が困難ですが、請願の場合には、請願法5条の受理義務と誠実処理義務を負うこととなり、陳情等の場合には、そのような法律の要請はないのですが、請願と実態は変わらないので、同様に誠実に処理することとなると思われます。

 なお、請願書の要式を具備している場合には、請願として取り扱うこととなるでしょう。

(以下、来年の次回に続けて解説します。)

「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(2)

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前回に引き続き、今回も岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を解説していきましょう。


< 解 説 >
  1. 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。

    (1) 請願権の権利性について
     岐阜地裁判決は、請願権の権利性につき、次のように述べています。

    ①  「署名は署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同する趣旨でなされるものであるから、かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということができ、表現の自由(憲法21条)によって保障されるものであり、さらに、署名は、署名活動する者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので、かかる署名行為は請願権(憲法16条)によって保障される。」

    ②  「署名活動とは、一定の目的をもって署名を収集する行為を指し、特定の政治課題について署名活動を行うことは、自己の政策的意見に賛同する者から署名を募り、集めた署名簿を官公署等に提出することによって、自己の政策的意見を表明するものであるから、署名活動の自由は表現の自由(憲法21条)によって保障されるし、さらに、署名による請願の主体は、同署名活動に賛同し署名を行った各署名者であるが、その署名活動を行った者もそれを官公署等に提出することを目的としているのであるから、各署名者同様に、請願権(憲法16条)によってその活動が保障されると解される。」

    (2) 署名の真正確認方法と個別訪問確認方法の相当性
     岐阜地裁判決は、署名の真正確認方法につき、次のように述べています。

    ① 「請願が署名活動による署名活動による署名簿の提出という方法で行われた場合には、その請願事項にかかわる多数の国民又は住民が同一内容の請願を行うことに意味があり、請願を受けた官公署等は、請願に対し誠実に処理する義務を負う(請願法5条)から、提出された署名簿に偽造等署名の真正を疑わしめる事情があったり、請願の趣旨が明確でないときは、その真正であることや請願の趣旨を確認する限度において、各署名者や署名活動者に対し、相当な調査を行うことは許されるというべきである。」

    ② 「署名者の同意を得た上で、回答を強要することのない態様で、個別訪問を行うこと自体は許されるというべきである。その理由は以下のとおり。」

    ③ 「本件では、ⅰ:多数の同一筆跡思しき署名が含まれていたこと、ⅱ:反対署名者の多くが学校存続のB小学校校区の住民であるにもかかわらず、B小学校校区住民の説明会でのほとんどで反対意見が出なかったこと、ⅲ:署名簿の要望事項は3つ記載してあり、そのうちの二つは、A・B小学校統廃合案とは直接関係のない要望事項であったことから、その三つの要望事項のすべてに請願する趣旨が明確であないという事情が存在する。ⅳ:町議会では、本件署名活動をした▼川が町議として住民の過半数の反対署名が集まっていることを主張してS町長に統廃合案の見直しを迫っていたことから、署名者に郵送で質問確認する方法では、多額の費用を要し、その回答が必ず返送されるとも言えないことから(直接の戸別訪問による調査も許される。)

  2. 上記6(前回、解説分)での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。

     上記6の要領は、「統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるように」S町長が指示しているように、請願(署名押印)をしたことに対する圧力的変更要求や差別を避けることに一応は注意を払っていることを示していると思われます。
     岐阜地裁判例も「請願とは、官公署に対して、その職務に属する事柄について希望を述べることであり、何人も請願したためにいかなる差別待遇も受けない(憲法16条、請願法6条)が、それには、請願を実質的に委縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。」と言及しており、本件調査当初もこの点の意識は確認されていたと思われます。

  3. 質問事項の内容は適切か。

     問題は、S町長や行政職員に上記のような「圧力的変更要求や差別を避ける」という意識があったのにも係わらず、質問内容がそのような意識での質問内容になっていたかはまた別次元の問題です。
     岐阜地裁判決は、この点につき、次のように述べて、町側が敗訴した判決になりました。

    「本件調査事項は、署名者に対しての署名の真正や請願の趣旨の確認にとどまらず、

    *この署名は誰が頼みに来られましたか。
    *この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
    *町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
    *(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
    *(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。

    という質問事項というのは、署名の真正や請願の趣旨の確認と言う目的を超えた質問であり、その質問をして調査している。これは、本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加えるものであったと認められる。」
     「そうすると、S町長は違法に原告らの請願権及び表現の自由を侵害したもので、同侵害につき少なくとも過失があると認められる。」

  4.  判例の結論 原告ら一部勝訴
     慰謝料額:署名活動侵害分は2000円(+弁護士費用200円)、署名者侵害分は1000円(+弁護士費用100円)

以上

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

前置き : 昨今、「法教育」制度の運用が始まろうとしていて、小中高学校において法律的な考え方を教育する方法が検討されています。小学生に対しては、事実関係の分かりやすい御伽噺を題材にした話が工夫されたりしています。もう7~8年前に「御伽噺を法律的に考えるとどうなるか」という出版活動をしたことがあります。年末年始のバタバタの時期に皆さんに一息付いてもらう題材として、その例を、挙げていきます。適当に楽しんでみてください。


【 桃 太 郎 】

(質 問)

 鬼ケ島の鬼が、頭に包帯をし、松葉杖を突きながら、痛々しい姿で「桃太郎にこっぴどくやられました。仲間もたくさん死んだ。財宝も全部持って行かれた。やり方がひどすぎる。桃太郎が英雄のままでは納得がいかない。これは犯罪じゃないでしょうか。桃太郎を刑事告訴したい。う、うううわ~ん。」と泣きながら法律相談にきました。
 桃太郎やキジ・猿・犬は刑事犯罪者なのでしょうか?(それぞれ「人間」と想定して検討します。)

<回 答>

1. 法律では「人間」以外は「物」と見ますので、「鬼ケ島の鬼」が「人」か「物」かという根本的な疑問がありますが、鬼も「生命を持ち人間の悪性のみを凝縮した人間」という意味合いで理解し、「人」であるという前提で、桃太郎やキジ・猿・犬の行為(鬼の征伐)が刑事犯罪となるのかどうかを検討してみましょう。

2. 鬼を人間と仮定した場合、鬼ケ島での鬼の財宝は、鬼が所有・占有する「財物」となりますが、財宝が「村の人々から盗んだ物」であっても、鬼の所有・占有が法的に認められ、刑事処罰の被害品として法律は保護するのかどうかが、まず問題になります。強盗罪や窃盗罪の保護法益の問題です。ここには、① 盗まれた本人が取り戻す場合と、② 盗んだ物を更に第三者が盗む場合との2つの場面が検討される必要がありますが、② の場合には、「盗まれた物を更に盗むことは窃盗罪等になる。」ということで争いはありません。問題は①の場合と考えられるかどうかですが、桃太郎が村の人々の代理として盗まれた物を取り返しに行ったという面を考えれば、①の場合として考えることになります。

3. 自分の物を盗まれたので、直ぐに犯人を追いかけて取り戻すことは許されるかという問題は、刑法上、「自力救済」「自救行為」として、犯罪の成立要件である「違法性」を阻却されることとなり許されています。しかし、それも、犯人が盗んで間もない状態(時間的同一機会・場所的同一性)であり、その場で警察等の国家的救済手続を取る暇のない緊急状態であること(緊急性)、取り返し方法が社会的に相当な手段でなされること(手段の相当性)が必要です。そこで、桃太郎の場合の鬼の財宝について、「自力救済」としての「同一機会性」「緊急性」「手段の相当性」の要件を満たしているかどうかが問題となります。鬼の財宝は今盗んできたようなものではなく、昔から盗み続けてきたものであり、犯罪現場との同一性を認めることは困難であります。また、桃太郎は、キジ・猿・犬にキビ団子を渡して奪取兵力の準備までしており、今鬼を征伐しないと警察を頼む余裕がないというような場面でもありません。手段も、財宝を奪い返すことだけでなく、金棒も持たないで酒盛りをしていた鬼たちを一方的に襲撃していますので、手段の相当性を逸脱していることとなります。そうしますと、桃太郎たちの行為は、「自力救済」とは認められませんので、違法性のある行為と言わざるを得ません。

4. また、鬼ケ島の鬼の財宝は、そもそも村人らから略奪してきたものであり、それを盗み返しても鬼たちには被害はなく、窃盗罪や強盗罪は成立しないのではないかという疑問があると思いますが、財産犯罪の被害法益(保護法益)は、正当な所有権・占有権だけでなく、「平穏な占有」で足りるとするのが最近の刑法学会の多くの見解です。刑法242条には「自己の所有物であっても他人が占有するものであるときは他人の財物とみなす」とする規定も存在します。盗んできた物でも一旦争いのない状態で物を管理している状態があれば、違法な行為で獲得した物であっても、それを盗むと窃盗罪等になるという結論になります。従って、この点からも、鬼ケ島の鬼の財宝を個人的に奪い返すことはできなく、法律上は、民事強制執行等の法的手続きで返還請求するか、鬼の同意を得て返還を受けないといけないということになります。

5. 以上のことから、桃太郎は、鬼を殺したり傷つけたりして財宝を盗んだということになりますので、刑法240条の強盗致死罪(死刑又は無期懲役)が成立することになります。なお、キジ・猿・犬はその共犯(共同正犯・刑法60条)となり、おばあさんやおじいさんも少なくとも、その幇助犯(犯行をしやすくするために援助した=キビ団子を作って送り出した)として処罰されることになるでしょう。  

6. 最期に、桃太郎は、警察や裁判制度のない時代のお話ですので、桃太郎が警察と同じような役割を担ったんだという面は充分に考えてやる必要があります。国家に正義を守る機構がない場合には「桃太郎」や「桃太郎侍」が必要だった時代もあったのでしょう。そのことは忘れて、形式的な法律適用をすることは極力避けなければいけないと思いますが、形式的に法律問題を考えた場合の一つの解釈例であるとお考えいただければ幸いです。

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



まずは、皆さん、さわやかに新年をお迎えになられたことと存じます。今年もよろしくお願い申し上げます。
 新年最初に、若い男女の優しさを感じさせるお話を法律的に紐解いてみましょう。
 さて、「美女」と「野獣」は二人一緒にお正月を迎えられたのでしょうか?



【美 女 と 野 獣】(前編)
(質 問)

 「美女と野獣」のお話は、フランスの昔話でデイズニー映画などでも有名ですが、美女は父親がバラの花1本を野獣の屋敷から取って来たために、脅されて娘の美女を代わりに差し出せと言われて、醜い野獣と一緒に生活させられます。しかし、野獣が優しい人であることが分かり始めています。美女は夫の野獣とのんびりとお正月を迎えたいと思っているのですが、美女は最近、警察が、父親や夫である野獣を逮捕するといううわさを聞いて心配でたまりません。
 父親や夫の野獣は犯罪者なのでしょうか。教えてください。

<回 答>

1.野獣と法律

野獣とは、「山野に住み獰猛で人に慣れていない獣」「野生の獣」であり、法律上は「物」に該当するもので、「人」には該当しません。法律は人と人との関係を規律するもので、「物」は権利の主体にはなれないとされています。しかし、「美女と野獣」での野獣は、本来は王子様でありそれが魔法で野獣に変えられていますので、「野獣」=「人」と考えて法律問題を考えていきます。

2.父親とバラ1本の窃盗?

 まず、美女の父親の問題を考えましょう。「バラの花を一本取って」という行為は、刑法235条の窃盗罪となります。刑法235条には「他人の財物を窃取した者は窃盗の罪とし10年以下の懲役に処する」との規定があります。但し、刑法理論上は、わずかな価値しかない財物と取った場合でも犯罪が成立するのかという問題があります。犯罪が成立するには、① 構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること) ② 違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること) ③ 有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が必要です。②の違法性の判断で、犯罪とするには処罰するほどの大きな違法性が必要ではないか、わずかな違法の場合には「可罰的違法性」がないとし犯罪成立に必要な違法性はないとする考え方(可罰的違法性論)があります。「価格一厘にあたる葉煙草」を政府に納入しなかった煙草専売法違反事件で無罪とした判例(明治43年10月11日大審院判例:一厘事件)がありますが、裁判例のほとんどは経済的価値がわずかな場合でも犯罪を成立させていますので、父親には窃盗罪が成立します。


3.野獣のしたことは違法なの?

次に、野獣がした行為や要求が、法律に違反しているかどうかの問題を考えてみましょう。


(1) まず、窃盗犯の現場を見つけた被害者が犯人を捕まえることが許されるでしょうか。これは当然許されています。刑事訴訟法213条は「現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」としています。但し、私人による逮捕の場合には、直ちに検察官か警察官に引渡さなくてはなりません(刑事訴訟法214条)。この手続を無視して逮捕したままの状態を長く続けると、刑法220条の逮捕監禁罪が成立しますが、野獣はすぐ美女の見返りを要求して父親を帰していますので、刑法220条の逮捕監禁罪とはならないでしょう。


(2) 野獣は、美女の父親に対して逆に損害賠償を請求することができました。美女の父親の「バラの花を一本取って」という行為は、民事上の不法行為となります。民法709条は「故意又は過失によりて他人の権利を侵害したる者は之によりて生じたる損害を賠償する責に任ず」と定めています。父親は故意に他人である野獣(?)の所有するバラの花の所有権を侵害して盗んだことになりますので、損害賠償義務を負います。
 しかし、野獣は損害賠償というより、「娘を代わりに差し出せ」と要求している点が非常に問題となります。民事上の不法行為責任に関しては、民法417条で「損害賠償は別段の意思表示なきときは金銭を以って定む」とあります。この条文では、損害賠償は金銭でするという金銭賠償の原則が認められているのですが、例外として双方の意思によって金銭以外の方法での賠償もできるような条文になっております。「バラのことを許して欲しければ、お前の娘を連れて来い」という要求をし、父親が弁償方法として「娘を差し出す」弁償方法を真摯な気持ちで了解したとするとその方法は許されるのでしょうか。いわゆる人身売買の方法は今の法律では「公序良俗違反」の意思表示となりその承諾や了解は法律上無効となります(民法90条)。従って、父親が強迫されていた場合でも、仮に強迫ではなく真摯に了解したとしても、金銭賠償以外の方法として「娘を差し出す」ということは有効な損害賠償方法とは認められません。 (なお、「強迫」は民事分野の場合に使用し、「脅迫」は刑事分野の場合に使用する言葉として区別されています。)民事上の強迫で法律行為などをさせ、有効な法律関係で無い場合には、刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪となりますが、野獣の行為は「娘を差し出すことを要求した」だけにとどまらず、実際に「娘を差し出させた」という結果が発生していると考えられます。刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪にとどまらないと考えるべきです。刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。刑法225条は「営利・わいせつ又は結婚の目的で人を略取し又は誘拐した者は1年以上10年以下の懲役に処する」と定めています。「略取」は暴行・脅迫を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くこと、「誘拐」は欺したり誘惑したりする方法を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くことをいいます。ここでいう「結婚目的」は法律上の結婚ではなくても事実上の結婚・内縁関係であれば足りると解釈されていますので、美女と野獣のお話の場合には、野獣には、刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。
 また、長い間美女を拘束していますので、刑法220条の逮捕監禁罪も別個に成立することになります。
 
~ 「後編」に続く ~
 ところで、「美女と野獣」のお話は、最後はどのようになっていたか覚えていますか?次回、後編では、美女が野獣を助けることができる法理論を考えます。


御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



【美 女 と 野 獣】(後編)

前回、「美女と野獣」のお話では、野獣に対して、刑法犯罪として刑法225条の営利目的等略取誘拐罪、刑法220条の逮捕監禁罪が成立してしまうことをお話しています。美女は、野獣の本当の優しさが分かっています。野獣を刑事犯罪者にはしたくありません。さて、美女が野獣を助ける方法はないか。考えてみましょう。


1.まず、美女は野獣の外見の醜さを超えてその心の優しさを知り、結婚していますし、美女自身が犯罪被害者です。
  ところで、犯罪被害者が刑事処罰を望まない場合には法律はどうなっているのでしょうか?「被害者の事後承諾と親告罪」ということで説明しましょう。

 (1) 犯罪の成立は、犯罪行為が行なわれた時点において、①構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること)②違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること)②有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が存在するかどうかで判断されます。被害者が行為時点で犯罪行為に対して承諾(心からの真意の承諾)がある場合には、違法性が阻却され犯罪が成立しない場合もあります(窃盗罪・器物損壊罪で事前に処分を任されていた場合や出入りを事前に許されていた場合の住居侵入罪等)。犯罪の種類によっては、被害者の承諾があったとしても別の軽い犯罪が成立したり(殺人罪の承諾があれば承諾殺人罪となる等)、犯罪に全く関係ない場合もあります(受託収賄罪等)。

 (2) しかし、犯罪が成立する時点での承諾が無く、犯罪が成立した後に承諾した(事後承諾)場合には、その事後承諾は犯罪の成立には影響を与えません。事後承諾は、事件後の示談(犯人と被害者との話合での解決)と同じように、処罰をどのくらいの刑にしたらよいかという「量刑」を裁判所が判断する場合に刑が軽くなる方向で参考にされるだけになります。

 (3) 事後承諾に近い問題として「親告罪」があります。これは犯罪の成立要件3つの他に処罰要件として考えられるものです。犯罪が成立しても一定の特殊な犯罪に関しては被害者の親告(告訴)がないと処罰できないとしている制度です。これは、被害者が犯罪で被害を受けながら裁判手続を被害者に無断で進めると更に被害者に被害を与えてしまう可能性のある罪や軽微な犯罪の場合に要求されているものです。
 実は、逮捕監禁罪は親告罪ではないのですが、結婚目的略取誘拐罪は親告罪となっています(刑法229条)。被害者本人のプライバシーの保護の要請が強い場面だからです。
 従って、この点については、結婚目的略取誘拐罪については、「美女」が告訴をしなければ、「野獣」の逮捕・勾留や裁判手続きには進まないでしょう。また、「美女」が告訴したとしても婚姻を解消した後での告訴でないと告訴の効力はありません(刑法229条但書)ので、「美女」が野獣と離婚しない場合には警察は野獣を犯罪者とすることはできません。警察は美女が告訴しない限り、刑法220条の逮捕監禁罪でしか動かないでしょう。しかも、その逮捕監禁罪についても、美女の事後承諾や許しがあるとすれば、刑事裁判まで手続きしていくような刑事事件としては立件しにくいと思います。仮に、警察が逮捕に動いたとしても、刑事手続は、警察の捜査・逮捕後には検察官に事件送致(勾留)され、検察官が裁判をするかどうかを決定します。裁判する場合を「起訴する」(公訴提起)といいますが、裁判しない場合を「不起訴」処分といいます。不起訴処分の理由として、無罪である場合の「嫌疑なし」、無罪か有罪かどうか不明の場合の「嫌疑不十分」、有罪であるが起訴する必要がない場合の「起訴猶予」などがあります。本件では「美女」の許し(事後承諾)があったとしても、逮捕監禁罪が成立しそうですが、それについても「起訴猶予」の判断がなされ釈放される可能性が高いと思われます。

(4) 父親の窃盗罪についても、被害が軽微であり、野獣が事後でも許しているとすれば刑事事件として警察が取り上げることはないでしょう。



2.最期に

 美女は心配しないで、野獣を積極的に評価する話を警察にすればいいのです。そうすれば優しい夫と幸せに暮らせることは間違いないと思います。
 なお、「美女と野獣」の文学的価値を下げないために、ひと言付加します。「突然に外見の醜い野獣と一緒に暮らさなくてはならなくなった場合に、あなたはその野獣の外見に囚われずにその心の優しさを感じ取り、外見上の恐怖感や嫌悪感に打ち勝つことができるでしょうか。」
 このような心の問題を、美女と野獣の物語はあなたに突きつけています。あなたの心が試されている物語です。「美女」のように心の優しさを本当に感じられる素敵な女性や「野獣」のような心優しい男性が多くなるといいですね。そうなれば、法律や刑罰はほとんど必要なくなるのかもしれません。

以 上



御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ③

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫



【花 咲 か じ い さ ん】
(質 問)

 意地悪じいさんが、花咲じいさんを妬んで、弁護士の法律相談に来ました。相談内容は次のような相談でした。「花咲じいさんのお話では、私も悪かったと反省してはいるんですが、良いおじいいさん(花咲じいさん)のほうだって、子犬を拾ってきて飼ったり、土から出てきた財宝などを手に入れたりしていますが、このように勝手に自分の物にすることは許されるのでしょうか。」
 さて、意地悪じいさんの相談に応じてみましょう。

<回 答>

 弁護士の法律相談は、先に善悪を決めてどちらかに有利になるように相談に乗ることはしません。事実が法律的にどうなるかを検討した上で、その行動が良かったのか悪かったのかを判断します。
 そこで、意地悪じいさんの相談も聞いてあげることにしました。
 次の内容が弁護士の考え方(法律的な考え方)になります。

1.子犬を拾ってきたこと

 おじいさんが、野生のタヌキなど明らかに「無主物」であるものを捕ってきた場合には、これを先に占有した者がその動物の所有権を取得することになりますから(民法239条)、捕まえた者が、家で飼おうが、売ってしまおうが自由です。このことを「無主物先占」(むしゅぶつせんせん)と言います (そのような動物をペットなどにしている場合もあり得るのですが、民法195条で、「家畜外の動物」であれば、これを占有したときに他人の所有物であると知らずに飼育し続け、1ヶ月が経過しても元の飼い主からの請求を受けなかった場合には、所有権を取得できるものと規定しています)。

① 人の飼い犬と思われる場合
  まず、子犬は普通はペットとして飼われているものですから、これを明らかな「無主物」と同じに考えることはできません。首輪などがついている場合は当然として、首輪がなく飼い主が誰であるか分からない場合でも、「遺失物」(人の物であることは分かるが、誰の物かがわからない物)として取り扱うことが必要と思われます。「遺失物」ということは、拾った財布などと同様に扱う必要がある、ということです。
 そこで、遺失物法によれば、他人の遺失物を取得した者は、すみやかに遺失物を遺失者に返還するか、警察(交番など)に届け出をしなければなりません。そのうえで、3ヶ月間以内に飼い主が現れなかった場合には、取得した者が所有権を取得することになります(民法240条)。しかし、犬のような生き物の場合に、警察や交番で飼育預かりをしてくれるような体制にはなっていないようです。遺失物法9条、10条で、管理しにくい物や管理費用のかかる物の場合には、二週間以内にその遺失者が判明しない場合には、売却したり廃棄したりすることができるようになっていますので、犬・猫の場合には、遺失物法10条三号により、保健所に送られることになるようです。
 花咲かじいさんは、警察への届け出をせずに、勝手に子犬を自分の飼い犬として育てていますが、もし、もとの飼い主が現れた場合には、犬をその飼い主に返還しなくてはなりませんし、犬が管理不十分で死んでしまったような場合には、飼い主から損害賠償を請求される可能性もあります。
 それどころか、勝手に、これを自分の犬として飼ってしまうと、占有離脱物横領罪(刑法254条)に該当し、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金もしくは科料、という刑罰に処せられる可能性もあります。

② 捨て犬である場合
 この子犬が捨て犬などの場合には、もとの所有者(飼い主)は子犬の所有権を放棄したといえるので、無主物と同じに扱って、花咲かじいさんが子犬の所有権を取得したと考えることも出来るでしょう。無主物先占により新たな所有権が認められるわけです。

③ まとめ
 しかし、一般的には、①と②のいずれにせよ、子犬を拾った時点では、もとの飼い主のもとから逃走してきたのか、飼い主が捨てたのか、分からないわけですから、警察に届け出をなすべきだった、といえるでしょう。しかし、動物愛護の強い人は、警察には届けないで、預かったままで飼い主を探してくださいと主張する人も多くいます。そこで、警察に届け出るけれども、警察から了解を得て、拾い主自身で預かってもらって飼うか、動物保護センター等で預かるという方法がいいのかも知れませんね。

2.埋蔵金を持ち帰ったこと

 埋蔵金についても、犬の問題と同じ、つまり拾った財布と同じで、遺失物法が適用されます。誰の所有物か分からないわけですから、警察に届け出る必要があります。これをせずに、勝手に使ってしまったりすると、占有離脱物横領罪(刑法254条)で処罰される可能性があります。 仮に警察に届け出ていたとしても、全額がもらえるわけではありません。埋蔵金といっても、誰かのへそくりを隠しただけかもしれませんし、埋めた人とその相続関係が分かれば、相続人がその所有者となります。
 遺失物の届け出を受けた警察は、埋蔵金の所有者が誰であるかを調べるために、公告・閲覧・備え付けで公示し、それから6ヶ月以内(埋蔵物の場合)に所有者が分かれば、警察としては埋蔵金の全額をその所有者に返還します。発見した人は、埋蔵金の価格の5パーセントから20パーセントの「報労金」をもらう権利があるだけです(遺失物法7条、28条)。一般的に、「財布を拾ったときに10パーセントもらえる。」と言われているのは、この「報労金」のことです。
 しかし、所有者が分からなかった場合でも、全額を花咲かじいさんがもらえるわけではありません。民法241条で、他人の土地から埋蔵物が発見された場合には、その土地の所有者と折半することになっています。
・・・最後に、弁護士は、相談者の意地悪じいさんにも「悪いことをあなたもしているのではないか」と、ちゃんと次のことを付け加えました。・・・

3.意地悪じいさんの行いについて

 民法や刑法では、動物も「物」と言うことになりますので、犬を殺したり、臼を焼いたりする行為は、刑法上では器物損壊罪(刑法261条:3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)になり、民法上は不法行為(民法709条)になりますから、意地悪じいさんは花咲かじいさんが受けた損害を賠償する責任が生じます。ただし、子犬に関しては、その金銭的価格が賠償金額となるので、同種の犬を他から飼ってくる場合の価額相当額が損害額となります。また、愛玩動物の場合には、そのような物の価値以外にも、精神的苦痛を受けたとして慰謝料が請求される場合もあります。
 だから、この世の中では、意地悪ではなく、お互いに仲良く助け合うことのほうが楽しいはずですよ。これからの高齢化社会ではお年寄りには厳しい社会になるかもしれません。意地悪じいさんも、花咲かじいさんたちと高齢者同士で仲良く一緒に楽しんで生きていってくださいね。もうすぐ、桜の季節でしょ。花咲かじいさんに、桜の花を咲かせてもらって、一緒に花見などしたらいいんじゃないですか。  
 
~ おしまい ~


 

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ④

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

【かぐや姫(~竹取物語~)】


 秋の風情が深まる時季です。秋の月を眺めながら『かぐや姫』の話を思い出してみましょう。

(相 談)

 竹取りのおじいさん、おばあさんは、「かぐや姫は、月の両親らしき人物の使いに無理やりに連れ去られたんだ。」と思っています。かぐや姫は、泣く泣く「本当はおじいさん、おばあさんとずーっと一緒に地球で暮らしていたい。」と話していました。「本当は、地球で一緒に暮らしたいと願っているのですから、どうにかして、かぐや姫を取り戻して欲しい。」と泣きながら、法律相談にやってきました。法律は、どうしてあげることができるのでしょうね。

<弁護士のさてさて話>

 さてさて、これは難問、難しいご相談ですなあ・・・・。
 かぐや姫は、まだ、20歳未満の未成年だと思われます。法律的には、未成年として自分の親(月の両親?)の親権に服することになります(民法818条)。おじいさんとおばあさんは、事実上の監護者としてかぐや姫の面倒を看てきただけであり、基本的には法律的な権利は有していません。(しかし、例外的に養子縁組をしているかもしれません。)
 したがって、今のままでは、法律上の権利者である親からかぐや姫を取り返す方法は全くない、と言わざるを得ません。  そこで、おじいさん、おばあさんが、かぐや姫を取り返すためには、①親(月の両親)の親権をなくしてしまうこと、②おじいさん・おばあさんが、法的な監護養育権を得ること、という二つのハードルをクリアする必要があります。


  1.  ところで、この月の両親は、生まれたばかりのかぐや姫を竹やぶの中に放置し、そ のままで長期間が経過しています。このような者が、法律上の親であるからといって親権者であるというのは、納得できる話ではありません。民法834条は、親権者に親権濫用あるいは著しい不行跡がある場合には、家庭裁判所は子の親族又は検察官の請求によって、親権を剥奪することが出来ると規定しています。
     おじいさん・おばあさんは、法律上の子の親族ではないので、検察官に請求を促し、親から親権を剥奪してもらうことが出来ます。裁判例の中には、7年の長期間にわたって、子どもの養育を怠り、他人任せにしてきた事例について、親権の剥奪を認めたものがあります。

  2.  次に、親権の剥奪が認められると、その子(かぐや姫)には親権者がいなくなりま すので、「後見」が開始し、家庭裁判所によって後見人が選任されることになります(民法838条以下)。後見人は、原則として、親権を行うものと同一の権利を有する(民法857条)ことになります。
     ただし、未成年者の後見人には1名しかなれませんので、おじいさんかおばあさんのどちらかしか後見人にはなれません。

  3.  また、おじいさん・おばあさんが、かぐや姫と養子縁組していれば、養親としての 親権が認められることになりますので、以上の後見人選任手続きをするまでもなく、おじいさん・おばあさん双方に、親権の権限が与えられます。
     未成年者の子を養子にするには、実の親の同意がないとできないのですが、未成年者との養子縁組は、未成年者の子どもが15歳以上になれば、実親の同意がなくても、自分の意思で出来ることになっていますから(民法797条)、家庭裁判所の許可(798条)だけを得て、おじいさん・おばあさんとかぐや姫が養子縁組をすることができるのです。この制度は、子供が自分の親を決められる権利を15歳になれば認めてあげる制度であると言ってもいいかも知れません。

  4.  この後見人選任、養子縁組をして、ようやく、おじいさん・おばあさんは、かぐや 姫の引渡しについて法律上の請求をすることが出来ます。
     後見人に選任されたおじいさんあるいはおばあさん、あるいは、養親となったおじいさん・おばあさんは、家庭裁判所に「子の引き渡しを求める審判」を申立、同時に「審判前の仮処分」の申立をなしたり、地方裁判所に人身保護法に基づく引き渡し請求をしたりすることが出来ます。

  5. 最後の結論
     しかし、法律上このような請求手続きが出来るようになっても、実際にかぐや姫を取り戻せるかというと、実は大きな問題が残ります。
     かぐや姫は、未成年と言っても帝や貴族の男どもとの結婚話が出ているくらいなので、満16歳以上(民法731条-女性は16歳から婚姻可能)と思われます。そうすると、親権といえども、事理弁識能力のある年齢(12~13歳以上)の子どもについては、親権は、その子の自主的判断やその意思を最大限尊重して行使されなくてはならないのですから、かぐや姫の自主的判断やその意思を無視してまで、事を進めることは出来ません。かぐや姫は、おじいさん・おばあさんへの思いは残っていたとしても、自分の意思で月に戻って行ったのですから、おじいさん・おばあさんは、かぐや姫のそのような意思(おじいさん・おばあさんとは別れるのは悲しいけれど、生まれた親の元に帰らざるを得ないという思い)に反してまで、人身保護請求手続きなどで強制的にかぐや姫を取り戻すことも出来ない、と考えるべきでしょう。
     仮に、人身保護法上の取り戻し請求に勝訴しても、月の両親やかぐや姫が任意に戻さない(戻らない)場合には、強制的に人間を動かして戻す手続き(差押えや強制執行)は、今の日本の法律制度にはありません。
    (参考:「間接強制」といって、引渡判決に従わないと罰金を科しますという命令で間接的に強制する方法があるだけで、罰金さへ払えばかぐや姫を渡さないで済むのかというふうに考える人には、この間接強制方法は何ら効果がありません。)

以 上

御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ⑤

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

【鶴の恩返し(夕鶴)】

 秋も深まり、やがて冬到来の時季がきますね。
  「夕鶴」のお話はしんみりした悲しみを漂わせているお話です。
  今回は、この「夕鶴」のお話を法律的に考えてみましょう。

(質 問)

 夫である「与ひょう」は、鶴であった「おつう」にあれほど固く“機(はた)織りの現場を見ない”という約束をしたのに、その約束を破ったために、「おつう」から、別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しみます。  「与ひょう」は「おつう」を好きで好きでたまりません。「与ひょう」の「おつう」とは別れたくないという思いを法律的に守れませんか。

(回 答)
  1.  「別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しんだ」という場面を現代の法律に当てはめますと、「離婚」という場面になります。「悲しんだ」ということから、夫の「与ひょう」は離婚したくないという思いを持っていると理解することになるでしょう。

  2.  離婚には、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の3種類があります。
     協議離婚とは、夫婦で話し合いをして、離婚届を役所に提出することによってする離婚です。調停離婚は、家庭裁判所の離婚調停を利用して、家庭裁判所で調停委員に間に入ってもらって、離婚の協議をするものです。協議離婚にしろ、調停離婚にしろ、夫婦間で離婚するという合意が整わなければ成立しませんから、本件では、夫側が離婚をかたくなに拒んでいる以上は、これらの方法での離婚の成立は困難だと思われます。そうすると、裁判で離婚出来るかどうかが問題となりますが、民法では離婚原因が定められており、このいずれかに該当しなくては、判決で離婚が認められることはありません(なお、裁判離婚と言っても、「調停前置主義」と言って、裁判の前に調停による話し合いの機会をもうける必要があり、いきなり裁判をすることはできません)。

  3.  民法が挙げる裁判上の離婚原因は、以下の5つです(民法770条)。
    ①「配偶者に不貞な行為があったとき」:いわゆる浮気での離婚がこれにあたります。
    ②「配偶者から悪意で遺棄されたとき」:たとえば、夫婦なのに同居を拒み、生活費なども渡さない場合がこれにあたります。
    ③「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」
    ④「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」
    ⑤「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき」
    これらの原因が離婚される側(本件では夫)に存在することが要件となります。
    本件では、夫「与ひょう」に浮気・不貞行為もなければ、その他の離婚原因もなく妻「おつう」との夫婦生活は上手くいっていたようですので、離婚が認められるためには「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」があるかどうかが問題となってきます。平たく言えば、結婚生活が破綻しており、これ以上一緒に生活していくことが不可能なほどに修復不可能であるか、ということです。夫が妻に度重なる暴力行為をしているような場合には、これに該当しますが、本件は、そのような典型的な事例ではありません。

     
  4.  嫁である「おつう」の言い分として考えられるのは、 まず、「夫婦間の約束を破ってしまった夫は、信用できず、これから一緒に暮らしていくことはできない」ということでしょうが、これだけでは離婚は認められないでしょう。というのは、夫婦間においては、夫婦が互いに協力して、その関係を維持・発展させるべきであり、妻が実は鶴だったという秘密がばれたとしても、夫がこれを受け入れて、婚姻生活を続けようと主張するならば、婚姻生活が破綻したとは言えないからです。(現在の法律では、人間と鶴はそもそも結婚できませんが、そのことは考えないことにします。)最初は、秘密がばれて、あるいは秘密を知って、ギクシャクした関係になるかもしれませんが、「そのくらいのことでは、俺の愛は変わらないぜ!」と、夫の方が強く主張すればよいのです。

     
  5.  次に、妻の主張として考えられるのは、「夫は自分では働かず、私が身がやつれるほどの苦労をして機(はた)を織って、家計を維持してきた。夫は、私の苦労も知らず、生活費としては十分なお金を稼いだにも関わらず、さらに機(はた)を織らせようとした。もうこんな、自分勝手で、自堕落な男とはやっていけません」ということです。これは、多少、夫の方には分が悪いかもしれません。夫が、自分でも働けるにも関わらず、働きに出ることをせず、無為に生活しているとすれば、妻との信頼関係は崩壊し、婚姻生活が維持できなくなることもあり得ない話ではないからです。 これに対して、夫としては、妻に負担をかけたのは一時的なものであり、夫も定職を持ち働くことを、強くアピールすべきです。裁判の前には必ず調停が開かれますから、それまでに定職を見つけて、収入を確保すべきです。裁判になっても、収入が一定しており、今後の生活の目途が立っているのであれば、離婚が認められない可能性は高いと思われます。(ただ、裁判で離婚が認められないからと言って、妻の気持ちが変わらなければ、その後の結婚生活は円満に戻るわけでもなく苦しいものになりますから、どうしたら妻を納得させられるのかを、よく考えるべきです。)
     なお、原則として、有責配偶者(離婚原因を作った方の配偶者)からの離婚請求は認められないので、夫の方としては、「隠し事をしていた妻の方が悪い」という主張をなすことも考えらないわけではないのですが、本件では、「婚姻関係が破綻していないので離婚原因がない」と主張する方が良いと思われます。

     
  6.  夫「与ひょう」は、自分の思いを妻「おつう」に告げ、復縁を願う手続をするべきです。再度、ラブレターを出すのもいいでしょうし、求愛行為が必要です。夫「与ひょう」のほうからすべきその後の法的手続としては、家庭裁判所で「夫婦円満調整の調停手続」をすみやかに申立てましょう。

以 上

公有地内の宗教施設の取扱い

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 公務員としては、宗教的中立性が要請されており、宗教面に関する配慮が必要であるともに、「配慮しないという配慮」も必要となっています。日本の宗教の自由と政教分離に関しては、古来からの習わしとしての習俗と宗教との区別があいまいであることから、公務上でも、宗教に関する取り扱いが憲法上の問題に発展する場合もあります。要は、宗教行為には便宜は与えられないという意識で公務を遂行することが大切です。そこで、次のような判例の事案を検討してみましょう。

<質問>
 最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決・北海道砂川市判決)で、「砂川市が寄付を受けて所有している公有地を、宗教施設である神社・鳥居の宗教施設を所有する団体に無償で貸与しているのは、憲法89条、20条1項後段に違反する。」とした判例が出ましたが、今後、地方公共団体においては、かかる状況にある公有地については、どのような対応をすればいいのでしょうか?


<回答>
 確かに、最高裁判決で違憲判断が出ていますが、更に、その判例(平成22年1月20日最高裁大法廷判決)が、「本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できる。」としている点についての理解をしていただければ、地方公共団体の対応は導かれるのではないかと思います。



1. 最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決)の概要
 まず、その違憲判断をした最高裁判決の内容を説明しましょう。以下のとおりです。 <事案>本件土地は、昭和23年頃は個人所有地で、当時公立小学校隣接の公有地にあった本件神社を移設したもので、昭和28年頃に神社施設のあるままに地方公共団体砂川町(現北海道砂川市)に寄付された。その後、神社の所有者である空知太(そらちぶと)連合町内会に無償で貸与してきた。

<判決骨子>

① 本件利用提供行為(無償使用させていること)は憲法違反である。 本件神社物件は神道の神社施設に当たる。そこで行われる祭事等の諸行事も宗教的行事として行われている。本件無償使用の行為(本件利用提供行為)は、一般人の目から見て、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものであり、憲法89条で禁止する公の財産の利用提供にあたり、憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権付与にも該当し違憲と解される。(裁判官14名中、8人の多数意見)
② 憲法違反を解消する方法が存在する。 土地明け渡し請求をしていないことが「怠る事実」として財産管理上違法とされるのは、本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できるので、それらの方法を考慮しても、明け渡し請求をせざるを得ないと評価される場合に限定される。 その点本件は、その他の方法が検討されていないので、審理を尽くさせるために差し戻す。 (*無償譲渡は寄付者への返還の趣旨だろうと思われます。)
  

2.公有地に社寺境内等の宗教的施設が存在する理由(公有地の形成過程について)
(1) そもそも、市町村が所有する土地には、寄付によるもの、売買取得によるものなど様々な取得過程があると思われますが、公有地の形成過程全般を俯瞰的に眺めますと、明治政府の版籍奉還から始まっていると言われています。
 NHKドラマの坂本龍馬伝ではないですが、大政奉還と版籍奉還により、幕府及び各藩の領有地はすべて明治政府の所有に帰したのですが、社寺境内地は旧来のままであり、これを整理する必要があったので、明治4年に太政官布告「社寺領上地令」「地租改正令」を発して、民有地である証拠のない境内地はすべて官有地としました(この際、課税対象地となることを恐れて、または官有地として保護してもらおうという考えで、民有地の証拠があっても官有地に編入させた境内地も多くあったと言われています)。
 そのために、公有地の上に寺社等の宗教的施設が存在する例が全国的に多く存在するようになったわけです。

(2) その後、明治政府は、官有地に編入しても寺社等が存在し官有地として使用・管理する必要性のない土地は、寺社等に無償で下付(払下げ)することにしたり、昭和14年には、「寺社等に無償にて貸付しある国有財産の処分に関する法律」まで制定して、官有地からはずす処分を続けてきており、戦後の昭和22年には上記処分法を改正し、「社寺上知、地租改正、寄付又は寄付金による購入によって国有となった財産で、現に国有財産法によりお無償で貸し付けてあるもの等について譲渡する」道を開いています。同様に地方公共団体の公有財産で同様のものは同じ取り扱いをすることとしています。(昭和22年4月2日内務文部次官通牒第24号「社寺等宗教団体の使用に供している地方公共団体有財産の処分に関して」)
 さらに、昭和42年7月24日蔵国有第1196号通達「社寺境内地等として使用されている普通財産の処理について」により、神社、寺院等が境内地等として使用している普通財産の処理の促進を図るため、売り払い、貸付け、管理委託又は処分留保による処理を図るように指示されています。
 そこで、国及び地方公共団体は公有地境内地について、日本憲法の政教分離の原則との接触を避ける要請から、新処分法、通達、条例等を定めてその処分を進めていくという現状にあるわけです。


3.北海道砂川市の対応と差戻審の判決(平成22年12月6日札幌高裁判決)
 この最高裁の判決後、砂川市と地域住民らと有償で本件土地を貸すことで協議が成立したとの報道(平成22年4月21日付日経新聞報道)があり(敷地全体(1500㎡)を賃貸すると高額になるので、祠(ほこら)を鳥居の近くに移転して周辺70㎡を年4万円~5万円程度で貸すという協議である)、最高裁の差戻審である札幌高裁は平成22年12月6日に住民側の住民訴訟請求を棄却する判決(違憲判決市敗訴の一審判決取り消し)を言い渡しています。
 すなわち、 「最高裁の判決は、砂川市による神社への市有地無償提供を憲法の政教分離原則に違反すると判断し、適切な対価を得ていない点で違憲であるとしたことから、違憲状態解消策として、市が提案している有償化や神社施設の改変は合理的かつ現実的なものであり、市が施設撤去を神社側に求めないことは違法ではなく、住民側の請求は棄却する。」


(参考条文)
憲法20条:①信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。②何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。③国及びその機関は、宗教教育そのたいかなる宗教的活動もしてはならない。
憲法89条:公金その他の公の財産は宗教上の組織若しくは団体の、使用・便益若しくは維持のため、(又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し)これを支出し又は利用に供してはならない。
地方自治法238条の4 行政財産の管理処分:原則禁止、  238条の5普通財産の管理処分:原則OK


以 上 




地方公共団体と暴力団排除条例について1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 宮崎県では、平成23年3月22日に宮崎県暴力団排除条例が制定・公布され、平成23年8月1日から施行することになっております。 
 宮崎県内では、4団体、約330人(平成22年8月末現在)の暴力団が警察で把握されているようです。
 そこで、全国的な暴力団規制の動きに合わせて、暴力団排除条例制定の運びとなってきたようです。
 県の条例が施行されれば、市町村単位でも同様の暴力団排除条例を制定していくこととなるでしょう。その意味で、本コーナーで宮崎県暴力団排除条例を取り上げてみたいと思います。 
 次のように三回に分けてお話したいと思います。
 1.今回 ~条例のあらまし~
 2.次回 ~条例で禁止される取引行為の例~
 3.次次回 ~条例で禁止される行為と暴力団等の人権~

【条例のあらまし】

1.まず、第1条(目的)では、「この条例は、宮崎県からの暴力団の排除に関し、基本理念を定め、県及び県民等の責務を明らかにするとともに、暴力団の排除に関する基本的施策、青少年の健全な育成を図るための措置、暴力団員等に対する利益の供与の禁止等を定めることにより、暴力団の排除を推進し、もって県民の安全で平穏な生活を確保し、及び社会経済活動の健全な発展に寄与することを目的とする。」と定めてあり、

第3条(基本理念)で、「暴力団の排除は、県民等が、暴力団が県民の生活及び社会経済活動に不当な影響を与える存在であることを認識した上で、暴力団を恐れないこと、暴力団に対して資金を提供しないこと及び暴力団を利用しないことを基本として推進されなければならない。
2 暴力団の排除は、県、市町村及び県民等による相互の連携及び協力の下に推進されなければならない。」 と定め

第5条(県民等の責務) で、「県民は、基本理念にのっとり、暴力団の排除のための活動に自主的に、かつ、相互の連携協力を図りながら取り組むよう努めるとともに、県が実施する暴力団の排除に関する施策に協力するよう努めるものとする。
2 事業者は、基本理念にのっとり、その行う事業(事業の準備を含む。以下同じ。)により暴力団を利することとならないようにするとともに、県が実施する暴力団の排除に関する施策に協力するものとする。
3 県民等は、暴力団の排除に資すると認められる情報を知ったときは、県に対し、当該情報を提供するよう努めるものとする。」 と、市町村や県民の暴力団排除の責務を規定しています。

 次に、この条例は、 第12条(暴力団事務所の開設及び運営の禁止) で、「暴力団事務所は、次に掲げる施設(学校・公民館など)の敷地の周囲 200メートルの区域内においては、これを開設し、又は運営してはならない。 」と定め、暴力団事務所が開設できないようにしており、

第13条(利益の供与の禁止)で、「事業者は、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
 (1) 暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与(以下「利益の供与」という。)をすること。
 (2) 暴力団の威力を利用したことに関し、利益の供与をすること。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、相当の対償のない利益の供与をしてはならない。
3 事業者は、前2項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団員等又は暴力団員等が指定した者に対し、情を知って、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる利益の供与をしてはならない。ただし、法令上の義務又は情を知らないでした契約に係る債務の履行として利益の供与をする場合その他正当な理由がある場合は、この限りでない。 」として、県民の私たちに暴力団への利益供与行為(契約行為)も禁止しており、その第13条に違反すると、説明・資料提出義務、勧告、氏名公表の不利益が科されるようになっています(条例18条、19条、20条)。


2.さて、この宮崎県暴力団排除条例は、どのような基本視点で定められているのでしょうか?
 それは、平成19年6月19日の・警察庁「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(第9回犯罪対策閣僚会議決議)までさかのぼることになります。 
 この指針は、暴力団被害を受けないための基本原則として次の5つの原則をうたっています。
  ① 企業組織での対応
  ② 外部専門機関との連携
  ③ 取引を含めた一切の関係遮断
  ④ 有事における民事と刑事の法的対応体制
  ⑤ 裏取引や資金提供の責任における内部統制システム構築
 この中での「取引を含めた一切の関係遮断」は、「暴力団を恐れないこと、暴力団に対して資金を提供しないこと、暴力団を利用しないこと」の暴力団三ないスローガンにうたわれているように、市民個々人、そして社会全体が、暴力団とは契約関係も含めて一切関係しないことを要請したものです。
 この要請を実現するためには、逆に、暴力団と関係する取引をした一般人のほうを処罰するなり、警告する方策が功を奏するという考え方が出てきます。そもそも、警察の暴力団取り締まりが強化されてきても、暴力団が存在し続けてきているのは、みかじめ料なり賭博掛金なり社会の一人一人が何らかの利益供与を暴力団にしているからです。本来はそのような悪質な供与をしている個人や事業者をも処罰することで、暴力団へ利益が渡らないようにする必要があるわけです。例えば、福岡県暴力団排除条例は、その種の処罰規定を設けていますが、社会を裏切って暴力団と取引をしたりした者は暴力団と同じように処罰する(社会全体が暴力団と対峙しなければならない)との視点なのです。
 宮崎県暴力団排除条例では、一般人を処罰する規定までは盛り込んでいませんが、説明・資料提出義務、勧告、氏名公表の不利益が科されるようになっています(条例18条、19条、20条)ので、同じ視点に立つ条例です。暴力団取り締りの構図を、「暴力団vs警察」から「暴力団vs社会」へと発展させている条例であると言えます。



☆次回(~条例で禁止される取引行為の例~)へと続きます。




地方公共団体と暴力団排除条例について2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 前回に引き続き、今回は、宮崎県暴力団排除条例第15条(利益の供与の禁止)に触れる取引がどのようなものがあるかを具体的に考えてみましょう。

【条例で禁止される取引行為の例】

① 建築会社が、マンション建設に反対する地域住民を黙らせるために暴力団の指定する建設業者を下請けに入れて、地域住民との交渉・対応をさせた。・・・1項1号?

⇒ 条例15条1項1号は「暴力団の威力を利用する目的で、金品その他の財産上の利益の供与すること」を禁止していますが、「下請に入れる」ことは「その他の財産上の利益の供与すること」になりますので、禁止される行為です。

② 交通事故の示談交渉を暴力団員に代行させ、解決したときに謝礼金を暴力団員に払った・・・1項2号?

⇒ 条例15条1項2号は「暴力団の威力を利用したことに関し、利益の供与をすること」を禁止しています。「示談解決した時の謝礼金」は、「利益の供与」(金品その他の財産上の利益の供与)」になりますので、禁止される行為になります。

③ 風俗営業者が暴力団に「みかじめ料」を支払うこと・・・2項?

⇒ 条例15条2項は「暴力団の活動又は運営に協力する目的で、暴力団員等に相当の対償のない利益の供与をしてはならない」としています。「みかじめ料」とは、「用心棒代金、店でトラブルが起きた時に解決してくれる」という目的で払う金銭のことですから、暴力団の「シマを守る」という活動に協力をしていることになり、「みかじめ料」を払っても暴力団は何もしないわけですから「相当の対償のない利益」になりますので、禁止される行為になります。

 暴力団の襲名披露と知ってホテルが宴会場を通常価格で利用させた・・・・3項?(安価ですると2項?)

⇒ 条例15条2項は「相当の対償のない利益」を禁止していますが、同15条3項は「相当の対償のある利益」(=単なる「利益の供与」)」も禁止しています。ホテルが宴会場を暴力団に通常価格で貸すことは、通常の取引であり、契約の自由の原則からして禁止される行為ではないはずです。しかし、暴力団の襲名披露は「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」になりますので、その範囲では普通の取引形態であっても禁止されます。しかし、暴力団とは知らないで契約した場合には、禁止される行為にはなりません。この場合に、ホテル利用代金を格安にしたりすると「相当の対償のない利益」の供与になりますので、3項ではなく、2項違反になります。このときは、暴力団と知って格安で契約するわけですから、契約の義務の履行の場合でも禁止される行為になります。


⑤ 暴力団の代紋バッジや暴力団員の名刺を作成して販売した・・・3項?(安価ですると2項?)


⇒ ④の場合と同じ解釈になりますが、この場合には、注文を受けた品物自体から暴力団の使用する品物であることが一見して分かるので、「暴力団とは知らないで契約した場合」という例はあり得ません。通常価格で契約した場合でも3項違反で禁止される行為になります。「暴力団の代紋バッヂや名刺」を作る契約は、作る名刺に「暴力団○○組」とか「暴力団の肩書(「若頭」等)」が書いてあるものを注文してきているので、当然相手が暴力団だと分かるからです。


⑥ 暴力団事務所と知って、建物の内装を格安で工事した・・・2項?(適正価格であれば3項?)

⇒ ⑤と同じで禁止される行為になります。


⑦ 暴力団事務所と知って、水道供給契約をして水道水を提供した・・・☆3項×?(法令上の義務?)

⇒ 水道供給契約は、水道事業者として各地方公共団体が契約当事者になっていますので、条例15条3項の「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」の中の「助長行為」になるとすれば、暴力団対策の有効な策になるだろうと思われますが、これを現実に実践するとなると現場は大変な混乱が起こるかもしれません。しかし、仮に水道水供給契約が「助長行為」に該当するとしても、水道法15条(給付義務)1項で「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。」との定めがありますので、行政解釈としては、条例15条3項但書の「法令上の義務として利益の供与をする場合」となり、禁止行為にはならないと解釈されるのではないかと思います。個人的には、禁止行為になるという解釈の余地もあろうかと思います。


⑧ 暴力団員の刑事事件の弁護を弁護士が適正報酬を約束して刑が軽くなるように弁護活動した・・・・☆3項×?

⇒ 弁護士の弁護依頼契約が「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資すること」になるかという問題点があるわけですが、弁護士には刑事事件の弁護をする義務がある(正当な理由がないと弁護依頼を拒否できない。)という立場に立てば、条例15条3項但書の「法令上の義務として利益の供与をする場合」となり、禁止行為にはならないと解釈されます。


④⑤⑥あたりの取引は、事業者にとっては酷なようにも見えますが、処罰規定ではなく、契約関係の説明やその際の相手方の資料を提出する義務、警告を受けるというだけの不利益であり、その効果は今後の暴力団情報を警察に提供するという有意義な効果ですから、禁止行為とされても社会的に相当な制約にすぎないと思われます。



☆次回(次回「~条例で禁止される行為と暴力団等の人権~」へと続きます。 )




地方公共団体と暴力団排除条例について3

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 8月1日に「宮崎県暴力団排除条例」が施行されました。7月26日には、宮崎県、教育庁、県警本部を中心に民間業界等約500名の県民が集まり、暴力団排除条例施行に向けての県民総決起大会が開かれたようです。  さて、このように、条例で「暴力団である」というだけで、処罰されたり、契約を締結してもらえなかったりする取り扱いは、法律上許されるのでしょうか?

【条例で禁止される行為と暴力団員等の人権】

1.憲法の法の下の平等との関係は?

 法律上の問題としては、宮崎県暴力団排除条例により、暴力団や暴力団員は県内の事業者から取引をしてもらえないことになり、暴力団であるというだけで、本来人間が享有している衣・食・住に関する生活する権利を不当に侵害され、法の下の平等の原則(憲法14条)に違反しているのではないかという点が問題になります。条例は、法令の範囲内で定めるとされており、憲法や法律に反する条例の定めは違憲・無効となるからです。  確かに、憲法14条1項は「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定めており、「すべての国民」の中には暴力団組長や暴力団員も含まれるでしょう。  しかし、裁判例では、「合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項に違反しない。」(最高裁判決平成7年12月5日)とされています。  また、条例による各都道府県の取扱いの差に関しても、「憲法が各地方公共団体の条例制定権を認めている以上、地域によって差別を生ずることは当然に予想されることであるから、売春取締条例によって地域差が生じても違憲とはいえない。」(最高裁大法廷判決昭和33年10月15日)とされており、条例で暴力団員等の人権を制約することは可能とされています。

2.暴力団に水道を供給するのは?

 問題は、暴力団であるというだけで、本来人間が享有している衣・食・住に関する生活する権利(取引する権利)を制約することが合理的根拠に基づくものかどうかです。  この点で、国の行政解釈として、ひとつ気になる解釈があります。電気事業法18条や水道法15条には、事業者が「正当な理由がない限り、電気(又は水道)の供給を拒否してならない。」旨の定めがあります。  この解釈で行政当局は「暴力団であること」は「正当な理由」にはならないとの解釈をしているやに聞き及びます。前回の取引実例⑦「暴力団事務所と知って、水道供給契約をして水道水を提供した」場合を「法令上の義務」だから、条例15条3項但書により禁止されないとする結論が、その結果です。このような解釈を基本にしますと、暴力団員でも衣食住にかかわるライフライン関係の取引や契約は、条例で禁止できないのではないかという考え方が出てきます。  それに対して、「暴力団員であることは、電気供給や水道供給を拒否できる正当な理由になる。」との解釈になれば、大きな暴力団排除対策として電気や水道の供給停止が可能になります。

3.裁判例からみれば暴力団への法的規制の許容性

 最近、衣食住の「住」に関して、公営住宅から暴力団員を追い出す条例(公営住宅使用許可取消と明渡要求)が憲法14条違反ではないかが問題とされた判例が出ました。  広島地裁平成20年10月21日判決及び広島高裁21年5月29日判決では、10年くらい前から市営住宅に居住している暴力団員を後で条例改正(平成16年に暴力団員への住宅使用許可は取り消すとの暴力団排除条文の付加改正)をして使用許可を取り消して暴力団員に対して明渡しを要求した事案で、

  1.  「暴力団員であることをもって平等取扱いをしないとする点はそのとおり である。しかしながら、上記地方自治法の該当条項に照らせば、市営住宅の適正な供給とその入居者ないし周辺住民の生活の安全と平穏の確保という観点から暴力団員であることを理由として市営住宅の供給を拒絶することは相当であって不合理な差別であるということはできない。」(広島地裁判決)
  2.  「暴力団構成員であることのみによって差別することは憲法14条に違反すると主張するが、 暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるものであって、憲法のいう「社会的身分とはいえず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に取り扱うことは許されるというべきである。(合理的な差別であるので憲法14条に反するとはいえない。)」(広島高裁判決)

との判断をしています。
 これによれば、衣食住に関するライフライン関連取引であっても、「暴力団員であることを理由に、取引禁止・契約拒否をしても、憲法違反にならない。」との解釈の方向性が示されたことになります。
 私も宮崎県暴力団排除条例は、憲法の平等原則に反する条例ではないと考えます。 以上

議会議員の兼職禁止について

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 4月の統一地方選挙も、東北大震災の最中に被災地を除いて行われ、地方公共団体の新しい長、新しい議員が誕生しています。
 地方公共団体における首長や議員は選挙で選ばれる「特別職の地方公務員」であり、試験採用される一般公務員とは異なる取扱がなされる場合が多くあります。
 特別職とは次に掲げる職であるとして地方公務員法第3条第3項に定めてあり、法律に特別の定めがある場合を除き、特別職である公務員には地方公務員法は適用されないという取扱になります(地方公務員法第4条第2項)。例としては、「就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職」として、都道府県知事、市町村長、議会の議員、副知事、副市町村長、行政委員会の委員などが挙げられます。
 取扱の異なるその一つが、兼職禁止規定です。地方公務員法第38条では、一般職の公務員に関して「職員は、任命権者の許可を受けなければ、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。」と一般的に営利行為全般の兼業禁止となっていますが、他方、地方公共団体の首長については、地方自治法第142条に「 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人(当該普通地方公共団体が出資している法人で政令で定めるものを除く。)の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、また、地方公共団体議会の議員については、地方自治法第92条の2に「 普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、地方公共団体からの請負契約等の利害関係がない企業に関しては、営利目的行為を可能ということになります。会社経営者が町長になったり議員になったりする場合などがありますが、それ自体が問題とならないのは、特別公務員には、原則として兼業禁止がないからです。

(質 問)

 ① 村が管理委託している「○○村観光協会」の理事長が村議会選挙に立候補する予定であるが、上記協会団体が、「請負すると同一の行為をする法人」に該当し、議員の兼職禁止になるのか。

 ② 観光協会の理事長ではなく「理事」の場合も禁止されるのか。

 ③ 兼業禁止に関する決定は、選挙時点で判明する場合には選挙管理委員会、当選後は議会(2/3以上の多数決議)が行うことでよいか。

 ④ 同人は、バス会社の社長であり、村の委託運行が大半である。このバス会社の社長は辞退するが顧問という関係は残しておきたいと希望しているが、顧問であれば兼業禁止に触れないか。

<回 答>

 本件の参考判例として、東京高裁平成15年12月25日判決(議員と社会福祉協議会会長理事の兼任は地方自治法92条の2の禁止に該当しないとした事例)があります。 地方自治法92条の2の兼職禁止団体の判断基準については、地方公共団体からの請負が同団体の業務の主要部分を占め、当該請負の重要度が首長(議員)の職務執行の公正・適正を損なう恐れが類型的に高いと認められる団体をいい(最高裁昭和62年10月20日判決)、請負代金の収入比率が半分を超えて、その請負事業の重要度が、公平・適正を損なうような事情が見られる場合には、兼業禁止となるとされますが、相談例では、補助金を除く業務委託費(請負代金)は、収入4273万円に対して約770万円しか占めておらず、また、その団体の事業は、村の観光振興・雇用促進事業の公益目的を有するものであり、理事長の報酬も無償であるということから、地方自治法92条の2の禁止に該当しないと思われます。以下、各相談事項に回答しますと、

 ① について、 議員の兼職禁止(地方自治法92条の2)には該当しない。

 ② について、 議員の兼職禁止にはならない。仮に、兼職禁止に該当する場合には、団体意思の決定権を有する場合を「準ずるもの」としているので、理事でも兼職禁止となる。

 ③ について、 当選証書交付前は選挙管理委員会が判断し(公選法104条)、当選後は村議会が自治法127条で決定することとなる。

 ④ について、 バス会社は兼職禁止に触れる団体なので、代表取締役社長は辞任すべきであるのですが、意思決定権限のない「顧問」であれば、兼業禁止にはなりません。但し、顧問という形であっても、取締役会に出席して有効な意思決定へと導くような行為をして実質的に意思決定を支配している場合には、兼業禁止に触れることになります。

以上

地方公共団体と法人への財政援助の規制

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

新年度開始ですので、そろそろ「御伽噺(おとぎばなし)シリーズ」を中断して、公務員としての仕事に関連する堅い法律の話に戻りましょう。
 今回は、地方公共団体が地域活性化のために色々な活動を展開したり、援助したりする場合に、経済的バックアップをする方法として地域活性事業に関する債務負担や損失補償をするという手段を取らざるを得ない場合も出てくるのですが、その場合に、どのような法律問題があるのかを考えてみましょう。

1. まず、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(以下、財政援助制限法)」(公布:昭和21年9月25日法律第24号・最終改正:平成11年12月22日法律第160号)という法律があります。その内容はわずか3条だけですので、ここに書き表しておきます。

 第1条 会社その他の法人は、他の法令又は定款にかかはらず、政府の所有する株式又は出資に対して、政府以外の者の所有する株式又は出資に対すると同一の条件を以て、利益又は剰余金の配当又は分配をしなければならない。

 第2条 政府は、他の法令又は契約にかかはらず、会社その他の法人に対し、毎事業年度における配当又は分配することができる利益又は剰余金の額を払込済株金額又は出資金額に対して一定の割合に達せしめるための補給金は、これを交付しない。
 2 前項の規定によつて補給金の交付を受けることのできない会社その他の法人について、法令、契約又は定款に特別の配当準備のための積立をすることを必要とする旨の規定があるときは、その規定は効力を失ふ。

 第3条 政府又は地方公共団体は、会社その他の法人の債務については、保証契約をすることができない。ただし、財務大臣(地方公共団体のする保証契約にあつては、総務大臣)の指定する会社その他の法人の債務については、この限りでない。

 この法律で、地方公共団体に関係するのは、第3条の保証禁止です。例えば、土地区画整理組合方式での土地区画整理事業を行う場合に、土地区画整理組合が地元の信用金庫から資金借り入れをする場合に、その市町村が借入れ債務の保証人となるような契約をしてよいかという場合に、この法律が問題となります。


2. このように地方公共団体と全く別個の他の法人や団体の債務に関して、地方公共団体が肩代りして責任を負うような処理をする具体例として、
 ① 社団法人の経理合理化(赤字解消)として、銀行からの社団法人の新規借り入れに地方公共団体が保証して資金作りを促す。
 ② 社団法人の消滅に伴う残債務を地方公共団体が引き継いで支払っていく。
 ③ 企業団地への地元企業への進出のための資金繰り協力として、地元企業が地元金融機関から資金借り入れの際に、地方公共団体が、当該金融機関との間で損失補償契約をする。 というような例も考えられます。
 さて、これらは法律上はどうなるのでしょうか?

(1) 債務引受をする場合はどうか
 法律上の債務保証の機能を有する方法として、「債務引受」という方法があります。債務保証契約は、一般的には主債務が発生する時点でその主債務の支払を保証する契約をするのですが、債務保証は、主債務者が既に債務を負っている段階で、その主債務を引き受けて、引受人が支払うという契約をすることを言います。その場合には、主債務者の支払義務を残したまま債務引受をする「重畳的債務引受」と、主債務者の支払い義務を免除した上で債務引受人のみが債務を負担して支払うという内容で債務引受をする「免責的債務引受」とがあります。 地方公共団体が、他の法人の主債務を「債務引受」することは、財政援助制限法3条の保証契約禁止に当たらないのでしょうか? 行政解釈としては、異なる下記の二つの通達があります。この二つの通達によれば、「重畳的債務引受の場合は3条違反となり、免責的債務引受は3条違反とはならない。」という結果になります。おそらく、保証契約は主債務契約を並存する形での法律関係ですから、重畳的債務引受はその保証契約関係に類似し、免責的債務引受は並存する他の債務がないので保証契約に類似しないと考えているのではないかと思われます。

(2) 損失補償契約の場合はどうか。
 損失補償とは、財政援助の一種として、特定の者が金融機関等から融資を受ける場合に、将来、その融資の全部又は一部が返済不能となって当該金融機関等が損失を被ったときに、地方公共団体等が債務者に代わって、当該金融機関等に対してその損失を補償することをいいます。この損失補償と財政援助制限法3条との関係については、福岡地裁平成14年3月25日の判決があり「損失補償契約と債務保証契約とはその内容及び効果の点で異なるものであり、また、会社その他の法人のために地方公共団体が損失補償契約を締結し債務を負担することは法の予定するところであるといえるから、損失補償契約の締結自体をもって、財政援助制限法等の法令に違反するものとはいえない。そのため、当該損失補償契約は私法上当然に無効とはいえない」として、控訴審・上告審でも同様に判断されています。 「債務保証契約」は、主たる債務が履行遅滞になると直ちに「従たる債務」として履行義務が発生するのに対し、「損失補償」は「損失」が生じて初めて補償すべきものであり、単にある債権が弁済を受ける時期が到来したのに弁済がなされないということのみをもってしては、「損失」が発生したとみなされません。具体的には、債務者が倒産あるいは、そうした事態に至っていなくとも、客観的に当該債権の回収の見込がほとんどなくなった場合に初めて「損失」となったと認識され、その時点で債務となるという点で、保証契約とは異なると判断されたものだろうと思われます。同様の行政解釈として、昭和29年5月12日自丁行発65号大分県総務部長への自治省行政課長からの回答があります。  但し、東京高裁判決平成22年8月30日‐判例時報2089-28においては、次のような区別判断がなされています。この判決では、末尾に掲示する行政解釈例に基づいて損失補償契約した場合だったのですが、その行政解釈を一部変更しています。

〈1〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等現実に回収が望めないことを要件とすることなく、一定期間の履行遅滞が発生したときには損失が発生したとして責任を負うという内容の場合(保証契約と同様の内容と異ならないので)――財政援助制限法3条の類推適用があり禁止されるので、その損失補償契約は私法上無効となる。

〈2〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等によって既に発生している損失を事後的に補償する内容であって、地方公共団体が不確定な債務を負うのではない場合――財政援助規正法3条の類推適用もなく、禁止されていないので、その損失補償契約は私法上有効のままである。


3.具体例についての回答
(1) 以上の見解によれば、上記具体例の①の場合は、債務保証契約なので、禁止される「保証契約」に該当するので違法となります。具体例②の場合には、本来の債務者である社団法人は消滅しているので、免責的債務引受と評価できるので、行政解釈としては、禁止される「保証契約」に該当しないので適法ということになり、具体例③の場合も、損失補償契約は、禁止される「保証契約」ではないので適法ということになります。但し、損失補償契約の場合に債務額不確定のままでの補償契約である場合には、禁止されているという見解(東京高裁判決平成22年8月30日)もありますので、十分な検討が必要となる場合もあります。

(2) 参考として、下記に行政通知を掲示しておきます。
 ○ 地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることについて
  【平成20年7月11日総財務第162号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
  地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものと解されるため、違法の疑いがある。

 ○ 地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることについて
  【平成20年8月19日総財務第187号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
  地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものとは解されない。

 ○損失補償契約について
  【昭和29年5月12日自丁行発65号 大分県総務部長への自治省行政課長からの回答】
  「損失補償については、財政援助制限法第3条の規制するところではないものと解する」

以上

地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)①

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 ストレス社会の昨今、公務員においても、ストレスによる精神疾患等の治療を必要とする職員が多くなっているという報道に接したりします。今回は、公務員採用時点での問題として、健康情報の提供の問題を考えてみましょう。


(質 問)

公務員採用時の面接や健康診断において、メンタルヘルスについての既往歴(うつ病等の治療の有無等を 含む)や経歴中で仕事が困難となったり苦労したりした身体的事情はなかったか等を質問したが、その際に、「うつ病などの既往症はない。」と答えた人物を採用した。ところが、実際は、採用面接時点でうつ病の治療中で、採用後一ケ月もたたないうちに、うつ病を理由に休職を申し出た場合、条件採用期間が満了するまでは免職(採用取消し)にすることはできないでしょうか?

 
<回 答>

1. 労働安全衛生規則(昭和47年9月30日労働省令第32号)第43条(雇入時の健康診断)では、「事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。①既往歴及び業務歴の調査 ②自覚症状及び他覚症状の有無の検査 ③・・・(以下省略)」と定めていますが、この規定の行政解釈としては、「「雇入時の健康診断」は、常時使用する労働者を雇入れた際における適性配置、入職後の健康管理に役立てるために実施するものであって、採用選考時に実施することを義務づけたものではなく、また、応募者の採否を決定するために実施するものでもない。」とされています(平成5年5月10日付け事務連絡・労働省職業安定局業務調整課長補佐及び雇用促進室長補佐から各都道府県職業安定主管課長宛て)。このことから、職員の採用は、応募者の適性と能力のみによって判断されるべきであり、採用時の不必要な健康診断により病気による就職差別につながるような状態は不適切であるとされています。


2. 採用時の不適切な健康診断による採用拒否が問題となった判例事案があります。HIVやC型肝炎など虚偽の情報が広まっていた病歴による例が裁判上で争われました。

(1) 東京地裁平成7年3月30日判決・判例時報1529‐42 :タイ現地法人派遣HIV解雇事件
Ⅰ: 事案の概要:原告(X)は、被告会社Aとの間で、タイ現地法人(被告会社B)への派遣労働を内容とする雇用契約を締結し、タイ渡航後、被告会社Bの指示で、就労ビザ申請のための健康診断を受けたが、原告Xには無断でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体検査が実施された。被告会社Aは、抗体検査の結果が陽性であることを告げ、その後解雇した。
Ⅱ: 裁判所の判断⇒解雇無効、著しく社会相当性の範囲を逸脱した違法行為と判断された。

(2) 東京地裁平成15年5月28日判決・警視庁HIV無断検査採用拒否事件
Ⅰ: 事案の概要:原告Xは平成九年に警視庁採用試験に合格し、翌年警察学校に入校したが、その際入校者全員に身体検査が行われ、採取された血液が警察学校に送られ、HIV抗体検査が行われた(入校者へのHIV抗体検査をする旨の説明もなく、同検査への同意、拒否の確認もなされなかった)。原告Xの検査結果で陽性反応が出たため、警視庁担当官が原告Xに対して「君の健康状態は良くない。免疫力が相当低下している。このまま仕事を継続することは困難だろう。今回の就職は諦めて欲しい。」などと話、動揺している原告Xに、入校辞退願を作成させ提出させた。
Ⅱ: 裁判所の判断
 * 「HIV感染の事実から当然に、警察官の職務(警察学校における訓練も含む)に適さないとはいえず、本件HIV抗体検査は、本人の同意なしに行われたというにとどまらず、その合理的必要性も認められないのであって、原告Xのプライバシーを侵害する違法な行為と言わざるを得ない。」
 * 「警察病院は、HIV抗体検査を行うにあたり、実施及び結果通知に関し、本人の同意の有無の確認等を一切行わず、警視庁から依頼されるまま、漫然と検査を実施しその結果を伝えたものであり、医療機関に求められる留意事項に顧慮することなく、故意又は重大な過失で、原告のプライバシーを侵害する違法な行為に該当するというべきである。」

(3) 判例分析
 以上の判例の見解は、健康情報において、現実に発症している状況でもない段階で、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、「本人に無断で」検査したり、情報を取得したりしてはならないとして、プライバシーの侵害をした違法な行為としたものです。(次号にて、このような判例の立場から、本人が病歴詐称した場合の問題点を検討しましょう。)

参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載

以上

 

地方公務員の身分と法律~~健康情報の詐称と採用取消(分限免職)②

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

  1. HIV診断訴訟の問題点
     採用時の健康診断で、「本人に無断で」HIV血液検査をした場合には、不法行為となるというのが判例でした(前号参照)。
     さらに、個人情報保護法第17条では「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正な手段により個人情報を取得してはならない。」とされていますので、「本人に無断で」個人情報である「健康情報を取得することは法律違反になることも明らかです。また、労働力提供に現実的に支障のない病気感染について、そのことを理由に採用拒否したり解雇したりすることも、解雇権の濫用となり、解雇は無効となるということも明らかでしょう。
  2. 就労に必要な健康情報を得ることは許されるのでは?
     しかし、現実に病気が発症しており、病気休暇を取らざるを得ないというように現実の労働提供に支障を生じるような病気・治療等の健康情報の取得は、採用権者においては、適性及び能力を判断するための必要且つ合理的な理由に基づくものであり、その情報がプライバシーの範疇にあっても、本人の同意の下で取得することは、何ら違法ではないというべきであり、HIV診断判例はこの点まで否定しているものではありません。なお、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)でも、センシティブ情報 (※註)について取得禁止の特別規定は設けていませんので、人の病歴等の健康情報の取得自体も禁止されていません。

    (※註)「センシティブ情報」とは、健康、病気、学歴・経歴、思想信条、家族状況、資産状況などのように、プライバシーの侵害になりやすい取り扱い要注意情報を意味します。

  3. 経歴詐称による懲戒解雇の法的問題

     そこで、次に問題となるのが、そのような面接質問に対し、採用応募者は、どのように対応できるかという点です。まず、「プライバシーに関することなので御答えできません。」と対応する権利を有しています。それに対して、会社側は、健康情報を与えないという一事をもって、採用拒否をしたり、解雇したりすることは基本的にはできないと思われます。

    (1) 健康情報に関する虚偽回答と「経歴詐称」
      しかし、採用応募者において、病気中でありながら、積極的に「健康上の異常はない。既往歴もない。」と積極的に虚偽の回答をしていた場合はどうでしょうか。
      経歴詐称が問題となった判例(仙台地裁昭和60年9月19日マルヤタクシー事件判決等)で、「使用者が雇用契約を締結するにあたって相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担している。」との基本原則が認められています。
      それでは、健康情報に関する事項は「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」と言えるでしょうか。労働関係法令が、労働安全衛生や労働災害防止まで配慮し、使用者に安全配慮義務を課しているのは、労働者の生命・身体の保護を図るとともに、健全な労働力が求められているからであり、使用者が健全な労働力得て維持管理することは労働の本質とする部分であり、「健康情報に関する事項」は、まさに「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であります。実際に、本設問にあるように、「雇用後、一ケ月もたたない内に、病休・休職となって」労働力の提供ができなくなっているわけです。

    (2) 私見
      私としては、本設問では、「その労働力の評価に客観的にみて影響を与える事項」であるうつ病等のメンタルヘルスに関する既往症、面談時での症状等を質問したにもかかわらず、「プレイバシーの情報なので御答えしたくない。」と拒否するならともかく、「うつ病などの既往症はない。」と答え、うつ病で通院治療中である事実を告げなかったのは、「重要な経歴詐称」に該当するものであり、健康情報がセンシティブ情報でプライバシーの保護の要請があるということだけをもって、その不当性を払拭できるものではなく、使用者(任命権者)は、条件付採用期間中においては、当該職員の採用取消をすることもできるし、その後の本採用後においては、分限事由又は懲戒事由の「心身の故障による職務遂行への支障・適格性欠如」「全体の奉仕者に相応しくない非行があった場合」に該当するものとして、免職できると考えます。
      但し、うつ病の既往症があったが、面接時に完治していた場合は、うつ病の既往歴のみで採用拒否(採用取消や免職)をすることは、病歴による不当な差別となり、そのような取り扱いは不法行為となることは留意すべきです。

    参照文献・経営法曹163号(拙稿)に一部記載

地方公務員の出張~航空機利用の場合にマイルを取得していいの?

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

今回は、公務員の皆さんを取り巻く法律問題のひとつを考えていきましょう。

 公務員の皆さんは、公用で東京などに出張される場合に、航空機を利用されることがあるかと思いますが、その際、航空会社のマイレージ(マイル)サービスを受けたりされている方もおられると思います。しかし、私の知る国家公務員の旅費の取扱例で、「公用で航空機を利用してその旅費支給を受ける場合には、マイレージサービスを受けてはならない。」として、航空機利用の搭乗券半券の提出(半券にマイルを取得したか否か記録される)を求めている官庁もあります。また、ホテルパックでの航空機利用を認めない官庁もあります。(理由は、ホテルパックでは、旅費法にいう旅費と宿泊以外の個人的朝食代が含まれていて、旅費と宿泊代につき、現に支払った額が不明となるからということのようです。)なお、某大手航空会社○○航空も、昨年10月に、「株式会社企業再生支援機構に対し、○○航空グループの再生支援の依頼と再生支援に関する事前相談を開始し(この事前相談は、○○航空の事業継続及び経営再建のために行なうもの)、○○航空は、引き続き航空輸送事業及びマイレージをはじめとするサービスの提供を継続させていただきます。」と発表し、支援機構も「マイレージは従来どおり利用できる」と発表しているようですし、それなりのマイレージの取得価値はあると思います。
  さて、公用での出張の際に航空会社のマイルサービスを受けることは、公務員として法律上問題はないかを考えてみましょう。

 
  1. 公務出張と旅費支給
     まず、基本的なことからお話していきますと、地方自治法第204条第1項に「普通地方公共団体は、・・・常勤の職員・・・に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。」との規定があり、同条3項に「給料、手当及び旅費の額並びにその支払方法は、条例でこれを定めなければならない。」との規定があります。
     この規定に基づき、各地方公共団体では、旅費の種類や計算方法、請求手続などを条例で定めて、条例に基づいて支給するというのが通例ですが、内容は、国家公務員の旅費支給について定める「国家公務員等の旅費に関する法律」(旅費法)と同様の定めをしている例が多いと思います。法律上の旅費の定義としては「旅行をした職員に対して旅行中に必要となる交通費、宿泊料等の旅行中の費用を償うための費用弁償として支給される金銭」とされています。旅費法第3条第1項は「職員が出張した場合には、当該職員に対し、旅費を支給する」と規定し、6条1項で、旅費の種類は、「鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、宿泊料、食卓料」などと規定されており、更に、18条で、「(国内旅行の)航空賃の額は、現に支払った旅客運賃とする。」と定めてあります。
     航空運賃の旅費の請求に関しては、旅費支給規程第7条で「内国旅行の場合は、時刻表等により旅客運賃を確認できない場合など支出官が必要と認める場合には、その支払いを証明するに足る書類等を添付しなければならない。」とされており、証明書類の内容が各庁バラバラで、搭乗証明書だったり、搭乗券半券だったり、旅行社の領収書だったりしているようです。
     
  2. 航空運賃とマイレージサービス
     航空会社のマイレージサービスとは、会員旅客に対して搭乗距離に比例したポイント(一般的に単位はマイル)を付加し、そのマイルに応じた無料航空券、割引航空券、座席グレードアップなどのサービス提供のことをいうのですが、厳格には、搭乗時に受けるサービスというよりも、マイル集積後に使用する際のサービスということになります。

    (1) マイレージポイントの利得性
     税法上の「所得」の観点からは、2001年7月3日発行の納税通信によれば、納税主務官庁である国税庁が「マイルは小市民的な喜びや景品の一種と考えるのが適当。お金の出所が会社ということからもマイルは課税対象にならない」という見解を示していたのですが、2003年の所得税関係質疑応答事例集によれば、「業務による出張で発生したポイントを利用者である従業員の名義で獲得した場合、それは実質的に出張を命じた企業から従業員への贈与による一時所得になる」という見解に変わっています。(但し、所得税の一時所得には50万円の特別控除があるため、他の一時所得も加算して特別控除額を超える場合に所得税が課税されることになります。)。このような観点から、会計検査院と法務省は個人名義でのマイル取得を禁じているようです。その理由は、公務員が公費の支給金から個人的な利得を得る(マイレージは何らかの経済的利得となる)ことは相当ではないとの理由のようです。


    (2) 旅費支給額への影響の有無
     それでは、マイレージを取得した場合には、航空賃は減額されたりして支給しなければならないというように旅費支給に影響を与えるのでしょうか?
     国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされているのですが、マイレージサービスは、当該旅行で使用する航空機の旅客運賃を割り引くものではなく、旅客運賃とは別個に「搭乗距離に応じてマイルを積立て、積立マイルに応じた特典を付与するだけであり、職員が航空機に搭乗するために「現に支払った金員」には全く変動はないサービスです。マイレージサービスのない航空機利用の場合と何ら「現に支払った(旅客運賃)額」の差額は発生しませんし、旅費法では「現に支払った額」(旅費法18条)を支給するということですから、旅費支給額には何ら影響は与えないと解さざるを得ないのではないかと思います。(なお、このことは、前述の税法上贈与課税の対象となるとする問題とは直接には関係はないと考えます。)


    (3) マイルの私的使用の問題点
     職員が公務上の旅行で取得したマイルを私的に使用することは、そのような使用を認めることを前提に、税法上「贈与課税対象」と看做しているものとも考えられます。上記の税務上の見解に基づき、民間会社などでは「社用出張の際のマイル取得分を会社出張用の航空券に充てる」という方策を取り、贈与課税対象とならないようにするとの取扱例があるようですが、私は、取得マイルの使用対象を公用や社用に限定することは個人の同意を得ないとできないのではないかと思います。なぜなら、マイルサービスは、法人・団体に認められず、個人を対象にしているサービスであり、航空機に搭乗した個人全員に与えられるものでもなく、個人的にマイレージ会員となった者だけに与えられるサービスであり、マイル取得は、かかる個人的な会員契約に基づく利益にすぎないもので、航空運賃を負担する者(団体や会社)が当然に取得できるものではないからです。


    (4) 公費出張にマイル特典を使用して旅費を浮かした場合
     それでは、マイルサービスでの航空券の無料購入ができたので、その航空券を使用して公用の出張をした場合、旅費の支給は受けられるでしょうか?
     国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされています。マイル特典の無料航空券を使用した場合は「現に支払った額」はゼロ円ですから、このような場合には、旅費支給はできないし、職員は支給を受けることはできないと解釈されます(同旨・山野岳義他2名「第一法規・実務と理論」)
     地方公共団体も経費削減の要請が強くなり、公費出張のメリットは無くなってきていると思いますが、旅費の点でも、法律に基づいた考え方で慎重に対応していくことが必要でしょう。

以上

 

木の枝と木の根っこ

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 地方公共団体からの法律相談を担当をしていますと、道路をめぐる責任問題の相談が多いのですが、今回は、その相談の一例を簡単な事例形式にして、法律的な解釈をしてみましょう。

(質 問)

 A市の市道の脇の私有地(Bさん所有)から、大きな樹木の枝が市道のほうへ入り込んだ状態になっていて、自動車を運転していたCさんのトラック(自動車)のフロントミラーがその枝に当たって、ミラーが壊れてしまいました。Cさんは誰に損害(ミラーの修理代金)を請求できるでしょうか?(特にA市に対して賠償請求できるのでしょうか?)


 <回 答>

1.まず、樹木は植物として生きていますが、人間と違って権利や責任の主体にはなれません。「物」としての樹木等を所有する者や管理責任のある者が、その責任を負うことになります。(*「者」と「物」の区別・・・「者」は権利責任の主体であり「物」は権利責任の客体にすぎない)        

2.樹木の所有者Bさんには樹木の管理ミスとしての責任があるでしょうか?

(1) 樹木の所有権という権利は、信義に即して行使し権利の濫用はできないとなっていますし(民法1条、206条)、他方、市道という土地を所有管理するA市の市道の権利範囲は「土地の所有権は法令の範囲においてその土地の上下に及ぶ」(民法207条)とありますので、「Bさんの樹木の枝が市道ほうへ入りこんだ状態」は他人の所有権を侵害した状態(A市の道路の上を侵害している)であり、道路通行の障害になっている以上はBさんの樹木の管理は十分ではないということになります。その結果、第三者である道路通行人や通行車両に怪我や損傷を与えた場合には、不法行為(民法709条)となりますので、Bさんはその損害を賠償しなければなりません。  


(2) しかし、Bさんが一方的に悪いのでしょうか?トラックを運転していたCさんも前方注視義務があり樹木の枝が道路に出てきているのであれば、それを避けて運転できたでしょうし、枝との衝突を避ける手段はいくらでも取れたかもしれません。そこで、運転手Cさんにもミス(過失)があるような場合には、過失相殺(相互の過失割合で損害額を減額していく方法:民法722条・418条)がなされ、樹木の所有者Bさんはミラー修理代金の全額ではなく、一部だけを支払うことで足りることになります。

3.問題は、トラックを運転していたCさんが、A市に対して損害賠償請求ができるかという点です。地方公共団体に対する不法行為の損害賠償請求は、国家賠償法に基づいて請求する仕組みになっています。国家賠償法2条1項で「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体はこれを賠償する責に任ずる」と定めてあります。問題は、「Bさんの樹木の枝が市道のほうへ入りこんだ状態」が「道路の管理瑕疵」になるかどうかです。参考に、樹木の枝でなく「Bさんの樹木の根っこが市道のほうへ入りこんで道路面を危険にして いる状態」との比較をして考えてみましょう。  


(1) 民法233条に面白い条文があります。「1.隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。2.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。」と定められています。簡単に言うと「人の土地に勝手に入り込んできた竹の子は根っこだから勝手に切っていいけど、桜の木の枝が入り込んでも勝手に切ってはいけないよ。お隣さんに切りなさいと請求できるだけだよ。」って感じの条文になります。 木の枝と木の根っことで違う定めをしている理由は、木の枝なら切らないで曲げるなどの方法で修正できる場合もあるし、侵害の態様が直接的でないし、他方、木の根っこの場合には、土地の表面や地中を直接侵害しているので侵害の態様が直接的なので勝手に切らせてもらってもいいという趣旨でしょう。  


(2) そうすると、問題に戻って、Bさんの樹木の根っこがA市道に入り込んでいる場合には、道路表面の変化も生じており、A市で勝手に切断して安全な道路にして管理することができるのですから、それを放置して自動車事故や自動車損傷が発生した場合には「道路の管理瑕疵」ということで賠償責任を負わされてもやむを得ないと思われます。 しかし、本問のように樹木の枝の場合はどうでしょう。A市はその枝を勝手に切ることはできないのです。樹木所有者のBさんに「危ないので枝を切ってください。」と要求できるだけなのですから、道路を自分の行動だけで安全な状態に戻すことはできません。私としては、このような場合には「道路の管理に瑕疵があった」とは即断できないのではないかと思います。  


(3) 但し、交通利用者からA市に対して、「危険な枝が出ている。」等との連絡が入っていたのに、樹木所有者のBさんに「切除要請しないままで」漫然と放置していた(道路上の注意標識の設置など可能な防止措置などもしていなかった)場合には、道路管理ミス=「道路管理の瑕疵」となる場合もあると考えられます。そのような事例で公共団体の道路管理のミスを認定して、A市の賠償責任を認めた判例もあります(平成15年2月26日千葉地裁控訴審判決参照-賠償責任は認めています。これは、道路に木の枝が張り出していることを関係者が市に通報し、その改善を何度も要請し、市が伐採請求をする時間的余裕が十分にあったにもかかわらず、伐採請求すらしていない事案のようですし、この判決でも、実際には通行人にも過失があり、過失割合は4割として全額の賠償は認めていません)。

以上

 

高齢者植木職人の落下事故と法的責任

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 今回は、公務員関係の法律から少し離れて、法的責任の判断の仕方について、参考になる具体例を通じて気楽にお話ししてみたいと思います。ある方から、次のような質問を受けました。

 (質問)

 先日、NHKの土曜日・お昼の法律相談番組を見て、不思議に思ったことがありました。相談内容は「元プロの植木職人で、依頼人に頼まれた70歳の人が松の剪定中に木から落下して大怪我。依頼人に責任はあるのか?」っていうことで、番組の弁護士さんの回答は、「依頼人に責任は無い。個人事業主のような元プロの職人さんだから、個人責任になる。」っていう回答でした。私はいくら元プロでも70歳だから、少し危険なことをさせるのに、そのことを思わないで頼んだ人にも、多少の責任はあるって思ったのですが、なぜ依頼人は責任を負わなくていいんでしょう?特に、自動車の運転者責任と比較しますと、もし他人を善意で車に乗せて、同乗者に人身事故を起こした場合でも、これは善意と責任は別物っていうことで、運転手さんに責任が生じるのですから、そのような場合とはどう違うのかなあと思っています。この二つの例で、法律上の責任の度合いの違いが、なぜ違うのか教えてくださ~~い。

 
<回答>

1.最初に、法的形式へのあてはめをしてみますと、植木職人事案は、「請負契約関係」、自動車同乗者事案は「契約関係なし」か「自動車無償同乗契約」かのいずれかになります。契約が異なるわけですが、問題は、それらの契約内容が相手方の安全に配慮しなければならない要素を有する契約か否かという違いを検討してみる必要があります。
まず、請負契約は、相手の労働を支配せず、相手の自主的な労働に基づき完成した仕事の結果に対して報酬(剪定代金)を払うという契約であり、依頼人は、植木職人の行動や労働場面を支配していません。このことから、植木職人は、依頼者に拘束されない状態での自由な状態で仕事できるので、別人の依頼者に植木職人の安全配慮義務を認めるのは難しいということになります。
他方、自動車無償同乗契約は、自己の車に乗せて、自己の運転で本来危険性を内包する高速走行の運転で無償で移動するという契約か、又は、人が人を自己の自動車運転の支配内においているという事実関係でありますので、同乗者の行動・身体の自由を事実上拘束し支配している関係にあると言えます。このことから、運転者は、同乗者を支配している以上は、同乗者の安全を支配しているわけですからその安全に配慮しなければならないということになります。

  

2.次に、負傷の原因については、植木職人事案は、「職人自身のミスによる落下」、自動車同乗事案は「同乗者のミスはなく、運転者のミスによる事故」ということであり、負傷の原因が自分にあるか、相手方にあるかで根本的に違います。(但し、自動車同乗事案でも、例えば、こちらの運転ミスはなく、衝突したもう一台の車の一方的ミスが事故の原因であった場合には、こちらの運転者は同乗者の負傷に責任は負いません。もう一台の車の運転者が負傷の責任を負うからです。)
このように、法的責任は、損害の発生(負傷)に直接関係する行為者が責任を負うという構成でできています。
なお、植木職人事案の請負契約の場合でも、依頼者が壊れかけた梯子を貸与してそれが原因で落下したり、通常あり得ない危険な作業を職人に指示してやらせていた場合などのように、依頼者に植木職人の業務の危険性を発生させたような原因がある場合には、その負傷の直接の原因を作っているとも評価できますので、依頼者が責任を負う場合もありえます(民法636条参照)。その点、高齢者に頼んだということ自体に責任はないのか?という疑問は基本的には正しい法的感覚だと思いますが、反面、高齢者に頼んではいけないというような社会的基準もないだろうと思います。
最後に、参考として述べておきますが、植木職人事案の場合に、請負契約ではなく、労働雇用契約である場合もあり得ます。例えば、大邸宅で庭木の手入れ管理する者として植木職人技術を有する者を月給を支払う形で雇い入れた場合です。この場合には、植木職人は自分の判断で仕事をするというより、使用者(ご主人)の指揮命令に従って植木の手入れ管理をしていくことになり、その労働自体を時間的にも場所的にも拘束され支配されている関係になりますので、使用者(ご主人)は、植木職人(労働者)への安全配慮義務はあるということになります。

  

3.結論
以上の二点の違いから、植木職人事案と自動車同乗者事案では契約の性質(植木職人はプロとして自分の判断・自分の危険管理の下で仕事しているが、好意同乗者は、自分では危険管理はできず運転者の危険管理の下にある等)から違いがあるので、依頼者等の責任の有無について結論が異なるようなことになるわけです。

 
  

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その1

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 山笑い、風光る4月の時期に、新しく公務員生活を始められる方々も多いでしょう。公務員生活は「入り口」としての採用と「出口」としての退職で完結するのですが、公務員としての職務遂行中に様々な誘惑や失敗が起こることもあるでしょう。そういう場面で正当に対処できるために、法律を知って自分の防禦武器としておくことも必要でしょう。そこで、電子化された「何でも法律塾」の1回目として、公務員の地位を全とうしていただくために「公務員の刑事犯罪」を警告的に検討してみたいと思います。

  1. 公務員の法的扱いの特殊性
     公務員採用試験に合格して、公務員の地位を取得すると、民間人と異なり特殊な法的扱いがなされることが多くあります。憲法上は、「公務員は全体の奉仕者」(15条2項)とされ、地方公務員法上は「その意に反して免職・懲戒等をされることはない。」(地公法27条)として身分保障されている反面、職務専念義務・守秘義務・営利事業従事禁止等の職務上の多くの義務負担があり(地公法30条~38条)、更に、刑法上においては、公務員職権濫用罪(刑法193条)や収賄罪(刑法197条)で公務員だけが処罰される犯罪も規定されている立場にあります。特に、全国的に新聞テレビのニュース報道で取り上げられるのは、収賄罪です。そこで、今回は、公務員の収賄犯罪が当該公務員においてどのような経緯を辿って地位を喪失するかを検討してみましょう。
  2. 公務員の刑事犯罪(収賄罪)と刑事裁判等の法律手続き

    (1)  刑法197条1項は「公務員がその職務に関して賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において請託を受けたときは7年以下の懲役に処する」と規定しており、「公務員になろうとする者」も「公務員であった者」も事前収賄罪・事後収賄罪として処罰される場合がある規定になっています(刑法197条2項、197条の3)。
    「五年以下の懲役」というと最低刑は何年なの?と思いますよね。刑法12条に「懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は1月以上20年以下とする」と定めてありますので、「5年以下の懲役」とは「最長5年、最短1月の懲役」という意味になります。
    ところで、賄賂とは、金銭や品物をもらう以外にも、「接待を無料で受ける」というような経済的利益を受ける場合も含まれますので、職務上関連する業者や関係者と一緒に飲食して奢ってもらうということは、収賄罪になる危険性が高くなります。公務員として、まず、気をつける点です。

    (2)  収賄罪で公務員が逮捕されますと、次のような人事上の問題が手続されます。
    逮捕(勾留)とは、刑事捜査手続において捜査機関に強制的に身柄を拘束されるものであり、逮捕2日間、勾留最大20日間の期間、職場に出勤不能な状態になります。無断欠勤となるのか年休手続をするのかの問題が生じます。捜査段階では、その犯罪(収賄罪)がまだ「疑い(嫌疑)」にすぎませんので、年休処理をすることには問題はないと思います。

    (3)  警察・検察での犯罪捜査が終ると、勾留期間限度内に起訴か不起訴かが決定されますが(刑事訴訟法247条、248条)、公務員が起訴されますと、休職となります(地公法28条2項2号)。
    ですから、刑事裁判は、退職届出・辞職届出をしない限り、休職中の公務員として審理を受けることになります

    (4)  収賄罪で刑事裁判を受けると、犯情が強度に悪質でない限り、ほぼ執行猶予付きの懲役刑の判決がなされます。そのような判決を受けますと、地方公務員法16条の公務員の欠格条項「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることができなるまでの者」に該当します(懲役刑は「禁錮以上の刑」になります。)。その結果、地方公務員法28条4項「第16条の一に該当するに至ったときは、条例に特別の定めがある場合を除く他、その職を失う。」という当然失職という取扱いとなります。

  3. 公務員の刑事犯罪(収賄罪)と分限・懲戒手続

    (1)  刑事裁判手続中に、公務員の任命権者は分限又は懲戒手続をすることができるか。 公務員が犯罪を犯し刑事捜査・刑事裁判を受けているという事実がある場合、その犯罪行為は、公務員の身分保障手続の一環でもある分限手続の「その職に必要な適格性を欠く場合」(地公法28条1項3号)や懲戒手続の「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」(地公法29条1項3号)にも該当することになるので、任命権者は、刑事裁判の確定(失職)を待たずに、人事処分としての分限・懲戒処分ができるかが問題となります。

    ア.  そもそも、刑事責任は、国家が司法手続きを通じて刑罰を科すものであり、他方、懲戒・分限責任は、労働関係において、人事権(任命権)を有する使用者が被用者に対して、任命権の範囲内で労働契約上の不利益を課すものであり、両者は別個の手続であり、それぞれ独自性を持つ責任を問題とするものでありますから、刑事裁判とは関係なく、職場において懲戒・分限手続を進めることは何ら問題はありませんし、刑事裁判の確定(失職)を待たずに懲戒・分限処分を出すことも可能です。

    イ.  刑事裁判の確定(失職)を待たずに、人事処分としての分限・懲戒処分をする場合、処分に必要な「事実(犯罪事実や非行事実)」の確定をどのような手続で確定するのかが問題になります。新聞報道の記事だけで確定してよいでしょうか?懲戒機関と関係の無い第三者の調査結果である報道記事だけで処分することは懲戒処分の適正に欠けると思います。少なくとも、処分対象者からの弁解を聴取する必要はあります。しかし、当の本人は逮捕され警察留置場か拘置所に身柄拘束中です。時には、弁護人以外には面会できない接見禁止が付いている場合も多く、人事担当者が警察で本人に面会して事情聴取することもなかなか困難な場合が多いと思います。警察や検察庁の担当官に事情を聴取しようとしても、捜査の秘密ということで拒否されます。

    ウ.  そこで、一般的な懲戒手続のための事実調査としては、 <ⅰ>捜査期間中は、新聞記事等の収集や弁護人からの事情聴取を検討する。<ⅱ>起訴されて裁判になって公判傍聴をして法廷での本人(被告人)の弁解を聴取する。(裁判期日前に保釈で釈放された場合には、当の本人と接触して事情聴取することもできます。)<ⅲ>刑事裁判の判決宣告まで待って、判決の認定した事実に沿って、事実を確定する、という流れで、懲戒・分限手続の事実調査手続を考えて置きましょう。そういう意味では、刑事判決の確定より前の「判決宣告」時点で、判決文の内容となっている「事実」基準に懲戒処分をするということが、最も確実な事実認定による処分ということになるでしょう。

    (2)  仮に、刑事捜査手続中又は刑事裁判手続中に、逮捕されている公務員本人が「依願退職(辞職届出)」手続をしてきた場合、どのような取扱ができるのでしょうか。依願退職手続を受理して退職させるのか、懲戒処分を実施するのかという問題です。
    この点は、退職手当金を支給できるかできないかに影響しますので、次回に詳しく検討してみましょう。

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その2

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

  1. 公務員の逮捕時点での懲戒処分の可否と依願退職届出(辞職届出)の受理の可否
     前回、刑事捜査手続中又は刑事裁判手続中に、逮捕されている公務員本人が「依願退職(辞職届出)」手続をしてきた場合、どのような取扱ができるのか(依願退職手続を受理して退職させるのか、懲戒処分を実施するのか)という問題を提起しました。今回はそれを検討していきましょう。

    (1) 公務員の辞職とは、「職員が自らの意思に基づき退職をすること」をいい、「依願退職」とも言われています。その申出(退職の同意)によって退職の発令(行政処分)が行われます。すなわち、退職願(申出)の法律的性質は、職員の任用が行政行為であると考えられていますので、その辞職、すなわち職を離れるについても任命権者の行政行為によらなければならないことになります。したがって、職員は、退職願を提出することによって当然かつ直ちに離職するのではなく、退職願は本人の同意を確かめるための手段にすぎず、その同意を要件とする退職発令(行政行為)が行われてはじめて離職することとなるものである(高松高裁昭35年3月31日判決・行政裁判例集11巻3号796頁)とされています。
     退職(辞職)届は、「任命権者は、職員から退職の申出があったときは、特に支障がない限り、速やかに、これを承認すべき(人事院規則8-2(職員の任免)第73条)であるが、行政執行に支障がある場合には退職を承認しないことも可能で、この場合には公務員関係は依然として存続することになる」と解されています。
     この「特に支障がある場合」については、「職員を懲戒免職等の処分に付すべき相当の事由がある場合等がある」と解されており、「辞職が承認されるまでは職員は勤務する義務があるので、その期間を無断欠勤する場合は国家公務員法第82条又は地方公務員法29条の、懲戒事由の第1号および第2号に該当する」と解されています。

    (2) そこで、任命権者としては、刑事犯罪が問題となっている職員の依願退職届出を受理して辞職承認をすることは非常に難しいと思いますが、まだ刑事事件に至らないような犯罪嫌疑事案の場合には、後日、禁固刑以上の有罪判決の時に、退職手当金の返還請求をする(例・国家公務員法第15条~この退職後の退職返還規定は、地方公共団体の退職金条例にも引き継がれています。)ということを前提に、辞任届出の承認をすることもあり得ると思います。
     しかし、公務員の逮捕にまで至ったほとんどの場合には、前述の「特に支障がある場合」すなわち、「職員を懲戒免職等の処分に付すべき相当の事由がある場合」として、辞任届出の承認をしないままで、懲戒手続を進めるという取扱いになる例が多いだろうと思います。当然のことですが、公務員が懲戒処分(懲戒免職)を受けて退職となった場合には、退職金支給制限規定(条例)が設けられており、退職手当金は支給されません。(参照・国家公務員法第14条~禁固刑以上の有罪判決の時に、退職手当金の支給はしないとの規定は、地方公共団体の退職手当金条例にも引き継がれています。)

  2. 収賄罪逮捕職員に対する退職金支給と住民訴訟
     そこで、ある地方公共団体において、次のような取扱例がなされて住民訴訟になりました。収賄罪で逮捕された公務員職員を、懲戒処分ではなく、分限免職処分をして退職手当金を支給したのです。この事案の地方公共団体条例では、分限免職処分場合には、退職手当金は支払う規定になっており、有罪判決確定後でも退職金返還義務規定は定められていなかったということで、退職手当金を支給すると、地方公共団体の財産が退職手当金名目で不当に支出したままになるという特徴がありました。
     最高裁昭和60年9月12日第1小法廷判決では、地方自治法に定められている「住民訴訟」の要件(例えば、違法対象行為は財務会計行為であることを要するとの要件等)からくる訴訟上の制約もあり、次のような判決内容になっています。

    (1) まず、懲戒免職処分にしなかったことが、住民訴訟の「財務会計行為の違法」となるのか。
    この点については、判例は、「地方自治法242条の2の住民訴訟の対象が普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る行為に限られるのは、同条の規定に照らし明らかであるが、右行為が違法となるのは、単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合の財務会計上の行為もまた違法となる。分限処分がなされれば当然に所定額の退職手当が支給されることとなっており、本件分限免職処分は本件退職手当金の支給の直接の原因をなすものというべきであるから、前者が違法であれば、後者の財務会計行為である退職手当金支給も当然違法となるものと解するのが相当である。」としています。註1

    註1:この判例理論は、それなりに肯首できるものなのですが、他方で、最高裁平成4年12月15日判決「一日校長事件判決」では、教育委員会が退職一日前に校長への昇給発令人事を行い、同日の退職により市が昇給をベースにした退職手当金を支給した事案で、「原因行為を行なった機関と財務会計行為を行なった機関が異なっており、前者が違法であれば、後者の財務会計行為である退職手当金支給も当然違法となるという関係にはない。」との判断をしている例もありますので、行政行為の先行行為と後行行為との間に直接的な原因結果の関係があるかは、個別的に判断されるものと思われます。

    (2) 次に、懲戒免職処分にせずに、分限免職処分にしたことは違法なのか。
    この点については、判例は、退職手当金支給の原因行為であった「分限処分」をしたことが違法であったかどうかを検討した結果、「当該職員の収賄事実が地方公務員法29条1項所定の懲戒事由にも該当することは明らかであるが、職員に懲戒事由が存する場合に懲戒処分を行うか否か、懲戒処分をするときにいかなる処分を選ぶかは任命権者の裁量に委ねられていることから、右の収賄事実のみが判明していた段階において、当該職員を懲戒免職処分に付さなかったことを違法であるとまで認めることは困難である。」「また、不適格な職員を早期に公務から排除して公務の適正な運営を回復するという要請に(分限処分で)応える必要のあることも考慮すると、本件分限免職処分が違法であるとすることはできない。」として、その後行行為である退職手当金支給も違法ではないとしています。

    (3) この判例の結論は、昨今のオンブズマン活動や住民監査の盛んな傾向からすると、退職手当金が支給されたままで放任される結果となるのですから、賛同できない面もあるだろうと思います。しかし、本件で問題となった地方公共団体では、その後、職員が逮捕された場合の退職手当金の支払い差し止めや、禁錮以上の刑に処せられた場合の退職手当金の全部又は一部の返納制度が条例で整備されたようですので、今後は、分限免職処分をして退職手当金を支払っていたとしても、その後、刑事裁判において「禁錮以上の有罪判決」を受けた場合には、退職手当金を返納することになるので、あながち、懲戒処分相当事案を、早期の時期に分限免職処分をしても違法ではないということで結果が不合理になることはないだろうと思われます。
    *次回には、公務員の公金横領等の刑事犯罪と民事賠償責任の問題を考えてみましよう。

公務員の刑事犯罪と法律(~収賄罪逮捕を中心に~):その3

弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫

 公務員が刑事犯罪の収賄罪で逮捕された場合には、収賄行為によって経済的利得を得ていますが、贈賄者以外の第三者に損害を与えているわけではないので、民事賠償の問題は生じませんが、刑事犯罪が業務上横領罪(公金横領)の場合には、今まで述べてきた懲戒責任・刑事責任以外に、民事賠償責任も問題となってきます。公金が横領された結果、被害者である地方公共団体(市町村)に損失(損害)が発生しているからです。
 そこで、刑事責任・懲戒責任と民事責任(賠償責任)について、簡単にまとめておきます。

  1. 公務員の犯罪と三つの法的責任
     犯罪行為は、刑法などの刑罰法令に触れますので、刑事処罰を受けます。このことを「刑事責任」といいます。それ以外に、犯罪行為は、民法709条の「故意又は過失によって他人の権利を侵害した」という不法行為にもなりますので、被害結果に対する損害賠償責任を負います。このことを「民事責任(不法行為責任)」といいます。また、更に、行政上の資格や免許等の取消しなどの行政処分を受ける場合や雇用関係での懲戒処分などの個人の身分等に関する責任を負う場合もあります。これを、便宜上「その他の処分責任」と呼ぶことにします。
  2. 三つの責任の目的と峻別論

    (1) 自己の行為に対して制裁を受けることを「責任」というのですが、その「制裁」は、ひとつの行為に対して(又は一人に対して)、ひとつの制裁を受けるということで成り立ってきたものと思われます。ローマ法時代でも民事責任・刑事責任(私的責任・公的責任等)の区別は明確ではなく、一元的責任(制裁)論であったと言われています。その後、ドイツ法の歴史の中で民事責任と刑事責任を分ける「民刑峻別(民刑分離)」の考え方が成立し近代法の姿になったと言われています。今の日本の法律は、この「民刑峻別論」の立場で規定されています。

    (2) 刑事責任・民事責任・その他の処分責任の三つの責任は、民刑峻別論の立場(刑事責任と民事責任はそれぞれ制裁目的が異なるので、別々に責任を問うべきであるという立場)から、それぞれの責任をすべて一人の者(ひとつの行為)で負わなければならないという関係にあります。
     刑事責任は、国家が処罰することで公共の秩序を維持し、犯罪が起こらないようにするための一般予防・特別予防を目的とする責任です。公金横領の犯罪の場合に、懲役刑に処して、その公務員が二度と犯罪を犯さないように戒め(特別予防)、更に、そのことを知った他の公務員に対して公金横領すると懲役刑で処罰しますよと警告している(一般予防)わけです。  民事責任は、損害を公平に分担するための衡平的正義の実現を目的とする責任です。公金横領の犯罪の場合に、横領金については、その分地方公共団体の公金が減っていて損害が生じており、その反面横領犯人である公務員はその分を領得していますので、損害を公平に分担する方法として、地方公共団体は、横領犯人に対して横領金相当の損害賠償を請求する権利があり、横領犯人は損害を賠償する責任があるとするわけです。  その他の処分責任としては、既に検討した雇用関係での制裁となる懲戒処分(退職金不支給処分)などがありますが、これは、国民全体の奉仕者である公務員としてふさわしくない行為をしたという理由で、かかる公務員の地位保障(地位喪失)の目的からくる制裁です。

    (3) 以上の理由から、公務員が公金を横領した場合には、業務上横領罪として刑事責任を問われ(懲役10年以下・刑法253条)、民事責任として横領金相当の損害賠償責任を負い(不法行為責任・民法709条)、その他の処分責任として懲戒免職処分又は失職(地方公務員法)となります。

  3. 三つの責任の相互影響の有無
     以上の三つの責任は、それぞれ別個に全部負わなければならないという法制度ではあるのですが、新聞・テレビ等のマスコミ・ニュースなどで、「横領金は全額返済しているため、刑事告訴は見合わせる方針である。」とか、「刑事判決では、被害弁償を実施していること、既に免職となって一定の社会的制裁を受けているという理由で執行猶予判決となった。」とかいう報道がなされている場合があります。それぞれの三つの責任の間には、何らかの相互影響があるのでしょうか。最後に、この点を検討してみましょう。

    (1) 民刑峻別論の立場からは、本来は三つの責任の間には、何ら影響はないことになります。それぞれの責任の目的が違うからです。

    (2) しかしながら、刑事裁判では、量刑判断事情として民事責任の履行の有無、懲戒処分等の他の制裁の有無を考慮する実務になっています。被害者等との被害弁償示談が成立すれば量刑は軽くなってきます。懲戒免職処分を受けて公務員の地位を失っているので執行猶予とすると判決理由で示される場合もあります。更に、民事賠償制度においては、「懲罰的慰謝料制度」を認める国もありますが、日本では採用されていません(最高裁第2小法廷19