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「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(2)
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
前回に引き続き、今回も岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を解説していきましょう。
- < 解 説 >
- 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。
(1) 請願権の権利性について
岐阜地裁判決は、請願権の権利性につき、次のように述べています。
① 「署名は署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同する趣旨でなされるものであるから、かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということができ、表現の自由(憲法21条)によって保障されるものであり、さらに、署名は、署名活動する者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので、かかる署名行為は請願権(憲法16条)によって保障される。」
② 「署名活動とは、一定の目的をもって署名を収集する行為を指し、特定の政治課題について署名活動を行うことは、自己の政策的意見に賛同する者から署名を募り、集めた署名簿を官公署等に提出することによって、自己の政策的意見を表明するものであるから、署名活動の自由は表現の自由(憲法21条)によって保障されるし、さらに、署名による請願の主体は、同署名活動に賛同し署名を行った各署名者であるが、その署名活動を行った者もそれを官公署等に提出することを目的としているのであるから、各署名者同様に、請願権(憲法16条)によってその活動が保障されると解される。」
(2) 署名の真正確認方法と個別訪問確認方法の相当性
岐阜地裁判決は、署名の真正確認方法につき、次のように述べています。
① 「請願が署名活動による署名活動による署名簿の提出という方法で行われた場合には、その請願事項にかかわる多数の国民又は住民が同一内容の請願を行うことに意味があり、請願を受けた官公署等は、請願に対し誠実に処理する義務を負う(請願法5条)から、提出された署名簿に偽造等署名の真正を疑わしめる事情があったり、請願の趣旨が明確でないときは、その真正であることや請願の趣旨を確認する限度において、各署名者や署名活動者に対し、相当な調査を行うことは許されるというべきである。」
② 「署名者の同意を得た上で、回答を強要することのない態様で、個別訪問を行うこと自体は許されるというべきである。その理由は以下のとおり。」
③ 「本件では、ⅰ:多数の同一筆跡思しき署名が含まれていたこと、ⅱ:反対署名者の多くが学校存続のB小学校校区の住民であるにもかかわらず、B小学校校区住民の説明会でのほとんどで反対意見が出なかったこと、ⅲ:署名簿の要望事項は3つ記載してあり、そのうちの二つは、A・B小学校統廃合案とは直接関係のない要望事項であったことから、その三つの要望事項のすべてに請願する趣旨が明確であないという事情が存在する。ⅳ:町議会では、本件署名活動をした▼川が町議として住民の過半数の反対署名が集まっていることを主張してS町長に統廃合案の見直しを迫っていたことから、署名者に郵送で質問確認する方法では、多額の費用を要し、その回答が必ず返送されるとも言えないことから(直接の戸別訪問による調査も許される。)
- 上記6(前回、解説分)での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。
上記6の要領は、「統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるように」S町長が指示しているように、請願(署名押印)をしたことに対する圧力的変更要求や差別を避けることに一応は注意を払っていることを示していると思われます。
岐阜地裁判例も「請願とは、官公署に対して、その職務に属する事柄について希望を述べることであり、何人も請願したためにいかなる差別待遇も受けない(憲法16条、請願法6条)が、それには、請願を実質的に委縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。」と言及しており、本件調査当初もこの点の意識は確認されていたと思われます。
- 質問事項の内容は適切か。
問題は、S町長や行政職員に上記のような「圧力的変更要求や差別を避ける」という意識があったのにも係わらず、質問内容がそのような意識での質問内容になっていたかはまた別次元の問題です。
岐阜地裁判決は、この点につき、次のように述べて、町側が敗訴した判決になりました。
「本件調査事項は、署名者に対しての署名の真正や請願の趣旨の確認にとどまらず、
*この署名は誰が頼みに来られましたか。
*この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
*町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
*(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
*(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
という質問事項というのは、署名の真正や請願の趣旨の確認と言う目的を超えた質問であり、その質問をして調査している。これは、本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加えるものであったと認められる。」
「そうすると、S町長は違法に原告らの請願権及び表現の自由を侵害したもので、同侵害につき少なくとも過失があると認められる。」
- 判例の結論 原告ら一部勝訴
慰謝料額:署名活動侵害分は2000円(+弁護士費用200円)、署名者侵害分は1000円(+弁護士費用100円)
以上
「行政に対する反対署名簿に関する調査行為の適法性」(1)
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
行政に対して、様々な苦情申出や署名簿提出を伴う要請などがなされますが、市町村レベルでは、首長の政治方針や行政方針が出された際に、政治的な反対派等の活動や住民活動として、行政に反対する署名簿が提出される場合も多いように思います。
そこで、今回は、そのような反対署名簿が提出された場合に、行政が署名の真否確認調査をする必要があるのか、それはまた、どのような方法ですることが可能かという問題を二回に分けてお話してみたいと思います。
- < 説 例 >
次の説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。
- A小学校を考える会とA小学校PTAは、S町長が構想していた町内のA小学校とB小学校の統廃合案(Aを廃校しBに吸収統合する案)に反対するために、反対署名活動を開始し、議員有志の守る会も、その署名活動に参加した。
本件署名活動は、考える会らの会員が戸別訪問を行い、署名書の住所・氏名欄に記載してもらう方法で行われ、年齢を問わず、家族の分全員分の署名を頼むなどして署名してもらっていた。
- 上記署名簿は、第1回目に3576名分、第2回目に1632名分が関ヶ原町S町長並びに教育員会宛て「要望書」と共に提出された。 提出された署名書には、「①子供の教育に関わることは、地域住民・保護者・先生の意見が重視されることを要望します。②B小学校の耐震対策の校舎建築が、統廃合問題を前提に遅れていくことに反対し、一刻も早い改築が行われることを要望します。③私たちはA小学校が廃校されることに反対です。」と記載されていて、これに加えて、「A小学校PTA会長○○」「A小学校PTAA小学校統廃合問題特別委員会委員長△△」とのみ記載されているものと、それに加えて「A小学校の統廃合を考える会○△」「A小学校を守る会×△、△○、××△」「賛同者・・・。・・・・。・・・・。」と記載されている署名書の二種類が混在していた。
- 本件署名簿には、一見して、同一人による同一筆跡と見える他人署名が多数存在し、同一住所及び同一姓での同一筆跡による同一世帯の者の署名によると推測できるもの以外に、異なる住所地や異なる姓でありながら同一筆跡のものや、関ヶ原町民以外の署名5筆分の重複、関ヶ原町民でも256名分の署名重複となっていた。
- その後の関ヶ原町議会で、議員から「小学校統廃合案は反対による署名要望が3265名(後に5200名)集まっているので、同案への町民の理解は得られていないのではないか。」と質問し、S町長は「自分の考えは変わらない。町としては住民に小学校統合案を具体的にまだ説明していない段階であり、町民の理解が得られていないという判断は早計であり、署名簿に記載された署名には重複記載があり、要望意思がないのになされた署名が多数あると思われる。」と答弁した。
- 関ヶ原町は、A小学校管轄住民、B小学校管轄住民を対象に、19回の学校整備計画説明会(統廃合案を含む)を行った。
- S町長は、上記統廃合案を含む学校整備計画案を6月議会(6月23日開催予定)に上程する予定で、6月13日の企画会議において、「6月23日までに反対署名簿に関する戸別訪問調査を実施する」ように町職員に命じた。
なお、個別訪問調査は、下記の要領で行うように準備された。
① 次の8項目の質問をし、調査対象者から回答を拒否された場合には、回答を強要しない。
*この署名はいつされましたか。
*この署名はどこでされましたか。
*この署名は誰が頼みに来られましたか。
*この際に署名活動の趣旨についてどのような説明がなされましたか。
*ご署名は自分で書きましたか。
*ご家族で署名されている場合、家族一人一人の意思の確認はされましたか。
*町が開催した学校整備計画説明会には参加されましたか。
*(参加した場合)町からの説明を聞いて、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
*(参加しなかった場合)説明会にでなくても、その後統廃合について色々な話を聞いておられると思いますが、署名された時と統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないですか。
② 訪問調査時には、調査員の身分及び調査趣旨(署名の意思確認)を説明する。 しかし、統廃合への賛成を誘導するような説明や説得は行なわず、署名者本人の意思を確認するに留めるようにS町長は指示をした。
③ さらに、B小学校校区での説明会では反対意見がほとんどなかったにも関わらず、署名者が多数いたことから、個別訪問調査はB小学校区から先に実施するようにS町長は指示した。
- 被告税務課課長補佐であったH野は、他の二人の職員と共に、原告の一人である○ 山宅に戸別訪問した際、○山は調査担当のH野らに、町村合併などへの意見を長々と述べたので、調査担当者であるH野らは、これを遮ることもなくただ黙って聞いていた。そして、H野らは、○山の話が終わった後に、上記8項目の質問をして調査を終了した。
- 関ヶ原町においては、AB小学校統廃合案が賛成5、反対4で可決された。議会で は本件戸別訪問調査結果は報告されなかった。
- その後、反対署名活動をした特別委員会委員長△△、議員で且つ守る会会員▼川、特別委員会委員○山の三名が、本件戸別訪問は違法であり、精神的な犠牲を強いられたので、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円をそれぞれに支払えとの国家賠償請求の民事裁判を提起してきた。(岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119)
- <問題点として考えられるもの>
この説例で、問題点として考えられるものは、次のような事項です。
① 要望書の提出に対して、どのように取り扱うか。
② 反対署名簿提出後の署名確認調査として戸別訪問方法は許されるか。
③ 上記6での戸別訪問調査要領は何を留意しているものか。
④ 質問事項の内容は適切か。
以下、順次解説していきましょう。
- < 解 説 >
その1 本説例は、岐阜地裁平成22年11月10日判決―判例時報2100-119の裁判事例を要約したものです。
1、 署名簿付き要望書提出に関する処理方法について(請願法)
要望書が議会に提出された場合と行政部に提出された場合と異なる手続きになる(議会に出されたものは議会が処理し、行政部に出されたものは行政執行部・行政担当部が処理することになっていると思います。)
・請願法5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」
・地方自治法124条「普通地方公共団体の議会に請願しようとする者は、議員の紹介により請願書を提出しなければならない。」
・同125条「普通地方公共団体の議会は、その採択した請願で当該普通地方公共団体の長、教育員会・・・・において措置することが適当と認めるものは、これらの者にこれを送付し、且つ、その請願の処理の経過及び結果の報告を請求することができる。」
・同109条(常任委員会審査等)3項「常任委員会は、その部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い、議案、陳情等を審査する。」
要望書を法的に捉えた場合に、法的権利として認められている「請願」かそれ以外の「要望」「陳情」「意見」に過ぎないのかの判断があります。本件の場合には、町長と教育委員会への「要望書」と署名簿提出という形であり、請願か陳情かの区別が困難ですが、請願の場合には、請願法5条の受理義務と誠実処理義務を負うこととなり、陳情等の場合には、そのような法律の要請はないのですが、請願と実態は変わらないので、同様に誠実に処理することとなると思われます。
なお、請願書の要式を具備している場合には、請願として取り扱うこととなるでしょう。
(以下、来年の次回に続けて解説します。)
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ⑤
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
【鶴の恩返し(夕鶴)】
秋も深まり、やがて冬到来の時季がきますね。
「夕鶴」のお話はしんみりした悲しみを漂わせているお話です。
今回は、この「夕鶴」のお話を法律的に考えてみましょう。
- (質 問)
夫である「与ひょう」は、鶴であった「おつう」にあれほど固く“機(はた)織りの現場を見ない”という約束をしたのに、その約束を破ったために、「おつう」から、別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しみます。
「与ひょう」は「おつう」を好きで好きでたまりません。「与ひょう」の「おつう」とは別れたくないという思いを法律的に守れませんか。
- (回 答)
- 「別れを告げられ飛んで行かれてしまい悲しんだ」という場面を現代の法律に当てはめますと、「離婚」という場面になります。「悲しんだ」ということから、夫の「与ひょう」は離婚したくないという思いを持っていると理解することになるでしょう。
- 離婚には、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の3種類があります。
協議離婚とは、夫婦で話し合いをして、離婚届を役所に提出することによってする離婚です。調停離婚は、家庭裁判所の離婚調停を利用して、家庭裁判所で調停委員に間に入ってもらって、離婚の協議をするものです。協議離婚にしろ、調停離婚にしろ、夫婦間で離婚するという合意が整わなければ成立しませんから、本件では、夫側が離婚をかたくなに拒んでいる以上は、これらの方法での離婚の成立は困難だと思われます。そうすると、裁判で離婚出来るかどうかが問題となりますが、民法では離婚原因が定められており、このいずれかに該当しなくては、判決で離婚が認められることはありません(なお、裁判離婚と言っても、「調停前置主義」と言って、裁判の前に調停による話し合いの機会をもうける必要があり、いきなり裁判をすることはできません)。
- 民法が挙げる裁判上の離婚原因は、以下の5つです(民法770条)。
①「配偶者に不貞な行為があったとき」:いわゆる浮気での離婚がこれにあたります。
②「配偶者から悪意で遺棄されたとき」:たとえば、夫婦なのに同居を拒み、生活費なども渡さない場合がこれにあたります。
③「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」
④「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」
⑤「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき」
これらの原因が離婚される側(本件では夫)に存在することが要件となります。
本件では、夫「与ひょう」に浮気・不貞行為もなければ、その他の離婚原因もなく妻「おつう」との夫婦生活は上手くいっていたようですので、離婚が認められるためには「その他婚姻を継続しがたい重大な事由」があるかどうかが問題となってきます。平たく言えば、結婚生活が破綻しており、これ以上一緒に生活していくことが不可能なほどに修復不可能であるか、ということです。夫が妻に度重なる暴力行為をしているような場合には、これに該当しますが、本件は、そのような典型的な事例ではありません。
- 嫁である「おつう」の言い分として考えられるのは、 まず、「夫婦間の約束を破ってしまった夫は、信用できず、これから一緒に暮らしていくことはできない」ということでしょうが、これだけでは離婚は認められないでしょう。というのは、夫婦間においては、夫婦が互いに協力して、その関係を維持・発展させるべきであり、妻が実は鶴だったという秘密がばれたとしても、夫がこれを受け入れて、婚姻生活を続けようと主張するならば、婚姻生活が破綻したとは言えないからです。(現在の法律では、人間と鶴はそもそも結婚できませんが、そのことは考えないことにします。)最初は、秘密がばれて、あるいは秘密を知って、ギクシャクした関係になるかもしれませんが、「そのくらいのことでは、俺の愛は変わらないぜ!」と、夫の方が強く主張すればよいのです。
- 次に、妻の主張として考えられるのは、「夫は自分では働かず、私が身がやつれるほどの苦労をして機(はた)を織って、家計を維持してきた。夫は、私の苦労も知らず、生活費としては十分なお金を稼いだにも関わらず、さらに機(はた)を織らせようとした。もうこんな、自分勝手で、自堕落な男とはやっていけません」ということです。これは、多少、夫の方には分が悪いかもしれません。夫が、自分でも働けるにも関わらず、働きに出ることをせず、無為に生活しているとすれば、妻との信頼関係は崩壊し、婚姻生活が維持できなくなることもあり得ない話ではないからです。
これに対して、夫としては、妻に負担をかけたのは一時的なものであり、夫も定職を持ち働くことを、強くアピールすべきです。裁判の前には必ず調停が開かれますから、それまでに定職を見つけて、収入を確保すべきです。裁判になっても、収入が一定しており、今後の生活の目途が立っているのであれば、離婚が認められない可能性は高いと思われます。(ただ、裁判で離婚が認められないからと言って、妻の気持ちが変わらなければ、その後の結婚生活は円満に戻るわけでもなく苦しいものになりますから、どうしたら妻を納得させられるのかを、よく考えるべきです。)
なお、原則として、有責配偶者(離婚原因を作った方の配偶者)からの離婚請求は認められないので、夫の方としては、「隠し事をしていた妻の方が悪い」という主張をなすことも考えらないわけではないのですが、本件では、「婚姻関係が破綻していないので離婚原因がない」と主張する方が良いと思われます。
- 夫「与ひょう」は、自分の思いを妻「おつう」に告げ、復縁を願う手続をするべきです。再度、ラブレターを出すのもいいでしょうし、求愛行為が必要です。夫「与ひょう」のほうからすべきその後の法的手続としては、家庭裁判所で「夫婦円満調整の調停手続」をすみやかに申立てましょう。
以 上
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ④
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
【かぐや姫(~竹取物語~)】
秋の風情が深まる時季です。秋の月を眺めながら『かぐや姫』の話を思い出してみましょう。
- (相 談)
竹取りのおじいさん、おばあさんは、「かぐや姫は、月の両親らしき人物の使いに無理やりに連れ去られたんだ。」と思っています。かぐや姫は、泣く泣く「本当はおじいさん、おばあさんとずーっと一緒に地球で暮らしていたい。」と話していました。「本当は、地球で一緒に暮らしたいと願っているのですから、どうにかして、かぐや姫を取り戻して欲しい。」と泣きながら、法律相談にやってきました。法律は、どうしてあげることができるのでしょうね。
- <弁護士のさてさて話>
さてさて、これは難問、難しいご相談ですなあ・・・・。
かぐや姫は、まだ、20歳未満の未成年だと思われます。法律的には、未成年として自分の親(月の両親?)の親権に服することになります(民法818条)。おじいさんとおばあさんは、事実上の監護者としてかぐや姫の面倒を看てきただけであり、基本的には法律的な権利は有していません。(しかし、例外的に養子縁組をしているかもしれません。)
したがって、今のままでは、法律上の権利者である親からかぐや姫を取り返す方法は全くない、と言わざるを得ません。 そこで、おじいさん、おばあさんが、かぐや姫を取り返すためには、①親(月の両親)の親権をなくしてしまうこと、②おじいさん・おばあさんが、法的な監護養育権を得ること、という二つのハードルをクリアする必要があります。
- ところで、この月の両親は、生まれたばかりのかぐや姫を竹やぶの中に放置し、そ のままで長期間が経過しています。このような者が、法律上の親であるからといって親権者であるというのは、納得できる話ではありません。民法834条は、親権者に親権濫用あるいは著しい不行跡がある場合には、家庭裁判所は子の親族又は検察官の請求によって、親権を剥奪することが出来ると規定しています。
おじいさん・おばあさんは、法律上の子の親族ではないので、検察官に請求を促し、親から親権を剥奪してもらうことが出来ます。裁判例の中には、7年の長期間にわたって、子どもの養育を怠り、他人任せにしてきた事例について、親権の剥奪を認めたものがあります。
- 次に、親権の剥奪が認められると、その子(かぐや姫)には親権者がいなくなりま すので、「後見」が開始し、家庭裁判所によって後見人が選任されることになります(民法838条以下)。後見人は、原則として、親権を行うものと同一の権利を有する(民法857条)ことになります。
ただし、未成年者の後見人には1名しかなれませんので、おじいさんかおばあさんのどちらかしか後見人にはなれません。
- また、おじいさん・おばあさんが、かぐや姫と養子縁組していれば、養親としての 親権が認められることになりますので、以上の後見人選任手続きをするまでもなく、おじいさん・おばあさん双方に、親権の権限が与えられます。
未成年者の子を養子にするには、実の親の同意がないとできないのですが、未成年者との養子縁組は、未成年者の子どもが15歳以上になれば、実親の同意がなくても、自分の意思で出来ることになっていますから(民法797条)、家庭裁判所の許可(798条)だけを得て、おじいさん・おばあさんとかぐや姫が養子縁組をすることができるのです。この制度は、子供が自分の親を決められる権利を15歳になれば認めてあげる制度であると言ってもいいかも知れません。
- この後見人選任、養子縁組をして、ようやく、おじいさん・おばあさんは、かぐや 姫の引渡しについて法律上の請求をすることが出来ます。
後見人に選任されたおじいさんあるいはおばあさん、あるいは、養親となったおじいさん・おばあさんは、家庭裁判所に「子の引き渡しを求める審判」を申立、同時に「審判前の仮処分」の申立をなしたり、地方裁判所に人身保護法に基づく引き渡し請求をしたりすることが出来ます。
- 最後の結論
しかし、法律上このような請求手続きが出来るようになっても、実際にかぐや姫を取り戻せるかというと、実は大きな問題が残ります。
かぐや姫は、未成年と言っても帝や貴族の男どもとの結婚話が出ているくらいなので、満16歳以上(民法731条-女性は16歳から婚姻可能)と思われます。そうすると、親権といえども、事理弁識能力のある年齢(12~13歳以上)の子どもについては、親権は、その子の自主的判断やその意思を最大限尊重して行使されなくてはならないのですから、かぐや姫の自主的判断やその意思を無視してまで、事を進めることは出来ません。かぐや姫は、おじいさん・おばあさんへの思いは残っていたとしても、自分の意思で月に戻って行ったのですから、おじいさん・おばあさんは、かぐや姫のそのような意思(おじいさん・おばあさんとは別れるのは悲しいけれど、生まれた親の元に帰らざるを得ないという思い)に反してまで、人身保護請求手続きなどで強制的にかぐや姫を取り戻すことも出来ない、と考えるべきでしょう。
仮に、人身保護法上の取り戻し請求に勝訴しても、月の両親やかぐや姫が任意に戻さない(戻らない)場合には、強制的に人間を動かして戻す手続き(差押えや強制執行)は、今の日本の法律制度にはありません。
(参考:「間接強制」といって、引渡判決に従わないと罰金を科しますという命令で間接的に強制する方法があるだけで、罰金さへ払えばかぐや姫を渡さないで済むのかというふうに考える人には、この間接強制方法は何ら効果がありません。)
-
以 上
公有地内の宗教施設の取扱い
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
公務員としては、宗教的中立性が要請されており、宗教面に関する配慮が必要であるともに、「配慮しないという配慮」も必要となっています。日本の宗教の自由と政教分離に関しては、古来からの習わしとしての習俗と宗教との区別があいまいであることから、公務上でも、宗教に関する取り扱いが憲法上の問題に発展する場合もあります。要は、宗教行為には便宜は与えられないという意識で公務を遂行することが大切です。そこで、次のような判例の事案を検討してみましょう。
<質問>
最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決・北海道砂川市判決)で、「砂川市が寄付を受けて所有している公有地を、宗教施設である神社・鳥居の宗教施設を所有する団体に無償で貸与しているのは、憲法89条、20条1項後段に違反する。」とした判例が出ましたが、今後、地方公共団体においては、かかる状況にある公有地については、どのような対応をすればいいのでしょうか?
<回答>
確かに、最高裁判決で違憲判断が出ていますが、更に、その判例(平成22年1月20日最高裁大法廷判決)が、「本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できる。」としている点についての理解をしていただければ、地方公共団体の対応は導かれるのではないかと思います。
1. 最高裁判例(平成22年1月20日大法廷判決)の概要
まず、その違憲判断をした最高裁判決の内容を説明しましょう。以下のとおりです。 <事案>本件土地は、昭和23年頃は個人所有地で、当時公立小学校隣接の公有地にあった本件神社を移設したもので、昭和28年頃に神社施設のあるままに地方公共団体砂川町(現北海道砂川市)に寄付された。その後、神社の所有者である空知太(そらちぶと)連合町内会に無償で貸与してきた。
<判決骨子>
- ① 本件利用提供行為(無償使用させていること)は憲法違反である。 本件神社物件は神道の神社施設に当たる。そこで行われる祭事等の諸行事も宗教的行事として行われている。本件無償使用の行為(本件利用提供行為)は、一般人の目から見て、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものであり、憲法89条で禁止する公の財産の利用提供にあたり、憲法20条1項後段の禁止する宗教団体に対する特権付与にも該当し違憲と解される。(裁判官14名中、8人の多数意見)
- ② 憲法違反を解消する方法が存在する。 土地明け渡し請求をしていないことが「怠る事実」として財産管理上違法とされるのは、本件土地の全部又は一部を無償で譲渡し、又は有償で譲渡し、若しくは適正な価格で貸し付けるなどの方法で、憲法違反性を解消できるので、それらの方法を考慮しても、明け渡し請求をせざるを得ないと評価される場合に限定される。
その点本件は、その他の方法が検討されていないので、審理を尽くさせるために差し戻す。 (*無償譲渡は寄付者への返還の趣旨だろうと思われます。)
2.公有地に社寺境内等の宗教的施設が存在する理由(公有地の形成過程について)
(1) そもそも、市町村が所有する土地には、寄付によるもの、売買取得によるものなど様々な取得過程があると思われますが、公有地の形成過程全般を俯瞰的に眺めますと、明治政府の版籍奉還から始まっていると言われています。
NHKドラマの坂本龍馬伝ではないですが、大政奉還と版籍奉還により、幕府及び各藩の領有地はすべて明治政府の所有に帰したのですが、社寺境内地は旧来のままであり、これを整理する必要があったので、明治4年に太政官布告「社寺領上地令」「地租改正令」を発して、民有地である証拠のない境内地はすべて官有地としました(この際、課税対象地となることを恐れて、または官有地として保護してもらおうという考えで、民有地の証拠があっても官有地に編入させた境内地も多くあったと言われています)。
そのために、公有地の上に寺社等の宗教的施設が存在する例が全国的に多く存在するようになったわけです。
(2) その後、明治政府は、官有地に編入しても寺社等が存在し官有地として使用・管理する必要性のない土地は、寺社等に無償で下付(払下げ)することにしたり、昭和14年には、「寺社等に無償にて貸付しある国有財産の処分に関する法律」まで制定して、官有地からはずす処分を続けてきており、戦後の昭和22年には上記処分法を改正し、「社寺上知、地租改正、寄付又は寄付金による購入によって国有となった財産で、現に国有財産法によりお無償で貸し付けてあるもの等について譲渡する」道を開いています。同様に地方公共団体の公有財産で同様のものは同じ取り扱いをすることとしています。(昭和22年4月2日内務文部次官通牒第24号「社寺等宗教団体の使用に供している地方公共団体有財産の処分に関して」)
さらに、昭和42年7月24日蔵国有第1196号通達「社寺境内地等として使用されている普通財産の処理について」により、神社、寺院等が境内地等として使用している普通財産の処理の促進を図るため、売り払い、貸付け、管理委託又は処分留保による処理を図るように指示されています。
そこで、国及び地方公共団体は公有地境内地について、日本憲法の政教分離の原則との接触を避ける要請から、新処分法、通達、条例等を定めてその処分を進めていくという現状にあるわけです。
3.北海道砂川市の対応と差戻審の判決(平成22年12月6日札幌高裁判決)
この最高裁の判決後、砂川市と地域住民らと有償で本件土地を貸すことで協議が成立したとの報道(平成22年4月21日付日経新聞報道)があり(敷地全体(1500㎡)を賃貸すると高額になるので、祠(ほこら)を鳥居の近くに移転して周辺70㎡を年4万円~5万円程度で貸すという協議である)、最高裁の差戻審である札幌高裁は平成22年12月6日に住民側の住民訴訟請求を棄却する判決(違憲判決市敗訴の一審判決取り消し)を言い渡しています。
すなわち、 「最高裁の判決は、砂川市による神社への市有地無償提供を憲法の政教分離原則に違反すると判断し、適切な対価を得ていない点で違憲であるとしたことから、違憲状態解消策として、市が提案している有償化や神社施設の改変は合理的かつ現実的なものであり、市が施設撤去を神社側に求めないことは違法ではなく、住民側の請求は棄却する。」
(参考条文)
憲法20条:①信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。②何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。③国及びその機関は、宗教教育そのたいかなる宗教的活動もしてはならない。
憲法89条:公金その他の公の財産は宗教上の組織若しくは団体の、使用・便益若しくは維持のため、(又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し)これを支出し又は利用に供してはならない。
地方自治法238条の4 行政財産の管理処分:原則禁止、 238条の5普通財産の管理処分:原則OK
以 上
議会議員の兼職禁止について
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
4月の統一地方選挙も、東北大震災の最中に被災地を除いて行われ、地方公共団体の新しい長、新しい議員が誕生しています。
地方公共団体における首長や議員は選挙で選ばれる「特別職の地方公務員」であり、試験採用される一般公務員とは異なる取扱がなされる場合が多くあります。
特別職とは次に掲げる職であるとして地方公務員法第3条第3項に定めてあり、法律に特別の定めがある場合を除き、特別職である公務員には地方公務員法は適用されないという取扱になります(地方公務員法第4条第2項)。例としては、「就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職」として、都道府県知事、市町村長、議会の議員、副知事、副市町村長、行政委員会の委員などが挙げられます。
取扱の異なるその一つが、兼職禁止規定です。地方公務員法第38条では、一般職の公務員に関して「職員は、任命権者の許可を受けなければ、営利を目的とする私企業を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利を目的とする私企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。」と一般的に営利行為全般の兼業禁止となっていますが、他方、地方公共団体の首長については、地方自治法第142条に「 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人(当該普通地方公共団体が出資している法人で政令で定めるものを除く。)の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、また、地方公共団体議会の議員については、地方自治法第92条の2に「 普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。」との定めがあり、地方公共団体からの請負契約等の利害関係がない企業に関しては、営利目的行為を可能ということになります。会社経営者が町長になったり議員になったりする場合などがありますが、それ自体が問題とならないのは、特別公務員には、原則として兼業禁止がないからです。
- (質 問)
① 村が管理委託している「○○村観光協会」の理事長が村議会選挙に立候補する予定であるが、上記協会団体が、「請負すると同一の行為をする法人」に該当し、議員の兼職禁止になるのか。
② 観光協会の理事長ではなく「理事」の場合も禁止されるのか。
③ 兼業禁止に関する決定は、選挙時点で判明する場合には選挙管理委員会、当選後は議会(2/3以上の多数決議)が行うことでよいか。
④ 同人は、バス会社の社長であり、村の委託運行が大半である。このバス会社の社長は辞退するが顧問という関係は残しておきたいと希望しているが、顧問であれば兼業禁止に触れないか。
- <回 答>
本件の参考判例として、東京高裁平成15年12月25日判決(議員と社会福祉協議会会長理事の兼任は地方自治法92条の2の禁止に該当しないとした事例)があります。
地方自治法92条の2の兼職禁止団体の判断基準については、地方公共団体からの請負が同団体の業務の主要部分を占め、当該請負の重要度が首長(議員)の職務執行の公正・適正を損なう恐れが類型的に高いと認められる団体をいい(最高裁昭和62年10月20日判決)、請負代金の収入比率が半分を超えて、その請負事業の重要度が、公平・適正を損なうような事情が見られる場合には、兼業禁止となるとされますが、相談例では、補助金を除く業務委託費(請負代金)は、収入4273万円に対して約770万円しか占めておらず、また、その団体の事業は、村の観光振興・雇用促進事業の公益目的を有するものであり、理事長の報酬も無償であるということから、地方自治法92条の2の禁止に該当しないと思われます。以下、各相談事項に回答しますと、
① について、 議員の兼職禁止(地方自治法92条の2)には該当しない。
② について、 議員の兼職禁止にはならない。仮に、兼職禁止に該当する場合には、団体意思の決定権を有する場合を「準ずるもの」としているので、理事でも兼職禁止となる。
③ について、 当選証書交付前は選挙管理委員会が判断し(公選法104条)、当選後は村議会が自治法127条で決定することとなる。
④ について、 バス会社は兼職禁止に触れる団体なので、代表取締役社長は辞任すべきであるのですが、意思決定権限のない「顧問」であれば、兼業禁止にはなりません。但し、顧問という形であっても、取締役会に出席して有効な意思決定へと導くような行為をして実質的に意思決定を支配している場合には、兼業禁止に触れることになります。
以上
地方公共団体と法人への財政援助の規制
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
新年度開始ですので、そろそろ「御伽噺(おとぎばなし)シリーズ」を中断して、公務員としての仕事に関連する堅い法律の話に戻りましょう。
今回は、地方公共団体が地域活性化のために色々な活動を展開したり、援助したりする場合に、経済的バックアップをする方法として地域活性事業に関する債務負担や損失補償をするという手段を取らざるを得ない場合も出てくるのですが、その場合に、どのような法律問題があるのかを考えてみましょう。
1. まず、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律(以下、財政援助制限法)」(公布:昭和21年9月25日法律第24号・最終改正:平成11年12月22日法律第160号)という法律があります。その内容はわずか3条だけですので、ここに書き表しておきます。
第1条 会社その他の法人は、他の法令又は定款にかかはらず、政府の所有する株式又は出資に対して、政府以外の者の所有する株式又は出資に対すると同一の条件を以て、利益又は剰余金の配当又は分配をしなければならない。
第2条 政府は、他の法令又は契約にかかはらず、会社その他の法人に対し、毎事業年度における配当又は分配することができる利益又は剰余金の額を払込済株金額又は出資金額に対して一定の割合に達せしめるための補給金は、これを交付しない。
2 前項の規定によつて補給金の交付を受けることのできない会社その他の法人について、法令、契約又は定款に特別の配当準備のための積立をすることを必要とする旨の規定があるときは、その規定は効力を失ふ。
第3条 政府又は地方公共団体は、会社その他の法人の債務については、保証契約をすることができない。ただし、財務大臣(地方公共団体のする保証契約にあつては、総務大臣)の指定する会社その他の法人の債務については、この限りでない。
この法律で、地方公共団体に関係するのは、第3条の保証禁止です。例えば、土地区画整理組合方式での土地区画整理事業を行う場合に、土地区画整理組合が地元の信用金庫から資金借り入れをする場合に、その市町村が借入れ債務の保証人となるような契約をしてよいかという場合に、この法律が問題となります。
2. このように地方公共団体と全く別個の他の法人や団体の債務に関して、地方公共団体が肩代りして責任を負うような処理をする具体例として、
① 社団法人の経理合理化(赤字解消)として、銀行からの社団法人の新規借り入れに地方公共団体が保証して資金作りを促す。
② 社団法人の消滅に伴う残債務を地方公共団体が引き継いで支払っていく。
③ 企業団地への地元企業への進出のための資金繰り協力として、地元企業が地元金融機関から資金借り入れの際に、地方公共団体が、当該金融機関との間で損失補償契約をする。
というような例も考えられます。
さて、これらは法律上はどうなるのでしょうか?
(1) 債務引受をする場合はどうか
法律上の債務保証の機能を有する方法として、「債務引受」という方法があります。債務保証契約は、一般的には主債務が発生する時点でその主債務の支払を保証する契約をするのですが、債務保証は、主債務者が既に債務を負っている段階で、その主債務を引き受けて、引受人が支払うという契約をすることを言います。その場合には、主債務者の支払義務を残したまま債務引受をする「重畳的債務引受」と、主債務者の支払い義務を免除した上で債務引受人のみが債務を負担して支払うという内容で債務引受をする「免責的債務引受」とがあります。
地方公共団体が、他の法人の主債務を「債務引受」することは、財政援助制限法3条の保証契約禁止に当たらないのでしょうか? 行政解釈としては、異なる下記の二つの通達があります。この二つの通達によれば、「重畳的債務引受の場合は3条違反となり、免責的債務引受は3条違反とはならない。」という結果になります。おそらく、保証契約は主債務契約を並存する形での法律関係ですから、重畳的債務引受はその保証契約関係に類似し、免責的債務引受は並存する他の債務がないので保証契約に類似しないと考えているのではないかと思われます。
(2) 損失補償契約の場合はどうか。
損失補償とは、財政援助の一種として、特定の者が金融機関等から融資を受ける場合に、将来、その融資の全部又は一部が返済不能となって当該金融機関等が損失を被ったときに、地方公共団体等が債務者に代わって、当該金融機関等に対してその損失を補償することをいいます。この損失補償と財政援助制限法3条との関係については、福岡地裁平成14年3月25日の判決があり「損失補償契約と債務保証契約とはその内容及び効果の点で異なるものであり、また、会社その他の法人のために地方公共団体が損失補償契約を締結し債務を負担することは法の予定するところであるといえるから、損失補償契約の締結自体をもって、財政援助制限法等の法令に違反するものとはいえない。そのため、当該損失補償契約は私法上当然に無効とはいえない」として、控訴審・上告審でも同様に判断されています。
「債務保証契約」は、主たる債務が履行遅滞になると直ちに「従たる債務」として履行義務が発生するのに対し、「損失補償」は「損失」が生じて初めて補償すべきものであり、単にある債権が弁済を受ける時期が到来したのに弁済がなされないということのみをもってしては、「損失」が発生したとみなされません。具体的には、債務者が倒産あるいは、そうした事態に至っていなくとも、客観的に当該債権の回収の見込がほとんどなくなった場合に初めて「損失」となったと認識され、その時点で債務となるという点で、保証契約とは異なると判断されたものだろうと思われます。同様の行政解釈として、昭和29年5月12日自丁行発65号大分県総務部長への自治省行政課長からの回答があります。
但し、東京高裁判決平成22年8月30日‐判例時報2089-28においては、次のような区別判断がなされています。この判決では、末尾に掲示する行政解釈例に基づいて損失補償契約した場合だったのですが、その行政解釈を一部変更しています。
〈1〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等現実に回収が望めないことを要件とすることなく、一定期間の履行遅滞が発生したときには損失が発生したとして責任を負うという内容の場合(保証契約と同様の内容と異ならないので)――財政援助制限法3条の類推適用があり禁止されるので、その損失補償契約は私法上無効となる。
〈2〉 損失補償契約の内容が、主債務者に対する執行不能等によって既に発生している損失を事後的に補償する内容であって、地方公共団体が不確定な債務を負うのではない場合――財政援助規正法3条の類推適用もなく、禁止されていないので、その損失補償契約は私法上有効のままである。
3.具体例についての回答
(1) 以上の見解によれば、上記具体例の①の場合は、債務保証契約なので、禁止される「保証契約」に該当するので違法となります。具体例②の場合には、本来の債務者である社団法人は消滅しているので、免責的債務引受と評価できるので、行政解釈としては、禁止される「保証契約」に該当しないので適法ということになり、具体例③の場合も、損失補償契約は、禁止される「保証契約」ではないので適法ということになります。但し、損失補償契約の場合に債務額不確定のままでの補償契約である場合には、禁止されているという見解(東京高裁判決平成22年8月30日)もありますので、十分な検討が必要となる場合もあります。
(2) 参考として、下記に行政通知を掲示しておきます。
○ 地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることについて
【平成20年7月11日総財務第162号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
地方公共団体が法人の債務を重畳的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものと解されるため、違法の疑いがある。
○ 地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることについて
【平成20年8月19日総財務第187号 財務省自治財政局財務調査課長から滋賀県総務部長宛】
地方公共団体が法人の債務を免責的に引き受けることは、「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(昭和21年法律第24号)第3条で禁止されている保証契約に相当するものとは解されない。
○損失補償契約について
【昭和29年5月12日自丁行発65号 大分県総務部長への自治省行政課長からの回答】
「損失補償については、財政援助制限法第3条の規制するところではないものと解する」
以上
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ③
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
【花 咲 か じ い さ ん】
- (質 問)
意地悪じいさんが、花咲じいさんを妬んで、弁護士の法律相談に来ました。相談内容は次のような相談でした。「花咲じいさんのお話では、私も悪かったと反省してはいるんですが、良いおじいいさん(花咲じいさん)のほうだって、子犬を拾ってきて飼ったり、土から出てきた財宝などを手に入れたりしていますが、このように勝手に自分の物にすることは許されるのでしょうか。」
さて、意地悪じいさんの相談に応じてみましょう。
- <回 答>
弁護士の法律相談は、先に善悪を決めてどちらかに有利になるように相談に乗ることはしません。事実が法律的にどうなるかを検討した上で、その行動が良かったのか悪かったのかを判断します。
そこで、意地悪じいさんの相談も聞いてあげることにしました。
次の内容が弁護士の考え方(法律的な考え方)になります。
-
1.子犬を拾ってきたこと
おじいさんが、野生のタヌキなど明らかに「無主物」であるものを捕ってきた場合には、これを先に占有した者がその動物の所有権を取得することになりますから(民法239条)、捕まえた者が、家で飼おうが、売ってしまおうが自由です。このことを「無主物先占」(むしゅぶつせんせん)と言います
(そのような動物をペットなどにしている場合もあり得るのですが、民法195条で、「家畜外の動物」であれば、これを占有したときに他人の所有物であると知らずに飼育し続け、1ヶ月が経過しても元の飼い主からの請求を受けなかった場合には、所有権を取得できるものと規定しています)。
① 人の飼い犬と思われる場合
まず、子犬は普通はペットとして飼われているものですから、これを明らかな「無主物」と同じに考えることはできません。首輪などがついている場合は当然として、首輪がなく飼い主が誰であるか分からない場合でも、「遺失物」(人の物であることは分かるが、誰の物かがわからない物)として取り扱うことが必要と思われます。「遺失物」ということは、拾った財布などと同様に扱う必要がある、ということです。
そこで、遺失物法によれば、他人の遺失物を取得した者は、すみやかに遺失物を遺失者に返還するか、警察(交番など)に届け出をしなければなりません。そのうえで、3ヶ月間以内に飼い主が現れなかった場合には、取得した者が所有権を取得することになります(民法240条)。しかし、犬のような生き物の場合に、警察や交番で飼育預かりをしてくれるような体制にはなっていないようです。遺失物法9条、10条で、管理しにくい物や管理費用のかかる物の場合には、二週間以内にその遺失者が判明しない場合には、売却したり廃棄したりすることができるようになっていますので、犬・猫の場合には、遺失物法10条三号により、保健所に送られることになるようです。
花咲かじいさんは、警察への届け出をせずに、勝手に子犬を自分の飼い犬として育てていますが、もし、もとの飼い主が現れた場合には、犬をその飼い主に返還しなくてはなりませんし、犬が管理不十分で死んでしまったような場合には、飼い主から損害賠償を請求される可能性もあります。
それどころか、勝手に、これを自分の犬として飼ってしまうと、占有離脱物横領罪(刑法254条)に該当し、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金もしくは科料、という刑罰に処せられる可能性もあります。
② 捨て犬である場合
この子犬が捨て犬などの場合には、もとの所有者(飼い主)は子犬の所有権を放棄したといえるので、無主物と同じに扱って、花咲かじいさんが子犬の所有権を取得したと考えることも出来るでしょう。無主物先占により新たな所有権が認められるわけです。
③ まとめ
しかし、一般的には、①と②のいずれにせよ、子犬を拾った時点では、もとの飼い主のもとから逃走してきたのか、飼い主が捨てたのか、分からないわけですから、警察に届け出をなすべきだった、といえるでしょう。しかし、動物愛護の強い人は、警察には届けないで、預かったままで飼い主を探してくださいと主張する人も多くいます。そこで、警察に届け出るけれども、警察から了解を得て、拾い主自身で預かってもらって飼うか、動物保護センター等で預かるという方法がいいのかも知れませんね。
2.埋蔵金を持ち帰ったこと
埋蔵金についても、犬の問題と同じ、つまり拾った財布と同じで、遺失物法が適用されます。誰の所有物か分からないわけですから、警察に届け出る必要があります。これをせずに、勝手に使ってしまったりすると、占有離脱物横領罪(刑法254条)で処罰される可能性があります。
仮に警察に届け出ていたとしても、全額がもらえるわけではありません。埋蔵金といっても、誰かのへそくりを隠しただけかもしれませんし、埋めた人とその相続関係が分かれば、相続人がその所有者となります。
遺失物の届け出を受けた警察は、埋蔵金の所有者が誰であるかを調べるために、公告・閲覧・備え付けで公示し、それから6ヶ月以内(埋蔵物の場合)に所有者が分かれば、警察としては埋蔵金の全額をその所有者に返還します。発見した人は、埋蔵金の価格の5パーセントから20パーセントの「報労金」をもらう権利があるだけです(遺失物法7条、28条)。一般的に、「財布を拾ったときに10パーセントもらえる。」と言われているのは、この「報労金」のことです。
しかし、所有者が分からなかった場合でも、全額を花咲かじいさんがもらえるわけではありません。民法241条で、他人の土地から埋蔵物が発見された場合には、その土地の所有者と折半することになっています。
・・・最後に、弁護士は、相談者の意地悪じいさんにも「悪いことをあなたもしているのではないか」と、ちゃんと次のことを付け加えました。・・・
3.意地悪じいさんの行いについて
民法や刑法では、動物も「物」と言うことになりますので、犬を殺したり、臼を焼いたりする行為は、刑法上では器物損壊罪(刑法261条:3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)になり、民法上は不法行為(民法709条)になりますから、意地悪じいさんは花咲かじいさんが受けた損害を賠償する責任が生じます。ただし、子犬に関しては、その金銭的価格が賠償金額となるので、同種の犬を他から飼ってくる場合の価額相当額が損害額となります。また、愛玩動物の場合には、そのような物の価値以外にも、精神的苦痛を受けたとして慰謝料が請求される場合もあります。
だから、この世の中では、意地悪ではなく、お互いに仲良く助け合うことのほうが楽しいはずですよ。これからの高齢化社会ではお年寄りには厳しい社会になるかもしれません。意地悪じいさんも、花咲かじいさんたちと高齢者同士で仲良く一緒に楽しんで生きていってくださいね。もうすぐ、桜の季節でしょ。花咲かじいさんに、桜の花を咲かせてもらって、一緒に花見などしたらいいんじゃないですか。
~ おしまい ~
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐2
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
【美 女 と 野 獣】(後編)
前回、「美女と野獣」のお話では、野獣に対して、刑法犯罪として刑法225条の営利目的等略取誘拐罪、刑法220条の逮捕監禁罪が成立してしまうことをお話しています。美女は、野獣の本当の優しさが分かっています。野獣を刑事犯罪者にはしたくありません。さて、美女が野獣を助ける方法はないか。考えてみましょう。
1.まず、美女は野獣の外見の醜さを超えてその心の優しさを知り、結婚していますし、美女自身が犯罪被害者です。
ところで、犯罪被害者が刑事処罰を望まない場合には法律はどうなっているのでしょうか?「被害者の事後承諾と親告罪」ということで説明しましょう。
(1) 犯罪の成立は、犯罪行為が行なわれた時点において、①構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること)②違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること)②有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が存在するかどうかで判断されます。被害者が行為時点で犯罪行為に対して承諾(心からの真意の承諾)がある場合には、違法性が阻却され犯罪が成立しない場合もあります(窃盗罪・器物損壊罪で事前に処分を任されていた場合や出入りを事前に許されていた場合の住居侵入罪等)。犯罪の種類によっては、被害者の承諾があったとしても別の軽い犯罪が成立したり(殺人罪の承諾があれば承諾殺人罪となる等)、犯罪に全く関係ない場合もあります(受託収賄罪等)。
(2) しかし、犯罪が成立する時点での承諾が無く、犯罪が成立した後に承諾した(事後承諾)場合には、その事後承諾は犯罪の成立には影響を与えません。事後承諾は、事件後の示談(犯人と被害者との話合での解決)と同じように、処罰をどのくらいの刑にしたらよいかという「量刑」を裁判所が判断する場合に刑が軽くなる方向で参考にされるだけになります。
(3) 事後承諾に近い問題として「親告罪」があります。これは犯罪の成立要件3つの他に処罰要件として考えられるものです。犯罪が成立しても一定の特殊な犯罪に関しては被害者の親告(告訴)がないと処罰できないとしている制度です。これは、被害者が犯罪で被害を受けながら裁判手続を被害者に無断で進めると更に被害者に被害を与えてしまう可能性のある罪や軽微な犯罪の場合に要求されているものです。
実は、逮捕監禁罪は親告罪ではないのですが、結婚目的略取誘拐罪は親告罪となっています(刑法229条)。被害者本人のプライバシーの保護の要請が強い場面だからです。
従って、この点については、結婚目的略取誘拐罪については、「美女」が告訴をしなければ、「野獣」の逮捕・勾留や裁判手続きには進まないでしょう。また、「美女」が告訴したとしても婚姻を解消した後での告訴でないと告訴の効力はありません(刑法229条但書)ので、「美女」が野獣と離婚しない場合には警察は野獣を犯罪者とすることはできません。警察は美女が告訴しない限り、刑法220条の逮捕監禁罪でしか動かないでしょう。しかも、その逮捕監禁罪についても、美女の事後承諾や許しがあるとすれば、刑事裁判まで手続きしていくような刑事事件としては立件しにくいと思います。仮に、警察が逮捕に動いたとしても、刑事手続は、警察の捜査・逮捕後には検察官に事件送致(勾留)され、検察官が裁判をするかどうかを決定します。裁判する場合を「起訴する」(公訴提起)といいますが、裁判しない場合を「不起訴」処分といいます。不起訴処分の理由として、無罪である場合の「嫌疑なし」、無罪か有罪かどうか不明の場合の「嫌疑不十分」、有罪であるが起訴する必要がない場合の「起訴猶予」などがあります。本件では「美女」の許し(事後承諾)があったとしても、逮捕監禁罪が成立しそうですが、それについても「起訴猶予」の判断がなされ釈放される可能性が高いと思われます。
(4) 父親の窃盗罪についても、被害が軽微であり、野獣が事後でも許しているとすれば刑事事件として警察が取り上げることはないでしょう。
2.最期に
美女は心配しないで、野獣を積極的に評価する話を警察にすればいいのです。そうすれば優しい夫と幸せに暮らせることは間違いないと思います。
なお、「美女と野獣」の文学的価値を下げないために、ひと言付加します。「突然に外見の醜い野獣と一緒に暮らさなくてはならなくなった場合に、あなたはその野獣の外見に囚われずにその心の優しさを感じ取り、外見上の恐怖感や嫌悪感に打ち勝つことができるでしょうか。」
このような心の問題を、美女と野獣の物語はあなたに突きつけています。あなたの心が試されている物語です。「美女」のように心の優しさを本当に感じられる素敵な女性や「野獣」のような心優しい男性が多くなるといいですね。そうなれば、法律や刑罰はほとんど必要なくなるのかもしれません。
以 上
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ②‐1
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
まずは、皆さん、さわやかに新年をお迎えになられたことと存じます。今年もよろしくお願い申し上げます。
新年最初に、若い男女の優しさを感じさせるお話を法律的に紐解いてみましょう。
さて、「美女」と「野獣」は二人一緒にお正月を迎えられたのでしょうか?
【美 女 と 野 獣】(前編)
- (質 問)
-
「美女と野獣」のお話は、フランスの昔話でデイズニー映画などでも有名ですが、美女は父親がバラの花1本を野獣の屋敷から取って来たために、脅されて娘の美女を代わりに差し出せと言われて、醜い野獣と一緒に生活させられます。しかし、野獣が優しい人であることが分かり始めています。美女は夫の野獣とのんびりとお正月を迎えたいと思っているのですが、美女は最近、警察が、父親や夫である野獣を逮捕するといううわさを聞いて心配でたまりません。
父親や夫の野獣は犯罪者なのでしょうか。教えてください。
- <回 答>
-
1.野獣と法律
野獣とは、「山野に住み獰猛で人に慣れていない獣」「野生の獣」であり、法律上は「物」に該当するもので、「人」には該当しません。法律は人と人との関係を規律するもので、「物」は権利の主体にはなれないとされています。しかし、「美女と野獣」での野獣は、本来は王子様でありそれが魔法で野獣に変えられていますので、「野獣」=「人」と考えて法律問題を考えていきます。
2.父親とバラ1本の窃盗?
まず、美女の父親の問題を考えましょう。「バラの花を一本取って」という行為は、刑法235条の窃盗罪となります。刑法235条には「他人の財物を窃取した者は窃盗の罪とし10年以下の懲役に処する」との規定があります。但し、刑法理論上は、わずかな価値しかない財物と取った場合でも犯罪が成立するのかという問題があります。犯罪が成立するには、①
構成要件該当性(法律の定めた犯罪の形態に該当すること) ② 違法性(法律を初めとする社会的規範に反していること) ③ 有責性(規範を意識して自分の責任を認識できること)の3つの要件が必要です。②の違法性の判断で、犯罪とするには処罰するほどの大きな違法性が必要ではないか、わずかな違法の場合には「可罰的違法性」がないとし犯罪成立に必要な違法性はないとする考え方(可罰的違法性論)があります。「価格一厘にあたる葉煙草」を政府に納入しなかった煙草専売法違反事件で無罪とした判例(明治43年10月11日大審院判例:一厘事件)がありますが、裁判例のほとんどは経済的価値がわずかな場合でも犯罪を成立させていますので、父親には窃盗罪が成立します。
3.野獣のしたことは違法なの?
次に、野獣がした行為や要求が、法律に違反しているかどうかの問題を考えてみましょう。
(1) まず、窃盗犯の現場を見つけた被害者が犯人を捕まえることが許されるでしょうか。これは当然許されています。刑事訴訟法213条は「現行犯人は何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」としています。但し、私人による逮捕の場合には、直ちに検察官か警察官に引渡さなくてはなりません(刑事訴訟法214条)。この手続を無視して逮捕したままの状態を長く続けると、刑法220条の逮捕監禁罪が成立しますが、野獣はすぐ美女の見返りを要求して父親を帰していますので、刑法220条の逮捕監禁罪とはならないでしょう。
(2) 野獣は、美女の父親に対して逆に損害賠償を請求することができました。美女の父親の「バラの花を一本取って」という行為は、民事上の不法行為となります。民法709条は「故意又は過失によりて他人の権利を侵害したる者は之によりて生じたる損害を賠償する責に任ず」と定めています。父親は故意に他人である野獣(?)の所有するバラの花の所有権を侵害して盗んだことになりますので、損害賠償義務を負います。
しかし、野獣は損害賠償というより、「娘を代わりに差し出せ」と要求している点が非常に問題となります。民事上の不法行為責任に関しては、民法417条で「損害賠償は別段の意思表示なきときは金銭を以って定む」とあります。この条文では、損害賠償は金銭でするという金銭賠償の原則が認められているのですが、例外として双方の意思によって金銭以外の方法での賠償もできるような条文になっております。「バラのことを許して欲しければ、お前の娘を連れて来い」という要求をし、父親が弁償方法として「娘を差し出す」弁償方法を真摯な気持ちで了解したとするとその方法は許されるのでしょうか。いわゆる人身売買の方法は今の法律では「公序良俗違反」の意思表示となりその承諾や了解は法律上無効となります(民法90条)。従って、父親が強迫されていた場合でも、仮に強迫ではなく真摯に了解したとしても、金銭賠償以外の方法として「娘を差し出す」ということは有効な損害賠償方法とは認められません。
(なお、「強迫」は民事分野の場合に使用し、「脅迫」は刑事分野の場合に使用する言葉として区別されています。)民事上の強迫で法律行為などをさせ、有効な法律関係で無い場合には、刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪となりますが、野獣の行為は「娘を差し出すことを要求した」だけにとどまらず、実際に「娘を差し出させた」という結果が発生していると考えられます。刑法222条の脅迫罪や刑法223条の強要罪にとどまらないと考えるべきです。刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。刑法225条は「営利・わいせつ又は結婚の目的で人を略取し又は誘拐した者は1年以上10年以下の懲役に処する」と定めています。「略取」は暴行・脅迫を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くこと、「誘拐」は欺したり誘惑したりする方法を手段として他人を不法に保護生活環境から離脱させて自己の支配内に置くことをいいます。ここでいう「結婚目的」は法律上の結婚ではなくても事実上の結婚・内縁関係であれば足りると解釈されていますので、美女と野獣のお話の場合には、野獣には、刑法225条の営利目的等略取誘拐罪が適用されると考えます。
また、長い間美女を拘束していますので、刑法220条の逮捕監禁罪も別個に成立することになります。
~ 「後編」に続く ~
ところで、「美女と野獣」のお話は、最後はどのようになっていたか覚えていますか?次回、後編では、美女が野獣を助けることができる法理論を考えます。
御伽噺(おとぎばなし)と法律シリーズ ①
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
前置き : 昨今、「法教育」制度の運用が始まろうとしていて、小中高学校において法律的な考え方を教育する方法が検討されています。小学生に対しては、事実関係の分かりやすい御伽噺を題材にした話が工夫されたりしています。もう7~8年前に「御伽噺を法律的に考えるとどうなるか」という出版活動をしたことがあります。年末年始のバタバタの時期に皆さんに一息付いてもらう題材として、その例を、挙げていきます。適当に楽しんでみてください。
【 桃 太 郎 】
- (質 問)
-
鬼ケ島の鬼が、頭に包帯をし、松葉杖を突きながら、痛々しい姿で「桃太郎にこっぴどくやられました。仲間もたくさん死んだ。財宝も全部持って行かれた。やり方がひどすぎる。桃太郎が英雄のままでは納得がいかない。これは犯罪じゃないでしょうか。桃太郎を刑事告訴したい。う、うううわ~ん。」と泣きながら法律相談にきました。
桃太郎やキジ・猿・犬は刑事犯罪者なのでしょうか?(それぞれ「人間」と想定して検討します。)
- <回 答>
-
1. 法律では「人間」以外は「物」と見ますので、「鬼ケ島の鬼」が「人」か「物」かという根本的な疑問がありますが、鬼も「生命を持ち人間の悪性のみを凝縮した人間」という意味合いで理解し、「人」であるという前提で、桃太郎やキジ・猿・犬の行為(鬼の征伐)が刑事犯罪となるのかどうかを検討してみましょう。
2. 鬼を人間と仮定した場合、鬼ケ島での鬼の財宝は、鬼が所有・占有する「財物」となりますが、財宝が「村の人々から盗んだ物」であっても、鬼の所有・占有が法的に認められ、刑事処罰の被害品として法律は保護するのかどうかが、まず問題になります。強盗罪や窃盗罪の保護法益の問題です。ここには、①
盗まれた本人が取り戻す場合と、② 盗んだ物を更に第三者が盗む場合との2つの場面が検討される必要がありますが、② の場合には、「盗まれた物を更に盗むことは窃盗罪等になる。」ということで争いはありません。問題は①の場合と考えられるかどうかですが、桃太郎が村の人々の代理として盗まれた物を取り返しに行ったという面を考えれば、①の場合として考えることになります。
3. 自分の物を盗まれたので、直ぐに犯人を追いかけて取り戻すことは許されるかという問題は、刑法上、「自力救済」「自救行為」として、犯罪の成立要件である「違法性」を阻却されることとなり許されています。しかし、それも、犯人が盗んで間もない状態(時間的同一機会・場所的同一性)であり、その場で警察等の国家的救済手続を取る暇のない緊急状態であること(緊急性)、取り返し方法が社会的に相当な手段でなされること(手段の相当性)が必要です。そこで、桃太郎の場合の鬼の財宝について、「自力救済」としての「同一機会性」「緊急性」「手段の相当性」の要件を満たしているかどうかが問題となります。鬼の財宝は今盗んできたようなものではなく、昔から盗み続けてきたものであり、犯罪現場との同一性を認めることは困難であります。また、桃太郎は、キジ・猿・犬にキビ団子を渡して奪取兵力の準備までしており、今鬼を征伐しないと警察を頼む余裕がないというような場面でもありません。手段も、財宝を奪い返すことだけでなく、金棒も持たないで酒盛りをしていた鬼たちを一方的に襲撃していますので、手段の相当性を逸脱していることとなります。そうしますと、桃太郎たちの行為は、「自力救済」とは認められませんので、違法性のある行為と言わざるを得ません。
4. また、鬼ケ島の鬼の財宝は、そもそも村人らから略奪してきたものであり、それを盗み返しても鬼たちには被害はなく、窃盗罪や強盗罪は成立しないのではないかという疑問があると思いますが、財産犯罪の被害法益(保護法益)は、正当な所有権・占有権だけでなく、「平穏な占有」で足りるとするのが最近の刑法学会の多くの見解です。刑法242条には「自己の所有物であっても他人が占有するものであるときは他人の財物とみなす」とする規定も存在します。盗んできた物でも一旦争いのない状態で物を管理している状態があれば、違法な行為で獲得した物であっても、それを盗むと窃盗罪等になるという結論になります。従って、この点からも、鬼ケ島の鬼の財宝を個人的に奪い返すことはできなく、法律上は、民事強制執行等の法的手続きで返還請求するか、鬼の同意を得て返還を受けないといけないということになります。
5. 以上のことから、桃太郎は、鬼を殺したり傷つけたりして財宝を盗んだということになりますので、刑法240条の強盗致死罪(死刑又は無期懲役)が成立することになります。なお、キジ・猿・犬はその共犯(共同正犯・刑法60条)となり、おばあさんやおじいさんも少なくとも、その幇助犯(犯行をしやすくするために援助した=キビ団子を作って送り出した)として処罰されることになるでしょう。
6. 最期に、桃太郎は、警察や裁判制度のない時代のお話ですので、桃太郎が警察と同じような役割を担ったんだという面は充分に考えてやる必要があります。国家に正義を守る機構がない場合には「桃太郎」や「桃太郎侍」が必要だった時代もあったのでしょう。そのことは忘れて、形式的な法律適用をすることは極力避けなければいけないと思いますが、形式的に法律問題を考えた場合の一つの解釈例であるとお考えいただければ幸いです。
地方公務員の出張~航空機利用の場合にマイルを取得していいの?
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
今回は、公務員の皆さんを取り巻く法律問題のひとつを考えていきましょう。
公務員の皆さんは、公用で東京などに出張される場合に、航空機を利用されることがあるかと思いますが、その際、航空会社のマイレージ(マイル)サービスを受けたりされている方もおられると思います。しかし、私の知る国家公務員の旅費の取扱例で、「公用で航空機を利用してその旅費支給を受ける場合には、マイレージサービスを受けてはならない。」として、航空機利用の搭乗券半券の提出(半券にマイルを取得したか否か記録される)を求めている官庁もあります。また、ホテルパックでの航空機利用を認めない官庁もあります。(理由は、ホテルパックでは、旅費法にいう旅費と宿泊以外の個人的朝食代が含まれていて、旅費と宿泊代につき、現に支払った額が不明となるからということのようです。)なお、某大手航空会社○○航空も、昨年10月に、「株式会社企業再生支援機構に対し、○○航空グループの再生支援の依頼と再生支援に関する事前相談を開始し(この事前相談は、○○航空の事業継続及び経営再建のために行なうもの)、○○航空は、引き続き航空輸送事業及びマイレージをはじめとするサービスの提供を継続させていただきます。」と発表し、支援機構も「マイレージは従来どおり利用できる」と発表しているようですし、それなりのマイレージの取得価値はあると思います。
さて、公用での出張の際に航空会社のマイルサービスを受けることは、公務員として法律上問題はないかを考えてみましょう。
- 公務出張と旅費支給
まず、基本的なことからお話していきますと、地方自治法第204条第1項に「普通地方公共団体は、・・・常勤の職員・・・に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。」との規定があり、同条3項に「給料、手当及び旅費の額並びにその支払方法は、条例でこれを定めなければならない。」との規定があります。
この規定に基づき、各地方公共団体では、旅費の種類や計算方法、請求手続などを条例で定めて、条例に基づいて支給するというのが通例ですが、内容は、国家公務員の旅費支給について定める「国家公務員等の旅費に関する法律」(旅費法)と同様の定めをしている例が多いと思います。法律上の旅費の定義としては「旅行をした職員に対して旅行中に必要となる交通費、宿泊料等の旅行中の費用を償うための費用弁償として支給される金銭」とされています。旅費法第3条第1項は「職員が出張した場合には、当該職員に対し、旅費を支給する」と規定し、6条1項で、旅費の種類は、「鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、宿泊料、食卓料」などと規定されており、更に、18条で、「(国内旅行の)航空賃の額は、現に支払った旅客運賃とする。」と定めてあります。
航空運賃の旅費の請求に関しては、旅費支給規程第7条で「内国旅行の場合は、時刻表等により旅客運賃を確認できない場合など支出官が必要と認める場合には、その支払いを証明するに足る書類等を添付しなければならない。」とされており、証明書類の内容が各庁バラバラで、搭乗証明書だったり、搭乗券半券だったり、旅行社の領収書だったりしているようです。
- 航空運賃とマイレージサービス
航空会社のマイレージサービスとは、会員旅客に対して搭乗距離に比例したポイント(一般的に単位はマイル)を付加し、そのマイルに応じた無料航空券、割引航空券、座席グレードアップなどのサービス提供のことをいうのですが、厳格には、搭乗時に受けるサービスというよりも、マイル集積後に使用する際のサービスということになります。
(1) マイレージポイントの利得性
税法上の「所得」の観点からは、2001年7月3日発行の納税通信によれば、納税主務官庁である国税庁が「マイルは小市民的な喜びや景品の一種と考えるのが適当。お金の出所が会社ということからもマイルは課税対象にならない」という見解を示していたのですが、2003年の所得税関係質疑応答事例集によれば、「業務による出張で発生したポイントを利用者である従業員の名義で獲得した場合、それは実質的に出張を命じた企業から従業員への贈与による一時所得になる」という見解に変わっています。(但し、所得税の一時所得には50万円の特別控除があるため、他の一時所得も加算して特別控除額を超える場合に所得税が課税されることになります。)。このような観点から、会計検査院と法務省は個人名義でのマイル取得を禁じているようです。その理由は、公務員が公費の支給金から個人的な利得を得る(マイレージは何らかの経済的利得となる)ことは相当ではないとの理由のようです。
(2) 旅費支給額への影響の有無
それでは、マイレージを取得した場合には、航空賃は減額されたりして支給しなければならないというように旅費支給に影響を与えるのでしょうか?
国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされているのですが、マイレージサービスは、当該旅行で使用する航空機の旅客運賃を割り引くものではなく、旅客運賃とは別個に「搭乗距離に応じてマイルを積立て、積立マイルに応じた特典を付与するだけであり、職員が航空機に搭乗するために「現に支払った金員」には全く変動はないサービスです。マイレージサービスのない航空機利用の場合と何ら「現に支払った(旅客運賃)額」の差額は発生しませんし、旅費法では「現に支払った額」(旅費法18条)を支給するということですから、旅費支給額には何ら影響は与えないと解さざるを得ないのではないかと思います。(なお、このことは、前述の税法上贈与課税の対象となるとする問題とは直接には関係はないと考えます。)
(3) マイルの私的使用の問題点
職員が公務上の旅行で取得したマイルを私的に使用することは、そのような使用を認めることを前提に、税法上「贈与課税対象」と看做しているものとも考えられます。上記の税務上の見解に基づき、民間会社などでは「社用出張の際のマイル取得分を会社出張用の航空券に充てる」という方策を取り、贈与課税対象とならないようにするとの取扱例があるようですが、私は、取得マイルの使用対象を公用や社用に限定することは個人の同意を得ないとできないのではないかと思います。なぜなら、マイルサービスは、法人・団体に認められず、個人を対象にしているサービスであり、航空機に搭乗した個人全員に与えられるものでもなく、個人的にマイレージ会員となった者だけに与えられるサービスであり、マイル取得は、かかる個人的な会員契約に基づく利益にすぎないもので、航空運賃を負担する者(団体や会社)が当然に取得できるものではないからです。
(4) 公費出張にマイル特典を使用して旅費を浮かした場合
それでは、マイルサービスでの航空券の無料購入ができたので、その航空券を使用して公用の出張をした場合、旅費の支給は受けられるでしょうか?
国内旅行の航空賃の支払いは「現に支払った額」(旅費法18条)を支給することとされています。マイル特典の無料航空券を使用した場合は「現に支払った額」はゼロ円ですから、このような場合には、旅費支給はできないし、職員は支給を受けることはできないと解釈されます(同旨・山野岳義他2名「第一法規・実務と理論」)
地方公共団体も経費削減の要請が強くなり、公費出張のメリットは無くなってきていると思いますが、旅費の点でも、法律に基づいた考え方で慎重に対応していくことが必要でしょう。
以上
木の枝と木の根っこ
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
地方公共団体からの法律相談を担当をしていますと、道路をめぐる責任問題の相談が多いのですが、今回は、その相談の一例を簡単な事例形式にして、法律的な解釈をしてみましょう。
- (質 問)
-
A市の市道の脇の私有地(Bさん所有)から、大きな樹木の枝が市道のほうへ入り込んだ状態になっていて、自動車を運転していたCさんのトラック(自動車)のフロントミラーがその枝に当たって、ミラーが壊れてしまいました。Cさんは誰に損害(ミラーの修理代金)を請求できるでしょうか?(特にA市に対して賠償請求できるのでしょうか?)
- <回 答>
-
1.まず、樹木は植物として生きていますが、人間と違って権利や責任の主体にはなれません。「物」としての樹木等を所有する者や管理責任のある者が、その責任を負うことになります。(*「者」と「物」の区別・・・「者」は権利責任の主体であり「物」は権利責任の客体にすぎない)
2.樹木の所有者Bさんには樹木の管理ミスとしての責任があるでしょうか?
(1) 樹木の所有権という権利は、信義に即して行使し権利の濫用はできないとなっていますし(民法1条、206条)、他方、市道という土地を所有管理するA市の市道の権利範囲は「土地の所有権は法令の範囲においてその土地の上下に及ぶ」(民法207条)とありますので、「Bさんの樹木の枝が市道ほうへ入りこんだ状態」は他人の所有権を侵害した状態(A市の道路の上を侵害している)であり、道路通行の障害になっている以上はBさんの樹木の管理は十分ではないということになります。その結果、第三者である道路通行人や通行車両に怪我や損傷を与えた場合には、不法行為(民法709条)となりますので、Bさんはその損害を賠償しなければなりません。
(2) しかし、Bさんが一方的に悪いのでしょうか?トラックを運転していたCさんも前方注視義務があり樹木の枝が道路に出てきているのであれば、それを避けて運転できたでしょうし、枝との衝突を避ける手段はいくらでも取れたかもしれません。そこで、運転手Cさんにもミス(過失)があるような場合には、過失相殺(相互の過失割合で損害額を減額していく方法:民法722条・418条)がなされ、樹木の所有者Bさんはミラー修理代金の全額ではなく、一部だけを支払うことで足りることになります。
3.問題は、トラックを運転していたCさんが、A市に対して損害賠償請求ができるかという点です。地方公共団体に対する不法行為の損害賠償請求は、国家賠償法に基づいて請求する仕組みになっています。国家賠償法2条1項で「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体はこれを賠償する責に任ずる」と定めてあります。問題は、「Bさんの樹木の枝が市道のほうへ入りこんだ状態」が「道路の管理瑕疵」になるかどうかです。参考に、樹木の枝でなく「Bさんの樹木の根っこが市道のほうへ入りこんで道路面を危険にして いる状態」との比較をして考えてみましょう。
(1) 民法233条に面白い条文があります。「1.隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。2.隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。」と定められています。簡単に言うと「人の土地に勝手に入り込んできた竹の子は根っこだから勝手に切っていいけど、桜の木の枝が入り込んでも勝手に切ってはいけないよ。お隣さんに切りなさいと請求できるだけだよ。」って感じの条文になります。
木の枝と木の根っことで違う定めをしている理由は、木の枝なら切らないで曲げるなどの方法で修正できる場合もあるし、侵害の態様が直接的でないし、他方、木の根っこの場合には、土地の表面や地中を直接侵害しているので侵害の態様が直接的なので勝手に切らせてもらってもいいという趣旨でしょう。
(2) そうすると、問題に戻って、Bさんの樹木の根っこがA市道に入り込んでいる場合には、道路表面の変化も生じており、A市で勝手に切断して安全な道路にして管理することができるのですから、それを放置して自動車事故や自動車損傷が発生した場合には「道路の管理瑕疵」ということで賠償責任を負わされてもやむを得ないと思われます。
しかし、本問のように樹木の枝の場合はどうでしょう。A市はその枝を勝手に切ることはできないのです。樹木所有者のBさんに「危ないので枝を切ってください。」と要求できるだけなのですから、道路を自分の行動だけで安全な状態に戻すことはできません。私としては、このような場合には「道路の管理に瑕疵があった」とは即断できないのではないかと思います。
(3) 但し、交通利用者からA市に対して、「危険な枝が出ている。」等との連絡が入っていたのに、樹木所有者のBさんに「切除要請しないままで」漫然と放置していた(道路上の注意標識の設置など可能な防止措置などもしていなかった)場合には、道路管理ミス=「道路管理の瑕疵」となる場合もあると考えられます。そのような事例で公共団体の道路管理のミスを認定して、A市の賠償責任を認めた判例もあります(平成15年2月26日千葉地裁控訴審判決参照-賠償責任は認めています。これは、道路に木の枝が張り出していることを関係者が市に通報し、その改善を何度も要請し、市が伐採請求をする時間的余裕が十分にあったにもかかわらず、伐採請求すらしていない事案のようですし、この判決でも、実際には通行人にも過失があり、過失割合は4割として全額の賠償は認めていません)。
以上
高齢者植木職人の落下事故と法的責任
弁護士法人近藤日出夫法律事務所
弁護士 近藤 日出夫
今回は、公務員関係の法律から少し離れて、法的責任の判断の仕方について、参考になる具体例を通じて気楽にお話ししてみたいと思います。ある方から、次のような質問を受けました。
- (質問)
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先日、NHKの土曜日・お昼の法律相談番組を見て、不思議に思ったことがありました。相談内容は「元プロの植木職人で、依頼人に頼まれた70歳の人が松の剪定中に木から落下して大怪我。依頼人に責任はあるのか?」っていうことで、番組の弁護士さんの回答は、「依頼人に責任は無い。個人事業主のような元プロの職人さんだから、個人責任になる。」っていう回答でした。私はいくら元プロでも70歳だから、少し危険なことをさせるのに、そのことを思わないで頼んだ人にも、多少の責任はあるって思ったのですが、なぜ依頼人は責任を負わなくていいんでしょう?特に、自動車の運転者責任と比較しますと、もし他人を善意で車に乗せて、同乗者に人身事故を起こした場合でも、これは善意と責任は別物っていうことで、運転手さんに責任が生じるのですから、そのような場合とはどう違うのかなあと思っています。この二つの例で、法律上の責任の度合いの違いが、なぜ違うのか教えてくださ~~い。
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- <回答>
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1.最初に、法的形式へのあてはめをしてみますと、植木職人事案は、「請負契約関係」、自動車同乗者事案は「契約関係なし」か「自動車無償同乗契約」かのいずれかになります。契約が異なるわけですが、問題は、それらの契約内容が相手方の安全に配慮しなければならない要素を有する契約か否かという違いを検討してみる必要があります。
まず、請負契約は、相手の労働を支配せず、相手の自主的な労働に基づき完成した仕事の結果に対して報酬(剪定代金)を払うという契約であり、依頼人は、植木職人の行動や労働場面を支配していません。このことから、植木職人は、依頼者に拘束されない状態での自由な状態で仕事できるので、別人の依頼者に植木職人の安全配慮義務を認めるのは難しいということになります。
他方、自動車無償同乗契約は、自己の車に乗せて、自己の運転で本来危険性を内包する高速走行の運転で無償で移動するという契約か、又は、人が人を自己の自動車運転の支配内においているという事実関係でありますので、同乗者の行動・身体の自由を事実上拘束し支配している関係にあると言えます。このことから、運転者は、同乗者を支配している以上は、同乗者の安全を支配しているわけですからその安全に配慮しなければならないということになります。
2.次に、負傷の原因については、植木職人事案は、「職人自身のミスによる落下」、自動車同乗事案は「同乗者のミスはなく、運転者のミスによる事故」ということであり、負傷の原因が自分にあるか、相手方にあるかで根本的に違います。(但し、自動車同乗事案でも、例えば、こちらの運転ミスはなく、衝突したもう一台の車の一方的ミスが事故の原因であった場合には、こちらの運転者は同乗者の負傷に責任は負いません。もう一台の車の運転者が負傷の責任を負うからです。)
このように、法的責任は、損害の発生(負傷)に直接関係する行為者が責任を負うという構成でできています。
なお、植木職人事案の請負契約の場合でも、依頼者が壊れかけた梯子を貸与してそれが原因で落下したり、通常あり得ない危険な作業を職人に指示してやらせていた場合などのように、依頼者に植木職人の業務の危険性を発生させたような原因がある場合には、その負傷の直接の原因を作っているとも評価できますので、依頼者が責任を負う場合もありえます(民法636条参照)。その点、高齢者に頼んだということ自体に責任はないのか?という疑問は基本的には正しい法的感覚だと思いますが、反面、高齢者に頼んではいけないというような社会的基準もないだろうと思います。
最後に、参考として述べておきますが、植木職人事案の場合に、請負契約ではなく、労働雇用契約である場合もあり得ます。例えば、大邸宅で庭木の手入れ管理する者として植木職人技術を有する者を月給を支払う形で雇い入れた場合です。この場合には、植木職人は自分の判断で仕事をするというより、使用者(ご主人)の指揮命令に従って植木の手入れ管理をしていくことになり、その労働自体を時間的にも場所的にも拘束され支配されている関係になりますので、使用者(ご主人)は、植木職人(労働者)への安全配慮義務はあるということになります。
3.結論
以上の二点の違いから、植木職人事案と自動車同乗者事案では契約の性質(植木職人はプロとして自分の判断・自分の危険管理の下で仕事しているが、好意同乗者は、自分では危険管理はできず運転者の危険管理の下にある等)から違いがあるので、依頼者等の責任の有無について結論が異なるようなことになるわけです。
以上